日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2015.09.21 Mon
9月5日(土)~6日(日)信州サイクリング(後篇)~旧道の素晴らしさ~県道275号(上生坂信濃松川停車場線)と県道276号線(下生野明科線)
昨日(9月5日)の午後から犀川沿いの道を遡って走っている。

このルートを通る幹線道路としては、国道19号線(西街道)ということになるが、やはり二桁国道だけあって、走っていてもほとんどまったく面白くないので、極力旧道を追いかけている。
残念なことに、ときたま国道と合流していまう区間があるが、そういうときは、目をつぶって、鼻をつまんで我慢して、猛スピードで走るほかはない。

そしてまた、旧道に戻ると、江戸期以前の道祖神やら馬頭観音やらの石碑が現れてホッとするという繰り返し。

IMG_5262.jpg
(旧道の石碑)

近代国道の面白くない点は、クルマの交通量が多いことに加えて、道筋が「合理化」されてしまっていること。

対するに、伝統的な道は、等高線に抗(あらが)わないようにゆったりと道をつける。
なので、必然、道は曲がりくねることになる。
この曲がり方が何ともエロティックでよい。
ただ、川の冠水や浸食によって道が損壊することを恐れてか、河岸段丘上に道が回っていることが多く、かえって勾配はきつくなることもしばしばである。

ヤマト政権期、列島侵略を企んだ朝廷は、直線の幹線道を全国に敷こうとした。
ローマ帝国によるアッピア街道も然り(日本では、鎌倉みちや信玄の「棒道」など)。
これまた、軍用道路でもあるので、叛乱地に鎮圧部隊を急行させるためにも、まっすぐな道(=最短距離道)が必要となったのである。

なので、古代の幹線道は、起伏のある地形でも、等高線を無視して、直坂道を築こうとする。
勾配が厳しすぎる場合は、切通しを削り、場合によっては隧道(トンネル)を掘る。
谷の川を渡ると時間がかかるので、谷には立派な橋を築く(アッピア街道の例)。

こういう直線道の設計思想は、ずっと後(近代)になって、鉄道建設の際に「見事に」蘇ることになる。
鉄道は直線道建設の技術を極限まで推し進め、しかもそこに、「馬よりも速い」スピードが加わった。

建設されたばかりの鉄道に乗った体験を非常によく表現しているのは、明治末期に作られた文部省唱歌「汽車」である。

今は山中 今は浜
今は鉄橋渡るぞと
思う間も無く トンネルの
闇を通って広野原(ひろのはら)

遠くに見える村の屋根
近くに見える町の軒(のき)
森や林や田や畑
後(あと)へ後へと飛んで行く

廻り灯籠(どうろう)の画(え)の様に
変わる景色のおもしろさ
見とれてそれと知らぬ間に
早くも過ぎる幾十里

直線道を築くための重要なアイテムたる鉄橋とトンネルが先ず登場する。
これによって、空間(地形)の天然の連続性が断ち切られる。

dc7b7d55.jpg
(19世紀初頭イングランドの鉄道建設。まっすぐな切通しを開削して、地面が分断されててしまったので、橋を建設している。右の崖上には長閑な旧道が通っている)

7c6439a0.jpg
(明治20年代の鉄道建設。大規模な切通しを開削中)

遠くの風景はよく見えても、近くの景色は「飛んで」いってしまう。
路傍に咲く花々や道祖神を見ながらゆっくりと旅をする従来の旅情は破壊されて、絵葉書のような遠景だけを見ようと努めることになる。
そういう遠景ばかりを「鑑賞」している内に、あっという間に目的地についてしまう・・・。

まっすぐな道は、権力の道である。
軍事の道である。

権力の道は、「断固として」まっすぐに築いた道なので、庶民が自分のペースで、自分の行きたいところに行くことを許さないような雰囲気がある。
近代国道を自転車で走っていても、それは、「走っている」のではなくて、「走らされてる」感じがしてならない。
だから、面白くないのだ。

