日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2010.03.23 Tue
銚子行3~少年時代の家の周辺を訪ねてみる
北からの微風。
今回も、利根川ルートで帰ることにする。
朝食を食べて、8時過ぎに出発。

市街地を抜けて、国道356号沿いに走る。
途中、10歳ぐらいまで住んでいたあたりがどんな風になっているかを見て見たいからである。

私が当時住んでいたのは、現在の国道356号沿いであるが、東京オリンピック頃までは、ここに国道は存在せずに、いつも土埃を上げている未舗装の田舎道が通っていただけだった。
それが、いつの頃か、突然ブルドーザーがやって来て有史以来の大工事が始まり、道路が拡幅されて、立派な舗装路ができあがっていった。
その国道建設に伴って、私の住んでいた界隈にも上下水道が設置されたわけだが、もちろんそれまでは、飲み水は庭の井戸から汲んでいたわけだし、下水はスコップで掘ったような溝に垂れ流していた(ここにはミミズがたくさんいたので、これを捕まえて釣りの餌にしたものだ)。

かすかな記憶を手がかりに国道を辿っていく。
当時の面影を残す道筋の農家の塀に見覚えを感じて自転車を止めた。
そうだ、この辺りにちがいない。

IMG_4605.jpg
(私の住んでいた家があった場所・現在は、ご覧のように、保険会社のビルが建っている)

当時、ここに、木造平屋(畑付)の公務員住宅が建っていて、私はそこで、10歳ぐらいまで過ごしたのである。
道筋から横道に入ると、当時は、一面の田畑が広がっていたが、現在は住宅街になっている。

懐かしくなって、周辺も走ってみた。
唯一、近所の子供たちとベーゴマなどをやって遊んでいた小さなお社の一角だけが、ほぼ当時のまま、残っていた。
子供の頃は、もっと広い場所だと思っていたが、案外狭いので不思議な感じがする。

IMG_4603.jpg
(当時のままだった小さな社)

いつだったか、友だちとここの地面を掘っていたら、大きな馬の骨が出てきて、大騒ぎになったことがあったっけ・・・。

夏休みになると、毎朝、ラジオ体操に通った熊野神社は、ほとんど変わっていなかった。
ランニングシャツに半ズボン姿のかつての私が大木の影から現れても驚かないぐらいに・・・。

IMG_4606.jpg
(熊野神社・松本町)

そして、私の少年時代の自転車生活に欠かせなかった「塚本輪業」(自転車屋)も、国道沿いに健在。

IMG_4602.jpg
(開店前の「塚本輪業」)

40年の時間経過は、凄まじいほどに一帯を変貌させてしまってはいたが、神社仏閣だけは、当時の姿を残しているものである。

旧道に戻って、西進する。
いつも気になっていた笹本町の旧道沿いの美しい藁葺きの山門を見学するすることに。

IMG_4609.jpg
(藁葺きの山門)

寺の名前も分からなかったが、帰ってから地図を調べてみると「薬師堂」(地図)らしい。
そう言えば、小さなお堂が建っている。
かなり古い寺のようだが、沿革など一切不明。

宮原町(銚子市)から利根川サイクリングロードを走って、いつものように、小見川大橋を渡って左岸(北岸)に渡る。
いつもの「横利根閘門ふれあい公園」で休憩。

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(レンガ造りの閘門)

IMG_4615.jpg
(「横利根閘門ふれあい公園」・コブシの花が咲いていた)

もう11時も過ぎて、大分腹が減ってきたので、このあたりで昼飯でも食べたいなあと思って、「横利根閘門ふれあい公園」から小さな集落(香取市北佐原・北岸だが香取市の飛び地になっている)に降りてみたが、食堂らしきものも、弁当屋もないので、仕方なく、水郷大橋を渡って、佐原で昼飯を食うべく再び右岸に出る。
佐原の街に出るのは億劫なので、今日は、川筋の「麻生屋本店」で鰻を食べることにする。

IMG_4617.jpg
(利根川土手から見える「麻生屋本店」)

麻生屋本店」は、街中(まちなか)の支店の方には行ったことがあるが、ここ本店は初めてである。
ほとんど開店と同時に入ったので、私が口開けである。

座敷に上がり込んで、1500円のうな重を注文する。

IMG_4618.jpg
(「麻生屋本店」はすべてお座敷席である)

麻生屋本店」は、市中から利根川に流れ込む小野川の河口にあるので、舟運が栄えた頃にはさぞかし賑わったと思われる。

IMG_4620.jpg
(うな重・味は支店の方がうまかったような・・・)

IMG_4621.jpg
(「麻生屋本店」はむしろ、佃煮類が有名である)

こうして私は、手賀沼→江戸川(流山橋)→二郷半領用水→水元公園で帰宅。

IMG_4625.jpg
(江戸川土手の菜の花)

IMG_4627.jpg
(二郷半領用水のコブシ並木)

これにて、早春の銚子への旅の記録を終わりとする。

走行距離:136キロ(クロスバイク)
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2010.03.22 Mon
銚子行2~銚子の古道探訪・屏風ヶ浦の穴場スポット
夕べは、疲れ果てて、お袋が拵えてくれたポークソテーを食べるや、缶ビール一本も飲み切らないうちに床について、10時間ぐらい熟睡した。

朝飯を食べてから、さっそく銚子半島を探訪すべく、自転車に跨って走り始める。

つい10日ほど前に銚子に「イオン・ジャスコ」(銚子店)ができたという話をお袋から聞いたので、126号の抜け道ルートの復習も兼ねて、行ってみることにした。

台地の上のキャベツ畑の中の道を辿って、「イオン・ジャスコ」(銚子店)に到着。

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(台地の上のキャベツ畑の道・撮影地点地図

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(旧有料道路・県道286号の橋の上からから見下ろした、美しい高松池・撮影地点地図

「イオン」は、広大な敷地に広がっていた。
この店に来やすいように、周辺の道も整備されていたのには驚いた。

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(「イオン」の駐輪場)

開店前(9時開店)に着いてしまったので、しばらく入口付近で待つ。
銚子駅からの路線バスが次々と到着して、女子高生と思われる集団を吐き出して行く。
開店直前には、キャピキャピギャル軍団のピーチクパーチクの中で、私は一人ぽつねんと立ちつくしていた。

開店したので、私にとって唯一興味のある店舗「サイクルショップ」に行ってみることにした。

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(「サイクルショップ」)

かなり大きな店舗で、事実上、現時点では、ここが銚子最大の自転車屋であることは間違いないであろう。
一番正面の入口付近に、開店記念セールのクロモリの700Cクロスバイク19800円が展示されていて、私の心を動かす。

