日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2011.10.20 Thu
幡ヶ谷「昔みち」(国道20号線の抜け道)を走る
10月も半ばになってくると、朝の走り出しが寒い。
5分もペダルを踏んでいると、だんだんと身体が暖まってくるが、朝夕はもう防風衣を着込まなくては寒くなった。

いつもより1時間ほど早い5時半に家を出る(ACクロスバイク)。
まだ薄暗いので前後照灯を点灯して走るが、荒川を渡る頃にはすっかり明るくなる。

東向島の100円ローソンで、サンドイッチとおにぎりを買いこんで、いつもの隅田川堤で朝食。

IMG_0076_20111020052525.jpg
(隅田川堤のベンチで朝食)

このぐらいの時間だと、クルマが空いていて、非常に走りやすい。
こんな日は、裏道を使わずに、浅草から蔵前まで国道6号線を疾走する。

いつもの法大前の外濠公園でトイレ休憩。
外濠公園沿いの道は、いかな季節でも、実に気持ちがよい。

IMG_0079_20111020063500.jpg
(外濠公園沿いの道)

IMG_0077_20111020053646.jpg
(外濠公園でトイレ休憩)

因みに、永井荷風が『日和下駄』(1915年)の中で、「四谷見附を出てから迂曲した外濠の堤の、丁度その曲角になっている本村町の坂上に立って、次第に地勢の低くなり行くにつれ、目のとどくかぎり市ヶ谷から牛込を経て遠く小石川の高台を望む景色をば東京中での最も美しい景色の中に数えている」(岩波文庫版、31頁)と書いたのは、ちょうどこのあたりのことではなかったか・・・。

甲州街道(国道20号線)→旧玉川水道道路(都道431号角筈和泉町線)を走り継いで、職場に到着。

昼下がりに業務終了。

帰路は、以前から気になっていた幡ヶ谷の通称「昔みち」を辿ってみることにする。
西新宿から永福(杉並区)ぐらいまでは、上記旧玉川水道道路(都道431号角筈和泉町線)が、十分、抜け道(裏道)としての役割を果たしてくれるのだが、それでも、時間帯によっては交通量が多いこともある。
そこで、さらにのんびり走れるルートと言うことになれば、この「幡ヶ谷・昔みち」ということになるのではないか。

以前にも、東京は、城東(ないしは墨東)は南北の道が発達し、駿河台以西は東西の道が発達しているという意味のことを書いたことがあるが、甲州街道(国道20号線)の周辺も同じことが言える。

甲州街道と平行して200メートルほど北を「水道道路」が通っていて、さらにそれより100メートルほど北に通っているのが、この「幡ヶ谷・昔みち」である。
水道道路は台地上にあるが、「昔道」は、そこからやや下った谷沿いについた道である。

言葉では説明し尽くせないので、地図を描いておこう。



どうして「昔みち」なる命名がなされたのかは不明だが、確かに「昔」からあった道らしい。
昔は、この道沿いに小川が流れていたのだが、それを暗渠化して拡幅することで、今日の生活道路になったようだ。
西は笹塚2丁目あたりから、東は幡ヶ谷不動尊のあたりで山手通りとぶつかって消滅する。

今日は、西の方から走ってみた。

IMG_0081_20111020211717.jpg
(最初のうちは、比較的広い道が続く)

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(このあたりも戦災にあったので、あまり古い建物はないが、時々こんな家も)

IMG_0082_20111020212211.jpg
(「六号坂通り」のあたりから次第に道は狭くなって、「不動通り商店街」を抜ける)

川筋道らしく、くねくねと蛇行しているのが面白い。
確かにのんびり走れるが、やはり、自転車や通行人が多いので、スピードは出せない。
往きは気が急いているので使う気にはなれないが、帰りはよいかもしれない。
もっと詳しいことを書くためには、あと10回ぐらいは走ってみる必要があるだろう。

その後は、いつものルートで家路に着いた。

IMG_0083_20111020212648.jpg
(いつ見ても悪趣味な都庁舎)

IMG_0084_20111020212754.jpg
(向島、枕橋)

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(下町の夕陽)

走行距離:63キロ(ACクロスバイク)
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2011.10.17 Mon
ある「淫祠」の存在~たまには自転車を駐めてあたりを散策してみよう
大正の初めに刊行された永井荷風の『日和下駄』(『永井荷風随筆集』上巻[岩波文庫]所収)が、今なお、優れた「江戸東京案内」であることは、以前のブログでも書いた。

この書の中で、荷風は「淫祠(いんし)」という章(第2章)を立てている。

「裏町を行こう、横道を歩もう。かくの如く私が好んで日和下駄をカラカラ鳴して行く裏通にはきまって淫祠(いんし)がある。淫祠は昔から今に至るまで政府の庇護を受けたことはない。目こぼしでそのままに打捨てて置かれれば結構、ややともすれば取払われべきものである。それにもかかわらず淫祠は今なお東京市中数え尽されぬほど沢山ある。私は淫祠を好む。裏町の風景に或趣を添える上からいって淫祠は遥に銅像以上の審美的価値があるからである」(岩波文庫版、20頁)。