合理性と効率性を追求する道は、プロセスを楽しむことを拒否している。
その最たる例は、高速道路と新幹線(いずれもトンネルと橋の連続)。
高速道路は、クルマで走っていてもちっとも楽しくない。
ただただ、目的地に着くことばかりを希求して、そのプロセスは忍耐の時間と化する。
近く開通予定のリニア新幹線なぞ、路線の9割がトンネルだという。
こうなると、もはや、早くて便利な移動手段も、旅の破壊行為でしかないであろう。

近代とは何であったか。
一言でいえば、「プロセスの排除」である。
旅も、人生も、料理も、恋愛も、犯罪も、街並みも、どんどん利便性と効率性が追求されて、行為そのものが「合目的的」なものに限定され、そのプロセスを排除するようになった。
列車の旅と言えば、その車中で、「退屈」な時間をスマホいじりで時間潰しをすることとほぼ同義になってゆく。

前置きが長くなった。

さて、二日目。
一晩中、犀川の流れる音聞きながら眠る。

5時半過ぎに起床。
ちょっと肌寒い。
朝食が出るわけでもないので、缶コーヒーを飲んで、そそくさと旅支度をして6時半頃出発。

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(一晩中、玄関で待機していた私の自転車)

今にも泣き出しそうな曇天。
当初は、松本から白樺湖まで登ってそこで宿泊する目論見だったが、甲信地方の天気予報では、午後から雨で、しかも、明日も雨だという。
松本で二泊して好天を待つのもよかろうが、宿泊代ばかりがかさんでしまうので、とにかく、走れるところまで走って、今日中に、一旦、東京に帰ることにする。

しばらくは、国道を走るほかないが、幸いなことに日曜の早朝なので、交通量は少ない。
清々しいのを通り越して、やや寒いので、途中で防風衣を羽織る。

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(国道19号線沿いのダム橋にて)

しばらくは、国道を走る。
湯ノ沢温泉の所で、大日向橋を渡って、旧道(県道275号・上生坂信濃松川停車場線)に入る。
随所にて、犀川の眺望が開ける、実に素晴らしい道である。
この道は、事実上、恐ろしげな生坂トンネル(全長1.2キロ)の迂回路でもある。

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(旧道たる県道275号)

生坂トンネルの出口で再び国道と合流。
しばらく走ると、眼前に地獄のようなトンネル(名称不明・約400メートル)が現れた(地図)。
こんなトンネルを走れば、死ぬかもしれないと思い、側道から細い分岐道に入ってみる。

犀川沿いに廃道のような細道が延びている。
地図には、はっきりと道が出ているぞ。
ところが、車両通行止の標識があって、車止めもある。

やっぱりダメかなと思いながら進んで行くと、江戸期の一里塚跡の説明版あり(写真撮影失敗)。
なるほど、トンネルと並走するこの道こそ、旧道であると確信した。

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(トンネル脇の旧道)

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(トンネル脇の旧道)

草が生い茂っていて、自転車を降りて押さなければならなかったが、かすかに舗装路面が残っていた。
蚊に刺されながら、どうにか通過して、おまけに地獄のトンネルも回避することができたのである。
よかった、よかった(4輪での通行は無理)。

しばらく進むと、また旧道が現れた。
県道276号線(下生野明科線)がそれで、国道の対岸を通っている。
多少起伏が激しいが、犀川を右側に見渡しながら走るこの道は、本当に素晴らしかった。

以下、その写真をご覧いただきたい。

IMG_5253_201509201658110c8.jpg
(旧道たる県道276号)

IMG_5254.jpg
(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

IMG_5259.jpg
(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

IMG_5267.jpg
(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

この道筋にも、戦国期の城跡がいくつかあった。
思えば、この道は、甲信越を結ぶ経路のひとつなので、川筋の高台に城を築いたのであろう。

IMG_5256.jpg
(城跡の説明版)