IMG_4573.jpg
(19800円のクロモリクロス)

トップチューブはホリゾンタル。
ボスフリーの6速で、スプロケはたぶん14-28t。
特に金色のチェーンとスポーク(36本組)が気に入った。
銚子に置いておいて、鉄道で来たときに乗ればいいじゃないか。
スタンドとディレーラーガードを外して、タイヤを23Cに交換すれば、かなり軽快に走る自転車になるぞ・・・。
しばらく自転車の前で唸っていたが、「何台買えば気がすむのかね、お前は!」というお袋の声が聞こえてくるような気がした。
「お袋へのプレゼント」として購入するという非常に苦しい口実も考えてみたが、かなり無理があるよなあ~。
また、考えてみれば、銚子に鉄道で来ることも滅多になさそうだと思って、今回は我慢することにした。

この自転車屋、パーツ類の品揃えがかなりよい。

IMG_4574.jpg
(充実したパーツ類・値段はそこそこ安い)

各種のタイヤ(チューブラーもあり)やチューブもずらっと揃っているし、専門的な工具類もきちんと置いてある。
銚子にサイクリングに来て何かトラブルになったときには、ここに来れば、ほとんど解決するに違いない(ただ、ちょっと不便な所にあるのが玉に瑕)。

さて、「イオン」を後にして、126号回避ルートをさらに辿ることにする。
「イオン」の裏手の新しい舗装道を西進して、屏風ヶ浦から海が見える場所で写真を撮る。

IMG_4575.jpg
(屏風ヶ浦の崖上から海を眺める・撮影地点地図

さらに、畑の中の細い農道をくねくねと走って、崖っぷちを目指す。
お~、ここはかなりの穴場だぞ。
屏風ヶ浦を直下に見下ろすことのできる(「火曜サスペンス劇場」風な)ポイントは、(60年代に県道286号が建設されてしまった)今となっては案外少ないのである。

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(屏風ヶ浦を直下に見下ろす・撮影地点地図

両側に鬱蒼たる常緑樹の繁る切り通しを降りてから、また、登る。

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(切り通し・撮影地点地図(大体この辺))

以前から気づいてはいたが、この126号回避ルートは、江戸時代以前に遡ることができる旧道にちがいない。

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(古道であったことを示す庚申塔などの石碑)

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(庚申塔群・ほとんどが江戸時代のものであった・撮影地点地図

さらに進んで坂を登り詰めると、西安寺に出ることになるが、この道自体が聖域扱いになっているようで、しめ縄が渡されていた。

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(しめ縄が聖域を仕切る切り通しの坂・撮影地点地図

結局、飯岡までの裏道ルートを辿ってみたが、分かったことは、これがまさしく江戸時代以来の古道であるということ。
ただし、途中は、地形の変化やその後の開墾等のため、道が消滅して雑木林に変わってしまったらしい所があることが分かった。
たぶん、銚子半島には、幹線道路としての古道は2本存在したと思われる。
一つは、利根川沿いの国道356号と平行して通る道(川筋ルート・今回の「駅からサイクリング」で走った道)。
もう一つは、国道126沿いと平行して通る道(内陸ルート)。
前者は、旧道として今も現役だが、後者は、農道としてしか利用されていないようである。

後者の道が、現在の銚子市街地に入るまでどのような道筋であったかは、これ以上は、文献を追わないと分からないが、たぶん、現在の春日小学校付近の三辻から東に延びていて、妙見町に今も残る道標のところで右折して、滑川沿いの道を南下して、その後、いわゆる「ハケ」の道を辿りつつ、渡海神社方面につながっていたものと思われる。

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(妙見町の道標・撮影地点地図

さて、昼時になって、かなり空腹を覚えたので、市街地に戻って、高校生のときによく通っていた駅前の大衆食堂(「インデアン」)で半チャンラーメン(750円)を食べる。

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(高校生の頃、よく通っていた大衆食堂のメニュー)

この食堂で食べるのは、30年以上ぶりで、当時と変わらず、旦那さんと女将さんでやりくりしていた。
風貌がすっかり変わってしまった私のことはもちろん覚えているはずもなく、昔話(高校野球のことなど)をしながら、ラーメンを啜る。
ここ銚子では、不況と人口減少で消滅していく店の多い中、よくぞ、「現存」してくれたものだと感心する。

さてその江戸時代以来の古道をさらにたどりつつ、外川まで走ってみることにする。

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(江戸時代以来の古道を南下・撮影地点地図

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(外川漁港・撮影地点地図

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(外川漁港・撮影地点地図

途中で、道を外れて、犬若の埋め立て地に降りる。
銚子マリーナから沖合に延びる堤防の突端まで行ってみることにしよう。
ここからの屏風ヶ浦の眺めは絶景である。

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(堤防突端から屏風ヶ浦を眺める・撮影地点地図

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(堤防突端から屏風ヶ浦を遠望する)

「こんにちは」。
この堤防突端で一人で釣りをしていた40才ぐらいの男性に挨拶をする。
「なかなか暖かくなりませんね」と、すぐに返してくれた。
原付バイクで来ていたので、地元の人だろうが、言葉は完全に標準語である。
この辺りの海の水深は、2~4メーターであること、スナメリというイルカの一種がたまに回遊してくること、トンビは渡り鳥の一種で銚子には棲息していないが三日ほど前に銚子に現れたことなど、私の質問に対して、実に矢継ぎ早に、しかも、理路整然と答えてくれた。
う~ん、この人は、たぶん、学校の先生だなと思う(同業者の勘)。

物知りの釣り人に別れの挨拶をして、屏風ヶ浦崖下の遊歩道を回ってみることにする。

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(屏風ヶ浦崖下の遊歩道・飯岡方面・撮影地点地図

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(屏風ヶ浦崖下の遊歩道・犬若方面)

以前にも書いたけど、この遊歩道は、途中から半崩壊してしまっていて、通行禁止になっていまっている。

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(通行禁止になっている遊歩道)

ところが、見ていると、向こうの方から、この危険な道を自転車でやってくる人がいる。
釣り人のようである。

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(半崩壊した道を自転車で走ってくる釣り人)

こちらまで来たときに、「いやぁ~、すごいですね、よく走れますね」と言うと、いつも走っているとのこと。
ぶったまげたもんだ。
私には、とてもそんな勇気はない。

県道286号線(愛宕山公園線・旧有料道路)の下には、秘密のトンネルがある。
ここも、通行禁止になっていて、地元の人しかしらないが、実際には、釣り人やサーファーが通り抜けている所である。

