日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.09.20 Sun
流山の歴史探訪
自転車仲間の横山さん企画の「流山歴史ポタリング」に参加。

もしかして長距離を走るかもしれないと思ったので、南奥羽ツーリングで汚れきっていたロードバイクを引っ張り出して、簡単に掃除する。
と言っても、目立った汚れをボロ切れで申しわけ程度に拭いて、駆動機関部に油を吹き付け、空気を充填しただけ。

最近は、涼しくなったので、お茶も、500ミリペット一本で足りるようになった。
ちょっと前までは、900ミリペットでも足りなかったのに・・・。

集合場所は、江戸川に架かる流山橋東詰だが、北風(向かい風)が強かったので、江戸川の西を流れる大場川沿いに北上する。
三郷駅の立ち食い蕎麦屋で、たぬきうどんを啜って集合地点へ。

たすけさんとサスケハナさん(ご夫妻)が既に待っておられて、しばし自転車談議をしていると、ほどなく、横山さんと東葛人さんも到着。
いずれ劣らずの歴史好きが一堂に会した感がある今回のメンバー陣。
しかも、このところ、ひとりぼっちで走ってばかりいた私は、何だかうきうきしてくる。

流山の「今昔」に関しては、おそらくこの人の右に出る者はいまいと思われる、通称「土地の古老」・たすけさんが、軽やかかつ鮮やかに先導してくれる。
当日の経路と訪問地については、たすけさんのその日のブログを参照下さるのがよい。

先ず、われわれが訪れたのは、流山の台地に鎮座する「赤城神社」。
鳥居に掛かる巨大な注連縄(しめなわ)が、神域に入る者を圧倒する。

IMG_3143.jpg
(「赤城神社」の巨大な注連縄)

この鳥居をくぐって、急な石段を登る。

IMG_3145.jpg
(迫力のある石段)

神殿の前で、手を合わせるサイクリストを発見。

IMG_3146.jpg
(「赤城神社」神殿)

次に訪れたのは、弘法大師が開山したという「東福寺」。
この寺で印象的だったのは、仁王門である。
格子と金網越しで、肉眼ではよく見えなかったが、カメラで撮影すると、比較的鮮明に写し出されていた。

IMG_3150.jpg
(真っ赤になって怒っているかのような仁王様)

木彫としては、私はかなりの傑作だと思うのだが、どうであろうか。

その後、たすけさんが、面白い店を案内するというので、付いていくと、眼前にすごぶる奇抜な光景が現れた。

IMG_3151.jpg
(「伊勢屋」)

私は、てっきり、地上げか何かにあって、反対運動のようなことをしている店かと思ったら、単なる餅菓子店の看板「群」だった。
お稲荷さんが大好きな私は、是非食べてみたいと思って、注文するが、店のオバサンはただ素っ気なく、「ないっ!」という・・・。

仕方がないので、次のポイントである「三本松古墳跡」へと退散した。

6世紀頃の前方後円墳だという(たぶん、江戸川筋を支配していた畿内の豪族の古墳であろう)。

IMG_3153.jpg
(古墳の峰を通る入口付近・舞を舞うサイクリスト一名を発見)

たすけさんに教えてもらわなければ、外貌からは、そこに古墳があったとは気がつかないかもしれないが、珍しいことに、その「後円」部には、江戸後期の石碑が建てられている。

IMG_3154.jpg
(江戸後期に建てられた石碑を解読せんとするサイクリスト数名あり)

説明板には、以下のような説明が・・・。

IMG_3152.jpg
(「三本松古墳跡」の説明板)

なるほどぉ~、天明の飢饉で困った土地の百姓たちが、古墳を盗掘しようとしたのか。
今聞くと、何となくコミカルで、人間的だなあ・・・。
まあ、そもそも考古学は、盗掘から始まったようなものなので、世が世なら、「大発見」だと騒がれたかもしれない。

それはともかく、古墳を盗掘をしたのが天明年間で18世紀末だとして、この碑が建てられたのが文政11(1828)年で19世紀前半なので、この石碑は、約一世代以上前の出来事を振り返って記していることになる。
過去の歴史を振り返って、「反省」を強いるような何らかの出来事があったのであろうか。
まさに、歴史と倫理の融合かもしれない。

