日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2011.08.27 Sat
自転車で筑波山を登る
この春頃からであろうか、筑波山に行きませんかとお互いに何度も言い合っていたお二人(しゃあさんとジャズの紳さん)をお誘いして、ついに筑波山を登ってきた。

3年前の夏、佐貫駅を基点に筑波の「りんりんロード(自転車道)」を往復したことはあるが、その際も一応、筑波山に登ろうと試みてみたものの、へんてこな林道に迷い込んで断念したという苦い経験がある(その記事)。

今回は、それに較べてはるかに楽ちんで、しゃあさんのクルマに乗せてもらって、麓の「大池公園」まで車載輪行で送迎。
しかも、ツーリングの時とは違って、リュック等の重い荷物をまったく持たずに登れるというのも大変ありがたいことだった。

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(大池公園の蓮。曇っていて、遠景に聳えたっているはずの筑波山はまったく見えない)

今回のルートをまず示しておこう。


(筑波山登坂下山ルート)

大池公園(無料駐車場有)→平沢官衙(かんが)遺跡→不動峠→風返し峠→つつじヶ丘という登坂ルートは、今年の「ツール・ド・つくば2011」と同一のコース。
そこからの下山ルートは、つつじヶ丘→風返し峠→(県道42号線)→筑波神社→筑波りんりんロード→平沢官衙遺跡→大池公園。
獲得標高は593メートルで、自転車によるヒルクライムとしては、初心者レベルに属する。

話は逸れるが、実は、来たる9月の初旬あたりから1週間ほどの甲信地方のツーリングを計画中で、その際には、1000メートル以上の峠をいくつも越えなければならないのは必至で、しかも、最近のたすけさんの記事に触発されて、ついでに、自転車で富士山も登ってみる(5合目まで)予定なので、そのための登坂訓練を多少ともしておきたかったということもあった。

大池公園の駐車場で、自転車を組み立てる。
因みに、ジャズの紳さんはアンカーのフルカーボンロード(105仕様)。
しゃあさんはパナの電動アシストクロスバイク(フルアルミ製)。
私は、通勤用フジクロス(今日は長距離を走るわけではないので)。
但し、軽量化のため、普段使っているホイール、シマノWH-R500前後を外して、前輪はシマノWH-6700、後輪はシマノWH-RS20に付け替えた(スプロケは14-28tの9速)。

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(ホイールを付け替えた私のフジクロス。不動峠の手前にて)

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(3台の自転車)

われわれは、平沢官衙遺跡前から登り始めることにした。

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(平沢官衙遺跡。重い雲がたれ込めている)

以下の点を確認。
昨日の大雨で路面が大分濡れているので滑らないように気をつけて走ること。
疲れて休憩したくなったら、遠慮なく申し出ること。
ゆっくりコツコツと登っていこう。
「コツコツとするが真(まこと)のコツにして、コツコツやれば、託(かこ)つことなし」。

しかし、出発と同時に、私が地図をクルマに置き忘れるというトラブル発生。
分岐点で、登り口が分からなくなったが、幸い、ヒルクライムをする自転車乗りがやってきたので、道を聞いて即解決。

不動峠(標高約300メートル)までの道は、道幅は5~6メートルの林道風で、クルマの交通量は少なくて、自転車で走るには最高であるが、如何せん、湿気の多い環境なので、道の両脇に苔がはびこっていて滑りやすい。
この道を下るのは怖いので、登り道として利用した方がよいだろう。
後で麓の平沢官衙遺跡の人に聞いたのだが、昨日、この道を下っていた自転車乗りが転倒して大怪我をしたとのこと。

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(途中の風景)

不動峠までのこの道は、斜度4~6%ぐらいで激坂とは言えない(但し、不動峠の直前のあたりには、10%の黄色い看板があった)。
クルマがほとんど来ないので、低速でジグザグ走行をすれば、さほど苦労せずに登ることができるだろう。

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(この世には、何故に坂があるのか考え込んでしまったしゃあさん)

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(冷たい湧き水の場所で休憩。坂の存在理由という難問がが解けたのか、気を取り直したしゃあさん)

不動峠から「表筑波スカイライン」(県道236号線)に入るには、大きく回り込むような感じで道が付いている。
間違えやすいのは、表筑波スカイラインと合流する三差路(地図)。
不動峠方面から表筑波スカイラインにぶつかると、右折方向は道がかすかに下っているので、つい、左折していまいそうになるが、ここは右折が正しい(方位磁石の北を指す方角)。

表筑波スカイラインに合流してしばらくは気持ちの良い下りが続くが、いくつかのアップダウンの後、風返し峠の手前で再び斜度がきつくなるが、天候がよければ絶景が展開するだろう。

今回の登りのルートで一番厳しかったのは、風返し峠(標高約415メートル)から終点のつつじヶ丘(標高約525メートル)までの最後の坂道(道のりは2キロ弱)。
クルマの交通量が増えてくるので、ジグザグ走行がしにくい上に、斜度もきつい。

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(つつじヶ丘の手前で最後の休憩)

そしてついに、終点のつつじヶ丘まで登り詰めた。
筑波山は、信州あたりに行けば、名も付かないほどの低い山ではあるが、そこを登り切った達成感は大きい。
ただ、一面靄がかかっていて、下界の風景は、まったくと言っていいほど見えない。

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(つつじヶ丘にて。しゃあさんとジャズの紳さん)

つつじヶ丘一帯は、まるで昭和40年代の張りぼて観光地のような雰囲気で、現在は活気がない(廃墟美の世界か)。
われわれは、自転車を置いて展望台に登ってみることにした。

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(展望台を登攀中)

展望台からあたりを眺めてみるが、靄がすごくて、見えるのは下の駐車場のみ。

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(靄が濃くて何も見えなかった展望台)

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(誰も滑らなくなって久しいと思われる滑り台)

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(ガマ大明神)

つつじヶ丘にしばらくいたら、だんだん寒くなってきたので、われわれは、防風衣を着て下山することにする。

下山ルートは、風返し峠を右折して、県道42号線を下る。
舗装は概ね良好。
この道は、登りに使っても良いと思う。

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(巨大な筑波山神社の鳥居)

ほぼ麓に降りきったあたりで、「りんりんロード(自転車道)」に乗った。

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(筑波りんりんロード)

北条の街を東西に走る街道には、古い建築物や神社が多くて、走っていて楽しい。

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(北条の街並み)

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(江戸初期創建の八坂神社)

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(筑波登山の古道たる「つくば道」の入口。この道は、「日本の道百選」の一つ。写真の道標は1798年建造)

平沢官衙遺跡に戻ったわれわれは、復元遺跡をじっくりと見学する。

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(平沢官衙遺跡1。米倉)

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(平沢官衙遺跡2)

「官衙(かんが)」というのは、奈良平安期の役所のこと。
上代の行政区で言えば、常陸国筑波郡の郡役所ということになるが、これについて書き出すといたずらに長くなりそうなので、たすけさんによるきわめて明解なこの記事を参照にされたい。

クルマに戻って自転車を積み込んで、帰路に着く。
昼飯がまだだったので、牛久の鰻屋(「小名浜屋」)で鰻重を食べた。

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(「小名浜屋」の鰻重。私には、ちょっと甘かった)

筑波山周辺は、歴史もあって、非常に興味深い所である。
今後とも、季節に一回ぐらいは訪れてみたい。

本日の走行距離:30キロ
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2011.08.25 Thu
手賀沼まで、キャベツを買いに行き、鰻を食べて、お好み焼きを拵えた話
ここのところ、なぜかお好み焼きが食べたくて仕方がなかった。
今朝(24日)も、起床するや、お好み焼きが脳裏に忍び寄ってきてへばりついている。

