日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.05.01 Fri
甲州路の旅1~笹子峠・甲府盆地・小淵沢
甲州街道は、通勤の際によく走る。
半蔵門付近から西に伸びている新宿通りも、実は、甲州街道(国道20号線)であることは既に書いた。

去年の春、八王子の同僚の家まで甲州街道を走ったこともある。
しかし、八王子より西の甲州街道は、私にとって未知の世界(自転車ではね)。

今回の甲州路の旅は、名目としては、職場の同僚の「合宿」だが、その実体は、参加者が少なかったこともあって、単なる親睦旅行。
メンバーの一人である同僚(女性)の山荘が小淵沢にあることがきっかけになって、あっという間に実現の運びになったのだが、その山荘というのは、彼女の「別荘」ではなく、実は「自宅」なのである。
かなりの飛ばしやである彼女は、高速を爆走して、杉並区永福の職場まで90分で到着してしまうというのだから驚きである(自転車なら、12時間はかかるだろうか)。

今回の「合宿」の話が出たそのときから、私は自転車で行くことに決めていた。
過去の同種の合宿でも、たとえば伊豆の網代まで、私だけ自転車で参加したことなどがあった。
最初の頃は、お願いだからそんな馬鹿なマネはやめておけ、と言われたものだが、もう誰も驚かなくなって、あいつは「自転車でしか来ない」というのが十分認識されたようで、最近は、実に行動しやすくなった(「諦められた」という説もあり)。

さて、前置きが長くなった。

私の家から集合場所のその山荘までの地図上の道のりは、約230キロ。
何時間かかるか考えてみた。
平地でも12時間以上はかかるだろうが、高尾より西はかなりの坂道なので、頑張っても、16時間。
いや、もしかしたら、20時間ぐらいかかると見た方がよい。
5月1日の夕に集合ということなので、全行程自転車だとすれば、私の実力では、一日ではとても無理。
途中、笹子峠の手前で一泊するか、どこかまで輪行するかのいずれかしかない。

一泊すると時間と費用が嵩むので、輪行で行くことにする。

自宅→東京駅(自走・16キロ)
東京駅→大月駅(普通列車による輪行)
大月駅→目的地(自走・約100キロ)

5時前にロードに乗って出発。

今回は、いつもの装備(空気入れやパンク修理セットなど)に加えて、チェーン切りやチェーン2コマも携帯した。
登りが多いと、チェーンへの負担がかかって、何かのはずみで、新品のチェーンでも切れることがあると聞いたからだ(路上の小枝などが変速機に絡まって切れた例もあり)。
加えて、激坂を下る際に心配なタイヤのバーストに備えて、クリアファイルを定型に切ったものも携帯。

この度の装備は、フロントバッグとサドルバックとデイパックに詰めこんだ。
こんな感じの旅装。

IMG_6755.jpg
(同僚の山荘前で帰路出発前に撮影したもの)

東京駅までは、ほぼいつもの通勤路を辿ったが、早朝で車ががらがらなので、結局、途中から国道6号を終点までずっと走ってしまった。

IMG_1893.jpg
(四ツ木橋[国道6号]からの朝日・矢立の祈願)

東京駅八重洲口で自転車をバラして入札(東京~大月駅・1450円)。
輪行は、Kaccinさん直伝の、「百円ショップ自転車カバー利用簡便輪行法」である。
八重洲改札口から、中央線の1・2番線ホームまでの距離が結構長くて運ぶのに多少苦労する。
しかし、平日ではあるものの早朝だし、始発列車なので、最後尾車両に自転車を持ち込んで、ゆうゆうと陣取ることができた。

IMG_1894.jpg
(車両に積み込んだ様子・自転車だと分かるように、意図的に少し露出しておきました)

車内で、大月から走る行程を地図で確認しながら、東向島の100円ローソンで買ったおにぎりやサンドイッチを頬張る(例の激安250円弁当屋はさすがにまだ開店していないので)。

