日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2008.07.19 Sat
筑波山に挑んで負けた日
6時半起床。
晴れ。

7時半、旅装を整え、筑波に向かって出発。
本来ならば、涼しくて車も少ない早朝に出発したかったのだが、夕べは遅くまでごそごそとやっていたので陽が高くなってからの出発となってしまった。

IMG_0839.jpg
(今回の旅装・ハンドルにフロントバッグを付けることで、背中の汗に悩まされる夏のリュックサックから解放された。しかし、一泊になると、やはりリュックは必要か)


(モンベル・サイクルフロントバッグ)

いつものコースで江戸川を渡って松戸駅。
駅前の交番の真ん前で、自転車を「解体」しはじめる。
解体と言っても、前後輪をはずすだけだが。

今回は往復とも輪行だった。
往きは松戸駅でばらし佐貫駅で組み立て、帰りは佐貫駅でばらし松戸駅で組み立てた。
面倒と言えば面倒だが、漕がなくても25キロほども進んでくれるお陰で、地獄の国道6号を走る距離が減るのはありがたい。

解体・組み立ての様子を撮影したかったが、なにしろ自分がやっているので撮影できない。
詳しい手順は、私と同じ袋を使っている人が、非常に丁寧に解説してくれているのでそちらをご参照。
http://weatherman.jugem.jp/?eid=37

昨日書いた(余った)回数券を利用して、佐貫駅の改札を抜ける。
輪行袋に収めてあるとは言え、かなり大きくて重いので、自動改札を通るのにはちょっと工夫が要る。
切符を先に挿入してから、輪行袋を前に「捧げ筒(ささげつつ)」状態で通るのが良いようである。

佐貫駅の公衆トイレの前で「店開き」して自転車を組み立てる。
暑い中、細かい作業をしていると、身体中から汗が噴き出してくる。
トイレを済ませて、いざ出発。

今日の予定路程は、以下。
常磐線「佐貫駅」→国6号→「筑波自転車道(りんりんロード)」→筑波山(登る)→「筑波自転車道(りんりんロード)」→水戸線岩瀬駅→「筑波自転車道(りんりんロード)」→国6号→常磐線「佐貫駅」(輪行)

筑波山に登れれば、約150キロぐらいの行程になるだろうが、筑波山登坂は、体力的にも時間的にも無理だろうとあらかじめ踏んでいた。

国6号は、我孫子あたりまでのそれよりはいくぶん走りやすい。
牛久沼を左に見ながら快走。
しばらく走ると、6号はまるで高速道路のような様相を呈しはじめる。

IMG_0821.jpg

6号をこのまま北進すれば、どこかに「筑波自転車道(りんりんロード)」と接する地点があるはずである。

今回、筑波山に行こうと思った理由の一つは、この「筑波自転車道(りんりんロード)」を走ってみたかったからである。

約20年前に、廃線のやむなきに至った私鉄「筑波鉄道」の跡をそのまま自転車道(歴とした「県道」である)としたもので、常磐線「土浦駅」から水戸線「岩瀬駅」までの約40キロを結ぶ立派なサイクリングロードである(我が故郷を走る「銚子電鉄」も、いつの日か、銚子「自転車道」にならないように頑張ってほしいものである)。

桜川の河川敷のあたりの陸橋の下にそれらしきかわいらしい道を発見。
陸橋から降りて行ってみると、間違いなく、「筑波自転車道(りんりんロード)」であった。

IMG_0823.jpg

今回は、結局、この自転車道をほぼ往復することになったのだが、これまで私が走ったサイクリングロードの中では一番整備が行き届いていたと思う。

その理由の一つは、駅の跡に残った施設(トイレなど)をそのまま休憩所に転用することができたからかもしれない。事実、この自転車道はかつての鉄路の部分が「道路」になっているわけで、その証拠に、今でもちゃんとホームが残っていて、自転車で走る人は、あたかも列車の運転士になったつもりで駅に「入線」するような気分になれて、鉄道ファンにして自転車乗り(結構多いのです)にはたまらない体験かもしれない。