「淫祠(いんし)」というのは、神道や仏教や儒教のような大宗派には属さず、それが故に、権力の庇護を受けられない、土俗信仰の類の流れをくむ祠(ほこら)だとか石像のことである。
道祖神やお地蔵様や庚申塔やお稲荷さんなどがその代表例で、いずれも、公的な宗教よりもはるか以前に淵源するような民間信仰の産物である。

あちこちを自転車で走っている人は、至る所で、この手の淫祠に出会ったことがあるはずである。
峠や古街道筋だけではなく、都心や下町の裏路地にも、あるいは、神社仏閣の片隅に忘れられたように置かれていることもある。
大抵は、何の説明板もなく、その由来を知ろうとしても、彫ってある文字が摩耗して見えなかったり、あるいは、見えても読めなかったりして、そのまま通り過ぎてしまうことが多い。

画像 063
(荷風が淫祠の一例として取り上げている、東向島の「子育て地蔵尊」。「寺じまの記」の中で、「路端に石地蔵が二ツ三ツ立っていたように覚えているが、今見れば、奉納の小さな幟が紅白幾流れともなく立っている。淫祠の興隆は時勢の力もこれを阻止することが出来ないと見える」と書いている)

先日のこと、いつもの通勤路を走っていて、突然、サドルバッグに取り付けてある後照灯がカタカタ鳴っているのに気づいて自転車を止めた。
私が愛用している100円ショップの後照灯は、稀に中で電池があばれて蓋が外れそうになることがあるので、その蓋をきっちり閉め直して、ふと傍らを見ると、民家の軒先に一体のお地蔵様がおられた。

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(「発見」したお地蔵様。葛飾区四つ木2丁目・地図

実に穏やかな、何というか古代的な微笑みを感じさせるような素晴らしいお地蔵様だった。
石像の下には、何やら文字が彫られているが、とても判読できない。
祠の傍らに石板もあるが、こちらも読めたものではない。
でも、多分、江戸期のものであろう。

それよりも、私が非常に恥ずかしく思ったのは、この道は、通常通勤路として、すでに千回以上も往来していたにもかかわらず、これまで気がつかなかったことである。
オレの眼は、節穴か!
しかも、この道は、私がこれまでに得意気に吹聴してきた「古東海道」の道筋でもある。

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(「古東海道」筋に置かれた地蔵堂。この道は、すぐ先の国道6号線に阻まれて一端は途絶するが、その先まで延びている)

週末、私は、さっそく葛飾区の図書館に行って、このお地蔵様の由来を調べてみた。
なかなか適当な資料を探せなかったが、ついに、そのお地蔵様のことが記されている冊子を発見した。

区の教育委員会の社会教育課が発行した『葛飾区石仏調査報告』(1982年3月刊)に載っていた。

IMG_0065_20111017061325.jpg
(当該お地蔵様について記載のあるページを撮影)

これによると、地蔵様の台座に彫られた文字は、以下。

正面;
「四ツ木村 念仏供養 講中 敬白」
右面;
「亨保拾六辛亥天」
左面;
「十月吉祥日」

つまりは、これを造立したのは、当時の「四ツ木村」の村人たちで、吉宗の頃の亨保16年(1731年)であることが分かった。

古東海道がここを通るようになってから、ゆうに一千年以上になるが、およそ300年前から、このお地蔵様は、人々の往来を見守ってきたことになる。

かねてより感じていたことだが、路傍の諸々をつぶさに観察するには、自転車の速度は速すぎることがある。
これからは、ところどころで自転車を駐めて、あたりを徒歩で散策するようにしなければと思った次第である。

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2011.10.15 Sat
雨降りだから自転車のメンテをしよう~RDの分解掃除とヘッドキャップボルトの交換~スペアリブローストを拵える
学生時代に愛読した植草甚一の本に『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』(晶文社)というのがあったが、今日は、「雨降りだから自転車のメンテをしよう」という気分になる。
自転車のメンテは、真夏や真冬はあまりする気が起こらず、秋口か春先の雨降りの日が相応しい。

先ずは、先日、フジクロスから取り外したRD(後変速機)の分解掃除。
私は、結構これが好きで、年末など、炬燵に入って、テレビで映画を見ながらやったりする。

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(分解されたRD。通常工具で分解できるのはここまで)

もう半年ほども掃除をしていなかったので、油まみれの砂とか、草の切れ端などがこびりついている。
最初は、ボロ切れでよく拭いて、パーツクリーナー(スプレー式)を使いながら、奥まった所もキレイにする。
プーリー(歯車)の回転部やネジも、一つ一つよく拭いて、磨いてやる。

その後、組み立てる。
ネジは、きちんとグリースを塗ってからねじ込む(ネジ山にグリースを塗ったネジは緩みにくいのだ)。
プーリーの回転部にも、薄くグリースを差してやる。
すべて組み立て直したら、全体に薄くシリコンスプレーを噴射して、再度、よく拭いてやろう。
仕上げに、内部のスプリングにグリースを差して、伸縮させて馴染みを出す。

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(キレイになったRD。大分傷はあるが・・・)

その銀色の冷たい輝きもさることながら、それまでキュルキュルジャリジャリしていたプーリーも、音もなく軽やかに回転するようになった。
う~ん、快感!

