日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.08.03 Mon
東京名所図会~山谷堀寸見
昨日、蚊の猛襲で逃げ帰った「山谷堀」だが、病院に行く途中に(と言ってもちょっと遠回り)寄ってみようと思う。

今日は、暑い。
暑いのに、立石の立ち食い蕎麦屋「譽家(ほまれや)」で、熱いたぬきうどん(320円)を食べたものだから、よけいに暑くなるのは道理で、案の定、少し走っただけで喉の渇きを覚えて、四ツ木橋に上がったところでお茶を飲む。

IMG_2599.jpg
(四ツ木橋にて・右下を流れるのは綾瀬川。前を横切るのは新四ツ木橋。頭上の高架は首都高)

やめときゃいいのに、うどんの汁を全部飲んだ上に、さらに喉が渇いてお茶を飲んだものだから、トイレに行きたくなって、向島百花園隣の公園のトイレに寄る。

IMG_2600.jpg
(向島百花園隣の児童公園・納涼盆踊り大会の準備は万端)

昨日と同様、桜橋で隅田川を渡って、先ずは、山谷堀が隅田川に流れ込んでいた地点にある水門跡に行ってみる。

IMG_2601.jpg
(山谷堀水門跡)

現在は、水門の内側は全面的に埋め立てられて、運動公園風になっているが、埋め立てられる直前の写真が見つかったので、ここに引用しておこう。

山谷堀水門
(水門として機能していた頃の山谷堀水門)

ここからはしばらく、昨日訪れた今戸橋から山谷堀を「遡行」することになる。
とは言っても、今となっては、ただ細長い緑道(園内の遊歩道は未舗装)が延びているだけで、走っていて特に面白いわけではない。

IMG_2607.jpg
(緑道としての「山谷堀公園」)

IMG_2610.jpg
(ほぼ、このような道が続く)

普通の緑道と違うところと言えば、道端に仰向けになって寝ているホームレスの人が多いのと、昔はここが川であったことを思い出させる「橋」の存在である。

IMG_2604.jpg
(橋の機能を失った橋)

この公園緑道も、やがて姿を消して、跡形もなくなる。
何とつまらない。
荷風の描いた夢幻的な山谷堀は、もうそこにはない・・・。

私は、土手通り(日本堤)に出て、三ノ輪の交差点を目指す。

途中、老舗の天麩羅屋と桜鍋屋があったので撮影。

IMG_2613.jpg
(天麩羅屋)

IMG_2612.jpg
(桜鍋屋)

山谷堀は、またいずれ再訪してみよう!

頭の痛くなるような三ノ輪の交差点から金杉通りを走って上野へ。
上野からは、不忍通りで昌平坂に出た。

因みに、千住大橋から都心方面の国道4号(別名昭和通り)は、自転車にとっては、環七並に地獄である。
三ノ輪の交差点から「金杉通り」を走ることをおすすめする。
金杉通りにはまた、古い家屋が残っていて、所々立ち寄ってみるのも楽しいであろう。

走行距離:37キロ(フジクロス)

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Comment
橋の名前 Posted by やまびこ
「~橋」という地名をみると、そこに川が流れていた頃の時代に思いは飛んでいき、東京は大きな川、小さな川、運河・・実にたくさんの川が縦横無尽に走っていたのだと改めて感じますね。

船橋に「船橋橋」という橋があり、これは昔、小さな舟をつないでぴょんぴょんと飛び移りながら渡った橋から、のちに歩いて渡れる木造の橋が架けられたときにつけられた名前なのかしら・と橋の名前から歴史をたどることができるのも楽しいことです。



2009.08.04 Tue 14:34 URL [ Edit ]
川のない橋 Posted by 断腸亭髭爺
やまびこさん

そうなんですね。
ウチの近くにも、「岩槻橋」という地名がありますが、どこを探しても橋なんかない。
ところが、昔の地図をみると、橋がありました。
現在通っている道路は、用水路の暗渠の上を走っているのでした。

舟橋というのは、そもそも、舟を繋いで作った橋のことで、たとえば、将軍が鷹狩りに出るときは、中川や江戸川にも、仮設的に舟橋が架けられたようです(当時の絵が結構あります)。

堀割は、江戸の毛細血管。
その堀割の総延長距離は、たぶん、数千キロになると思います。

よくぞ作ったものだと思います。



2009.08.05 Wed 06:16 URL [ Edit ]

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