日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2011.01.09 Sun
二日間の記~赤穂浪士の引き揚げルート検証・クランクとBB交換など
1月8日(土)

昨日、ケーブルTVで、久しぶりに『スパルタカス』(S・キューブリク監督・1960年)を観る。
間違いなく、私の映画ベスト10に入る作品である。
いろいろとやらなければならないことがあったので、ちょっとだけ観ようと思ってテレビの前に座ったら、結局、全編観てしまった(多分、今回で20回目ぐらいかな)。
何と言っても、ドルトン・トランボ(50年代に赤狩りで干された作家・『ジョニーは戦場に行った』で有名)の寸鉄人を殺すが如き脚本と、主演のカーク・ダグラスのひたむきな演技には大きく心を揺さぶられる。


(映画『スパルタカス』)

3年前の6月、イタリア南部(長靴のつま先あたり)を旅したとき、バスで海岸線を廻りながら、その車窓から、約2千年前にスパルタカス率いる大叛乱軍が野山に展開する姿を、私は懸命に追い求めていた。

いつか、時間をたっぷり取って、スパルタカスの行軍ルートを自転車で走ってみたいと思う・・・。

さて、今年の初出勤は、休日出勤となった。

今月中(日程は未定)に予定している「赤穂浪士の引き揚げルートを自転車で辿る」の下調べのため、やや早めに家を出る(フジクロス)。

赤穂浪士の引き揚げルートについては、実は、4年前の暮れに、職場の同僚と歩いたことがあるが、途中で、酒盛りをしてしまったりして、あまりよく覚えていない。

約300年前の元禄期に隅田川左岸で起こったこの事件はあまりにも有名なので、当日赤穂浪士たちが歩んだ道筋については、奇跡的と言ってよいほど細かく分かっているとは言え、新たに調べてみると、細部に於いて、見解が分かれるところがあって、なかなかそのルートを確定できずに、前の晩に、6時間ほどかけてやっとのことで再構成して地図に描いてみた。


(赤穂浪士・引き揚げルート)

たぶん、この地図も、どこか必ず間違っていると思う。

難しいのは、永代橋を渡ってから現在の新橋駅あたりまでの区域。

・当時の永代橋は、現在より約150メートル上流(日本橋川左岸)に架かっていたために、現在彼らのルートと辿ろうとすると、不自然なことに、永代橋を渡ってから、日本橋川河口に架かる豊海橋(地図)を逆方向から渡って、また、渡り直さねばならない。

・現在の中央区新川付近および赤穂藩邸があった現在の聖路加病院付近は、堀割が埋め立てられるか暗渠化してしまったので、当時の道が消滅している場所がある。

・江戸後期の地図は、誰でも簡単に入手できるが、元禄期のこの辺りの地図が入手困難なために、細かい確認ができない。

隅田川筋を走って、両国に至る。

IMG_0030_20110110102014.jpg
(吉良邸跡・地図

IMG_0031_20110110102056.jpg
(討ち取った吉良の首を洗ったという「首洗い井戸」)

ここからしばらく隅田川左岸を走って、永代橋を渡る。

IMG_0033_20110110102247.jpg
(永代橋から隅田川下流を眺める)

しかし、永代橋を渡ったところで、時間切れとなってしまったので、永代通りで大手町に出て、いつもの堀端の小公園で休憩。

IMG_0034_20110110102633.jpg
(内堀には氷が張っていた)

その後は、いつもの通り、新宿通り(甲州街道)で新宿を抜けて、杉並区永福の職場に向かったのである。

また、時間を見つけて、「赤穂浪士の引き揚げルート」を走ってみることにしよう。

走行距離:66キロ(フジクロス)

1月9日(日)

フジクロスのクランクセットおよびBBを交換することにする。
フジクロスに現在着いているクランクセットとBBを外して、近いうちに、そのままそっくり、6速ママチャリに移植するするつもりだからだ。

日記によると、フジクロスのクランク周りを前回いじったのは、去年の6月だった。

今日やるべき交換は以下(旧→新)。
新部品は、いずれも、年末の大掃除の賜(たまもの)と言うべく、押入から「発掘」されたもので、過去において、他の自転車で使用済みの物。

右クランク    ソラ→旧105
左クランク    ソラ→ティアグラ
BB        ティアグラ→旧105
アウターギア板  ソラ→ティアグラ
インナーギア板  ティアグラ→旧105
(インナー&アウターのギア板は、いずれも、PCD110ミリの34t)

IMG_5316.jpg
(交換前の現状写真)

先ず、クランクが装着された状態のがやりやすいので、両ペダルを外してしまう。
その後、左クランクを外してから右クランクを抜く。
次に、BBを外す。

IMG_0050_20110110113019.jpg
(外したBB・ティアグラ。96グラム)

そして、右クランクに到着してあったギア板2枚を外す。

IMG_0043.jpg
(外した右クランク・ソラ110ミリ。417グラム)

IMG_0046_20110110113337.jpg
(外したギア板。インナー側・ティアグラ110ミリ34t。アルミ製。34グラム)

IMG_0047_20110110113516.jpg
(外したギア板。アウター側・ソラ110ミリ34t。鉄製。75グラム)

外したBBは、概算1万キロぐらい使ったものだが、特にガタもないし、ママチャリに移植するのに問題はなさそうである。
ティアグラの34tは、たった1万キロ足らずしか使っていないのに、かなり歯先が丸くなっていた。
現行のシマノのアルミ板は案外弱いような気がした。
アルミ製のギア板と鉄製のギア板の重量差の大きさに驚く(それぞれ34グラムと75グラム)。
なお、外側に使っていた鉄製のそれは、チェーンガードとしてのみ機能していたため、当然のことながら、まったく減っていない(このギア板をママチャリの主力ギアとして使うつもり)。