RDの分解掃除をすると、その仕組みがよく理解できて、変速調整も上手になる。
最初のうちは、組み立てるのが難しいので、慣れない内は、バラす前に写真を撮っておくか、シマノのHPにある分解図を参照にするとよい(このページから入る)。
特に、製品によっては、上下のプーリーに互換性がないので、間違えないように(ほとんどのシマノ製)。

次なるは、ヘッドキャップボルト(あるいは、トップキャップボルト)の交換である。

ヘッドキャップボルトというのは、スレッドレス式ヘッドセットの上部のキャップを止めるネジのことで、フォークコラムをフレーム(ヘッドチューブ)に引っ張り上げて固定する役割を果たしている。

と言っても、ピンと来ないかもしれないが、これである。

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(ロードバイクのヘッドキャップボルト。ご覧の通り錆びているので、これを交換しようというのだ)

ヘッドキャップを止めるボルトで、ヘッドセットでは重要な役割を果たしている。

ヘッドセットという部品は、何故か自転車乗りの間ではほとんど話題にならない地味な部品である。

フレームや駆動系部品やコンポやホイールのことは、頻繁に話題になっても、「ヘッドセットは、何を使ってますか?」という発言は聞いたことがない。
しかし、ベテランの自転車乗りに言わせれば、ハブとBBとヘッドセットだけはデュラエースで固めたいというほど重要なパーツのひとつなのだそうだ。
なるほど、そう言えば、いずれも、ベアリングを内包した部品で、製造メーカーの真の力量が試されるところであろう。

因みに、かなり高額なロードバイクでも、ヘッドセットは大した物を入れていないようだ。
どうせ素人には分かるまいというメーカー側の思惑があるからだろう。

ヘッドセットのボルト構成は、ハブの玉押しの仕組みと似ていて、このヘッドキャップボルトでベアリングに然るべき圧力をかけて、サイドの2本のネジで固定するという仕組みになっている。
だから、絞めすぎても緩すぎてもハンドルの動きがぎこちなくなる。
試しに、ヘッドキャップボルトを緩めた状態でしばらく走ってみると、ハンドルの動きが重くなって前輪がパンクしたのではないかという感じになる。
逆に、絞めすぎても、(緩め過ぎほどではないが)同じような現象が起こる。

さて、能書きはこのへんにして・・・、
先の写真のように、このボルトが錆びてしまい、このまま放置すると、六角レンチが入らなくなってしまうのではないかと恐れていた。
でも、交換しようにも、錆に強いステンレスボルトが手に入らなくて(なかなか単独では売っていない)、そのままになっていたのだが、最近、やっと入手することができた。

お隣のdaiさんの計らいで、立石のネジ屋さんに作ってもらったのだ。

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(立石のネジ屋さんに作ってもらったステンレスのヘッドキャップボルト)

さっそくこれをば交換。

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(交換されたボルト)

これは、自転車に乗っているときに一番目に付くボルトなので、ぴかぴかになると気分もよい。

このボルトが錆びてしまったのはロードバイクだけではない。
雨天通勤用のルイガノクロスのボルトも錆びていた。

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(錆びているルイガノクロスのボルト)

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(交換されたボルト)

私の所有する自転車の中で、ルイガノクロスとロードバイクが特に錆がひどかった。
理由は、はっきりしていて、雨の日に乗ったからである。
ルイガノクロスは、そもそも雨の日用の自転車なので仕方がない。
ロードバイクは、私の場合、天候を選ぶことができない連泊のツーリングで使うので、どうしても雨の日に走らなければならない状況もあるので、ボルトも錆びてくるわけだ。

さて、自転車の整備も一段落したので、夕飯の支度をする。
今日は、私の大好物のスペアリブのロースト。

近所の肉屋で、スペアリブを1キロ以上買い込む。
肉本体に軽く塩胡椒をしたあと、醤油、砂糖、ワイン、日本酒、ウスターソース、ケチャップ、野菜ジュース、七味、一味、レモン汁、生姜、ニンニクを混ぜ合わせた液体につけ込む(分量はすべて適宜)。

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(つけ込まれたスペアリブ)

これをオーブングリルで焼く。

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(焼き上がったスペアリブ)

これに囓りつきながら、夏のツーリングで買ってきた御坂ワイン(赤白)をぐびぐび飲む。

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(甲州・御坂ワインの赤白)

