日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2011.09.17 Sat
甲信ツーリング3~御坂峠を越える~太宰治「富嶽百景」のことなど
二日目(続き)
承前記事

意を決して、旧道「御坂みち」を上り始める。
くねくねと蛇行しながら山の斜面を這い登っていくような林道で、同じ甲州の「笹子峠」と雰囲気がよく似ている。

IMG_0073_20110917060631.jpg
(「御坂みち」)

10分に一回ぐらい、思い出したようにクルマが坂を登ってきて、私を追い越していく。
近くに渓流が流れているのか、絶えず水がせせらぐ音がして、山林のどこかで四十雀や鶯が歌声を競っている。
それ以外は、あたりは森閑として静まりかえり、私の耳に届くのは、自分の息づかいとチェーンとギアの摩擦音のみ。

IMG_0067_20110917061121.jpg
(「御坂みち」)

途中、木々の切れ間から、富士がぬっと顔を現して、私を驚かせる。
夕べの食堂のオバサンが「朝の8時頃になったら富士が見えますよ」と言っていた通りである。

IMG_0068_20110917062616.jpg
(「御坂みち」から見えた富士)

大きなカーブの所で休憩していたら、あろうことか、私は急に便意を催した。
我慢をすれば我慢できないこともなかったが、こういう場所で脱糞するのも乙かもしれないと思って、クルマのエンジン音が聞こえてこないことを確認して、道路脇の茂みに潜り込んだ・・・。

こうして、久しぶりの野糞に、身も心も大満足。
茂みから這い出すと、クルマが近づいて来る気配がしたので、私はそそくさと身を正して、ヘルメットを被り直した。
すると、私が掻き分けた藪の向こうには、実に見事な富士が見えたのである。
急いでカメラを取りだして撮影した。

IMG_0072_20110917162058.jpg
(脱糞後の富士)

脱糞と富士はよく似合う
私は、心底、そう思って、勝手に感動した。

御坂みちを登るのはべらぼうに楽しい。
いつまでも、この坂が終わらずに、ずっと続いて欲しいとさえ思った。
ペダルを漕ぐ私の足は、疲れることを喜んでいるが如くである。

そうしてしばらく登っていくと、「追分」風な三辻に出た。
山の中を走るとき、こういう場所は要注意で、間違えると大変なことになるので、その辺りに立っている標識や地図を、方位磁石と照らし合わせてつぶさに検討する。

IMG_0074_20110917164802.jpg
(御坂みちの三辻・地図

ここを左に行くのが本道(御坂みち)で、右に行くと、さらに道が分岐して、河口湖に通じる「林道・西川新倉線」と「三ッ峠山」への登山道に通じていることが分かった。

話は遡るが、1938(昭和13)年の初秋、御坂峠の「天下茶屋」に滞在していた太宰治は、井伏鱒二とともに、この追分の右の道を辿って、「三ッ峠山」の山頂を目指している。

このくだりは大変に面白いので、ちょっと長くなるが、太宰の「富嶽百景」から引用したくなる。

・・・或る晴れた午後、私たちは三ツ峠へのぼつた。三ツ峠、海抜千七百米。御坂峠より、少し高い。急坂を這ふやうにしてよぢ登り、一時間ほどにして三ツ峠頂上に達する。蔦かづら掻きわけて、細い山路、這ふやうにしてよぢ登る私の姿は、決して見よいものではなかつた。井伏氏は、ちやんと登山服着て居られて、軽快の姿であつたが、私には登山服の持ち合せがなく、ドテラ姿であつた。茶屋のドテラは短く、私の毛臑は、一尺以上も露出して、しかもそれに茶屋の老爺から借りたゴム底の地下足袋をはいたので、われながらむさ苦しく、少し工夫して、角帯をしめ、茶屋の壁にかかつてゐた古い麦藁帽をかぶつてみたのであるが、いよいよ変で、井伏氏は、人のなりふりを決して軽蔑しない人であるが、このときだけは流石に少し、気の毒さうな顔をして、男は、しかし、身なりなんか気にしないはうがいい、と小声で呟いて私をいたはつてくれたのを、私は忘れない。とかくして頂上についたのであるが、急に濃い霧が吹き流れて来て、頂上のパノラマ台といふ、断崖の縁に立つてみても、いつかうに眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆつくり煙草を吸ひながら、放屁なされた。いかにも、つまらなさうであつた。・・・(新潮文庫版、57-8頁)