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(秘密のトンネル)

私は、このトンネルを抜けて、帰宅した。

夕前に、24インチママチャリに乗って、買い物に行く。
銚子の高校生は、自転車通学の際に、ヘルメットの着用が義務づけられているらしく、ヘルメット姿の高校生をよく見かける。
都会の自転車乗りも、見習ってほしいものである。

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(ヘルメット姿の高校生)

スーパーで、初鰹や地魚の刺身などを買って、夕飯としてお袋と二人で食す。

走行距離:54キロ(クロスバイク+24インチママチャリ)

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2010.03.21 Sun
銚子行1~暴風雨の中の出立
今日は、「駅からサイクリング・春の北総編」の日。
私は、この催しに申し込んでいないが、樽さんnebanebaさんと「香取駅」(成田線)で合流して、銚子まで一緒に走る予定である。

夕べは、浅草から帰宅して、飲み疲れてすぐに床に入る。

深夜2時半、起床。
外の様子を見に行ってみるが、雨も降っていなければ、特に風が強い様子でもない。
しかし、天気予報では、強風の雨のようなので、合羽の準備などを始める。
そうこうしているうちに、外では、風が急に強まってきたようで、木々がざわめく音が聞こえ始める。
外に出てみる見ると、玄関のドアを開けるのも大変なぐらいの暴風が吹き荒れていた。
ほんの一時間ぐらいの間に、天候が急変したようである。

こいつは大変な一日になるぞ・・・。
吊されているロードバイクを床に降ろして、タイヤに空気を入れる。
確認のため、クイックレバーを締め直して、ブレーキレバーを引いた途端、ブチッっと音がした。
左ブレーキのワイヤーがほつれ始めていたのだ。
ドロップハンドルのブレーキワイヤー交換は非常に面倒である。
バーテープの巻き直しをしなければならないからだ。
まだ時間はあるが、慌ててやってもいいことはないので、今日は通勤用の(アートサイクルスタジオ製)クロスバイク(2×9速のクロモリバイク)で行くことにした。
ただ、こんな風の強い日に、ドロップハンドルじゃないのはちょっと参ったなあ・・・。

5時に出発。
ぶったまげるような強風である。
南風なので、利根川までは追い風になるはずで、ラッキーと思った矢先に雨が降り始める。
江戸川サイクリングロードの土手に上がって走り始めるや、砂利道に突入してしまった。
工事をしているのを知らなかった。
土手の上は、ものすごい突風が吹き荒れていて、自転車を押していると、車体が宙に浮いてしまう。
砂利道の砂が目に入ったので、いったん眼鏡を外して目を拭こうとしたその途端、眼鏡が吹っ飛ばされて、土手下の暗闇に消えた。
回収困難とみて、眼鏡を諦め、葛飾橋を渡り始めるも、ものすごい横風で、斜め45度ぐらいに重心を傾けて走る感じじゃないととても進めない。
追い風に乗ると、自転車ごとつんのめるように進むが、向かい風になると、立ち漕ぎをしても、時速5キロぐらいにしかならない。
上空では、悪魔の雄叫びのように風が唸っている。

態勢を立て直すべく、松戸のコンビニに入る。
店の前の鉄柵に自転車を立てかけて、店に入ろうとしたが、風で自転車が動いているので、再び自転車の所に戻って、違う場所に移動させたその瞬間、ドカンと大きな音がしたのでびっくりする。
何と、コンビニの看板(1畳ぐらいの大きさ)が、移動する前に自転車を止めていた所に落下していたのである。
くわばらくわばら・・・。

店の人に、看板が落ちた旨を告げる。
「お怪我はありませんでしたか?」と聞かれる。

おにぎりとサンドイッチを買って、合羽を着る。
既に、服も靴もビシャビシャではあったのだが・・・。

これは参ったなあ~。
まあ、取りあえず、我孫子あたりまで走ってみて、天候が回復しないようだったら輪行にしようかなどと考えながら、恐る恐る走り始める。

風は四方八方から襲ってくるし、雨は上下左右から襲ってくるので、非常に走りにくい。
走っているというより、「曲芸」をやっているような感じである。

マブチモーターのあたりを走っていたときのこと。
前を走っていた新聞配達のオートバイが風に煽られて転倒。
前カゴに積んでいた新聞紙が、千羽鶴のように舞い上がった。
これを見て私は、もはや、走行不能と判断し、取りあえず、最寄りの松飛台駅(北総線)に避難した。

まるで大怪獣ラドンが飛来したかのように、松飛台駅前の屋台のテントはぶっ倒れて、タコ焼きのプレートが散乱していた。
私は、駅改札前の雨のかからないところに自転車を止めて、しばらく様子を見ることにした。
しかしながら、一向に風も雨も弱まる気配はない。

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(松飛台駅前の惨状・6時頃)

30分ほど、松飛台駅に退避していただろうか。
自走は諦めて、輪行で香取駅にむかうことにした。

松飛台駅から新鎌ヶ谷駅で乗り換えて新京成線。
新京成線で、松戸方面に向かうか、津田沼方面に向かうか迷った。
しかし、千葉県の鉄道は、おおむね、北に行くほど風に弱いので、津田沼経由で京成千葉駅に出た(もちろん、ダイヤはかなり乱れていた)。

遅れに遅れて、やっとのことで京成千葉駅に降り立つと、かなり風は弱まって、雨も小降りになっていた。
JR千葉駅に行って時刻表を確認。
成田線鹿島神宮行の列車は、千葉駅発8時20分だが、結局ホームに列車が入線したのは9時頃であった。
樽さんが両国から乗り込んだ列車も、40分遅れで出発との携帯メールあり。

列車に乗り込んで、コンビニで買っておいたおにぎりとサンドイッチを食べると、まだたった10数キロほどしか走っていないのに、疲労感がどっと押し寄せてきて、たちまちにした夢の中・・・。

成田の手前あたりで目を覚ますと、風はおさまって、時々晴れ間も見えるほどで、数時間前の、あの暴風雨が嘘のようである。
10時半頃、香取駅に到着。

香取駅では、JRや香取市の主催者のスタッフの人たちが、11時半過ぎに到着する「駅からサイクリング」列車を待ちながら迎え入れの準備をしているところだった。

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(新しい駅舎になっていた香取駅とスタッフたち)

列車の到着までやや時間があるので、自転車を組み立てて、利根川サイクリングロードの本日の出発地点あたりに行ってみた。

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(利根川サイクリングロード右岸)

