日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.11.30 Mon
宮田ボクシングジム~内藤くん、頑張れ!
朝は雨が降っていたが、私が出かける時間には、ほぼ雨も上がった。
クロスバイクで、出発。

今日は、途中、内藤大助選手の所属する「宮田ボクシングジム」(葛飾区立石)に寄ってみることにする。
内藤大助は、地元葛飾ゆかりの選手として、私も影ながら応援していたので、夕べ、大阪の下町出身の選手に敗退してしまったのは、実に、悔しかった。

寄るといっても、実は、この「宮田ボクシングジム」の前の道は、ほぼ毎日通っているので、わざわざ寄ることもない。
宮田ジムは、表と裏の両方に入口があるが、表の方は、クルマが多くて写真を撮ることができないので、裏の方に回る。

IMG_3405.jpg
(宮田ボクシングジム・立石7丁目)

午前中は、いつもそうなのだが、人の気配は、まったくない。
昼下がりになると、練習が始まるので、ジムの前には人だかりができて、中を覗き込んでいる。

宮田ジムは、内藤選手のような世界級のチャンピョンも所属しているが、ボクシング教室も開設しており、いじめられっ子の高校生が、強くなりたいというので、通ってきたりもしている。

私が、このボクシングジムの存在を知ったのは、むしろ、その隣にある居酒屋「いなとり」によく通っていたからだ。
「いなとり」は、魚料理全般が大変に美味しくて、しかも、お手頃価格なので、お薦めである。

IMG_3406.jpg
(宮田ジムの隣の「いなとり」)

立石界隈の居酒屋には、内藤選手のサイン色紙が飾ってあるのをしばしば目撃する。
彼は、お酒も好きでよく飲みに来るらしいが、私は、残念ながら、その姿を目撃したことはまだない。

内藤くん、今回は負けちゃったけど、これからも、頑張れよ!

閑話休題。

立石を後にして、馬鹿の一つ覚えの如く、250円弁当を買って、隅田川土手で食べる。

IMG_3407.jpg
(隅田川土手の定位置で、早めの昼食)

今日の弁当は、これ!

IMG_3408.jpg
(中華風の肉のうま煮のようなもの)

左上のピリ辛味のザーサイが嬉しい。

その後、私は、五十日(ごとおび)で、月末のせいかクルマの多い蔵前橋通りを飛ばして、職場に向かった。

走行距離:35キロ(クロス)
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2009.11.29 Sun
白菜と豚肉の地層鍋
今日も、休日出勤(クロスバイク)。

出がけに、集合時間を30分ほど遅く勘違いしていることに気づき、ペダルをフル回転でぶん回して幹線道路を突っ走る。
幸いに、日曜の早朝なので、道路はがらがらで、ほとんど信号にもつかまらなかったので、いつもより10分以上早く着いたが、ぜいぜいの汗だくになってしまった。

昼下がりにようやく仕事が終わって、帰りはのんびり走ってきたが、出勤時のただならぬ頑張りと、長い長い面接業務に、さすがに疲れを感じながら帰宅・・・。

帰る道すがら、商店街の八百屋の店先に、紐で縛られた大きな白菜がうずたかく積み上げられているのを見て、ああ、もう冬なんだなあ~と感じ入るとともに、夕飯は、何か白菜が主役となるような料理が食べたいと思った。

家で、しばらく休憩して、近所に買い物に出る。

今夜は、学生時代以来、お世話になっているメニュー「白菜と豚肉の地層鍋」を作ることにした。

必要な材料は、白菜、豚バラ肉、ニンニクの3点のみ。

IMG_3399.jpg
(白菜、豚バラ肉、ニンニク)

作り方は、非常に簡単でもあるし、ちょっと面白くもある。

土鍋の鍋底に、白菜の白いところを敷きつめる。

IMG_3401.jpg
(鍋底が見えなくなるぐらいに白菜の白いところを敷きつめる)

次に、その上に、豚バラ肉を敷きつめ、さらに、その上に、ニンニクのスライスを配置する。

IMG_3402.jpg
(白菜・豚肉・ニンニクが敷かれた鍋内)

後は、この敷きつめ行為を繰り返せばよい。
また、白菜を敷き、豚肉を敷き、ニンニクのスライスを散らす。
この三層が順繰りに堆積される有様をもって、白菜と豚肉の「地層」鍋という命名がなされたのである。

気をつけることは、鍋底には白菜の白い部分を置いて、徐々に上にあがっていくにしたがって、白菜のアオい葉の部分を利用するということぐらい。

これを鍋から盛り上がるぐらいまで、繰り返す。

IMG_3403.jpg
(このぐらい盛り上がるまで、白菜・豚肉・ニンニクを積み上げる)

実は、この積み上げ作業が、結構楽しいのだ。
別にキチンと積み上げる必要はないのだが、キレイに積み上がると、見た目も美しくて、何だか嬉しくなってくる。

さて、この盛り上がった具材の上から、重しをかけるようにして、土鍋の蓋をする。

おっと、忘れていた。
蓋をする前に、お猪口2杯分ぐらいの酒を上から振りかけておく。
それ以外、水や調味料は、一切厳禁である。
蓋をして、弱火にかける。
しばらくすると、白菜から大量の水分が浸出してくるので、水を入れる必要はないのだ。
火をかける前に振りかける日本酒は、いわば、「呼び水」みたいなものなのである。

弱火でことことと煮る。
30分もすると、土鍋の蓋の穴から、勢いよく、柱状の水蒸気が吹き上げるようになったら、出来上がり。

IMG_3404.jpg
(煮え上がった堆積物は、半分ぐらいの高さになっている)

さて、これをば、どんな風に食べるのか。
簡単である。
皿に取って、上から醤油をかけて食べるのである。

せっかくキレイに積み上げた「地層」も、箸でとると、ぐちゃぐちゃに崩れてしまって、見る影もなくなってしまうが、そこはそれ、地殻の大変動が起こったと思えばよい。

醤油以外に、ポン酢で食べるのもあり。
というか、後からかける調味料は、何でもよいのである。

翌日は、水を足して、味噌汁にしてもよいし、うどんをぶち込んでも美味しい。

学生時代には、本当にお世話になった一品で、4畳半下宿の炬燵に鍋一個を置いて、ドストエフスキーの『悪霊』か何かを読みながらこの鍋を突いていた記憶が蘇ってくる。

走行距離:37キロ(クロスバイク+ママチャリ)

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2009.11.28 Sat
晩秋の都心を走る
今週末は、土日とも、休日出勤。
まあ、本来なら腐るところかもしれないが、この時期は毎年のことなので、観念する。

幸いなことに、今日は気持ちの良い秋晴れなので、早めに出発する(クロスバイク)。

東向島の100円ローソンで、おにぎりとサンドイッチを買おうと入店するが、何と、一つ残らず売り切れ・・・。
近くの向島百花園で、何か催しでもあるのだろうか。
こんなこと初めてで、出鼻を挫かれる。
250円弁当を食うほど空腹でもないので、途中、どこかの立ち食い蕎麦屋かなんかで食べることにする。

無性に喉が乾いたので、隅田川土手で一休みして、冷たい缶コーヒーを飲む。
缶コーヒーというのは、不思議な飲み物で、コーヒーとしては全然美味しくないはずなのに、つい飲んでしまう。
あれは、缶に入っているから飲めるんであって、もし、缶コーヒーの中身をグラスやカップにあけて飲まされたら、さぞかし不味いと思う。
それが不思議だ。

IMG_3390.jpg
(隅田川土手・桜橋・対岸の桜並木もすっかり紅葉している)

蔵前橋通りを左折して清洲橋通りを南下して、「美倉橋南交差点」の所で右折すると、何やら、道路の両側に、所狭しと露天が出ている。
何だろうと、道に渡してあった段幕を見ると、大きく、「東神田・岩本町ファミリーバザール」とあった。

IMG_3391.jpg
(「東神田・岩本町ファミリーバザール」・12月6日まで連日開催)

馬喰町の近くであるせいか、衣料品の出店が多かった。
見たところ、べらぼうに安そうなので、何か買って行こうかと思ったら、まだ、準備中で、開店はしていないということだったので、その場を後にする(明日以降、また、来よう)。

靖国通りを渡って、東神田交差点のちょっと西から始まる、江戸城趾方向に走る一通路を南西進して、学士会館のところで白山通りを左折しようとすると、左側に、何やら巨大なオブジェのようなものがちらっと見えたので、自転車を止める。
ここは何回も通ったことがあったにもかかわらず、そのオブジェには、初めて気がついた。

近寄って、見てみると、それは、日本野球発祥の地を記念するモニュメントだということが分かった。

IMG_3392.jpg
(「日本野球発祥の地」のモニュメント)

説明板を読んだけれど、その内容は、わざわざここに書き留めるようなことではないし、残念ながら、オブジェとしても、あまり趣味がよいとは言えない(ご関心に向きは上記URLをご参照)。

ただ、立ち止まったお陰で、このオブジェの斜向かいに、立ち食い蕎麦屋「小諸」を発見したので、そこで、冷やしたぬき蕎麦(290円)を食べる。

平川門交差点から、内堀通りを西進。
竹橋ジャンクションから千鳥ヶ淵交差点に至る区間の内堀通り(内周路)は、江戸時代以来の武蔵野の緑が残っていて、私が思うに、23区内でも屈指の景勝地だと思う。

IMG_3393.jpg
(季節ごとにその美しさを変える内堀通り)

新宿通りを走って、「新宿御苑」(高遠藩内藤家の下屋敷跡)の新宿門の前で、しばし休憩。
今日は、喉が渇く。

ふと見上げると、門の所に、銀杏の巨木が聳(そび)え立っていた。
まるで、巨大な炎が立ちのぼっているようで、カメラにその全貌をおさめるのも難しいぐらいである。

IMG_3395.jpg
(「新宿御苑」の大銀杏)

