日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
映画の日々 | エッセイ | 思い出 | 身辺雑記 | 日録 |  | 自転車 |  | 小さな旅(自転車) | 小さな旅 | 旅(自転車) | 未分類 | 自転車文学 | 
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
断腸亭日録~自転車日記
≪2013.02  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  2013.04≫
プロフィール

higedancho

Author:higedancho
断腸亭髭爺です。
自転車関係の日記が多いです。
よろしく。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム
フリーエリア
ブロとも一覧
「 2013年03月 」 の記事一覧
--.--.-- --
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告    Top↑

2013.03.25 Mon
東都桜廻り~江戸城趾大手門・不忍池・谷中墓地・隅田川・向島百花園・水元公園夜桜~根津「鷹匠」
3月22日(金)東都桜廻り~江戸城趾大手門・不忍池・谷中墓地・隅田川・向島百花園・水元公園夜桜~根津「鷹匠」。

駿河台の職場にて、正午に業務終了。
腹が減ったので、どこぞで昼飯でもと思ったが、昼休み時間帯のお茶の水界隈の店はどこも大混雑なので、気が向かない。

微睡(まどろ)みを誘(いざな)うような、とても気持ちの良い春の日。
帰りがてら、別の街で食べることにしようと思って自転車(ACクロス)に跨る。

そうだ。
今年は、例年になく、桜の開花が早くて、このままだとろくに桜を見ずに終わってしまうので、今日こそ、花見をしておこうと心づく。

駿河台から近い桜の名所と言えば、先ず思いつくのが千鳥ヶ淵と靖国神社であるが、このあたりは何となく行きたくない。

とりあえず、明大通りを下って江戸城趾内堀の大手門に出てみた。
江戸城趾内堀の東側には、ほとんど桜の樹がないのだが、大手門前に慎ましげに咲く小ぶりの桜の樹が美しかった。

IMG_1188.jpg
(江戸城趾大手門の桜)

大手門を眺めていると、内堀に一羽の白鳥が。
これには驚いた。

IMG_1191_20130323050536.jpg
(何と内堀に白鳥が!)

さて、どうしよう。
まあ、上野に出て、昼飯でも食うか・・・。

外濠通りを北上して、昌平橋通りで上野公園。
人出の多さにびっくり。
たまに行く広小路の「餃子の王将」に寄ってみるが、これが長蛇の列。

諦めて、先に不忍池の桜を観賞。
やはり、桜の花は水辺が美しい。
いつもなら、池の周りを自転車で走ってから上野の山に登るのだが、今日は人が多くて走行不能。
自転車を停めて、池端を歩く。

IMG_1193.jpg
(不忍池の桜)

上野山は恐ろしく人が多いようなので、上がらないことにして、動物園通りを上がって谷中を目指す。
空腹はもう限界に近いので、谷中銀座で弁当でも買って(谷中界隈は、安くて美味しい弁当屋が多数あるのだ)、谷中墓地で桜を見ながら食べようという腹づもり。

ところが、根津の路地を走らせていると、実に個性的な店構えの蕎麦屋が目に入ったので、慌ててブレーキを引く。

IMG_1199.jpg
(個性的な店構えの蕎麦屋)

この店、思い出した。
鷹匠」である。
7~8年ぐらい前だったか、やはり根津界隈を散歩しているときに出くわして、入ってみたいと思ったのだが、当時は、確か午前中のみの営業で、結局その後も入店する機会が訪れなかった。

ついに好機、到来せり!
さっそく私は、路地から店に至る、趣のあるアプローチに自転車を停めて入店。
入ってみると、予想よりも広々とした店内。
平日の昼時にもかかわらず、既に、酒杯を傾けている人びともいた。

IMG_1195.jpg
(広々として、ケレンミのない清楚な店内)

初回にて、本道たる「もりそば」を注文。
出てきた蕎麦は、実に美しい。
美味しい蕎麦は、麺に独特の輝きがあるものなので、食べる前から、こいつはすこぶる上等だということがすぐに分かるのである。

IMG_1197.jpg
(見目も麗しい蕎麦。「からみ」付)

