日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.08.11 Tue
「川のない橋」
山谷堀を訪れて以来、やたらに「川のない橋」が目につくようになった。

私の通勤路の途上にも、次のような、一見不思議な「川のない橋」がある。

IMG_2634.jpg
(「金阿弥橋」跡・葛飾区新宿2丁目)

「金阿弥橋」。
何と読むのかさえ分からない。
「かなあみはし」か?

ご多分に漏れず、この川(たぶん、江戸時代に開削された用水路で、当時の地図にも描かれている)も暗渠化され、その上は、遊歩道化されている。

IMG_2635.jpg
(遊歩道化されたかつての用水路)

ただ、この橋は、畏れ多くも(?)、旧水戸街道に架かっていた橋なのである。

IMG_2637.jpg
(右へ大きく曲がった道が旧水戸街道で、これとぶつかる大きな道が現水戸街道[国道6号線])

この遊歩道は、国道6号線にぶつかっていったんは途絶するが、国道を横断した向こう側にもちゃんと延びている。

IMG_2636.jpg
(手前の道は国道6号で、その向こうにも暗渠化された川筋が延びている)

この先、この川は、旧佐倉道と寄り添うようにして併走して姿を消す。

もう一つの例。
これは、奥戸街道(の古代東海道に相当する路線)に架かっていた「川のない橋」。

IMG_2631.jpg
(奥戸街道に架かっていた「大道橋」・葛飾区立石1丁目)

この「大道橋」の読み方も分からないが、そこに架かる道が上古以来の幹線道であることを考えれば、納得のいく命名かもしれない。

そこを流れていた川も、現在は暗渠化されて、街道の向こう側にもずっと延びていて、荒川放水路とぶつかって消滅する。
しかし、今や、その暗渠化された川は、「かわばたコミュニティ通り」というハイカラ(かつ下町的)な名前を冠されて、葛飾区の桜の名所となっているのである。

IMG_2632.jpg
(奥戸街道を横断して延びる暗渠化された川)

最後にもう一つ。
私が毎日のように通っている道で、路肩も広く自転車も大変走りやすい。

IMG_2651.jpg
(葛飾区東金町2丁目付近)

まあ、何の変哲もない立派な舗装路であるが、この道そのものが、実はかつては川だったのだ(交番で聞いてみたけど道路名はなし)。
今は水元公園と呼ばれている「小合溜井(内溜)」をその「源流」として、新旧水戸街道を横切って、小岩用水となる大きな用水路である。
道筋にある焼鳥屋のおばちゃんの話によると、この川が道路になったのは、30年ぐらい前で、それまでは、水が汚くて、夏になると臭ったそうだ(暗渠化のねらいの一つは、この「臭い物に蓋」というこtでもあったろう)。

この道を辿っていくと、こんな箇所もある。

IMG_2652.jpg

この場所に来れば、ここが以前は川であったことが想像できるだろう。

暗渠化されて道になってしまった川というのは、見方を変えて言えば、差詰め、「橋だらけになってしまった川」でもあるのだ。

「橋のない川」は、かつて、部落差別の象徴であったが、「川のない橋」は、近代以降の都市開発の象徴だと言えそうである。

IMG_2639.jpg
(旧水路沿いにあった馬頭観音・葛飾区新宿)

走行距離:38キロ(フジクロス+6速ママチャリ)

お知らせ:新携帯電話の番号とアドレス


先日紛失した携帯電話、結局出てきそうもないので、新規で新しい電話を購入しました。

電話番号:080-4050-****(****の下4桁は以前の電話番号と同一です)
アドレス:***********@softbank.ne.jp(***********の部分は以前のアドレスと同一です)

尚、電話機自体を失ったので、データは全て喪失しました。

断腸亭髭爺拝

小さな旅(自転車)    Comment(6)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
やはり連想しちゃいます。 Posted by しゃあ あずなぶる
「橋のない川」ですね。
娘は「端がないなら全部、真ん中」なんて言いました。

ボクはクルマ派です。渋滞の原因の一つに「橋が少ない」ってあると思います。
大きな橋をボンヤリ眺めるのが好きです。
2009.08.12 Wed 05:33 URL [ Edit ]
橋なかりせば Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

娘さんは、鋭いです。
橋と端と箸と梯子は、漢字で書くと別の言葉のように感じますが、実は、全部同一の語源なんです。
「橋」=川の端と端をむすぶもの。

確かに川さえなければ、橋に制約されないので、もっといろんな近道ができるのにと思うことがあります。
たぶん、川の暗渠化は、そういう発想から生まれたんだと思います。
2009.08.12 Wed 22:40 URL [ Edit ]
Posted by やまびこ
「大道橋」はたぶん「だいどうばし」と読みます。
お花茶屋と四つ木の間に「大道中学校」(だいどうちゅうがっこう)がありますから。

川端コミュニティ通りから四つ木コミュニティ通りに至る道にあった川は、わたしの通った小学校の前を流れており、当時は汚れて悪臭が漂っていました。

その川に架かる小さな橋の上で鳥肉屋さんがよく鶏を絞めていてその血が川の上を赤く彩って流れてゆくのをじっと見ていたことは記憶にしみついています。
2009.08.14 Fri 23:51 URL [ Edit ]
なるほど Posted by 断腸亭髭爺
やまびこさん

「かわばたコミュニティ通り」が川だった頃のお話し、実に眼前にありありと浮かび上がってくるようです。
あのあたりの歴史が、一挙に分かったような気分です。
ありがとうございます。

「大道橋」と「大道中学校」との関連、なるほどと思って調べてみたのですが、どうも、関係がないようです。

「大道橋」の大道とは、奥戸街道(立石大通り)のことで、「大道中学校(1947年創立)」の大道とは、戦後になって新設された国道6号線のことらしいです。
つまり、偶然の一致らしいということ。

ただ、以前、葛飾区内で最も栄えていたのは、(旧水戸街道沿いの亀有と並んで)立石を中心とする奥戸街道沿いであったことは間違いなくて、区役所が立石に置かれているのも、よく理解できます。

2009.08.15 Sat 04:05 URL [ Edit ]
金阿弥橋 Posted by tko_bbq
自分も、この欄干跡みたいなのが無性に好きです。
その理由を的確な言葉に言いあらわせなくて、「境界」とか「断面」とか、わけわからない書き方してるのだけど、

> 橋と端と箸と梯子は、漢字で書くと別の言葉のように感じますが、実は、全部同一の語源なんです。

に納得。要は、端っこが好きなんだ...
2009.11.14 Sat 10:54 URL [ Edit ]
端っこが好き Posted by 断腸亭髭爺
tko_bbqさん

ブログも拝見しました。

行かれたんですね。
何だか、嬉しいです。

端っこが好き(心地よいフレーズです、はやらせましょう!)。
言われてみて、なるほどと思いました。
私もそうです。
真ん中は、威張っているようで、あんまり面白くないですね。

頻繁に拝読するため、勝手にリンクさせていただきます。

今後とも、よろしくお願いします。
2009.11.15 Sun 00:35 URL [ Edit ]

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