晴れ間が見えるほどの穏やかな天候で、西からの微風が心地よい。
暴風雨の中を走ったので、チェーンもスプロケも泥だらけで、ジャリジャリ音をたてていたが、少し走っているうちに泥が落ちてきたようで静かになる。

駅に戻って、土地のお年寄りとおしゃべりをする。
利根川の北岸(茨城県側)と南岸(千葉県側)では、まったく言葉が違う。
ここ香取佐原界隈の言葉は、銚子のそれによく似ている。
銚子弁との違いがあるとすれば、銚子弁のなかにかすかに含まれる関西弁的な音や言い回しがないことで、銚子の漁師言葉よりもずっと聞き取りやすいのではないか。
たぶん、佐原近辺で話されている言葉の方がこの辺りの古い形態で、銚子の言葉は、江戸以降、船で渡ってきた関西(主として紀州)の言葉がそれに被さったものではないか。

私が立ち話をしたのは、80才ぐらいのお婆さん二人と、40才ぐらいの男性であったが、驚くべきことに、三人が三人とも、「今日は西風なので、銚子に行くには楽でよかったね」という意味のことを口にした。
この辺りは、昭和30年代まで、利根川筋の舟運の中心地だっただけあって、風向きが重要な川船に関する伝統的な感覚が今に生きていることを思い知る。

ただ、たぶん、それだけではなくて、利根川下流域は、年中風の強い所なので、誰しもが風に対して敏感だということもあるかもしれない。
この界隈の家々には、風を避けるために、立派な生け垣が取り囲んでいることが多い。

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(香取市郊外の住宅街・美しい生け垣が取り囲んでいる)

そうこうしているうちに、「駅からサイクリング」列車がホームに到着した。

歓迎のために、先ほどからリハーサルを繰り返していた、香取市民による佐原囃子の笛太鼓が高らかに響き渡る。

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(佐原囃子・素晴らしいお囃子であった・ありがとうございます)

列車からは、続々と自転車を引く人々が降りてくる。

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(特別列車からホームに降り立つ自転車乗りたち)

そして、ついに、樽さんnebanebaさんも、駅から出てきた。

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(香取駅に到着した樽さんnebanebaさん

降り立った自転車乗りの自転車車種は様々。
ロード5割、マウンテン2割、クロス2割、あとの1割はリカンベントとそれ以外というところか。
ママチャリで参加された方もいた。
女性の割合も比較的多くて(1割ぐらいか)、小学生も一名参加。

主催者の説明の後、三々五々の出発。
樽さんnebanebaさんと利根川サイクリングロード(右岸)に上がって、ひたすら東進の旅が始まった。
nebanebaさんとは初対面だったが、いつもお互いのブログでやりとりをしているので、初めてお会いする気がしなかった。
私の予想通り、豪放闊達な信州人で、お陰で大変楽しい旅になった。

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(出発地点近くの「津宮鳥居河岸」にて・nebanebaさんと私)

われわれが銚子まで走ったルートは、ほぼこの案内書に従ったものだった。
最初は、西風に押されて、時速30キロぐらいで順調に走ったが、利根川大橋あたりで風向きが変わる。
私の経験では、利根川下流域では、もっと上流の常総大橋と、この利根川大橋あたりで風向きが変わることが多い。

利根川河口堰管理事務所」で味噌汁の差し入れが出た。

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(「利根川河口堰管理事務所」で味噌汁を食べる樽さんnebanebaさん

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(利根川サイクリングロードの最東端にて)

銚子市街地に着いて、かなり腹が減ったので、先ずは駅前の魚料理「かみち」で昼食とする。

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(「かみち」の刺身定食)

その後、三人連れだって、銚子半島を一周して、ゴールの銚子駅に到着。

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(君ヶ浜)

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(犬吠埼灯台)

この種のイベントに参加したのは、実は今回が初めて。
「駅からサイクリング」の企画は、実に素晴らしくて、特に利根川サイクリングロード終点から市街地への抜け道ルートは、スタッフが実地調査を重ねて作り上げただけあって、利根川ルートで銚子にサイクリングに出かける際の決定版とも言えるルートだと思う。

やや時間的に厳しかったが、孤独な走りになりがちの利根川ルートも、同行のお二人と歓談しながらの道中だったので、これまでで一番楽しい銚子行になった。

私は、お二人と別れた後、お彼岸なので、親父の墓参りに行った。
お袋には、銚子に来ることを話してなかったので、突然訪ねることになり、えらくびっくりしていたのは言うまでもない。

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(犬吠埼)

走行距離:80キロ(クロスバイク)

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2010.03.20 Sat
葛飾デルタ同盟~飲み通しの二日間
私の属している「葛飾デルタ同盟」(散歩・旅・演奏・宴会がテーマ)は、葛飾区在住のメンバーが多いが、徐々に人の輪が広がって、今や、九州は福岡県にもメンバーがいる。
その九州のメンバー(「葛飾デルタ同盟」九州総督)が東京に出張になったのに合わせて、金土と二日連続で宴会をやることになった。

3月19日(金)

夕、北千住の老舗居酒屋「永見」にて一次会。

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(オジサンの楽園、千住の「永見」)

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(「永見」の大将のパネル)

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(フキノトウの天ぷら)

その後、二次会のカラオケボックスへ。
九州総督のBさんは、得意の楽器(ウクレレ)を持ち込んで、みんなで歌えや踊れの大騒ぎ。

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(カラオケ屋)

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(♪つらくはないわ~この東京砂漠♪)

すっかりへべれけになって、前後不覚状態で帰宅して、バタンキュー。

走行距離:17キロ(クロスバイク)

3月20日(土)

6速ママチャリで出かける。
麗らかな好天である。
今日は、昨日のメンバーで浅草散歩。
昼前に、雷門に集合。

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(隅田川土手にて)

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(ごった返す雷門)

浅草寺をお参りした後、六区界隈を散策。

路地裏に、なかなかよさそうな立ち飲み屋(「安兵衛」)を発見。
一応、串焼きがメインだが、刺身類も大変美味しい。
偶然だが、まったく良い店を見つけたもんだ。

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(競馬客で賑わう「安兵衛」)

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(つまみ類は、何でも美味しくて安い・即金制)

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(そのメニュー)

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(馬券を買って飲むのが正しいスタイル)

結局、4時過ぎまでここで飲み続ける。
他のお客さんとも意気投合して、また、週末に一緒に飲みましょうと約して店をあとにする・・・。

昨日から飲み通しで、さすがに心身ともにフラフラである。
明日は、銚子に向けて早朝に出発だというのに。
大丈夫だろうか・・・?