中央線特快は高尾駅が終点。
ここから中央本線大月行きに乗り換える。
乗換時間はたった1分だったが、向かいのホームだったので、何とか間に合う。

9時前には、大月駅に到着。
駅に降り立つや、眩しい新緑が目に飛び込んで来て、わくわくする。

駅前のタクシー乗り場の近くで自転車を組み立てる(と言っても、前輪をはめるだけだが)。
飲食物は、東向島で買ったものがまだ残っていたので買い足しはせず、かわりに、駅前の立ち食い蕎麦屋でたぬき蕎麦を食べる。

IMG_1895.jpg
(大月駅のたぬき蕎麦・65点)

中央本線と寄り添うように通る国道20号線(現甲州街道)は、駅からすぐだ。
いきなり登り道になるが、それは覚悟の上である。

ここからの旅程は、距離にして約100キロだが、おおざっぱな高低差はこうである。

大月駅(標高358メートル)→笹子峠(標高1096メートル)→甲府城(標高260メートル)→目的地の山荘(標高1100メートル)。

つまりは、これから、高低差約700メートル登って、約800メートル下った後、また、約800メートル登るという行程。
煎じ詰めれば、約800メートルの峠を二つ登るに等しいわけで、自転車でこんなに坂を登るのは私にとっては初体験。
さすがに走破できるかどうかは、事前からかなり心配だったが、まあ、季節のよい好天の日和なので、走るだけ走って、いざとなれば、あとは輪行に逃げ込めばよいという考えもどこかにあった。

国20号線を登りはじめる。
平日だからなのかどうなのか、分からないが、幸いなことに交通量は少ない。

IMG_1897.jpg
(国道20号線笹子の手前あたり)

道路の左右には、緑なす崖やうっとりするような牧歌的な集落が展開し、走っていて、まるでどこかの桃源郷に迷い込んだようなような雰囲気である。

IMG_1901.jpg
(国道20号線沿い・棚田には、水がはってあった)

進むにつれ、次第に勾配がきつくなってきて、笹子峠の登り口が近いことが感じ取れるようである。

そしてついに現れた、笹子峠の入口。
たいして来てもいないのに、この分岐点に到着した時は、とうとう来たか!
よしっ!、何としても登ってやるぞ。
絶対に峠越えを果たしてやる!などと、気分が非常に高揚する。

IMG_1900.jpg
(左旧道の笹子峠入口と右国道20号線笹子トンネルの分岐点)

さっそく分岐道の左に入る。
最初は集落も見え隠れするが、10分も登ると、人家は消えて、深い山の中の一本道をただひたすら登り続けることになる。

IMG_1902.jpg
(笹子峠の坂・こんな感じの上り坂が続く)

両側には清々しい新緑の林が続き、路上に柔らかな木漏れ日を映している。
小さな渓流が道と出会ったかと思うとまた離れていく。
あたりは、森閑として静寂に包まれている。
不思議なほど車の交通はなく、聞こえるのは、水の流れる音と鶯の鳴き声のみ。
険しい坂道に、息が苦しい。
その苦しい吐息と鶯の鳴き声が、ときにシンクロするかのようである。

IMG_1904.jpg
(ほとばしるように落ちてゆく渓流)

もう麓の登り口付近からギアはずっとフロント34T×リア25Tに入れっぱなしだが、途中、比較的大きな沢に架かる古橋のところでややなだらかになり、久々にリア23Tに入れるが、またすぐに25Tに戻さざるを得なかった。

IMG_1903.jpg
(欄干が朽ちかけている古橋の上で)

登っても登っても新に坂が現れる。
標識などが何もないので、どのぐらい登ってきたかよく分からない。
道が曲がる度に、そこで坂が終わってくれるかもしれないと希望を抱くものの、曲がってみれば新たな坂の出現に希望が打ち砕かれる。
坂が、圧倒的な緑の中から、まるで群雲のように次々に湧きだしてくるようである。
神様、お願いです、もう悪いことはしませんからこれ以上の坂は勘弁して下さい!

