日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2013.11.05 Tue
11月3日(日) 病み上がり~水元公園散歩~平方・深井新田の土手道を走る
11月3日(日) 病み上がり~水元公園散歩~平方・深井新田の土手道を走る

体調を崩してしまったので、昨日は、楽しみにしていた「房州・嶺岡林道ツーリング」を棄権してしまい、一日中、ケーブルTVで映画を見ながら家でゴロゴロしていた。

なので、今日は、すこぶる欲求不満状態で、どこかに出かけたくて仕方がないが、まだ本調子ではない。

朝の内は曇天だったものの、次第に天気が良くなって暖かかくなったてきたので、「リハビリ」がてら、昼前に、呑ちゃんと水元公園へ散歩に出かける。

IMG_0283.jpg
(園内では、野外ライブも行われていた)

先ずは、腹が減ったので、「NAKAMURA」でランチ。

IMG_0282_201311050711004ff.jpg
(「NAKAMURA」。店の前のオリーブの樹には、赤紫色の実がなっていた)

米沢豚のピカタなどを食べる。
美味!

ピカタ
(米沢豚のピカタ)

食事をしているうちに、何だか、元気がみなぎってくるような気がして、水元公園を5キロほどウォーキング。
オオバンなどの渡り鳥が、既に飛来していた。
途中、「カワセミの里」でカワセミを観察。

IMG_0286_201311050713191a1.jpg
(カワセミ)

かなり、体調が回復してきたので、午後から、思い切って、自転車(ACロード)で出かけることにする。
久々に、ACロードで。
このバイク、文鎮のように重い自転車だけど、鉄らしい乗り心地はなかなかいいもんだ・・・。

休日なので、(混みあった)CRは走らずに、江戸川と平行する一般道や農道を、何の目的もなく北へ向かって走る。
三郷の市街地を抜けると、田園がちらほらと姿を現し始める。
中途半端な近代化と、中途半端な減反政策と、中途半端な道路行政が作り上げた、列島郊外の典型的な風景。
それでも、幹線道を離れると、まるで江戸時代に迷い込んだのではないかと思うような農村的な風景にも出会うが、すぐにそれも途切れて、散文的な郊外の風景に変わる。

この地域を走っていて面白いのは、江戸期以前の、江戸川がまだ「とねがわ」と呼ばれていた頃の名残かと思える古い地形らしき場所に遭遇することである。

そのひとつは、以前にも書いたことがある平方新田と深井新田の土手道(埼玉県吉川市)である。

位置的には、埼玉県吉川市で、流山橋から江戸川CR右岸(三郷・幸手自転車道)を北上し、常磐自動車道のアンダーパスをくぐって、右側に越谷ゴルフ場を見ながらしばらく進んだところで、江戸川CRを降りたあたりからこの土手道が始まる(その南端付近に「吉川へら鮒センター」あり)。

先ずは、その経路地図を示しておこう。


平方深井新田の土手道の経路地図。全長3キロ余)

全長3キロ余りなので、歩いても40分ぐらいの道のりか。
自転車だと早すぎてしまうので、ここはゆっくりと走って、風景と環境をじっくりと愛でるのが良いだろう。

この小高い土手道を走るのは実に楽しい。
同じ土手道でも、無機質で、人間の暮らしの匂いがない、高速道路のような江戸川CRとは大違いである。

冬にでもなれば、見上げるようなサザンカの生け垣。
懐かしい肥えの香り。
小さく区切られた畑には、季節の野菜が実り、その向こうには広やかな田んぼが広がる。

IMG_0287_201311050713326c2.jpg
(道幅は1間半ぐらい。両側は、古風な農家が連なる)

IMG_0288_20131105071337883.jpg
(風の強い地域だけに、立派な生け垣が点在する)

IMG_0289_20131105071338a77.jpg
(農家や生け垣がないところでは、ここが土手道だということを改めて思い出させられる)

IMG_0290.jpg
(土手の向こう側には、田んぼが広がっている)

こういう道は、走っていて本当に楽しくて、この日も何回か往復してしまったほどである。

ところで、どうして、このような道が成立したのであろうか。
それが前から不思議であった。

そこで、明治大正期の地図を見てみよう。

明治大正
(明治大正期の地図)

基本的に、現在の地図と大きな違いはないが、いくつかの土手道が交錯するように存在することが分かる。

ついでに、現在の地図も掲載しておこう。

現代
(現在の地図)