いかにも太宰らしい書きっぷりで、私は若い頃、むしろ太宰治のこういう文章が嫌いだったのだが、今は楽しく読むことができる。
ちゃんと登山服を着た井伏が安定した足取りで登っていくのに対して、みっともないどてら姿で峠をよじ登る自分を存分に戯画化しておいて、最後に、師匠井伏に「放屁」させることで、ストンと落とす・・・。

太宰と井伏がこの三辻の右の道を上がっていったのは、たぶん、1938(昭和13)年の9月初旬のことなので、ちょうど73年前の今頃のことである。
初秋とは言え、まだ暑かったにちがいない。
太宰治29歳、井伏鱒二40歳。
登山服姿の井伏鱒二の背中を、どてら姿で懸命に追いかけていく太宰治の後ろ姿が見えるようである。

さて、それから間もなくして、私も御坂峠(標高1300メートル)に辿り着いた。
麓の河口湖から、約500メートルを登ったことになる。

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(御坂峠。右に見えるのが「天下茶屋」。奥に旧「御坂隧道(トンネル)」が見える)

「天下茶屋」は、想像していたよりも昔の風情を残しているようで、なかなか趣がある。
私は、前方の「天下茶屋」にばかり気を取られていたので、左側に展開する富士の山容にはしばらく気がつかなかったが、ふりさけみれば、度肝を抜くような富士山の風景がそこにあった。

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(御坂峠から眺めた富士山)

御坂峠からの富士山の景色の面白さは、河口湖を抱くような手前の山の稜線が、逆さ富士のような効果を醸し出していることではないだろうか。

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(手間の稜線が逆さ富士を形作っている)

これはまさに、風呂屋の富士山の理念型だと言ってよい。
この、あまりにも「完璧」に過ぎる富士山像に、太宰治は噛みついたのである。

私は、あまり好かなかつた。好かないばかりか、軽蔑さへした。あまりに、おあつらひむきの富士である。まんなかに富士があつて、その下に河口湖が白く寒々とひろがり、近景の山々がその両袖にひつそり蹲つて湖を抱きかかへるやうにしてゐる。私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも註文どほりの景色で、私は、恥づかしくてならなかつた。(新潮文庫版、57頁)

今、こうして改めてこの文章を読むと、何だかんだ言っても、太宰治はスゴイ奴だと思わざるをえない。
言葉の運びが絶妙で、諧謔と自省がフーガのように微妙に交錯しているようだ。
「軽蔑」するだけならありふれたことだが、「狼狽し、顔を赤らめ」「恥づかしくてならなかつた」と書かせるところが真骨頂である。

これはまた、伝統的な富士山の描き方に対する痛烈な批判であると同時に、自己の中にも存在する既製の富士山像に対する辛辣な揶揄でもある。

思えば、広重にしても北斎にしても、また、万葉期の「田子の浦にうち出でてみれば白妙のふじのたかねに雪はふりつつ」(山辺赤人)にしても、古来、富士はすべて「遠景」にある崇高なる存在として捉えられてきた。
それが世俗的に収斂された範型が、「風呂屋のペンキ画」であり「芝居の書割」である。

初秋から雪の降り出す11月の半ばまで「天下茶屋」で富士と対峙し続けた太宰の出した結論は、「富士には、月見草がよく似合う」だった。

三七七八米の富士の山と、立派に相対峙し、みぢんもゆるがず、なんと言ふのか、金剛力草とでも言ひたいくらゐ、けなげにすつくと立つてゐたあの月見草は、よかつた。富士には、月見草がよく似合ふ。(新潮文庫版、69頁)

文芸史上初めてかどうかは分からないが(もしかしたら、一茶あたりが既にやっているかもしれない)、太宰は、遠景の富士に対して、同等の存在感を持つものとして、近景の月見草をぶつけたのである・・・。

さて、私が想像したとおり、件の「天下茶屋」は開店しておらず、冷たい飲み物が飲みたくて走り寄った自販機も故障中だったが、73年前、太宰が茶屋から見た風景はどんなだったかを知りたくて、茶屋の軒先から富士山を狙って撮影してみた。

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(茶屋の方から富士を眺める)

IMG_0087_20110918085947.jpg
(昭和初期に作られた旧「御坂隧道(トンネル)」)