ならば、今夜はお好み焼きにしよう。
冷蔵庫を確認すると、キャベツがない。
ならば、キャベツを買いに行こう。
しかしながら、水曜日なので、いつもの「かしわで」(農産物直売所)は休み。
ならば、ちょうど味噌がなくなってきたことだし、この際、以前から我孫子の相子さんが薦めてくれていた「あびこの里・わくわく広場天王台店」にでも行ってみようか。

こうして、「ならば」が3つも重なったのだが、「あびこの里・わくわく広場天王台店」の場所を調べてみると、キャベツを買いに行くには案外遠い(地図)。
近所で買ってしまおうか、どうしようかと思い悩んでいたとき、ちょうど、市川のkincyanさんによる手賀沼の「西周」という鰻屋は美味しいよというコメントを見て、稲妻に打たれたように、瞬時に今日の走行ルートが確立した。

ならば、「あびこの里・わくわく広場天王台店」で、キャベツと味噌を買って、「西周」で昼飯を食べるというのはどうであろうか。

4つの「ならば」が並べば、行動に移す理由付けは充分なので、私はそそくさと着替えて、10分後には「サドル上の人」(新表現です)になっていた(今日はロードバイク)。

つい最近も走ったばかりのルートなので気が引けたが、夏のサイクリングロードは日陰がなくて辛いので、水元公園→二郷半領用水→大場川→流山橋→大堀川という楽なルートを選択。

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(流山の市野谷付近の農道)

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(大堀川遊歩道の地図を発見)

久しぶりに手賀沼の北岸に出て、「手賀沼ふれあいライン」を東進して「手賀沼公園」で休憩。

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(手賀沼公園)

手賀沼公園から国道356号線に出る。
今でこそ3桁国道を拝命しているが、この道こそが、旧水戸街道だったのである。

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(旧水戸街道=現・国道356号線。右に見えるは八坂神社)

現在は、風情のない道になってしまったが、10年ぐらい前まではもう少し旧街道らしい雰囲気をとどめていたように記憶している。
この旧水戸街道をしばらく東進すると、昔の道標が見えてくる。

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(水戸街道と成田街道の追分。地図

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(ゴミのようにごちゃごちゃに寄せ集められた道祖神や道標群。古い物を大切にしない近代の精神がよく現れている)

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(それでも、ワンカップが供えられている道標)

ここからの国道356号線は旧成田街道となるわけだが、私は北東に分岐する旧水戸街道をさらに辿って、常磐線とぶつかる所で水戸街道と別れを告げ、天王台駅方向へと進む。

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(交差点の所で不意に現れた「あびこの里・わくわく広場天王台店」

さっそく店内に入ってみる。

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(広々とした店内には、産直野菜が一杯)

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(千葉県の地酒がずらりと並んでる)

こうして私は、念願のキャベツ(ずっしりと重くて品質が良い)と味噌(我孫子産)などを購入して店を後にした。

ちょうど昼前ぐらいなので、来た道を戻って、鰻屋「西周」に向かった。

「西周」は「せいしゅう」と読むが、幕末維新期の学者、西周(にしあまね・森鴎外の親戚)と同じ字を書くので、パソコンでは「にしあまね」とキーボードで打つと一発で出る。

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(鰻屋「西周」)

「西周」は、さきほどの手賀沼公園から国道356号(旧水戸街道)へ登る坂道の途中の左側にある。
地味な店構えなので、うっかりすると見過ごしてしまうかもしれない。

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(清楚な店内。上がり座敷もあり)

入店してみると、私が口開けだった。
あまり空腹ではなかったので、「竹」(1700円ぐらいだったかな)を注文。
10分ぐらいで、出てきた。

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(鰻重の竹)

ど真ん中の関東風だが、べたっとした甘みがなくて私好み。
きりりとした風合いで、最後まで飽きない。
肝吸いの肝は、ふっくらと大きくて、口中の楽しみとなる。
良い店を教わった。
アクセスが良いので、手賀沼に来たときには重宝しそうである。

お腹も一杯になって店を出ると、かなり暑くなってきたので、もう帰ることにする。

途中、ハケの道の志賀直哉旧居跡前を通る。
私は、ここに来るたびに、蚊が多くて志賀直哉も大変だったろうなという、実に世俗的な感想が意の一番に浮かんでしまう・・・。

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(志賀直哉旧居跡・戦前までは、右の道のすぐ脇まで手賀沼が広がっていた)

帰宅して、さっそくお好み焼きの準備をする。
私は、関東で生まれて関東で育ったので、実は、お好み焼きの作り方を知らない。
いや、これには、ちょっと説明が必要である。

15年ぐらい前だろうか。
大阪に行ったときに、地元の友人に頼んで、お好み焼き屋巡りをした。
どんな場末のお好み焼き屋でも、私が関東で食べたどのお好み焼きよりも美味しくて、これまで自分の食べてきたお好み焼きは何だったのだろうかと猛省した。
しかし、地元の友人に言わせれば、やはり、家で作るのはもっとウマイという。
その時、私は、お好み焼きの本質が分かったような気がした。

私は、関東で生まれて、その後もずっと関東で育った。
だから、タコ焼きやお好み焼は、外で食べる物だったのだが、大阪では「家庭料理」だったのである。
家庭料理には、その家の流儀と作り方があるが、そう言う意味では、私は、お好み焼きの作り方を知らないということである。

具を調合したのは私だったが、焼いてくれたのは、粉物を焼くのが得意な家の呑ちゃんだった。

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(工程1)

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(工程2)

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(完成)

いやあ~、ウマイ!
お好み焼きというのは、タコ焼きと並んで、世界に誇れる関西の大発明である。
遠方まで買い求めたキャベツも上物で、独特の歯ごたえに幸せ一杯になった。

本日の走行距離:72キロ

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2011.08.22 Mon
「手賀沼トライアスロン大会」観戦記
毎年この時期は東京にいないことが多くて、手賀沼トライアスロン大会は一度も見たことがなかった。
今日は、やっと念願が叶って大会の観戦をすることができた。

朝、出かけようとすると、案の定、雨が降っていた。
リュックに合羽(上下)を詰め込んで出かける(ルイガノクロス)。

「ルイガノクロス」(私の勝手な呼称で、正式にはLGS-TR8)は、主として雨の日用の自転車として使っている。
泥除け付・内装変速機(8速)・ハブダイナモ仕様のクロスバイク(アルミ製)。

シートポストやステムは軽量化のために交換したが、駆動系はまったくいじっていない。
一番苦労したのはタイヤだった。

購入したときに付いていたタイヤは、ノーブランドの32C
太すぎて、もさっとした走行感が気に入らず、3000キロぐらい走ったところで、ヴィットリアのザフィーロ28C(格安だったため)に交換した。
ヴィットリアのルビノプロ(23C)は、ロードバイクで愛用しているタイヤで気に入っていたが、同じメーカーなのにザフィーロは最低である。
走りは重いし、雨の日なぞは、カーブで後輪が2~3メートル滑るのは当たり前、しかもパンクも多い。
そこで、いっそのことうんと細くして、ヴィットリアのルビノプロの23Cを着ければどうなるか。
試してみたが、これはやはりダメであった((因みにルビノプロに28Cというのはない)。
ホイール(クラシカルな36本組)がロード用ではないので、リム幅が太くてタイヤが広がってしまうせいか、ただでさえ極太フルアルミフレームなので、乗り味が悪すぎる。
そこで、定評のあるパナのツーキニスト28Cに交換してみた。
これは良いタイヤで、雨の日の吸い付きもよいし、重さの割に走りも軽やかだったので、ノーパンクで寿命まで使い切った。
しかしながら、28Cでは、やはりやや重いような気がしたので、今度は、パナのツーキニスト25C(黒しかない)にしてみた。
意外なことに、ツーキニスト25Cはダメだった。
走行感は、28Cに較べてさして軽くならない割に、パンクが多いし、よく滑る。
ただ、これまでの経験で、23Cより太くて28Cより細いタイヤが良さそうだということが分かったので、この3月に、今度はパナのツアラー26C(茶色)に交換してみた。
既に雨の日だけで20日以上走ったことがあるが、これまでで最良のタイヤである。
走りは軽く、耐パンク性もあるし、乗り味も良い!
やっと辿り着いた!という感じである。

