日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2011.08.03 Wed
奥羽大地震後の利根川流域と銚子半島の被害~一月後(4月中旬)を走る
今となってはもう4ヶ月も前のこと。
大地震から約一月後の4月中旬、私は、一人住まいのお袋のことが心配になって、自転車で銚子に行った(当時はまだ総武本線もまともに動いてなかった)。

実際に自転車で走ってみると、利根川流域および銚子半島付近(東総地区)での地震の被害は、私の想像以上のものであったが、当時は何だか不要に傷口に触れるような気がして、とてもそれについて書くことができなかったが、やっと最近、冷静に見つめることができるようになったので、ここに簡単に記録しておくことにした。

銚子に行った大まかなルートは・・・、
往き:水元→手賀沼→(木下から)利根川サイクリングロード終点まで→市内旧道→銚子市街地。
帰り:銚子市街地→銚子台地の農道→旭→利根川サイクリングロード→水元(県内陸部は、家によっては多少瓦が落ちているところもある程度で、特にこれといった被害は、自転車のスピードでは見えなかった)。

手賀沼から木下(きおろし)ぐらいまでは、いつもの長閑な風景が変わらずに続いた(但し、木下手前の用水路沿いの道では小さなひび割れがあった)。

画像 392
(手賀川の白鳥)

画像 394
(江戸期には利根川舟運の拠点であった木下から利根川サイクリングロードに乗る・利根川右岸)

ところが、長門川水門の手前あたりから、路上に大きな亀裂が散見できるようになった。

画像 396
(約100メートルに一箇所程度、このような亀裂が)

そして、トイレ休憩に立ち寄った「水と緑の運動広場」(地図)では、敷石が破砕していて、誰の目にも、地震の影響が見て取れた。
肝心のトイレは、断水により使用不能だった。

画像 395
(「水と緑の運動広場」のトイレ。液状化のためか、1尺あまりも陥没していた)

長豊橋を渡って左岸に出る。
すぐに「通行自粛」の注意書きがあって、黄色い綱が張られていた。

画像 397
(通行を「控えろ」という注意書き)

利根川サイクリングロードは、右岸よりも左岸の方が、壊れ方がひどいような気がした。
左岸をしばらく走っていると、15センチほどの縦の亀裂に出くわして、思わずブレーキをかける。

画像 398
(本格的な縦溝は、これが初めて、気づかずに突っ込めば大怪我&ホイール大破を負うであろう)

このような縦溝は、水郷大橋まで何箇所もあった。
左岸の被害が大きくて、走行していて危険を感じたので、昼食を取るためということもあって、佐原市街地に出るべく、水郷大橋を渡った。
水郷大橋を渡りきって、右岸のサイクリングロードを少し走ると、道が大きく壊れ、工事中にて完全に通行不能となる。

画像 399
(佐原あたりのサイクリングロードは全面通行止)

仕方がないので、橋まで戻って、国道356号まで降りて迂回する。

佐原の市街地を貫流する小野川沿いに街に入ろうとしたとき、私は、目の前に広がる光景に愕然とした。
何というか、まるで空襲にあったように、街全体が「歪んで」いた。

画像 404
(市街地を縦貫する小野川沿い。護岸は大破。液状化のためか、川の水も半ば干上がっているところもあり)

瓦が全部落ちたり、家が斜めに傾いているなぞは当たり前で、街路もひびが入ったり、大きく陥没したりしていた。
とりわけ、観光の枢軸たる小野川沿いの被害が凄まじかった。

画像 400
(手すりの護岸は1尺以上も陥没)

画像 401
(手すりの護岸は1尺以上も陥没2)

画像 403
(手すりの護岸は1尺以上も陥没3。小野川の両岸の道は、本来ならば、綺麗な舗装道路だったのだが、液状化によって吹き出した土砂によって、埃っぽい未舗装路のようになっていた)

市街地の住宅も、多かれ少なかれ被害を被っていた。

画像 402
(家の前の地面に亀裂が入り、全体として傾いていた民家)

瓦礫や液状化によって乾いた砂塵のためか、
街全体が粉塵の中にあった。
復旧のための工事中で、幹線道路以外は、道は寸断されていた。
観光を主力産業のひとつに据えている佐原にとってはかなりの痛手であったあろう。

昼飯を食べるために、迂回しながら「道の駅・佐原」に寄ることにする。
道の駅自体は、さすが新しい建築物だけあって、まったく被害を受けていないようである。
昼飯(500円ぐらいの弁当)を買って、外のベンチで食べる。