う~ん、スペアリブはうまい!
骨から肉を囓りとっていると、まるで縄文人になったようで、心身に猪のエネルギーが注入されるようである。

外では、雨が降っている。
明日は、秋晴れの下を自転車で走りたいものだ。

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2011.10.14 Fri
最初のクロスバイク~これから自転車を始める人へ~簡単にロード化できる車種を!
最近の自転車ブームもあってか、何人もの知り合いから、自転車を始めたいのだが、どんな自転車を買ったらいいのかという質問をよく受けるようになった。
急に聞かれても、研究不足のため、特定の車種を思い浮かべることができずに、「先ず近所の比較的大きな自転車屋さんに出かけて、あれこれ見た上で、5万円以上の、デザインの気に入った自転車を買うといいです」とだけ答えることにしていた。

しばらく経って、その人(職場関係の人)に、自転車はもう買いましたかと聞くと、「どれを買っていいのか分からないので」まだ買ってないと言う。
しかも、再び、「どんな自転車を買ったらいいのか」と同じ質問を繰り返す。
う~ん、この人は、もしかしたら、心から自転車を始めたいとは思っていないのかもしれないなあと邪推しつつ、あまり考えもせず、お買い得のアルミのクロスバイク(5万円ぐらい)を勧めたら、翌週には本当に買ってしまった!

これを聞いて、私はいささか焦った。
本当に買うとは思っていなかったので、かなり適当に選んでしまった機種だったからだ。
それが、決して悪い自転車というわけではなかったが、その人の好みだとか、使用目的などをもっと真剣に聞いて差し上げるべきではなかったか。
少なくとも、特定の車種名を出すときは、もっと責任をもってお勧めしなければならないと思った。
そう思って、私は反省した。

自転車を趣味とするいろんな人のブログを読んでいると、ある一つの傾向に気づく。
最初は、アルミのクロスバイク(ジャイアントのR3など)ないしは小径車(ダホンなど)を買う人がほとんどである。
しかし、数ヶ月から数年で、物足りなくなって、ロードバイクを購入することになる。
この2台目のロードバイクを購入する頃には、既に自転車のことにも精通し、自分の好みもよく分かっているので、買う機種も値段も様々である。
他ならぬこの私も、まったく同じ道筋(クロスバイク→ロードバイク)を辿った一人である。

であるならば、最初からロードバイクが欲しい人は別だが、クロスバイクから始めたいという人には、いずれハンドルとレバー類(STI=デュアルコントロールレバー)さえ交換すれば、(費用は3万円以下で)簡単にロードバイクに改造できる車種を買うべきだと思い至った。

この改造を可能にするためは、最低限、そのクロスバイクが、以下の諸条件を備えていなければならない。
番号が若いほど重要!

1.700C(ホイールサイズ)車であること(ほとんどのクロスバイクは700Cなのでこれは心配なし)。
2.ブレーキが前後ともキャリパーブレーキであること(Vブレーキは、原則としてロードのレバーと互換性なし)。
3.フロントの変速機がロード仕様であること(できればバンド式が好ましい。場合によっては、FDを要交換。マウンテン仕様の前変速機は、ロードのレバーと互換性なし)。
4.リアエンド幅が130ミリであること(ホイールの互換性)。

以上の4点を満たす自転車であれば、かなり簡単にロードバイク化できるが、さらに細かい条件を付け加えると・・・、

5.9速以上であること(8速のSTIもあるにはあるが、9速か10速が望ましい。ただ、8速仕様の車種だったとしても、STIの速数に合わせてスプロケを交換するだけでよい。RDの交換は不要)。
6.フロントが複速であること(もちろん、フロントシングルのロードもありうるが・・・)

以上のような条件を満たし、なおかつできるだけ安価で、定評のあるものということになると、以下のような製品が思い浮かぶ。

先ずは、代表的なクロモリ車を2台。

(ジオスのアンピーオ)


(バッソのレスモ)
クロスバイク BASSO バッソ LESMO レスモ/2012

クロスバイク BASSO バッソ LESMO レスモ/2012
価格:65,900円(税込、送料別)



アルミ車も一台、紹介しておこう。

(アートサイクルスタジオのA800F。クランクセットとホイールまでシマノ製でお買い得)
A800F

A800F
価格:62,475円(税込、送料別)



もちろん、探せばまだまだたくさんあるが、ほとんどのクロスバイクは、Vブレーキを採用しているので、そのあたりがネックになるかもしれない。

これから自転車を始める人の参考になればと願っている。

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2011.10.12 Wed
通勤途上の赤煉瓦構造物を巡る2~やはりクロモリ車は良い!
やっと風邪が完全に抜けて、秋晴れの中を自転車で走れるようになった。
これから出勤だというのに、朝も早うから嬉しくて仕方がない。