御坂峠で写真を撮ったり、富士山を眺めたりしていると、数組の登山服姿の人がやって来たので、挨拶をして話をする。
聞けば、昭和初期に「御坂隧道(トンネル)」ができる前のさらに古い道(現在は登山道になっている)を登るのだという(途中に、戦国期に北条軍が築いた城跡があるとのこと)。
自転車でも通えますかと質問すると、私の靴(普通の運動靴)を見て、稀に担いで登られる方もいますが、やめておいた方がいいでしょうとのこと。
また、麓で甲府側「通行止」の看板が出ていたことについても訊いてみた。
台風12号の影響で、河口湖側も昨日まで通行止だったこと、甲府側は、大概、道が荒れているもので、冬場は全面通行止になるという。
今日の通行止の区間については、行ってみなければ分からないけど、自転車なら大丈夫でしょうとの返事をもらって、私もやや安心する。

「天下茶屋」は「商い」を始める兆候もなかったので、私は、暗いトンネルを抜けて、甲府側に下ることにする。
今日は、防風衣を着るほど涼しくはないので、服装はそのまま。
ブレーキの効きと車輪の固定を点検して、降り始める。
降り始めてすぐに、この先「通行止」のバリケードがあったが、自転車なので、簡単に擦り抜ける。

この先は完全通行止なので、対向車は皆無だと分かっていたので、ヘアピンカーブも思い切り速度を維持したまま降り始める。
クルマが来ないのはいいのだが、路上の落下物が多い。
落ち葉、枝、クルミの実など。
また、こちらは北向き斜面なので、雨も降っていないのに路面が濡れていて、それに落ち葉が絡むと滑りやすくなることがある。

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(大きな岩の側で休憩)

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(森の奥の方からせせらぎの気配がしたので降りてみると、水量の増した渓流が森林の中を流れていた)

さらに降って行くと、路肩に一台の工事関係車輌が止まっていて、私の姿を見るや、ヘルメット姿の人が飛び降りてきて、私を制止した。
とうとう来たか。
私は自転車を止めて、びくびくしながら、その人が何を言い出すかを待っていた。
ところが、その人は、ちっとも怒ってなくて、「この先で、作業をしているので、気をつけて行って下さい」とだけ注意した。

よかった!
これはいわば、通行許可証をもらったようなものである。
私は、肩の荷が下りたような気がして、喜んで降って行った。

結局、この先で、斜面側が多少崩れて、ブルドーザーで工事をしていた所があったが、さしたる道路崩壊もなかった。
何だか、肩すかしを食ったような格好である。

こうしてめでたく、私は旧道を降って、国道137号線との合流地点に辿り着いた。

IMG_0091_20110920044745.jpg
(国道137号線[左]と旧道[右]の合流地点。旧道側は完全封鎖されていた)

さて、この日の稿がずいぶん長くなってしまったので、後は、写真をつないで記録するに留めよう。

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(国道137号線[=鎌倉往還]を下る)

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(国道137号線沿い。八ヶ岳連峰が見えてくる)

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(「笛吹ライン」(県道34号)は狭くて走りにくい道だが、沿線にたくさんの葡萄園がある。ワインと葡萄を送る)

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(ほぼ全線に渡って、自転車では走りにくい国道20号線)

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(国道20号線の交通量の多さと暑さに辟易として、釜無川筋に出て、「信玄堤」を見学する)

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牛頭島公園まで走った所で時間切れとなり、穴山駅まで引き返し、茅野駅まで輪行することにする)

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(無人駅の穴山駅から輪行。このあたりの国道20号線から中央本線の駅に行くには、ものすごい激坂を上がらなければならないので注意)

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(茅野駅下車。ここから下諏訪の宿まで自走)

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(下諏訪のチサンホテルに到着。洗濯・入浴後、ガストで夕食後、就寝)

この日の走行距離(茅野駅→宿を含む):77キロ(獲得標高:780メートル)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
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Comment
思い出しました Posted by 相子
1966年の夏 夫が車を買い換えました。その車を工学部の吉弘先生が運転をしたいと仰り、山中寮のセミナーに出掛けました。まだ100キロも乗っていない車です。政経の松山亮次郎先生が、帰りに御坂峠を通りたいと仰います。松山先生の大原の別荘の隣は井伏庵と言い、井伏さんの解体した荻窪の家を移築したものです。主は所一哉先生。そんな訳もあったのでしょう。ところが山中湖から箱根に抜ける篭坂の下りはどう見ても急です。私は車が未だならし運転のもののようなことですので、吉弘先生の腕も知りませんから、もう恐ろしくてなりませんでした。
で富士は見えたのですが、お髭先生のご覧になった姿とは違い、その時はチョッと見えただけでした。それでも松山先生は大満足でした。
2011.09.18 Sun 09:30 URL [ Edit ]
大変だったでしょうね Posted by 断腸亭
相子さん