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(パナのツアラー26Cを装着)

それにしても、タイヤというのは、サドルと同様、結構難しい。
ホイールや車体や乗り手の体重などによって使用感が変わってくるからで、誰かにとって良いタイヤが、他の人にとって良いタイヤとは限らない。
各人がいろいろと試してみるほかはないだろう・・・。

閑話休題。

話しが逸れてしまった。

大した雨ではないだろうと思って合羽を着ないで出かけたが、いざ走り始めると、結構な本降りなので、水元公園の東屋で合羽を着込む。

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(水元公園の東屋で合羽を着る)

水元公園→二郷半領用水→大場川→流山橋→大堀川で手賀沼に到着。

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(三郷の二郷半領用水)

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(雨の手賀沼)

私が到着したときには、既に大会は始まっていて、水泳1.5Km・自転車40Km・マラソン10Kmのうち、水泳はほとんどの選手が終わっていて、自転車の部門に入っていた。

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(手賀大橋の下に、大会本部と自転車待機所が設けられていた)

私は、手賀大橋の下に自転車に停めて、土手の下つたいに歩いていくと、雨にもかかわらず、多くの人が観戦していた。
「頑張れ~」という声援も上がっている。

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(雨中、多くの人が観戦)

サイクリングロード上を次から次へと、猛スピードの自転車が通り過ぎていく。
自転車部門も周回なので、往きは追い風で帰りは向かい風(北風だった)。
往きは快走するが、帰りはもがきながら走っている(今回のコースマップ)。

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(激走する自転車たち)

側で見ていると、高圧タイヤのコオ~~という唸りや、シフトチェンジするクリック音や、ぜいぜいと喘ぐ息づかいが聞こえてきて、観戦しているこちらまでが興奮してくる。

車種としては、一台だけクロスバイクを見かけたが、ほぼすべて700Cのロードバイク。
ひと頃のように、トライアスロンに650Cという時代は終わったのであろうか・・・。
フレーム種の比率は、ちゃんと数えたわけではないが、カーボン製6、アルミ製3、クロモリ製1という感じで、二割ぐらいの選手がDHバーを装着していた。

自転車部門を走り終わって、マラソン部門に移行する選手が出始めたので、自転車待機所の方へ移動。
本部のアナウンスによると、今年は涼しいので、大変に良い記録が出そうだということだった。

私が驚いたのは、クロモリのダブルレバーの選手を目撃したことだ。
しかも、私が見た中では、一番美しい自転車(ブリジストン)だった。

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(クロモリ、ダブルレバー、チューブラー、トゥークリップの自転車。結構早い順位でマラソンへ)

マラソンは、片側車線が観戦者に開放されていたので、私は急いで自転車に飛び乗って、走者と併走するように走ってみることにする。
さすがに、箱根駅伝の選手(時速23キロ)ほどは速くなくて、大体時速15~17キロぐらいで走っていた。

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(マラソン部門を走る選手たち)

マラソンコースの突端まで併走して、私は、そのまま帰路に着くことにした。

白米が枯渇していたことを思い出して、途中、いつもの農産物直売所「かしわで」に寄って、米3キロ、蕪、トウモロコシなどを買う。

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(買い出しした農産物)

三郷まで来て、腹が減ったので、私のお気に入りの「豚骨醤油ラーメン 一郎」で博多ラーメンを啜る。

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(「豚骨醤油ラーメン 一郎」のラーメン。600円)

水元公園に着いた頃には、雨も弱くなって、霧雨のようになっていた。

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(霧雨の水元公園)

帰宅して靴を脱ぐと、靴の中からどばっと雨水が出てきた。

本日の走行距離:53キロ

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2011.08.20 Sat
清里サイクリング4~八ヶ岳公園サイクリングロード~八ヶ岳高原ライン~美味!鹿のレアロースト
2日目(続き)

朝食後の午前中は、ゼミ合宿らしきことをする。
研修室で映画『タイムマシン』を見て、あれこれと解説&議論をするも、半数の学生は二日酔いで壊滅状態。
元気なのは、私ばかりという滑稽な結果となる。

景気づけに、昼飯がわりに中庭でバーベキューをやる。

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(食べるときは元気がよい学生たち)

さて、午後はどうしよう。
私としては、散歩がてらみんなで清里駅まで歩いて、駅前のレンタサイクルを借りてサイクリングをするという腹案を持っていたが、学生たち同士による議論の末、昼寝or自由行動という厳かなる「決議」を見たので、私は、一休みした後、また、自転車で出かけることにした。

以前、クルマでは寄ったことのある「清泉寮」にでも行ってみようか。
合宿所前の坂を、朝とは逆方向に進む(つまりは、登り)。
途中で、バイクとトラックの接触事故があったらしく、救急車とパトカー数台が事故の後処理をしていた(この辺りは、結構事故が多いらしい)。

清泉寮」は、八ヶ岳高原ライン(県道11号線)を少し下って、清里駅方向に降りる途中にある。

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(清泉寮。手前にあるのが、ポール・ラッシュ像)

清泉寮というのは、戦後、清里開墾開発(農業指導)に熱心に取り組んだポール・ラッシュという米国人が、その拠点とした場所のことで、とりわけ、牛の牧畜をこの地に持ち込んだことで功績があったようである。

今では、いかにも観光地という風情で、アイスクリーム目当てにたくさんの人が押し寄せる。

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(アイスクリームを求める長蛇の列)

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(清泉寮の牧場)

アイスクリームを買うためには、かなり並ばなければならないようだったので、私は、瓶牛乳を一本、ラッパ飲みする。

売店で「キープ協会の自然歩道」の地図を入手した。
この一帯には、森や谷を抜ける遊歩道が縦横に走っていることが分かったので、さっそく自転車で走ってみることに。
ところが、未舗装路どころか、岩や切り株もあるような道で、マウンテンじゃなければとても走れる道ではないので諦める。

しかし、この地図によって、「八ヶ岳公園サイクリングロード」の存在を知ることができた。
そうであったか。
それでは、そのサイクリングロードを走ってみようと思っていたら、昨日と同様、長野県側から黒雲が迫ってきて、雷が鳴り始め、ポツリポツリと雨が落ちてきた。
これはまずい!
私は、一目散に国道141号を登って、合宿所に帰還した。
その後、夕方にかけて、ものすごい雨が降り続いた。

3日目

夕べも、遅くまで宴会。
私も調子に乗って、ずいぶん飲んだ。
朝食を食べて、ミーティング後、解散!(学生たちは、一人を除いて、全員クルマで東京に向かう)。

10時頃、自転車に乗って出発。
暗くなるまでに家に帰ればよいが、ルートは最後まで迷っていた。
1.八ヶ岳高原ラインを下って、小淵沢駅から輪行。
2.佐久往還(国道141号線)で信州方面に抜けて、小諸駅から輪行。
空を見上げると、またしても、信州側に黒雲がたれ込めていたので、順当に、1の経路に決める。

ちょっと大回りになるが、八ヶ岳高原ラインを下る前に、昨日走り損ねた「八ヶ岳公園サイクリングロード」を走ってみるべく、まず、清里駅方面に下る。

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(八ヶ岳公園サイクリングロードの南口)

