日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2014.09.17 Wed
明鐘岬異聞~この四百年
内房は鋸山(ここぎりやま)の突端に、「明鐘(みょうがね)岬」というとても興味深い場所がある。
この岬は、上総国と安房国との国境でもあって、古来、関東でも有数の難所とされてきた。

徳川光圀は、江戸時代初期の延宝2(1674)年、父・頼房の実母(お万の方)の墓参りのため、その年の旧暦の四月下旬、水戸を出発し、下総・上総を経て、金谷湊から三浦半島に渡った。

その大まかなルートは以下のようなもの。
水戸城を出立~下総神崎神社~成田山新勝寺~酒々井~姉ヶ崎妙経寺。
その後、佐貫、金谷を経てここ「明鐘岬」までやってきたのである。
三浦半島へは金谷から船で渡るとなれば、「明鐘岬」まで来なくてもよいわけなので、光圀は、よっぽどこの岬に関心があったにちがいない。

この旅のことを光圀は、『甲寅(こうしん)紀行』という一冊にまとめているが、その中で、「明鐘岬」越えのことを次のように書いている。

鋸山の出崎の小なる路を、岸に沿いて通る。・・・明金(鐘)の内に、八町(約870メートル)許り難所あり、荷付馬通る事ならざる間、一町半余あり。明金が崎にて、山も石も、皆、南と、北と、西方へ傾き向ふなり。これによりて両国の境界は、自ら分かるなり」(『甲寅紀行』)。

*注:『甲寅紀行』は、以下のサイトで全文を見ることができるが、くずし字が読めないと判読困難であろう。
http://base1.nijl.ac.jp/iview/Frame.jsp?DB_ID=G0003917KTM&C_CODE=XYU1-25813


現在では、国道127号線が通っていて、この1キロ弱の区間は、地獄のような危険なトンネルを抜けさえすれば、あっという間に越えられるわけだが、当時は大変だったようである。

まあ、船で渡ってしまうという手はなかったわけではないかろうが、光圀の時代以降も、この「明鐘岬」越えは大変だったらしい。
しかしながら、それだけに、遠く富士を望むことのできる景勝地として名声を得てもいたようである。

たとえば、光圀から約200年後の江戸後期、安藤広重も、「明鐘岬」を二度訪れて風景画を残している。

富士三十六景 房州保田海岸
(広重「富士三十六景 房州保田海岸」)

房総の名所 房州保田の海岸
(広重「房総の名所 房州保田の海岸」)

つまりは、江戸時代までは、この岬を抜けるには、急峻な鋸山越えをしない限りは、海岸の岩場を歩くしかなかったようである。
馬車も通えるような道らしき道が敷設されるのは、明治の中頃(明治21年)で、現在の国道127号線の元となる幹線道が完成したのは、早くても大正年間になってからのことと思われる。

ただ、江戸期の「房総往還・房総西街道」から現在の国道127号へと変化する道の歴史は、きわめて複雑かつ煩瑣であり、ポット出の私なぞには到底まとめきることができないので、詳しくは、房総往還の旧道をほぼすべて自転車で実走し、克明に記録した次のサイトを参照にされたし(恐るべき労作である)。

「国道127号 旧道及び隧道群」
http://yamaiga.com/road/r127/

そう言えば、学生時代(23歳)の漱石が千葉県一周の旅をしたのは、明治22年の夏のこと。
つまりは、やっと内房にも道らしきものが通ったばかりのことである。
漱石は、保田海岸に長逗留をして海水浴を楽しみ、鋸山の日本寺にも登っている。

*注:漱石の房総一周旅行のルートは以下。
行徳~千葉~木更津~鋸山~保田~鴨川~九十九里(片貝)~飯岡~銚子。そして利根川を船で野田~流山~松戸~小名木川~隅田川。


もしかしたら、水戸黄門も苦労して越え、安藤広重が浮世絵に描き、しかも、明治「新道」の開通が話題になっていた「明鐘岬」に引かれて、房総一周旅行を思い立ったのかもしれない。
しかし、この漱石の房総一周旅行については、今後の課題としよう(漱石は、この時の紀行を「木屑録」という漢詩としてまとめている)。

つい最近、その房州をサイクリングしてきた。
今回は、南側から「明鐘岬」を抜けた。
例の恐ろしい国道のトンネルを通って。
実に味気ないものである。
いや、味気ないどころか、苦痛ですらあった。

この日のわれわれには、目的があった。
「明鐘岬」の突端に建つ「岬」(千葉県安房郡鋸南町元名)という喫茶店にいくこと。
前回、この店を訪れて、みんなでコーヒーを飲んだのは、去年の秋のことだった。

IMG_0143_20140917093432e50.jpg
(去年の秋の写真。外のベンチでゆっくりコーヒーを楽しんだ)

ところが最近、この喫茶店をモデルにした映画が海外で賞をを獲得したという。
吉永小百合が製作・主演をつとめた作品である。

poster2.jpg
(『ふしぎな岬の物語』のポスター)

映画は、本邦未公開にて、まだ当然見たことがないが、時代に乗り遅れがちなわれわれ老年自転車乗りは、たまには流行というもの接してみたいという一心で、外房安房鴨川から自転車で駆けつけたというわけである。

