日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2015.02.04 Wed
2月4日(水)自転車通勤~彰義隊の史跡を訪ねる
「2月4日(水)自転車通勤~彰義隊の史跡を訪ねる」

快晴。

8時に出発。
蔵前橋通り沿いの「小諸蕎麦」で朝食(たぬき蕎麦・300円)。

ありがたいことに、とんとん拍子で仕事が捗って正午には業務終了。

ウキウキルンルン気分で自転車に跨がる。

突然、餃子が食べたくなる。
昌平橋通りで上野に出て、広小路の「餃子の王将」に入店。
餃子定食をあっという間に平らげる。

さて、これからどうしよう。
公園で昼寝をするには寒すぎる。
酒を飲むには早過ぎる。

そうか、夕べから読み始めた森まゆみ著『彰義隊遺聞』(新潮文庫)に書いてあった、上野戦争のいくつかの史跡・戦跡を訪ねてみることに。

動物園通りから清水坂(暗闇坂)を上って、谷中墓地へ。
いつも気になっていた徳川慶喜の墓を見てみよう。

自転車を停めて、谷中墓地の中を歩く。
迷路のようで、結構楽しい。
墓地の中には、いつの頃か、その種を鳥が運んできたのか、大木が石を割って聳えている。
その樹間では、シジュウカラやらヒヨドリやらが元気よく飛び回っている。

大政奉還後は、上野寛永寺で謹慎中だった慶喜の墓は、やはり、群を抜いて大きかった(百坪ぐらいか)。
ぐるりを巡る。

再び自転車に跨がって、「経王寺」(荒川区西日暮里)へ。
慶応4年(1868)、西軍(官軍)に追われた彰義隊士が、この寺に駆け込んだのを、西軍兵士が門をめがけて銃を撃ち込んだ。その弾痕が、10発ほど今も残っているのである。

西軍の追撃を逃れた彰義隊士たちは、芋坂から日暮里に出て、列島を北へ北へと退却し、途中、東軍(佐幕軍)と合流して、最後は函館まで転戦した者もいる。

戦死した彰義隊兵士の遺体は、新政府の命令によって、上野公園一帯にそのまま放置(さらしもの)された。
新暦の7月初旬のことで、遺体はみるみるうちに腐乱していった。
この修羅場を見るに見かねた、三ノ輪(南千住)の「円通寺」住職が、新政府に嘆願し、遺体を引き取ったわけだが、それについては、既に過去のブログに書いた。
http://danchotei.blog75.fc2.com/blog-entry-607.html

なので、ついでに、「円通寺」も再訪。
後年、移築された黒門(寛永寺の総門)もここにある。
これにも、ざっと数百発の弾痕が残っている・・・。

千住・綾瀬経由で帰宅。

これからしばらく、少しずつ、彰義隊関係の史跡を訪ねてみたい。

走行距離:36キロ(ACクロス)

http://6119.teacup.com/danchoimage/bbs/1442

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