八ヶ岳公園サイクリングロードは、八ヶ岳高原ラインの西側をほぼ平行して南北にかなり蛇行しながら走っている。
道のりは7~8キロぐらいだろうか。
南から入ると全線登りで、北から入ると全線下りである。
この手の蛇行路は、下るよりも上る方が走りやすいので、私は、敢えて登りを選んだ。
高低差は、150メートルぐらいだろうか。
全線舗装路だが、道幅は2~3メートルぐらいと細い。
林道のように森林の中を通る道なので、落ち葉の積もる時季は滑りやすくなるだろうし、蛇行が激しいので、かえって下りの方が大変かもしれない(雪の日や夜間は危険)。

稜線に沿うように坂道が蛇行しているので、走っていて、大変に楽しい。

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(蛇行しながら上がっていく。ヘアピンカーブも多い)

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(木漏れ日が美しい)

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(道の両側にはブナ林が広がる)

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(八ヶ岳公園サイクリングロードの北口)

八ヶ岳公園サイクリングロードは、これまで私が走ったサイクリングロードの中では、3本の指に入るものであった。
清里に行かれたら、必ず走ってみてはいかがだろうか。

さて、いよいよ「八ヶ岳高原ライン」を下ることにする。

「八ヶ岳高原ライン」(県道11号線・北杜富士見線)は、甲州街道の下蔦木から八ヶ岳南麓を北東に上がって行く道(信州諏訪まで)で、そもそもは、有料道路だった路線である。
往きに利用した、真っ直ぐに上がっていく清里高原ラインとは違って、稜線に沿って道がついているので、八ヶ岳山麓を上がる道としては、もしかして、一番景色が良いのではないだろうか。

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(八ヶ岳高原ライン。向きが逆だが)

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(八ヶ岳高原ライン沿線には、牧場が非常に多い)

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(カーブのあたりは、多少路面が荒れている所があった)

爽快な下りである。
下りの場合、止まるのが億劫なので、どうしても写真が少ない。
ただ、八ヶ岳高原ラインは、比較的傾斜が緩いので、降りるのも楽である。
ブレーキ開放で、時速35キロぐらいでちょうどいい。
たまに50キロぐらいになってしまうが、所々、緩い登りも現れたりするのでありがたい。

そうして走っていると、道の左側に、以前どこかで見たことのあるような個性的な店構えの食堂が現れたので、あわててブレーキをかける。

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(レストラン「仙人小屋」。ジビエ料理の最高峰)

そうだった!
一昨年の春、同僚にクルマで連れて来てもらった店で、鹿料理が非常に美味しい店「仙人小屋」だったのである。
その存在すら忘れてた自分の不甲斐なさに呆れ果てる。
まだ時間が早くてあまり腹が減ってはいなかったが、この機を逃すと、今度はいつ来られるか分からないので、ここで昼飯を食べていくことにする。

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(店内。鹿や兎の捕獲情報も)

私が注文したのは、前回大変に美味しかった記憶のある「鹿のレアロースト定食」(2千円)。

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(「鹿のレアロースト定食」。火の通し方が絶妙の鹿のロースト。粒マスタードが添えられてあるが、塩か醤油で食べた方がウマイ。また、味噌汁には、これでもかというほどの大量の茸類が入っている)

鹿のレアローストの美味しさやその他のメニューについては、前回入店した際の記事に詳述してあるので、そちらをご参照のこと。

私がレアの鹿肉にぱくつこうとしていると、二人組の自転車乗り(カーボン製ロードバイク)が入ってきた。
聞けば、この店に来るために、麓から上ってきたのだという。
なるほど、自転車乗りには好まれそうな店であるに違いない。

この店の個性的なところは、屋外に野獣を飼うための檻があること。
この日は、一頭の大きな猪が、食べられるのを待つべく昼寝をしていた。

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(外の檻で昼寝をしていた猪。猪鍋になる夢でも見ているのだろうか)

山菜も野獣も、店主自らが深山に分け入って採集してくるのだが、野獣に関しては、鉄砲ではなく、罠で捕獲するのだという。

こうして、早めの昼食を済ませて、さらに素晴らしい景色が展開する八ヶ岳高原ラインを下る(止まるのが面倒で写真なし)。

途中、信玄の「棒道」(戦国時代の軍用道路)の標識があったので、自転車を止める。
ガードレールから身を乗り出して見下ろしてみると、一筋の道が見えた。
戦国時代に作られた道が、そのまま残っているのである。

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(信玄の「棒道」)

ちょっと走ってみたいと思ったが、降りる道がなかったので諦める。

さて、この「棒道」が交差する地点(地図)から下の八ヶ岳高原ラインは、最低最悪である(3キロぐらい)。
ここで、ボトルネック状に道幅が急に狭くなり、舗装も悪くなり、傾斜の激しい直線路になる。
しかも、小淵沢の街中に近くなってくるので、クルマの交通量も多い。

八ヶ岳高原ラインは、登りでも下りでも、自転車で走るのには比較的快適な道だが、この区間だけは、いただけない。
しかし、この区間を回避する他の抜け道はありそうもないので、我慢して走るしかないだろう。

道の駅・小淵沢で土産物(ジャム類)などを買って、小淵沢駅へ。
駅前で焼酎の5合瓶などを買い込む。

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(小淵沢駅から輪行)

往きと同様、焼酎を飲みながら、地図と風景を見比べたりしているうちに、ぐっすりと寝入ってしまった。

甲府と高尾で乗り換え。
御茶ノ水駅で下車。
自転車を組み立てる。
あまりの暑さに驚く。

水元の自宅に着くと、ちょうど日没時であった。

承前記事

(この項、了)

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2011.08.19 Fri
清里サイクリング3~日本一高い駅~佐久往還旧道
2日目

夕べは、夜遅くまで宴会。
と言っても、早寝早起きが根付いている私は、22時には自室に戻って就寝したので、朝4時半には起床(学生たちは4時過ぎまで飲んでいたという)。
朝食は8時なので、それまでの時間、合宿所の周辺を走ってみることにした。

合宿所から国道141号までは、急な降り坂。
早朝でクルマがいないことをいいことに、ブレーキをかけずに下ったら、ペダルを漕いでいないのに時速65キロをマーク。

改めて、重力のすごさを体感した。
われわれの、いわば究極の「乗り物」である地球は、時速1600キロ以上で自転している。
それでもわれわれが宇宙空間に吹っ飛ばされないのは、この強大なる重力のお陰なのである・・・。

国道141号線にぶつかって左折する(地図)や、今度は、急な登りがしばらく続く。

国道141号は、八ヶ岳山麓を北上するいくつかの道の中ではたぶん一番歴史の古いもので、いわゆる「佐久甲州街道(佐久往還)」が下敷きになっている。
この道は、甲州においては八ヶ岳東麓を北上した後、信州に入ってからは千曲川沿いに上がって、岩村田で中山道(国道142号線)と接続し、さらに北上して、小諸で北国街道(国道18号線)ともつながっている。
いずれ、たとえば、碓氷峠を越えて北国街道→佐久往還→甲州街道→笹子峠といった、スケールの大きなツーリングができたらと思う。

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(国道141号線・山梨長野県境付近)

しばらく走っていると、「JR鉄道最高地点」は右折の標識(地図)があったので、そちらの方へ曲がる。

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(「JR鉄道最高地点」。1375メートル)

ここには駅がなく、JRの敷地として「最高地点」という意味らしい。
早朝の大気は清涼で、目映いばかりの朝日を浴びている。

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(「最高地点」近くにあった花壇。遠景には、雲を被った八ヶ岳)

さらに、小海線沿いの気持ちの良い道を北上すると、すぐに野辺山駅が現れる。

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(日本で一番高いところにある野辺山駅。1,345メートル)