ここの蕎麦屋は、私がこれまでの人生で食べた中で5本の指に入る美味しさである(あとの4店は、忘れたが)。
あま~い蕎麦の香りがする。
無農薬栽培じゃないと、この香りは出せないのではないか。
もちろん、この店で出される蕎麦茶も、蕎麦湯も、恍惚たる香(かぐわ)しさであった。

IMG_1201.jpg
(朝の7時半から開店しているので、通勤途中に寄って朝飯として、この美味しい蕎麦を食すこともできる。自転車は、入口通路に置くべし)

大変に美味しい蕎麦に満足して、私は再び自転車に跨る。
「谷中銀座」に寄って、メンチカツを購入。
それをば、谷中墓地の桜を見ながら食べることにする。

IMG_1203.jpg
(谷中墓地の桜)

IMG_1202.jpg
(谷中銀座で買ったメンチカツ。ここのメンチカツは、評判ほどウマイわけではないが、なぜか、つい買ってしまう)

さて、日暮里経由で千住に出てと考えるが、せっかくなので、隅田川の桜も見に行こう。

言問通りを走って、隅田川筋へ。

案の定、墨田堤も大変な人出で、自転車で走るのは無理なので、降りて押しながらそぞろ歩く。
江戸時代以来の桜の名所だけあって、やはり、隅田川堤の桜並木は圧巻である。

IMG_1204.jpg
(墨田堤の桜・言問橋より)

IMG_1205.jpg
(墨田堤の桜・桜橋より)

IMG_1211.jpg
(墨田堤の桜)

IMG_1209_20130326085248.jpg
(墨田堤の桜)

IMG_1212_20130326085255.jpg
(墨田堤の桜)

IMG_1207.jpg
(墨田堤の桜・桜橋より。欄干には、「ちゃんと」都鳥が・・・)

堤のベンチに座って、缶コーヒーを啜る。
時々、南からのそよ風にが桜の花びらが散る。

まさしく・・・、

久方の 光のどけき 春の日に
しずこころなく 花の散るらむ

という風情である。

墨田堤から向島を抜けて、「向島百花園」にも行ってみることにした。
向島百花園は、梅の名所だが、桜の樹も多少あるはずだ。

IMG_1218_20130326152449.jpg
(いつの季節も美しい向島百花園)

IMG_1213.jpg
(向島百花園の桜)

IMG_1217.jpg
(向島百花園の桜。やはり、水があると桜花は映える)

IMG_1219_20130326152512.jpg
(向島百花園の桜)

島百花園の風景と桜を楽しみながら一服。

こうして、私は家路に着いた。
途中、焼き鶏や総菜類を買って帰宅。

〆は、水元公園で夜桜を楽しむつもりだったからである。

呑ちゃんの帰宅を待って、夜の水元公園桜土手に出かける。
土手の桜並木の下に陣取って、ビールで乾杯!

IMG_1222_20130326152520.jpg
(夜桜用の飲食物)

IMG_1232.jpg
(水元公園の夜桜)

暖かな南風が頬を撫でる。
われわれは、「よしないことや拗言(すねごと)」(中原中也)を語り合いながら、桜の樹の下で、夜更けまで酒を酌み交わしたのであった。

・この日の水元公園夜桜については、呑ちゃんブログもご参照。
http://marichandengana.blog80.fc2.com/blog-entry-598.html

走行距離:46キロ(ACクロス)
スポンサーサイト

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(8)   Top↑

2013.03.22 Fri
彼岸のお墓参りサイクリング~旧水戸街道をゆく(取手→若柴)
本日、3月20日(水・祝)は、お彼岸(中日)である。
旧暦でも新暦でもお彼岸はお彼岸なので、あれこれと注釈を付ける必要がなくてホッとする。

呑ちゃんの母方のお墓が、茨城県の竜ヶ崎市の入地(いれじ)にあって、ご両親とお墓参りに行くとのことで、私も「同行」することにした。
と言っても、私だけは自転車で。

水戸街道というは、奥州街道の脇街道の一つで、日本橋から千住までは奥州日光街道と同一。
千住からは、亀有・金町を経由して、水戸を目指す幹線道のことである。

現在の国道6号線が、一応、水戸街道ということになっているが、江戸時代までの旧水戸街道とは著しく異なった道筋であったので、われら自転車乗りにとっては、この旧街道が快適な走行ルートの候補にもなりうるのである。

