日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
映画の日々 | エッセイ | 思い出 | 身辺雑記 | 日録 |  | 自転車 |  | 小さな旅(自転車) | 小さな旅 | 旅(自転車) | 未分類 | 自転車文学 | 
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
断腸亭日録~自転車日記
≪2017.07  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  2017.09≫
プロフィール

higedancho

Author:higedancho
断腸亭髭爺です。
自転車関係の日記が多いです。
よろしく。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム
フリーエリア
ブロとも一覧
--.--.-- --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告    Top↑

2009.06.08 Mon
道の考古学~峠道・山辺の道・川筋の道
5月に笹子峠を自転車で越えて以来、一体全体、「峠」とは何なのかということが頭から離れない。
どうも、峠というものは、古来、人を夢中にさせるような魅力をもっているらしい。
車社会の現代でも、自転車や徒歩で峠を越えることに、無上の生き甲斐を感じている人も多いようである。

峠が、それほどまでに私に取り憑いて離れないきっかけを作ったのは、柳田国男の「峠に関する二、三の考察」という文章(「秋風帖」・全集第二巻所収・筑摩書房)である。
その中で、かなりの健脚だった柳田国男は、ある時、まさに峠越えをしている最中に、「峠の裏と表」理論なるものを発見した(気づいた)と書いている。

その理論というは、峠道のつきかたに関する「法則」のようなもので、文章で説明するのはちょっと難しいのだが、一番簡単に言うと、こんなふうなる。

峠道は、どちらかは必ず、沢(渓流)づたいについていて、その反対側は尾根づたいについている。
前者を「表」、後者を「裏」と呼ぶ。
古来、表側が文化経済的に後進の集落があり、裏側に先進の集落であることが多い、というもの。

いくつもの峠を踏破した柳田自身、この「発見」に興奮したと書いているが、私も、それを読んで興奮した。

日本列島には、一万ほどの峠があるという。
たとえば、岩手県などは、そう高い山はないが、山また山が連なる土地柄で、峠を一つ越えると、言葉や風習が違うという。
山がちな日本列島では、「峠を越える」こと自体が、集落の経済と文化を保持するするための生命線だったはずである。

ただ、ここで注意しておかなくてはならないのは、峠というのは、「山」のような自然地理的な概念ではなく、あくまでも、人間が切り開いた「道」のことである、ということだ。
だから、峠の表裏理論は、道のつきかた(できかた)の法則だと言うことができる。

私が勝手に空想しているところによると、道は三つの型に大別できる。
「峠道」と、「川筋の道と」、いわゆる「山辺の道」である。
峠道が山越えの道だとすれば、川筋の道と山辺の道は、いわば、里の道である。
私の想像では、古道は、このいずれかに当たるものだと思う。

川筋の道は、説明を要しないと思う。
山辺の道は、奈良県にその有名なモデルとなる古道が存在するが、私がいつも自転車で走り回っている東葛地区などにも、このタイプを道はたくさんある。
たとえば、自転車仲間の東葛人さんが「発見」した、手賀沼に至る「大津川ルート」などがその典型であると思う。

その地図をここでは無断で引用させていただく(東葛人さん、御免)。

ootsu1.gif
(赤線が大津川ルート・東葛人さん作)

だいたいが、真ん中に川が流れていて、両脇には山というか丘陵というか森林というか、小高い土地が控えているようななだらかな谷(盆地)になっていて、その山沿いに、必ずと言ってよいほど、川筋と平行に「山辺の道」がついている。
この種の道は、当然のことながらなだらかで、片側に森林があって、しかももう片方は低地なので視界が開けており、自転車や徒歩で通行すると非常に気持ちがよい道であることが多い。

さて、柳田の「峠の裏と表」に戻ろう。

最初に山越えをしようとした人たちは、とにかく、道に迷わないように、渓流つたいに山を上がってゆく。
だから、表の道は絶えず沢に沿うようにして出来上がってゆくことになるので、最初はなだらかな道であることが多い。
しかし、最終的にはどこかの峰を越えなければならないので、谷から外れる最後の所がどうしても急峻な道になる。

さて、峰を越えた後、今度は、下りになるわけだが、旅人は、麓(ふもと)の目的地を見失わないように、登りとは逆に、尾根沿いに降りて行きたくなる。
だから、裏の道は、尾根や山の鞍部に出来上がることになるが、最終的に麓に下る道が急峻であることが多い。

私が五月に越えた笹子峠の道は、もちろん、近代になって作られた舗装路であるが、その道と寄り添うようにして、古道(山道)が付いているので、ほぼ昔の峠道を「踏襲」したものであることが分かる。

それによると、ほぼ沢沿いに登る大月側が表、甲府側が裏ということになる。
つまりは、この道の基礎ができた頃は、甲府側が文化的な先進地だったことの証明でもあるのだ。

柳田によれば、峠の語源は、記紀万葉の「タワ」のことで、撓(たわ)むと同根語で、「タワ越え」から「トウゲ」に変音したのだという。

昔の旅人は、川筋の道を歩き、山辺の道を経て峠道の入口に至り、沢沿いに山を登って、尾根沿いに山を下って、はるか畿内ならもたらされた珍重なる文物を持ち帰ったにちがいない。

走行距離:36キロ(ルイガノクロス)

エッセイ    Comment(4)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
峠のこと Posted by 相子
中国語では峠の字はありませんので、国字としてはよーく分かる表現と感心しておりました。

語源のことは知りませんでした。勉強になりました。

峠さんという方が中国に行かれると発音をどうするのか今度老師に聞いてみようと思います。
2009.06.10 Wed 08:25 URL [ Edit ]
峠という国字 Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

七面倒くさい悪文を読んで下さって、ありがとうございます。

確かに、「峠」という字は、「畑(焼畠の意)」などと並んで、傑作国字の一つですね(しかも、当然、音読みがない)。
見た目ですぐに意味が了解できる素晴らしい意表効果を発揮しています。

「嶺」などの既存の漢字を当てることなく、わざわざ新しい字を拵えたところにも、峠というものが、日本文化独特のものかもしれないと考えさせる理由があるのかもしれません。

ところで、「道」という漢字の方は、白川静によれば、道を開いたときに奴隷として酷使した異民族の「首」を魔よけのために地中に埋めたことがその字源だというのですから、こちらはちょっと気味が悪いですね。
2009.06.11 Thu 04:46 URL [ Edit ]
なるほど Posted by 相子
偉大な白川静先生の研究を知ると凄いことが沢山出てくるのでしょうね。

日経「私の履歴書」で先生の研究のことを知りまして、友人と興奮したことを思い出しました。

私は浅学のため辞書は余り持っておりませんので、時にお教え下さい。
2009.06.11 Thu 09:35 URL [ Edit ]
白川静 Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

白川静の研究については、ほんの少ししか知らなくて、人に教えることなどとてもできませんが、本当にすごい人だと思います。
2009.06.12 Fri 03:06 URL [ Edit ]

管理者にだけ表示を許可する

Top↑

TrackBack
TrackBackURL
http://danchotei.blog75.fc2.com/tb.php/305-9898615a

Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。