久しぶりにクロモリのクロスバイク(アートサイクルスタジオ製)で出かける。
実は、一昨日のこと、半年ぐらい乗っておらず、ずっと玄関で永眠していたこのクロモリ(「クロームモリブデン」の略・軽量鉄合金の一種)のクロスバイク(以下、ACクロスと略す)を引っ張り出してみた。

というのも、近所の行きつけのレストラン(4seasons cafe hannari)のママさんが近く自転車を始めたいということで、通勤車の主力として使っているフジクロス(アルミ製)をしばらくの間、試乗用としてお貸しすることにしたからだ(スローピングフレーム車じゃないとサイズが合わないため)。

長らくお蔵入りとなっていたACクロスの埃を拭き取る。
ぺちゃんこのタイヤに空気を入れる。
新しいチェーンを取り付ける。
変速調整をする。

そして、40キロほど走ってみた。
驚いた。
フジクロスよりはるかに乗り心地がよいのだ。
スピードの乗りも良いし、全然疲れ方が違う。

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(久しぶりに乗ったACクロス。一昨日、八潮にて)

実に不思議だった!
以前は、そんなに差を感じたことはなかったのに・・・。

フジクロスは、私の所有する自転車の中では、一番たくさん乗っている。
総走行距離は、概算、3万5千キロぐらいだと思う。
だけど、そのぐらいの距離でフレームが「へたる」とは考えにくいし、フォークは事故で壊したので、1年半ほど前に新品に交換(クロモリフォーク)したばかりでもある。

そう言えば、以前は、フジクロスとACクロスを隔日ぐらいで乗り分けていた。
近場の駿河台に通うときはフジクロス(往復35キロ)、やや遠目の永福(杉並区)に通うときはACクロス(往復60キロ)というように。

ところが、この半年ほどは、何かというとフジクロスばかり乗るようになった(ツーリングや遠乗りはロードバイクを使用)。
フジクロスは、一番愛着のある自転車でもあるし、アルミの方が軽量なので、取り回しもよい。
そんなわけで、ACクロスにはまったく乗らなくなってしまった。
乗らなくなると、整備しなくなるから、空気を入れたり、油を差したりするのが面倒で、また余計に乗らなくなるという悪循環・・・。

今回、大きな差を感じたのは、おそらく、ずっと乗らなかったことで、身体にフジクロスの乗り味がすっかり染みついていたので、ACクロスとの違いが明確に感知できたということかもしれない(因みに、両車のホイールとタイヤはほぼ同一)。

今日も、ACクロスで60キロほど走ってみて、一層はっきりとその違いが分かった。
クロモリ車は、走っていて本当に気持ちがよい。
言葉では表現しがたいが、路面から来る振動を絶えず快感周波に変換しているような感じかなあ・・・。

先に述べたレストランのママさんにも、自信をもって、クロモリ車を勧めることにした(価格的な観点からして、ジオスのアンピーオか、バッソーのレスモかな。いずれも9速だという点もすこぶる良い!)

さて、往きは、立石・外濠公園経由で通勤。

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(隅田川堤でサンドイッチの朝食。最近、本当にジョギング人口が増えたものだ)

IMG_0031_20111012223221.jpg
(法大前の外濠公園公衆便所で休憩。古風な造り)

こうして、杉並区永福の職場に到着。

さて、帰路は、久しぶりに代官町通り経由で走って、先日のブログの第2弾として、(通勤途上の)赤煉瓦構造物を巡ってみることにした。

このルートだと、ちょっと大回りすれば、東京駅駅舎、三田の慶大旧図書館など多くの煉瓦構造物があるが、今回は、あくまでも、「途上」のものに限ってみた。

新宿通り(国道20号線)から麹町を抜けて、代官町通りに出る。
この代官町通りの千鳥ヶ淵側の遊歩道(地図)を走る。
すると、自然に左側に見えてくるのが、「国立近代美術館工芸館」である。

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(「国立近代美術館工芸館」)

非常に美しい建物であるが、美術館になったのは戦後のことで、そもそもは「近衛師団司令部庁舎」として1910(明治43)年に建造されたものである(悪名高き「日韓併合」の年)。

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(重要文化財に指定されている旧「近衛師団司令部庁舎」)

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(建物の東側側面。赤煉瓦建築物とクロモリ車はよく似合うなあ・・・)

美術館に入るには入館料がかかる(但し、学生はキャンパスメンバーズ制度あり)が、建物の外部を見るだけなら無料なので、是非とも、サイクリングの途中に寄ってみてはいかがだろうか(ベンチあり)。
なお、九段坂の田安門から入って、北の丸公園内を走って来れば、より快適であるし、すぐ近くには、「自転車文化センター」もある。

紀伊国坂を下り、神田を抜けて、清洲橋通り、蔵前橋通り。
吾妻橋を渡って、閉園間近の「向島百花園」で休憩。

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(「向島百花園」でコーヒー休憩)

