日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2014.02.22 Sat
2月22日(土)相州巡礼サイクリング(坂東三十三観音1番から4番まで)
2月22日(土)相州巡礼サイクリング(坂東三十三観音1番から4番まで)

鎌ヶ谷のBさんから、坂東三十三観音の1番から4番まで巡ってみませんかというお誘いを受けて、これは面白そうだとすぐにご一緒させてもらうことにした。

旅の概要はこうである。
高砂駅(京成線)から載行(輪行)→金沢八景駅(京浜線)→「雲海山 岩殿寺(がんでんじ)」(逗子市久木)→「祇園山 安養院」(鎌倉市大町)→「大蔵山 杉本寺」(鎌倉市二階堂)→「カフェ カエル」(鎌倉市二階堂)→「海光山 長谷寺」(鎌倉市長谷)→「サイゼリア」(横須賀港)→横須賀駅(横須賀線)で載行→新小岩駅(総武線)。

実走経路図;

(Bさん作成)

つまりは、三浦半島の付け根あたりを、先ずは横浜(金沢区)から鎌倉に抜けて、鎌倉界隈を探訪した後、横須賀へと抜ける旅である。
したがって、海岸線に沿って走るのではなく、半島の「背骨」を二度越えるので、どうしても起伏勾配の多い道筋になる。

7時過ぎに家を出る(ACクロス)。
高砂駅(京成線)で鉄道に乗る。

今回利用したのは、次のダイヤ(土日)。
乗り換えなしで金沢まで80分足らずで行ってくれるのが大変ありがたかったので、今後のために、ここにメモをしておこう。

■京成高砂
|  成田スカイアクセスアクセス特急(京急久里浜行) 6.9km
|  07:59-08:08[9分]
|  180円
◇押上 ≪直通≫
|  都営浅草線快特(京急久里浜行) 11.4km
|  08:10-08:33[23分]
|  260円
◇泉岳寺 ≪直通≫ 1番線発
|  京急本線快特(京急久里浜行) 42.1km
|  08:34-09:14[40分]
|  550円
■金沢八景

今回の目的は、「坂東三十三箇所」の1番から4番までを巡ること。
経路の関係で、2~3~1~4番の順で廻った。

それにしても、「坂東三十三箇所」巡りとは、何なのか?
坂東(ばんどう)という言葉の、「坂」というのは、箱根の坂(さか)のこと。
だから、「板東」というのは、箱根より東の地域という意味である。
しかしながら、「板東」は、いわゆる「東国」という概念よりも狭く、その中に、東北地方(みちのく)は含まれない。
「坂東三十三箇所」は、そもそも、頼朝の時代に、「西国三十三箇所」に対抗して作られた巡礼ルートであり、「東国」の中の、いわゆる「関八州」(関東地方)のことを指す。
因みに、「関東」の「関」も、箱根の関(せき)のことである。
ことほど左様に、箱根は、列島の東西を分別する文化的かつ地理的な、それ故にまた、政治的な分水嶺であったことが分かる・・・。

「坂東三十三箇所」は、その関八州を鎌倉を起点に大きく右回りに巡ることになる。
仮に、1番の相州鎌倉の「杉本寺」から33番の房州「那古寺」(館山)までいっきに巡礼したとすれば、その総距離は、1300キロにも達する。
徒歩で巡るとすれば、たぶん、3ヶ月ぐらい要したのではないか(単に歩き通すだけなら1月半ぐらいだろうが、巡礼の場合は、その倍ぐらいかかったにちがいない)。

しかも、お伊勢参りのように、経路が確立していた大幹線道(五街道など)を行けばよいというものではなく、険しく分かりにくい道が多かったはずである。
とはいえ、この巡礼道は、たぶん、時代を経るにつれ、広義の鎌倉街道を補完する重要な道筋となっていったのではなかろうか・・・。

