日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2006.09.15 Fri
生涯28回目の引越
終日、霧雨が降ったりやんだりの曇天。

つい先日、生涯28回目の引越をすませた。
親父の権威が失墜して以降、「地震、雷、火事、引越」と言われるほど、引越というのは、煩瑣な手続きと重労働を強いるものである。段ボールとガムテープは、しばらくごめんこうむりたい。
でもその反面、意外な人々の協力や、新転地についての瑞々しい発見があるので、まだしも報われるところもある。
手続きをした不動産屋の人、保証人になってくれるよう頼みにいった親戚とのやりとり、引越そのものを手伝ってくれた人々のありがたい心尽くし、引っ越し屋のお兄ちゃんたちとの啓発的な世間話、隣近所への挨拶等々、定住的日常性からは体験することのできない実相をかいま見ることができる。
新転地を初めて散歩したときに見るごく普通の魚屋も八百屋も、なんと新鮮に映ることか。

夜、裏の鰻屋「すずき」に。
賢治の「注文の多い料理店」みたいに、藪の中に忽然と現れる。
猫多し。
広い店に客はなし。
上うな重(1,800円也)とビール(600円也)を注文。
値段を考慮すれば、75点。
ホール担当のお婆ちゃんは、居眠りをこいている。
勘定の時、松ぼっくりの工作品をもらう。

見た映画
『北海のハイジャック』(米・80年・アンドリュー・V・マクラグレン監督)
アンドリュー・マクラグレン監督でロジャー・ムーア主演という、僕の好きな映画『ワイルド・ギース』と同じチームで製作した作品とあり、期待して見る。
北海の油田がテロリストたちによって占拠され、イギリス政府に対し、天文学的な金額を要求。そこで白羽の矢が立ったのがロジャー・ムーア。
ゆったりと刺繍をしながら作戦を考えるロジャー・ムーアのキャラクターは、ちょっと面白い。
女性に関する偏見と警句も皮肉が効いていて、イギリス的な感じ。
射撃もうまいし、潜水も苦にしない有能ぶりは、まさにジェームズ・ボンド的な色つけで、ここまでやられると、さすがに鼻白むが、観客は、それを期待しているものなのか。
悪役のアンソニー・パーキンスは、サイキックな憎まれ役としてアプリオリに嵌り役だが、あまりにも愚かしすぎて、単純で、憐憫さえ感じさせてしまう。
『ケイン号の叛乱』のハンフリー・ボガートのようなこそばゆくなるほど憎たらしく、見ている者を恥じ入らせるような背徳性を思い出す。
『ワイルド・ギース』には、リチャード・バートンがいた。
それが故にロジャー・ムーアも光ったが、この映画には、リチャード・バートンが不在だった分、予定調和的な軽薄な米国的解決劇になってしまった。

『リプリー』(米・99年・アンソニー・ミンゲラ監督)

>富豪の放蕩息子になりすます貧乏青年の姿を描くサスペンス。原作はパトリシア・ハイ
>スミスの小説『リプリー』(角川文庫刊)で、ルネ・クレマン監督の「太陽がいっぱい」(
>60)に次ぐ2度目の映画化。監督・脚本は『イングリッシュ・ペイシェント』のアンソニ
>ー・ミンゲラ。撮影のジョン・シール、音楽のガブリエル・ヤレドは「イングリッシュ
>・ペイシェント」に続く参加・・・。

ということで、やはり気になっている『イングリッシュ・ペイシェント』と同じ監督脚本なので、見ておかなければと思って、見る。
『イングリッシュ・ペイシェント』の監督の作品だけあって、かなりの傑作で、要所要所の描き方も、堂に入っている。全体に、良質のエロティシズムがある。
結末が、『太陽がいっぱい』とかなり違う。
登場人物の名前も、マルジュ(マリー・ラフォレ)→マージ(グウィネス・パルトロウ)は、まあ、英仏の読み方が違うだけだが、フィリップがディッキーなのは、どういうことなのか、分からない。
いったい、原作はどうなのか、未読にて分からず(パトリシア・ハイスミスの小説『リプリー』を読むべし)。
三角関係の話であるのは新旧とも同様だが、「支点」が違う。
『リプリー』の中心的な力学は、男性同士の疑似ホモセクシャル的な関係なのである。
マルジュあるいはマージの女性も、違う。
マルジュは、古典的な強さを備えていたが、マージは、現代的な弱さを持っている。
ただ、あの無駄のないルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』を知ってしまっているわれわれにとっては、冗長なところなきにしもあらずな力作である。

『セイヴィア』(米・1998・ピーター・アントニエヴィッチ監督)
深夜の放映だったにもかかわらず、蒲団から起き出して、目をこすりながら見る。
いわゆるボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の最中、偶然、妻子を爆弾テロで殺され、その復讐のために、セルビア陣営の外人部隊に入隊する米軍将校の話。
感想は、疲れたので、割愛。
鰻屋のお婆ちゃんからいただいた松ぼっくり細工

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