クランクセットとBBを外したので、BBシェル内を洗浄スプレーとオイルスプレーを使って、念入りに掃除する。
雨の日も走ったにしては、BBシェル内は案外キレイであった。

IMG_0040.jpg
(BBシェル内をキレイにしているところ)

さて、これから取り付ける部品を見てみよう。

IMG_0042_20110110131151.jpg
(まだ未使用の旧105のクランクセット)

このクランクセットから二枚のギア板を外す。

IMG_0044.jpg
(ギア板を外された旧105の右クランク・110ミリ。405グラム)

ソラとの差はわずか12グラム。旧105のクランクセットは左クランクが軽量なので購入に値するのだが右クランクは重い(但し、新105のクランクは左右とも軽量である)。

IMG_0045_20110110140305.jpg
(旧105・110ミリの34tギア板。36グラム)

ティアグラのそれよりも2グラム重いが、ティアグラの歯先がすり減っていたためと思われる。
ということは、ティアグラと旧105のアルミ板は、色は違えども、同種のアルミ合金である可能性が高い。

IMG_0048_20110110140636.jpg
(旧105BB。97グラム)

こうして、BBシェル内にオイルスプレーを念入りに吹き付けた後、グリスをたっぷり塗って、BBを嵌め込んで、クランクセットを取り付けた。

IMG_0049_20110110140950.jpg
(交換後のクランク周り)

これら一連の部品交換によって、約50グラムほどの軽量化になった。
外された部品たちは、近く、6速ママチャリに取り付けられて、第2の人生を送ることを待つことになる。

因みに、私の傍らでは、お隣のダイさんが、小径車のパンク修理に勤しんでいたので、北側のベランダはまるで自転車屋状態であった。

IMG_0039_20110110141634.jpg
(お隣のダイさんも、パンク修理中)

そうこうするうちに、ちょうど昼頃に、しゃあさんが足立から自転車に乗って訪ねてきた。
ちょうど、白米が底をついたので、一緒に「かしわで」(柏市)まで買い出しに行くことにする(フジクロス)。

お腹がぺこぺこだったので、三郷のラーメン屋「遊麺」で昼食を食べる。
ここのラーメンは、すっきりとした味で、大変に美味しいのである(78点・以前の呑ちゃんのブログ参照)。
私は、餃子ライス付ラーメンセットを食べる(因みに、ここのラーメン屋の店主は自転車乗りです)。

大堀川で、鮭の遡上を見ようとしたが、もう時期が遅かったようである。

IMG_0052_20110110170849.jpg
(大堀川沿いにて)

その後、「かしわで」で買い物をして帰宅した。

IMG_0054_20110110171031.jpg
(買い出しした物)

走行距離:43キロ(フジクロス+6速ママチャリ)

この項、了。

テーマ:関東地域情報(東京 神奈川 埼玉 千葉 茨城 栃木 群馬 山梨) - ジャンル:地域情報
小さな旅(自転車)    Comment(4)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
Posted by フリー
断腸亭さん。
この寒いなか、赤穂浪士退却ルート探索、御苦労様です。
自分も一度は下見に行かなくっちぁと思っていたのですが、なかなか外出できない状況です。
「KUHNS BAR」と「イーストリバーサイクル」は12/27日会社の帰りによってきました。「ViVALO」試乗車もあるんですね。シンプルで美しいフレームでした。

外出できない分、やっと地デジ対策で買った今までより大きい画面のテレビで、映画を観ることが多くなりました。
昔、といっても6年前の映画ですが、見返してみると、こんなに自転車のシーンが多かったのかと驚いたのが「いつか読書する日」(青木研次脚本、緒方明監督)です。
その頃はまだ自転車に乗っていなかったからか、全然気にもとめないで観てましたが、田中裕子が実用車に乗って走るシーンがやけに多いのです。あきらかに自転車が映画の中で重要な小道具になっています。ある地方都市で牛乳配達をしている50歳の女性の恋愛劇でした。
2011.01.10 Mon 15:13 URL [ Edit ]
挙行! Posted by 断腸亭
フリーさん

まだまだ道がよく分かりませんが、ここは正しく、旧暦の師走14日にあたる1月30日(日)に挙行しましょうか?
詳しくは、メールでご連絡します。

私も、10月にケーブルTVに加入してから数ヶ月、ひどいときには、1日に10本ぐらい映画を見まくりました(最近は、一日一本と決めてますが)。

『いつか読書する日』、まだ見てませんが、なかなか面白そうですね。
自転車が印象的な形で登場する映画のリストを作りたいですね。

即座に思い出されるのは、『パリは燃えているか』(ルネ・クレマン監督、1966年)。
ドイツ軍に占領されたパリでは、ガソリンが手に入らないパリ市民(レジスタンスも)は、一斉に自転車に切り替えましたが、J・P・ベルモントが、ドイツ軍の銃撃の中、シャンゼリゼを、倒した自転車を引きずりながら横断するシーンは見物です。
2011.01.11 Tue 17:31 URL [ Edit ]
Posted by nebaneba
謹賀新年
というより
「寒中お見舞い申し上げます」
ことしこそゆっくりどこかで杯をかわしたいですね。
2011.01.12 Wed 17:12 URL [ Edit ]
こちらこそ Posted by 断腸亭
nebanebaさん

こちらこそ、よろしくお願いします。

nebanebaさんのお正月の過ごされ方が、豪快ですね。
羨ましいかぎりです。

樽さんとも、連絡をとって、是非に一杯やらかしましょう!
2011.01.13 Thu 13:58 URL [ Edit ]

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