日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2011.10.10 Mon
「鮮魚道(なまみち)サイクリング」に参加~気持ちの良い道とは?
自転車で走っていると、何故か、とても気持ちの良い道がある。

普通、自転車で走っていて気持ちの良い道というのは、交通量も信号も少なくて、ある程度は景色も良いような平坦路を意味するわけだが、今、私が言おうとしているのは、必ずしも、そういう道のことではない。

無論、交通量の多い幹線道に気持ちの良い道があるはずはないので、これは端から除外する。
多少の例外はあるものの、クルマの轟音はうるさいし、空気も悪いし、街並みもつまらない・・・。

で、私が取り上げたいのは、何というか、特段景色にも特徴はなく、何の変哲もないごく普通の道なのだが、走っていると不思議と気持ちがよい道のことである。
これとは反対に、景色も良いし、交通量も少ないのだが、走っていてもあまり楽しくない道もある。
上り坂であろうと、下り坂であろうと、それも関係なし。
そういう不思議な道がある。

このことは、ずいぶん以前から感じていたことなのだが、どうしてもうまく説明することはできない。

しかし、一般的に言って、そういう気持ちの良い道は、どういうわけか、古道であったり、古い水路を暗渠化して作った道であったりすることが多い。
たとえて言えば、こういう道には、すうっと一本「気」が通っているというような感じがするのである。

太古の人々が「聖域」とした場所には、巨石やシンボルが置かれたりしたが、後世になると、その同じ場所に、古墳が築かれ、またその同じ場所に社が造られたりするのと似て、現在のわれわれまでもが、その場所を訪れると、何故か気持ちがよい場所でもある。

場所と場所をつなぐのが道だとすれば、ある種の道は、また、そもそもが「聖域」として築かれたのではないだろうか・・・。

もはや旧聞に属する先週の日曜日(10月2日)、「鮮魚道(なまみち)サイクリング」に参加した(ロードバイク)。
この日に走ったルートの詳細は、主催者の東葛人さんのブログを参照にされたいが、まさしく「気持ちの良い」道の連続であった。

この日のことについては、既に参加者の皆さんが各ブログに書いておられるので、私は、写真を連ねて、大まかなコメントをするに留めたい。

銚子から利根川を遡行した船が布佐に着くと、荷は陸揚げされて、松戸まで陸路を行くことになる。
その起点となるのが、「布佐の観音堂」である。

IMG_0015 (3)
(鮮魚道の陸路の起点たる「布佐の観音堂」)

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(何の変哲もない道ながら、走っていて気持ちの良い鮮魚道)

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(街道筋の道標)

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(豪壮な長屋門の農家)

この長屋門の基礎部は、この地域独特の、12~3万年前に形成された「木下貝層」の石垣が用いられていて、大変珍しい物だと思う。

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(この地域独特の「貝層」の石垣)

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(こらまた、素晴らしい道)

ちょっと寄り道して、「印西八景」の一つでもある「大六天神社」の展望台にも立ち寄った。

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(前方後円墳の上に祀られた「大六天神社」)

この神社は、まさに6~7世紀頃の前方後円墳(浦部古墳)の上に祀られている。

この台地からの眺めは圧巻で、現在は田畑や住宅地になっている低地がかつて「香取海」だった頃の風景を偲ぶことができる。

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(「大六天神社」展望台からの眺望)

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(「大六天神社」展望台からの眺望2)

古墳時代の人は、ここから、「香取海」を航行する舟の姿を眺めていたことであろう(印西の古墳についてはこのページが詳しい)。

この古墳丘陵の東側には、太古への幻想を駆り立てるような竹林が風にそよいでいた。

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(風にそよぐ竹林)

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(木下街道沿いの「浦部の百庚申」。天保10年(1839年)に造立。かつては真っ赤に塗られていたというが、現在でも赤塗料が多少残っている)

ここでまた、「本道」をちょっと外れて、われわれは「白井市立白井第二小学校平塚分校」跡に寄った。

IMG_0035 (22)
「白井市立白井第二小学校平塚分校」跡)

