日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2010.05.21 Fri
イザベラ・バード(『日本未踏地紀行』)の足跡を走る3~草加から粕壁まで
ヤマト政権下で造営された関東以北の官道は、まるで古代ローマのアッピア街道のように、全体として、不自然なほどまっすぐである。
それは、軍事拠点ともなり得るような、河川や沼地に囲まれた高台に国分寺や国府をあらかじめ築いておいて、そういう拠点と拠点を結ぶ最短ルート(バイパス)を、まるで定規で直線を引くように、そこに断固としてまっすぐな道を建設するという発想だったからではないか。
もちろん、鎌倉期以降の関東とは違って、当時の関東以北は人口もまばらで、既存の大きな集落も少なかったので、集落と集落をつなぐものとしての街道という発想ではなくて、役人や軍隊を急派できるようなバイパス的な道筋をとることになったのかもしれない。

奈良期以降に築かれたこれらの道筋に、後から大きな集落が発生するようになる。
その集落と集落を結ぶルートが、時の経過とともに、半ば自然に、半ば人為的に建設されていったのだが、江戸期になって、これらの道が総合的に見直されて、新たに全国的な道路網として整備しなおされることになった。
こうして、伊勢参りや参勤交代のための官道(街道)ができあがることになる。

明治になっても、基本的には、江戸期の道路網をそのまま踏襲することになったが、明治18(1885)年、明治政府は、44の国道を指定して、その道幅も12.7メートル(7間)と規定した。
だから、これらの旧国道の道幅は、現在でも12.7メートルのはずである。

昭和になって、クルマの交通量が増えると、もっと大きな新国道が建設され始める。
従来は町の中心部を抜けていた旧国道は、県道に降格させられた。
これらの新国道は、いわば、旧国道のバイパスとして建設されたわけである。
戦後になると、さらに、新国道のバイパスとして、高速道路までもが建設されることになる。

新国道や高速道路は、地図で見るとその異様な性格がよく分かる。
周囲の道と何の脈絡もなく、まるで巨大なバリカンで刈り上げたような道のつきかたをしているからである。
たとえば、私のよく利用する国道6号線(現水戸街道)がそうで、墨田区あたりを貫通するこの国道は、まるで荒川放水路のように、従来の街や生活道路を分断ないしは「蹂躙」するような道のつき方をしているのが分かるであろう(地図参照)。
こういう道のあり方それ自体が、人間よりクルマを重要視する思想(名付けて「バイパスの思想」)の明示的な表現となっているのである。

さて今日は、イザベラ・バードが辿った道の中の、草加から粕壁(現・春日部)までの旧街道を走ってみることにした。

水元公園→大場川→中川→垳川→綾瀬川→草加宿。
それぞれの川沿いの道ないしは川と平行してついている道を北西進すると、あっという間に草加に到着してしまう。
私の住む水元(葛飾区)から鉄道で草加に行くのはえらく大変だけど、自転車なら実に簡単である。
走行距離も、たった15キロ弱で、職場の駿河台よりも近い(しかも、低湿地帯を抜けるだけなので坂は皆無)。

IMG_5216.jpg
(大場川)

IMG_5017.jpg
(大場川が中川に流れ込む新大場川水門・地図

IMG_5217.jpg
(垳川と葛西用水の合流地点・地図

IMG_5054.jpg
(綾瀬川)

草加宿では、松尾芭蕉がわれわれを迎えてくれる。

IMG_5051.jpg
(旧街道筋の芭蕉像・「もし生きて帰らばと、定めなき頼みの末をかけ、その日やうやう早加(草加)といふ宿にたどり着きにけり。痩骨の肩にかゝれる物先くるしむ」(『奥のほそみち』)。)

草加から粕壁までの旧奥州街道を辿る道筋は、現在の道路名で表現するとほぼこうなる。
県道49→県道52→県道325→国道4号→県道2号。
草加から粕壁までは、約25キロであるが、旧街道と現在の国道4号が重なっているのは、わずか5キロほどしかない。
この例からしても、現在の国道4号が、旧街道のバイパスとして建設されたことが分かる(現在では、その国道4号のバイパスも建設され、さらに、東北自動車道というバイパスの「大親分」まで存在する)。
旧街道の詳しい道筋については、以下の素晴らしいページをご参照のこと。
http://www.jinriki.info/kaidolist/nikkokaido.html

イザベラ・バードは、東京から粕壁までの旅程を次のように書き記している。

「公使館を月曜日の11時に発ち、粕壁には5時着きました。23マイル[約37キロ]の旅をクルマ[人力車]の車夫は楽に走り通しましたが、煙草や食事でしょっちゅう休憩しました。・・・車夫はわらじをはいており、途中で二度はきかえなければなりませんでした」(講談社版上巻117頁)。