その後、甲州街道の、通るたびにヒヤヒヤする新宿陸橋を越えて、旧玉川水道道路(都道431号角筈和泉町線)を走って、杉並区永福の職場に到着。
今日は、寄り道が多かったので、2時間もかかってしまったが、通勤としては、存外に楽しい「小さな旅」だった。

走行距離:65キロ(クロス)

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2009.11.27 Fri
養生の一日~「タンドリーチキン」と「温野菜サラダ」
夕べあたりから体調が思わしくなくて、どうも、風邪の初期症状のようなので、今日は、家でおとなしく養生をきめこむ。

私は、よっぽどのことがない限り、薬を一切飲まない主義なので、体調不良になると、食事から正すことにしている。

朝は、野菜ジュースと牛乳の半割、自家製ヨーグルト(呑ちゃん作)、柿などを食べる。

午前中は、トマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』(筑摩文庫)を読みながら、寝床に伏せる。
病気になった時は、19世紀ヨーロッパの長編小説に限る(ただし、ドストエフスキーは除く。かえって、病気を悪化させるかも・・・)。
息が長いので、何だか、安心して読み進めるし、やっぱり、19世紀は「小説の世紀」と言われるだけあって、とにかく、べらぼうに語りがうまい!
また、何回読んでも面白い。
『ダーバヴィル家のテス』を読むのも、これで、3回目ぐらいだが、初めてのように、楽しく読み進めることができる。

少し眠ったりもしたので、午後からは、気分がよくなってくる。

昼は、納豆・卵かけご飯と味噌汁。

家にいるのがだんだんつまらなくなってきたので、近所まで買い物に出る。

鶏胸肉約1キロ、ブロッコリー、ニンジン、ジャガ芋、カボチャ、野菜ジュースなどを買い込む。

夕飯は、「タンドリーチキン」と「温野菜サラダ」を拵えることにする。

鶏の胸肉で「タンドリーチキン」を作ろうと思ったのは、先日のNHK「ためしてガッテン」で、鳥類の胸肉に、疲労回復を促す効果のある物質が含まれているということを知ったからである。
なんでも、渡り鳥を思い出せば分かるとおり、鳥類の胸肉は、翼を長時間動かすために、筋肉疲労を除去する物質が生成されるからではないかというのだ。

また、「タンドリーチキン」のようなインド系の料理は、カレーと同様、基本的に薬膳料理でもあるので、効き目があるはずだと、確信したのである。

「タンドリーチキン」の作り方については、以前に日記に書いたものをここに繰り返しておく。

・タンドリーチキンの作り方(断腸亭風)

1.鶏のモモ肉ぶつ切りにレモン汁(必須)、白ワイン少々をふりかけ、塩胡椒をする(塩はやや多めでよい)。
2.それに、おろしニンニクとおろし生姜をまぶす。
3.さらに、ガダムマサラ(100円ショップでも売ってます)とケチャップほんの少量を加える。クミンシードやナツメグを加えてもよいが、無ければ省略可。
4.さらに、そこにヨーグルト(無糖)を加え、よく混ぜる。
5.これを、最低2時間は置いておく。
6.グリルで焦げないように焼く。焼く前にサラダ油かオリーブ油少量を加えると焦げにくい。
お好みで、辛くしたければ、一味唐辛子を加える。
カレー粉を混入するのもまた乙。

今回は、さらに、ベランダで終焉をむかえつつあるバジルと、茎だけ食べてしまったセロリの葉っぱの微塵切りを加えた。

「温野菜サラダ」は、ニンジン、ジャガ芋、カボチャ、ブロッコリーを大きな鍋を使って蒸す。
根菜類を先に入れて、時間差で、カボチャ、続いてブロッコリーを入れて、竹串がす~っと通れば出来上がり。
あとは、市販の「シーザーズ・ドレッシング」(キューピー)をばさばさとかけて食すだけ。
こうすれば、いとも簡単に大量の野菜を摂ることができるのである。

IMG_3388.jpg
(食卓に上がった「タンドリーチキン」と「温野菜サラダ」)

今夜は、特別に、赤ワインも添えて、いただきま~す!

これで、明日は、大丈夫だと確信した。

走行距離:2キロ(ママチャリ)

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2009.11.24 Tue
「堀切四季のみち」をゆく
今日も、途中、用事があったので、一時間ばかり、早めに出発する。

中川橋を渡って、亀有2丁目付近の住宅街を抜けて、お花茶屋駅→平和橋通り→堀切。

堀切で用事を済ませて、バス停「堀切中学校」付近から、平和橋通りをほぼ東西に横切る、1キロばかりの「堀切四季のみち」(葛飾区堀切1・3丁目)を訪ねてみることにする。

このあたりには、以前、2年ばかり住んでいたことがあるので、多少土地勘もある。
だから、「堀切四季のみち」の存在も以前から知ってはいたが、それとして関心を持ったことはなかった。

この遊歩道も、ご多分に漏れず、元々は用水路であったのだが、いつ頃掘られたかは、不明。
ただ、ここ20年以内に埋め立てられて、緑道化されたというのだから、案外、歴史は浅いのかもしれない。

先にも書いたように、「堀切四季のみち」は、南北に走る平和橋通りと交差するかたちで、東西に延びている。

IMG_3375.jpg
(平和橋通り歩道から西側を臨む)

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(平和橋通りから東側を臨む)

とにかく西へと進んでみることにした。
かなり頻繁に細道と交差するが、かつてはそういう交差点には、橋が架かっていたことがわかる。

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(かつて橋が架かっていた所)

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(かつて橋があったことを示す石柱・「千鳥一橋」と彫ってある)

さらに西進すると、道は広くなって、クルマも走れる一般道となる。
夏場は、桜並木が木陰を作って、さぞかし涼しいことだろう。

IMG_3379.jpg
(一般道になった「堀切四季のみち」・右中景に見えるこけしの形をした街灯が珍しいかもしれない)

沿道にこんな地図があったが、この界隈がラビリンス(迷宮)であること以外は、多くを教えてくれない凡庸な地図であった。

IMG_3380.jpg
(周辺の地図・南北が反転している)

さらに西進すると、首都高の高架と、綾瀬川の堤防が見えてくる。

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(綾瀬川にぶつかって、「堀切四季のみち」は消滅)

突き当たりの堤防を右に曲がってしばらく行くと、江戸以来有名な「堀切菖蒲園」があるが、今回は、割愛する。

堤防を上がって、「堀切避難橋」(綾瀬川)を渡る。
この橋の名称、予算の枠か何かの制約上、「避難」という言葉を入れたのかもしれないが、もう少し、風流な名前にできなかったものか。
(この少し下流にまったく同型同色の「東四つ木避難橋」というのもあるので、両橋を兄弟橋と位置づけて、それぞれ、「堀切黄橋」・「東四つ木黄橋」というのはどうだろうか)。

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(綾瀬川に架かる、黄色の「堀切避難橋」)

「堀切避難橋」を渡ると、綾瀬川と荒川を仕切る「中堤防」に出る。

中堤防からは、綾瀬川と荒川を同時に眺め渡すことができる。

IMG_3384.jpg
(向かって左が荒川、右が綾瀬川・上流方向を眺める)

荒川サイクリングロードを少しだけ南下して、四つ木橋からいつもの経路で、墨堤通りの激安250円弁当の店に駆け込む。
実は、先ほどから空腹で、耐えられなくなっていたのだ。

隅田川土手のいつもの場所に陣取って、弁当を食べることにする。

IMG_3385.jpg
(隅田川の土手で弁当を食う)

今日の弁当は、海苔弁当。

IMG_3386.jpg
(250円の海苔弁当)

揚げちくわ(って、何でこんなに美味しいんだろう)とアジフライとコロッケ+切り干し大根少量という構成。
かのほっかほっか亭のそれよりも、分量は遙かに多くて、しかも、ウマイと思う。

弁当を食べ終わって、缶コーヒーを飲んで、さて、職場に向かおうかと、何気なく下を見ると、引きちぎられた大量の馬券が落ちていた。

IMG_3387.jpg
(落ちていた馬券)

よく見ると、2009年3月9日発行の馬券である。
はてな、半年以上前の馬券がどうしてこういうかたちで落ちているのか・・・。

その日は、一日中、そのことが気になってしまい、教室では、講義のテーマとはまったく関係のない、馬の歴史について話してしまった。
さすがに、学生たちは、寝てしまうか、呆れ果てていた・・・。

走行距離:37キロ(新クロスバイク)

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2009.11.23 Mon
心とペダルが噛み合わない日~ぱっとしないサイクリング
昼にスパゲッティを食べてから、(ロードに空気を入れるのが面倒くさくて)クロスバイクで繰り出す。
東工大のイベント(目黒区)に行くつもりであったが、どうしても、今日は、都心の道を走りたくなくて、国道6号線に出たところで引き返す。

漠然と、山林が見たい気分だった。

江戸川を渡って、松戸の和名ヶ谷と紙敷の里山を抜けて、市川市の「大町自然公園」の方へ向かう。
このあたりは、いつ来ても、面白い地域で、まだまだ開拓の余地がありそうである。

私のお気に入りの道を走る。

IMG_3374.jpg
(大町自然公園近くの細道)

紅葉は、あと一歩のようだが、木漏れ日が明滅するこの道を走るのは、本当に気持ちがよい。

市川動植物園」付近は、休日とあって、人が一杯いたので、トイレ休憩だけをして、早々に退散する。

その後、どこに行こうか、ちょっと迷ったが、手賀沼に向かう。
大津川を遡って、手賀沼→大堀川(鮭は遡上して来ていたが写真を撮るのに失敗)→江戸川サイクリングロード(左岸)→流山橋→江戸川サイクリングロード(右岸)→大場川→水元公園で帰宅。

今日は、何だか、心に重荷を背負ったような、ぱっとしないサイクリングだった。
こんなふうに、心とペダルが噛み合わない日も、あってもよいのかもしれない。

夕食は、季節が早かったが、餅を焼いて、お雑煮を食べる。

走行距離:58キロ(新クロスバイク)

