日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.05.14 Thu
人力車考1~移動手段の革命
今日も、お袋を見舞うために、本郷の病院へ。

浅草は、毎回通るのだが、久々に雷門のあたりに寄ってみる。
人力車が見たくなったからだ。

いつの頃からか(十数年前ぐらいだろうか)、浅草をはじめとする観光地で、人力車が姿を現した。
浅草寺界隈や墨田公園内を、外人さんや若いカップル(若いんだから自分の足で歩け!)が、人力車に乗って楽しそうに名所巡りをしている姿も、年々多く見かけるようになった。

IMG_2081.jpg
(雷門前を疾走する人力車)

ただ、人力車の利用は、まだ、いわゆる「観光地」に限定されているようで、丸の内のオフィス街や、山の手であれ、下町であれ、住宅地では一台も見たこともないことを考えると、確かに、普及のほどはすこぶる極少である。

実は、最近、柳田国男に関する本を読んでいたら、彼の調査の旅(明治時代)には、人力車が大活躍していることを知って、にわかに興味をもちはじめた。

人力車が登場したのは、明治初期。
それから、昭和の初めころまでは、日本人の枢要な移動手段であったことを知って、今更ながらに驚いた。

人力車は、西欧から輸入されたものだと思っている人が多いかもしれないが、実はさにあらず。
日本で発明されたものなのである(ただし、誰が発明したかは不明)。
それかあらぬか、英語で人力車のことをrickshaw(リクショー)というが、その語源となっているのは、日本語の「力車」である。
現在、アジア諸国で走っている人力車も、そもそも日本から伝播したものである。

不思議なことに、明治になるまで、日本では馬車というものがなかった(牛車はあったが)。
明治以降、西欧から伝わった馬車が登場して、幹線道路を走り出すようになるが(なにせ馬車は巨大なので東京の路地は走れない)、高価だし、庶民が日常的に利用することはできなかった。

そこで爆発的に普及したのが、人力車。
狭い道でもすいすいと走れる機動力(現在の観光用とは違って、ほとんどが一人乗りで、幅は半間くらいだった)。
しかも、運賃が安いとくれば、皆が利用する。

ginza-jinriki.jpg
(明治時代の銀座・乗り合い馬車が道の中央を走り、人力車が左車線を走っている)

旅をする柳田国男は、鉄道(汽車)でポイントまで移動して、そこからは人力車でかなりの奥地まで入ることができた。
後の山道は徒歩というのが定番だったようである。

人力車というと、浅草のような観光地をちょろちょろと走っているような光景を思い浮かべるが、往年の人力車はそんな甘っちょろいものではない。

人力車は、江戸時代までの「籠(かご)」にほぼ取って代わるような乗り物で、いわゆる五街道やその脇街道だけではなく、人煙もまばらな田舎道まで人力車は走っていた。

通えないのは、道幅が半間もない山道だけで、列島の毛細血管とも言うべき「羊腸の小径」や帝都の路地まで、人力車が走って回っていたのである。

人力車
(街道を行く明治中期の人力車)

ある記録によれば、明治初期に、東京府の人力車の台数は2万5千輌で、これは府民40人に1輌に相当する。
また、全国平均でも、300人に1輌の割合で、現在のタクシーの普及率のほぼ倍に匹敵するという。
加えて、驚くべき数字がある。
明治初期の東京の全男性の、20人に1人は「車夫」だったというのだ。

こんなに普及していた人力車がなぜ凋落したかと言えば、もちろん、昭和初期からの自動車の普及である。

ここまで書いて、人力車については、到底一日では書ききれないことが分かった。
これはシリーズ化して書き継いでいきたい。

少なくとも、ETC利用者だけ高速料金が割引されるという、天下り組織への利益誘導だけをめざし、二酸化炭素の排出を増大させるだけの現政府の愚の骨頂のような政策(税金泥棒+環境破壊)に、根本的な反省を促す契機になるような気がするからだ。

IMG_2078.jpg
(雷門前に待機する車夫たち。真っ黒に日焼けした彼ら/彼女らに、私は惚れ惚れとする)

走行距離:36キロ(フジクロス)

エッセイ    Comment(8)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
面白いですね。 Posted by しゃあ あずなぶる
電動アシスト付きにして、上り坂をラクチンにしたり、下り坂の制動に使えばイイかも。
半年(?)程前に、車夫になる為の修行をTVでやってました。
安全を確保しつつ、観光案内していました。かなり厳しいですね。

ETC利用者だけ・・・・。ってヤツですか。
あれって、高速道路会社には、税金から補填されるんでしょ?
ボクはETC利用者だけど、あの制度は利用していません。
休みの日だけだし、混んじゃって恩恵より害の方が大きいですね。
だから日曜日は、あまり高速は使えません。
2009.05.15 Fri 13:12 URL [ Edit ]
人力車懐かしいです Posted by 相子
子どもの頃中国で生活しましたが人力車は洋車(ヤンチョー)と呼ばれ、よく乗りました。日本の花街で使われていた腰の高い人力車とは形が違います。
今の浅草で見られるような人力車が同じような形です。座席が低く、乗り易かったです。
中国では洋車に乗ると時に南京虫に刺されることもありました。庶民の足でしたね。
2009.05.15 Fri 22:34 URL [ Edit ]
人力車は面白い Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

電動アシスト付人力車は、既に試作品があるようです。
ただ、電動付自転車と同様、アシストを使っていないときは、重いモーターとバッテリーはかえってお荷物となってしまうのが難しいところです。

現在の人力車のデザインでは、かなり大型の車輪を付けています。
路面の段差を容易に乗り越えるられるようにするためと、座席を高く取るためだと思いますが、舗装路を走るだけだったら、たとえば、もっと小さな車輪にすれば、軽量化できると思います。
現在は、観光用なので仕方がありませんが、座席自体ももっと簡素化して、軽量化したら、もっと使いやすい人力車になるかも。

ETCの件に加えて、家電の割引制度もおかしいですね。
安くすれば、必要の無いものを買うはずだと、政府は考えているようです。
まったく、人を馬鹿にした話です。

2009.05.16 Sat 07:48 URL [ Edit ]
貴重な情報 Posted by 断腸亭髭爺
相子さん

それはまた貴重なお話しをありがとうございます。
なるほど、座席の高さに2種類以上の人力車があったんですね。

洋車(ヤンチョー)という名前の付け方も面白いですね。
「洋」は、この場合、西洋という意味なのか、それとも、舶来という意味なのでしょうか。

週一回でも、人力車の車夫のアルバイトをやってみたくて調べてみましたが、どこも、年齢制限に引っかかってしまい、ダメなようです。
2009.05.16 Sat 07:59 URL [ Edit ]
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2009.05.16 Sat 09:37 [ Edit ]
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2011.10.30 Sun 17:17 [ Edit ]
Re: 写真使用のお願い Posted by 断腸亭
佐々木様

ご返信、遅くなりまして、申しわけありませんでした。
公開コメントで書いて頂いてもよかったのですが・・・。

写真の件、どうぞご自由にご利用下さい。

ご連絡まで。

断腸亭
2011.11.09 Wed 17:53 URL [ Edit ]
管理人のみ閲覧できます Posted by
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2012.07.14 Sat 15:41 [ Edit ]

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