駅前には、レンタサイクル店があった。
清里駅にもレンタサイクル店があったが、ママチャリでサイクリングをするには野辺山駅の方が良いだろう。
野辺山まで来てしまえば、周辺はなだらかな高原になっているからである。
逆に、清里駅周辺は起伏が大きくて、ママチャリだとかなり苦労すると思う。

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(野辺山駅のレンタサイクル)

そろそろ時間なので、宿に引き返すことにする。
地元の地図を見直すと、国道141号線の旧道(つまりは、佐久往還)らしき道があったので、そちらを行くことにする。

林道風な美しい道だが、知らずに迷い込めば、いったいどこに通じているのか不安になるような曲がりくねった旧道である(笹子峠に雰囲気が似ている)。
やがて、川(大門川)のせせらぎの音がせまってきたかと思うと、古ぼけた橋に出た。

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(旧道の国介橋・地図

橋の名前からして「国介橋」。
まさに、甲州と信州の国境の橋だった。
家に帰ってからこの道のことを調べてみると、現在では、渓流釣りの人ぐらいしか入らない道だが、やはりこれが旧国道141号線であった。

サイクリングの人は、この区間は、絶対にこの旧道の方を走ることをお勧めする。
大森林の胎内廻りをするかのような高低のある羊腸の小径は、走っていて実に楽しい。

私は、合宿所に戻って、シャワーを浴びて、朝食をもりもりと食べた。

(続く)

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2011.08.16 Tue
「旧街道を辿る赤線地帯サイクリング~向島老舗和菓子三昧」の報告
(清里の続きを上げてから、「旧街道を辿る赤線地帯サイクリング」のことを書こうと思って、やっと清里編をほぼ書き終わったと思いきや、操作ミスで全部消してしまった・・・。しばらくふてくされてました)

8月13日(土)

いよいよ「旧街道を辿る赤線地帯サイクリング~向島老舗和菓子三昧」の当日である。

朝の内は、東北東の微風が吹いていて、涼しいような気もしたが、8時半過ぎには気温もぐんぐん上がって、蝉の大合唱が酷暑の一日の序章を奏でているようである。

今回、集合地点の水元公園に集まった参加者は10名。
しゃあさん(足立)、横山さん(松戸)、joypapaさん(柏)、kaccinさん(松戸)、たすけさん(流山)、TCR-Nさん(流山)、bunaibuさん(戸田)、ジャスの紳さん(流山)、ミンミンさん(水元・お見送り)と私(水元)。

戸田のbunaibuさんを除いて、参加者の居住地を北から線で結べば(柏→流山→松戸→金町→千住)、旧水戸街道筋の人々が集ったことになる。

自転車種内訳は、ロードバイク5、クロスバイク5。
初参加で、今回は水元公園内お見送りのミンミンさんは、ショッキングピンクの新車マークローザ・スタッガード(ブリヂストン)でいらしてくれた。

詳しい経路については、事前記事を参考にしていただくとして、大まかに言えば、水元公園を起点に葛飾区~墨田区~足立区を右回りに(旧水戸街道~古代東海道~旧奥州街道で)一周したことになる。

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(古代東海道)

概算40キロ弱と踏んでいたが、実際に走ってみると、50キロ弱あった(これでも、旧水戸街道下りやいくつかの立ち寄りポイントは省略した)。
ご一緒して下さったメンバーの方は、さらに水元公園までの往復(40キロ前後)がこれに加わる。
距離もさることながら、今回のコースが炎天下の街区を走るものだったので、申し訳ないことに、結果としては、「地獄の猛暑特訓サイクリング」のようになってしまった。

それでも、涼しい木陰で休憩したときなどは、大変興味深い自転車談議に花が咲いて、私にとっては、実に楽しいものだった。

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(古代東海道では、道標の役割を果たしていたという「立石」祠)

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(白髭神社)

走行後、しゃあさんと私は、疲れを癒すべく、金町の飲み屋でユッケとレバ刺しで喉を潤した。

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(ユッケとレバ刺しで一杯)

今回参加下さった皆さん、おつき合い下さって、ありがとうございました。

次は・・・、性懲りもなく、深川・江東の水路を廻るサイクリングをやりたいなあと思っています。
ただし、涼しくなってから・・・。

なお、当日の様子については、以下の方々が既に書いておられます。
詳しくは、是非、こちらの方もご覧になって下さい。

・横山さん
http://07494.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-e1f2.html
・joypapaさん
http://jitensha1000.blog16.fc2.com/blog-entry-204.html

・たすけさん
http://sazaepc-tasuke.seesaa.net/article/220360994.html

追加;
・bunaibuさん
http://bunaibu2008.cocolog-nifty.com/arekore/2011/08/post-8d0e.html
・たすけさん
http://sazaepc-tasuke.seesaa.net/article/220699809.html
http://sazaepc-tasuke.seesaa.net/article/221019765.html

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2011.08.13 Sat
清里サイクリング2~清里高原ライン~28tスプロケはやはり良い
1日目(続き)

清里高原ライン(県道28号線)をさらに登って行くと、「金田一春彦記念図書館」「谷戸城ふるさと歴史館」は左折という標識が見えた。
信州小諸で「寅さん会館」に出会ったときほどではないが、私はちょっと驚いた。
金田一春彦(言語学者)は、確か東京は本郷の出身じゃなかったかなあ・・・。
というわけで、ちょっと寄り道していくことにする。
「若林」という交差点(地図)で左折。
しばらく西進すると、「金田一春彦記念図書館」の標識が見えたので、その道を下ってみると、町の規模にしては立派な図書館が現れた。

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(「金田一春彦記念図書館」)

中に入ってみると、金田一春彦にまつわる展示コーナーがあった。
何のことはない。
生前、金田一春彦の別荘がこのあたりにあって、死後、その別荘に所蔵していた彼の蔵書がこの図書館に寄贈されたということらしい。
正直言って、あまり面白くなかった。

ついでに、「谷戸城ふるさと歴史館」の方にも行ってみることにした。
田圃の中を通る長閑な農道を下ると、谷戸城跡でもある小高い山が見えてくる。
その小高い山裾に、「谷戸城ふるさと歴史館」はあった。

谷戸城というのは、中世の城跡だが、説明するのは煩雑なので、以下のページをご参照。
http://www.rekishitabiaruki.com/data/yato/index.html

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(谷戸城趾)

城跡を少し歩いてみたが、急に空腹感を覚えたので、「谷戸城ふるさと歴史館」も入館せずに、早々に退散することにする。

昼近くになって、やや暑くなってきた。
幹線道に出る途中に、(江戸期?の)復元民家があったので、その軒先の日陰で、地元の観光地図を広げて経路を検討し直す。

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(復元民家)

清里高原ライン(県道28号線)は、そんなに走りにくい道ではないが、幹線道はどことなく風情がないので、清里高原ラインの西を平行に通っている農道(地図)を辿ってみることにする。

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(清里高原ラインの西を平行に通っている農道。「井富湖カラ松通り」というらしい)

この道のことを「井富湖カラ松通り」というらしいが、湖はおろか、唐松もなく、見渡す限り、見事な夏の田園が広がっている。

この道、まったくクルマも来ないし、なかなか旅情があってよいのだが、空腹の身には応える。
何しろ、食堂のようなものが全然現れないのである(自販機すらない)。

仕方がないので、幹線道にぶつかった交差点を右折して、再度、清里高原ラインを目指すことにする。
この右折した道は「八ヶ岳広域農道(別名:レインボーライン)」(地図)という(道路にいちいちメルヘンティックなニックネームを付けるのがこの辺りの風習のようだ)。
東西に通る道なので、坂もあまりなくて、走りやすい道である。

