日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2012.07.09 Mon
業平橋異聞~スカイツリーの下で起こったある事件(「しばられ地蔵」)
私の家から東へ200メートルぐらいのところに、「南蔵院・しばられ地蔵尊」(東水元)という寺がある。

IMG_0257_20120707030437.jpg
(東水元にある「南蔵院・しばられ地蔵尊」)

この寺の本堂の下手側に、3尺ほどのお地蔵様が安置されているのだが、数百本という細い荒縄でぐるぐる巻にされているので、これを初めて見る人は驚くと同時に、その何とも言えない滑稽な姿(「緊縛」地蔵)に吹き出してしまうかもしれない。
しかし、これは、近隣の子どもたちによるイタズラではなく、由緒ある願掛け行為の集積であって、参拝者は、境内で販売されている荒縄(1本100円)を購入して、それをばお地蔵様に巻き付ければ、各自の望みが叶うという謂われがあるからなのである。

IMG_0050_20110104094319.jpg
(一本100円の荒縄をお地蔵様に巻き付けて願を掛けるしゃあさんと呑ちゃん)

それにしても、どうしてかくなる「奇習」が生まれたかと言えば、それは、江戸の昔に遡らなければならない。

なにしろ、このお地蔵様が彫られたのが、元禄14年(西暦1701年)のことだというのだから、それにしてからが、忠臣蔵の頃。
しかも、お地蔵様を「緊縛」するという奇習が生ずるきっかけになった事件が起こったのは、お地蔵様が彫られて数年後のことのようだ。

時は、今から300年前の享保(元禄の次)の頃。
うだるような猛暑の続くある夏の日のこと。

弥五郎(やごろう)という荷担ぎが、早朝、木綿の反物を担いで松戸(千葉県)を出発した。
届ける先は、室町(日本橋)にあった越後屋八郎右衛門の店である。

おそらく、上州(群馬)あたりの木綿が、利根川・江戸川を船で運ばれて、松戸あたりに集積されていたのを、弥五郎のような運送業者が江戸の中心街まで運んでいたのだろう。

さて、この弥五郎、本所(現墨田区)の「中の郷」というあたりまでやってきたのだが、なにしろ夏の暑い盛り。
疲れ果ててしまって、「南蔵院」の前の大木の木陰のお地蔵様の前に、しばし横になって昼寝をすることにした。

・・・とここまで読んで、変だな~とお思いになった方もおられることと思う。

そうなのである。
現在は、東水元にある「南蔵院・しばられ地蔵尊」だが、享保期には、本所にあったのである(現在のスカイツリーのすぐ近くに当たる)。
実は、この南蔵院、関東大震災(1923年)に焼け落ちてから、ここ水元にそもそもあった聖徳寺内に引っ越してきて現在に至る。

その証拠に、参道入口とおぼしき付近には、「天台宗業平山南蔵院」の石碑が立っていて、この寺が元々は本所の業平橋にあったことを物語っている。

IMG_0606_20120707033212.jpg
(「天台宗業平山南蔵院」の石碑・東水元)

IMG_0608_20120707033352.jpg
(石碑の裏には、昭和17年、39代目の住職によるものと彫られている。ただし、昭和17年というのは、この石碑が建てられた年であって、「天台宗業平山南蔵院」が当地聖徳寺内に移ってきたのは、震災6年後の昭和4年のことである)

さて、本所の南蔵院前のお地蔵様の前で昼寝を始めた弥五郎の話に戻ろう。
すっかりと寝込んでしまった弥五郎が目を覚ますと、もはや夕暮れ近く。
あわてて起き出して、さて出かけようと傍らの荷物(反物)を捜すがない。
寺の者や周囲の人々にも尋ねるが、誰も分からないという。

仕方がないので、とにかく、本所から日本橋室町の越後屋まで走りに走った(約6キロ)。
当時はまだ吾妻橋が架かっていなかったので、両国橋か新大橋か永代橋で隅田川を渡ったはずだが、急いでいる弥五郎は、おそらく、両国橋→奥州日光街道の最短距離ルートを走ったはずである。

肩で息をしながら、越後屋の番頭に事の次第を説明する弥五郎。
ところが、越後屋は彼の話をまったく信じてくれない。
「お前が荷物をくすねたのではないか。荷の弁償をせよ」。
弥五郎には、5百反もの荷の弁償をする金はなく、途方に暮れる。