さて、ここ東向島の通勤路沿いに、前から気になっていた赤煉瓦塀があるので、そこに行ってみることする。

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(東向島4丁目の赤煉瓦塀・地図

赤煉瓦塀が2辺を囲む駐車場である。
かなり古びた味を出していて、少なくとも、大正以前のものだと思う。
それにしても、向島界隈は、激しい空襲によって焼け野原になったというのに、よくぞ残ったものである。

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(蔦が絡まり、草が生えている赤煉瓦塀)

いったい、この塀は、そもそもどういう建物を取り囲んでいたいたのだろうか。
駐車場の一角で、子供を遊ばせている二人の若い主婦がいたので、近寄って尋ねてみたが、分からないという。

家に帰ってから、インターネットで調べてみた。
確かに何人かの人がこの赤煉瓦塀のことを写真も添えて書いていたが、その由来については、誰も触れていなかった。
明治期のいわゆる「迅速測図」にも載っていなかった。

いずれ墨田区の郷土資料館にでも行って、学芸員の人に聞いてみることにしよう。

走行距離:61キロ(ACクロスバイク)

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2011.10.10 Mon
「鮮魚道(なまみち)サイクリング」に参加~気持ちの良い道とは?
自転車で走っていると、何故か、とても気持ちの良い道がある。

普通、自転車で走っていて気持ちの良い道というのは、交通量も信号も少なくて、ある程度は景色も良いような平坦路を意味するわけだが、今、私が言おうとしているのは、必ずしも、そういう道のことではない。

無論、交通量の多い幹線道に気持ちの良い道があるはずはないので、これは端から除外する。
多少の例外はあるものの、クルマの轟音はうるさいし、空気も悪いし、街並みもつまらない・・・。

で、私が取り上げたいのは、何というか、特段景色にも特徴はなく、何の変哲もないごく普通の道なのだが、走っていると不思議と気持ちがよい道のことである。
これとは反対に、景色も良いし、交通量も少ないのだが、走っていてもあまり楽しくない道もある。
上り坂であろうと、下り坂であろうと、それも関係なし。
そういう不思議な道がある。

このことは、ずいぶん以前から感じていたことなのだが、どうしてもうまく説明することはできない。

しかし、一般的に言って、そういう気持ちの良い道は、どういうわけか、古道であったり、古い水路を暗渠化して作った道であったりすることが多い。
たとえて言えば、こういう道には、すうっと一本「気」が通っているというような感じがするのである。

太古の人々が「聖域」とした場所には、巨石やシンボルが置かれたりしたが、後世になると、その同じ場所に、古墳が築かれ、またその同じ場所に社が造られたりするのと似て、現在のわれわれまでもが、その場所を訪れると、何故か気持ちがよい場所でもある。

場所と場所をつなぐのが道だとすれば、ある種の道は、また、そもそもが「聖域」として築かれたのではないだろうか・・・。

もはや旧聞に属する先週の日曜日(10月2日)、「鮮魚道(なまみち)サイクリング」に参加した(ロードバイク)。
この日に走ったルートの詳細は、主催者の東葛人さんのブログを参照にされたいが、まさしく「気持ちの良い」道の連続であった。

この日のことについては、既に参加者の皆さんが各ブログに書いておられるので、私は、写真を連ねて、大まかなコメントをするに留めたい。

銚子から利根川を遡行した船が布佐に着くと、荷は陸揚げされて、松戸まで陸路を行くことになる。
その起点となるのが、「布佐の観音堂」である。

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(鮮魚道の陸路の起点たる「布佐の観音堂」)

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(何の変哲もない道ながら、走っていて気持ちの良い鮮魚道)

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(街道筋の道標)

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(豪壮な長屋門の農家)

この長屋門の基礎部は、この地域独特の、12~3万年前に形成された「木下貝層」の石垣が用いられていて、大変珍しい物だと思う。

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(この地域独特の「貝層」の石垣)

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(こらまた、素晴らしい道)

ちょっと寄り道して、「印西八景」の一つでもある「大六天神社」の展望台にも立ち寄った。

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(前方後円墳の上に祀られた「大六天神社」)

この神社は、まさに6~7世紀頃の前方後円墳(浦部古墳)の上に祀られている。

この台地からの眺めは圧巻で、現在は田畑や住宅地になっている低地がかつて「香取海」だった頃の風景を偲ぶことができる。

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(「大六天神社」展望台からの眺望)

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(「大六天神社」展望台からの眺望2)

古墳時代の人は、ここから、「香取海」を航行する舟の姿を眺めていたことであろう(印西の古墳についてはこのページが詳しい)。

この古墳丘陵の東側には、太古への幻想を駆り立てるような竹林が風にそよいでいた。

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(風にそよぐ竹林)

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(木下街道沿いの「浦部の百庚申」。天保10年(1839年)に造立。かつては真っ赤に塗られていたというが、現在でも赤塗料が多少残っている)

ここでまた、「本道」をちょっと外れて、われわれは「白井市立白井第二小学校平塚分校」跡に寄った。

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「白井市立白井第二小学校平塚分校」跡)

