日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2011.06.11 Sat
荷風「寺じまの記」を追走する4~見番通りの華やぎ
いよいよ荷風を乗せた京成バスは、現・国道6号線の向島3丁目の交差点を左折する。

「車は電車通から急に左へ曲り、すぐまた右へ折れると、町の光景は一変して、両側ともに料理屋待合茶屋の並んだ薄暗い一本道である。下駄の音と、女の声が聞える」。

この「電車通」というのは、前回も触れたように、現・国道6号線のことである。

IMG_0096_20110611195305.jpg
(「電車通」を左折した所。正面に見えるのが隅田川堤と首都高。堤を越えた向こう側に、現在では、桜橋がある)

「すぐまた右に折れ」て入った(地図)のが、「見番通り」で、これについては、以前にも、比較的詳しく書いたことがある(「向島~「見番通り」と国道6号線回避ルート」)ので、ここでは、簡単に追っていくことにする。

「右へ折れると、町の光景は一変して、両側ともに料理屋待合茶屋の並んだ薄暗い一本道である」とあるのが、件の「見番通り」のことである。

IMG_0095_20110611203254.jpg
(「見番通り」。交通量も多くないので、6号線の抜け道としても重宝)

この界隈は、明治以降、向島の花街として、ほぼ昭和30年代までは、殷賑をきわめたという。
さすがに現在では、「下駄の音」も「女の声」もあまり聞こえなくなったなったようだが、当時の向島の芸妓衆と料亭を管理統括していた「見番」の伝統を継ぐ「向嶋墨堤組合」は、現在でもこの通りに立派な建物を構えている。

IMG_0109_20110611202508.jpg
(私の自転車通勤路にある、向島の料亭「千代田」。いつも気になっているが、今日に至るも、未だ財力不足のため足を踏み入れたことはない・・・)

「見番通り」をさらに先に進もう。

「車掌が弘福寺前と呼んだ時、妾風の大丸髷とコートの男とが連立って降りた。わたくしは新築せられた弘福禅寺の堂宇を見ようとしたが、外は暗く、唯低い樹の茂りが見えるばかり」。

IMG_0093_20110611203933.jpg
(幼き日の勝海舟が通ったことでも有名な弘福寺・地図

向島の花街の一角には、これまた有名な「鳩の街」の私娼街があったのだが、これについても、以前に書いたことがある(「 「迎春」サイクリング~「木場」・「鳩の街通り」など」)ので、ここでは割愛する。

「やがて公園の入口らしい処へ駐って、車は川の見える堤へ上った。堤はどの辺かと思う時、車掌が大倉別邸前といったので、長命寺はとうに過ぎて、むかしならば須崎村の柳畠(やなぎばたけ)を見おろすあたりである事がわかった。しかし柳畠にはもう別荘らしい門構もなく、また堤には一本の桜もない。両側に立ち続く小家(こいえ)は、堤の上に板橋をかけわたし、日満食堂などと書いた納簾を飜しているのもある。人家の灯で案外明いが、人通りはない」。

見番通りを後にして、「公園の入口らしい処へ駐って」とあるのは、たぶん、このあたり(地図)のことではないか。
この場所には、無論、「寺じまの記」の時代(1936年)には存在しなかったが、少年時代の王貞治が練習に励んだ「隅田公園少年野球場」(戦後の1949年に建設)がある。

IMG_0090_20110611211422.jpg
(「隅田公園少年野球場」)

さて、その次の「車は川の見える堤へ上った」とあるが、実は、これが難問である。
「堤」というのは、明らかに、墨田堤のことで、単純に解釈すれば、「墨堤通り」のことであるはずだ。
実際、この地点で見番通りは終わって、西から墨堤が右に曲がって合流している。
この曲がり方は、江戸時代の地図とも、昭和初期の地図とも合致する。

見番
(昭和初期のこの界隈の地図)

ところが、現在は、墨堤通りに「上っ」てみたところで、一向に川は見えそうにない。
確かに、長命寺前の見番通りから墨堤通りに入るところは現在でも坂になっている。

IMG_0092_20110611212301.jpg
(見番通りから墨堤通りに上がる坂道。正面が「隅田公園少年野球場」)

しかし、どう深読みしても、つまり、視界を被い塞ぐ首都高がなかったとしても、視点の位置が低すぎて、川面が見えるはずはなさそうである。

そこで、各種資料を調べてみると、どれほどの高さかは分からなかったが、戦後(昭和34~46年)における、墨堤通りの改修拡幅工事の際、墨堤の高さを削ったのだという(後日、要追加調査)。

IMG_0091_20110611213215.jpg
(見番通りから墨堤通りに上がりきったところ。左側に、隅田川は、絶対に見えそうにない)

さて、次に荷風が車掌から聞いたバス停名は「大倉別邸前」だという。
もちろん、現在の墨堤通りには、大倉別邸なるものは存在しない。
そこで調べているうちに、何と、船橋まで調査に行かなくてはならない羽目になった。

それについては、次回のお楽しみということに・・・。

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(2)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
こんちゃっす。 Posted by しゃあ あずなぶる
(ブログでは)久しぶりです。

料亭・・・いいですね。
バブル以降、行ってませんし、その時も自腹じゃなかった。
「千代田」のHPを見ましたが、「予算」については記述がないみたいですね。
でも、一緒に行ってみたいですね。

さて、『問題』は断腸さんかボク、あるいは両方が『惚れられちゃった』場合ですね。
ボクは『呆れられる』には慣れてます。
2011.06.12 Sun 16:12 URL [ Edit ]
料亭 Posted by 断腸亭
しゃあさん

私も、職場の資金で行ったことがありますが、自腹ではどうも・・・。

たぶん、芸妓部屋代込みで、一人2~3万というところではないでしょうか。
モツ焼き屋なら10回ぐらい行けますね。

この先、いよいよ、しゃあさんのルーツである白髭橋東詰のあたりのことも触れますよ。
お楽しみに。

最低3回は行かないと、惚れられないと思います。
3回通えば、自転車が一台買えます。
難しいところです・・・
2011.06.13 Mon 04:47 URL [ Edit ]

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