日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2011.09.29 Thu
市川史跡逍遙サイクリング~「ひさご亭」(市川大野)のタンメンはやっぱり最高!
先週土曜の「市川・赤煉瓦倉庫見学サイクリング」をきっかけに、市川の史跡への興味がにわかに蘇った。
とりわけ、下総台地を擁する市川は全国的にも縄文遺跡(貝塚)の宝庫である。
しかも、上代になると、市川は、現在の「首都圏」に当たる地域の、まさに行政的な中心地(国府・国分寺・国分尼寺が置かれた)にもなった・・・。

秋らしい爽やかな天気に誘われて、私は9時過ぎに自転車(フジクロス)に飛び乗った。

行き先は、もちろん、市川方面。
いくつかの史跡を行き当たりばったりに「梯子」してから、つい最近、dadashinさんのブログ記事を拝見して久しぶりに思い出した「ひさご亭」で昼飯(タンメン+餃子)を食べるというかなり大雑把な計画・・・。

水元桜土手から江戸川CR右岸を走って、新葛飾橋(国道6号線)を渡る。
新葛飾橋を矢切側に渡りきって一般道に出たところで、すれ違いざまに自転車の人から声を掛けられる。
「断腸さん!」。
自転車を止めて振り返ると、印旛の愚兵衛さんだった。
サイクリングロードのような排他的一本道ならよくこういうことがあるのだが、一般道ではなかなかないことだ。
「まったくもって、奇遇ですねえ・・・」とお互いに驚く。

聞けば、これから渋谷まで行くという。
あれまあ、印旛からはるばる渋谷まで自転車で行くとは、何と奇特な人であることかと唖然としていると、とんだ「しぶや」違いで、若者たちが跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するという渋谷ではなく、自転車乗りのオジサンたちの憧れの的だというお花茶屋(葛飾区)の自転車屋「しぶや」(小径車専門店)であることが分かった。

しばらく、自転車に跨りながら、立ち話ならぬ「跨り」話をしているうちに、歴史好きな愚兵衛さんも私に同行してくれるという(今考えればすまないことをしたかもしれない。愚兵衛さん、ゴメンナサイ)。
さっそく連れだって走り出す。

ちなみに、今日走ったルート地図はほぼ次のようなもの。



先ず最初に立ち寄ったのは、「下総国分尼寺跡」。

IMG_0443.jpg
(「下総国分尼寺跡」)

奈良朝以降の上代、畿内の中央政権は、地方に対する統治文化政策として、国庁・国分寺・国分尼寺の三点セットを設置したのだが、「下総国」(いわゆる北総が中心だが、現在の茨城・埼玉・東京の一部を含む広大な領域だった)では、市川の台地上にこれらの中心施設を築いたのである。

これまでにも、私は、各地の国庁・国分寺・国分尼寺跡を訪ねたことがあるが、それらが設置されている場所の立地条件はよく似ている。
大概、近くの河川が自然の要害になるような台地の上にある。
平地を見渡せるそんなに高くはない台地上に築かれている場合が多い。
まさに、権力が、その地方を睥睨しているようである。
もちろん、国庁は軍隊も擁していたので、いざとなれば、鎮圧部隊の基地として機能しやすい場所に設置されたのだと思う。

従って、この国分尼寺の近辺は、上代に由来する史跡も多いようである。
このあたりを散策するのに便利そうな地図があったので撮影しておいた。

IMG_0446_20110930155201.jpg
(下総国分寺界隈の散策地図)

当然、尼寺の近くには、国分寺がある。

IMG_0451_20110930161428.jpg
(「下総国分寺」の仁王門)

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(現在は墓地になってしまっている「下総国分寺」の「講堂跡」。礎石は残っている)

さて、次に目指すは、縄文遺跡の「曽谷貝塚」(地図)。

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(「曽谷貝塚」で、4000年前に思いを馳せる愚兵衛さん)

そうそう、今度の日曜日(9日)、この貝塚で「曽谷縄文まつり」というイベントをやるという。
貝塚周辺には、既にそれを知らせる幟が立っていたが、ポスターを発見したので、ここに掲載しておこう。