この壇上で、校長先生が「教育勅語」を読み上げている光景を彷彿とさせるような木造平屋建の校舎である。

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(途中、地域のマラソン大会とぶつかってしまい、われわれは自転車を引いて歩いた)

次に訪れたのは、鮮魚道沿いの「金毘羅宮」。
と言っても、大変に小さな社があるだけで、しかも壊れてしまっているらしい。

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(「金毘羅宮」への石段と「金毘羅宮」。左の写真の後ろ姿の人物はdadashinさんで、右の写真の撮影者・写真、拝借しました)

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(「金毘羅宮」の説明板・柏市)

私は、これを見たとき、非常に懐かしい気分になった。
金毘羅さまの大元(おおもと)は、もちろん、四国は讃岐の「金刀比羅(ことひら)宮」である。

実は、私の母方の両親(つまりは、私の祖父母)は、香川県多度津郡の琴平(=「金毘羅・こんぴら」と同源語)の出身である。
戦争中に、銚子に移住した。

銚子の街は、江戸期以来、紀州や土佐や讃岐からの移住者によって開かれた(醤油製造術をもたらしたのも彼らである)。
その中には、黒潮に乗ってやって来た漁師たちも多かったであろう。
私の祖父母のように、20世紀になっても、「地縁」を頼みに四国から銚子に移住する人もいたわけである。

よく知られているように、コンピラ様は海の神様で、まあ、ギリシャローマ神話に於けるポセイドン(=ネプチューン)のような存在である。
だから、漁師や船頭たちからは大変に尊崇されたにちがいない。

その漁師たちが銚子近海で穫った魚を運ぶ人たちが、鮮魚道をひたすらに走っていく。
魚が腐らないうちに、松戸(→日本橋)まで運び届けなければならないからだ。
そして、その中間地点に当たるこの小さな「金毘羅宮」で、道中の安全を祈願するのは、実に、伝統と理屈に適っていると言わざるを得ない。

鮮魚を運ぶための街道は、即ち、「海道」として意識されていたのかもしれない。

魚荷の運び手は、この鮮魚道を、たとえば、次のような江戸期の軽妙な流行歌を歌いながら、疾駆していったのではなかったか。

♪こんぴら船々
♪追風(おいて)に帆かけて
♪シュラシュシュシュ
♪まわれば 四国は 讃州那珂の郡
♪象頭山 金毘羅大権現・・・

その後、われわれは、同街道筋の「常夜燈」「富塚鳥見神社」などを巡ったのだが、私にはとても書ききれないので、詳しくは、以下のページを参照にされたい。

http://blog.livedoor.jp/toukatsujin/archives/52778542.html(東葛人さん)
http://sazaepc-tasuke.seesaa.net/article/228984171.html(たすけさん)
http://sasa06.blog92.fc2.com/blog-entry-417.html(dadashinさん)
http://jitensha1000.blog16.fc2.com/blog-entry-218.html(joypapaさん)
http://blog.livedoor.jp/won_chan/archives/51895087.html(ワンちゃんさん)
http://blog.livedoor.jp/packet070/archives/1579068.html(packetさん)

因みに、昼食は、「松栄鮨」(西白井)という寿司屋でいただいた。

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(刺身定食。800円ぐらい)

鮮魚街道を懸命に走ったわれわれに対する、主催者の粋な計らいに私は感心するとともに、こんな海から遠いところで刺身(鮮魚)にありつける有り難さを、ひとしお感じたのであった。

主催の東葛人さんと愚兵衛さん、ありがとうございました。

(その他の参加者の皆さんもお疲れ様でした;spiritさん、ジャズの紳さん、はんぞうさん、いくさん、フリーさん、daiさん、まっちさん)。

なお、松戸まで陸送された魚は、再び川舟に積み替えられて、江戸川→新川→(中川)→小名木川→(隅田川)→日本橋川で日本橋河岸(魚市場)に運ばれたわけだが、以前、この川筋沿いを走ったときに作った地図があるので、ここに掲載しておこう。



重要参考ページ;「下総鮮魚街道」http://www.tante2.com/namakaidoh.htm

当日の走行距離:95キロ(ロードバイク)

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2011.10.09 Sun
通勤途上の赤煉瓦構造物を巡る~風邪を引いてダウンの巻
水曜日(10月5日)は、朝から冷たい雨が降っていた。
雨用通勤車(ルイガノクロス)で出かける。
11月下旬の気温(最高気温15度)にて、かなり寒く感じた。
冬になれば、このぐらいの気温はむしろ暖かいと言ってもよいぐらいなのだが、まだ身体が低温に馴染んでいないので、多少辛かった。

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(水曜朝、合羽を着ずに走り始めたが、降りしきる雨に耐えられなくなって、首都高下で合羽を着込む。右に見える川は綾瀬川)