万策尽きた失意の弥五郎は、自らの責任を取って、ついに自殺を決意。
江戸府内の知り合いに今生の別れを告げにゆく。
すると、その知り合いが言うには、南町奉行所に、名裁きで有名な大岡様という方がおられるので、そこに申し出てみてはと勧めてくれた。

翌朝、弥五郎はさっそく南町奉行所(現在の有楽町にあった)まで走る。
南蔵院前のお地蔵様の所で昼寝をしている間に、何者かに白木綿5百反を盗まれたという一件を申告した。
ところが、いきなりの町人の申し出をすんなりと聞き入れてくれるような世の中ではない。
弥五郎は、三日三晩、飲まず食わずで南町奉行所の前に座り込むことにする。
その甲斐あってか、ついに大岡様が直々に話を聞いてくれることになった。

とくと弥五郎の話を聞いた大岡様は、おもむろにこう命じた。

「大切な荷物がありながら、うかうかと昼寝をしていたその方にも落ち度があったことは確かである。
しかしながら、地蔵菩薩といえば国土を守る仏である。
その方は地蔵にあずければ安心と思い、荷を下ろして休んだのであろう。
それなのに、地蔵ともあろう者が目の前で盗みをはたらく者を見て見ぬふりをするとはけしからん。
さっそく縄をうち、引っ捕らえて吟味(取り調べ)せねばならん。
あるいはこの地蔵こそ盗人とつるんで悪事を働いているのかもしれぬ・・・」。

これには、弥五郎も驚いた。
こうして、奉行所の役人がさっそくに本所・南蔵院まで出向いて、お地蔵様を捕縛して、大八車に乗せた。
さぞかし、重くて大変だったであろう。

大八車
(大八車)

縄でぐるぐる巻きにされたお地蔵様が大八車に乗せられて「護送」される様子を見た江戸の人々は、その大変に珍しい光景に驚いて、たくさんの人が後からぞろぞろとついてきた。
また、名裁きで有名な大岡様が、この一件をどう裁くのかを一目みたいという町人たちも、仕事を投げ出して、こぞって南町奉行所に駆けつけた。

南町奉行所まで「連行」された「縛られ地蔵」は、さっそくお白洲まで引っ立てられ、いよいよ大岡様の裁きを受けることになった。

お白洲
(江戸期の裁き所・お白洲)

大岡様は、地蔵に対して厳かにこう問い質した。

「その方、人々から南無地蔵大菩薩と尊敬をうけ、人々を慈悲にて救わねばならぬ身でありながら、目の前で盗みをはたらく者を見過ごすとは不埒千万なり。知っていて止めぬは盗人と同然。ただちに盗賊を白状いたせ。さもなくば入牢申しつけるぞ」 。

ところが、「容疑者」とはいえ、石地蔵に過ぎぬ。
地蔵は、この問責に答えることはなかった(黙秘?)。

答弁しない地蔵は、無論、有罪として「入牢」が言い渡された。

この様子を見ていた野次馬からどよめきの声が上がる。

すると、大岡様は、今度は、たくさん集まったその野次馬たちに目を向けて、ものすごい剣幕でこう申し渡す。

「ええい、この者たちはなんじゃ。お白州に勝手気ままに入り込み、吟味を見物するとは不届き千万。前後の門を閉じよ。ひとりも逃すな」 。

門がすべて閉じられて、今度は、見物人たちの吟味がなされた。
お白州に不法に侵入した罰として、それぞれに、木綿一反の科料(罰金)を申しつけ、三日のうちに持参せいということになった。

そして3日後、南町奉行所には、木綿の反物が山のように集まった。
その一反一反について、弥五郎が実見した結果、盗品2点も見つかったのである。

こうして、盗人が判明(本所表町に住む者)。
めでたく事件は解決した。

「これらの反物はその方らに返そう。また地蔵も赦免申しつける。中の郷(本所)に持ち帰り安置するように」 という大岡様のお達しだった。

というわけで、件の「しばられ地蔵」も無罪放免となって、元の本所・中の郷に戻されたのである。

爾来、荒縄でこの地蔵をしばり、「願いが叶ったら縄を解きます」と願を掛けるようになったのである。

こうして、現在でも、水元の「南蔵院・しばられ地蔵尊」に、願掛けに訪れて地蔵に荒縄を掛ける人が多いのだが、願いが叶って縄を解きに再訪する人は大変に少ないと見えて、いつもその首もとまで緊縛状態のお地蔵様だが、一年に一度、大晦日の夜に、すべての縄が解かれることになっている。