国道19号線の道路標識は、常に「名古屋まで何キロ」という表示なので、東京方面に向かっているつもりの私には、何だか奇異な感じがする。
しかし、それもそのはず、この国道19号線を、このままずっ~と南下すると、塩尻からは、中山道となって、木曽路を経て名古屋に至るからである。

快適な県道276号線も、明科(あかしな)で途切れて、再び国道と合流する。
交通量の激しい国道を走っていると、いつの間にやら、左手に鉄道が見えてくる。
篠ノ井線である。
もう松本も目と鼻の先であることが分かるが、どうも空模様が怪しくなってきた。

明科から先にも左側に旧道らしきものを目撃して入ってみる。
非常に細い道だが、石碑の存在から、これも旧道であることが分かった。

IMG_5272.jpg
(明科付近の旧道)

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(明科付近の旧道)

IMG_5274.jpg
(明科付近の旧道)

国道には、もう「松本城」の道路標識が現れ始めたのだが、予報通り、雨が落ちてきた。
時計を見れば、まだ、午前10時半。
未練は残ったものの、松本城には、もう何回も行ったので、このまま松本駅まで走って輪行で帰ることにした。

松本駅に着いた頃には、雨も本降りとなっていた。
駅頭で自転車をばらして、駅前の蕎麦屋に入る。

IMG_5276.jpg
(今回の旅は、冷酒と蕎麦で〆)

例によって、中央本線の普通列車を乗り継いで、両国駅で下車。
雨が降っていたので、簡易合羽を着て、自走で葛飾の自宅に帰ったのだった。


(この日の実走経路地図)

走行距離:58キロ(VIVALOロード)

一日目の記録は以下。
http://danchotei.blog75.fc2.com/blog-entry-901.html

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
旅(自転車)    Comment(3)   Top↑

Comment
Posted by B
その犀川沿いの、無名400mトンネルの脇道と同じ体験をこの度しました。
羽鳥ダムと言う所から湯野上温泉に下る国道118号線に『蝉トンネル』と言うのが在り、大よそ1km

此処を通りたくなく、脇道、つまり旧道を発見。
鶴沼川と言う渓流沿いの道だったが、少し入ったら通行止めのガードレールが。
ガードレール越に覗き込むと、かなり草木が生い茂っていれども、路面はしっかりしているし、第一ナビには道筋が示されている。
多分、入口だけが草木が繁茂しているだけのような気もした。
乗り乗りの面子ならば、少し探検し分け入って見たかったが、今回は無念の残念。 ちなみに、出口側は道も荒れてなく綺麗でした。
2015.09.23 Wed 20:28 URL [ Edit ]
迂回路 Posted by kincyan
知らない地方に行くと、断腸さんの教えが頭に浮かび、つい旧道を探します。大抵国道の横に、県道となった旧街道や旧国道があり、時間が許せばその道を探ると面白いです。もっとも、ど田舎の国道は、そもそも交通量が少ないですが。
トンネルの迂回路も、必ず何らかの形で存在しますね。酔狂な、我々のような自転車乗りしか行かないでしょうが。
2015.09.28 Mon 07:32 URL [ Edit ]
道の「生理学」断片 Posted by 断腸亭
Bさん、均ちゃん

コメント、ありがとうございます。

大きな沢の場合、川に近いほうから、近代国道⇒鉄道⇒旧道と並んでいる場合が多いです。

平地の場合、国道と旧道が交差しながら展開している場合が多いですが、旧道の方が、鉄道に寄り添っていることが多いような気がします。

トンネルの迂回路こそ、旧道の醍醐味ですね。
迂回路は、トンネルと平行に通っている場合と、トンネルの上を越えて通っている場合がありますが、後者の方が残っていることが多いような気がします。

以上、道の「生理学」断片です。
2015.09.28 Mon 14:17 URL [ Edit ]

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