日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.07.17 Fri
大雪山系の遭難事故に想う
数日前、大雪山系で遭難者が出て、痛ましくも、10人の方が亡くなられた。
ここに、ご冥福をお祈りする。

実は、かく言う私も、30年ほど前、大雪山系を縦走したことがある。
まだ、学生の頃の話だ。

それは、昨日の日記にも触れた、友人と二人で24泊25日の北海道キャンプ旅行をしたときのことである。

層雲峡の山深いキャンプ場(寝ている間にカラスの群に食料を奪われた)で一泊したわれわれは、これからどうしようという話になって、せっかくだから、大雪山系の縦走に挑戦してみようではないかということになった。
その「せっかくだから」という安易な姿勢のために、後で大変な目に合うことになったのだが。

何せ30年も前のことなので、詳細は覚えていないが、確かどこかまでロープウェイで登ってから、登山を始めたように記憶する。
筆舌に尽くしがたいような素晴らしい紅葉のパノラマに溜息をつきながら、ひたすら山を登った。
しかし、この登りが実に厳しかったと記憶する。
われわれの背中には、キャンプ道具一式や食料の収められているリュック(たぶん15キロぐらい)が重くのしかかり、道々、こんなはずではなかったという後悔を打ち消しながらの行程であった。

因みに、連れの友人も私も、登山の経験はゼロ。
地元で入手したパンフレットに出ている、われわれが最初に一泊する予定だった黒岳の「石室(いしむろ)」も、私は、「せきしつ」と読んでいて、まるで古墳みたいだなあなどと思っていたようなレベルである。

それでも、連れの友人は野球やラグビーで鍛えていたので、何とか山道を登っていったが、煙草を吸いながら小説ばかり読んでいた軟弱者の私は、繰り返し、もうこのあたりで引き返そうよと提案したものである。

そんなわれわれが、どこかの沢で休憩していると、向こうから、20人ぐらいのパーティが一列になってやって来た。
こんにちはと挨拶を交わすと、そのパーティのリーダー格のサングラスの青年が、われわれに話しかけてきた。

「君たち、これから縦走するの?」。
「はい、そうですが」と答えると、彼は、困ったものだという表情を浮かべながら、「その格好じゃ無理だよ」ときっぱりと言った。

どうしてですかと聞き返すまでもなく、そのパーティの人たちの出で立ちはいかにも本格的で、ちゃんとした登山靴を履いているばかりか、ステッキのような物やその他、われわれには縁のないような様々な装備を帯びていた。
それにひきかえ、われわれはと言えば、ジーパンにTシャツにスニーカーといった格好で,明らかに違和感を振りまいていた。

聞けば、そのパーティは、中央大学の山岳部で、夏の訓練で大雪山系を縦走中とのこと。
われわれ二人は、明治大学の学生であったので、すぐにうち解けた。
中大と明大は、今でこそ、30キロも離れてしまったが、当時は軒を接するような隣組で、お互いに学食や生協なども利用し合っていたので、顔見知りも多かった。

明大の学生だということが分かると、厳しい表情のリーダーも、また、中大山岳部の他のメンバーも急に態度が優しくなって、いろいろとアドバイスをしてくれたばかりではなく、これから数日間は、同行するように言ってくれた(それを決めるために、わざわざミーティングを開いていた)。

彼らに指摘されたこと。
・靴下を2枚はくように(スニーカーだったわれわれが岩などで足首を怪我をしないように)。
・帽子は必ず被るように(高地は紫外線が強いので)。
・水が多すぎるので、半分は捨てるように(この先に補給ポイントがあるので)。
・リュックの中身のパッキングをし直して、重量が左右平衡になるように。

ということで、ありがたいことに、われわれは、にわか中大山岳部員となって、彼らの列に加わることになった。
ところが、歩き出すや、そのペースがすごく早い。
30分も歩かないうちに、息が苦しくなって付いていくのがやっとであった。

「熊に注意」の看板を横目に、いくつかの小さな川を通り過ぎるたびに、リーダーが、「この川の水は飲めない」だの、「この川の水は飲めるので、水筒に水を補充しておくように」などというアドバイスをしてくれた。
なるほど、ルートを知っているというのはこういうことなんだ。
われわれは、何と無謀だったんだろうと思い知らされた。