中腹を過ぎたあたりから「矢立の杉」の標識が出始める。
しかし、当の矢立の杉の場所は一向に現れないという感じだった。
とにかくつらい。
5分こいでは1分休むというようなペース。
時速にすれば、8~10キロぐらいか。
とにかく自転車を降りて押すことなく、全行程を「こいでのぼる」こと決めたのだ。

森がやや明るくなりだしたような気がしてきたかなと思ったあたりに「矢立の杉」への入山口があった。
ここまで来れば、頂上は近いはずである。

IMG_1906.jpg
(矢立の杉・入口)

せっかくだから、看板の前に自転車を止めて、山道を歩いてみることに。

IMG_1909.jpg
(矢立の杉へ至る山道)

実は、笹子峠の現在の舗装路は「県道」になっているが、麓の笹子トンネルが開通するまでは、こちらが甲州街道本道で国道指定だった。
しかし、それより前の時代は、現在の県道と付かず離れずついている登山道(遊歩道)の方が甲州街道だったはずである。

急に時代は飛ぶが、戊辰の内戦時、新撰組率いる「甲陽鎮撫隊」が甲府城へ向かうべく越えたころの笹子峠の道は、ほとんど、現在の登山道とそうかわりのない道だったろう。
ここまでの道中で酒盛りをやりすぎたこともあったろうが、百戦錬磨の近藤勇や土方歳三も、この峠には難渋したことであろう。

矢立の杉は、いわば、縄文杉のような大木で、その昔、このあたりを通りかかった武士が、戦勝を祈願して、この杉に矢を打ち込んだというもの。
周りの杉に較べて格段に大きな樹で天に向かってそそり立っている。

IMG_1908.jpg
(矢立の杉・中心部は空洞になっている)

矢立の杉を後にして、少し我慢して登っていくと、突然のように頂上の旧笹子トンネルが現れた。
詰めていた息が急に抜けたようで、嬉しいというよりホッとした気分だった。
ただ、この昔のトンネルは古風で趣がある。

IMG_1912.jpg
(分水嶺を通る旧笹子トンネル)

トンネルを通った。
トンネル内に電灯が一切ないので、夜に通るのは恐いだろうな。

甲府側に抜けると、眺望が開けて明るい感じになる。

IMG_1913.jpg
(甲府側の道は風景が開ける・久々にフロントギアをアウターに入れた)

柳田国男の「峠の表裏」理論からすれば、「表」から「裏」に転換したということであろうか。
大月側の道は、絶えず、渓流が寄り添い、険しい道が続いていたが、甲府側の道は風景が開けて、勾配もなだらかである。

下りに向かう前に、私は、一応、ブレーキや車輪の固定を点検して、ウィンドブレーカーを着て、長い下り道を走り始める。

IMG_1915.jpg
(ひたすら降る)

登りとはうってかわって、今度は全然ペダルを漕ぐ必要はない。
ヘアピンカーブもあるので、時速40キロを超えないようにブレーキを絞りながら、ただひたすら降りてゆく。
うっかりすると、すごい速度が出てしまう。
舗装状態は、概して良好だが、高速で窪みを踏めば、車体ごと吹っ飛んでしまうことなきにしもあらずなので、とにかく、40キロ以上の速度にならないようにブレーキレバーを握り続ける。

こうして、笹子峠を降りきって、国道20号と合流したが、さらに降りは続く。
ここからは、甲府盆地を降ることになるのだ。

今度は道はまっすぐなので、こいでもいないのに、時速35キロ以上になってしまう。
面白がって私は、アウタートップにギアを入れてペダルを踏んでみたら、時速60キロにもなってしまい、何だか恐いぐらいである。
これでは、オービスに引っかかりかねないと危惧しながらも、甲府盆地の底辺に「滑空」し続けた。

甲府盆地の一番低い所は多分、盆地の南部の、釜無川と笛吹川が合流して富士川になるあたりだろうが、私が今目指している甲府城は標高260メートルぐらい。
先にも書いたように高低差800メートルをいっきに降るわけだから、ほんとに長い下り坂で、仕舞いにはブレーキレバーを握る手が痛くなってくる。

しかも、あまりにスピードが出ているので、途中寄りたかった「甲州勝沼の戦い」の古戦場もすっ飛ばしてしまった。

韋駄天のごとく里に降り立った私は、途中で国20号から離れて、甲府市街地に入った。
甲州と言えば、武田関係の名所が多いのだが、今回は時間がないので、戊辰の際に、板垣退助率いる西軍(新政府軍)が陣取った甲府城だけは見ておきたかった。

IMG_1917.jpg
(甲府市街地の橋から・既に前方に南アルプスが見える)