一昨年の暮れ、その「素っ裸」になった姿を激写した写真があるので、ここにご紹介しておこう。

IMG_0509_20110104094558.jpg
(大晦日の夜、すべての縄が解かれたお地蔵様)

IMG_1591.jpg
(解かれた縄は、一箇所に集められて、ダルマなどと一緒に焚き上げられる)














続く







切り絵全
(江戸後期の地図の「隅田川・向嶋絵図」・左の大きな川が隅田川・下中央の黄丸が「南蔵院」)

切り絵
(上掲「隅田川・向嶋絵図」の「南蔵院」周辺の拡大図・下中央の黄丸が「南蔵院」)

業平天神祠
(「江戸名所図会」の「業平天神祠」より・黄丸のところに「ぢぞう」の文字あり)










香取神社」(東水元)

テーマ:旅先での風景 - ジャンル:旅行
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Comment
待ってました! Posted by しゃあ あずなぶる
断腸亭節、復活!!
2012.07.08 Sun 04:54 URL [ Edit ]
それからどうした!? Posted by やまびこ
講談きいてるみたい^^。

続き続き!!
2012.07.08 Sun 09:11 URL [ Edit ]
復活されて安心しました Posted by 黒柴
断腸亭さん、復活されて安心しました。
2012.07.09 Mon 10:18 URL [ Edit ]
Posted by NOB
どうもです~!
興味深い話!
先日飛行機に乗って、鼠小僧の落語を聞いていたら、最後の最後、オチのところで着陸し、最後の最後を聞けずじまい。 復路で聞けたので良かったのですが……
さて、最近の流行り手……続く は本当に続くのでしょうか?
2012.07.09 Mon 20:52 URL [ Edit ]
おちは? Posted by kincyan
なるほどな~。これは講談のネタになりますね。実際はどうだったのかな~。でも大岡伝説の元となる事実があったんでしょうね。とんちが効いていて、いい話ですね。NOBさんも行ってますが、続きがあるということは、もっと違うオチがあるんですか?
2012.07.11 Wed 06:20 URL [ Edit ]
すみません Posted by 断腸亭
コメントをを下さった皆さん、ご返事が遅れてすみません。
実は、先日、自転車で転んでいまい、左手首骨折などの怪我をしてしまいました。
右手は使えますが、非常に不便ですねえ。
続きを書くのがやや遅くなりますが、ご勘弁ください。
2012.07.11 Wed 08:58 URL [ Edit ]
Posted by kincyan
それは大変なことでした。自転車乗りの宿命とはいえ、大事に至らなくてよかったです。ご自愛ください。
2012.07.11 Wed 12:24 URL [ Edit ]
怪我をされていたとは Posted by 相子
注意が足りませんでしたか。痛い痛いでも平気なんでしょうね。でも良~く治されて下さいね。
この話ですが、チョッと変なのは大八車に木綿五百反もの量が積めたのでしょうかね。
講談ですと見て来たような嘘、見ても嘘と言われますが、この話もそんな感じですね。面白いです。
2012.07.11 Wed 15:35 URL [ Edit ]
お大事に Posted by やまびこ
ゆっくりゆっくり~^^♪(返信不要)
2012.07.11 Wed 21:21 URL [ Edit ]
それはそれは Posted by emo
十分養生なさってください。
2012.07.11 Wed 23:11 URL [ Edit ]
なんと・・・。 Posted by しゃあ あずなぶる
お大事に。
2012.07.12 Thu 05:39 URL [ Edit ]
不謹慎ながら・・・ Posted by たすけ
しばられ地蔵の話の続きが、しばられ爺とは・・・
早く○○が解かれること願かけしてます。(レス不要)
2012.07.12 Thu 16:44 URL [ Edit ]
ご心配、陳謝! Posted by 断腸亭
皆さん、いろいろとご心配をおかけして、すみません。
たすけさんのおっしゃるように、しばらく「しばられ」状態を甘んじて受け入れ、一日も早く、自転車に乗れるように精進します。

転倒したいきさつについては、「日報」に報告を書きました。
http://6119.teacup.com/danchoimage/bbs/455

皆さんも、くれぐれも、ご注意下さい。
2012.07.13 Fri 10:03 URL [ Edit ]
ご養生ください Posted by dadashin
夜の向島で大変なことでしたね。
どうぞお大事に。
2012.07.14 Sat 17:30 URL [ Edit ]
その後の近況 Posted by 断腸亭
dadashinさん

ありがとうございます。
その後の近況です。
http://6119.teacup.com/danchoimage/bbs/460
2012.07.15 Sun 07:46 URL [ Edit ]

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