この壇上で、校長先生が「教育勅語」を読み上げている光景を彷彿とさせるような木造平屋建の校舎である。

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(途中、地域のマラソン大会とぶつかってしまい、われわれは自転車を引いて歩いた)

次に訪れたのは、鮮魚道沿いの「金毘羅宮」。
と言っても、大変に小さな社があるだけで、しかも壊れてしまっているらしい。

IMG_0039 (26)
(「金毘羅宮」への石段と「金毘羅宮」。左の写真の後ろ姿の人物はdadashinさんで、右の写真の撮影者・写真、拝借しました)

IMG_0037 (24)
(「金毘羅宮」の説明板・柏市)

私は、これを見たとき、非常に懐かしい気分になった。
金毘羅さまの大元(おおもと)は、もちろん、四国は讃岐の「金刀比羅(ことひら)宮」である。

実は、私の母方の両親(つまりは、私の祖父母)は、香川県多度津郡の琴平(=「金毘羅・こんぴら」と同源語)の出身である。
戦争中に、銚子に移住した。

銚子の街は、江戸期以来、紀州や土佐や讃岐からの移住者によって開かれた(醤油製造術をもたらしたのも彼らである)。
その中には、黒潮に乗ってやって来た漁師たちも多かったであろう。
私の祖父母のように、20世紀になっても、「地縁」を頼みに四国から銚子に移住する人もいたわけである。

よく知られているように、コンピラ様は海の神様で、まあ、ギリシャローマ神話に於けるポセイドン(=ネプチューン)のような存在である。
だから、漁師や船頭たちからは大変に尊崇されたにちがいない。

その漁師たちが銚子近海で穫った魚を運ぶ人たちが、鮮魚道をひたすらに走っていく。
魚が腐らないうちに、松戸(→日本橋)まで運び届けなければならないからだ。
そして、その中間地点に当たるこの小さな「金毘羅宮」で、道中の安全を祈願するのは、実に、伝統と理屈に適っていると言わざるを得ない。

鮮魚を運ぶための街道は、即ち、「海道」として意識されていたのかもしれない。

魚荷の運び手は、この鮮魚道を、たとえば、次のような江戸期の軽妙な流行歌を歌いながら、疾駆していったのではなかったか。

♪こんぴら船々
♪追風(おいて)に帆かけて
♪シュラシュシュシュ
♪まわれば 四国は 讃州那珂の郡
♪象頭山 金毘羅大権現・・・

その後、われわれは、同街道筋の「常夜燈」「富塚鳥見神社」などを巡ったのだが、私にはとても書ききれないので、詳しくは、以下のページを参照にされたい。

http://blog.livedoor.jp/toukatsujin/archives/52778542.html(東葛人さん)
http://sazaepc-tasuke.seesaa.net/article/228984171.html(たすけさん)
http://sasa06.blog92.fc2.com/blog-entry-417.html(dadashinさん)
http://jitensha1000.blog16.fc2.com/blog-entry-218.html(joypapaさん)
http://blog.livedoor.jp/won_chan/archives/51895087.html(ワンちゃんさん)
http://blog.livedoor.jp/packet070/archives/1579068.html(packetさん)

因みに、昼食は、「松栄鮨」(西白井)という寿司屋でいただいた。

IMG_0048 (35)
(刺身定食。800円ぐらい)

鮮魚街道を懸命に走ったわれわれに対する、主催者の粋な計らいに私は感心するとともに、こんな海から遠いところで刺身(鮮魚)にありつける有り難さを、ひとしお感じたのであった。

主催の東葛人さんと愚兵衛さん、ありがとうございました。

(その他の参加者の皆さんもお疲れ様でした;spiritさん、ジャズの紳さん、はんぞうさん、いくさん、フリーさん、daiさん、まっちさん)。

なお、松戸まで陸送された魚は、再び川舟に積み替えられて、江戸川→新川→(中川)→小名木川→(隅田川)→日本橋川で日本橋河岸(魚市場)に運ばれたわけだが、以前、この川筋沿いを走ったときに作った地図があるので、ここに掲載しておこう。