走行距離:26キロ(6速ママチャリ)

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2010.03.18 Thu
大いに鯨を食べよう!~「鯨食堂」(川口市領家)
先日、日本の調査捕鯨船に対して、反捕鯨団体の船が海上でテロ行為を行ったとして、船員(ネオナチ風情の男)が逮捕されて、大いに話題になった。
この事件を機に、しばらく忘れていた鯨肉の味が思い出されて、身もだえするほど、食べたくて食べたくて仕方がなくなった。

小学生の頃、われわれが一番好きな学校給食の献立は、ずばり、「鯨の竜田揚げ」だった。
多少熱っぽくても、鯨の竜田揚げの日は、無理をしてでも学校に行ったものだ。
ために、鯨の竜田揚げの日にうっかり休んだりすると、相当な大病だと見なされるほどだった。

ところが数日前、自転車仲間のE-ponさんのブログを拝見していたら、実に時宜にかなったことに、美味しそうな鯨料理店のことが書いてあるではないか。

昨日、早速その店(「鯨食堂」)に行こうと思いきや、月火木金しか営業していないということだったので、一日我慢して、木曜日の今日、昼飯を食べに行ってみることにした。

飯塚橋(中川)→大谷田陸橋→五反野駅→荒川サイクリングロード→鹿浜橋(クロスバイク)。
鹿浜橋で街に降りるが、頭の中に叩き込んで来たはずの地図上の近辺に来ても、店が見当たらない。
これは参ったなぁ。
住所ぐらい控えて来るんだった。
仕方がないので、道行く人に、「あのぉ~、この辺りに、鯨を食べさせる店があるはずなんですが、ご存知ありませんでしょうか?」。
数人に当たってみたが、分からない。

仕方がないので、携帯電話でE-ponさんのブログに接続して、店の住所を突き止める。
私がうろついていたのは、足立区鹿浜界隈であったが、実際に店があったのは、埼玉県川口市領家だったので、見当違いもいいところであった。
児童公園の地図を参考に、方位磁石を使いながら、やっと目的地に到着。

後で分かったことだが、自転車乗りの間では有名な「レストランさくら」から荒川に流れ落ちる新芝川を遡って一つ目の橋を渡ればすぐであった・・・(タハァッ)。

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(荒川の支流、新芝川)

鯨食堂」は、実に殺風景な店構えで、私としては、その慎ましい佇まいに好感を持った。
これが、もし「蟹道楽」のように、巨大なクジラのアトラクションが潮を吹いていたり、尾びれを振っていたりしたら、かえって興ざめであろう。

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(「鯨食堂」の店構え)

店内も、こざっぱりしているが、鯨の専門店らしく、捕鯨船や鯨の写真が貼ってある。

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(4月9日は「鯨の日」・店内では鯨の肉も販売している)

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(「世界の鯨」のポスター・子供の頃、動物図鑑の鯨のページをよく見ていたっけ)

メニューは、鯨刺身定食・鯨ステーキ定食・鯨竜田揚げ定食など、すべて600円!
ステーキ定食にも心が動いたけど、ここは、思い出の竜田揚げを注文することにした(入口の券売機で食券を購入する・ご飯は無料で大盛り可)。
客は私一人だったせいか、あっという間に出てきた。

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(鯨の竜田揚げ定食・600円)

竜田揚げの分量が多いのにびっくり。
小学生の頃、腹一杯食べたかった鯨の竜田揚げ。
反捕鯨団体のテロのお陰で、ここに辿り着くことができた。
シーシェパードに感謝!

う~ん、柔らかい。
給食で食べた竜田揚げよりも、肉片が大きいせいか、ふんわり揚がっている。
赤身の味が、口中に広がる。
牛と鶏を合わせたような噛み心地で、かすかに、潮の風味がする。
あっという間に完食。
ご馳走様。

縄文以前から、我が列島人の胃袋を満たしてきたありがたい海の幸の偉大さに改めて感謝する。
最近は、ぽっと出の、鯨を食べたことがないような連中が、捕鯨反対を叫んでいるが、いったい彼らに何が分かるというのか。
反捕鯨団体の言い分は、どこかの胡散臭い宗教団体並みに押しつけがましく、幼稚で、しかも、支離滅裂である。
鯨は「頭が良い」だの「かわいい」だの、いかにも「頭の悪そうな」連中であることを臭わせる発言が目立つ。
環境保護の名を借りて、テロ行為を行い、大企業から金をせびる「野蛮」なその姿は、実に「かわいくない」人間の典型である。

牛を神聖視していてこれを食さないヒンズー教徒。
豚を食さないイスラム教徒。
そういう彼らが、シドニーやロンドンのステーキ店や、葛飾区のモツ焼き屋にテロ行為を加えないのは、彼らが尊敬すべき、きわめて「まとも」な人間だからである。
反捕鯨団体の連中も、少しはそういう姿勢を学んで欲しいものである。

新芝川を下って荒川に出る。
レストランさくら」で、缶コーヒーを買って一休み。

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(「レストランさくら」)

荒川サイクリングロード右岸を走って、堀切橋→葛西用水路→中川橋で帰宅。
夕飯は、蕎麦を茹でて、鶏肉を鴨葱風に焼いた。

蕎麦を啜りながら、ふと、鶏肉を食べない民族はいるのだろうかと考えた。

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(荒川河川敷のブランコ)

参考URL;「日本捕鯨協会」
http://www.whaling.jp/

走行距離:43キロ(クロスバイク+6速ママチャリ)

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2010.03.17 Wed
フジクロス再生計画1~BBの装着まで
3月1日の日記に書いたように、瀕死のフジクロスのフレームを利用して、独力で新しく自転車を組み上げてみることにした。

一から自転車を組んだことがないので、たぶん、非常に勉強になると思う。
まあ、できるかどうかが問題だが、こういうことを考えているだけでウキウキしてしまう。

今回の方針としては・・・、

・できるだけ、自転車屋の助けを借りずに「独力で」組み上げる。
・新パーツを購入せずに、押入に眠っている、いわゆるジャンクパーツを利用する。

ただ、壊れてしまって使い物にならないフォークと、それをヘッドパーツに固定するための圧入アンカー部品は、既に注文済み(未到着)。


(ビバ クロモリクロスフロントフォーク 700c)


(ヒラメ マルチプレッシャーアンカー アヘッド用)

先ず、フジクロスのフレームをベランダに持ってくる。
事故後、捨てるつもりだったので、分解してから2ヶ月ほど雨ざらしになっていたので、かなり汚くなっている。

IMG_4457.jpg
(フジクロスのフレーム&フォーク)