イザベラがこの街道を辿った約200年前の五月、芭蕉も千住を出発して、一泊目は同じく粕壁宿で宿泊している。
ともに、昼食は草加あたりでとったのだろうか。
また、車夫のわらじは、ほんの10数キロで履きつぶしてしまったことも、この記述から分かる。
当時、現在のようなスポーツシューズがあったら、車夫たちは、どんなにかありがたかったことであろう。

現在の旧街道を自転車で走るのは、決して楽しい作業ではない。
大幹線道の座は、国道4号に譲っているものの、今でも首都圏の主要道路であるのに違いないので、クルマの交通量は多いし、130年前の名残はほとんど皆無なので、走っていてもちっとも面白くない。

IMG_5167.jpg
(越谷あたりの旧道・たぶん、ここの道幅は、7間の12.7メートルのはずだが、交通量が多くて何人[なんぴと]も計ることはできない)

IMG_5168.jpg
(「瓦曽根ロータリー」の所で道は二股に分かれるが、旧街道は左の細い方。地図

IMG_5170.jpg
(旧街道・越谷付近。古い家屋が残っている)

IMG_5171.jpg
(旧街道・越谷付近。こちらはもしかしたら、明治期の建築物かもしれない)

IMG_5172.jpg
(旧街道・越谷付近)

IMG_5176.jpg
(春日部の手前で、旧街道は国道4号と合流する)

IMG_5178.jpg
(「一宮」の交差点の所で、旧街道は、左折(県道2)する・地図

IMG_5180.jpg
(県道2号の「新町橋」交差点。かなり古い蔵だが、周辺を工事中。次に来るときにはこの蔵も消滅しているかもしれない。ここを右折すると、旧街道は、粕壁宿を離れて古河方面へ向かうことになる・地図

粕壁に至るまでのイザベラの記述で、場所を特定できる箇所はきわめて少ないが、「江戸平野」の描写はちょっと面白い。

「この江戸平野はおもに大水田地帯から成り、いまは田植えで忙しい時期なのです。・・・江戸平野には、幹線道路沿いにほぼ切れ目なくつづく村落のほかに、木立に囲まれたいわば島状の集落があります。また、オアシスとも言うべき感じのよい緑地が何百とあり、小麦が刈り取りの時期を迎えていたり、玉ねぎ、黍、大豆などがよく育っています。・・・田を耕すのに馬や牛が使われる場合があるのをのぞいて、耕作はすべて手作業で、雑草は一本も見当たりません・・・」(講談社版上巻119・122頁)

イザベラが、千住を過ぎて江戸府外に出た辺りから、町並みが希薄になって、村落と水田と麦畑が多く見られるようになる。今と違って、当時は麦を刈り取ってから田植えをしていたので、イザベラが「江戸平野」を北上した六月初旬は、場所によっては黄金色の麦穂が風に波打ち、また場所によっては、田に水を入れて、これから田植えが始まろうとしているところだったにちがいない。
水を引いた水田のなかに散在する村落を、まるで「島」のようだと表現しているのが、実にピクチャレスク(絵画的)で、私なぞは感動してしまう。
雑草が一本も見当たらないという点も、イザベラが各所で指摘しているところである。
幕末維新の動乱期の直後とはいえ、農民の暮らしと労働は、不動の循環の中で展開していたこともよく分かる。

「粕壁は大きくはあるもののみすぼらしい町で、目抜き通りは東京のいちばん貧しい地域の通りのようでした・・・プライバシーのなさ、悪臭、蚤と蚊による拷問・・・」(講談社版上巻124頁・129頁)。

こうして泊まった粕壁での最初の夜は、イザベラを打ちのめしたようであった。

帰路は、道に迷いつつも、大落古利根川筋を下って、江戸川サイクリングロードで帰宅した(これについては、別項にて後日書くつもり)。

IMG_5184.jpg
(大落古利根川の説明板)

走行距離:92キロ(フジクロス+6速ママチャリ)

テーマ:関東地域情報(東京 神奈川 埼玉 千葉 茨城 栃木 群馬 山梨) - ジャンル:地域情報
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Comment
有難う御座います。 Posted by しゃあ あずなぶる
今回も興味深く読ませていただきました。
また、土曜日もお世話様でした。
2010.05.24 Mon 13:59 URL [ Edit ]
感謝です Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

いつも読んでいただいてありがとうございます。
次は、粕壁から走りますね。
2010.05.25 Tue 07:13 URL [ Edit ]

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