松山先生には、お会いしたことはありませんが、今や、伝説的な存在です。
私より上の世代の方々は、総じて山がお好きであったような気がします。
1966年と言いますと、クルマの性能も現在とは違っていたと思いますし、未舗装路も多かったので、振動や土煙が大変だったのではないかと存じます。
因みに、太宰が御坂峠に行った昭和13年頃は、数年前(昭和5年)にやっと御坂隧道が完成して、河口湖~甲府間のバスが開通したばかりで、一種の御坂峠ブームだったようです。
2011.09.19 Mon 06:21 URL [ Edit ]
ビバ!野糞!! Posted by しゃあ あずなぶる
確かに「野趣あふれる行為」ですね。
ボクの最後の野糞体験は、20年以上前ですが
虫に刺されやしないかと、心配しました。
2011.09.19 Mon 14:32 URL [ Edit ]
伝統的な「野*」 Posted by 断腸亭
しゃあさん

峠道では、今でもトイレがないので、昔の旅人は、もちろん、全員「野*」だったわけです。
少しだけ、旅の本道を体験できたかもしれません。
2011.09.20 Tue 05:31 URL [ Edit ]
今、ここを通してもらえなければ!! Posted by たすけ
親の死に目に会えないことになるんです!!
の浪花節を使わずに済んでよかったですね(笑)

太宰の引用を含め、とても愉快に拝読させて頂きました。
旅情たっぷり溢れるレポありがとうございました♪
2011.09.20 Tue 05:56 URL [ Edit ]
死の恐怖体験 Posted by 銚子のN井
大きなカーブの所で休憩していたら・・・おそらく近くのカーブ、あるいはそのカーブかも。
30年前の話をします。当時学生だった私は、スキー同好会の先輩・友人そしてギャルたちと当時流行りの河口湖ペンション村に、夏休みを利用して宿泊しました。
当時、御坂トンネルには幽霊がでるとの伝説があり、夜9時に車2台で肝試しに出かけました。確かに真っ暗で、不気味でしたが、幽霊発見の目的は達せず(やはり当時はやりの川口浩探検隊同様)撤収いたしました。
1号車乗車の私は、後続2号車のひときわ恐がりのY西先輩を脅かすべく、途中のカーブミラーのある地点で、幽霊の役を買って出ました。
カーブミラーの下で“うつむいて立ち止まる少年幽霊”の大役です。ヒラっとガードレールを飛び越えました。
次の瞬間、少年幽霊の身体は自由落下の状態になりました。不幸か、幸いか、5mほど下、擁壁にかろうじて残された猫の額ほどの地面に足がかかり、200m下への落下は免れました。
暫くしてから状況は飲み込めましたが、登るにも手がかりが無く途方にくれていました。ふと上を見上げると、2号車のヘッドライトが見えてきました。
救いを求めようにも声は届かず、ヘッドライトの光は、故郷の犬吠埼灯台の光のように180度回転の後、次の瞬間、今まで体験したことのない、本当の真っ暗闇と静寂の世界が拡がりました。
貴君が命名した“野糞カーブ”は、過去に私が名付けた「少年幽霊カーブ」なのかもしれません。
長い話で申し訳ありません。真夏の夜の夢でございます
2011.09.20 Tue 14:42 URL [ Edit ]
まるで Stand by Me Posted by たすけ
場外(コメント欄)で盛り上がってすみません。
いや~銚子のN井さん、ナイスな逸話挿入です!

文体も秀逸で まるで Stand by Me 御坂峠編

映画の題名が原作通り「THE BODY」だったら、こんな追加コメント書けませんでしたが^^;
しかし、いくつになっても男って、なんておバカな生き物なんざんしょ(笑)
2011.09.20 Tue 16:13 URL [ Edit ]
スカトロジカル・サミット Posted by 断腸亭
たすけさん
銚子のN井さん

仕事から帰って、お二人のコメントを拝読して、しばらく笑い転げてました。
名コンビが組めそうですね。

富士ヒルクライムやトライアスロン大会に何回も出場したことのある銚子のN井さんなら楽々と登ってしまいそうな峠でしたが、私には結構大変でした。
でも、今回初めて、峠を登ることの本当の楽しさを感じることができました。
私の上り方は、鳥の声がすればそれに耳を傾け、素晴らしい景色が展開すればそこで立ち止まって煙草を吸い、糞がしたくなれば脱糞をするという調子ですが、絶えず独り言を発し続けているかのごとく、自分と対話しているような感じです。