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2009.11.22 Sun
カムジャタンとビッグバンド
トロンボーン奏者の友人(Gさん)が出演するコンサートがあるので、新大久保(新宿区)に出かけることになった(実は、Gさんとは、何を隠そう、金町の「大力酒蔵」で知り合って以来、おつき合いいただいている)。

新大久保と言えば、私の大好きなコリアンタウンがある街。
新大久保に行くと、私は舞い上がりすぎてしまう傾向があるので、最近は、行くのを控えてきたが、コンサートの前に、是非とも、街を散策して、美味しい朝鮮料理を食べたいと思うのが人情というものである。

以前なら、こういう時も、迷わず自転車で出かけたものだが、事故以来、人間として成長したと言うべきか、軟弱になったと言うべきか、ちゃんと、鉄道で行くことにする。

西日暮里で、山手線内回りに乗り換えて、新大久保駅で降りる。

新大久保駅の改札は、以前と同じように、待ち合わせの人々でごった返している。

IMG_3371.jpg
(いつも待ち合わせの人が多い新大久保駅)

しかも、聞こえてくる会話の80%は、外国語(朝鮮語・中国語・タガログ語?)である。
この街の、こういうところに、私は無性に「痺れ」てしまうのである。

改札を抜けて、いつ来ても、うらぶれた感じの線路沿いの道を北上して、通称「職安通り」に出る。
周知の如く、この通り沿いに、職業安定所新宿歌舞伎町庁舎があることから、この通りの名が付けられたわけだ。

ただ、現在は、職業安定所のことを、全国的に「ハローワーク」と呼ぶようになった。

ハローワーク。
まるで、人を馬鹿にしているとしか思えない、珍妙な名称である。
これを考えた役人(もしくは政治家)は、何かを隠蔽する意図があったか、あるいは、頭の中がお花畑のような奴かのいずれかであろう。

しかし、幸いなことに、今でも「職安」通りが「ハローワーク」通りとならないのは、実に正しいことで、地名や名称の変更は断じてすべきではないということを示す、これは、強力な一例である。

あまつさえ、この職安通りは、江戸時代以前から存在する由緒ある古街道(街道名は不明)で、明治初期に帝国陸軍測量部が作成した地図にも太々と記録されている(当時の南大久保村付近)。
もちろん、当時は、職安はなかったが・・・。

さて、その職安通りを呑ちゃんと一緒に歩く。
「呑ちゃん、はぐれるんじゃないよ」。

通り沿いには、スンデ(血のソーセージ・私の大好物)やトッポギなど、韓国の街ではお馴染みの食品を売っている店が軒を連ねている。

IMG_3356.jpg
(韓国の街並みを彷彿とさせる)

歩いているうちに、ここはソウルではないかというような錯覚を覚える。
私の中の「錯乱」が徐々に大きくなってゆく。

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(済州島の石像トルハルバンが飾ってある店)

冷たい東風を避けるようにして、われわれは、路地に逃げ込む。
お目当ての店「松屋」に行くためだ。

松屋といっても、あの、牛丼の松屋とは何の関係もない。
かなり以前から、ここ大久保にある朝鮮料理店である。

IMG_3360.jpg
(大久保の老舗朝鮮料理店「松屋」・早く入りたくて、写真が多少ぶれています)

とりわけ、「カムジャタン」が有名で、以前は、毎週のように通っていたものだ。
「カムジャタン」の「カムジャ」というのはジャガ芋のこと、「タン」は湯(タン)の意。
直訳すると、ジャガ芋汁ということになるが、この料理名と実際の料理は大違いで、ジャガ芋は確かに入っているが、鍋の中を探さなければ見つからないほどで、主役は、何と言っても、豚の背骨で、鍋の中に豚の背骨が山なすように盛り上がるように入っているのだ。

IMG_3363.jpg
(待ってました、「カムジャタン」!)

もちろろん、カムジャタンを食べるなら、マッコリである。
この店では、マッコリは、アルマイトのやかんに入って出てくる。
これは、韓国の屋台での伝統を守っているわけだ。

IMG_3361.jpg
(やかんに入って出てくるマッコリ・やかんが一箇所凹んでいるのがまた乙である)

カムジャタンが煮えるまでやや時間がかかるので、われわれは、チヂミを追加注文する。
で、出てきたチヂミの大きさに、二人して縮み上がった。

IMG_3362.jpg
(巨大なチヂミ)

チヂミの上に付けタレの皿が乗って出てきた。
こういうことは、日本人はやらないものだ・。

私は、これまでにたぶん、15回ぐらい韓国に行ったことがあるが、韓国人というのは、一方では、儒教の伝統を守りつつも、他方では、途方もない合理主義者である。
チヂミの上に付け汁の皿を乗せてしまえば、スペースの節約になると言うような、合理主義を見たようであった。
当地では、クルマの内装や、道路の作り方、店のレイアウトなど、日本人には考えもつかない合理主義的なアイディアを数多く目にしたものである・・・。

さて、やかんのマッコリを傾けては、チヂミを頬張って、サービスのカクテギをごりごり囓っていると、カムジャタンが煮え上がったようである。

さっそく、その豚の背骨にシャブリつく。
ウマイ!!!!。
それしか、言葉に出ない。
もちろん、ライオンじゃあるまいし、骨そのものを食べるのではなくて、背骨の周りや髄にこびりついた肉をむしり取って食べるのである。
背骨の中空に詰まった髄の美味しさと言ったら、筆舌に尽くしがたい。

だから、食べた後には、骨そのものが残る。

IMG_3364.jpg
(骨のカラ)

蟹を食べている時のように、とにかく懸命に骨にしゃぶりつくわけで、何だか、我が憧れの縄文人に近づけたようで、私にとっては、二重に嬉しい。

錯乱状態の一歩手前に達しつつあった私も、すんでのところで、幸いにも満腹となり、平常心に戻ることができた。

われわれは、店からほど近いコンサート会場(労音会館)に向かった。

それは、複数のビッグバンドの祭典的なコンサートで、その内のいくつかに、友人のGさんは出演する。

ビッグバンドというのは、まあ、吹奏楽器のバンドのことで、いわゆるブラスバンドとはちょっと編成が異なるものの、似たようなものである。

私も、中高と吹奏楽部に所属して、トロンボーンを吹いていた経験があるので、関心のある分野である。

演奏が始まるや、私は、ゾクゾクとするような感動を覚えた。
とりわけ、輝くような金管楽器の迫力のある音色に、ときに、血が沸騰するようであった。

IMG_3366.jpg
(ビッグバンドの演奏が始まる・Gさんはバストロンボーンを担当)

実は、私は、高校生までは、トロンボーン吹きになりたかった。
大学生の頃は、役者になりたくて、劇団に通っていたこともある。
その後は、専攻が違っていたにもかかわらず、考古学者になりたくなった。
結局、そのいずれにもなれずに、現在に至っている・・・。

ビッグバンドの演奏を聴きながら、そんなことを考えていた。

そして、フィナーレ。
これまでのボーカルもステージに上がって、盛大で煌びやかな演奏も、最高潮に達したのであった。

IMG_3367.jpg
(フィナーレ)

終演後、Gさんが客席のわれわれの所まで来てくれた。
これまでステージで演奏していた人は、何だか神々しくて、私は恥ずかしいような気分になった。

帰りは、大久保通りを駅まで歩いた。
大久保通りも、職安通りに優るとも劣らないコリアンストリートになっていることに驚く。

カムジャタンの野性的な興奮と、ビッグバンドの輝くような音色への興奮を、どのように冷ませばよいのか分からずに、私は、列車に乗りこんだ。

走行距離:2キロ(ママチャリ)

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2009.11.21 Sat
迷宮体験~「八か村落し親水緑道」の末路
私の住む葛飾区は、東京都の北東の端っこにある。
しかも、私の住む水元は、その葛飾区の中でも、北東の一番端っこにある。
北は埼玉県、東は千葉県と接している。

因みに、私の故郷である銚子は、江戸時代の歌人古帳庵をして、こう詠ましめた

ほととぎす 銚子は国の とっぱずれ 

だからなのか、私にとって、生来、端っこは居心地がよいのかもしれない。

それはさておいて、葛飾区には、江戸川、中川、荒川という比較的大きな川がほぼ南北に流れている。
なので、自転車で南北方向に移動するときは、これらの川筋を走ればよいので至極便利である。
自転車は、川筋の道、ないしは、川筋と平行して通る道を走るのに適した乗り物だからである。

ところが、こうした地理的傾向(高低差)から、葛飾区周辺には、東西に流れる河川が少ないので、東西に移動しようと思うと、途端に難儀する場合が多い。

たとえば、以前、石神井公園(練馬区)に用事があって、自転車で出かけたことがある。
何と言っても一番簡単で早いのは、飯塚橋(中川)を渡って、大谷田陸橋から環七をず~っと西進することなのだが、いかんせん、環七という道路は、自転車にとっては、たぶん、日本で一番走りにくい地獄道なのではないか。

クルマの交通量は、四六時中、殺人的に多いし、路肩も狭い。
しかも、足立区内の環七は、何本もの鉄道を飛び越えるために陸橋が架かっているのだが、そのいくつかは自転車通行禁止なので、自転車を押して歩道を上がったり下がったり、でなければ、踏切を探して迂回したりしなければならない。

だから、私は、多少大回りにはなるが、中川橋を渡って、亀有から旧水戸街道を西進して小菅付近に出て、そこから荒川筋に出る経路を長らく使ってきたが、これとて、走っていてあまり楽しい道ではない。
結構交通量も多いので、クルマに追い立てられている感じがつきまとう。

