日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.10.13 Tue
学生の頃、軽井沢で住み込みで働いていた時の話
もう30年も前の学生時代の話である。

信州のある駅(軽井沢)前の、レストラン兼土産物屋で、住み込みのアルバイトをやっていたことがある。
住み込みといっても、夏のハイシーズンの2ヶ月間だけの季節労働者である。

そこは二階建てで、下が土産物屋、上がレストランになっていた。

店の掃除から、店頭でのソフトクリーム売り、厨房内の簡単な料理作り、ウェイター、雑多な買い物、荷物運び、子守、店主の恋人との連絡係まで・・・。
とにかく、朝から晩まで、ありとあらゆることをやらされ、こき使われたものだ。

同じく住み込みで働いていたアルバイトは、大学生ばかりが約10人ほど。
しかも、全員が、20畳ほどの一つの和室に押し込められていたのだから、もう、欲求不満の巣窟みたいなところだった。

金があるときは、みんなして、ほど近い観光地の盛り場(旧軽井沢)に繰り出し、ただがむしゃらに「ナンパ」に挑んではみたが、無論、成功した試しなぞなかった。

金がないときは、夜になると、敷きっぱなしの布団の上に雀卓が置かれ、紫煙のこもる中、酒瓶が林立し、必然、飲むほどに酔うほどに、怒号が飛び交い、時には取っ組み合いの大喧嘩が始まることも珍しくなかった。

そうして眠くなると、一人また一人と、誰の布団ということもお構いなしに横になり、麻雀パイのジャラジャラという音を子守歌に夢路につく。

楽しくもあったが、辛くもあった日々だった。

ただ、こんな生活を送っていると、無性に、一人きりになることが恋しくなる。
神様、お願いします、一人きりにさせて下さい・・・という、何とも切ない心境になってくる。

一月もたった頃、早番で仕事を上がった私は、駅の反対側の森の中の道をひとりとぼとぼと歩いていた(早番は4時上がりで、遅番は8時上がりだったと記憶する)。
私が働いていた店のあるその駅は、一方の側はかなり昔から開発が進み、綺麗でお洒落な観光の街になっていたが、駅の反対側には小さなゴルフ場があるだけで、その先は、林や草地が連なっているだけの「未開」の地であった。
とにかく一人になりたいと切実に思っていた私は、思い切って、誰も行かない駅の反対側に行ってみることにしたのだ。

夏の夕日が木漏れ日を作る林の中の道を10分ほど歩くと、目の前に突然、木造二階建てのラーメン屋が現れた。
こんな所に店があるなんて!
ちょっと驚きもしたが、小さいながら、傍らにちゃんと駐車場もあるので、たぶん、ゴルフの客がここで腹を作って帰るのだろうか。

半信半疑な心持ちで、私はそのラーメン屋に入った。
店内は、実に普通のラーメン屋の造りで、8席ほどの朱色のカウンターに、テーブル4つ。
早い時間なので、まだ客は誰もおらず、年の頃40過ぎぐらいに見える、真っ白な割烹着を着た女性が何やら仕込みをしている最中だった。

「いらっしゃいませ!」。

そう言われてほっとしたような気分で、私は、その店員さんから一番距離を取れそうな入り口付近のテーブルに座った(なにしろ、一人になりたかったから)。

「何をお作りしましょう?」と笑顔で訊かれ、「ビールと餃子、下さい」と私。

餃子を食べ、ビールを飲み、餃子を食べ、ビールを飲んだ。

とても美味しい餃子で、今でもはっきり覚えているのだが、まだ学生だった私は、このとき初めて、ビールと餃子の相性のよさが分かったような気がした。

あんまり美味しいので、「すみません、餃子、もう一枚ください」。
女性店員は、笑いをこらえるような表情(私にはそう見えた)をして、「はい!」。

もう一枚の餃子もあっという間に平らげ、もっと食べたかったのだが、寮の夕食が待っているので、勘定をすませ、店を出た。

ああ、よかった!
やっと一人になれる場所が見つかった!
他の連中には、絶対に教えないようにしよう!