フォークの損傷具合を見るために、抜いてみると、クルマに衝突した時にできた曲がりがはっきりと確認できる。

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(曲がったフォーク)

このフォークは、クロモリ製(クロムモリブデン鋼)なので、曲がっただけで済んだけど、アルミやカーボンだったら折れていたことだろう。
クロモリだったお陰で、良い具合に衝撃を受け止めてくれたのだと思う。
衝突後、私の身体は前方にすっ飛んで、クルマの車体にぶつかったわけだが、もしフォークが折れていたら、ボンネットに顔面をぶつけるような格好になって、前歯数本が折れていたと推測できる。

フレーム(アルミ製)を布でよく拭く。
特に、BBシェルの部分は、精度が要求されるので、洗浄スプレーを吹きかけた後、入念にネジ山を磨く。

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(磨き上げられたBBシェル

ネジ山が錆びないうちに、グリースをたっぷり塗って、BB(ティアグラ級)を装着してしまう。
このBBには、今のところ、ソラのトリプルクランクセットが入る予定(だが、迷っている)。

IMG_4464.jpg
BBを装着)

その後、フォークコラムのヘッドセットのベアリングなどを洗浄。

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(ヘッドセットの部品群・洗浄前)

後変速機は、現在、通勤用のクロスバイク(アートサイクル)のソラを移植するつもりだが、そのソラを外した後のクロスバイクに付けるつもりのティアグラの後変速機(押入で眠っていた・ロードバイクの完成車に付いていた物)の分解掃除をする。

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(ぴかぴかに掃除したティアグラのRD・重量はほぼカタログ値通り)

疲れてきたので、今日はここまでとする。
両手が油だらけになって、部屋が自転車屋の匂いになってしまった。

そろそろ帰ってくる呑ちゃんにしかられないように、よく後始末をしなきゃ・・・。

走行距離:9キロ(クロスバイク+6速ママチャリ)

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2010.03.16 Tue
満すれば鈍する~この数日間の記録
貧すれば鈍するというが、台湾で美味しい物をたらふく食べたお陰で、「満」すれば鈍する状態になったのか、この数日、日記をサボってしまった。
簡単に書きとどめておこう。

3月12日(金)

6速ママチャリで「かしわで」に買い出し。
今回は、カゴ付自転車なので、結構大量に買う。

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(米3キロなどを購入)

帰りの江戸川サイクリングロードでは、菜の花が咲き始めていた。

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(江戸川サイクリングロードの菜の花)

走行距離:40キロ(6速ママチャリ)

3月13日(土)

呑ちゃんと水元公園を散歩。
グリーンプラザ2Fでやっていた絵画展を観賞。

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(なかなか良い絵にて、無断掲載)

走行距離:18キロ(ルイガノクロス+6速ママチャリ)

3月14日(日)

お隣のDAI’Sさん、しゃあさんと葛西臨海公園まで走る(クロスバイク)。

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(清砂大橋にて)

野鳥を観察したり・・・、

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(望遠鏡で野鳥を「狙う」しゃあさん)

大道芸を見たりしてから、トンカツを食べる。

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(大道芸)

走行距離:65キロ(クロスバイク)

3月15日(月)

学生たちと浅草界隈をサイクリング。
学生たちは、浅草橋でレンタサイクル(1日200円)を借りる。

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(ビール会社の社屋の屋上階でビールを飲む)

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(旧安田邸庭園)

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(勝海舟像とともに)

250円弁当をご馳走してやったら、学生たち、欣喜雀躍として是を食す・・・。

走行距離:48キロ(ルイガノクロス)

3月16日(火)

職場に行く(ルイガノクロス)。

隅田川土手では、既に花見の準備が着々と行われていた。

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(隅田川土手)

走行距離:37キロ(ルイガノクロス+6速ママチャリ)

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2010.03.10 Wed
東京大空襲の記憶~焦土と化した下町
65年前の今日、東京の街は、人類史上未曾有の地獄絵図と化していた。

太平洋上から日本列島を斜めに横切るようにして、米軍の大型爆撃機B29の大編隊が、午前零時過ぎ、東京上空に飛来。
女性と子供と老人ばかりの住む城東の下町に38万1300発(1783トン)の焼夷弾(カタカナ語で言うところの「ナパーム弾」)を投下した。
寝込みを襲われた住民はたまったものではなかった。
およそ2時間たらずの爆撃で10万人以上の命が奪われ、約100万人の罹災者を出すことになった・・・。

東京大空襲・戦災資料センター」(江東区北砂)には、前から行ってみたかった。
このセンターの偉いところは、被災者の遺族や有志の募金を原資に民間民営で運営されていることだ。
また、戦没者を弔う場所としても、有名な「千鳥ケ淵戦没者墓苑」や「東京都慰霊堂」と並んで、東京都民(ひいては日本人)にとっては極めて重要な施設だと思う。
今日初めて訪れる自分をやや恥ずかしく感じる・・・。

雨続きの後で、道中水溜まりが多いことを予想して、泥よけ付のルイガノクロスで出かけた。
いつもの通勤ルートで四ツ木橋→荒川サイクリングロード→小名木川筋→「東京大空襲・戦災資料センター」。

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(荒川右岸土手にて)

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(小名木川・江戸時代は、銚子から日本橋の魚河岸に鮮魚を運ぶためにこの川が利用された)

小名木川の川筋で、道が分からなくなって、地図を見ていると、自転車(スリックタイヤを履かせたマウンテンバイク)に乗ってきた70才ぐらいのオジサンに声をかけられた。

そのオジサン、私に道を聞いてきたのだ。
「あのぉ~、ご存知かどうか分かりませんが、このあたりに戦災資料センターという所があるはずなんですが、ご存知でしょうか?」という。
「ええっ!、私も今、ちょうどそこに行こうと思って地図を見ていたところなんですよ!・・・世の中には、同じことを考える人がいるもんですなあ」と私。

連れだって走りながら、そのオジサンと話をする。
柴又から走ってきたそうだ。
65年前の大空襲の翌朝に、自転車で柴又から砂町に来てみて、その惨状に驚いたという。
年齢は聞いていないが、と言うことは、現在、75才ぐらいだろうか。
真っ黒に日焼けして、いかにも毎日自転車で走っている軽快な走り方である。
二人して、あちこちで道を尋ねながら、やっと到着。

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(「東京大空襲・戦災資料センター」の入口)

東京大空襲・戦災資料センター」では、65周年ということで、ハープの演奏会が催されていた。
そのハープ奏者の方も、お父様が東京大空襲を経験されたのだという。
演奏後、譜面立てにお父様の遺影が置かれているのを発見して、思わず胸がつまる。