このあたりのことについては、過去にも何回もブログに書いたことがあるが、たとえば、次の記事などを参照にされたし。

「葛飾区内の旧水戸街道を自転車で辿る」
http://danchotei.blog75.fc2.com/blog-entry-582.html

当日は出発が遅れて時間が厳しかったし、取手までの旧水戸街道はこれまでにも何回も走ったことがあるので、松戸駅から取手駅までは輪行(旧水戸街道を辿るには、取手駅東口に出るのが便利)。

さてその旧水戸街道のルートだが、ネット上では、以下のページが非常に参考になる。
http://www.jinriki.info/kaidolist/mitokaido/
(詳細な経路地図あり・「人力~旧街道ウォーキング」より)

また、我孫子から土浦までの経路地図は、自転車仲間のノリピーさん(我孫子)が作成してくれた以下のものが大変に役に立つと思われる。


(旧水戸街道経路図・我孫子→土浦。ノリピーさん作成)

ついでだが、亀有から我孫子までの経路図は以下をご参照のこと。
http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=b9f431d91b71d0d376f12c79bc023250

しかしながら、私は、14万分の1の地図を携帯してるだけだったので、経路の捕捉には困難をきわめたことをここに白状しておこう。

先ずは、県道11号を東進して、「麻生建具店」のあるY字路を左折する(地図)。
走り出すとすぐに街道の左側に「旧取手宿本陣」がある。
ここは、以前にも訪れたことがあるが、当時の建物が非常によく保存されている。
是非、立ち寄ってみることをお薦めしたいが、この日は、残念ながら開いてなかった。

IMG_1132.jpg
(「旧取手宿本陣」)

IMG_1133.jpg
(「旧取手宿本陣」の説明板)

その後、県道11号を渡って直進する(地図)。
利根川の土手を右に見ながら500メーターほど走ったところで、Y字路を左折(地図)。
ここが大変に分かりにくい。
うっかりすると、通り過ぎてしまうのでご注意。

IMG_1148.jpg
(利根川の土手を右に見ながらY字路を左折・地図

ただ、ここをクリアーしてしまえば、しばらくはずっと一本道なのでご安心。

IMG_1149.jpg
(左折してすぐに、左側に、なかなか良い佇まいの神社[八幡神社]の参道がある)

IMG_1150.jpg
(いかにも旧道らしい長閑な道)

IMG_1144_20130322050001.jpg
(途中、右側の路肩に最近の道標を発見。「水戸街道 江戸より十里二十二丁」とある)

IMG_1151.jpg
(道なりにしばらく走ると、県道11号との交差点に出るので、ここも直進。前方右に見える建物は吉田消防署。地図

ここからは、不安になってしまうほど牧歌的というか、これがかつての幹線道路かと思うほどの、田圃の中の一本道になる。

IMG_1152.jpg
(田圃の中の一本道たる水戸街道。電柱さえなければ、江戸時代と同じ風景なのではないか)

IMG_1153_20130322050019.jpg
(相野谷川に架かる「土橋」には「陸前浜街道」(=日本橋から水戸経由仙台までの街道名)とある。地図

IMG_1154.jpg
(橋の反対側には、江戸時代の道標。「来応寺七丁・水戸十八里」)

IMG_1155_20130322050137.jpg
(江戸時代の道標。「江戸十一里」)

IMG_1157_20130322050156.jpg
(さらにしばらく行くと、「旧陸前浜街道」の道標)

IMG_1158.jpg
(そしてさらに長閑な旧道は続く)

そして、常磐線を抜けて、国道6号線を渡る。

IMG_1160.jpg
(「谷中本田」の交差点で6号を渡って直進)

・・・と、このあたりまでは、結構順調に進むことができたが、藤代宿から若柴宿までの旧道の道筋は複雑で、14万分の1の地図では歯が立たず、ずいぶん迷った末に、結局、時間切れになってしまった。