ところが行ってみると、以前は、知る人ぞ知るの寂しい岬の喫茶店だったのだが、クルマが一杯、人も一杯で、騒がしいことこの上なし。
コーヒーを飲む気も失せたが、まあ、岬からの景色だけは抜群である。

IMG_0228_20140917093436a93.jpg
(話題の喫茶店)

IMG_0225_20140917093434e46.jpg
(岬の風景)

そもそも、私がこの店のことを知ったのは偶然で、11年前の夏、国道127号線をクルマで走っていたときに、小さな看板を見かけて入ってみたのが最初である。
その後、ここを通る度に、その当時は、比較的頻繁に通っていた。
話題になるどころか、いったい、この砂利道の先に店があるだろうかという立地だったので、近所の人が数人来ているだけということが多かった。

それで、去年の秋、10年ぶりに、自転車でこの店を再訪したわけである。
ところが、店は、明らかに様子が変わっていたので、その点をママさんに尋ねると、数年前に火事になって全焼してしまい、再建したのだという。
いやぁ~、苦労したんだなとため息がでた。

帰宅して、PCに残っているかもしれない、昔の(店が焼ける前の)写真を探してみたら、数枚見つかったので、その一部を紹介しておこう。

AUT_0063.jpg
(11年前の写真。店。現在とは違って、ベランダのような場所はなかった)

AUT_0064.jpg
(11年前の写真)

AUT_0068.jpg
(11年前の写真・店内)

AUT_0066.jpg
(11年前の写真・店内で煙草を吸う私)

そして、次の写真も11年前にこの岬で撮影した写真に違いなかったが、前回訪れたときは、どこから撮った写真だか分からなかった。

AUT_0061.jpg
(11年前の写真)

しかし、今回行ってみて、あたりを散策していて分かったのである。
これである。

IMG_0229_2014091709343784c.jpg
(同所同アングルの現在の写真)

すぅ~と海に延びている鉄板のような物は、現在は錆び付いていて使われていないようだが、11年前は、船の桟橋として使われていたのである。

江戸期から現在までの明鐘岬の歴史を大急ぎで辿ってきたわけだが、図らずも、最後の11年間に関しては、自分の記憶を辿る「旅」にもなったようである。

しかしながら、房総往還の歴史は、こんなものではない。
今度も、さらに探索を続けていきたいと思う。

*今回の房州サイクリングについては、後日、別途書くことにします。
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2014.09.10 Wed
甲信ツーリング18~補遺・山中湖CRについての覚え書き
甲信ツーリング18~補遺・山中湖CRについての覚え書き

この旅では、最初の6日間は山中湖に逗留した。
その間、山中湖を5周ほどしてみたが、今回は、山中湖CRを含めたを周回路について少しく書き留めておきたい。

なお、これまでの記事については、甲信ツーリングの記事一覧を参照にされたし。

山中湖のいわゆるサイクリングロードを普通に走ると、次のような経路地図になる。


(山中湖サイクリングロード周回)

距離約13キロ、累積獲得標高約50メーター(勾配は、市川や松戸あたりを走っている感じと似ている)。
山中湖は、ほぼ標高1000メーターに位置するが、周回路は非常に平坦であることが分かる。
老若男女が、ママチャリでも2時間もあれば楽々一周できるであろう。

山中湖を周回する一般道とサイクリングロードの地図を見てみよう。

guide_map.gif
(山中湖地図)

黄色の線がサイクリングロードである。

湖畔の約7割にサイクリングロードが通っているように見えるが、サイクリングロードらしいサイクリングロードは、北畔を通る約5割ぐらいで、あとの2割は単なる歩道を「サイクリングロード」と言い張っているような代物である。

ただ、湖の東端の盲腸のように湾曲したあたりから北畔のサイクリングロードからの眺めは素晴らしい。
天気のよい日には、雄大な富士の山容が望めるであろう。

IMG_0366_201409101032156a8.jpg

NEC_1970.jpg

IMG_0373.jpg

IMG_0368.jpg

IMG_0358.jpg

しかし、南西側の「明神前」交差点から「山中湖村役場前」交差点ぐらいまでは、サイクリングロードがなくて、国道138を走らざるを得ない。
この区間は、山中湖銀座というべき賑やかな一帯だが、それだけに交通量も多く、事故多発地域である。

そこで、この区間を回避する気持ちの良い道を発見したので、紹介しておこう。


(山中湖南西部抜け道)

この道は、かなりの古道らしく道筋には江戸時代の石像なども多い。
また、住宅が切れると、素晴らしい林間を通る道に変貌する。

NEC_1960.jpg
(江戸期の石像)

IMG_0377.jpg
(関所跡のような場所)

NEC_1962.jpg
(林間の道)

ありがたいことに、山名湖畔には、たくさんのレンタサイクル屋がある。
是非、山中湖一周サイクリングをしてみてはいかがだろうか。
そうそう、蛇足ながら、湖を周回する鉄則として、左回りをお薦めしたい。

IMG_0348.jpg
(快晴の山中湖)


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