やっとのことで、石室(いしむろ)に到着した。
それぞれ簡単な食事を拵えて食べた。
少しお酒も飲んだかもしれない(ポリタンにウイスキーを入れて持ち歩いていたが、ポリタンのニオイが移ってしまって、まずいウイスキーになっていた)。

さて、忘れられないのは、その夜の寒さである。
われわれは、夏用の寝袋しか持っていなかったが、でも、昼間は結構気温が高かったし、しっかりした屋根のある石室で寝るわけなので、大丈夫だろうと高をくくっていた。
ところが、夜が更けるにつれてしんしんと冷えてきて、寝袋にくるまっていても、寒くて手足がかじかんで、歯ががくがくしてくる始末。
われわれは、寒くて寝られないので、既に着た洗濯すべき衣服や下着類を全部リュックから出して、それを全部着込んでみた。
靴下などは4枚ぐらい重ね履き、パンツも数枚重ねて履いた。
それでも寒くて、ほとんど熟睡できなかった。

やっと朝になって、外に出てびっくり仰天した。
何と、外気温は、零下2度で、地表には、5センチぐらいの霜柱が立っているではないか。
つまり、夕べは、東京の真冬よりも寒かったというわけだ。
われわれ二人は、自分たちがいかに無謀であったかを再認識させられた。

もしわれわれが、中大山岳部の人に出会わなければ、日が暮れてしまい、石室に到着できなかったかもしれない。
とすれば、われわれは道に迷うか、どこかに夏用のテントを張って野営することになったであろう。
そのまま厳寒の夜をむかえていたら、もしかしたら、命も危なかったかもしれない。

その後、2日間、中大のパーティとともに縦走して、麓のバス停まで同行させてもらった。
彼らと一緒でなければとても行けないような雪渓にも行けた。
麓のバス停で別れたように記憶する。
中大山岳部の人たちには、今でも感謝している。
われわれ二人にとって、命の恩人と言ってもよいくらいなのだから。

私が本格的に登山をしたのは、後にも先にもこれっきりである。
最初の登山で厳しい洗礼を受けた私は、恐くて手が出せなかったというのが本当のところである。

走行距離:35キロ(ルイガノクロス)

思い出    Comment(5)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
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2009.07.19 Sun 09:19 [ Edit ]
人とのめぐり会い Posted by 相子
良い方とのめぐり会いが人生の分かれ道になることがありますね。
将にそういう出会いでしたね。良かったですね。
2009.07.19 Sun 09:28 URL [ Edit ]
八甲田山 行軍始末。 Posted by しゃあ あずなぶる
いやぁ・・・。「運」ですね。知らないって怖いですね。
知らないからこそ挑戦出来て、貴重な経験を積めた訳ですが。

このブログを読んで・・・。
ボクの息子はどうだ?と思いました。
1.知らない事にチャレンジしない。良く言えば慎重で、やるからには徹底的に調査するタイプ。
何時まで経っても始まらない。
2.他人と係わらない。損得勘定ではないが、とにかく係わり合いたくない。

先日、断腸さんと話した通りボクらの若い頃には「根拠の無い妙な自信」が在りました。
上記の「息子についての1,2」は
『頭は良くなったが、生物としての力に欠ける人間』ってモノを象徴する気がします。
2009.07.19 Sun 10:52 URL [ Edit ]
旅の醍醐味 Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

旅の醍醐味は、出会いですね。
私は、本当についていました。

そうでしたか。
O先生のことは存じ上げませんでした。

確かに以前は、市川に住んでおりましたが、今は、葛飾の水元に住んでいます。

猛暑の折、ご自愛下さい。
2009.07.19 Sun 21:30 URL [ Edit ]
その最中のわれわれ Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

若い連中がどんなに気にくわなかろうと、そういう連中を作ったのは、他ならぬわれわれです。

もういい年なので、放っておけばよいのだと思います。
われわれが教えるべきことは、「どんなことでも、好きなことを好きにやりなさい、但し、そこの角を曲がったら、オマワリがいることを忘れるな」ということ。

人生、何が幸いするか分からないもので、分からないからこそ、人生という、たった一枚のキャンバスに納得のいく絵を描ければよいと思います。

われわれも、その最中じゃありませんか。
2009.07.19 Sun 21:51 URL [ Edit ]

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