画像 405
(「道の駅・佐原」に駐めてあった3RENSHOのロード。う~ん、カッコイイ!3RENSHOのフレームもいいなあ)

引き続き、利根川右岸を下流に向かって走ってみることにする。

サイクリングロードと平行して走っている国道356号が途中で崩れかかっていたため通行止になっていた。
お陰で、国道には一台もクルマが走ってなくて、私は、この時とばかりに独り占めをする。

画像 406
(いつもはびゅんびゅんクルマが走っている国道だが、今日は、私の専用道と化した)

気持ちよく走れた通行止めの国道であったが、通行止めではない区間に入ってしまったので、また、私はサイクリングロードに戻る。
そして、利根川大橋の手前まで来たとき、またまた驚くべき光景に出会った。
サイクリングロードと平行して通る一般道に、まるで大怪獣が襲来したかのような大亀裂が走っているではないか。

画像 407
(ものすごい亀裂。前方に見えるは利根川大橋)

これでは、自転車をすっぽりと呑み込んでしまいそうな亀裂である。
さらに、走って、黒部川に架かる小さな橋(地図)を渡ろうとすると、橋の袂の付近に大きな断層ができていた。

画像 409
(20メートルぐらい走っていた断層。落差は70センチぐらい)

利根川大橋付近の被害は特に著しく、もう珍しくなくなってしまったので、途中で写真を撮るのをやめてしまったが、次のような陥没は、数十箇所もあった。

画像 408
(サイクリングロードの陥没)

こうして、私は、銚子の実家にやっとのことで到着した。
何回も迂回を強いられたり、亀裂だらけで自転車を押さなくてはならなかったりで、いつもより遙かに疲れた・・・。

さて、お袋の元気な姿を見て、私も一安心。
地震の時はどうだったと聞くと・・・、

「怖かったよぉ~。空襲よりも怖かった!」とお袋。

私は、その比較が面白くて、思わず笑ってしまったが、今回の東北地方の被害(地震+津波+核汚染)を思えば、人類史上稀に見る大災害で、とても笑ってはいられない・・・。

翌日(帰路)。
朝ご飯をゆっくり食べて出発。

銚子台地を探訪しつつ、旭市に入る。

銚子台地には、非常にたくさんの風力発電機がある。

画像 421
(稚拙な極悪玩具であることが判明した原発に替わって、頑張ってくれよ!)

画像 422
(これからは、君たちの時代だ!)

さて、旭市は、今回の津波で、たくさんの犠牲者を出したところである。

事前に報道等で知ってはいたが、現場に来てみると、その悲惨さに胸が潰れるようだ。

画像 424
(津波が貫通した家)

画像 426
(津波が貫通した家の内部)

画像 428
(貫通するどころか、完全に瓦礫になってしまった家)

画像 430
(海沿いの家々は、跡形もなく流されている)

画像 432
(鳥居だけが残って、周囲の建物はすっかり流されている)

九十九里サイクリングロードの方に出てみる。

画像 429
(大破した九十九里サイクリングロード)

画像 433
(ガードレールはすべてはぎ取られて、支柱も大きく曲がっている)

画像 431
(この箇所では、ガードレールの支柱すら折れて流され、真っ二つに折れたボートが転がっていた)

飯岡漁港の方へまわってみると、目の前に広がっていたのは、実に不思議な光景だった。
大きな漁船が、陸上にごろんと寝そべっているではないか。

画像 434
(打ち上げられた船。遠景は、屏風ヶ浦の西端、刑部岬)

甚大な被害を受けた飯岡海岸には、ほんの30分ぐらいしかいなかったのだが、何だかものすごく疲れた。

私は、被災地からできるだけ離れたくなって、逃げるように旭市を北上して、再度、台地を越える。

高校生の頃よく行った「七つ池」に寄る。

画像 410
(銚子台地の谷に展開する「七つ池」・地図

台地を登ったり下ったりしながら、利根川方面に向かう。

画像 420
(総武線の高架下。明治大正期の煉瓦造り。二度の大震災をくぐり抜けて、なお堅牢なり)

高田川(地図)という小さな川筋に出て、何だかホッとして、小橋の上で一服。

画像 419
(田園を長閑に流れる高田川)

すると、川面が何やらゴニョゴニョと動いている。
川の中をよく見てみてびっくり。
夥しい数のボラが水面に盛り上がるように群をつくっているではないか。

画像 411
(ものすごい数のボラの群)

画像 412
(15~30センチぐらいのボラが無数に泳いでいる)