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(譜面立ての遺影)

関東大震災時に虐殺された朝鮮人を弔った時もそうだったが、「東京大空襲・戦災資料センター」の展示資料を見ながら、私は、胸が苦しくなって、居たたまれない気持ちになった。
怒りと同情と悲しみがどんどん押し寄せてきて見続けることができなくなってしまい、一端、館の外に出て深呼吸をする。

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(「みんな死んじゃった みんなもえちゃった」と言って泣く少女の絵)

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(大空襲の記録を残こす努力を惜しまなかった館長早乙女勝元氏の写真)

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(現在の江東・墨田・台東区のほとんどすべての公園や空き地が仮埋葬所となった)

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(言問橋・橋上に人が殺到。荷物に引火して熱さに耐えきれずに隅田川に飛び込んだ人のほとんどが溺死した)

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(東京大空襲の被爆地図・東京はほとんど焼け野原になった)

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(被災後は、至る所に黒こげになった遺体の山)

そして、このような無差別大量殺戮を可能にした爆弾が、この焼夷弾である。

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(焼夷弾)

直径50センチぐらいの大きな筒の中には、直径10センチぐらいの小さな筒が格納されていて、空中でこれらがばらけて、屋根瓦を突き破って爆発する。
この焼夷弾こそ、日本の木造住宅を焼き尽くすために開発された殺戮兵器で、後に、アジア人をより「効率的に」殺戮するために、朝鮮戦争やベトナム戦争でさらに発展することになった。

そして、この東京大空襲の発案者にして総司令官だったのが、カーチス・エマーソン・ルメイ空軍少将(当時)であった。
まさに戦略爆撃のプロで、ベトナム戦争でも夥しいアジア人を殺戮した(「ベトナムを石器時代に戻してやる」という、後に映画『地獄の黙示録』のキルゴア大佐に言わしめた有名な台詞は、そもそもルメイが言った言葉である)。
たぶん、20世紀で一番多くの人間を殺した人物で、この人物を前にしては、かのヒットラーすら幼稚に見えるほどの殺人鬼ぶりである。

しかも、何と驚くべきことに、1964年、日本政府よりルメイにたいして勲一等旭日大綬章が授与された。
これはこれで、この種の勲章の胡散臭さを示す事例でもある。

1945年3月10日未明。
およそ2時間に渡る空爆をたっぷり「楽しんだ」米軍が去ったあとには、人々の希望を打ち砕くような焦土と化した東京の街が広がっていた。
たった2時間でこんなに多くの人々を殺したのは、たぶん、人類史上初めてだったに違いない。

展示を見終わって、私はまた、小名木川沿いに荒川に出た。
どうしても、そのまままっすぐに帰る気がしなくて、わざわざ大回りをして帰ることに。
荒川河口では、真っ赤な夕陽が沈むところだった。
私はふと、その夕陽の中に、あの日の業火を見たような気がした。

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(荒川河口の夕陽)

*台湾旅行の記録は、明日以降、3月9日の日記に書く予定。

走行距離:60キロ(ルイガノクロス)

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2010.03.09 Tue
台北紀行~その自転車事情など
世界最大の自転車生産国は、驚くべきことに、バイク(スクーター)王国だった。
とにかくオートバイが多い。
幹線道路も、路地も、歩道も、至る所、オートバイだらけ。
イタリアに行ったときも、オートバイの多さに驚いたが、台湾は、そのイタリアの比ではない。
台北の街は、まるで、毎日、暴走族のイベントが繰り広げられているかのように、オートバイが爆走しているのである。

交差点で信号が赤になる。
次々とクルマが停止線に止まるが、ここ台湾では、クルマの停止線の前にオートバイ専用の停止区域があって、オートバイは、止まっているクルマの間を縫うようにして、最前列に溜まり始める。

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(オートバイ専用の停止区域・原付だけど二人乗りは当たり前だもんね~)

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(次第にオートバイが溜まって来る)

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(もうすぐ青になるので、エンジンをふかし始める)

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(さて、レースの始まりだ!)

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(そして、フラッグが振られて一斉にスタート)

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(爆走あるのみ)

とにかく街中のオートバイの数は半端ではない。
東京の街には、夥しい数のママチャリが溢れかえっているが、あれが全部オートバイだと想像すればよい。

そんな中、奮闘する自転車も、少ないながらも奮闘していた。

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(ヘルメットを被って通勤するマウンテンの若者)

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(二段階左折[台湾では車輌は右側通行]をするために停止する自転車)

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(車道の右端をきちんと走るママチャリだが、ご覧のように、オートバイが歩道までも蹂躙しているので車道を走る「しかない」というのが実態)

とにかくこの国のオートバイの幅のきかせ方は壮絶で、歩道を爆走するオートバイを見かけることしばしば。
しかも、その歩道にも、オートバイが溢れかえっている。

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(歩道に止めれれたオートバイ1)

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(歩道に止めれれたオートバイ2)

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(歩道に止めれれたオートバイ3)

(この項続く)


22512
15.53

14924
10.29

8192
5.65

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2010.03.06 Sat
台湾に行ってきます
おはようございます。

今日(6日)から3泊で台湾(台北)に行って参ります。
今回は、あちらで自転車に乗ることはないと思いますが、できる限り、街中の「自転車環境」のようなものを観察してくるつもりです。

自転車に乗らずに、酒池肉林の日々を送ることになりそうなので、多分、3キロぐらい(一日1キロだとして)太っての帰還になると思います・・・。

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(3月4日・江戸川サイクリングロード「川の一里塚」)

3月4日の走行距離:10キロ(ロードバイク)
3月5日の走行距離:39キロ(ルイガノクロス+6速ママチャリ)

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2010.03.03 Wed
新105の正体やいかに~5700シリーズ
以前から巷で囁かれていたシマノ社のロードバイクのコンポ「105(5700シリーズ)」が、いよいよその全貌を現しつつある。
と言っても、私が実際に見たのでもなく、触ったのでもなくて、以下はほとんど、英国の自転車総合サイト「バイクレイダー」の記事の受け売りである。

新105シリーズの発売は、英国では、ダブル仕様が五月、トリプル仕様が六月頃だというので、お膝元の日本では、やや早くて、四~五月頃になるのではないか。

新105は、上記記事を読む限り、多くの自転車乗りが予想していた通り、先行のデュラの79シリーズアルテの67シリーズをほぼ踏襲した仕様と機能を備えたものになりそうである。