大分以前から気がついていましたが、どこか高い所に登ることと、放尿・脱糞行為は、深層心理的につながっているのはないかと感じていました。
「三ッ峠山」の山頂で、井伏鱒二が「放屁」をしたと太宰は書いていますが、太宰の後見人にして副葬儀委員長であった井伏は、可笑しいほどに、何回もそれは事実ではなかったと書いています。
たぶん、太宰は、わざと嘘を書いたのだと思いますが、山に登り切ることと、放尿・脱糞行為との関連性にもしかしたら気づいていたのではないかと思います。
民俗学の分野でも、たぶん、そういう研究があるのではないかと思います。
ただ、大御所で品の良い柳田国男は、その手のことは、知っていても書かないので、後継の人がやっているかもしれません。

銚子のN井さんが、学生時代の悪ふざけで漆黒の窮地に立たされた場所は、確かに私が脱糞した場所と地形がよく似ているように思います。
次に行く機会があったら、その場所に杭を打ち込んでおくことにしましょう。

それにしても、旧道の笹子トンネルにしても、今回の御坂トンネルにしても、真夜中に通るのは、相当の勇気が必要ですね。
黒澤明の『夢』の中にも、ああいうトンネルが出てきましたね。
あれも怖かったです・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=R6h6Sx4p_qY&feature=related
2011.09.20 Tue 17:27 URL [ Edit ]
いくつになっても男って Posted by しゃあ あずなぶる
さすが!たすけさん。自覚しちゃってます?
まぁ、分別ついちゃってるボクよりも、人生を謳歌できますね。

そこまで言われると、なんだか少し恥ずかしい。
断腸さんの「大御所で品の良い」は、明らかにボクのことを指してますが、ちょっとテレますね。

ボクがN井さんの立場だったら、朝まで泣きべそだろな。
誰も探しに来ないかも。
2011.09.21 Wed 04:32 URL [ Edit ]
ちょっと憂鬱・・・ Posted by 断腸亭
しゃあさん

「毒にも薬にもならない」という言い方がありますが、自分も含めて、どっちつかずが多いですね。
人間は、もっとちきちんとしてなきゃいけないし、あるいは、もっとやんちゃで破天荒じゃなきゃいけませんね。

ものすごい雨が降り出しました。
今日は、合羽を用意しなくてはなりません。
ちょっと憂鬱・・・。
2011.09.21 Wed 05:09 URL [ Edit ]
合羽、好きです。 Posted by しゃあ あずなぶる
仕事では、ちょっと・・・なんですが。

合羽を着て散歩するのって好きです。
草の上にゴロッと横になって、落ちてくる雨を見ているのが好きです。
溶けていく気がします。
10年くらいやってないなぁ。
2011.09.21 Wed 11:46 URL [ Edit ]
合羽で雨ポタ Posted by 断腸亭
しゃあさん

今度、一緒にやりましょう!
江戸川の土手なんかいかがでしょう。
合羽で雨ポタ。

ところで、これ、ご存知?
http://www.teamtoukatsu.com/bbs/read.cgi?no=85
私は参加します。

仕事が終わったんだけど、雨がすごくて帰るに帰れない。
もう少し小降りになってくれないかなあ・・・。」
2011.09.21 Wed 12:35 URL [ Edit ]
雨ポタいいですね。 Posted by しゃあ あずなぶる
東葛さんのイベント。
参加したいのですが、そろそろ仕事をしないといけない時期です。
残念だ~。
2011.09.21 Wed 13:34 URL [ Edit ]
勇気 Posted by kincyan
逆さ富士、なかなか絶景ですね。こないだ走った勝沼ぶどう郷から身延の道へのルートと、どこかでクロスしているのでしょうが、今回のルートはややこしそうな道なので覚えきれません^^。それにしても、通行止めの道を行くとは勇気がありますね。
2011.09.21 Wed 18:31 URL [ Edit ]
今のうちに・・・ Posted by 断腸亭
しゃあさん

それは残念。
本格的な自転車シーズン到来を前に、今の内、仕事をしておいて下さい。
2011.09.23 Fri 04:01 URL [ Edit ]
登る価値のある峠 Posted by 断腸亭
kincyanさん

いやいや複雑ではありません。
富士五湖から縦に上がるルートは、基本的には3本しかありません(何せ地形が険しいので道の数が少ないのです)。
kincyanさんが過日辿られた道は、その内の一番西のルートで、私のは、一番東のルートです。
苦労をして登っても仕方のない峠も多いのですが、「御坂峠」は登る価値のある峠です。
ただし、旧道は、台風の後や冬季は事前調査が必要ですね(でも、どうやって?)。
2011.09.23 Fri 04:08 URL [ Edit ]

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