そこで、今日は、飯塚橋から小菅・梅田付近への、走っていて楽しい抜け道を探しに出かけた。
くねくねの路地を走ることを予想して、クロスバイクに乗って出発。

飯塚橋(葛飾から足立へ)を渡って、中川公園外周を縁取るように付いている遊歩道沿いに時計回りに回り込むと、環七にぶつかる。

環七を渡って、「中川緑道」という看板のある道を西に入ると、こんな立派な看板が建っていた。

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(「八か村落し親水緑道」の地図)

八か村落し親水緑道」というのは、これまでにもたまに地図などで目にしたことはあったのだが、このように体系的に示された地図を見たのは初めてで、頭の中がすっきりした感じがした。

「八か村落し親水緑道」は、「八ヶ村落堀」という江戸時代に掘られた用水路を緑道化整備したもので、上の地図によると、十字に交差するような形をしているらしい。
しかも、南北に流れる方の水路は、葛西用水の東を平行して流れている。

私は、東西に延びる緑道を西進してみることにした。

だが、緑道らしいのはほんの数十メートルで、すぐに葛西用水と交差して、クルマも走れる普通の一般道になってしまう。

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(横切る赤茶色の道路が「八か村落し親水緑道」。正面が「葛西用水」)

ここからさらに行くと、完全な一般道になってしまうけど、道の南側には、細い水路がついていた。

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(一般道としての「緑道」には細い水路がついている)

また、路傍には、こんな説明板がある。

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(「八か村落し親水緑道」の説明板と地図・右奥に見える並木道は葛西用水)

金属板に描かれた地図は、実に詳細なものであるが、小さくて見にくい。
目をこらしてよく見ると、この「緑道」をずっと西進すれば、小菅付近に出るようである。

とにかくまっすぐ走ってみようと道なりに走っていって、交差する道を渡ると、クルマ止めが現れて、道は突然細くなって、歩道になっていまう。

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(突然、歩道になってしまった「緑道」)

おお、これはこれでいい感じだなあと思いながらちょっとだけ進んでいくと、急に趣のある道になる。

IMG_3341.jpg
(趣のある道になる)

ところが、この道は、そのまま大きめの児童公園に吸い込まれて、姿を消してしまったではないか。

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(「緑道」は、公園の池となって消滅)

あたりに何か、案内板らしきものはないかと探してみたが、見つからないので、公園の脇に東西にまっすぐついている道を、とにかく西進してみることにした。

すると、細長い公園と交差した。
そうか、「東綾瀬公園」だな。
この公園には、別のルートで何回も来たことがあったので、すぐに分かった。
同時に、今どのあたりにいるのかも分かって、ちょっと嬉しい。

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(交差した「東綾瀬公園」)

さらに、西へと走り続けると、またしても、「東綾瀬公園」と交差した。
そうなのだ、この公園は、U字型をしているので、東西に突っ切ると、2度は交差することになるので、珍現象ではない。

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(2度目に交差した「東綾瀬公園」)

しかし、この2度目の交差の後、道は、職業訓練所の敷地にぶつかって消滅してしまった。

もはや、この時点で、いったい自分が「八か村落し親水緑道」の跡を進んできたのかどうかさえ怪しくなってきて、とにかく、方位磁石を手がかりに西へ西へと走るしかなくなった。

道が途絶する度に、違う道に乗り換えて、とにかく西へ進むと、目の前に堤防と橋が現れたので、その橋を渡る。
案の定、綾瀬川であった。

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(綾瀬川を渡る)

綾瀬川は、もっと南に行くと、荒川(放水路)と並んで流れるようになるが、このあたりでは、「一人ぼっち」で流れている。

まあ、このまま西へ走れば、いつかは荒川と逢着するはずだと、さらに西へ進む。
この時点で、既に「緑道」追跡のことは完全に忘れていた。

しかし、この後が大変だった。
行く道行く道がぶつぶつと途切れ、袋小路だらけ。
梅田(足立区)付近の迷路地帯に迷い込んで、あっちに行ったり、こっちに行ったり。
梅田の住宅街界隈は、世田谷や、市川の真間や、葛飾の堀切や四つ木の住宅街に匹敵するラビリンス(迷宮)で、方位磁石がなければ、簡単には抜け出すことができないであろう。

やっとのことで、迷路を抜け出して、荒川の土手らしきものが見えてきた時には、本当にホッとした。
土手を上がって、いったいどのあたりかを確認すると、西新井橋付近で、友人のびんなんさんが住んでいる近くだった。

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(荒川土手・「西新井橋」付近)

びんなんさんの家を訪ねてみようかとも思ったが、あまりに突然の訪問は憚られたし、昼までには家に戻りたかったので、そのまま荒川サイクリングロード(左岸)→堀切橋経由で、いったん帰宅することにした。

やれやれという感じで、帰宅して、すぐに、呑ちゃんと一緒に水元公園に繰り出す。
水元公園は、晩秋の気配を深めて、紅葉している木々もあった。

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(水元公園の紅葉)

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(水元公園水辺)

水辺を散策していると、釣りをしているオジサンがいたので、話をする。
今日は、あまり釣果があがっていないとのこと。
バケツの小魚を掌(て)で掬い上げて、子どものように嬉しそうに見せてくれた。

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(釣果の小魚)

これらの魚や小エビは、食べるのではなくて、家の水槽で飼うのだという。
食いしん坊の私は、ちょっとモッタイナイなあと思ったりする。

空腹が極限まで達したので、洋食屋の「NAKAMURA」(水元)で昼食。
私は、魚介類のフライを食べた。

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(洋風料理「NAKAMURA」)

その後、私は、一人で、水元公園・三郷公園を周遊して、やっとすっきりした気持ちで帰ることができた。

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(水元公園・晩秋の林)

走行距離:44キロ(新クロスバイク)

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2009.11.20 Fri
「四つ木めだかの小道」
昨日と打って変わって、素晴らしい晴天となった。
夕べは、豚の五臓六腑を食したお陰か、元気がほとばしり出そうな気分である。

駿河台の職場に行く途中、今日は、いくつかの用事をこなさなければならないので、やや早めに出る。

中川経由で青戸の不動産屋→平和橋通りを走って、堀切へ。
堀切から平和橋通りを戻って、本田広小路交差点から四ツ木橋に上がる。

四ツ木橋東詰下の、以前から気になっていた「四つ木めだかの小道」(葛飾区四つ木)を見てみることにした。

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(「四つ木めだかの小道」)

「四つ木めだかの小道」というのは、南北に流れる葛西用水路の、葛飾区に於ける南端の部分で、国道6号線とぶつかって消滅した「曳舟川親水公園」の続きである。
上記写真の箇所から200メートルほど南で、綾瀬川に流れ落ちて、いったんは、葛西用水そのものも消滅する。
ただし、古(いにしえ)の葛西用水は、荒川(放水路)の向こうまで流れていて、曳舟川として、さらに墨田区を南に流れて、北十間川に落ちていたのだ。

さて、「四つ木めだかの小道」。
その名の通り、本当にメダカがいるのかどうか、流れの中を見つめてみたが、確認できなかった。

そうそう、四つ木橋(国道6号線)は、近々、補修工事が始まるようだ。

IMG_3330.jpg
(四つ木橋の工事の告知板)

駿河台の職場で仕事を片づけると、あたりはもう暗くなっていた。

隅田川の夜景は、肉眼だと素晴らしいのだが、私の安物デジカメだと、どうもうまく写し取ってくれいないのが残念である。

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(隅田川夜景・吾妻橋を左岸より臨む)

走行距離:47キロ(新クロスバイク)

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2009.11.19 Thu
作戦名:「レバ刺」成就せり~金町「大力」
その作戦は、秘密裡に、深く潜行して実行された。

きっかけは、去年私が書いた「日記」
金町の「大力酒蔵」で出す豚レバ刺がウマイという話を聞きつけた数名が、虎視眈々と、この機が熟すのを待っていたのである。

そしてやっと、昨夕、その計画(作戦名「レバ刺」)は決行された。

今後の作戦に支障を来す恐れがあるので、メンバーの名前は、すべて暗号名としておこう。
しゃあさん、たすけさん103さんと私。

4人は、金町駅改札に集合して、コートの襟立てて人目をしのぶようにして、そそくさと店に向かった。
かなりの人気店にて、席が空いていなければ作戦の変更も余儀なくされてしまう・・・。

寒い雨の夜だったことが幸いしてか、お見事、狙いすましたように、4人テーブルが空いていた。
さっそく店に押し入って、ボールと、レバ刺し、ハラミ刺(ユッケのようなもの)を注文。

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(やっぱり、最初のターゲットはこれ。豚レバ刺)

その後、焼き物も注文。

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(モツ焼き)

お腹が落ち着いて来ると、4人の間で、激しい会話のやりとりが行われた。
20ミリ機関砲のようにしゃべるしゃあさん(しかし、時として、しゃあさんには十字砲火が浴びせられた)。
サブマシンガンのようなさすけさん。
スナイパーライフルのような103さん。
私は、差詰め、爆竹か。
モツ焼きからあがるもうもうたる「硝煙」が潤滑油になって談論風発に火がついたのであった。

その後、「たすけ」さんの名に因んで、居酒屋「太助」で反省会をした。

次の作戦でも共謀すること約して、金町駅で別れる。
実に楽しいレバ刺の夕べであった。

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(作戦の成就に欣喜雀躍するメンバー)

走行距離:3キロ(ママチャリ)

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2009.11.18 Wed
自転車通勤本格再開~事故後の快復状況
始業前に、職場(今日は杉並区の方)でやらなければならないことが山ほどあったので、夜明け前に出発することにした(新クロスバイク)。

秋冬用のレーパンに、長袖のジャージーを着て暗闇の中を走り始める。
自転車で走るとき、初めはちょっと寒いぐらいがちょうど良い。
20分もペダルを漕いでいると、だんだん身体が温まってきて、汗ばんでくるからだ。

ただ、去年もそうだったけど、冬に向かう季節には、その「ちょっと寒いぐらい」というのが、いったいどのぐらいの「塩梅」なのか忘れてしまって、結局、寒くて仕方がないので、四ツ木橋で、リュックからウインドブレーカー(防風衣)を取り出して着込む。