久しぶりに登り坂から解放されて、快走していると、にわかに雷鳴が轟くや、空一面かき曇り、急にすごい雨が降ってきた。
一見して通り雨だということは分かったので、私は、道筋の大きな杉の木立の下でしばらく雨宿りすることにした。
電話機やカメラをビニール袋に入れて、リュックの奥にしまい込み、リュックにはレインカバーをかける。
ところが、雨がいよいよ強く降ってきたので、木の下での雨宿りが困難になってきた。
仕方なく、簡易合羽(100円ショップ製)を着込んで、降りしきる雨の中、清里高原ラインに接続する交差点まで猛スピードで走って、交差点近くのレストランに逃げ込んだ(店名失念、リュックの中にカメラをしまい込んでしまったので写真もなし)。

結局、このレストランでハンバーグ定食(75点)を注文して、食事がてら1時間ほど雨宿りをする。
店の主人によれば、このところ、毎日こんな天候が続いていて、午前中は晴れているが、午後から断続的に雷雨があるという。
このあたりは、全部の道が坂道なので、大雨が降ると、道が途端に川になるので危険だと教えてくれた。
山の天気は変わりやすいというが、こんなに急変してもらっては対応のしようがない・・・。

まだ小雨は降っていたが、空が次第に明るくなってきたので、私はレストランを後にすることにした。
豪雨に打たれたため、長らく掃除をしていなかったロードバイクがピカピカになっているのが可笑しかった。

新かな気分で、私はまた清里高原ラインを登り始めた。
う~ん、やっぱり28tスプロケは良い。
何だかんだ言っても、28tがあれば、低速ながらも、脚の筋肉が痛くなって坂を登れなくなることはない。
ただ逆に、これ以上の、たとえば30tや32tは必要ないとも感じた。
34t×28tのギア比は、ロード系トリプルの30t×25tにほぼ相当する(参考:「ギア比表」)。
山岳対策としては、トリプルのセットに交換して200グラム以上重量化させてしまうよりは、フロントはダブルのままでスプロケの25tを28tに交換した方がやはり得策のように思う(何しろ、安価でもある)。

さて、私がずっと走ってきた山梨県道28号(北杜八ヶ岳公園)線は、セブンイレブンのあるY字路で、二つに分岐する(どちらも、県道28号線)。
清里方面に上がるなら、右の方の道を行く(地図)。

しばらく走ると、八ヶ岳山麓では屈指の絶景ポイントある「八ヶ岳高原大橋」を渡ることになる。

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(八ヶ岳高原大橋1)

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(八ヶ岳高原大橋2)

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(八ヶ岳高原大橋から眺める八ヶ岳連峰)

さらに清里高原ラインを登っていくと、坂の傾斜が激しくなってくるが、車道と平行して、走りやすい自転車道が付いているので安心である。

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(車道と併走する自転車道。八ヶ岳連峰が見える)

自転車道付きの道路も、大概は橋になると車道と合流させられる例が多いのだが、清里高原ラインでは、橋の部分も自転車道が独立していて、大変に走りやすい。

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(橋の部分も自転車道が独立しているのがよい)

こうして、やっと清里駅に到着するも、またしても、雷雨が降り始めたので、急いで合宿所に向かうことにした。

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(小海線清里駅)

結局、この雷雨は、夜半過ぎまで降り続いていた。

(続く)

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2011.08.11 Thu
清里サイクリング1~日本交通変遷史の教材としての甲州街道
八ヶ岳ツーリングと言いたいところだが、今回は、とてもツーリングなどと言える代物ではなかった。
職務上の合宿にかこつけて、行き帰りの一部と、合宿中の空いている時間を自転車でちょろちょろと走るだけの結果となってしまった(3日間で走った総距離は、たった115キロである)。

今回は、広い意味では「自転車通勤」に過ぎないとも言える。
一種の職場たる合宿所まで、自宅から(輪行を交えて)自転車で走っただけなのだから。

まず、3日間の移動をまとめておこう。

1日目:水元自宅(自走)→東京駅(輪行)中央本線→長坂駅(自走)清里高原ライン→合宿所
2日目:(朝)合宿所→野辺山駅(日本一標高の高いJRの駅)→合宿所、(午後)合宿所→清泉寮→合宿所
3日目:合宿所→清里駅→八ヶ岳公園サイクリングロード→八ヶ岳高原ライン→小淵沢駅(輪行)→御茶ノ水駅(自走)→自宅水元

1日目;

往きに関しては、最初から甲府よりも先まで鉄道輪行することに決めていた。
というのも、一昨年の春、大月駅まで輪行して大月から笹子峠を越えて小淵沢まで走ったことがあるし、また、合宿所への集合時間が15時だったので、そんなに長い距離は走れないと考えていたからである。

朝まだき、ウキウキしながら自転車(ロードバイク)に跨る。
合宿に行くことは、一種の職務なので、本来なら、あまりめでたい出来事ではないはずなのだが、こうして自転車で出かけられるというだけで、私は嬉しくて仕方がない。
そう考えると、現在の私にとって、自転車はきわめて大きな存在で、大袈裟に言えば「生命線」だと言ってもよい。

いつもの通勤路を辿って、これまたいつもの隅田川土手でおにぎりを頬張る。

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(隅田川土手で朝食。かなり早朝なのに、ジョギングをしている人がたくさんいた)

東京駅八重洲口で、輪行すべく、自転車をバラす。
ちょっと早く着きすぎたので、ホームで待機。

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(東京駅ホームで列車の入線を待つ私の自転車)

今回私が利用した鉄道のダイヤ。

東京 06:07発 - 長坂 10:11着
所要時間:4時間04分
料金:2,940円

●東京
|  6:07発
|    JR中央線(中央特快)[高尾行]58分
|  7:05着
○高尾(東京)
|  7:26発
|    JR中央本線(普通)[小淵沢行]2時間45分
|  10:11着
■長坂

もちろん、すべて普通列車の利用である。
特急列車だと、速すぎて、風景が楽しめないからである。
高尾までの約1時間は、風景も見慣れたものでつまらないので、ずっと眠っていた。

高尾駅で乗り換え。
高尾駅は、ホームにトイレや自販機があるので、乗り換えには適している(ただし、1番線の付き方が変則的なので注意)。

小淵沢行の列車(6両編成・車椅子スペースなし)に乗り換える。
同じ車輌に乗り合わせた小径車(ダホン)の人と話をする。
聞けば、勝沼で降りて、笛吹川→富士川(街道)を下るのだという。
なるほど、良いルートだなあ。
私も同行したくなるが、今回ばかりはそうはいかない・・・。

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(高尾駅発~小淵沢駅行の中央本線車内)

高尾から笹子までの甲州街道筋の車窓は、日本交通変遷史の教材を見るようで大変に楽しい。
東から相模川~桂川~笹子川が形成する深い谷に沿うようにして、新旧甲州街道と中央本線(旧甲武線)と中央高速道路が通っている。
そもそも、日本における初期(明治期)の鉄道は、大概、旧来の街道に沿って敷設された。
江戸期までの幹線ルートが、明治期になってもなお政治経済の幹線ルートであり続けたという事実を度外視したとしても、これは当然の話で、鉄道建設のための莫大な資材と労働力は、旧街道か、旧街道に沿って流れる河川によって運搬せざるを得なかったからである。
しかし、鉄道からの風景を眺めていると、視界から、併走する甲州街道(国道20号線)が消え去る区間がある。
鉄道が、トンネルに入ってしまうからであるが、こういう区間は、トンネルによって視界が遮られるということだけではなくて、事実、鉄道と甲州街道がかなり違ったルートをとっている箇所なのである(たとえば、大垂水峠、笹子峠あたりなど)。
はたして、なぜであろうか?