そんなことを思いながら、暮れなずむ林の中の道を駅の方へと歩いた。

その後、一日おきにやってくる早番の日は、必ずそのラーメン屋に行って、決まってビール1本(キリンの大瓶)と餃子2枚を注文し、一時間ほど一人の時間を過ごすというのが習慣になった。
一緒に早番で上がった連中は、急につきあいの悪くなった私を訝り、「おい、どこに行くんだ?」と訊いたものだが、「買い物さ」と応えるだけで、その店の存在を明かさなかった。
せっかく見つけた聖域を、あいつらに侵されてたまるものかという気持ちだった。

また、いつも笑顔で迎えてくれる女将さん(雇われ店員ではなく、その店を一人で切り盛りしていた)も、特にあれこれ話しかけてくることもなく、といって、無愛想でもなく、私にとっては、理想的な居心地の良さだった。

そんなある日、遅番で上がったのだが、まだ早い時間なので、寮の夕食もそこそこで切り上げて、もしや店が開いているかもしれないと思い、夜道を走るようにして行ってみたが、残念、暖簾は下げられ、準備中の札がかかっていた。

がっかりだったが、ふと上を見上げると、上の階の紫色の看板が目についた。
それまでは早い時間しか来たことがなかったので、全然気づかなかったのだが、二階は別の店で、スナックが入っていたのだ!

せっかく寂しい夜道を歩いて来たのだし、このまま寮に戻っても、品の悪い連中の喧噪が待っているだけだし、いっそのこと、この二階のスナックに入ってみようかとふと思った。
だが、学生にとって、馴染みのない田舎のスナックに一人で入ることは、かなりためらわれることだった。

しかし、やはり入ってみたいという気が次第に勝ってきて、私は、一応、「安全」な店かどうかを偵察するかのように、店のぐるりを見て回り、財布の中身を調べ、意を決して、階段を上がっていった。

階段を登り詰めると、そこには、よくありがちな、いささか派手な造りのスナックのドア。
ドアにはめ込んである小さなステンドグラス風の丸窓から、ちらちらと中の様子がうかがえるのだが、よくは見えない。
躊躇する気持ちを追いやるように、私はドアを押した。

一歩入ると、一拍おいて、「いらっしゃいませ」の静かな女性の声。

カウンターの中に黒いドレスを着た30半ばぐらいに見える女性が静かに微笑んでいた。

一人になりたくて来たはずの私だが、その女性の笑顔に引っ張られるようにして、気がついてみると、なんと、カウンターの真ん中の彼女の真ん前に座っていた。

「ビールになさいますか?」。

返事をしないうちに、冷蔵庫からビールが出され、ボトルとグラスと簡単なおつまみが置かれた。
ボトルを取ろうとすると、彼女が一瞬早く持ち上げ、酌をしてくれた。
店の女性から酌をされるのは初めてだったので、すごく緊張した・・・。

一杯呷ったところで、「だいぶ、涼しくなりましたね」と彼女。

私はただ、うなずくことしかできなかった。
彼女は、カウンターの中で、料理をしたり、氷をアイスピックで砕いたりしながら、私にぽつりぽつりと話しかけた。

最初は最低限の応答しかできなかった私だが、次第に、えらく多弁になっている自分に気づく。

駅前のレストランで働いていること、学生であること、早番の日は下のラーメン屋で餃子を食べること、その餃子が大変うまいこと・・・。
やっと、自分の話を聞いてくれる人と巡り会えたというかのように、いろんなことを話したように記憶している。