ただ、言えることは、取手から藤代までの旧街道は、自転車で走るにとても快適で、スピードも出せる。
しかしながら、藤代から若柴の行程は、複雑で、しかも、所々、交通量の多い国道6号線の本道を走らなければならないので、とてもお薦めできない。
藤代までは旧道を走り、藤代からは6号のバイパス(「藤代バイパス」)に抜けてしまった方が良いと思われる。

さて、こうして、何とか、約束の時間に佐貫駅で呑ちゃんたちと合流して昼食。

IMG_1165.jpg
(佐貫駅近くのイタリアン「Grano(グラーノ)」で昼食。安くてとても美味しいお店)

その後、龍ヶ崎鉄道の「入地(いれじ)駅」で再合流して、お墓参りをして、佐貫駅から輪行で帰って来たのだった。

IMG_1168.jpg
(しなびた感じの入地駅)

IMG_1167.jpg
(入地駅)

IMG_1172.jpg
(お墓参り)

IMG_1171.jpg
(一箇所に集められた江戸時代の墓石)

かくして、この日のブログは、突然に終わるのだった。

・この日の呑ちゃんのブログも参照にされたし。
http://marichandengana.blog80.fc2.com/blog-entry-596.html

追記;
自転車仲間のroadrunnerさん(流山市)が、我孫子から水戸まで旧水戸街道を自転車で走られたブログ記事も大変参考になる。
http://roadrunner8837.blogspot.jp/2011/03/blog-post.html

走行距離:45キロ(VIVALO)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(2)   Top↑

2013.03.20 Wed
自転車、ときどき読書~『利根川図志』における安政大地震の記録と利根川の風向きについて
「3月19日(火)自転車、ときどき読書~『利根川図志』における安政大地震の記録と利根川の風向きについて」

今日は、まるで、絵本の中に描かれてもよさそうな春爛漫な一日であった。
桜の蕾はほころんで、ヒヨドリが嬉々として花から花へと戯れ、柳は黄緑色の芽を吹いて風にその枝をそよがせ、森林全体が暖かさに身を膨らませているようであった。

IMG_1127.jpg
(水元公園桜土手の桜並木)

IMG_1128.jpg
(日当たりの良いところの桜木は既に大分開花していた)

どこに行くという当てもなく、ぶらりと自転車に乗って出かけた(ACクロス)。
水元公園をそぞろ走る。

IMG_1092_20130319231951.jpg
(木蓮は、今が満開である)

桜の樹の下に来れば、桜を眺め、水辺に水鳥がいれば、ただそれを漫然と観察する。
暖かい春の微風が頬を撫でる。

IMG_1071_20130319232339.jpg
(早咲きの桜も、今が満開)

家から持って来たのは、一冊の岩波文庫。
私の愛読書のひとつ、赤松宗旦の『利根川図志』(1858[安政5]年)である。

公園のベンチに座って、本を取り出すと、風でパラパラとページがめくれる。
風が読めと命じた箇所から読み始めよう・・・。

『利根川図志』は、安政の大地震の直後にまとめられた、旅行指南的地誌書のようなものであるが、まだ各地に生々しくのこる震災の傷跡のこともきちんと記録している。

利根川図志
(『利根川図志』全六巻)

IMG_0429_20120531112054.jpg
(現在も茨城県利根町に残る赤松宗旦旧居・去年の5月に撮影)

たとえば、手賀沼の項では、某氏がものしたという「手賀沼北辺紀行」(安政2年)なる書物から長々しい引用をしているが、これが面白い。

「手賀沼北辺紀行」は、大地震以降、心が落ち着かず、来訪してくる客もいないので、所在なくなって、ぶらりと「下総の布川」あたりに行ってみたくなって舟に乗るところから始まる(岩波文庫版170頁より)。

本所の「崩れたる家」を横目で眺めながら、小名木川に舟を浮かべ、新川筋では、銚子あたりから届いたらしい魚を買い求めて優雅に酒をのんだりする閑人ぶり。

江戸川に出て、妙見島の脇を通って、国府台を眺めながら松戸に至る。

名所江戸百景鴻の台とね川風景
(広重の「名所江戸百景鴻の台とね川風景」。「鴻の台」とは国府台のこと。「とね川」とは江戸川のこと)