重要参考ページ;「下総鮮魚街道」http://www.tante2.com/namakaidoh.htm

当日の走行距離:95キロ(ロードバイク)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(14)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
Posted by kincyan
おはようございます。
さすがに道の達人ですね。道に霊的な物を感じられるとはね。歩いているときも感じるのでしょうが、自転車だとスピードが出るので圧縮して体感できます。
2011.10.10 Mon 08:12 URL [ Edit ]
Posted by あき
おはようございます。
初めてコメントします。
確かに、歩いたり、自転車で走ったりしても、なんとなく道との相性はあるような気がします。

断腸亭さんのように土地の歴史を知っていらしゃると、道も景色もまた一段と味わいが違ってくるのでしょうね・・・。
今後も、記事の更新を楽しみにしています!
2011.10.10 Mon 08:55 URL [ Edit ]
本当、上手に Posted by joypapa
文章を書かれる! さすが、話の展開が見事ですね。 やはり、物書きを目指しましょう。(笑) 

続編を楽しみにしています。 ただし、くれぐれも無理をしないでくださいね。
2011.10.10 Mon 09:32 URL [ Edit ]
いにしえの香取海を見ていたのですね Posted by 東葛人
断腸亭さん、おはようございます
鮮魚道ポタお疲れさまでした。
「浦部古墳のある丘から見る香取海」、この視点は私にはありませんでした。
眼下に広がる水田を見て、江戸時代の大きな手賀沼のイメージまでしか描けていませんでした。
断腸亭さんのこの記事を読んで、ようやく香取海を見ていたのだということに気づきました。
歴史オタクとして恥ずかしい(苦笑)
では、続編も楽しみにしております。
2011.10.10 Mon 11:04 URL [ Edit ]
Posted by やまびこ
風邪が治ってよかったですね^^。

>特段景色にも特徴はなく、何の変哲もないごく普通の道なのだが、走っていると不思議と気持ちがよい道のことである、

>すうっと一本「気」が通っているというような感じがするのである。

うんうん!その気持ちすごくよくわかります。

旅したり、歩いたりしていると次はどん風に曲がるのか、次にどんな景色が展開するかわかってしまうような、懐かしいような、(デジャヴみたいなものとはちょっと違うけれど。)居心地のいい道や場所が確かにある。



2011.10.10 Mon 18:10 URL [ Edit ]
霊的と言うよりは、審美的かなあ・・・ Posted by 断腸亭
kincyansさん

「霊的」というのはちょっと違うと感じています。
何というか、目の前のテーブルの上に一個の花瓶を置くとして、テーブルの上のどのあたりに置いたら一番気持ちがよいかというような感覚の延長線上にあるような気がします。
昔の人は、こういう「場所の感覚」が非常に鋭かったのではないかと考えています。
おっしゃるとおり、そういう場所の感覚が一番冴えるのは、たぶん、「歩行」中だったのではないでしょうか。
2011.10.10 Mon 21:09 URL [ Edit ]
永遠の目標 Posted by 断腸亭
あきさん

最新のブログ、拝見しました。
手賀沼は、私にとっても、永遠に目標です・・・。

空間の移動も、立派な旅ですが、時間の移動も、もう一つの潜在的な旅だと思います。
旅が好きな人は、いずれかの旅では満足できなくて、どっちも満たしたくなりますね。

私は、欲張りなので、常に両方のことを考えながら走っているような気がします。
だから、よく転びます。

今後とも、よろしくお願いします。
2011.10.10 Mon 21:15 URL [ Edit ]
ありがとうございます Posted by 断腸亭
joypapaさん

ありがとうございます。

風邪を引いて、何日間かごろごろしてました。
自転車に乗れないことは、実に辛いことです。

物を書いているよりは、自転車に乗っている方がずっと楽しいので、自転車に乗れなくなった暁には、物書きを目指すことにしましょう。
それまでは、事故に遭わないように、細心の注意を払って走ることにします。
2011.10.10 Mon 21:19 URL [ Edit ]
下総国のアルカディア期 Posted by 断腸亭
東葛人さん

