日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.12.20 Sun
龍角寺古墳群~久々の100キロ走行
夕べは、またしても、すき焼き大会をやってしまって、やや食べ過ぎの傾向にあったので、今日はたくさん走ろうと決めていた。
とにかく、100キロ以上走ろうではないかというのが目標だった。
最後に100キロ以上を走ったのは、9月。
ところが、10月に事故に遭って、通勤で60数キロ走ったことは何回かあるものの、それでも、左足の腿の裏あたりに何とはなしの違和感があって、恐くて長距離を走れなかった。
年末12月には、必ず一度は銚子まで自転車で行くことにしているので、その予行練習も兼ねて、是非とも長距離を走ってみたかった。

目的地を特に定めずに、ロードで出発。
水元公園から江戸川に出る。
西風である。
上流に向かうことにする。
葛飾橋を渡りながら、朝日を受けて光る江戸川を見ているうちに、急に、我が母なる利根川を見たくなった。
そうと決まったら、先ずは、腹ごしらえ。
紙敷(松戸)を抜けて、「山田うどん・松戸八柱店」で、たぬきうどん(300円)を啜る。

その後、定番ルート(大津川経由)で、手賀沼へ。

IMG_3487.jpg
(手賀沼に向かう大津川近くの公園にて)

道の駅・しょうなん」で休憩。
今日は、自転車乗りがたくさんいる。
誰か知っている人はいないものかと見渡してみたが、顔馴染みの人はいなかった。
売店で、おにぎり2個(220円)を買って食べる。

広場で、「千葉県サイクリング協会」の人たちが、何かを配布している。

IMG_3488.jpg
(千葉県サイクリング協会の方々が自転車の安全走行を呼びかけていた)

何を配っているのだろうかと見に行くと、車輪用のリフレクター(反射板)であった。
私も、下さいと申し出て、一つもらった。
なかなか物がよいので、もう一つくれと言ったら、ダメだと言われた。

いただいたリフレクターは、「高輝度サイクルリフレクター」というもの。

IMG_3502.jpg
(いただいた「高輝度サイクルリフレクター」・実測14グラム)

帰ってから、ロードの前輪に取り付けてみたが、ワンタッチで装着できた。

私がロードで使っているのは、WH-RS20というホイール(シマノの2番目に安いロード用完組)で、スポークがエアロタイプ(きし麺形状)なので、100円ショップダイソーの2個100円のリフレクターがうまく装着できずに困っていたのだが、これで一安心(因みに、現在の法律では、自転車の前後車輪にリフレクターを装着するのが義務)。
(ついでに話は逸れるが、新しくシマノから出た、アルテグラグレードのWH-6700、いいですねえ。8・9・10速対応・チューブレスとクリンチャー両用かつそこそこ軽量で値段も手頃)。

IMG_3489.jpg
(手賀沼)

さて、お腹も満たされので、利根川を目指して、手賀沼・手賀川を東進して、木下から利根川サイクリングロード右岸(南岸)に上がる(経路地図)。

IMG_3491.jpg
(雄大な利根の流れ・木下付近)

やっぱり利根川はいいなあ。
私の故郷(銚子)へと通じる大河・・・。

ここまで42キロ。
このまま帰ったのでは、100キロにならない。
どうしようか?

ふと、思いついたのが、以前、(鉄道で)行ったことのある「龍角寺古墳群」(成田市及び印旛郡栄町)。

しかし、今日は生憎、地図を持ちあわせていないので、どう行ったらいいのかよく分からない。
取りあえず、利根川に注ぐ長門川あたりでサイクリングロードを降りて、県道(?)を南進。
すると、栄町の公園が見えたので、そこで自転車を止めると、周辺地図の看板があったのでそれを手がかりに走ることにする。

IMG_3492.jpg
(栄町観光案内板)

すぐ近くだといういうことが分かったので、さっそく当てずっぽうに進んだ。
激坂が二つほどあったが、無事、「龍角寺古墳群」を擁する「房総風土記の丘」に到着。

IMG_3493.jpg
(「房総のむら」案内図・背後の塚も古墳である)

龍角寺古墳群」というのは、6世紀初頭から7世紀にかけて作られたと言われている古墳が114基も群がる一帯で、同地域にある、有名な龍角寺という7世紀の寺(跡)の名をとって命名された古墳群である。

この下総台地の上に築かれた古墳群は、当時は利根川・印旛沼・手賀沼・霞ヶ浦などが繋(つな)がっていて、いわば、大きな「内海」をなしていた頃に形成されたもので、当時の畿内の人々は、風景も地勢も、故郷の瀬戸内海域に類似するこのあたりに、関東以北開拓(侵略)の拠点を築くことにしたのだと推測できる。

一帯は、あまりに古墳だらけで、古墳の「有り難さ」が失せるほどである。
その古墳群を貫くようにして、気持ちの良い道が幾筋も通っていて、サイクリングやウォーキングにも打って付けである。

IMG_3494.jpg
(古墳群の中を通る気持ちの良い舗装路・右崖下からは印旛沼が見える)

IMG_3495.jpg
(掘り出された石棺・背後に写っている塚も古墳)

とにかく、犬も歩けば古墳にあたるというか、「佃煮にするほど」古墳がたくさんあるわけで、考古学好きの人は、丸一日楽しめると思う。

しかし、私は、暗くなる前に帰りたかったので、古墳群の遊歩道をざあっと走らせて、龍角寺に向かう。

そもそも、大和政権時代に建造された龍角寺は、もちろん、既になくて、金堂が建っていた場所には、礎石があるだけである。

IMG_3500.jpg
(龍角寺金堂の建っていた場所)

IMG_3499.jpg
(今は、礎石だけが残っているのみ)

帰りは、同じ手賀沼経由で戻るのは芸がないので、知らない道を方位磁石だけを手がかりに走ったが、かなり心細い迷走を強いられた。

帰宅して、メーターを見ると、走行距離119キロだった。
心配していた腿裏の筋肉の違和感もない。
これで、事故の「後遺症」からも完全に解放されて、年末の銚子行きもできそうな自信も取り戻せたというものである。

IMG_3501.jpg
(田圃の中の「追分」)

走行距離:119キロ(ロードバイク)

小さな旅(自転車)    Comment(2)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
恥ずかしい Posted by 相子
成田に向かう時、龍角寺という新しい?住宅街を通ります。寺のことは全く知りませんでした。
街並みが何となく新しいということが分かったような気がします。
2009.12.22 Tue 09:13 URL [ Edit ]
龍角寺台 Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

確かに「龍角寺台」という新興住宅地がありました。
下総台地の山林を切り開いて拵えた住宅地です。

「房総のむら」には、江戸時代の街並みを復元したものなどもあって、佐倉の頃、散歩されると面白いと思います。
http://www.chiba-muse.or.jp/MURA/
2009.12.23 Wed 08:38 URL [ Edit ]

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