さて、金沢八景駅頭(駅前に公衆便所あり)で、自転車(Bさんは小径車)を組み立てて出発(寒かった)。
県道を走って、朝比奈峠を越える。

交通量の多い地獄道だが、朝比奈を自転車で越えるには、この道しかないようである(残雪多し)。
もちろん、中世以来の朝比奈の切り通しを抜ける手もあるが、マウンテンバイクでなければかなり難しいであろう。
さらに悪いことに、この二週間ばかり、雪のため物流が滞っていたせいで、今週末は、土日とも、どこも交通量が多かった。

最初に訪れたのは、「雲海山 岩殿寺(がんでんじ)」(逗子市久木)。
8世紀前期創建の古刹である。
急峻な崖にぱっくり開いた沢の一番奥手にあった。

今回巡った4つの巡礼地の中で、私が一番気に入ったのは、この岩殿寺だった。

苔むす長い石段を登っていくと、古錆びた本堂が建っている。
石段を登りつめた所からは、遠く相模湾の海が見える。

雲海「山」 岩殿寺という。
そうなのである。
ここに来ると、岩殿寺を抱く「山」全体が霊場なのだと感じることができる。
われわれは、本堂の奥にある岨道(そばみち)を散策したり、霊場全体の地形を把握すべく、切り立った崖についた道筋を確かめたり・・・。

今回のお誘いを受けた時、Bさんは、各所では、40分ぐらいの時間をかけたいと言っていたが、その意味がよく分かった。
岩殿寺などは、40分どころか、2時間ぐらいかけて、じっくりと堪能したい場所である。
季節が良い頃なら、弁当を持って来て、半日ぐらい過ごしても良いぐらいである。
それはなにも、境内が「広い」からではなく、場が秘める雰囲気(milieu)が「深い」からである。
たぶん、巡礼とは、そういうことなのかと心づく。

思えば、こういう巡礼の旅は、現代の旅を、厳しく正そうとしているかのようでもある。
できるだけ早い乗り物に乗って、次から次へと、名所を「通過」するだけの、いかに遠くまで行ったかということを競うような旅(というより「移動」)のあり方に対する痛烈な批判という意味である。
現代の旅人こそ、昔の巡礼者に学ぶべきことは多い。

そんな風にして、われわれは、いささか珍道中的な「巡礼」の旅を続けたわけだが、各所の詳しい報告は、同行Bさんのブログにお任せしたい。
「古都、鎌倉行脚」。
Bさんは、各巡礼地で、見事なまでのお経を唱えていた。
大したものだと感心する。

8世紀前期創建の古刹「杉本寺」(鎌倉市二階堂)を巡った後、偶然通りかかった「カフェ カエル」という店に入って昼食をとる。
この店がまた良かった。

英国庭園風の店で、庭先のアネモネの花が神秘的だった。
焼き野菜を丼にしたものを注文(奇しくも、「精進」的な食事となった)。
野菜の美味さは尋常ではなく、清泉寮(清里)の食材を思い出す。
こういう「偶然」の出会いにもまた、巡礼的な旅の意義が存するのである。

鎌倉の筋違いの路地を縫うように走って、今日最後の名刹「海光山 長谷寺」(鎌倉市長谷)へ。
梅の花が大分開花していた。
相模湾の青い海を見渡しながら、甘酒を楽しむ。

その後、野を越え山を越え谷を抜けて、途絶する道に悪態をつきながら、三浦半島の東海岸(横須賀)に辿り着く。
古代ギリシャの トゥーキュディデースよろしく「タラッタ、タラッタ(海だ、海だ)」と叫びたい気分だった。

軍港横須賀は、多数の軍艦が停泊する小さな港。
それなりの雰囲気はあるが、自然破壊のなれの果てと言えばそれまでか。
♪港のヨーコ♪は、こんなツマラナイ街にいたのか。

徹底的な再開発により、無残なほど味気ない街で、Bさんと二人、「サイゼリア」で入念な「精進払い」をする。
豚、牛、鶏はもちろん、カタツムリまで食べた。
黄、赤、白の液体まで飲んだ・・・。

横須賀線で、新小岩駅下車。
帰宅すると、ちょうど、寅さんがエンディングにかかるところだった。

走行距離:54キロ(ACクロス)

http://6119.teacup.com/danchoimage/bbs/1197
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