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(夜明け前の四ツ木橋・国道6号線)

夜中、雨が降っていたようで、路面はじっとりと濡れていて、滑らないように注意して走る。
早朝だというのに、今朝はクルマの量が多いように感じた。

腹が減ったので、向島の100円ローソンでおにぎりとサンドイッチを買うが、まだ真っ暗だし、ベンチもびしゃびしゃなので、隅田川の土手で食べるのはやめて、少し明るくなってから食べることにする。

浅草橋を過ぎたあたりで、夜が白みはじめる。
白山通りから平河門に出て、江戸城趾の堀端で朝食とする。
温かい飲み物が恋しいなあ。

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(平河門を臨む小公園で朝食)

内堀通りから新宿通り(甲州街道)を走って、職場に到着。
しかし、時間が早すぎたのか、まだ門が閉まっている。
守衛さんに声をかけて、開けてもらう。

ヘルメット・レーパン・ジャージ姿の私を見て、守衛さんは、「いったい、あんたは何者ですか」という、いかにも誰何(すいか)した気な顔をしている。
メガネをはずしてヘルメットを脱ぐと、やっと私の面(メン)を認識したようで、笑顔で対応してくれた。

昼下がり。
仕事もすっかりすんで、自転車に跨る。
心がはずむようである。

事故に遭って以来、駿河台の職場(片道17キロ)へは自転車通勤を再開していたが、ここ杉並の職場は片道30キロあるし、都心を抜ける幹線道路を走るのが、事故後の恐怖症もあって恐ろしく感じたので、ずっと控えていた。
でも、鉄道で通勤すると、特に帰りが嫌で、また電車に乗るのかよ、と思うとうんざりしてしまう・・・。

事故後、ほぼ3週間、ほとんど自転車には乗らなかった。
そして、自転車を再開して、約2週間が経過した。

明らかに筋力は低下していたが、心肺力は、思ったより低下していなかったのは不思議だった。
今では筋力も大分快復したが、最初のうちは、傷ついた箇所をいたわりながら走っていたせいか、関係のない箇所の筋肉が痛くなったりしたが、この1週間、やっとそういうこともなくなった。
でも、事故による恐怖症は未だに完全には払拭できていないような気がする・・・。

食いはぐれた昼食を、途中、神田の立ち食い蕎麦屋(「小諸そば」)で済ます。
靖国通りから蔵前橋通りに出る。
やっぱり、今日はクルマが多いような気がする。

墨田区に入るとほっとする。
駿河台(もしくは本郷台)より東は、坂もなく、なだらかで、しかも、どことなくのんびりとした雰囲気がある。
もちろん、走り慣れているということもあるだろう。

隅田川土手で一休み。
缶コーヒーを飲む。

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(隅田川土手で休憩)

遊覧船が、のんびりと川を下って行く。

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(隅田川の遊覧船)

再び自転車に乗れるようになったことの幸せをつくづくと感じる。

国道6号線から、今日も、曳舟川親水公園沿いの道を走る。
こんな看板を見つける。

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(曳舟川の説明板)

こんな小舟で通勤できたらどんなに楽しいだろうかなどいう、途方もないことを考える。
さて、帰るかなと自転車に跨ろうとしたら、落ち葉が一枚、サドル上に舞い降りていた。

走行距離:62キロ(クロスバイク+ママチャリ)

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2009.11.16 Mon
激安250円弁当のその後
曇り時々晴れ。
今日は、やや早めに出発(新クロスバイク)。

というのも、長らく忘れていた墨堤通りの激安250円弁当のことが気になったからだ。
日記を読み返すに、最後に食べたのは、6月30日で、もう4ヶ月以上のご無沙汰である。

私が買いに行かなくなったため潰れていやしまいかなどと、そこはかとなく不安になってきたので、久々に250円弁当を買って、隅田川秋景を楽しみながら食べることにした。

最近は、青戸・立石経由が多かったので、今日は、亀有・曳舟川経由で行くことに。

中川橋から旧水戸街道。
旧水戸街道沿いに、こんな標識柱を見つけたので、写真に収める。
ちょうど、昨日行った「吟八亭 やざ和 」の真ん前である。

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(「旧水戸街道 亀有上宿」の標識柱)

「上宿」があったということは、中宿や下宿もあったに違いないなどと、いつもなら詮索しはじめるのだが、今日は250円弁当のことで頭が一杯で、それどころではなかった。

左折して、葛西用水路(曳舟川)跡の道に出る。
ちょっと公衆便所に寄ったついでに、昔の風情を残して(再現して)いる場所の写真を撮る。

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(曳舟川親水公園の流れ)

ついでに、古寂びた公衆便所の写真も撮る。

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(曳舟川親水公園の便所)

ふと見ると、公衆便所脇の休憩所がフェンスに囲まれて、閉鎖されていた。
盛夏の頃は、日陰を作って涼しくて気持ちの良い場所なのだが、改修工事でもするのだろうかと思ってよく見てみると、以下のような掲示がなされていた。

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(「閉鎖」を伝える看板)

おい、葛飾区よ、ちょっと了見が狭くないかい。
どこで寝ようと、いいじゃないか。
フーテンの寅が聞いたら怒るよ。

四ツ木橋を渡って、国道6号線をかっ飛ばし、墨堤通りの激安250円弁当店に辿り着く。
よかったぁ!
健在である。
弁当を買う人の列までできている。
私は、端(はな)っから、ハンバーグ弁当と心に決めていたが、売り切れてしまっていたので、「チキンカツ弁当」にする。

弁当をハンドルにぶら下げて、隅田川土手の、以前の定位置のベンチに腰を降ろす。
自転車は、背後の首都高高架の柱に立てかけた。

IMG_3319.jpg
(首都高高架の柱に立てかけられた新クロスバイク)

そうだ、先日、事故でご臨終となった先代のフジクロスも、この同じ場所に立てかけて、よく弁当を食ったっけ・・・。
思えば、かわいそうなことをしたものだ。
私の代わりに死んだようなものだよな・・・。

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(同じ場所に佇む、ありし日の先代フジクロスの遺影)

畳と自転車は新しいに限ると言うけれど、オレは、お前のことを一生忘れないぞ。
私は、線香の一本でもあげたいような気分であったが、チキンカツ弁当を早く食べたくて、その時はただ、「目の前にあった幸せにすがりついてしまった」(「22才の別れ」)のである。

さて、久々の250円弁当。
どんな進化を遂げているであろうか。

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(燦然と姿を現したチキンカツ弁当)

なるほど、おぬし、そう来たか!
確実に進化している!
以前は、左上の、マカロニが占めていた場所に、切り干し大根が鎮座して居るではないか。
これは、劇的なる健康志向への転換だと言っても過言ではないっ、ような気がしないでもない。
すごいことである。

私は、一心不乱に弁当を完食する。

食べ終わってから、やっと景色を見る余裕ができた。

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(晩秋の隅田川と桜橋)

食後の缶コーヒーを飲んで、私は、紅葉の如き朱色の吾妻橋を渡って、職場に向かったのであった。

走行距離:35キロ(新クロスバイク)

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2009.11.15 Sun
秋晴れの休日~荒川河口域・亀有の蕎麦
このところ悪天が続いたので、自転車に乗りたくてうずうずしていた。
秋空のもと、水平線を目指して、ペダルを漕ぎ出した(ロードバイク)。

水元公園から江戸川サイクリングロード西岸(右岸)へ。
休日は、人出(散歩者+自転車)が多いのでなるべくサイクリングロードは避けるようにしているが、今日は、川にせよ、海にせよ、存分に水辺を見ながら走りたい気分。

江戸川をず~っと下って、葛西臨海公園へ。
この公園、何回来てもどうも好きになれない。
あまりに人工的な匂いがするからか(お台場も同様な理由で苦手)。

それでも、臨海公園から荒川河口付近に出るサイクリングロードからの風景は素晴らしい。

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(葛西臨海公園から海を臨む)

ちょうど、南の空から陽光を受けて、海面(みなも)が光っていた。

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(光る海)

荒川サイクリングロードから、清砂大橋(江東区と江戸川区を結ぶ橋)を渡る。

この橋、橋桁がすごく高いので、自転車や徒歩で渡るのはちょっと大変かもしれないけど、橋桁が高い分だけ、眺望も良い。

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(清砂大橋・こういう構造の橋は、青空とのコントラストが素晴らしい)

橋の真ん中あたりで海方向を眺めると、壮大な荒川河口域が光を帯びている。

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(荒川河口域・前方の橋は、「荒川河口橋」と「京葉線」)

江東区側(西岸)に渡って、清砂大橋を仰ぎ見る。

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(清砂大橋・その向こう隣に見える鉄橋は、地下鉄東西線)

昼までには帰って、呑ちゃんと昼食を食べたいので、荒川を遡って、四ツ木橋→葛西用水(曳舟通り)→中川橋で、一端、帰宅。

水元のお気に入りのフランス料理店(「NAKAMURA」)でランチを食べようということになったが、念のため電話してみたら、満席にて入れそうになかったので、ここで方針はガラッと180度転回して、蕎麦を食べに行くことに。

自転車(6速ママチャリ)に乗って、亀有の「吟八亭 やざ和 」(葛飾区亀有1-27-8)を目指す。

「吟八亭 やざ和」。
なかなか瀟洒な趣の店で、蕎麦通からの評判も高い。
私は、6年ほど前に来たきりで、呑ちゃんは初めて。

葛飾区の蕎麦屋で私が好きなのは、柴又の「日曜庵」と「やぶ忠」、立石の「玄庵」、亀有の「蕎草舎」とこの「吟八亭 やざ和 」。
あともう一つ、水元の「松のや」も捨てがたい。

「吟八亭 やざ和」は、新宿(にいじゅく)からだと、中川橋渡って、旧水戸街道沿いに西進し、葛西用水と交差する四つ角にある。
外観が、ガウディ風というか、お菓子の家風というか、非常に個性的なので、すぐに見つけることができると思う。

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(「吟八亭 やざ和」の外観)

店は二階にあるが、入口は一階で、入口のドアを押して入ると、エントランス(玄関広間)があって、さらに階段を登ると店に至る。

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(「吟八亭 やざ和」のエントランス)

店内には、蕎麦を轢くためのこんな石臼も展示してあった。

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(「吟八亭 やざ和」の石臼)

呑ちゃんは「田舎蕎麦」(20食限定)を、私は「せいろ」2枚を注文。
ビールは、我慢!

