日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2007.11.20 Tue
「そうだ、綾瀬に行こう!」
火曜日は、基本的に終日会議日。
役職をやらされていた去年の秋までは、最高12時間も会議が数珠繋ぎになったこともあったが、今年度は、せいぜい2つぐらいの会議があるだけだし、議長を務めなければならないものは一つだけなので、「参加することに意義がある」程度で、終了後の宴会のために出かけているようなものである。

しかし、極めて珍しいことに、本日予定されていた会議二つが、何らかの理由で突然中止になってしまったのである(理由は知っていますが、職場の恥なので書きません)。
私としては、会議をやりたくて仕方がなかったのだが、ないのなら仕方がない。

さらに、会議がなければ、職場に行く理由もないではないか。
私としては、職場に行きたくて仕方がなかったのだが、仕事がないのなら仕方がない。

というわけで、休みたくもないのに、図らずも、休日になってしまったのである。

しかし、休日になってしまったことをいつまでもくよくよと悲しんでいるわけにはいかない。
そこで、この秋晴れの「強いられた」休日をいかに有意義に使おうか、鍋焼きうどんを食べながら考える・・・。

「そうだ、綾瀬に行こう!」(告白:JRのコピーをパクリました)

先日、流山の新撰組の屯所に行ったときに知ったのだが、実は、流山に移動する前に一行が陣を置いたのは、綾瀬の旧地名・五兵衛新田(現・足立区綾瀬4丁目)という場所だったのである。
是非、その屯所跡を訪ねてみたい。

だが、綾瀬に行く目的は、実はもう一つあった。

水曜は、毎週、杉並の職場に行かなければならないため、金町駅までの往復(2キロ)しか自転車に乗れない。
そこで、せめて綾瀬駅まで自転車で行って、そこから列車に乗りたい。
そのためには、駐輪場を確保しなければならないので、その事前調査が必要である・・・。

水元から綾瀬に出るには、飯塚橋で中川を渡って、大谷田陸橋を抜けるルートが普通であろうが、下流の中川橋から亀有のアリオの横を抜けて、ほぼ線路沿いに進むルートを選んだ。
特に理由はない。
単なる気分の問題。

快調に飛ばし、あっという間に綾瀬駅に到着(約5キロ)。
地図を頼りに、綾瀬に於ける新撰組の屯所跡を捜す。
これも、簡単に見つかった。

近藤勇らが江戸を逃れて、ここ綾瀬に陣を置いたのは、金子家という旧家で、当時の建物は残っていないが、同じ場所に子孫が豪勢な屋敷を構えて暮らしている。
1868(慶応4)年の3月14日から4月1日までの19日間、新撰組はここに滞在したのだ。
ちょうど、桜の蕾がほころびはじめる時節である。
滞在中、近藤は、火薬の原料である炭を大量に買い付け、弱体化した新撰組を立て直すために、新隊員を募集した。
金子家

綾瀬の屯所跡は、周辺地図を広げると、微妙な場所にあったことがわかる。
綾瀬駅から北西300メートルほどの、綾瀬川に架かる五兵衛新橋(橋名がかろうじて旧地名を残す)の手前にある。
ここから、綾瀬川を渡って2キロほど南西に歩けば、千住宿(もちろん、当時は荒川放水路は存在しなかったので歩いて行けた)。

微妙な位置だというのは、その目と鼻の先にある千住宿で、旧日光街道と旧水戸街道が分岐していたので、状況によって、いずれの街道を北上するかを選べる最終地点に、近藤らは19日間も滞在したことになる。
つまり、私の推測だが、どちらに行くか、近藤以下の新撰組は最後まで、悩んでいたのではないか・・・。
あるいは、勝海舟あたりと頻繁に連絡を取っていたらしいので、にわかに江戸の近傍から離れがたかったという事情もあったのかもしれない。

ところが、西軍(新政府軍)3千が千住に到着するの急報を得て、流山方面に退路を求める。
既に前の日記で書いたように、近藤は、綾瀬を後にした3日後、流山で投降し、その3週間後には板橋で斬首という結末になる・・・。

金子家があるこの一帯には、古い屋敷が残っていて、昔を忍ばせている。
立派な屋敷

新撰組屯所跡を突き止めることができたので、第二の目的である無料駐輪場の確認。
すぐに見つかった。
071120_1301~01.jpg

綾瀬駅の南側に、足立区と葛飾区の区境が通っているのだが、のこぎりの歯のように入り組んでいる。
この無料駐輪場は、足立区の管轄だが、その前にある児童公園は、葛飾区の管轄である。

目的を果たしたので、綾瀬川の土手の道に出て、南に走る。
土手の堤防沿いには、ホームレスの「住宅」が並んでいて、土手の向こう岸には、巨大な小菅拘置所が、山脈のようにそそり立っている。
まるで、リバーサイドプリズンである。
小菅拘置所

そして見上げれば、首都高の小菅ジャンクションが、中空に渦巻いている。
何だか、目眩がしそうな風景である。
小菅ジャンクション

しばらく綾瀬川沿いに自転車を走らすと、「水戸橋」というわびしい橋を発見。
実は、この橋は、紛れもなく、旧水戸街道なのである。
水戸橋

水戸で生まれ育った徳川慶喜も、高速の下の、排気ガスに煤けたこの橋を見たら、大政奉還をしたことを後悔するにちがいない。

さらに綾瀬川沿いに南下すると、右手に荒川が見えてくる。
両手の川に挟まれた道を進むのは、何とも、面白い。

木根川橋を渡って、四ツ木に入り、立石のお気に入りのインド料理店「カラチ」で、遅めの昼食とした。
071120_1411~01.jpg

川筋には、まことに、汲めども尽きない歴史が埋もれているものである。


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本日の走行距離:24キロ
今月の積算走行距離:304キロ
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朝食:鍋焼きうどん+リンゴ(家)
昼食:インドカレー(立石「カラチ」)
夕食:納豆スパゲッティ+味噌汁(家)
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   Comment(2)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
Posted by やまびこ
綾瀬川はおもしろい川ですね。
古綾瀬川も走ってゆくとひょいひょいと顔を出して。

カラチは「マトンチリ」が絶対美味しい☆
2007.11.22 Thu 12:59 URL [ Edit ]
安くて美味しいインド料理店 Posted by 断腸亭髭爺
葛飾区広しと言えども、安くて美味しいインド料理店は、6号沿いの「サイキルパ」と、この立石の「カラチ」ですね。
2007.11.23 Fri 06:31 URL [ Edit ]

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