日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
映画の日々 | エッセイ | 思い出 | 身辺雑記 | 日録 |  | 自転車 |  | 小さな旅(自転車) | 小さな旅 | 旅(自転車) | 未分類 | 自転車文学 | 
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
断腸亭日録~自転車日記
≪2017.10  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  2017.12≫
プロフィール

higedancho

Author:higedancho
断腸亭髭爺です。
自転車関係の日記が多いです。
よろしく。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム
フリーエリア
ブロとも一覧
--.--.-- --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告    Top↑

2013.02.14 Thu
寺島サイクリング~向島百花園~イタリア料理店「ヴァチナーラ」~江戸三大大師としての蓮花寺(寺島大師)
長閑に晴れ渡った冬の休日(2月10日)。
まだ、ぎっくり腰の名残があったので、呑ちゃんと二人、近場の向島方面に出かけてみることにした。

四ツ木橋(荒川)を渡って、玉ノ井の路地に潜り込む。
因みに、私がこのブログでよく使う「玉の井」という地名は、実は、今も昔も存在したためしがない。

「玉の井」というのは、辞典的に言えば、「旧東京市向島区寺島町に存した私娼街(戦後は赤線地帯)」の名称であって、地名ではなかった。
したがって、売春禁止法の施行(1958年)以降は、荷風の『墨東奇譚』の舞台にもなったこの玉の井も、実体としてはもはや存在しない。
現在の東武線「東向島」駅の旧名が「玉の井駅」だったことに、わずかにその名残を留めてはいるが。

ついでだが、「東京市向島区寺島」という地名も聞き慣れない。
寺島」は、過去には存在したが、今は消滅してしまった地名である。
現在の墨田区東向島が、ほぼ寺島に相当する。

現在の町名としての「向島」と「東向島」は、ほぼ鳩の街通りを境に町域を分けている。

これまたついでだが、「向島」という地名は、浅草の側から見て、隅田川の向こうにあった陸地なので、こう呼ばれるようになったらしい。

まずは旧玉の井(いろは通り)を抜けて、「向島百花園」に春をさがしに行ってみることに。
実は、本日が春節(旧正月の元旦)に当たるので、ここ向島にも、多少の春が見つかるかもしれない。

IMG_0578_20130214055002.jpg
(向島百花園前の児童公園に駐輪)

IMG_0563_20130214055337.jpg
(ここに来るといつもホッとする向島百花園)

IMG_0570_20130214054521.jpg
(庭園としても、趣のある向島百花園)

IMG_0573_20130214054641.jpg
(風流な井戸)

IMG_0575_20130214054527.jpg
(百花園を散策中の呑ちゃん)

春の訪れということであれば、さすが梅の名所だけあって、既に梅花が咲き始めていた。

IMG_0571.jpg
(梅の花)

IMG_0576.jpg
(そして、盆栽風にアレンジされた春の七草がみずみずしい)

これから本格的な春に向かう季節。
週に一度は訪れて、梅の花のうつろいをめでたいものである。

ひとしきり園内を散策した後は、茶屋で甘酒を買い求めてしばしのんびり。

IMG_0564_20130214054524.jpg
(ここの甘酒はなかなかうまい)

そうこうしているうちに腹も減ってきたので、東向島のイタリアン「ヴァチナーラ」に向かう。
この店は、今回が初めて。
以前、入ろうと思って来てみたものの、シェフが怪我で臨時休業だった。

小さいながらも、暖かみのある店内。
黒板にランチメニューが載っている。

IMG_0580_20130214054954.jpg
(「ヴァチナーラ」の店内)

IMG_0581_20130214054947.jpg
(黒板のランチメニュー)

われわれは、最後の行に書いてあった「シェフのおすすめ」を注文。
前菜、魚料理、パスタ、肉料理、デザートのコースで、何と1780円。

IMG_0583.jpg
(甘鯛のパリパリ焼きカポナータ)

IMG_0586_20130214054937.jpg
(イモ豚肩ロースのグリル)

いずれの料理も、シェフ(比較的若い人)の腕が冴え渡っている。
私の勘では、日本料理の修業をしたことのある人ではないかと思う。
できるだけ少ない味付けで、素材の微妙な味わいを引き出そうとしている。
完璧だと思う。