その後、われわれは、いずれも台地の上に建立された「熊野神社」や「大原(だいばら)神社」(八潮市にも、大原(だいばら)という地名あり・もしかして、「大」は「台」に通じるのではないか)を訪れた。

IMG_3156.jpg
(「熊野神社」)

IMG_3158.jpg
(「大原神社」からの眺望)

昼時になって、大分腹も減ってきたので、「金太郎鮨・流山店」で、600円のランチ鮨(椀・サラダ付)を食べる(ウマイ)。

腹が満たされたわれわれは、「流山市生涯学習センターホール」の「関東の戦国時代~戦乱と飢餓が常態化していた戦国時代。大名や庶民の実情に迫る」という講演を聴きに行く。

IMG_3159.jpg
(講演を聴く)

講師の黒田さんの説の真骨頂は、本土寺(松戸市)に残された戦国期の過去帳の分析から、当時の人々の死因の背景には、常に飢餓が存在したという点に着目したところであろう。
飢餓が常態化していたからこそ、略奪のための戦争を惹起したというわけである。

こうして現出してくるのは、物言わぬ農民が千年一日の如く暮らしていたというような江戸期の牧歌的な農村風景ではなくて、武装した飢餓農民(百姓)が、血眼になって村々を襲い合うという恐ろしい社会である。
まるで、秀吉の朝鮮侵略や、日本軍の中国侵略を連想させるような血も涙もない殺伐とした中世像が浮き彫りになる。
変な比喩かもしれないが、ハリウッド製の西部劇ばかり見ていた人が、いきなりセルジオ・レオーネの辛口マカロニウェスタンを見せられたような驚きを私は感じた。

従来ならば、「階級」と「余剰」という用語で説明していたものを、「飢餓」と「戦争」というキーワードで捉え直すとこうなるぞという、視点の大きな逆転が、ここにはある。

私は、この講演を聴きながら、絶えず頭の中で、深沢七郎の『笛吹川』と弥生時代の環濠集落のことが渦巻いていた。
甲州武田の所領に住む農民一家の視点から描かれた『笛吹川』では、ヒーローは一人も存在せずに、人間はただ、虫けらのように生まれて死んでいく。
弥生時代の環濠集落は、それこそ、武装集団としての村の原型である。

生と死以外何もリアルなものがない時代の人々は、仮想現実を追いかけて止まない近代人とは、まったく異なった「倫理」あるいは「気風」を備えていたに違いない。

それがいかなるものなのかを、もっと知りたいと思った。

実に有意義な一日で、しかも、楽しかった。
こんな企画を実現してくれた横山さんやたすけさんには、本当に感謝である。

おっとっと、忘れるところだった。
解散後、横山さん&ゆるさんに、流山の超優良魚屋を教わった。
角上(かくじょう)魚類」。
流山街道筋にある、安くて新鮮な魚介類を置いてある大きな魚屋さんである。
この種の店に来ると、私は、錯乱状態になって、しこたま買い込んでしまう習性があるのだが、今回は、リュックを持っていなかったのが幸いし、塩鮭としめ鯖だけを買って帰ったが、今度は、本格的に買い出しに来ることにしよう。

走行距離:42キロ(ロード+ママチャリ)

小さな旅(自転車)    Comment(4)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
有意義な Posted by 相子
私のような浅学な人間でもこんな良い集まりのことは
興味を引きますね。本土寺の話は愕然としました。
有意義な且つ良いお友達に恵まれて素晴らしいですね。
羨ましいです。
2009.09.25 Fri 17:57 URL [ Edit ]
伊勢屋・・・。 Posted by しゃあ あずなぶる
あの看板群。夜は店内に取り込むのかなぁ。
2009.09.26 Sat 05:40 URL [ Edit ]
厳しい時代 Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

知っている道や史跡を互いに教え合って、そこを訪れてみるというのは、本当に楽しいことです。

本土寺の過去帳には、「○年○月○日、○にて、討ち死に」などの記述が散見されます。
でも、関東はまだ平穏な方で、畿内では、もっと壮絶な村々の戦いが繰り広げられていたそうです。
刀狩り以前の農民は、原則として武装していたので、水利や境界をめぐって、すぐに戦争になったそうです。
2009.09.27 Sun 06:38 URL [ Edit ]
看板を出している割には Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

でかでかと看板を出している割には、いなり寿司が「ないっ」というのには、参りました。
2009.09.27 Sun 06:43 URL [ Edit ]

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