日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2013.11.08 Fri
10月31日~11月1日 銚子珍道中紀行
10月31日~11月1日 銚子珍道中紀行

大学生二人と1泊で銚子に行ってきた。

8時に松戸駅西口に集合。
駅集合としたのは、もしかしたら、輪行を利用する人がいるかもしれないと思ったからだが、さすがに、二人とも自走でやってきた。

IMG_0257_20131105160317223.jpg
(同行の二人の学生。佐原の津ノ宮にて)

二人の簡単な紹介をしておこう。
いずれも、大学4年生で、既に来年度からの就職も決まっている。

先ずは、上掲写真右の学生(アンカー君)。
彼は、一口で言えば、模範的なスポーツマン(身長180センチ)。
高校時代からスキー(アルペン種目)で鳴らした選手で、現在も、大学の体育会スキー部に属している。
自転車歴も長く、高校時代からロードに乗り始めて、現在に至る(自転車通学)。
夏場は、スキーそのものの練習ができないので、自転車とランと筋トレの毎日。
とりわけこの夏は、ヒルクライム三昧だったという。
乗っている自転車は、アンカーシリーズの黄色のフルカーボン(現105組で、ホイールはレイシング7)。
ゆえに、以下、アンカー君と呼ぶ。

もう一人は、上掲写真左の学生(バッソー君)。
こちらも、なかなかのスポーツマンで、高校時代は、ラグビー強豪校で花園(全国大会)に出場した経験を持つ(ポジションはプロップで、こちらも、身長180センチぐらい)。
自転車歴は大変に短く、この8月下旬にバッソーのアルミ(10速ティアグラ組で、ホイールはR-500)を購入したばかり(因みに、七部組で買って、私が組みました)。
まだ、パンクも直せない初心者ながら、高校ラガーマン時代に地獄の猛練習に耐えただけあって、筋力と心肺力は超人並みである(ことが今回、判明した)。
以下、バッソー君と呼ぼう。

因みに、私は、いつものVIVALO。

アンカー君は池袋から、バッソー君も、多少は心配したものの、江戸川区から、きちんと約束の時間までに自走で松戸駅に現れた。
駅前のコンビニで、補給食を買いこんで、いざ、出発。

今日は、これから「木下河岸跡」(利根川)で、10時に、印旛のサイクリスト愚兵衛さんと落ち合うことになっているので、普通の速度で走ればちょうどよい感じ。

紙敷の沢から東松戸駅前を抜けて、松飛台の産業道路(通称)を走っていると、私の後ろを走っていたバッソー君から「止まってください!」との声がかかった。
何とバッソー君、まだ走り始めて30分ぐらいなのに、さっそく前輪パンク。
自分で修理できるかどうかしばらく伺っていると、ただ、右往左往しているばかり。
仕方がないので、手を貸すことに。

バッソー君、パンク修理セットは持っているけど、いかにも初心者らしく、肝心の空気入れと替えチューブは持っていない。おいおい、一人の時パンクしたらどうするのよ~。

どうも、タイヤとチューブを外す練習もしていないようなので、私が、やり方を詳しく解説しながらやって見せる。
タイヤの裏面を探ってみるが、結局、パンクの原因は分からず。
私の替えチューブを使って、どうにかパンク修理を済ませるが、解説しながらやったので、いつもより時間を食う。

聞けば、1週間ほど前にも、後輪がパンクして、自転車屋で修理してもらったとのこと(自分でやらなきゃ覚えねえぞー)。
付いているタイヤは、ヴィットリアのザフィーロ(23C)。
よく、10万ぐらいの完成車に付いてくるタイヤだが、このタイヤは最低である(値段も最低だが)。
私もかつて使っていたことがあるが、頻繁にパンクするし、雨の日はツルツル滑りまくる危険なタイヤ。
同じヴィットリア製でも、他のタイヤ、たとえば、ルビノプロなどは、非常に優秀なタイヤなんだけど、ザフィーロだけはいただけない・・・。

愚兵衛さんには、「すみません、パンクしたのでやや遅れます」とメールしておいたが、時間のロスを取り戻すために、その後しばらくはかなりぶっ飛ばしたので、ヘロヘロになる。

五香→佐津間→下総自衛隊基地→手賀農免農道。

農免農道の途中で一休みして、携帯電話を確認すると、愚兵衛さんからメール。
何と、愚兵衛さんもパンクして、栄橋あたりで修理中とのこと!

まあ、これで時間的な帳尻が合うので、その後は普通の速度で走って、10時10分頃、「木下河岸跡」(利根川)に到着。
愚兵衛さんも、ほぼ同時に到着した。
愚兵衛さんの笑顔を見て、私は、ほっとするような安心感に包まれるような気がした。

ここで、ありがたいことに、愚兵衛さんから銘菓「久七団子」の差し入れをいただいた。
晴れ渡った空の下、利根川土手で、しばし歓談しながら、美味しい団子をいただく。
私は、2本(みたらしと餡子)だけだったが、学生たちは、はしたなくも、何本も食べていた。

団子
(4人で団子をほおばる)

利根川
(利根川。やや向かい風なるも、素晴らしい秋の青空が広がった)

そして、4人で再出発。
若草大橋を渡って、茨城県側に出る。

長閑な河川敷では、牛が放牧されている。
この風景には、いつも心が和まされる。

IMG_0254_2013110516033393f.jpg
(いつもは、俯瞰でしか撮らない風景だが、今回は一頭の牛を望遠で撮影)




続く












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テーマ:千葉県 - ジャンル:地域情報
旅(自転車)    Comment(4)   Top↑