お腹も満たされたので、再び自転車に跨って、すぐ近くの「蓮花寺」(寺島大師)に行ってみることにした。
この蓮花寺、実は以前から気になっていたのだが、つい最近、『江戸名所図会』(1836年)を拾い読みしていて、江戸時代には、とても有名な古刹であることを知った。
残念なことに震災と戦災によって、往時の威光は失われてしまったが、江戸期には、「江戸三大大師」(あとの二つは、川崎大師と西新井大師)の一つとして名を馳せていたという。

IMG_0587.jpg
(現在の「蓮花寺」。手前右が、後で触れる「太子堂」)

IMG_0605.jpg
(「厄除弘法大師」の石碑)

現在の蓮花寺の山門の前には、古い道標が建っている。

IMG_0600.jpg
(「大しみち」の道標。そもそもこの道標は、地蔵坂通りから墨堤通りに上がったあたりに建っていたと思われる。文化15年(1818)建立)。

江戸名所図会』の「蓮花寺」に関する記述は大変に興味深い(ただし、当時は、「蓮華寺」という字を当てている)。

先ず、冒頭に、古い「寺記」からの引用がある。

「昔この地は海原なり。後世やうやく干潟となりし頃。当寺を創建ありしゆえに、寺島の称あり」(ちくま文庫版第6巻201~202頁)。

この簡潔なくだりは、墨田区の地形の歴史と「寺島」の地名の起源を鮮やかに説明している。

古代の墨田区は、大きな河川(利根川)が海へ流れ出る河口部に位置した。
したがって、寺島付近も、古代には「海原」であったのだが、長い歳月、河川が堆積土を運んだことによって、中世頃から北から南へと次第に陸地化していった。
そして、鎌倉期あたりに寺島(=東向島)あたりも陸地化したので、そこにこの蓮花寺を創建したというのである。
またそれ故に、この地を「寺」島と称することになったわけである。

創建は、13世紀中葉とされているので、地質学的知見とも矛盾しない記述でもある。

しかも、その約600年後に著された『江戸名所図会』の挿絵にも、そういった地形の変遷を読み取ることができるかもしれない。

寺島 太子堂 蓮華寺
(19世紀に描かれた蓮花寺)

山門の写真は撮りそこねたが、本堂と山門の位置関係は、現在と同じだと思われる。
しかし、山門の外の参道のような広い空間は、現在では、隅田川高校(旧東京府立第七中学校)の構内になってしまっている。
だが、その手前の土手道に注目してほしい。

この土手道は、位置関係からしても、間違いなく、現在の「地蔵坂通り」(地図)である。
地蔵坂通りは、実は、上代に於ける海岸線(渚)であったのだが、中世以降、海岸線がさらに後退した結果、河岸になったのである。
河岸と言ってもピンと来ないかもしれないが、中世頃には、現在の白髭橋のやや下流あたりで隅田川は分流していて、「地蔵坂通り」(地図)と「鳩の街通り」(地図)を自然堤防とするもう一筋の隅田川が流れていたのである。
そのもう一本の隅田川は、想像しがたいことながら、現在の隅田川の本流と同規模の大河川で、南東へと向かって流れ、中川と合流して江戸湾に落ちていたのである。

画像 062
(現在の地蔵坂通り)

名所図会に描かれた土手道(=地蔵坂通り)は、その自然堤防の名残なのである。
加えて、この絵の土手道の北側には、溝川のような細流が見て取れるが、この溝川は、昭和初期まで存在していたが、その後、埋められてしまって、現在は、その痕跡は見つけられない(このあたりの事情に関しては、鈴木都宣『墨東向島の道』[文芸社刊、2000年]に詳しい)。

その後、江戸時代には、湿地が開拓され「新田」となり、さらに時代が下って大正期になると、荷風が書き留めているように「隅田川と中川との間にひろがっていた水田隴畝(ろうほ)が、次第に埋められて町になり初めた」(荷風「寺しまの記」)のであった。

また、『江戸名所図会』には、もう一つ、興味深い記述がある。

「太子堂 本堂の右にあり。本尊聖徳太子の像は、十六歳の真影にして、太子みずから彫造ありしという」(同書201頁)。

江戸名所図会』の挿絵にも、「本堂の右」に太子堂らしき建物が見える。
さっそく現場で確かめてみると、現在もなお、同じ場所に太子堂と思われる建物が建っていた(ただし、説明板なし)。

