日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.06.02 Tue
自転車の起源~曲芸の実用化
毎日自転車に乗っていると、この不思議で魅力的な乗り物はどのようにして「発明」されたかということに興味を抱かずにはおれない。

一番不思議なのは、二つの車輪(車輪それ自体、火の利用に次ぐ人類の大発明だと思う)を並列に配置した荷車や人力車と違って、車輪を直列に配置したことである。
物理学をかじったことのない人でも容易に想像できることだが、車輪の付いた乗り物で、もっとも安定しているのは4輪車だが、最低3輪あればその乗り物は重力に対して「安定」する(鼎の原理)。

ところが、自転車のような直列2輪となれば、普通に考えるに、安定を確保するのに相当の難があるということは明らかに見える。
ところが、そういう常識を乗り越えて、見事に発明されたのが自転車なのである。

自転車と呼びうるものが最初に登場したのは、1818年頃のドイツとされている。
その発明者の名前(ドライス男爵)まで分かっていて、当時の画像もちゃんと残っている。

Draisine1817.jpg
(1818年頃にドライス男爵によって製作された木製の「自転車」ドライジーネ)

1818年と言えば、ヨーロッパ中で大騒動となったナポレオン戦争が終結して3年後に当たり、ようやく社会の安定期に入った頃であり、しかも、イギリスでは産業革命が進行中で、シェフィールドあたりでは、製鉄工場の黒煙が空をおおいはじめていた時期に当たる。

さて、この初期型自転車であるが、一見して現在の自転車と大きく異なるのは、ペダルがないことである。
ペダルがないので、足で地面を蹴ってその推進力とする。

Drais.jpeg
(ドライス男爵が自転車に乗っている肖像)

ただ、注目すべきは、上の画像からは分かりにくいかもしれないが、ハンドルがちゃんと左右に切れるようになっていた点である。
自転車に乗ったことがある人なら誰でも何となく分かることだが、もしハンドルが動かないように固定されていたら、非常にバランスがとりにくいものになるにちがいない。
自転車に乗っていてバランスを崩しそうになったとき、われわれはハンドルを左右に動かすことで、平行を維持しようとする。

もしかしたら、自転車のハンドルが切れるようにしたのは、そもそもが、左右に曲がる(舵を切る)ためというより、いや、そういう目的もあったにはちがいないが、むしろ、平行を維持しやすくするためだったのかもしれない。

現代のわれわれが、当時の自転車の乗り具合を体験するのは、案外簡単である。
ペダルを外してしまえばよいのだ(100円ショップの15ミリレンチで簡単にはずせます)。
両方のペダルを外して自転車に跨ってみよう。
もちろん、サドルは足がすれすれに着くぐらい低くしなくてはならない。
そうすると、両足ないしは片足で交互に地面を蹴って、平行を維持しながら進むことになる(名古屋あたりでは、自転車のことを「ケッタ」というそうであるが・・・)。

実はこの、ペダルを取り外してしまう乗り方は、自転車を乗ることを覚える際には、最良のやり方だとされているのだ。
補助輪を着けて練習するより、ペダルを取り外してしまってバランスの取り方を体得するのが一番早く自転車に乗れるようにする方法なのである。

直列二輪の構造を持つ自転車に乗る者にとって、この「平行」を保つことが最も大切なことなのであるが、発明者のドライス男爵を除けば、たぶん、当時の人々は、こんな物に乗れるなどとは思わなかったであろう。

たとえば、一輪車というものがある。
私は一輪車には今でも乗れないが、最初に一輪車を見たときに、こんなものに乗れっこないと思ったし、実際に挑戦してみて、さらにその思いを強くした。
しかも、それを上手に乗りこなす子どもたちを見て、まるでサーカスの曲芸のようだと思ったものだ。

この曲芸的な要素こそが、実は、自転車という乗り物の本質ではないかと私は睨んでいる。
荷車などとは違って、自転車は、ある用途を狙って合目的的に考案された物ではなくて、たとえば、竹馬やサーフィンのように、曲芸的な遊技から発想された乗り物ではなかったかということである。

しかも、面白いことに、自転車は、竹馬やサーフィンなどとは違って、今やわれわれにとってなくてはならない移動手段となり得ている(竹馬やサーフィンは楽しい遊技であり続けるだろうが、移動手段として普及するとは思えない)。