彼女は、その間、笑みを浮かべながら、静かに相づちの言葉を返したり、簡単な質問をするだけ。

「あっ、そうなの?すごいわね」。
「それは大変ね」・・・。

ただ、その笑顔が素晴らしかった。
私には、彼女の全身が輝いているように見えたものである。
多少気後れしながらも、本当に美しい人だと私は感じていた。

「じゃあ、下のラーメン屋が終わっちゃってたから、仕方なくいらしたのね?」。
「いやぁ~、そうでもないんですが・・・ここにも来たかったんです」。
「餃子、そんなに美味しいの?」。
「ええ、美味しいです!ビールとよく合うんです。餃子を食べてビールを飲みますでしょ。するとその後は、餃子を食べるだけで、ビールの味がして、ビールを飲むだけで、餃子の味がする感じなんです」。
「あら、面白いわね。でも、本当なの?こんな田舎のお店なのに。じゃあ、ラーメンはどうなの?」。
「いやぁ~、寮の食事が待ってるので、ラーメンまで食べたことはないんですが、今度、食べてみますよ」。

そんな他愛もない会話だった。

帰り道、私は心に決めた。

早番の日はラーメン屋に、遅番の日はスナックに来ようと。
自分の「名案」に嬉しくなって、寮までの夜道を走って帰った。

その翌日から、早番の日は下の階のラーメン屋、遅番の日は上の階のスナック通いが始まった。

ラーメン屋では、店の入り口近くの、一番厨房から遠いテーブルに着いて、本や新聞を読みながら、ただ黙々とビールを飲み、餃子2枚を食べる。
いつも、真っ白な割烹着をきて、白い手拭いを被ったラーメン屋のママさんは、笑顔で迎えてくれ、美味しい餃子を焼いてくれたが、相変わらず、話を交わすことはなかった。

上のスナックでは、カウンターに坐りこみ、ウイスキーの水割りなどを飲みながら、いつも黒い服を着た、エレガントで優しいママさんと雑談をする。

「学校では、何を勉強しているの?」。
「英文学です」。
「あらまあ、シェイクスピアなんか、読むのね」。
「ええ、まあ」。
「ロミオとジュリエットなら見たことあるわよ。敷居の高い恋は、燃えるのよねぇー。ところで、ガールフレンド、いるの?」。
「いやぁ、いませんよ・・・」。
「だめよ、一人で本ばかり読んでちゃ。実践もしなくちゃね」。
「はい、わかりました。頑張ります・・・」。

しかし、そんな楽しい日々も、いつかは終わりがくることは分かっていた。
9月一杯でアルバイトの期間は明け、東京に帰らなければならいからだ。

もちろん、スナックのママさんも、そのことは既に知っていたのだが、お互い、そのことに触れることは、何となく、避けていたような気がする。

東京に帰る三日前、いつものように、遅番で上がるとすぐにそのスナックに行った。

「いよいよあさっての朝、東京に帰ります」。
「あらそう、明日はどうするの?」。
「明日の夜は店で慰労会をやるんで、来られるかどうか・・・」。
「あらそうなの・・・じゃ、ちょっと待っててね」。

そう言うと、ママさんは、店からそそくさと出て行き、階段を降りていった。
何だろう?
何かプレゼントでもあるのかなあ?
そういうことなら、オレも、花の一つでも持ってくるんだったかなあ?

そんなことを考えていると、階段を登るハイヒールの足音がして、店のドアが開いた。

何と、入ってきたのは、真っ白い割烹着を着たママさん、と言っても、黒いドレスの上に割烹着を羽織ったスナックのママさんだった。
ママさんは、笑いをこらえるようにして、カウンターに入ってきて、まだ焼いていない餃子がたくさん敷きつめられている皿を、私の前に置いて、「今日も、ビールと餃子2枚ですか、お客さんっ!」と言った。

「なぁんだ、そうだったんですか!」

そうなのだ、ラーメン屋の女将さんとスナックのママさんは、何と同一人物だったのだ。

二人の風情、いや、ラーメン屋の彼女とスナックの彼女は、私にとって、あまりにも違ったように見えたので、不覚にも、まったく気がつかなかったのだ。

「やっぱり分からなかったのね。もう、可笑しいったらありゃしない」。
そう言って、ママさんはけらけら笑った。
私は、顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、しばし呆気にとられていたが、途中から、一緒になって笑った。
可笑しくて、可笑しくて、腹がよじれるほど、二人して笑った。