ところが、この松戸にしてからが、「家崩れて人も失せぬ」という壊滅状態(172頁)。
小金あたりでも、倒壊している寺院を目撃。

そして、注目すべきこととして、利根川筋では、2年前の3月11日の大震災と同様の被害を受けていたことを記録している。

「我孫子より布佐までは三里十町あり。こたびの地震に布佐も布川も家損ねたり。そは皆井を掘るにも地下の柔なる処なりと、げに江戸にても家の甚(いた)く壊(やぶ)れたるは、古川の跡、若(もしく)は蘆場を築き固めたる処とおぼし・・・」
(175頁)

安政の大地震は、東京湾北部を震源とする、いわゆる首都直下型大地震であったのだが、今回の大地震と同様、川辺を埋め立てたり、地盤が弱いところで大きな被害が出たこと指摘してる。
思えば、既に江戸期から府辺では、大規模な埋め立て工事が行われていたので、その分、家屋倒壊の被害も大きかったのであろう。
因みに、今回の地震による利根川流域の被害状況については、過去のブログ記事をご笑覧のこと。
これは、今後とも教訓になるなあ・・・。

安政地震
(「安政二年江戸大地震火事場の図」)

そんなことを考えていたら、急に空腹を覚えたので、ベンチから起きあがって、ペットボトルのお茶を一飲み。
自転車に跨る。

何かドカンとしたものが食いたくなったので、三郷のトンカツ屋「林や」に行ってみることにした。
公園の近くなので、5分ぐらいで着いてしまう。
ところがこれが、定休日にてやっていないときたもんだ。

う~ん、どうしよう。
そうだ、この先に結構美味しいラーメン屋があったはず。
街道沿いに自転車を走らせると、黄色い看板が見えてきた。
そうそう、ここだ、「飛天」(三郷市戸ヶ崎)だ。
このラーメン屋に来るのは、これが3度目。
確か、自転車仲間から教えてもらって来てみたら、案外うまかったのだ。
パンチの効いた背脂系だが、どこか、溌剌たる味わいがするので飽きない。
腹が減っていたので、一心不乱にガツガツと食う・・・。

IMG_1129.jpg
(「飛天」のラーメン・750円)

腹も落ち着いたので、また、水元公園に戻って、読書の続きを。
今度は、バーベキュー広場の東屋に陣取って、本を開く。
すると、また風がパラパラとページをめくる。

なになに・・・。
おー、利根川の風と天候の関係が書いてあるぞ。
自転車乗りにとって、風は実に気になるところ。
そう言えば、ちょうど今週末、自転車仲間と利根川筋を走る予定なので、これはしっかりと読んでおこう。

赤松宗旦の『利根川図志』の面白さは、利根川流域の旅行ガイドブックにとどまらず、流域をひとつの文化圏として捉え、地形や産物まで記していることである。
上代の『風土記』に似たような動機を内包している。
この点において、『江戸名所図会』(1836年)とは決定的に異なる。

出版年は、たった20年ほどしか違わないが、『江戸名所図会』が太平楽の江戸を描いたとすれば、赤松宗旦の『利根川図志』は、大地震と黒船来航を体験した人間のリアルな視点によって利根川を活写しているのである。

「舟人の最も慎む所は天候にして、就中(なかんづく)暴風(はやて)を前知するにあり」(56頁)

う~ん、なるほど。
当時は、自転車乗りは存在しなかったので、一番、風を心配しなくてはならないのは、船乗りであったろう。
流域の人びとにとって、利根川がもたらす恩恵は、そこで獲れる豊富な魚、田畑を潤す用水、そして舟運であったはずである。
帆掛け船(高瀬舟)を操る船乗りにとって、一番気になったのは、天候、なかんずく、(風力を含む)風向きであったであろう。

その先を読み進めるが、何せ、現代人には読みにくい文語であるし、食後でもあるので、私は東屋のベンチに横になったまま、1時間ほども寝込んでしまった。
春の微風を受けながらの午睡は、実に気持ちよく、あ~、生きてて良かったと思えるほど。
目覚めた私は、気分も爽快になって、次のくだりを何回も繰り返し読んで、その意味を解読しようとした。