自転車は、その軽便性、その遊技性ゆえに発展して、今日広く普及しているのだが、もう一つ、忘れてはならないことがある。

それは、物理学的な優越性である。
物理学のイロハも分からない私だが、敢えて、そう言ってみたい。
自転車は、曲芸的な遊技から発想されたがゆえに、物理学的な優越性を図らずも獲得することができたのではないだろうか。

よく引き合いに出される次のデータをご覧いただきたい。

gr_enagy.gif
(1キロ移動するために要するエネルギー・「自転車博物館」のHPより引用)

1キロメートルを移動するために要するカロリー(エネルギー)の一覧図である。
ネズミやジェット機が同列に置かれているのが面白いところだが、たとえば、自転車は、ヒト(徒歩)よりも、5倍もエネルギー効率がよいし、走る動物の代表格たるウマよりも優れている。
また、このことは、自転車がエコロジカルな(環境に優しい)移動手段の王者であることの証しでもある。

まさしく自転車は、ホモ・ルーデンスたるわれわれ人類が造り出した一大傑作なのである。

走行距離:34キロ(フジクロス)

エッセイ    Comment(4)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
なるほど Posted by 相子
面白く拝見し、また新しいことを覚えました。

自転車の練習についてのお話は説得性がありますね。

その自転車を自由に選べる今はいい時代ですね。
昔は(私の子供のころ)自転車で今言うところのママチャリに乗っている方は女医さん位で、普通は後に荷台が確りと付けられていた実用車ばかりでした。

戦時中は配給で町の部落に一年に一台位しか来ませんでした。タイヤも何本か配給でした。16㌔の道を自転車で通う中学生は大事に大事に使っておりました。勿論パンクはゴム糊を使いなおすのが当たり前。(内緒話 祖父は部落の長でしたので籤引きもせず、時に自分のにしてしまいました)

6台も持つ断腸亭さんは自転車お大尽ですね。
2009.06.05 Fri 09:46 URL [ Edit ]
三大発明。 Posted by しゃあ あずなぶる
自転車、ボルトとナット、ローストビーフは人類が、異星人にも誇れる発明品だと思います。
2009.06.06 Sat 04:06 URL [ Edit ]
貴重な自転車 Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

私の母方の祖父は、香川県の金比羅様近くの農家の次男坊でした。
戦前の法律では、長男しか土地を相続できなかったそうで、学校を終えるとすぐに大阪に働きに出たそうです。
祖母と結婚してからも、大阪や和歌山を転々として、ひょんなことから銚子の醤油工場にツテがあって働き始めましたが、不況による人員整理で東京に移り住みます。
ところが、帝都空襲が激化した頃、再度、銚子の工場から呼び出しがかかって、銚子に移り住んだところで終戦。
その後、亡くなるまで銚子におりました。

その祖父が各地でやっていた商売も様々で、大工、ラーメン屋、自転車屋、工場労働者・・・などで、お陰で祖父は何でもできました。
私の少年時代、祖父は私の憧れで、一緒に小屋や鳥かごを作ったり、ペンキを塗ったり、鶏を絞めたりしました。
なかでも、自転車整備の腕はなかなかなもので、自転車がパンクしたり、チェーンが外れたりすると、祖父のところに持って行ったものですが、目の前であっという間に直してしまうばかりか、油の差し方や空気の入れ方なども教えてくれました。

そんな祖父の使っていた自転車は、やはり「実用車」で、戦前の物を大切に使っていました。
自転車の泥よけのところに、古めかしいナンバープレートのようなものが付いていたので、これは何かと尋ねると、名称は忘れましたが、昔は自転車税(車輌税)があって、その税金を払いましたという登録証だと言っていました。
昔は、自転車とラジオにも、所有税があったことを知ってびっくりしたものです。

そういえば、映画の『二十四の瞳』の最後で、教え子からプレゼントされた自転車を、女先生(高峰秀子)は、大切に床の間に安置していたのを思い出します。

自転車は、貴重品だったことが分かりますね。
2009.06.06 Sat 07:22 URL [ Edit ]
負の遺産もありますが・・・ Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

まったくその通りですね。

火の利用、車輪の発明、歯車の発明(ネジやボルトを含む)、発酵食品(酒・味噌・チーズなど)の発明は、人類の偉大さを証明していると思いますが、原発(核分裂を利用する爆弾を含む)や大量殺戮兵器の発明は、人類の負の遺産だと思います。

負の遺産の中には、今では、「内燃機関」も入りつつあるかもしれませんね。
2009.06.06 Sat 07:40 URL [ Edit ]

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