日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
映画の日々 | エッセイ | 思い出 | 身辺雑記 | 日録 |  | 自転車 |  | 小さな旅(自転車) | 小さな旅 | 旅(自転車) | 未分類 | 自転車文学 | 
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
断腸亭日録~自転車日記
≪2017.08  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30  2017.10≫
プロフィール

higedancho

Author:higedancho
断腸亭髭爺です。
自転車関係の日記が多いです。
よろしく。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム
フリーエリア
ブロとも一覧
--.--.-- --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告    Top↑

2009.11.12 Thu
海行かば~死線を歩いた話2
あれは、中学3年の春のことだった。

当時の学校はなぜか運動会に熱心で、春には「小運動会」、秋には「大運動会」という年間二本立てで行われていたのだが、春の「小運動会」の日程は決まっていて、毎年4月29日(さる渡来系世襲豪族の誕生日にて祭日)だった。

何と無謀なことかと思うかもしれないが、われわれ悪ガキ6人組は、中学校1年のときから、この、まだ寒い4月29日の「小運動会」終了後、初海水浴をすることに決めていたのだ。

なぜかと言えば、われわれ悪ガキ6人組は、それぞれ野球部(二名)、バスケット部(二名)、バレー部、吹奏楽部(私)に属していて(しかも、3年次には、そのうちの4人が「部長」だったので)、部活が休みになる「小運動会」(昼下がりに終了)の日が海水浴決行の数少ないチャンスだったのと、どういうわけか、夏まで待てないという海辺で育った少年特有の「渇望」があったからだと思う(思えば、当時の中学校の部活は本当に厳しくて、盆と正月を合わせた年間10日ぐらいしか休みがなかった)。

その日は、生憎の、肌寒い曇天。
運動会の道具と海水パンツを持って、自転車で、学校に出かけた。
自転車通学は禁止されていたが、運動会終了後、そのまま海に出かけられるように、どうしても自転車が必要なので、学校の近くの野原に自転車を倒して隠す。

運動会も終わって、野原に集合した、イガグリ頭の悪ガキ6人組。
今にも雨が落ちてきそうな空を見上げながら、一人が言った。
「寒いな、風も強いし、どうする?」。
一堂は、同じように空を見上げながら黙っていたが、別の一人が、「行くべぇーよ、決めたんだから!」。
こういうときは、一番過激な意見が強いものだ。
何も言わずに自転車に飛び乗り、銚子大橋を渡って茨城県の波崎海岸へ(銚子半島の海辺は岩が多かったのと、学校からは波崎海岸が一番近かったから)。

人っ子一人いない波崎海岸。
折からの低気圧の到来とあって、水平線には鉛色の雲が重なり、強風に波頭が砕け散っていた。
6人は、さすがにしばし凍り付いた。
そして誰しもが、心の中で、誰かが「やめよう」と言いだしてくれないものかと思いながらも、自分がそれを言い出す役にはなりたくないというような行きつ戻りつする不安定な気持ちを押しやるように、殊更に、海辺ではしゃぎ回った末に、ズボンを脱ぎ捨てて、海に向かった。

銚子沖は北からの寒流と南からの暖流がぶつかるポイントで、春になると次第に暖流が強くなって海水が温かくなる頃、それに乗って南方から「初鰹」が到来するわけだが、この日は、寒流がはるかにまさっていたのか、海水はすこぶる冷たかった。

波の高さは、ゆうに5メートルを越え、渚から沖に出ていくにつれ、巨大な壁のように押しかかってくる。
われわれは「波乗り」をすべく、大声を上げながら、大笑いをしながら、大波に近づいていく。

ここでいう「波乗り」というのは、(ボードは使わずに)身体それ自体をサーフィンボードが波乗りをする同じ原理で「波の腹」に乗ることで、上手く乗れれば、100メートル近く身体を運んでくれて、その快感は筆舌に尽くしがたい。

さて、10分も海に入っていると、海水の冷たさが全身にしみわたり、膝から下の骨が何かに叩かれるような痛さを感じるようになり、身体は常に小刻みにぶるぶる震え、唇が、まるでスミレのような紫色になる。
しかしお互いに、その紫色の腫れあがった唇を見て笑い合うばかりで、次第に波乗りに夢中になった。

沖合に出て、身長よりも水深のあるあたりで泳ぎながら大波を待っていたとき、ひときわ巨大な波がやってきた。
一瞬、大きすぎる!と思いながらも、逃げようもなく、隣にいた友達とその波に飛び込んでいった。
鉛色の世界と泡立つ海中と轟音が身体に伝わり、波に乗るどころか、波に呑み込まれてしまった。