「黒雲急に起こるはその方より暴風(はやて)来たる徴(ちょう)なり。暁に黒雲奇峯を為すは、その峯に風行くなり。南東風(いなさ)は晴にて、北西風(ならい)は雨なり。然れども時節に因りて差(たがい)あり。
日光山よく晴たるは北西風なり(北西風叉ヤマデという。日光山より出づるの義なり)。曇りたるは雨徴なり。
筑波山よく晴たるは北東風なり(筑波オロシともいう)。雨日は晴徴とす。
富士山に黒雲あれば西南風なり(これをフジカタという。南西風はフジミナミという)。曇天に富士山のみ晴たるも西南風なり。
鳥飛下るに必風に向かう。是を以て風の方向を知る。
魚高く跳ねるは雨、低きは晴なり。
耳痒きは晴の徴なり。
星の光揺(うご)くは大風の徴なり」
(56頁)

ちょっと頭がこんがらかりそうになったので、何遍も読み直した結果、次のような現代文に訳してみることにした。

1.にわかに黒雲が生じれば、それは嵐の前触れである。夜明けに積乱雲が現れる場合は、その積乱雲の方角に風が吹くものだ。その風が(南)南東の場合は晴になり、(北)北西の場合は雨になる。とはいえ、時節によって例外もある。
2.日光山のあたりが晴れていれば、(北)北西の風。逆に日光山のあたりが曇っていれば、雨の前兆である。
3.筑波山のあたりが晴れていれば、(北)北東の風。逆に筑波山のあたりが雨の場合は、晴れる前兆である。
4.富士山に黒雲がかかっていれば、西南(西)の風。利根川流域が曇天にもかかわらず、富士山のあたりがよく晴れていれば、西南(西)の風が吹く。
5.鳥は降下する際に、必ず風上の方を向く。これによって、風向きを知ることができる。
6.川面から魚が高く跳ねる日は雨、あまり高く跳ねない日は晴である。
7.耳が痒くなるのは、晴れる前兆である。
8.星が明滅して見えるのは、嵐の前兆である。

マスコミによる天気予報がなかった時代、人びとは、周りに展開するあらゆる自然現象とこれまでの経験から、懸命に天候を予想したはずである。
とりわけ、風や波と格闘しなければならない船乗りは、これに対して、人並みはずれて敏感であったであろう。

2,3,4は、それぞれ、日光山(男体山)と筑波山と富士山という、利根川流域から望むことできる代表的な三山を目安にしているのが興味深い。
利根川下流域からすれば、日光山は北西に、筑波山は北に、富士山は南西に、それぞれ位置する。
これら遠景の山の風景を指標にして、天候や風向きを予想するというのは、実に理に適ったことだと思われる。

高瀬舟1
(『利根川図志』の挿絵。順風(西風)を受けて快走する高瀬舟。左遠景に見えるは筑波山。)

それで思い出されるのは、江戸時代の風景画である。
関東を舞台に描かれた風景画には、ほとんどの場合、この三山のどれかが描き込まれている。
それは、これらの山が遠景に控えていると構図として美しいという美的な効果を狙ったのは言うまでもないが、これら三山の見え方から、江戸時代の人びと(というか、江戸期以前のあらゆる時代の人びと)は、天候を占っていたわけで、それほど、重要な存在だったにちがいない。

「隅田川水神の森真崎」
(広重の「隅田川水神の森真崎」。遠景に筑波山の山容が描かれている。現在の南千住付近からの構図)

天気予報が出されるようになると、われわれは、観光地の絵葉書的風景には興味を持つが、都心に富士山を覆い隠すような醜いビルが建っても、儲けのためなら仕方がないだろうとあきらめてしまうことになる・・・。

それから、赤松宗旦は、「南西」の風と「西南」の風を使い分けているので、「南西」の場合は「南南西」、「西南」の場合は「西南西」と解するのがよいかもしれないので、「西南(西)」のような書き方をしておいた。

さて、私が意外に感じたのは、「5.鳥は降下する際に、必ず風上の方を向く。これによって、風向きを知ることができる」というもの。
つまり、鳥は、向かい風を受ける方向に降下着地(ないしは着水)するということ。
鳥にこういう習性があるとは知らなかった。

