日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
映画の日々 | エッセイ | 思い出 | 身辺雑記 | 日録 |  | 自転車 |  | 小さな旅(自転車) | 小さな旅 | 旅(自転車) | 未分類 | 自転車文学 | 
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
断腸亭日録~自転車日記
≪2017.07  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  2017.09≫
プロフィール

higedancho

Author:higedancho
断腸亭髭爺です。
自転車関係の日記が多いです。
よろしく。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム
フリーエリア
ブロとも一覧
--.--.-- --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告    Top↑

2008.06.14 Sat
春象夏記・南イタリア紀行2(イタリアの道)
春象夏記・南イタリア紀行2(イタリアの道)

1789年のフランス革命の際に、蜂起した市民たちが国軍の砲列に対して、敷石を割って、それをば投石して応戦したことは有名である。
それ以来、例えば、パリ・コミューン(1871年)でも、都市の蜂起では、投石が市民の有力な応戦手段になった。
その欧州はパリ・コミューンの約100年後の、1968年6月(ほぼ明治100年に当たる)には、当時のアジアの最大都市である東京の御茶ノ水でも、学生たちがこの手段(敷石を砕いて作った投石)を用いて機動隊と戦った。
1968年の、いわゆる「カルチェラタン闘争」の模様を中央大学新聞(6月25日号)は以下のように伝えている。
「・・・学生側は竹やりと敷石をこわした投石で応戦したが、(機動隊によって)ジリジリと駿河台下に押された。・・・」。
これがため、学生紛争以後、御茶ノ水界隈では、歩道は敷石ではなくてアスファルトで固められることになったという。

DSC00834.jpg

(駿河台明大通り路上に散乱する投石・左に見える建物は今は無き明治大学記念館1968年頃の写真)

とは言え、現在の御茶ノ水駅西口を出たあたりは、今でも昔ながらの敷石が残っている。
敷石と言っても、30センチ四方の正方形の敷石ではなく、煉瓦ぐらいの大きさの御影石風の敷石である。

イタリアの都市の旧市街地の車道は、今でも、そのほとんどがこの御茶ノ水駅前のような敷石が敷きつめられている。
新市街や幹線道路は、もちろん、アスファルトであるが。

そんな敷石ないしは石畳の車道(下の写真参照)を車で走ると、とにかく乗り心地が悪い。
ゴトゴトと細かい振動が骨に伝わるようで、あれではタイヤの摩耗だって激しいに違いない。

08-05-19_07-45.jpg

(ナポリ旧市街の石畳の車道。因みに、ナポリ市内のゴミ収集所はどこもこんな感じ。しかも、奥の路地のように左右びっしりと路駐の列ができている)

それに加えて、この写真のように、路駐が横行し、道の幅と付き方が数百年前と変わっていないので絶えず渋滞を引き起こしている。
路駐の原因は、パーキングの絶望的な不足と、たぶん、自動車を購入する際に日本のような車庫証明を必要としないから、駐車禁止地区にかかわらず野放図に車を路駐させてしまう。一列路駐は当たり前。場所によっては、2列あるいは3列路駐をしていて、中の車が道路に出るのはどう見ても不可能ではないかという事例も目撃した。

石畳と路駐と渋滞と信号無視と歩道に溢れるゴミ。
これが南イタリアの都市(特にナポリ)の悩ましい道路事情である。

従って、徒歩の人間様は、ゴミだらけの歩道をこそこそと歩くしかなく、しかも、青になっても車が止まってくれないので横断歩道もなかなか渡れない(しかも、横断歩道やセンターラインのペイントは殆ど消えかかっている)。

08-05-19_07-46 IMG_0244

(最右列の車はすべて路駐車・石畳の車道・そして渋滞。ナポリ)

こんな状況だから、自転車はとても走れたものではなく、南イタリアではほとんど自転車を見かけない。イタリアは、優れた自転車部品や自転車完成車を作ることにかけては世界でも屈指(カンパニョーロ社、コルナゴ社、ビアンキ社など)なのに、この道路事情が一般的な自転車の走行を許さないのである。
もちろん、過酷な登坂コースで有名な世界的なロードバイクレース、「ジロ・デ・イタリア」では、それなりのコース選択がなされているが。

08-05-22_06-58 IMG_0397

(アスファルト路と言えども油断はできない。突然、こんな「落とし穴」が現れる。走行中の自転車がはまれば死亡事故にもつながりかねない。パレルモ)

しかし、疋田智『自転車生活の愉しみ』(朝日文庫)のヨーロッパ自転車事情に関するレポートによると、石畳の車道や道幅の狭さは、オランダやドイツの古い都市の旧市街地でも同じであるが、オランダやドイツでは、旧市街地への車の進入を事実上禁止して、歩行者と自転車だけが快適に通行できるような方策が取られているという。南イタリアの都市部の道路状況改善にも、参考になると思われる。

さて、敷石(石畳)路の話に戻ろう。
以上のような劣悪な道路事情を強調してきたが、逆に言えば、古い街路をそのまま残そうとする意志の表れとも考えられる。
実に、この敷石道路は、古代ローマ以来の大伝統なのである。