2013.11.05 Tue
11月3日(日) 病み上がり~水元公園散歩~平方・深井新田の土手道を走る
11月3日(日) 病み上がり~水元公園散歩~平方・深井新田の土手道を走る

体調を崩してしまったので、昨日は、楽しみにしていた「房州・嶺岡林道ツーリング」を棄権してしまい、一日中、ケーブルTVで映画を見ながら家でゴロゴロしていた。

なので、今日は、すこぶる欲求不満状態で、どこかに出かけたくて仕方がないが、まだ本調子ではない。

朝の内は曇天だったものの、次第に天気が良くなって暖かかくなったてきたので、「リハビリ」がてら、昼前に、呑ちゃんと水元公園へ散歩に出かける。

IMG_0283.jpg
(園内では、野外ライブも行われていた)

先ずは、腹が減ったので、「NAKAMURA」でランチ。

IMG_0282_201311050711004ff.jpg
(「NAKAMURA」。店の前のオリーブの樹には、赤紫色の実がなっていた)

米沢豚のピカタなどを食べる。
美味!

ピカタ
(米沢豚のピカタ)

食事をしているうちに、何だか、元気がみなぎってくるような気がして、水元公園を5キロほどウォーキング。
オオバンなどの渡り鳥が、既に飛来していた。
途中、「カワセミの里」でカワセミを観察。

IMG_0286_201311050713191a1.jpg
(カワセミ)

かなり、体調が回復してきたので、午後から、思い切って、自転車(ACロード)で出かけることにする。
久々に、ACロードで。
このバイク、文鎮のように重い自転車だけど、鉄らしい乗り心地はなかなかいいもんだ・・・。

休日なので、(混みあった)CRは走らずに、江戸川と平行する一般道や農道を、何の目的もなく北へ向かって走る。
三郷の市街地を抜けると、田園がちらほらと姿を現し始める。
中途半端な近代化と、中途半端な減反政策と、中途半端な道路行政が作り上げた、列島郊外の典型的な風景。
それでも、幹線道を離れると、まるで江戸時代に迷い込んだのではないかと思うような農村的な風景にも出会うが、すぐにそれも途切れて、散文的な郊外の風景に変わる。

この地域を走っていて面白いのは、江戸期以前の、江戸川がまだ「とねがわ」と呼ばれていた頃の名残かと思える古い地形らしき場所に遭遇することである。

そのひとつは、以前にも書いたことがある平方新田と深井新田の土手道(埼玉県吉川市)である。

位置的には、埼玉県吉川市で、流山橋から江戸川CR右岸(三郷・幸手自転車道)を北上し、常磐自動車道のアンダーパスをくぐって、右側に越谷ゴルフ場を見ながらしばらく進んだところで、江戸川CRを降りたあたりからこの土手道が始まる(その南端付近に「吉川へら鮒センター」あり)。

先ずは、その経路地図を示しておこう。


平方深井新田の土手道の経路地図。全長3キロ余)

全長3キロ余りなので、歩いても40分ぐらいの道のりか。
自転車だと早すぎてしまうので、ここはゆっくりと走って、風景と環境をじっくりと愛でるのが良いだろう。

この小高い土手道を走るのは実に楽しい。
同じ土手道でも、無機質で、人間の暮らしの匂いがない、高速道路のような江戸川CRとは大違いである。

冬にでもなれば、見上げるようなサザンカの生け垣。
懐かしい肥えの香り。
小さく区切られた畑には、季節の野菜が実り、その向こうには広やかな田んぼが広がる。

IMG_0287_201311050713326c2.jpg
(道幅は1間半ぐらい。両側は、古風な農家が連なる)

IMG_0288_20131105071337883.jpg
(風の強い地域だけに、立派な生け垣が点在する)

IMG_0289_20131105071338a77.jpg
(農家や生け垣がないところでは、ここが土手道だということを改めて思い出させられる)

IMG_0290.jpg
(土手の向こう側には、田んぼが広がっている)

こういう道は、走っていて本当に楽しくて、この日も何回か往復してしまったほどである。

ところで、どうして、このような道が成立したのであろうか。
それが前から不思議であった。

そこで、明治大正期の地図を見てみよう。

明治大正
(明治大正期の地図)

基本的に、現在の地図と大きな違いはないが、いくつかの土手道が交錯するように存在することが分かる。

ついでに、現在の地図も掲載しておこう。

現代
(現在の地図)

この土手道は、いつ頃、どのようにしてできたのであろうか。

私が、調べた限りは、よく分からないものの、少なくとも幕末維新時には、現状のような地形になっていたことは確かで、江戸期のいつかに成立したようである。

他方、分かったことは、やはりこの土手道は「古江戸川」の自然堤防で、古くは、このあたりの江戸川は、現在より約1キロほど西を湾流していた名残であるようである。

その証拠に、現在の江戸川の東岸側の流山市にも、「平方」や「深井」という地名が存在することからも推測できる。
つまりは、埼玉県吉川市の平方・深井新田と、千葉県流山市の平方や西深井や東深井は、古くは、川によって分断されていない一続きの土地だったということである。

因みに、明治政府は、1889年(明治22年)に、そもそもが千葉県東葛飾郡深井新田であった江戸川西岸のこの地区を、埼玉県北葛飾郡深井新田として分離再編成した。
それでも、この頃の明治政府はまだ偉かったと思う。
深井や平方という中世以来の古地名を抹消しなかったからである。

尚、この道は、短距離ながら、真夏の炎天下では日陰の多い道となり、江戸川CRが向かい風の場合は風を一時的にしのぐことのできる道であることも、書き添えておこう。

走行距離:48キロ(ACロード)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
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