気がついてみると、私は、波打ち際にしゃがみ込んでいた。
時間にすれば、数十秒であったに違いない。
だが、おそろしく、長い時間に感じられた。

波に呑まれ、まるで、鉄棒でぐるぐる回転するように、横にではなく、縦に回転するように波渦に巻き込まれた。
私は必死にそこから抜け出そうともがけども、身体が波に縛られているように、どうにもならない。
とにかく、息が続かなくなっても、水を飲むことだけはしまいということに必死に気を払っていた記憶がある。
同時に、ああ、もうダメだ!
オレは死ぬんだとも思った・・・。
波の回転に巻き込まれたまま、海底に押しやられて、引く波に沖合に連れ込まれたら一巻の終わりだということを知っていたからだ(近所の米屋の兄ちゃんもこれで死んだ)。

波打ち際にしゃがみ込んで、しばらくどうなったのか分からず、茫然としていた。
しばらくして、渚を見回すと、友達がやはり、同じように座り込んでいた。
あー、助かったと思った。

寒さと恐怖から抜け出た疲労感で、私は魂を抜かれた人のような状態で、がくがくする足で自転車をこぎ、銚子大橋を渡って家に帰り着いた。

帰るなり、蒲団に入ると、冷えた身体に、蒲団が火照るように熱く感じられた。

走行距離:3キロ(ママチャリ)

思い出    Comment(6)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
チョッと私も Posted by 相子
断腸亭さんは物凄い恐ろしい体験をされたのですね。
実は小学校の5年の夏。中国青島の第一海水浴場。その日は波も高く、あまり人は泳いでいませんでした。私は構わず泳ぎ始めました。どういうことか深みにはまり大波が来たのに岸へと行けません。
間に合わず体が波に巻き込まれて仕舞いました。
その時の恐怖感と絶望感。グルグル廻る中で見える砂と水の色。
砂浜に体が叩きつけられるように投げ出された時の気分を思い出しました。
現在関口功夫人となっている1年下の方と水連に入っていて泳ぎに自信があったのです。
とても後悔しました。
2009.11.14 Sat 07:05 URL [ Edit ]
離岸流 Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

それは、いわゆる、離岸流だったのではないかと思います。
海面付近ではなく、足下の深いところでは、沖に向かって引き潮が流れています。

泳ぎが得意な銚子の子どもたちも、一夏に何人かは、これの犠牲になりました。
波に呑まれたとき、パニックになると、水を飲んでしまって、身体の力が失せてしまいます(サーファーの水難もこれ)。
私の近所の米屋の倅は、水泳の達人でしたが、これにやられました。

海を侮ってはいけないという例だと思います。

私も、運が悪ければ、これに持って行かれていたかもしれません。
2009.11.15 Sun 00:04 URL [ Edit ]
ご無沙汰してます Posted by じて通マン
昔話シリーズ大好きです。時代が違えど甘酸っぱい思い出や苦い経験やわくわく体験は、何か重なる部分が自分の中にあるものでついついのめり込んでしまいます。
ろくに泳げもしない私ですが海は大好きです。そういえば私も波にのまれ天地がわからなくなったことがありました。そのまましばらく海底に押し続けられている間、割と冷静でいられたものの、ものすごい勢いで流れる砂の様子に圧倒されてしまいました。あれは片道切符の急行列車だったのかもしれないと思うと今こうして生きていることに感謝です。

2009.11.15 Sun 03:29 URL [ Edit ]
なんだか、凄いですね。 Posted by しゃあ あずなぶる
そのまま銚子に住んでいたら、断腸さんは今頃、潜水艦でも作っていそうです。
2009.11.15 Sun 14:56 URL [ Edit ]
書き留めておけということなのかなあ・・・ Posted by 断腸亭髭爺
じて通マンさん

私よりもかなりお若いじて通マンさんに、そんなふうに言っていただいて、嬉しいです。

昔話ができるようになったということは、まあ、歳をとった証拠ですね。

不思議なことに、時たまですが、次々と昔のことが思い出される日があるんです。
そんなとき、これまですっかり忘れていた細部が蘇ることがあって、ああ、書き留めておけということなのかなあと思って、書いております。

特に危ない目にあったことの記憶は、今、生きていることへの感謝を促しますね。
2009.11.15 Sun 18:29 URL [ Edit ]
「水漬く屍」 Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

いやぁ~、潜水艦を完成させる前に、それこそ、「水漬く屍」になっていたと思います・・・。
2009.11.15 Sun 18:31 URL [ Edit ]

管理者にだけ表示を許可する

Top↑

TrackBack
TrackBackURL
http://danchotei.blog75.fc2.com/tb.php/417-4e0757a7

Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。