空きっ腹が鳴るのを感じながら待っていると、ついに出てきた。

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(手前が「せいろ」、向こうが「田舎蕎麦」)

折から、新蕎麦の季節。
ズルズルと美味しくいただく(73点)。
ツユと蕎麦湯も最高である。

美味しい蕎麦を食べると、何だか、五臓六腑がキレイになったような気分になるものだ。

帰宅後、私は、再び自転車(クロス)で水元公園界隈を走った。

気持ちの良い秋晴れの、有意義な一日であった。

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(桜並木の葉が色づいた曳舟親水公園)

走行距離:63キロ(ロード+6速ママチャリ+クロス)

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2009.11.12 Thu
海行かば~死線を歩いた話2
あれは、中学3年の春のことだった。

当時の学校はなぜか運動会に熱心で、春には「小運動会」、秋には「大運動会」という年間二本立てで行われていたのだが、春の「小運動会」の日程は決まっていて、毎年4月29日(さる渡来系世襲豪族の誕生日にて祭日)だった。

何と無謀なことかと思うかもしれないが、われわれ悪ガキ6人組は、中学校1年のときから、この、まだ寒い4月29日の「小運動会」終了後、初海水浴をすることに決めていたのだ。

なぜかと言えば、われわれ悪ガキ6人組は、それぞれ野球部(二名)、バスケット部(二名)、バレー部、吹奏楽部(私)に属していて(しかも、3年次には、そのうちの4人が「部長」だったので)、部活が休みになる「小運動会」(昼下がりに終了)の日が海水浴決行の数少ないチャンスだったのと、どういうわけか、夏まで待てないという海辺で育った少年特有の「渇望」があったからだと思う(思えば、当時の中学校の部活は本当に厳しくて、盆と正月を合わせた年間10日ぐらいしか休みがなかった)。

その日は、生憎の、肌寒い曇天。
運動会の道具と海水パンツを持って、自転車で、学校に出かけた。
自転車通学は禁止されていたが、運動会終了後、そのまま海に出かけられるように、どうしても自転車が必要なので、学校の近くの野原に自転車を倒して隠す。

運動会も終わって、野原に集合した、イガグリ頭の悪ガキ6人組。
今にも雨が落ちてきそうな空を見上げながら、一人が言った。
「寒いな、風も強いし、どうする?」。
一堂は、同じように空を見上げながら黙っていたが、別の一人が、「行くべぇーよ、決めたんだから!」。
こういうときは、一番過激な意見が強いものだ。
何も言わずに自転車に飛び乗り、銚子大橋を渡って茨城県の波崎海岸へ(銚子半島の海辺は岩が多かったのと、学校からは波崎海岸が一番近かったから)。

人っ子一人いない波崎海岸。
折からの低気圧の到来とあって、水平線には鉛色の雲が重なり、強風に波頭が砕け散っていた。
6人は、さすがにしばし凍り付いた。
そして誰しもが、心の中で、誰かが「やめよう」と言いだしてくれないものかと思いながらも、自分がそれを言い出す役にはなりたくないというような行きつ戻りつする不安定な気持ちを押しやるように、殊更に、海辺ではしゃぎ回った末に、ズボンを脱ぎ捨てて、海に向かった。

銚子沖は北からの寒流と南からの暖流がぶつかるポイントで、春になると次第に暖流が強くなって海水が温かくなる頃、それに乗って南方から「初鰹」が到来するわけだが、この日は、寒流がはるかにまさっていたのか、海水はすこぶる冷たかった。

波の高さは、ゆうに5メートルを越え、渚から沖に出ていくにつれ、巨大な壁のように押しかかってくる。
われわれは「波乗り」をすべく、大声を上げながら、大笑いをしながら、大波に近づいていく。

ここでいう「波乗り」というのは、(ボードは使わずに)身体それ自体をサーフィンボードが波乗りをする同じ原理で「波の腹」に乗ることで、上手く乗れれば、100メートル近く身体を運んでくれて、その快感は筆舌に尽くしがたい。

さて、10分も海に入っていると、海水の冷たさが全身にしみわたり、膝から下の骨が何かに叩かれるような痛さを感じるようになり、身体は常に小刻みにぶるぶる震え、唇が、まるでスミレのような紫色になる。
しかしお互いに、その紫色の腫れあがった唇を見て笑い合うばかりで、次第に波乗りに夢中になった。

沖合に出て、身長よりも水深のあるあたりで泳ぎながら大波を待っていたとき、ひときわ巨大な波がやってきた。
一瞬、大きすぎる!と思いながらも、逃げようもなく、隣にいた友達とその波に飛び込んでいった。
鉛色の世界と泡立つ海中と轟音が身体に伝わり、波に乗るどころか、波に呑み込まれてしまった。

気がついてみると、私は、波打ち際にしゃがみ込んでいた。
時間にすれば、数十秒であったに違いない。
だが、おそろしく、長い時間に感じられた。

波に呑まれ、まるで、鉄棒でぐるぐる回転するように、横にではなく、縦に回転するように波渦に巻き込まれた。
私は必死にそこから抜け出そうともがけども、身体が波に縛られているように、どうにもならない。
とにかく、息が続かなくなっても、水を飲むことだけはしまいということに必死に気を払っていた記憶がある。
同時に、ああ、もうダメだ!
オレは死ぬんだとも思った・・・。
波の回転に巻き込まれたまま、海底に押しやられて、引く波に沖合に連れ込まれたら一巻の終わりだということを知っていたからだ(近所の米屋の兄ちゃんもこれで死んだ)。

波打ち際にしゃがみ込んで、しばらくどうなったのか分からず、茫然としていた。
しばらくして、渚を見回すと、友達がやはり、同じように座り込んでいた。
あー、助かったと思った。

寒さと恐怖から抜け出た疲労感で、私は魂を抜かれた人のような状態で、がくがくする足で自転車をこぎ、銚子大橋を渡って家に帰り着いた。

帰るなり、蒲団に入ると、冷えた身体に、蒲団が火照るように熱く感じられた。

走行距離:3キロ(ママチャリ)

思い出    Comment(6)   TrackBack(0)   Top↑

2009.11.11 Wed
『Z』のタイプライター
国家事業の「仕分け」作業が公開されて、その様子の一端をテレビで見た。

省庁から上げられてきた予算要求案を、屹然として、テキパキと裁いている蓮舫議員の姿に、ある種の小気味よさを覚えた。
「けんもほろろ」という表現がぴったりである。

以前に、何回か見たことのある、『Z』(1969年/コスタ・カブラス監督/フランス・アルジェリア)という映画のシーンを思い出した。

Z
『Z』

ギリシャと思しき軍事独裁国家が舞台の映画。

民衆の支持を得ている国会議員( イブ・モンタン)が、演説中、公衆の面前で暗殺される。

極右組織と結託している政府要人による陰謀なのだが、ジャン・ルイ・トランティニャン(フランスの俳優では一番好きです)の扮する有能な判事が、実にドライに、実にビジネスライクに事件の真相を暴いていく。

ジャン
(『Z』のジャン・ルイ・トランティニャン・右)

なかでも、複数の大臣や参謀を尋問するシーンが印象的だった。
何か証言すると、即座に新型のタイプライターが激しく叩かれる。
冷厳な客観的記録性を表現した卓抜なシーンである。
「タイプライター」を撮った映像としては、この映画がベストかも知れない。

深刻なテーマの政治映画だけど、全編にラテン的なユーモアが流れている。
いつ見ても気持ちのよい作品である。

因みに、話は逸れるが、映画の中の「馬」の映像は、『アレクサンドル・ネフスキー』(エイゼンシュタイン監督)と『グレイフォックス』(フィリップ・ボーゾス監督)が素晴らしい・・・。

走行距離:6キロ(6速ママチャリ)

映画の日々    Comment(2)   TrackBack(0)   Top↑

2009.11.10 Tue
因幡の白兎の転落~死線を歩いた話
かつて考古学少年だった私は、今でも、考古学「爺」であり続け、いつでも何らかの考古学関係の本を読み散らしている。

最近の信頼すべき研究によって、縄文人と弥生人の平均寿命をかなり正確に割り出すことができるようになったそうである。
それによると、驚くべきことに、縄文人の平均寿命は14歳、弥生人のそれは25歳だというのだ(中橋孝博氏の説・『日本人の起源―古人骨からルーツを探る (講談社選書メチエ) 』)。

これを聞くと、今、生きている自分が、実に驚異的な標本に思えてくるどころか、老醜をさらしているとさえ思えてくる。
ただ、当時、こんなに平均寿命が低かった理由は、乳幼児および幼年時の死亡率が、現在に較べて格段に高かったことによるらしい。

私は、そのくだりを読みながら、自分にも思い当たる節があるなあと思った・・・。

これまで、酒を飲み過ぎたり、失恋をしたりして、死にそうな「思い」をしたことなら何度もあったが、本当に死にそうになったことが、実は、二度ある。

いずれも子どもの頃のことだが、今でも、ときたまその時の記憶が夢に出てきて魘(うな)される。

一度目は、たぶん、小学4年生の時のこと。

利根川で、釣りをしていたある秋の日のことである。

当時、利根川の堤防沿いには、廃船が何艘も係留放置されていた。
大抵は全長15メートルぐらいの木造の漁船で、幽霊船のような恐ろしげな船体が波に揺れていた。

しかし、そうした廃船は、釣り人には、絶好のポイントを提供してくれたのだ。
船体が陰を作るので、船底沿いに魚が集まるからだ。

ただ、普通は、堤防から2メートルぐらい離れたところに浮いているので、この船に飛び乗るには、係留綱を何人もで力一杯たぐり寄せておいて、近くに来たところでジャンプして飛び乗るわけだ。