過日は、下見も含めて、大変お世話様でした。

タイムマシンがあったら、是非とも、「香取海」を見てみたいです。
香取海時代こそが、下総国のアルカディア期であったというような幻想を、勝手に抱いてます。

ちょっと関心があるのは、「薄葬令」(646年)の後、すでに造営された古墳群がどのような扱いを受けたかということです。
もしかして、こぞってその上に寺や社を築いたのかもしれません。
でも、証拠はありません。

過去の「遺物」をどう扱うかで、その時代が試されるような気がしてます。
2011.10.10 Mon 21:29 URL [ Edit ]
限りなく時間に近い道 Posted by 断腸亭
やまびこさん

東海道を歩き通されたやまびこさんのご賛同を得られるとは嬉しいです。

道の付き方が、物語の「萌芽」を孕んでいるような微妙な曲がり方とか凹凸とか、何かそんな感じかもしれません。
ある意味で、道は、限りなく時間に近い存在なのかもしれません。

しかも、その時間を感じ取れる移動方法は、やはり、徒歩なのだろうと思います。

次は、どこの街道を歩かれますか?
2011.10.10 Mon 21:42 URL [ Edit ]
鬼の霍乱? Posted by たすけ
平成の縄文人も、風邪には勝てませんね^^; あまりご無理をなさらぬように^^

さて、気持ちの良い道...私は胸がキュンとする...と表現しました。
たぶん、あと3~4回くらい、胸ならず腹いっぱいになるまで
白井の平塚近辺をうろちょろしてみようと思っています♪
2011.10.11 Tue 00:40 URL [ Edit ]
風邪と共に去りぬ・・・ Posted by 断腸亭
たすけさん

せっかくの好天の連休は、風邪と共に去りぬということになっていまいました。
まだ、鼻がぐずぐずしていて本調子とは言えませんが、もう大丈夫だと思います。

ところで、このHP、面白いですね。↓
http://www14.plala.or.jp/nikorobin/index.html

古代の「鳥見の丘」がどこだったか、突きとめたい気分になります。
2011.10.11 Tue 07:18 URL [ Edit ]
懐かしい感じ Posted by ワンチャン
断腸亭さん、こんばんは!
確かに、気持ちのいい道ってありますよねぇ~
僕にとって「気持ちがいい道」は「懐かしい感じのする道」ですね。
子供の頃に毎年行ったおばあちゃん家の周辺に似ていると、わざとゆっくり走って思い出します。
字で表現できないのが悔しいですが、頭には画像が浮かぶんですよね~(笑)
初めて我孫子に来たときに中峠あたりで感じたので、近所ポタが好きなのは
「気持ちがいい道」があるからなのかも知れません。
2011.10.12 Wed 00:54 URL [ Edit ]
「中峠」(なかびょう)の不思議 Posted by 断腸亭
ワンちゃんさん

「中峠」(なかびょう)という地名は、特に上総と下総に多い地名で、柳田国男の説によると、「峠」は当て字で、そもそもは「標」という意味で、国境(くにざいかい)に稲荷の祠を設けた際に、木の票(しるべ)を立てたことに由来するそうです(柳田国男『地名の研究』筑摩文庫全集第20巻、213~224頁)。

 下総千葉郡蘇我町大字小花輪字中峠 (ナカビョウ)
 上総山武郡日向村大字木原字中峠 (ナカビョウ)
 上総山武郡公平村大字松之郷字中峠 (ナカビョウ)
 など・・・

つまりは、古来の聖域の一つであった可能性が高いですね。
ワンちゃんさんが、そこを走ったときに、敏感にも、それを感知なされたのだと思います。
そうそう、気持ちの良い道に出会ったときは、何か「懐かしさ」に似たような感覚がよみがえってきますね。
東葛の「気持ちの良い道・百選」か何かを作りたいものですね。
2011.10.12 Wed 18:57 URL [ Edit ]

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