この日は、帰路も雨。
東京地方は、統計上、年平均3日に一回は雨が降る勘定だが、一日中降っている日はごく稀なので、実感としては、10日に一回ぐらい雨中走行を強いられる感じである。
なので、こうして往復ともずっと雨なのは、かなり珍しい。
帰りは、往きよりも雨足が強くて、合羽の中に水が侵入するにおよび、全身ずぶぬれになって、震えながら帰宅。

帰宅して、しばらくして悪寒がする。
焼酎の湯割りを飲む。
夕飯(呑ちゃんが買ってきてくれたさぼてんの弁当)を食べて、すぐに就寝。

翌木曜日(10月6日)。
快晴。
多少熱っぽくて、喉が痛かったが、休むわけには行かないので、出勤(フジクロス。立石・浅草経由)。

不思議なもので、自転車に乗っていると、風邪が治ってしまったような錯覚を覚えるが、仕事が始まると、再び風邪がぶり返したような錯覚を覚える。

昼下がりには、仕事が終わったので、帰路に着く(上野・千住経由)。

昌平橋で信号待ちをしていると、今日は、ことさらに線路下の赤煉瓦が美しく見えたので、人道・昌平橋まで回り込んで写真を撮る。

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(明治時代の赤煉瓦。現在は、スペイン料理店などに改装されて、「古い革袋に新しい葡萄酒」の逆説的な好例になっている・地図

これを見ていたら、通勤途上にあるいくつかの赤煉瓦構造物が芋づる式に思い出されたので、復路は、それらを訪ねながら走ってみることにする。
先日の「市川・赤煉瓦倉庫見学サイクリング」以降、赤煉瓦の構造物が妙に気になっていたので、この際、好都合。

経路上、ちょっと迂回するが、次なるは湯島天神横の赤煉瓦塀ということになる。
湯島「中坂」を登る。

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(湯島天神横の赤煉瓦塀。激しく損壊し修繕した形跡多数・地図

ついでだが、湯島天神の大銀杏。

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(湯島天神の大銀杏。紅葉の時季になると、二本の巨大な炎柱に転身する)

不忍池を巡るようにして、上野山に登る。
各所で大道芸が演じられる初秋の公園内を走り抜けて、東京芸術大学の赤煉瓦門へ。

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(東京芸術大学の赤煉瓦門。後ろに見えるのは図書館のようである。地図

もし、私が若かったら、是非とも東京芸術大学に通いたいものだ。
できれば、その映像学科(昔はなかったんじゃないだろうか)に。
校舎も周辺環境も素晴らしいし、自転車でも通いやすい。
官立なので学費も安い。
湯島や浅草の飲み屋街も至近・・・。

東京芸術大学のぐるりを巡ってみると、構内には赤煉瓦の建築物が幾棟か見えたけど、「関係者以外立入禁止」だった。
ヘルメット姿では侵入しにくかったので、いずれ、ベレー帽か何かを被って変装してから潜入することにしようか。

ただ、もう一箇所、赤煉瓦の門があった。

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(東京芸術大学の赤煉瓦門2)

明治期の赤煉瓦門からちょうど3人の女学生が出てくるところだった。
私は、迂闊にも手を振ってしまった。
向こうが気がついたかどうかは判然としないが、完全に無視された。
でも、古さびた門から今風の女子大生が出てくる図は、(映像学科志望の私としては)何というか、よかった!

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(ついでだが、東京芸術大学隣の「黒田記念館」。これも赤煉瓦造り)

鶯谷から上野の山を下って、私の好きな金杉通りを北進。
三ノ輪銀座の横を抜ける裏道を走る。
この道筋には、旧「千住製絨所」の赤煉瓦塀が一部残っているのだ。

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(「千住製絨所」の赤煉瓦塀。明治12年頃建造。地図

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(その説明板)

「千住製絨所」跡を後にして、千住大橋を渡って、旧日光・奥州街道を辿り、途中で、裏道に潜りこむ。

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勝専寺の赤煉瓦塀)

こうして、赤煉瓦構造物を巡って、荒川と中川を渡って、自宅のある水元に向かった。

自宅近くの交差点まで来ると、何だか辺りが異様に騒がしい。
近寄って見ると、消防車や救急車が数台止まっていて、規制線が敷かれていた。

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(規制線が敷かれる)

私は何事かと、野次馬の一人に聞いてみると、火事だという。
なるほど、おおよそ鎮火してはいるが、まだ、我が家の裏手の家から煙がくすぶっていた。

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(煙がくすぶっていた火事現場遠景)

結局、その後、暗くなるまで近所が騒がしくて、こちらまで落ち着かない。

焼酎を飲みながら、ケーブルTVでかかっていた映画を見ていると、またしても、熱が上がってきたようである。
私は、けたたましいサイレンの音を聞きながら、呑ちゃんの帰りを待っていた・・・。

水曜の走行距離:61キロ(ルイガノクロス)
木曜の走行距離:37キロ(フジクロス)

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