私は、また、自転車に跨って、今度は水鳥たちがよく見えるベンチに移動した。
しばらく鳥たちの行動を観察。
因みに、やや強い南風が吹いていた。

水面には、鴨類やカモメがいたが、面白いことに、着水する時は、たとえそれまで飛んでいた方向が違っても、必ずと言ってよいほど向かい風を受ける方へと頭を向けるのである。

それだけではない。
飛び立つ時もそうで、必ず、逆風に向かって飛翔するのである。
さらに、水面に浮いているときも、群全体が、風の方の向かって頭を向けている。

IMG_1174.jpg
(群全体が風上に頭を向けている鴨類。水元公園にて)

さらに面白いのは、電線にとまっている鳥も、風の吹く方を向いている。

なるほど、「風見鶏」か。
風見鶏(風向計)は、鳥類が風に向かって姿勢をとることから、その名称と意匠が発想された計器であることを、この歳になって初めて知ったのだった。

私は、赤松宗旦の『利根川図志』を膝の上にのせて、いつまでも、水鳥たちを眺めながら、近代人というものは、過去の人間たちからすれば相当に無能になってしまったものだと考えていた。

追記;
・千葉県の気象と風向きについては、銚子地方気象台の次のサイトが参考になる。
http://www.jma-net.go.jp/choshi/menu/bousai/met_character.shtml
・利根川流域の風予報を知るためには、次のサイトが大変便利である。
http://weather.excite.co.jp/spot/zp-2878510/


走行距離:27キロ(ACクロス)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(12)   Top↑

2013.03.12 Tue
「やさと茅葺き自転車散歩」~里山の風景を満喫
今日は、楽しみにしていた「やさと茅葺き自転車散歩」の日。
「やさと」というのは、茨城県石岡市八郷のこと。
日本の里百選」にも選出されている「やさと」に現在も残る茅葺き家屋を自転車で廻るという、非常に魅力的な企画である(「NPO法人りんりんプロジェクト」他主催)。

松戸駅まで自走→常磐線・高浜駅まで輪行→石岡市八郷総合支所駐車場(石岡市柿岡)。

高浜駅で自転車を組み立て、集合場所の石岡市八郷総合支所に向けて出発。
同行は、kaccinさん(松戸)、テガさん(我孫子)、Gibsonさん(市川)、IWAさん(江東区)。
強い向かい風の中、交替で先導して、恋瀬川沿いを西進。

IMG_0896_20130311211611.jpg
(常磐線・高浜駅で自転車を組み立てる)

恋瀬川。
何と甘味な命名であることか。
平安時代に筑波を詠った有名な歌、「筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる」の男女川(みなのがわ)のことかと思いきやさにあらず。
男女川は、現在の桜川のことだという。
恋瀬川の元の名前は「鯉川」で、これは「国府川」(こうがわ)が訛ったもので、国府川が「国府瀬川」(こうせがわ)となり、「恋瀬川」となったらしい。
市川の国府台(こうのだい)と同様、「コク」が「コウ」と音韻変化をしたわけであるが、さらに「コウ」が「コイ」と変化を遂げたということ。
国が恋になってしまうなんて、さすが「歌垣」の本場たる筑波山麓。

その名の通り、ここ石岡は、かつて常陸国の国府(現在の県庁に相当)が置かれていたところなのである。
なので、現在でも、石岡市内には、「国府」や「国分」や「府中」などという町名が存在する。

IMG_0894_20130311085949.jpg
(石岡の史跡マップ)

上古以来、常陸国は、朝廷による東北(奥州)侵略の拠点だったので、畿内の人間もたくさん来ていたであろう。
だから、石岡の周辺には、古墳や国府関連の史跡も数多く存在する。

畿内から東下する役人たちは、船で利根川から霞ヶ浦に入って、恋瀬川(=国府瀬川)を遡航すれば、比較的容易に国府に至ることができたはずである。
また、当時の霞ヶ浦(=香取海)は、現在よりもはるかに広大だったので、恋瀬川も現在よりも大きな河であったことだろう。