甲府城は、甲府駅や山梨県庁にもほど近い市の中心地にあった。

IMG_1919.jpg
(甲府城の壕)

IMG_1918.jpg
(甲府城本丸のあった石垣付近)

1868年の春、東からは新撰組率いる「甲陽鎮撫隊」が、西からは板垣の新政府軍が、それぞれこの甲府城に向かって進軍していたが、この「競走」に勝ったのは西軍で、この城を押さえた。

結局、その後、勝沼で両軍が激突するが、新政府軍の圧勝にて、甲陽鎮撫隊は八王子まで退却した。
せっかく越えたばかりの笹子峠を戦果なく戻るのは二重に辛かったろうなあ・・・。

ちょうど昼時だったので、甲府市内の定食屋で昼食。
甲府と言えば「ほうとう」だが、さすがに暑くて食べる気がしないので、生姜焼き定食を食べる。
じつは、この店(県52号沿い)で、隣りで昼間から「一人宴会」をしていたオジサンが面白い人だったのだが、今回は割愛する。

市街地を抜けて、国道20号に入る。
高速道路のように立派で、走りやすい歩道が付いていたので、そっちを走る。

IMG_1920.jpg
(国道20号線・このあたりからまた徐々に登りになる)

甲府市から西の国道20号線は、自転車道というか、歩道というか、かなり広くて走りやすい道が付いていて、登りにもかかわらず、結構気持ちよく走れる。

IMG_1923.jpg
(快走できる側道)

しばらく走って行くと左側の釜無川沿いにサイクリングロードらしきものを発見。
何だよ、だったら看板か何かを出しておいてくれよ。
さっそくそっちを走ることにする。

IMG_1925.jpg
(釜無川サイクリングロード・韮崎付近・西向き)

IMG_1924.jpg
(釜無川サイクリングロード・韮崎付近・東向き・東に富士が見えるなんて、江戸暮らしの私には不思議)

釜無川サイクリングロードは、しかしながら、西に進めば進むほど、路面が悪化してくるが、釜無川が近くに迫るあたりは景色もよくて、走っていて本当に気持ちがよい。
自転車の旅をしている幸せを感じることができる。

IMG_1926.jpg
(釜無川)

しかし、このサイクリングロードも、穴山付近で突然消滅。
仕方がないので、また、国道20号線を走り出す。
ところが、このあたりからは、ちゃんとした側道もなくなって、道幅は狭くなるし、午後になって交通量も増えてきた。
しかも、それよりなにより、登りの勾配が激しくなってくる。
遠景は素晴らしいいのだが、こういう道は、ただひたすら我慢して走るしかない。

とは言っても所々に、国道20号線と並行して旧道が走っているので、旧道を発見するとそちらに潜り込んだ。

IMG_1928.jpg
(旧街道の分岐)

旧街道だからといって坂が緩和されるわけではないが、大型トラックなどは走っていないので、道の真ん中を堂々と走っても大丈夫。
また、そこかしこに古い街並みが残っていて、走っていて楽しい。

IMG_1930.jpg
(旧甲州街道)

IMG_1935.jpg
(旧甲州街道)

旧街道というのは、大体そうなのだが、何というか、人間の歩行のリズムを体現化したようなもので、走っていて実に気持ちがよいものである。
そこが、最初から自動車に合わせて作られた道とは、決定的に違うように思う。

さて、そろそろ釜無川と甲州街道に別れを告げて、小淵沢方面に300メートルほど登らなければならない。
分かってはいたのだが、嫌なことは後まわしにする性格なもんで。

甲州街道の北の崖に挑む。
これまた心臓破りの坂道で、既に100キロ走った足には笑いたくなるほど応える。
まったくやってくれるぜベイビー!
但し、登るほどに眺望は抜群。

IMG_1939.jpg
(南アルプス眺望)

IMG_1940.jpg
(激坂からの眺望)

途中、お猿さんが、見送ってくれた(実は、かなり威嚇された)。

IMG_1937.jpg
(猿の出迎え)