私は、このボラの群がどこから来ているかを探るべく、高田川沿いに下ってみることにした。
とにかく、ず~っとボラの群は続いていて、最後は利根川に出た。

画像 417
(高田川河口・地図

私は、今回の地震のことが重くのしかかってくるような不快な胸苦しさを感じながら、どうしようもなくて、かなり長い間、利根川の畔に佇んでいた。

画像 416

この項、了。

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
旅(自転車)    Comment(11)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
職人気質 Posted by たすけ
断腸亭さんの記事の行間を読み取ると、無節操に震災や原発の記事を書きなぐっている私としては、お恥ずかしい限りです。

総武線の高架下の堅牢な煉瓦造り...昔の職人のプライドと技術がよく伝わります。
もっとも堅牢安全に造らねばならない筈の原発が、いとも簡単に壊れたのは、この政策が利権に塗れてプライド(=責任感)を無くした所以でしょう。

頑固親父という誇り高き言葉が死語にならないことを祈るばかりです。
2011.08.04 Thu 01:02 URL [ Edit ]
う~ん。凄いですね。 Posted by しゃあ あずなぶる
七つ池に興味があります。
2011.08.04 Thu 06:40 URL [ Edit ]
管理人のみ閲覧できます Posted by
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011.08.04 Thu 07:32 [ Edit ]
「国破れて山河あり」 Posted by 断腸亭
たすけさん

いやいや、たすけさんの記事は、ずっと興味深く拝見していました。
大変に勉強にもなりました。

私の場合、「国破れて山河あり」という言葉の底辺にある感情が刺激されたのだと思います。
痛くて触れたくない感じです。
故郷の山河が壊れると、意外なほど痛いものです。
被災地の方々は、毎日その部分に触れざるを得ず、大変に苦しいことだと思います。
やはり、「共感」ということが重要かもしれません。
2011.08.04 Thu 07:36 URL [ Edit ]
七つ池 Posted by 断腸亭
しゃあさん

七つ池は、江戸期に作られた農業用水池です。
ダムのように、所々で川を堰き止めて拵えたようです。
その池が、7つ連なっているので七つ池と呼ぶようになりましたが、今では、4つぐらいしか残っていません。
クルマの免許を取る人が、路上の練習に来たり、高校生たちがバイクを乗り回していました。
桜の名所でもあります。
今度、行ってみましょう。
但し、激坂を登らなければなりません。
2011.08.04 Thu 07:43 URL [ Edit ]
激坂? Posted by しゃあ あずなぶる
ゆっくりなら登れます。
池に「ヌシ」は居ますか?
2011.08.04 Thu 12:42 URL [ Edit ]
七岐大蛇 Posted by 断腸亭
しゃあさん

みんなが身近な所でできることをやればいいのではないでしょうか。

七つ池の激坂ですが、銚子台地(山地ではない)ですので、一時のことですから大丈夫ですよ。
主がいるとすれば、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)ならぬ七岐大蛇でしょうか。
2011.08.04 Thu 19:03 URL [ Edit ]
矢張り銚子でしたか Posted by 相子
お髭先生  地震後暫らくアップがありませんので銚子のお母様に会いに行かれたのだと思っておりました。
利根川堤防の補修も話題になっておりましたが、このように多くの亀裂や陥没などがあると、一日でも早く補修工事をして貰いたいですね。旭町の様子も分かりました。新聞の東葛版では目にしませんでしたの、有難うございました。
2011.08.05 Fri 09:46 URL [ Edit ]
計り知れない被害 Posted by 断腸亭
相子さん

この記事には、書きませんでしたが、津波は利根川を3~50キロも遡ったそうで、利根川沿いの漁港は、船が何隻も打ち上げられ、道が冠水したそうです。
また、屏風ヶ浦沿いにある千葉科学大学キャンパス内には、ヨットが何隻も流されてきたということ・・・。
今回の地震の被害は、計り知れないですね。
2011.08.05 Fri 17:58 URL [ Edit ]
猛威 Posted by kincyan
私が利根川を走ったのは5月なので、もう少し片付いていましたが、堤防の自転車道の被害は大きかったです。それよりも旭市の海岸から銚子までは凄い被害だったのですね。自然の猛威です。
2011.08.07 Sun 04:03 URL [ Edit ]
意外でした Posted by 断腸亭
kincyanさん

旭は、震源地からすれば、銚子半島の陰になっているのに、あんなに津波の被害が大きかったのは意外でした。
この夏に、もう一度、走ってみるつもりです。
2011.08.09 Tue 21:46 URL [ Edit ]

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