その恋瀬川に沿って走る。
ものすごい向かい風にて、交替で先導役を務めながら、遮二無二走る。
急がないと、集合時間に遅れてしまうからだ。

IMG_0897_20130311211618.jpg
(いつもと違う角度から望む筑波山)

こうして、ほぼぎりぎりに集合地点に到着。
疲れ果ててしまう・・・。


(高浜駅から集合場所の八郷総合支所へのルート)

ちょうど20人ほどの自転車乗りが集まっていた。
筑波界隈からの参加者が多かったが、東京や埼玉や千葉、また、遠くは群馬からの参加者も。
平均年齢は50歳弱といったところか。
9割が男性だったが、二人の女性も参加。
中には、子ども(小学6年生)連れのお母さんもおられた(親子でロードバイク)。
自転車の種類比率は、ほぼ8割がロードで、あとはクロス、小径車、マウンテン。

20台の自転車が連なって走ると壮観である。

IMG_0901.jpg
(恋瀬川CRは、道幅が半間くらいしかないので、すぐに団子状態に・・・)

IMG_0905_20130311090124.jpg
(要所要所で立ち止まって、案内役の新田さんの解説を聞く)

今回の旅のルートは、支所~恋瀬川サイクリングロード~ふるさと農道~上青柳(木﨑眞家)~上曽(綿引家)~柿岡(「丸味食堂」)~佐久(大場家)~浦須(佐久良東雄生家)~支所で距離は30キロほど。


(ルート地図。ただし、当日走ったルートとはやや異なるところもあり)

4箇所の茅葺き家屋や古墳などを訪ねる旅。
いちいちの建築物について、詳説する力は私にはないが、いずれも、江戸時代に建てられたもの。

里山というのは、当然のことながら、そもそも「自然」ではなくて、人間の暮らしが作り上げた環境であるが、そこに建てられている建築物は、まさしくそういう環境から生え出てきたかのように自然なものに感じられる。

また、里山という住環境も茅葺きの家屋も、途轍もなく美しい。
近代以降の日本人は、それ以前の日本人に較べて、美的感覚に於いては、明らかに退化していると言わざるを得ない。
そんなことを考えながらペダルを漕いだ。

とにかく、その写真をご覧いただこう。

IMG_0906_20130311090142.jpg           IMG_0907_20130311090147.jpg



そして、待ちに待った昼食は、「丸味食堂」のシャモ鍋(ここで、たすけさん、突然、現る!)。
豪快にも、手羽や肉の塊がごろごろ入っている鍋を皆でつつく。
ごりごりとした野趣に富んだ食感がしみじみとうまかった。

IMG_0943.jpg
(シャモ鍋)

その後は、結構な坂を登ったり下ったり。
大事には至らなかったが、あまりの勾配に転倒する人も・・・。

IMG_0921_20130311215702.jpg
(私のVIVALO)

私がひどく興奮したのは、5世紀初頭頃築かれたと考えられている「丸山古墳」。
関東の古墳としては、かなり古い方で、しかも、非常に珍しい「前方後方墳」というタイプ。

IMG_0952_20130311211645.jpg
(「丸山古墳」)

また、ほとんど奇跡的と言ってよいと思うが、当時の堀がきれいに残っているではないか。

IMG_0959_20130311211643.jpg
(古墳の堀跡がくっきりと残っている)

こうして、集合場所に戻って解散。

自走で帰るというテガさんと別れて、われわれは、再び、向かい風の恋瀬川沿いを走って、高浜駅へ。
電車の中で、ノンアルコールビールで乾杯したのは言うまでもない。

松戸駅に着くと、既に真っ暗だった。

私は、その足で、「ハンナリ」ライブ会場へ。
疲れ果てて、まるで夢の中で音楽に酔っていたようであった、ということにしておこう・・・。

IMG_0983.jpg
「ハンナリ」ライブ

追記;Gobsonさんのこの日のブログもご参照。
http://blog.livedoor.jp/gibson1798/archives/51716244.html

この日のその他の写真については、以下をご覧下さい。
http://8217.teacup.com/teamtoukatsu/bbs/t9/?

走行距離:74キロ(VIVALOロード)

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
小さな旅(自転車)    Comment(16)   Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。