・左右の表裏のある新チェーンの採用。
・従来STIから飛び出ていた変速ワイヤーをバーテープに巻き込む新タイプの採用など。

ハンドル
(変速ワイヤーをバーテープの下に巻き込めるので、フロントバッグの選択肢が広がるであろう)

デザインも新上位機種の流れを踏襲。
但し、105では、シルバーとブラックの二種類が出るという。

shimano-105.jpg
(新105シリーズ)

shimano-105_20100304195958.jpg
(新アルテのそれよりもやや丸みを帯びたデザインの新105クランクセット)

さて、気になる互換性だが、先行のアルテ67シリーズとほとんど同様で、旧10速シリーズとは半分は互換性を保ち、もう半分は互換性を失う格好である。
とりわけ、フロント周りは、新チェーンの採用に伴い、複雑かつ悩ましい互換図になる。

互換
(新アルテと新105をめぐるフロント周りの互換図)

しかし、新デュラとはほぼ互換性があり、新アルテとは完全に互換性があるようだ。

新アルテ以降のこの度の改変では、フロントの複速ギアの間隔がやや広くなったのに伴い、変速レバーの引き代が変更されたため、新STIと旧チェーンリング、旧STIと新チェーンリングとの相性が悪くなることが予想される。

また、甚だ疑問なのは、新チェーンである。
先にも書いたが、新チェーンは、世間のように、表と裏があるという。
ロゴのある方が表(右側)で、ロゴのない方が裏(左側)。
しかも、「チェーンの右側は前変速に最適化され、チェーンの左側は後変速に最適化されている」のだという。
そんな、あんた、ホンマかいな・・・?

新チェーン
(新変速機に最適化された新チェーン)

チェーン
(新アルテのチェーン取説)

今回のシマノ社の改変は、もしかしたらチェーンを売りつけるためではないかとさえ疑ってしまう。
新コンポの駆動部品のすべてがチェーンとの適合性と関連づけられている以上、みんなが新チェーンを買わなければならない。
コンポのその他の部品はそう壊れるものではないので、なかなか買い換えることはないが、チェーンだけは、比較的頻繁に交換し続けなければならない。
しかも、ただでさえ10速チェーンは、細いので当然耐久性がないし、しかも、高価である(私が9速チェーンに拘る理由もこのへんにある)・・・。

新105の重量は、2481グラム。
旧105が、2559グラムだったので、約80グラムほどの軽量化である。

また、気になる値段だが、現行の105よりも1割ほど安くなる見込みだという。

なお、105のホイールについては、上記記事には触れられていなかった。

いずれにせよ、新105の発売が楽しみである(と言っておこう)。

走行中
(新105で組まれた、疾走する完成車見本)

走行距離:27キロ(ロードバイク)

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2010.03.02 Tue
綱町三井倶楽部寸見
曇天の空を見上げながら、クロスバイクで出発。

いくつかの会議を済ませる。
今夜は、年度末恒例の職場のパーティがあることを知る。
私は日程を勘違いしていて、1週間後だと思っていた。
分かっていたら、鉄道を利用したのだが、うっかり自転車で来てしまった。
でも、このパーティの会費は、出欠にかかわらず、等し並みに給料から天引き(何と1万5千円!)されているので、行かないとモッタイナイ。

会場は、港区三田の「綱町三井倶楽部」というところ。
明大通り→内堀通り→東京タワー→赤羽橋→国道1号線を走って会場へ。
駿河台から自転車で約15分。

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(夜空に浮かぶ、電飾された東京タワー)

ヨーロッパの貴族の邸宅のような「綱町三井倶楽部」洋館の威容に圧倒される。
私は、その玄関の横に自転車を止める。
玄関先だけでも、30台ぐらいの自転車を止められるぐらいの広さである。

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(玄関)

パーティ会場も実に豪華な造りで、あまり美味しいとは言えない料理も、2割方ウマイような錯覚を覚える。

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(パーティ会場)

私は、自転車で来てしまったので、あまり飲むわけにはいかないので、ひとしきり食べた後は、館内を歩き回ってみた。
この建物が建造されたのは、大正時代で、およそ100年前。
ただ、私には、建築学的にはあまり面白い物だとは思えなくて、当時ヨーロッパで流行っていた「様式」をごちゃ混ぜに取り入れただけのように感じた。
それでも、その部分部分は美しくて、写真を撮影するに値する。

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(吹き抜け)

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(階段室とステインドグラス)

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(お決まりの、疑似ドーリス式の円柱)

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(この洋館の大理石は素晴らしい)

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(トイレのデザインは、かなり良い)

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(トイレの壁も大理石・但し便器は最新式)

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(裏庭の噴水)

日帝時代、アジア人民の血と汗を吸い上げた巨大独占体の栄華の記憶は、確かにこの建物に集積されているという感じがした。

帰路、東京タワーを左に見上げる。
こっちは、高度経済成長の栄華の記憶なのかと思いながら、自転車を走らせた。

走行距離:46キロ(クロスバイク)

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2010.03.01 Mon
フジクロス再生計画~準備編
去年の10月に事故で「死亡」したフジクロスだが、かわいそうで、なかなかフレーム本体を捨てられずにいた。
かと言って、見るも無惨なその姿を直視することも、これ能わずに、私の部屋の片隅で、ただ漫然と彼岸への旅立ちを待つを強いられていた。

IMG_3244.jpg
(分解されたフジクロス)

ところが先日、損傷のほどを詳しく検証してみた結果、フォークと前のブレーキ本体を交換すれば、何とか再生できそうな気がしてきたので、今月中にも、部品を調達して自分で組んでみることにした。

必要なのは、以下の部品。

まず、完全に曲がってしまって使い物にならないフロントフォーク。
アルミは固くて疲れるし、カーボンは折れやすくて高いので、クロモリ製のこれにしよう。


(ビバ クロモリクロスフロントフォーク 700c)

私にとって難関だと思われるスターナット(スターファングルナット)の打ち込みは、この部品を買って、どうにかできそうな気配である。


(ヒラメ マルチプレッシャーアンカー アヘッド用)

それと、もしかしたら使えるかもしれないが危険なので、前輪のVブレーキ本体もそっくり交換することにした。
フジクロスのVブレーキは、「ショートアーム」サイズのもので、シマノからは発売されていないので、テクトロ社製のこれを注文してみようか(因みに、「ショートアーム」サイズのVブレーキは、ロード用のブレーキレバーでも、調整すれば何とか使えるらしい)。


(テクトロ MINI-V BRAKE/RX5)

さて、一から自転車を組むのはこれが初めてである。
どうなることやらと言ったところである。

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