IMG_0824.jpg

IMG_0825.jpg
(自転車を置いてあるところがかつての線路。上がかつてのホームで、ベンチまで残っている)

筑波自転車道(りんりんロード)は、筑波山を右手に見ながら、つまり山の西側を北進するルートを辿っているので、進むごとに筑波山の山容が刻々と変貌する姿を見ることができる。
自転車道の「車窓」は、絶えず筑波山が見えることに加えて、農家の庭先や田園や集落だったりで変化に富んでる。
たとえば、50キロ走っても一向に景色が変わらない利根川自転車道よりも走っていてはるかに楽しい。

IMG_0834.jpg

さて、どこかから筑波山に上がりたいのだが、持って行った地図(「ツーリングマップル・関東甲信越」)は、いつもの14万分の1だし、なかなか適当な道が見つからない。
あっても、観光地然としたつまらなそうな一般道だったりするので、あちこちを逡巡する羽目になった。


(バイク向けのツーリング用道路地図。自転車はバイクと同じ二輪車なので良いだろうと思って購入。事実なかなか使い勝手が良いのだが、バイクで走ることを想定しているので、「見晴らしがよくて心地よいアップダウンが続く」などと書いてあっても、自転車には地獄の坂道だったりする。私は、当該ページだけをその都度コピーして持ってゆくのが慣わしである)

やっとのことで、自転車道沿いにそれらしき場所を見つけた。
「桃山」というバス停の看板に「筑波山行」と書いてある。
つまり、この路線バスのルートを上がって行けば、筑波山に登れるであろうと考えた。

IMG_0829.jpg

ちょうど通りかかった原付のオバサンに尋ねてみた。
「この道をずっと上がれば筑波山に登れますか?」。
「山さいぐんだべ。こごをずっと行けばいい」との頼もしい応えであった。

しばらくその道を上がって行くと、道が二股に分かれている所に、古めかしい石の道標(みちしるべ)が建っていた。

IMG_0830.jpg

道標の裏を見てみると、そんなに古い物ではなく大正年間(天正ではない!)に建てられたものである。
この道標に励まされて、二股の左の道を進んだのだが、これが後で大間違いであることが分かったのである。どう考えても、バス通りらしい右の道を進むべきだったのだが、左の道の方が雰囲気が良かったので、つい、そっちの方に足が向いてしまったのだ。

いや、左の道も、いずれは山頂に通じてはいただろうが、道が直線的についているので登るに従って急傾斜が度を増してきた。

フロントのギアをミドル(42T)に落として、リアのギアも一枚一枚ロー側に落として登っていったが、ついに、インナーギア(30T)にしなければとても登れないと思って変速レバーを押してみたが、何とインナーに入らない。何回繰り返しても、ミドルのギアにかかったままでチェーンがガリガリいっている。インナーギアは、普段はまず使わないのだが、こんな時に入らないとは腹立たしい。はあはあ言いながら、自転車を止めて、フロントのワイヤーをやや緩めてみる。

これでやっとインナーギアに入ったので、再度登り始める。
だんだん道が狭くなり、森も深くなり、セミの鳴き声と苦しい呼吸がシンクロする。
顎からそれこそ「滝のような」汗がだらだらと流れて、それがペダルを漕ぐ靴の上にしたたり落ちた。
苦しくて苦しくて曲がりが目前に現れる度に、止めたくなる誘惑に取り憑かれる。

こんなきつい思いをしたのは、伊豆半島の坂を登ったとき以来であるが、いや、伊豆よりもこっちの方が数段しんどい。
伊豆も確かに長い急坂が多かったが、しばらく登るとちゃんと下り坂が現れた。
だが、この筑波の坂は登りしかないので精神的にもかなりまいってしまう。
ついにインナー(30T)×ロー(32T)までギアを落として、時速3キロぐらい(かろうじて倒れない速度)でゆるゆると登っていった。