古代ローマ人は、アルプス以北のガリア(現西ヨーロッパに相当)の地を征服するや、道路と劇場と浴場を拵えた。彼らが模範にした先輩のギリシア人に較べて、特に道路の建設には目を見張るものがあったという。彼らが作った道路というのが、この敷石路だったのである。

そのことは、紀元79年にベスビオ火山の噴火によって壊滅凍結されたポンペイの街路からも十分にうかがえる。とにかく、車道(と言っても馬車が通るのだが)は、ことごとく敷石が敷かれている。因みに、歩道は、江戸時代の街道と同様、土を固めた路面か、例は少なかったがタイル張りである。

08-05-18_15-20 IMG_0198

(車道には大きな石の敷石が敷かれている。歩道より20センチ程度低くなっているのは、車道が同時に下水路の役割をはたしていたため。水かさが多いときに道路を渡るための飛び石も見える)

08-05-18_15-38.jpg

(写真ではよく分からないが、歩道の所々がタイル敷きになっている)

道路を敷設するということは、即ち、敷石路を作ることであり、これは日本の場合と大違いである。
無論、日本にも敷石路はあったのだが、それは城や神社仏閣などの限られた例だけで、有名な五街道と言えども、その殆どは土を固めた程度の道が多かった。

この理由は案外明白で、日本には馬車がなかったからである。
不思議なことだが、馬はたくさんいても、馬車が日本に現れるのは明治時代以降で、それも、欧米からの輸入である。
しかし、明治以降、馬車が普及し出すと、東京の街にも敷石道路ができはじめた(現在ではアスファルトに作り直されてしまいあまり残っていないが)。

この日本の例からも分かるように、敷石路というのは、「車両」通行のために発達した形式の道路である。
どうして車両が通行するために敷石路が必要かと言えば、それは、轍ができることによる路面の損壊を食い止めることではなかったか。
事実、ポンペイの街路の敷石の上にさえ、くっきりと馬車の轍が刻まれていた。
もし、土の道を頻繁に馬車が往来すれば、あっという間に深々と轍が刻まれてしまい、年がら年中、路面の補修作業をし続けなければならなくなるであろう。

08-05-22_18-13 IMG_0485

(多分に観光客向けだが、今でもパレルモの目抜き通りを走る馬車・アスファルト路)

こうして車両専用路として発達してきた石畳の道は、ナポリだけではなく、全ヨーロッパに普及することになったわけである。

しかし、ナポリに限らず、ヨーロッパの古都の旧市街地区は、今でも教会を初めとする歴史遺産的な建築物がひしめき合い、事実上、道路の拡幅工事が不可能な上に、古い教会の前広場がアスファルトでは美観を損ねてしまうだろうから、ある程度の渋滞や路駐(駐車場を作るスペースもない)には、目をつぶらなければならないという現実もあるかもしれない。

08-05-20_13-19.jpg

(広場も石畳である)

イタリアのの道については、まだ書きたいことがあるが、次は項目を改めて「自転車」に焦点を当てつつ報告してみたい。

08-05-22_13-19 IMG_0447

(教会前広場に止められていた自転車。外装5速で、シフターは昔ながらのダウンチューブ装着式)

連載(既出);
春象夏記・南イタリア紀行1(イタリアの洗濯物)


--------------
本日の走行距離:3キロ[ママチャリ変速なし(近所買い物等)]
今月の積算走行距離:583キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6926キロ
--------------

   Comment(9)   TrackBack(0)   Top↑

Comment
臭って来そう・・・・。 Posted by しゃあ あずなぶる
これじゃあ、分別もヘッタクレもないなぁ。
結局、ゴミ問題は解決したのかな?
2008.06.14 Sat 04:33 URL [ Edit ]
日本人で幸福 Posted by だっコアラ
日本は国土が孤絶していて、小さい。

お金を効率良く使えば、どの国よりも綺麗で美しい国になると思います。

残念なのは、他国が思っているほど、多くの日本人は自国の価値に気が付いていないことかな?

髭爺さんの旅話を聞くと、案外、古き良きを大切にしているというよりも、国土整備に対する価値観の違いかもしれないですよね。

日本人は思ったより「庭いじり」が好きなのかも。
自分も「庭いじり」的な行動が好きなので、そう思うのですが。

P.S. E-COM8、使えるかもしれません。ホイールの修理がどれくらい掛かるかが問題ですが。
これで、内装変速車が2台になってしまいました。
ちょっとホクホク(嬉
2008.06.14 Sat 12:14 URL [ Edit ]
マフィアの存在 Posted by 断腸亭髭爺
ナポリ周辺のゴミ収集は、実は、伝統的に地元のマフィアが取り仕切っていたそうですが、さすがにそれはまずいということで、ナポリ市議会で問題になっている最中だということ。
そんな状況に臍を曲げたマフィア側が、ゴミ収集を「ボイコット」しているために、ゴミの山になっているとの、現地ガイドの説明でした。
われわれの予想を超えて、マフィアの政治界への浸透は深刻なようです。