この土手道は、いつ頃、どのようにしてできたのであろうか。

私が、調べた限りは、よく分からないものの、少なくとも幕末維新時には、現状のような地形になっていたことは確かで、江戸期のいつかに成立したようである。

他方、分かったことは、やはりこの土手道は「古江戸川」の自然堤防で、古くは、このあたりの江戸川は、現在より約1キロほど西を湾流していた名残であるようである。

その証拠に、現在の江戸川の東岸側の流山市にも、「平方」や「深井」という地名が存在することからも推測できる。
つまりは、埼玉県吉川市の平方・深井新田と、千葉県流山市の平方や西深井や東深井は、古くは、川によって分断されていない一続きの土地だったということである。

因みに、明治政府は、1889年(明治22年)に、そもそもが千葉県東葛飾郡深井新田であった江戸川西岸のこの地区を、埼玉県北葛飾郡深井新田として分離再編成した。
それでも、この頃の明治政府はまだ偉かったと思う。
深井や平方という中世以来の古地名を抹消しなかったからである。

尚、この道は、短距離ながら、真夏の炎天下では日陰の多い道となり、江戸川CRが向かい風の場合は風を一時的にしのぐことのできる道であることも、書き添えておこう。

走行距離:48キロ(ACロード)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(6)   Top↑

Comment
牧歌的 Posted by たすけ
あれあれ、それであのメンツに入ってなかったのですか、どうぞお大事に。

この土手(たぶん自然堤防)に流山本町の原型をいつも感じています。
下総台地では古来より放牧が行われ、まさに牧歌的な風景が広がっていて
相馬流れ山は日本の叙事詩であるとそんな風に考えている私です^^;
2013.11.05 Tue 08:16 URL [ Edit ]
古江戸川の自然堤防 Posted by 断腸亭
たすけさん

ほぼ9割ほどは、復調しました。
この辺りは、明治の初めごろまでは、行政区としては、まさしく「流山」だったんですね。
たぶん、現在でも、血縁同士の人も多いのではないでしょうか。
埼玉側は、古江戸川の自然堤防と思われるところがたくさんありますよ。
2013.11.05 Tue 15:26 URL [ Edit ]
Posted by エンツォR
断腸亭さん、こんばんは!
大好きなツーリングに参加されないほど、体調不良だったようですね。
お互い歳ですから、無理しないことが第一です。

私も先週頭の長岡技大の実験装置の工事ですっかり腰を痛くしてしまい、日曜は温泉ポタでした。
ギブさんもリハビリポタとか。
なんかじじむさい話になっちゃいましたね。

そんな時には、ご紹介いただいたような味わい深い道をゆったり走るもの良いものです。
とにかく体調万全になるまでご自愛ください。
2013.11.05 Tue 21:26 URL [ Edit ]
北国では、もう冬ですね Posted by 断腸亭
エンツォRさん

ブログ、拝見しました。
http://adversewind.blog.fc2.com/blog-entry-69.html
かがんで作業するのは、大変なことですね。
昔の人は、稲刈りが大変だったので、腰が曲がってしまう人も多かったようですが、最近は、見かけなくなりました・・・。

今回の体調不良は、2週間ほど前、雨でずぶぬれになって、身体を冷やしたのが原因かと思われます。

そんなときは、やはり、温泉かもしれません。
新潟には、そんなときに適当な温泉があるのを、羨ましく拝見した次第・・・。

北国では、もう冬ですね。
ご自愛ください。
2013.11.06 Wed 05:57 URL [ Edit ]
Posted by kincyan
久しぶりの記事ですね。体調は戻られたようで良かったです。

それにしても、古江戸川の残滓が見られるというのも面白いです。そういうものを見つけながら走るというのは断腸亭さんの面目躍如。江戸期には壮大な工事がやられたものですね。
2013.11.06 Wed 20:46 URL [ Edit ]
江戸川の変遷 Posted by 断腸亭
kincyanさん

ご返事、大変に遅くなってすみません。

江戸川は、荒川に比べれば、はるかに自然に近い川ながら、江戸時代に、かなり河川工事が行われたようです。

その代表的なものは、曲がっているところを真っ直ぐにする工事で、平方・深井新田の土手道も、その際に流れから取り残された部分だと思われます。

明治時代の地図を見ると、江戸川には、たくさんの中洲が存在したことが分かりますが、明治以降、これらの中洲も次第に姿を消していきました。

たとえば、柴又の語源は、嶋股(又)で、古来、中洲があったことによる命名のようです。
2013.11.11 Mon 11:59 URL [ Edit ]

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