いやぁ~、それからが大変だった!
口から心臓が飛び出しそうになること数十回。
風景など楽しむ余裕もなく、ただただ、ハンドルと前輪だけを見ながら坂を登り続けた。

私が登ったのは、

こんな坂や、

IMG_1942.jpg

こんな坂だったが、

IMG_1947.jpg

こんな風景や、

IMG_1941.jpg

こんな風景に出会えたので、まあ、よしとしよう。

IMG_1944.jpg

こうして、私は同僚の山荘に到着して、なだれ込むように、酒池肉林の世界に没入したわけである。

IMG_1951.jpg

IMG_6640.jpg

結論:重力は偉大なり

走行距離:116キロ

(一日目完)

旅(自転車)    Comment(8)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
You made it! Posted by kaccin
お疲れ様でした。楽しく拝見しました、後編が楽しみです。で、私の愛用輪行方法ご紹介光栄の至りです。今日も、しっかり、この方法で古河から輪行しました(笑)
2009.05.05 Tue 21:11 URL [ Edit ]
お疲れ様ッス。 Posted by しゃあ あずなぶる
読んでいる私の方も、ゼーゼーハーハーしそうです。
登りだけ輪行って選択は?
それじゃあ、醍醐味ってヤツが無いかな・・・・。
2009.05.06 Wed 05:27 URL [ Edit ]
I've made it, but... Posted by 断腸亭髭爺
kaccinさん、

今日あたりになって、疲れがでてきたのか、一日中、ごろごろしていました。

これまで面倒に感じていた「輪行」を身近なものにして頂いて、誠に感謝してます。

古河、行ってみたいですね。
私も。

なにせ、公方がいたところですから。
2009.05.06 Wed 23:47 URL [ Edit ]
これ必定なり Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん、

登りだけ輪行って、誰でも考えるのですが、笹子峠に関しては、峠に駅はありません。

車なら輪行可能ですが、だったら、わざわざ自転車で行かないかな。

登りがあるから降りもある。
何と言っても、これが必定です。
2009.05.06 Wed 23:51 URL [ Edit ]
なるほど。 Posted by しゃあ あずなぶる
一杯目は、やはりビールですか?
この日、日本一美味いビールを呑んだのは、間違いなく断腸さんですね。

「登りだけ輪行」なんて考えを持っているから、ボクの腹は出ているのか?
2009.05.07 Thu 13:33 URL [ Edit ]
勉強しました Posted by 相子
世界が違うとこうも生活が違うのですね。輪行という言葉、初めて知りました。
お歳が分かりませんが、恐るべき意志力、脚力と言いますか、将に別世界の方ですね。
画像に姿を見せる自転車が良いですね。
2009.05.07 Thu 16:48 URL [ Edit ]
真夏だったら・・・ Posted by 断腸亭髭爺
しゃあさん

風呂に入ってから、ビールで乾杯しました。
ただ、ビールは一杯だけで、あとはワインと焼酎でした(山荘の同僚はワイン通だったもので)。

それにしても、今回は季候の良い5月だったので救われましたが、真夏だったら相当しんどかったと思います。
今回の笹子峠は500ミリペット2本でも余りましたが、真夏だったら2リットルあっても足りないと思います(峠には一切補給ポイント無し)。
つまり、それだけ重量が嵩んで、大変ということ。

笹子峠の場合、登りだけ輪行したとしても、里に下りてから頂上に置いた車を回収しにいかなくてはならないので、やはり、自転車で登らざるを得ないと思います。

でも、昔の旅人に較べたら、自転車だって殿様旅行みたいなものです。
2009.05.08 Fri 02:30 URL [ Edit ]
産まれて半世紀になります Posted by 断腸亭髭爺
相子さん、コメントいただき恐縮です。

私の年齢ですが、ちょうど半世紀前に産まれた50歳です。田舎育ちなので、小学校に上がるまで、テレビも水道もありませんでした。

そうですね。
自転車関係の言葉は、辞典にも載っていないものも多いです。
やれ、ポタリングだの、輪行だの。
ただ、いかにも和製漢語らしい「輪行」という言葉は、70年代ごろには、自転車乗りの間で使われていたようです。
造語としては、カタカナに逃げない分だけ、良くできていると思います。

私よりもずっと高齢な方でも、私なんかよりも遙かにパワフルな自転車乗りは一杯いるんですよ。
まだまだ修行が足りません。
2009.05.08 Fri 02:48 URL [ Edit ]

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