明治期に低地国家の英国(なにしろ1000メートル以上の山が三つしかない)から学んだ鉄道技術では、日本の山岳地に鉄路を敷設し、そこに蒸気機関車を走らせることができなかったので、そういう箇所は、旧街道に沿うような峠越えの鉄路敷設を断念して、トンネルを掘ることでこれを解決しようとした。
トンネルを通せば、空気も悪いし、景色も見えず、誰にとってもつまらないルートを造り出すことになるのは必定だが、速く目的地に辿り着けさえすればよいという近代人特有の欲望は満たすことができた。
この考え方が、戦後1960年代以降の高速道路(クルマの専用道)にも生かされることになったので、鉄道のトンネルの隣りに仲良く併走するように高速道路が築かれることになる。
その結果、高速道路も、観光絵葉書によくあるような遠景パノラマしか見えない実に不細工な道路空間を作りだすことになった。
こうして、道中を楽しむ旅から、目的地を目指すだけのつまらない旅が誕生した。
これはまた、不快な道中を我慢してでもなるべく速く到着できた方がよいという感受性(スピード狂)をも産みだした(飛行機などその最たる例であろう)。
中央本線の車窓からの風景を、地図に照らし合わながら眺めていると、以上のようなことが手に取るように感じられるのである。

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(勝沼あたりの車窓からの眺め。一面の葡萄畑)

そんなことを考えながら、車窓を眺めているうちに、いよいよ長坂駅に到着した。
輪行で駅に着いたときはいつもそうなのだが、やっとこれから自転車に乗れると思うと、身体中に嬉しさがこみ上げてくる。

長坂駅の標高は、約720メートル。
清里の合宿所のそれは、約1390メートル。
つまりは、東京から列車で約700メートル登ってきて、これから自転車で約700メートルを登る勘定である。

駅前で自転車を組み立てて、案内所で何種類かの観光地図を入手する。

経路は至って単純で、駅前の県道32号線を東進して、清里高原ライン(県道28号線・6年前までは有料道路だった)を登るだけである。

清里が本格的に開墾開発されたのは戦後のことなので、信玄の棒道ではないが、ここの幹線道のほとんどが、当初からクルマで交通することを念頭に置いて建設されているので、山肌を一直線に登るようについているので、自転車にとっては非常に厳しい道が多い。
清里高原ラインなぞは、そもそもが有料道路として建設されたので、とりわけその傾向が強い。

私は初めから、32t×28t(今回のために作ったスプロケ)で、トコトコと登り始めた。

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(清里高原ライン)

清里では、ほとんどの幹線道に、片側には比較的走りやすい歩道&自転車道が付いている。
私の場合、登りは歩道を、降りは車道を走ることが多かった。

走っていると、目の前に、朝鮮語が並記されている変わった記念碑が現れた。

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(浅川兄弟生誕地の記念碑)

知らなかった。
浅川巧は、ここの出身だったんだ。
私は、若い頃、柳宗悦に私淑しており、特にその朝鮮の民衆文化に関する著作から多くのことを教わった。
誰もが、朝鮮人とその文化をひどくさげすんでいた日帝時代に、柳宗悦は、きわめて理知的かつ情感的に朝鮮の文化を評価した。
その柳宗悦に、朝鮮の民芸の素晴らしさを気づかせるきっかけとなったのが、浅川巧である。
私はヘルメットを脱ぎ、記念碑に一礼して、再び坂を登り始めた。

(続く)

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2011.08.06 Sat
山岳用スプロケ14-28tを自作する
この夏は、今のところ、最低2回はツーリングに出かける予定である。
いずれも仕事(合宿)がらみではあるが、1回目は、明日からで、八ヶ岳(清里)方面。
2回目は、9月初旬で、こちらは北信(野沢温泉)方面。

どちらも坂ばかりの地域なので、スプロケをいじってみることにした。

去年までは、14-25t(65アルテ9速)の25tを外して、マウンテンのスプロケ(スラム製8速)の26tに付け替えたものを使っていたが、RDが28t対応の67アルテになった(去年の暮れ)ので、この際、28tを取り付けたいと思った。

ところが、9速の場合、ロード用で28tが付いている製品は存在しない。
簡単なやり方としては、たとえば、マウンテンの11-28t(旧ディオーレ・CS-HG61-9)をそのまま取り付けるという手はあるが、私にとっては11tや12tはまったく不要なので、これを取り付けてしまうと、必要な28tは確保されるものの、不要なギアも抱え込んでしまうことになる。

ならば、自作するほかはない。

ところで、自転車を多少ともいじったことのある人なら、多段スプロケは、製品(規格)によって、バラせるものとバラせないものがあるということはご存知であろう。
この点については、実に分かりやすくまとめた次のページをご覧になるのが、最もてっとり早い。
http://www.geocities.jp/bikemaking/compatibility/sprocket/sprocket.html

ところが、この記事は、ロード系のRDキャパが27t時代のものなので、28tを含むスプロケが載っていない。
そこでいろいろと調べてみた結果、ディオーレLXのスプロケ(もちろん9速仕様)が全バラ可能で、しかも、シマノ補修パーツとして、ギア単独で購入可能ということが分かったので、さっそくそれをば注文。
ディオーレLXのスプロケの28tの製品番号は、Y10N28446で、現行製品のようなので、比較的容易に入手可能。
1個590円だったので、私の場合、3個も購入してしまった(今後、9速関係の部品が入手困難になると見て)。

さっそく届いたので、旧(65)アルテ(CS-6500)の14-25tのスプロケの25tを外して、替わりに、ディオーレLXの28tを取り付けた。

IMG_0004 (23)
(28tを取り付けたスプロケ。やはり、28tは大きいなあ)

これで、14-15-16-17-18-19-21-23-28tの山岳用特製スプロケが出来上がったことになる(しかも、14tから19tまで1t差というのが実に使いやすいのである)。
なお、私の場合、チェーンを延長しなくても済んだが、車体(チェーンステー長)によっては、1コマ長くした方がいいかもしれない。

それから、現行ソラの14-25tのスプロケ(CS-4500)はバラせないので、同じことをするのは無理(但し、製品としては悪くない)。
加えて、9速のスプロケとしては、旧アルテのCS-6500は非常に造りがしっかりしていて、大変に優秀な製品であるので、私のような「9速主義者」は、市場から枯渇する前に購入しておくことをお勧めする。

さて、明日からの八ヶ岳ツーリングで、この山岳用スプロケはどれほどの威力を発揮するだろうか?

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2011.08.03 Wed
奥羽大地震後の利根川流域と銚子半島の被害~一月後(4月中旬)を走る
今となってはもう4ヶ月も前のこと。
大地震から約一月後の4月中旬、私は、一人住まいのお袋のことが心配になって、自転車で銚子に行った(当時はまだ総武本線もまともに動いてなかった)。

実際に自転車で走ってみると、利根川流域および銚子半島付近(東総地区)での地震の被害は、私の想像以上のものであったが、当時は何だか不要に傷口に触れるような気がして、とてもそれについて書くことができなかったが、やっと最近、冷静に見つめることができるようになったので、ここに簡単に記録しておくことにした。

銚子に行った大まかなルートは・・・、
往き:水元→手賀沼→(木下から)利根川サイクリングロード終点まで→市内旧道→銚子市街地。
帰り:銚子市街地→銚子台地の農道→旭→利根川サイクリングロード→水元(県内陸部は、家によっては多少瓦が落ちているところもある程度で、特にこれといった被害は、自転車のスピードでは見えなかった)。

手賀沼から木下(きおろし)ぐらいまでは、いつもの長閑な風景が変わらずに続いた(但し、木下手前の用水路沿いの道では小さなひび割れがあった)。

画像 392
(手賀川の白鳥)

画像 394
(江戸期には利根川舟運の拠点であった木下から利根川サイクリングロードに乗る・利根川右岸)

ところが、長門川水門の手前あたりから、路上に大きな亀裂が散見できるようになった。

画像 396
(約100メートルに一箇所程度、このような亀裂が)