だっコアラさん、よかったですね。
2台になると、それはそれなりに、楽しみが広がると思います。
インター8ハブ装着完組ホイールって、あったとして、いくらぐらいするんでしょうか。
2008.06.15 Sun 07:46 URL [ Edit ]
結構なお値段 Posted by だっコアラ
結構します。
ヨシダサイクルさんでシマノの完組ホイールが販売されていますが、25、000円と高いです。
変速機を内装しているので、当然といえば当然なのですが、面白いのは、バラ売りされているハブは36Hなのに、完組は24Hなのです。
その分、スポークはより太い♯13を使用していますので、安心して良いかと。
ただし、シマノの慣習として、カタログがあっても在庫が無く、実は終了していたということが、結構あるそうなので悪しからず。

おかしいと思うのは、完組で高いと言っても、実は、ハブ、スポーク、リム、リムテープ、を個人で取り寄せて組むと、より高くなってしまうことです。

これにスプロケットを加えると、更に上がります。
また、頼んだ場合の工賃が発生すると、計3万円程度掛かってしまうから不思議です。

何にしてもそうですが、修理より、買い換えた方が安いという現状は、私にとって非常に気持ちが悪いです。

→商品ページ:http://www.cycle-yoshida.com/shimano/wh/nx/6wh8r25_page.htm
2008.06.15 Sun 12:54 URL [ Edit ]
インター8のホイールは難しいですね Posted by 断腸亭髭爺
だっコアラさん、これは実に貴重な情報です。

「バラ売りされているハブは36Hなのに、完組は24H」というのも、完組よりも自前で組んだ方が高く付くということも、確かに、実に不可解な現象ですね。
不可解というより「理不尽」と言った方がいいかもしれません。

また、ご案内のヨシダサイクルのページを見て初めて知ったのですが、完組のエンド幅が、実に微妙な132ミリなんですね。
これは、ちょっと無理をすれば、ロード系のフレームにも、マウンテン系のフレームにも押し込むことができるという幅なのかなあ?

いっそ、R-500のホイールをベースに、だっコアラさんが嫌いな外装の8速か9速(2200かSORAあたり)を取り付けてみるのも面白いかなあと思います(費用はほぼ同じぐらいか?)が、リアエンドの形状やチェーンラインなどは問題がないかなど、私には分かりませんが。

いずれ、TR-8で起こりうる問題だと思うので、私の問題でもあります。
2008.06.16 Mon 09:29 URL [ Edit ]
エンド幅について Posted by だっコアラ
最後の方、エンド幅についての返答ですが、インター8は基本、OLD(オーバーロックナット寸法)が132ミリです。

私が知る限り、インター8が標準で組み込まれているモデルは、例外なく132ミリで製造されているはずです。

かなーり中途半端なんですよね。

E-COM8やTR8は、素材がアルミなので、無理が利かない。

外装への換装は、ディレーラー用の加工がエンドに無いので、難かしいのではと。

色々「遊び」たくて調べましたが、ネクサスインター8用に製造されたフレームでは、エンドの幅や形状が、それ用になってしまっているので、弄れないというのが一応の見解です。

ハブギアの普及を狙っての事なのか、アルフィーネコンポとして存在するインター8は、エンドが135ミリになっている様ですが、だったら最初から135ミリで開発して欲しかった(悲

私は、対応するデュアルコントロールレバーがあれば、迷わずドロップに走るんですけどねぇ。

「見た目はロード、中身はコンフォート!」

シマノさん、開発を熱望します。
2008.06.16 Mon 12:03 URL [ Edit ]
なるほどぉ~ Posted by 断腸亭髭爺
なるほどぉ~。
唸りながら拝読。

いずれにせよ、E-COM8がちゃんと復活するといいですね。
2008.06.17 Tue 09:50 URL [ Edit ]
イタリアに行ってみたい!! Posted by しんや
こんにちは!
明大を通う3年生です、明大紛争の関連資料を探してこちらの記事にアクセスしてきました。そうですか、私たちが毎日通学で必ず通るあの道の敷石にこんな歴史があったとは、面白いですね!
イタリアの街の風景っていいですね、つい先日『ローマの休日』を観ました、その時車が四つ付いた自動車がまだ普及していなく、主人公とヒロインが同乗してたバイクが一般的な乗り物だったとのことです。いつかああいう乗り物でイタリアの街を見て回りたい、と思います(笑)
2015.11.02 Mon 16:20 URL [ Edit ]
ありがとう Posted by 断腸亭
しんやさん

ご返事、大変遅くなってしまい、申しわけありませんでした。

私も、明大出身なので、明大生からコメントをいただいて、大変うれしく思います。

アスファルト舗装がなかった時代は、地面を突き固めるか、石畳にするしかありませんでした。

イタリアは、現在でも道が狭いので、クルマのサイズも小さく、小型バイクもたくさん走っています。

学生のうちに、イタリアに行かれるといいですよ。
2015.11.06 Fri 07:43 URL [ Edit ]

管理者にだけ表示を許可する

Top↑

TrackBack
TrackBackURL
http://danchotei.blog75.fc2.com/tb.php/161-3d27c6ab

Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。