IMG_0270_20111001041013.jpg
(10月9日(日)「曽谷・縄文まつり」のポスター)

昼までに帰宅しなくてはならない愚兵衛さんとは、この後、市川大野駅まで一緒に走ってお別れする。

私も相当腹が減っていたので、そのまますぐに「ひさご亭」に急行するも、12時開店でまだ50分以上もあったので、そこから比較的近い「美濃輪台遺跡」(地図)に行ってみることにした。

私は、市川「大野」を横切って走る。
この「大野」(大柏谷)の地は、かつては広大な湿地帯を成していたのだが、それより以前の縄文期には、遠浅で汽水の内海であった。
縄文人は、この内海を取り囲む台地上に住居を築き、海では魚介類を採集し、森では猪や鹿を狩って暮らしを立てた。
ために、台地の縁では、あちこちに大小の貝塚が形成された(堀之内貝塚姥山貝塚、曽谷貝塚など)。

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(「市川市の縄文貝塚分布図」。市川歴史博物館の展示図を撮影)

弥生期以降になると、海が後退して湿地となって水田に変貌する。
市川では、なぜか弥生期の痕跡は少ないが、古墳時代になると、かつて縄文人が暮らしていた台地に、新に渡来系の人々も住み始めて、湿地帯は徐々に水田に変わっていったものと思われる。

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(「美濃輪台遺跡」B地点。炉穴跡が発見されたという)

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(「美濃輪台遺跡」から台地の下を眺める。この下は、かつては、内海に続く葦原のような湿地だったのではないか。現在は住宅地になっているが、昭和30年代までは水田だった)

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(現在でも、大野には湿地が残っている。「大柏川第一調節池緑地」)

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(野には、ススキが群生していた)

こうして、店が開店する12時少し前に、再び、「ひさご亭」(市川大野駅から約1キロ)に到着。
既に、7~8人が開店を待って行列を作っている。

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(「ひさご亭」の店構え。食べ終わってから撮影したもの)

IMG_0458.jpg
(タンメンと半餃子)

ここのタンメンは、シャキシャキのモヤシが一杯で、スープは実にあっさり。
太めの黄色い麺が、そのスープと実に良くマッチしている。
また、餃子は、お稲荷さんぐらいの大きさなので、ラーメンを食べるときは、半餃子(3個)がお勧め。
フルの餃子(6個)は、ビールがないと食べ切れません!

一心不乱にタンメンと餃子を食べる。
苦しいほどに、お腹がパンパンになる。

タンメンと言えば、東向島の「味の横綱」のそれ(モヤシが富士山になっている!)も大変にウマイのだが、ひさご亭のがあっさりしていて私の好みである。

さて、満腹になると眠たくなる。
姥山貝塚も寄りたかったが、またの機会にしよう。

私は、宮久保あたりの台地縁の道を辿って、再び、国府台の台地に登る。

IMG_0385.jpg
真間山弘法寺・ぐほうじへと登る階段。この下も、縄文期は汽水の海だった)

IMG_0461_20111001061255.jpg
(下総台地の下がかつては湿地帯ないしは汽水海だったことを物語る「真間の継ぎ橋」)

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(そしてその、万葉期都人のアイドル的存在だった「真間の手児奈」を祀った手児奈霊堂。「葛飾の 真間の手児奈が ありしかば 真間のおすいに 波もとどろに」)

IMG_0384.jpg
(国府台上の森の中)

こうして、水元公園に到着。
公園のベンチで地図を開いて、走ったルートを検証していると、公園の一角に人が集まっていて騒がしい。
何だろうと行ってみると、曼珠沙華の花畑が広がっていた。

IMG_0465.jpg
(水元公園の曼珠沙華)

IMG_0466.jpg
(水元公園の曼珠沙華2)

私は、しばし、その変奇で妖しい美しさに見入っていた・・・。

この日の走行距離:40キロ(獲得標高:96メートル)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(8)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
似て非なるモノ? Posted by しゃあ あずなぶる
このところ生意気にも多忙で、昼食は「幸楽苑」って激安?ラーメンで済ませています。
そこの「塩野菜ラーメン」ですが、「タンメン」とどう違うのかな?
どちらも中華麺に野菜で、塩味が基調ですよね。