IMG_0590.jpg
(太子堂の本尊。十六歳の聖徳太子像)

もしこれが、『江戸名所図会』に記されているように、本当に「十六歳の真影にして、太子みずから彫造」したとすれば、まさしく超国宝級であろうが、どうなんだろう・・・。

さて、こうして、時間の旅も満喫したわれわれは、荒川を渡って、立石で洋菓子を買って葛飾区役所前の公園でそれを食すをもって旅の〆とすることにした。

IMG_0611_20130215225649.jpg
(マドレーヌ)

IMG_0612_20130215225653.jpg
(それをば、区役所前の噴水公園で食す)

自転車による「時空の旅」には、汲めども尽きぬ楽しみがある。

呑ちゃんのブログもご参照。
http://marichandengana.blog80.fc2.com/blog-entry-580.html

走行距離:23キロ(ACクロス)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(6)   Top↑

Comment
地形図について Posted by nuno
いつも走行ルートなど参考にさせて頂いております。
1月5日掲載分の、謹賀新年~銚子の正月1(大晦日・往路)の記事のなかで、利根川河口堰展示ホールに掲示されていた銚子の地形図が見易いとありますが、わたしはYahoo!地図の水域図がおすすめです。

使い方は簡単です。Yahoo!Japanトップページの左メニュにある「地図」を選択、そして調べたい地域の名称を入力検索すると地図が表示されます。あとは右上のプルダウンメニューから「水域図」を選択するだけです。

もしすでにご存知でしたら失礼します。

2013.02.14 Thu 20:31 URL [ Edit ]
Posted by ともちん
梅がもう・・・・。
名所江戸百景は亀戸でしたね。
私のほうでは青梅か越生ですが、まだまだです。
気候の違いを痛感します^^;
2013.02.14 Thu 21:08 URL [ Edit ]
高低の色分けがいいですね Posted by 断腸亭
nunoさん

コメント、ありがとうございます。

さっそくヤフーの地図を見てみました。
「水域図」という選択肢があるのは驚きでした。
ヤフーの地図は、地形図もそうですが、高低の色分けがはっきりしていて非常に分かりやすいですね。
さっそく活用させていただきます。

最近は、新しいルートの研究をサボっていますが、また有益な情報がありましたらお願いします。
2013.02.16 Sat 08:39 URL [ Edit ]
梅花 Posted by 断腸亭
ともちんさん

梅は、桜と違って、樹の種類によって開花時期が非常に異なるので、ゆっくりと長期間楽しめますね。

「名所江戸百景」に描かれた亀戸の梅屋敷は、今では存在しませんが、当時はさぞかし圧巻だったと思います。

東京東部では、湯島天神なども有名ですが、この時季になると、あれ、こんな所に梅の木があったのかと、気づかされて、嬉しくなることがあります。

いずれにせよ、はやく暖かくなってほしいものです。
2013.02.16 Sat 08:45 URL [ Edit ]
春よ来い Posted by kincyan
歴史の知識があると、都会のポタリングは更に楽しくなりますね。そいう意味でアースダイバーは参考になりました。大阪版のアースダイバーを読み終えましたが、これもまた素晴らしい。実家からジャイアントで走り出るとき、思い出しながら走ろうと思います。

これから春が近づくと、百花園は気軽に春の香りを楽しめる良い場所になります。呑ちゃんが、自転車ポタ&ランチに付き合ってくれるようになり、羨ましい限りです。
2013.02.18 Mon 14:48 URL [ Edit ]
道・地形・歴史が融合した重層的サイクリング Posted by 断腸亭
kincyanさん

アースダイバー的な地形の見方は大好きで、どんな所に行っても、2千年ぐらい前はどんな風景だったかということを反射的に考えています。

われわれ自転車乗りは、既にルートダイバーなわけですが、これに、アースダイバーとヒストリーダイバー的要素を加えれば、真の意味での「旅」をすることが可能ですね。
道・地形・歴史が融合した重層的サイクリング。

「家人」さんを自転車の世界にお招きするためには、50キロとか100キロなどと考えずに、半径5キロから始めれば良いと思います。
自転車は、元来、乗って楽しい物なので、きっとうまくいくと思います。
ゆっくりと辛抱強く。
点滴石を穿つ。
2013.02.19 Tue 01:18 URL [ Edit ]

管理者にだけ表示を許可する

Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。