その日も、学校が終わってから、すぐに川に急行し、釣りを始めた。
友達も数人いたと思うが、なぜかみんなは早めに切り上げて、私一人だけが残って、堤防から釣り糸をたれていた。
釣果虚しく、焦っていた私は、堤防沿いに次のポイントを求めてさまよっていた。
お馴染みの廃船が浮かんでいたので、そこから釣ってみようと思ったのだが、生憎、船は堤防から2メートル以上離れたところにあって、飛び移ることができそうにない。
綱を引いてみたが、体重20キロ代の小学生が満身の力を込めて引いてみたところで、蟻が雀の死骸を引くようなものである。

一度は諦めたものの、どうにか乗り移れないものか、廃船の前を行ったり来たりしていたのだが、ふと船と堤防の間をのぞき込むと、ロープで繋がれたドラム缶が数個、河面に浮いていたのである。
たぶん、船と堤防がぶつかった時の緩衝体として、ドラム缶が浮かべられていたのだと思う。

私は、閃いた!
因幡の白ウサギよろしく、そのドラム缶を渡って、舷側のフックに手をかければ、簡単にたどり着けるのではないか?

今から考えれば実に恐ろしいこの「閃き」を実行に移すべく、まず、先に釣り竿とバケツを船に投げ込み、堤防に手をかけてぶら下がり、ドラム缶に足を乗せた。
そして、そおっと手を離し、足を一個目のドラム缶に降ろして、すぐに二個目のドラム缶の飛び移ろうとしたその瞬間、ドラム缶はぐるりと回り、私はどぼんと川に落ちた。

前にも書いたが、利根川の川幅は約1キロ、堤防沿いの水深は満潮時で約2メートル。
しかも、堤防の高さは水面から垂直に1.5メートルほど。
泳ぎは得意だったが、堤防沿いにどんなに泳いでみたところで上陸するすべはない・・・。
普通に考えれば、絶望的である。

私は、必死にドラム缶にしがみついていた。
波に揺られてドラム缶が回らないように、できるだけ深く手をかけて浮かんでいた。
しばらくは、我が身にふりかかった災難の意味が理解できず、茫然としていたが、船と堤防に挟まれたその場所から上を見上げたとき、自分がいかに過酷な状況におかれているかが分かって、それこそ、身震いするそうな恐怖感が襲ってきた。

「助けてー!助けてー!・・・」。
この定番の呼びかけを大声で叫んだのは、後にも先にも、このときだけである。
しかし、私の声は、船と堤防の間に虚しくこだまするだけで、上にいる誰かに届くことはなかった。

その時、私が一番恐れたのは、溺死よりも、船と堤防の間に挟まれて圧死することだった。
堤防と船との距離は、時に遠のき、時に近づいて、ちゃぷちゃぷと、不気味な波音を響かせていた。
ドラム缶の角度を操りながら、船が堤防に寄ってきても、身体が挟まれないようにすることに懸命だった。
この作業が、不思議と恐怖感から救ってくれて、私は、ドラム缶にしがみつきながら、船との距離を保持していた。

ところが、晩秋の夕暮れ時の冷たい水が、急速に体力を奪っていった。

私は、だんだん眠くなってきて、ドラム缶に揺られながら、依然、ぷかぷかと浮いていた。
たぶん、私はほとんど眠り込む寸前だったと思う。
これまで、身体中、水の冷たさが痛いように感じていたのだが、ある瞬間を境に、とっても気持ちのよい恍惚感に変わったのだ。
その時の不思議な感覚は、今でもよく覚えている。
何だか、母親の胸に抱かれているような安心感とふわふわ宙に浮いているような気持ちの良さ・・・。

どのぐらいの時間、そうしていたであろうか。
「お~い!お~い!・・・」。
私は、それも、夢の中で聞いたようなような気がして、すぐには気が付かなかったかもしれないが、上を見上げると数人の人影が堤防からのぞき込んでいた。

助かった!という感じではなく、それも、夢の中の出来事のように感じた。
だが、実際、私は、上から差し出された竿をつかみ、数人の腕に引き上げられて助かったのである。

助けてくれたのは、顔の知らない中学生数人で、船に釣り竿とバケツだけが転がっているのを見て、変だと思って下を覗いたのだという。

その中学生たちは、盛んに何かをしゃべっていたが、私の耳は、真空状態のようで、何を言っているか、詳しくは分からなかったが、笑いながら、お互いに冗談を言い合っていて、会話の端々に「馬鹿・・・馬鹿・・・」という言葉だけが連発されていた。

帰り道のことはまったく覚えていないが、家に帰って、玄関を開けるなり、全身びしょぬれの私を見て、「どうしたのぉ?」と聞かれた。
「川に落ちた」と私。
「じゃあ、すぐに風呂に入りなさい!」とだけ言われた。

命の恩人たる中学生たちと、子細を追求をしなかった家の者に、私は感謝の念で一杯になった・・・。

たとえば、縄文の子どもたちも、海や川で私のように釣りをすることもあったに違いない。
私のような「馬鹿」なことはするはずはないが、不運にも、命を落とすこともあったはずである。
だが、そういう子どもたちの「運命」に、回りの子どもたちは何かを学び、親たちも、人間の死の「意味」を理解したと考えたいものではあるが、「運命」だとか「意味」というような賢しらな近代語を操って説明されることは、彼らには、心外かもしれない。

もう一つの「死線を歩いた話」は、また、後日に書くことにしよう。

走行距離35キロ(クロスバイク)

思い出    Comment(3)   TrackBack(0)   Top↑

2009.11.09 Mon
混ぜる門には福来たる~「世界一美味しい納豆スパゲッティ」の作り方
納豆
考えてみれば、実に、不思議な食べ物である。

一にも二にも、あの独特な香りとネバネバ感が、納豆の特性である。
嫌いな人も、好きな人も、この特性が原因なのだと思う。

私は大好物であるが、「納豆」と聞くだけで逃げ出す人もいるようだ。
納豆が苦手な人は、東海地方以西に多いようだが、(糸引き)納豆は、そもそも、日本列島北部(と言っても、私の勘では、たぶん、利根川流域以北)の特産なので、人の味覚が違うのではなく、むしろ、馴染んでいるかどうかというのがその理由であろう。
現に、大阪のスーパーでも、今では当たり前のように納豆が売られているのを見た。

私が勝手に「断腸亭納豆」と呼ぶ納豆の食べ方がある。
たぶん、関西の人が聞けば、気持ち悪がるかもしれないが、これがめちゃくちゃうまいねん!
納豆に、鰯のたたき、刻みネギ、おろしニンニク、それと・・・焼いたクサヤ(これは関東の人じゃないとなかなか好きになれないかも)を細かく裂いたものを入れて混ぜる。
どうだろうか・・・?

さて、先日に続いて、今日は、「世界一美味しい納豆スパゲッティ」(やっぱりそう来たか!)の作り方をご紹介しよう。
このレシピーの開発には、実に苦節3年を要したことも、ついでに告白しておく・・・。

これも、スパゲッティが茹であがる間にできてしまうので、まず、沸騰したお湯に塩を入れ、麺を茹で始めよう。

ボールに納豆(一人分ワンパック)を入れ、カラシだけ加えて、ねばりが出るまでよく混ぜる。
ここで重要なのは、まだ醤油を入れないこと(納豆の鉄則・醤油を入れる前に十分混ぜる)。

次に生卵を加え、よく混ぜる。
そこに、「のりたま」(ふりかけ)を加え、また混ぜる。
ここで調合するふりかけは、実は何でもよいのだが、私の長年の経験から、「のりたま」がベストである。
ただ、いろいろ試した結果、私の場合、「のりたま」「お茶漬けの素(永谷園)」「青紫蘇ふりかけ」を2・1・1の割合で合わせるのが好きだ。

そこにさらに、ほうれん草(一人一把ぐらい)を湯がいて水に取り、よく水切り(絞る)をしたものをざくざく切って入れる(つまりは、「おひたし」を作る要領に似ている)。
これは、小松菜でも、春菊でも、京菜でも、芥子菜でも、芹でも青菜類なら何でもよい(結構美味しいのは春菊、また、値ははるが、野沢菜漬けを細かく刻んだものを入れるのがベスト)。

そして、納豆には欠かせない刻みネギを多めに入れてかき混ぜる。
最後に、味をみながら、醤油をたして、さらに混ぜる(だし醤油を加えるのもよし)。
そうそう、醤油と一緒に日本酒を垂らしておくのも忘れずに(さらに、鰹節や七味を入れるもよし)。
これで、納豆ソースは出来上がり。

あとは、茹であっがった熱々のスパを入れて手早く、しかし入念にかき混ぜる。
そう、このとき、やはり、少量のバター(必須)を加えると、とたんに素材間の親和性が生まれる。

これは、私のやり方だが、スパを茹でるためのお湯を沸かしたとき、まず青菜類を湯がいてしまい、それをうまく箸でつまみあげて、残ったお湯で、スパを茹でれば、お湯を一回沸かすだけで済む。
この「残り湯作戦」をつかうと、お湯が緑色になってしまうが、バスクリンを入れたみたいに綺麗でもある。

納豆が嫌いな子どもも、結構喜んで食べてくれるので、是非、お試しあれ!
ただし、お酒との相性はあまり良くない。

走行距離:35キロ(クロス)

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2009.11.06 Fri
一日がかりのおでん~角上魚類・流山店など
寒くなったせいか、急におでんが食べたくなる。
今夜はおでんにすることに決めた。