・・・にしても断腸さん。行動派ですね。
思い立ったら、すぐ自転車!最高ですね。
2011.09.30 Fri 04:46 URL [ Edit ]
Posted by kincyan
さすが断腸亭さん。顔が広いですね。白いお髭も目立ちますものね(^-^)/。
さっそくの次回ツアーの下調べとお見受けしました。続編期待しております。
2011.09.30 Fri 07:06 URL [ Edit ]
奇遇 Posted by 愚兵衛
 昨日は漠然と佐倉方面にと思い八千代方面へ向かったのですが、途中でふと気が変わり「しぶや」へのルートに変更しました。
 最初から「しぶや」へ向かっていたらとか、違うルートをとっていたらとかを考えるとまさに「奇遇」としか言いようがありません。
 所用があり途中で失礼しましたが、市川のご案内ありがとうございました。古代から近世にわたる史跡のある市川に興味が湧いてきました。
2011.09.30 Fri 09:08 URL [ Edit ]
寺の立地 Posted by 鉄ポタ
断腸亭さん、ご無沙汰しています。
国分尼寺のところで立地のお話をされていましたが、
明智光秀が越前にいたときに、国内の寺をよく見ていたのを「寺の好きな男」と一笑にふした朝倉氏の話を思い出しました。(もちろん光秀は軍事上から寺の立地を見ていたのですが)
市川の貝塚は姥山貝塚に行ったことがあります。また隣の船橋市には飛ノ台遺跡の博物館もあり、千葉の古の地形を想像しながらのポタリングは面白そうですね。
2011.10.01 Sat 01:41 URL [ Edit ]
「備えよ常に」(ボーイスカウトの教訓) Posted by 断腸亭
しゃあさん

あのぉ~、自慢ではありませんが、すぐ行動に移すのは、自転車に関してだけで、あとのことはぎりぎりになって、さらに期限も過ぎて、叱られないとできません!
「幸楽苑」は、安さで売っているようですが、結局は余り安いとは言えません。
美味しくて安いものを食べるためには、普段からリサーチしておく必要がありますね。
2011.10.01 Sat 07:40 URL [ Edit ]
冷や汗ものです Posted by 断腸亭
kincyanさん

確かに私は顔が覚えられやすいようで、あちこちで声をかけられますが、こっちは全然覚えていないので冷や汗をかくことがあります。
そのうち、市川古代遺跡ツアーを企画しようと思っておりますが、台地上の道は、大抵屈曲していることが多いので、一生懸命勉強する必要があるようです。
でも、面白いですね、市川は・・・。
2011.10.01 Sat 07:44 URL [ Edit ]
「台地を渡る」古道ルート Posted by 断腸亭
愚兵衛さん

自転車の楽しいところは、気の向くままに行く先を変更できるところですね。
基本的に、どんな道でも走れますし。

手賀沼や印旛の辺りとず~っとつながっている下総台地を一つの島として捉えてみてはどうかと考えています。
その島が、まるごと、縄文世界だったわけです。

愚兵衛がよく案内してくれるような風情の、「台地を渡る」古道ルートが必ずあったはずで、それはすなわち、自転車で走って楽しいルートではないかと想像しています。
明日もよろしくお願いします。
2011.10.01 Sat 07:51 URL [ Edit ]
過去の遺産 Posted by 断腸亭
鉄ポタさん

こちらこそ、ご無沙汰しております。
光秀のエピソード、大変面白いですね。

縄文遺跡・上代の国庁・中世の城・神社仏閣というのは、同じような地勢にある場合が多いですね。
だから、寺の改修時に、古代からの複合遺跡が発見されるのだと思います。

しかも、こういう場所は大抵、津波の被害を受けにくい場所でもあります。

われわれはもっと過去の歴史を学ぶ必要があると思いました。

船橋の飛ノ台遺跡も、もしかしたら、今日あたり行ってみます。

明日は、お会いできますね。
2011.10.01 Sat 08:00 URL [ Edit ]

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