そして、トイレ休憩に立ち寄った「水と緑の運動広場」(地図)では、敷石が破砕していて、誰の目にも、地震の影響が見て取れた。
肝心のトイレは、断水により使用不能だった。

画像 395
(「水と緑の運動広場」のトイレ。液状化のためか、1尺あまりも陥没していた)

長豊橋を渡って左岸に出る。
すぐに「通行自粛」の注意書きがあって、黄色い綱が張られていた。

画像 397
(通行を「控えろ」という注意書き)

利根川サイクリングロードは、右岸よりも左岸の方が、壊れ方がひどいような気がした。
左岸をしばらく走っていると、15センチほどの縦の亀裂に出くわして、思わずブレーキをかける。

画像 398
(本格的な縦溝は、これが初めて、気づかずに突っ込めば大怪我&ホイール大破を負うであろう)

このような縦溝は、水郷大橋まで何箇所もあった。
左岸の被害が大きくて、走行していて危険を感じたので、昼食を取るためということもあって、佐原市街地に出るべく、水郷大橋を渡った。
水郷大橋を渡りきって、右岸のサイクリングロードを少し走ると、道が大きく壊れ、工事中にて完全に通行不能となる。

画像 399
(佐原あたりのサイクリングロードは全面通行止)

仕方がないので、橋まで戻って、国道356号まで降りて迂回する。

佐原の市街地を貫流する小野川沿いに街に入ろうとしたとき、私は、目の前に広がる光景に愕然とした。
何というか、まるで空襲にあったように、街全体が「歪んで」いた。

画像 404
(市街地を縦貫する小野川沿い。護岸は大破。液状化のためか、川の水も半ば干上がっているところもあり)

瓦が全部落ちたり、家が斜めに傾いているなぞは当たり前で、街路もひびが入ったり、大きく陥没したりしていた。
とりわけ、観光の枢軸たる小野川沿いの被害が凄まじかった。

画像 400
(手すりの護岸は1尺以上も陥没)

画像 401
(手すりの護岸は1尺以上も陥没2)

画像 403
(手すりの護岸は1尺以上も陥没3。小野川の両岸の道は、本来ならば、綺麗な舗装道路だったのだが、液状化によって吹き出した土砂によって、埃っぽい未舗装路のようになっていた)

市街地の住宅も、多かれ少なかれ被害を被っていた。

画像 402
(家の前の地面に亀裂が入り、全体として傾いていた民家)

瓦礫や液状化によって乾いた砂塵のためか、
街全体が粉塵の中にあった。
復旧のための工事中で、幹線道路以外は、道は寸断されていた。
観光を主力産業のひとつに据えている佐原にとってはかなりの痛手であったあろう。

昼飯を食べるために、迂回しながら「道の駅・佐原」に寄ることにする。
道の駅自体は、さすが新しい建築物だけあって、まったく被害を受けていないようである。
昼飯(500円ぐらいの弁当)を買って、外のベンチで食べる。

画像 405
(「道の駅・佐原」に駐めてあった3RENSHOのロード。う~ん、カッコイイ!3RENSHOのフレームもいいなあ)

引き続き、利根川右岸を下流に向かって走ってみることにする。

サイクリングロードと平行して走っている国道356号が途中で崩れかかっていたため通行止になっていた。
お陰で、国道には一台もクルマが走ってなくて、私は、この時とばかりに独り占めをする。

画像 406
(いつもはびゅんびゅんクルマが走っている国道だが、今日は、私の専用道と化した)

気持ちよく走れた通行止めの国道であったが、通行止めではない区間に入ってしまったので、また、私はサイクリングロードに戻る。
そして、利根川大橋の手前まで来たとき、またまた驚くべき光景に出会った。
サイクリングロードと平行して通る一般道に、まるで大怪獣が襲来したかのような大亀裂が走っているではないか。

画像 407
(ものすごい亀裂。前方に見えるは利根川大橋)

これでは、自転車をすっぽりと呑み込んでしまいそうな亀裂である。
さらに、走って、黒部川に架かる小さな橋(地図)を渡ろうとすると、橋の袂の付近に大きな断層ができていた。

画像 409
(20メートルぐらい走っていた断層。落差は70センチぐらい)

利根川大橋付近の被害は特に著しく、もう珍しくなくなってしまったので、途中で写真を撮るのをやめてしまったが、次のような陥没は、数十箇所もあった。

画像 408
(サイクリングロードの陥没)

こうして、私は、銚子の実家にやっとのことで到着した。
何回も迂回を強いられたり、亀裂だらけで自転車を押さなくてはならなかったりで、いつもより遙かに疲れた・・・。

さて、お袋の元気な姿を見て、私も一安心。
地震の時はどうだったと聞くと・・・、

「怖かったよぉ~。空襲よりも怖かった!」とお袋。

私は、その比較が面白くて、思わず笑ってしまったが、今回の東北地方の被害(地震+津波+核汚染)を思えば、人類史上稀に見る大災害で、とても笑ってはいられない・・・。

翌日(帰路)。
朝ご飯をゆっくり食べて出発。

銚子台地を探訪しつつ、旭市に入る。

銚子台地には、非常にたくさんの風力発電機がある。

画像 421
(稚拙な極悪玩具であることが判明した原発に替わって、頑張ってくれよ!)

画像 422
(これからは、君たちの時代だ!)

さて、旭市は、今回の津波で、たくさんの犠牲者を出したところである。

事前に報道等で知ってはいたが、現場に来てみると、その悲惨さに胸が潰れるようだ。

画像 424
(津波が貫通した家)

画像 426
(津波が貫通した家の内部)

画像 428
(貫通するどころか、完全に瓦礫になってしまった家)

画像 430
(海沿いの家々は、跡形もなく流されている)

画像 432
(鳥居だけが残って、周囲の建物はすっかり流されている)

九十九里サイクリングロードの方に出てみる。

画像 429
(大破した九十九里サイクリングロード)

画像 433
(ガードレールはすべてはぎ取られて、支柱も大きく曲がっている)

画像 431
(この箇所では、ガードレールの支柱すら折れて流され、真っ二つに折れたボートが転がっていた)

飯岡漁港の方へまわってみると、目の前に広がっていたのは、実に不思議な光景だった。
大きな漁船が、陸上にごろんと寝そべっているではないか。

画像 434
(打ち上げられた船。遠景は、屏風ヶ浦の西端、刑部岬)

甚大な被害を受けた飯岡海岸には、ほんの30分ぐらいしかいなかったのだが、何だかものすごく疲れた。

私は、被災地からできるだけ離れたくなって、逃げるように旭市を北上して、再度、台地を越える。

高校生の頃よく行った「七つ池」に寄る。

画像 410
(銚子台地の谷に展開する「七つ池」・地図

台地を登ったり下ったりしながら、利根川方面に向かう。

画像 420
(総武線の高架下。明治大正期の煉瓦造り。二度の大震災をくぐり抜けて、なお堅牢なり)

高田川(地図)という小さな川筋に出て、何だかホッとして、小橋の上で一服。

画像 419
(田園を長閑に流れる高田川)

すると、川面が何やらゴニョゴニョと動いている。
川の中をよく見てみてびっくり。
夥しい数のボラが水面に盛り上がるように群をつくっているではないか。

画像 411
(ものすごい数のボラの群)

画像 412
(15~30センチぐらいのボラが無数に泳いでいる)

私は、このボラの群がどこから来ているかを探るべく、高田川沿いに下ってみることにした。
とにかく、ず~っとボラの群は続いていて、最後は利根川に出た。

画像 417
(高田川河口・地図

私は、今回の地震のことが重くのしかかってくるような不快な胸苦しさを感じながら、どうしようもなくて、かなり長い間、利根川の畔に佇んでいた。

画像 416

この項、了。

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