ひとしきり笑った後で、「餃子、焼いたげるね」。
ママさんは、そう言って、皿を持ってガスコンロの方へ行った。

黒いドレスの上から真っ白な割烹着を着て餃子を焼くママさんの後ろ姿を見ているうちに、どういうわけか、涙があふれてきた。
気がつかれないように、おしぼりで拭った。

「はい、おまちどおさま。文学者様」と言いながら、餃子を出してくれた。
「・・・でも、ママも人が悪いよ。何で、言ってくれなかったの?」。
「だって、私から言うことじゃないでしょ、本当は。もっとちゃんと文学のお勉強をしなくちゃね・・・」。

もちろん、その餃子はうまかった。
当然ながら、下のラーメン屋の餃子と同じ味だった。

なのに、このオレは・・・。
彼女に申し訳ない思いがこみ上げてきて、必死でこらえながら、餃子を頬張った。

店を出るとき、彼女は、階段の下まで見送ってくれた。

「今度は、ラーメンも食べてね。それから、手紙ちょうだいね」と彼女。

林の中の道を、私は何回も振り返りながら、歩いた。
いつまでも、彼女は、階段の下で、手を振ってくれていた。
そして、次第に遠のくにつれ、黒服のその姿は、周りの闇に飲み込まれてしまった。

走行距離:6キロ(6速ママチャリ)

思い出    Comment(11)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
同期の桜・・・ですね。 Posted by しゃあ あずなぶる
ボクも大学の四年間、夏の軽井沢に行きました。
射撃部の合宿でした。軽井沢と言っても夏は暑かったなあ。
革コートやシューティングシューズ、グローブなどはたちまち汗臭くなりました。
駅の方にも遊びに行ったので、もしかしたら断腸さんと出合っていたかも。

スナックですか。懐かしいなぁ。やっぱり大学生の頃ですね。
今も父が貸している店が三店あります。
父が「お義理」で入れているボトルを、毎晩のように友達と呑んでいました。
その友人の父上も何店か持っていたので、「ボトル」には困らない不良学生でした。
『権平が種撒きゃカラスがほじくる』です。反省ですね。
でも、三回生の時、今の仕事を始めて「自分の金で呑む美味さ」を知りました。

ボクが「年上の女性の魅力」に翻弄されたのもこの頃です。断腸さんは?いかがですか?
2009.10.13 Tue 08:24 URL [ Edit ]
羨ましいなー Posted by 相子
我が家は引き揚げ者でしたから、貧乏でした。大学に入ったものの仕送りが大変です。
休暇には家に帰らなければならず、アルバイトをすることは駄目でした。
こんな生活とは言いませんが、知らない所でアルバイトをしてみたくてなりませんでした。
本当に自由で自分の意志でお金を得るというアルバイト。
そんな経験をされたこととても羨ましいです。
2009.10.13 Tue 09:21 URL [ Edit ]
恋です。 Posted by nebaneba
これはもう恋です。
涙が出るくらい苦く美しい恋です。
苦しかったですね。
2009.10.13 Tue 13:09 URL [ Edit ]
馬鹿者。 Posted by しゃあ あずなぶる
セーラがボクのコメントを読んで
「とんでもないボンボンの馬鹿息子ってとられるよ」だって。
おっ。ホントだ。
断腸さんは分かって下さいますよね。
2009.10.13 Tue 13:49 URL [ Edit ]
続編をのぞむ Posted by 横山
 読みながら、しみじみとしました。顛末はまるで小説のようですね。続編になるエピソードがあったら希望します。
2009.10.13 Tue 19:27 URL [ Edit ]
今では懐かしいです Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

