日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2005.09.21 Wed
愛しの光化門(カンファムン)
僕が初めてソウルに行ったとき(春の雨の日でした)は、ちょうど、朝鮮総督府が解体された後で、工事の傷跡が生々しく残っていました。

よくぞこんな場所に総督府を建てたものだと呆れ果てる思いでした。
光化門(景福宮の正門)を入った所に、立ち塞がるようにして、銀行のような、醜劣で文鎮のごとき巨大な総督府を建設したわけですね。
まるで、朝鮮半島を睥睨するように・・・。

よく言われるように、景福宮の建築配置は、朱雀大路に相当する漢城(現ソウル)の大通りから、光化門―景福宮―北岳山と風水の気軸がすぅっとまっすぐに通るように工夫して建てられていたのですが、日帝(大日本帝国の略称)は、その気脈を封鎖断絶する位置に、わざわざ総督府を建設したわけです。

このコンクリート建築物を構築することによって、朝鮮人の精神までも圧殺しようとしたに違いありません。

「恨五百年」ではありませんが、、しかし今、日本による二度の侵略(秀吉と日帝)によって破壊され、その後、だめ押しのように、朝鮮戦争の戦火で廃墟と化したソウルとその景福宮は、復元中の清渓川とともに、その本来の姿に戻ろうとしている。

思えば、何度ソウルを訪れても興味が尽きないのも、エネルギッシュで剛直でしなやかな韓国人の気質から学ぶところ大であることに加え、その本然に復しつつある古都の姿を確認したいからなのかもしれません。

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