すると、こんな看板が姿を現した。

IMG_0831.jpg

「発破(ダイナマイト爆破)作業中にて」この先進入禁止というのである。
愚かにも、道を間違えたことに気づいたのはこの時であった。
まさか、路線バスが走る道路で「発破作業」をしているはずはないではないか。
しかし、ダイナマイトの爆発音など全然聞こえないし、せっかくここまで登ってきたので引き返したくはなかったのでしばらく先に進んでみることにする。
もう漕ぐ気力も体力もなく、自転車を押して登っていった。
途中、何カ所か枝道があって、道標もないので勘で道を選んで進んだが、最後は自転車を押すこともできないほどの林道に出てしまい、ここでついに精も根も尽き果てて、筑波山登頂を断念した。

下りは早かった!
まさに韋駄天、山を下るの早さである。
最後には、時速60キロにもなり、苦労して登ってきた道を一気に転がり降りる。
重力よ、汝は偉大なり!

麓まで降りきって、また、筑波自転車道(りんりんロード)に戻って、当初の予定通り、終点の水戸線「岩瀬駅」まで走破。

IMG_0838.jpg

休憩する間もなく、りんりんロードを再び逆に、40キロほど戻り、6号に出て、佐貫駅に到着した。


今回の反省;
いつも平地ばかり走っているので、坂に弱い自分が浮き彫りになった。
普段から、たとえば、近場の松戸あたりの坂を登る練習をしよう!
それから、ギア比について考え直そう。
フロントをコンパクトクランク(50T)に交換するのもよいかもしれない(現在は52T)。
いろんなことを教えてくれた筑波山に感謝!

IMG_0828.jpg

--------------
本日の走行距離:135キロ[フジクロス(筑波山往復等)]
今月の積算走行距離:699キロ
昨年11月以降の積算走行距離:8084キロ
--------------

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Comment
Posted by やまびこ
>左の道の方が雰囲気が良かったので、つい、そっちの方に足が向いてしまったのだ。

この気持ち、よくわかります。

昨年、自転車ではありませんが筑波山に行ったとき、これは侮れない山だと思いました。
行きはよいよい♪だったのが、下り坂の二股に別れた道、雰囲気が良かったので選んだ方は急峻な岩場の連続、ちょいとお散歩のつもりが心臓が飛び出そうなハードな下山となりました。

それにしてもこの暑い時期に・・・すごいですね~(^0^)/


2008.07.22 Tue 08:46 URL [ Edit ]
こひぞつもりて・・・ Posted by 断腸亭髭爺
「これは侮れない山」というのが私にとっても、正直な感想です。
たかだか850メートルぐらいの山なので、信州あたりであれば、人のうわさにものぼらないほどの小さな山なんですが・・・。

それでも、古代から畿内の人にもよく知られている山だったのは、たぶん、東(あずま)攻略の指標となる山だったからでしょうか。
筑波山の先は、異民族の支配する奥州の地。
筑波山は最後の防衛砦のように感じられてていたのかもしれません。

つくばねの 峰よりおつる みなの川
こひぞつもりて 淵となりける

という、9世紀の天皇(もちろん、筑波に来たことはないでしょう)が作った歌は、百人一首にも選ばれた有名な歌ですが、その「みなの川(男女の川)」は、土浦で桜川に合流して霞ヶ浦に流れ込み、潮来の手前で常陸利根川になって、小見川で利根川本流と合流。銚子で太平洋に流れ出ているわけですが、畿内から関東(板東)に至るには、その流れを逆に辿ったはずです(海路ならば、箱根を越えなくても済む)。

そう考えると、畿内の古代人の抱いた筑波への旅は、積もり積もった「恋」の淵源を辿る旅だったかもしれません。

今度はよく道を研究して、頂上まで登ってみたいと思います(一泊かなあ・・・)。
2008.07.22 Tue 15:30 URL [ Edit ]

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