そうでしたか。
私が働いていた駅前のレストランは、先ほどネットで調べてみたら、まだありました(ラーメン屋は分かりませんでしたが)。

当時の軽井沢は、駅前よりも、旧軽井沢の方が栄えていたので、みんなでよく飲みに行きました。
ベルコモンズの前でナンパを試みたものです。
たぶん、しゃあさんも、そのあたりをうろちょろしていたのだと思います。

あの2ヶ月間は、実にいろんなことを学びました。
コーヒーの入れ方、サンドイッチやソフトクリームの作り方、ビールケースの運び方、蜂の子の捕まえ方、ナンパの仕方、レジの使い方、掃き掃除の仕方、酒の飲み方等・・・。

欧米の客も多くて、相手のしゃべっていることが全然分からなかったのもショックでした。
よくチップをもらったのですが、店からは返却するように言われていたので、後でテーブルに返しに行くのですが、英語で何と言っていいのか分からずに困ったものです。

今では、まったくスナックのような所には行きません。
不味くて、高いからです。

年上の女性一般に興味があったわけではないのですが、そのスナック&ラーメン屋のママさんは、当時の私にとって、理想の女性でした。
2009.10.13 Tue 22:16 URL [ Edit ]
アルバイト Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

当時(も今も)、私立大学の学費を払うのは大変ですね。

私が住み込みで働いていたその店は、日給2500円(東京~軽井沢の交通費別途支給)で、当時としても、安い額でしたが、まかないが付いていたので、少しは「上がり」が出ました。

でも、東京に帰ると、待ってましたとばかりに、友人たちにたかられて、1週間ほどで、全額が消えてしまいました(私も気が大きくなって、高円寺駅前の寿司屋で大盤振る舞いをしたりしたもので)。

その後、水商売のバイトが好きになって、新宿や中野で、寿司屋のウェイターや喫茶店の厨房をやりましたが、そのうち客商売に嫌気がさして、日当制の引っ越し屋のアルバイト(こちらは学生課の斡旋で)もよくやったものです・・・。
2009.10.13 Tue 22:29 URL [ Edit ]
試験に落ちた受験生のような気分 Posted by 断腸亭髭爺
nebanebaさん

さすが、酸いも甘いも噛み分けたnebanebaさん。
事の核心をズバリと突いておられます。

正直、年末ぐらいまで苦しかったです。
不甲斐ない自分に対する自責の念が、胸を締め付けました。

「だって、私から言うことじゃないでしょ、本当は。もっとちゃんと文学のお勉強をしなくちゃね・・・」という言葉は、特にぐさりときました。

試験に落ちた受験生のような気分でした。
2009.10.13 Tue 22:34 URL [ Edit ]
書くに値すること無し Posted by 断腸亭髭爺
横山さん

続編に書くべきことがあればよかったのですが・・・。

その後、しばらくの間、葉書のやりとりをしました(私には電話がありませんでした)が、途中から音信不通になってしまいました。

アルバイトをしていた店の人から聞いた話では、名古屋の方へ行ったとのこと。

一枚の葉書を書くのに、3日ほどかかったものです。
2009.10.13 Tue 22:44 URL [ Edit ]
う~ん。本当は? Posted by しゃあ あずなぶる
実はボク・・・ママさんの気持ちが気になる。彼女も断腸さんに対して・・・。
自分の「一人二役」に気付かない断腸さんを可愛く思っていたのでは。
そして、断腸さんの来店をワクワクと待つ。『敷居の高い恋は、燃えるのよねー』の言葉通りです。
もうすぐ、別れの時が来る事を知りつつ。でも、年上の自分からは言い出せない。
彼女も断腸さん以上に切なかったのでは。
2009.10.15 Thu 05:04 URL [ Edit ]
ご安心 Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

安心して下さい。

それはないと思いますよ。
当時の私は、そんな空想もしてみましたが、さすがにこの歳になると、そのあたりの感じは分かります。

でも、不思議なんですが、軽井沢まで行こうと考えたことは一度もありませんでした。
今だったら、自転車で行くかもしれませんが・・・。
2009.10.15 Thu 06:53 URL [ Edit ]

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