朝の内は、PCに向かって仕事。

米を研いで、その研ぎ汁で、大根・ニンジン・卵を煮る。
昆布と煮干しと干し椎茸を戻すべく、鍋に放っておく。

多少腹が減ったので、呑ちゃんが用意しておいてくれた柿と(自家製)ヨーグルトとチョコレートを食べて、昼過ぎに出発。
ロードかクロスか迷ったが、新しいクロスの乗り味をもっと体験したくて、クロスにする。

今日の目的地は2箇所。

1.本八幡(市川)の銀行と・・・、

2.以前、横山さんに教えてもらって以来、すっかり我が御用達となった「角上魚類・流山店」。

1.去年あたりから、頻繁に銀行に行く用事ができた。
「オレって、金持ちなんで、しょっちゅう、銀行に行かなくちゃならないんだよね」、と言いたいところだが、本当の金持ちは、わざわざ銀行には出向かない。
逆に、銀行の方が訪ねて来るものである(『男はつらいよ!』のタコ社長を想起・倒産寸前の印刷会社社長の彼は毎日のように銀行や税務署に足を運んでいる)。

2.「角上魚類・流山店」に行くのは、もちろん、新鮮で安価なおでんのタネである薩摩揚げやちくわを買いに行くためである。

さて、江戸川サイクリングロードから国道14号(千葉街道)に乗って、一気にぶっ飛ばす。
先ずは、腹が減っていたので、私のお気に入りのラーメン屋「名代ねぎそば 月梅 (ゆーめい)」(本八幡・学生時代から通っている)に転がり込む。

ここのラーメンは、好き嫌いが別れるだろうが、私は大好きである。
あっさりしたスープや麺などは、特段工夫が施されているわけではないが(チャーシューすら入っていない)、特筆すべきは、カウンターに大量の刻み葱と茹でモヤシが入ったボールが置かれていて、それを好きなだけのせながら食べるという点である。
うっかり写真を撮り損なったが、そのすごさは、以下のサイトの映像を見ればお分かりになると思う。
http://r.tabelog.com/chiba/A1202/A120202/12000475/dtlphotolst/464734/?ityp=1

ラーメンを食べて、お腹がふくれてしまったので、「葛飾八幡宮」のベンチで、缶コーヒーを飲みながらしばし休憩。

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(葛飾八幡宮・頼朝が関東に挙兵した際にここに立ち寄って戦勝祈願したという)

その後、銀行へ行って、すこぶる面倒臭い手続きをする(小一時間もかかった)。

さて、次は流山だ。

本八幡(市川市)から流山に出るのは実に簡単で、国道14号線から江戸川サイクリングロードを遡ればよいのだが、それではつまらないので、以下のルートで行くことにした。

真間川筋→国分川筋→「堀之内貝塚公園」→「小塚山公園」→「じゅんさい池緑地」→「里見公園」→国府台台地の山辺の道→新葛飾橋(国道6号線)→江戸川サイクリングロード東岸(左岸)→流山。

市川には、学生時代にも住んでいたが、市川市郊外の乱開発は凄まじいものがあり、当時は美しい里山だった所が、無惨にも切り開かれて、住宅地や道路になっていたりするが、それでも、市川と松戸の市境地帯には、まだまだ自然が残っている所も多い。

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(国府台台地の山辺の道・矢切付近)

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(同じく、国府台台地の山辺の道・矢切付近)

江戸川サイクリングロードは、珍しいことに、北よりの微風だったものの、ほとんど風もなく、しかも暖かかった。

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(江戸川サイクリングロード・河川敷にはすすき野が)

そして、「角上魚類・流山店」に到着。
はやる気持ちを抑えながら、入店。

IMG_3283.jpg
(角上魚類・流山店の正面)

いや~、いつ来ても、ここは興奮する。
まるで、鮮度の良い魚介たちが、壮大な祝祭をやらかしているかのようである。

店に入るなり、蟹・ホタテ・牡蠣などが「すっぴん」で出迎えてくれる。

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(蟹・ホタテ・牡蠣など。値段もすこぶる安い)

びっくりしたのは、生きたモクズガニが売られていたことだ。
モクズガニは、かの有名な上海蟹と同属種なので、ウマイに決まっているのだぁ~(バカボンのパパ風)。
しかし、今夜はおでんなので、あまり「戦線」を拡大すると大変なことになりそうなので、今回は買うのを断念した。

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(生きたモクズガニ・値段も手頃である)

結局、薩摩揚げ、ちくわ、塩鮭、ワカメ、殻付牡蠣などを購入。
これだけでも、リュックはパンパンになってしまった。

帰りは、流山橋を渡って、大場川沿いに三郷公園→水元公園経由で帰宅。

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(三郷公園より水元公園を眺める)

午前中煮ておいた大根などと、薩摩揚げなどを合わせて煮込みはじめる。

IMG_3291.jpg
(おでん)

牡蠣を剥いて、半分は生牡蠣として、もう半分は焼き牡蠣で食べる。
シアワセ~~~。

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(水元公園の夕陽)

走行距離:52キロ(クロスバイク)

小さな旅(自転車)    Comment(4)   TrackBack(0)   Top↑

2009.11.05 Thu
「世界で一番美味しい鱈子スパゲッティ」の作り方
欧米人は、キャビアを除けば、魚の卵を概して気持ち悪がって食べないか敬遠するが、日本列島では、ご馳走である(但し、地中海沿岸の人々は、結構魚卵を食す)。

イクラ、筋子、数の子、カラスミ、鱈子(辛子明太子)・・・。
また、卵そのものではないが、鮒鮨、子持ちカレー、蟹のうちこ、ハタハタ、シシャモ、子持ち鮎、ウニ(われわれが食べているのは、実はその「卵」巣である)・・・。

とにかく、われわれ列島人は、魚介類の卵が大好きである。

ついでだが、鶏卵も、西洋人は、まず、生では食べない。
必ず、火を通して食べる(たとえレアーででも)。

今日は、魚の卵の中でも一番庶民に近づきやすい、鱈の卵の塩漬け、即ち、鱈子(タラコ)を使った料理をご紹介したい。

「鱈子スパゲッティ」である。

な~んだという声が聞こえてきそうだが、私の「開発」した鱈子スパは、これまでどんな店で食べたものよりも美味しいと断言できるので、普段から、これをば、「世界で一番美味しい鱈子スパゲッティ」だと豪語しているわけだ。

この料理は、スパゲッティが茹であがる間にできてしまう(これが、スパゲッティ料理の基本だと思う)ので、まず、沸騰したお湯に塩を入れ、麺を茹で始めよう。

そして鱈子(ないしは明太子)。
分量は、まあ、一人分一腹(ハラ)と言ってよかろう。

鱈子を包丁で縦裂きに切って、ボールの中でほぐす。
そこに、日本酒を注ぐのだが、かなり多めに入れることがきわめて重要である。
どのぐらいかと問われれば、一腹につき、50cc~70ccぐらいだろうか?
多すぎると思われるかもしれないが、このぐらいがちょうどよいのである。
そこにさらにマヨネーズを、味を確認しながら、加える。
場合によっては、塩と唐辛子粉を微量加えてもよいが、あくまでもお好みで調整。
あとは、まぜまぜをよくして、コショウをふったら、ソースは出来上がり。
酒の分量が多いので、見た目には、随分水っぽいと感じるかもしれないが、そのぐらいがちょうどよい。

さて、麺が茹であがったら、手早くザルにあげて湯を切り、ソースの入ったボールに放り込み、よく混ぜ合わせる。そして、皿に盛る直前に少量のバターと、多めのレモン汁(必須)を入れ、また少し混ぜ合わせる(麺の湯切りの際に、ザルの下に皿を置いておくと、皿が熱せられるので良い)。

皿に盛ったら、刻み海苔(及びパセリ等)をふりかけて出来上がり。

世界一美味しい鱈子スパゲッティ、日曜のお昼あたりに、是非、お試しあれ。
なお、冷たい日本酒か、白ワインとの相性が抜群。

走行距離:31キロ(クロスバイク+ママチャリ)

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2009.11.04 Wed
奴らを高く吊せ!~悩み多き自転車の置き場所
奴らを
(『奴らを高く吊せ!』)

自転車を趣味としている人、もしくは、自転車をば日常の主たる移動手段としている人が誰しも困ることの一つは、その置き場所である。

自転車は、クルマよりもはるかに小さいので、自動車一台を置けるスペースがあれば、10台ぐらいは楽に置くことができるのに、どうしてそんなに困るのか、考えていれば、不思議なことである。

42台
(英国製折りたたみ自転車ブロンプトンならば、クルマ一台分のスペースに42台の自転車を置くことができる)

私も、複数台の自転車を所有し始めてから、やはり置き場所に困っている一人である。

本当は、全部屋内に置きたいけど、そのスペースがないので、数台(ロードバイクなど)を除いては、玄関側のベランダに置いていた(クロスバイクなど)。
それでも置ききれなくなって、集合住宅の屋外駐輪場にも数台(ママチャリなど)置いている。

最近の事故でご臨終になるまでのフジクロスも、雨の日通勤用のルイガノクロスも、北側のベランダに置いていたが、つい最近、長らく空き室になっていた隣の部屋に、新たに人が越してきたので、これまでのようには、スペースを独占できなくなってしまったのだ。

それどころか、隣に越してきた旦那さんは、何と14台も自転車を所有している(クラシカルロードやミニベロなど)という、私を上回る自転車狂なので、まあ、同好の士の隣人が出現したという点では喜ばしきことながら、彼の自転車も、北側のベランダに置くようになったので、私としては、部分的退却を迫られることになったのである。

たとえば、今朝のベランダの様子をご覧に入れよう。

IMG_3274.jpg
(手前が私のルイガノクロス。その向こうにあるのが隣人のマウンテン)

そんなわけで、クロスバイクの一台を室内に引き上げるべく、その解決策として、なかなか評判の良い「ミノウラ バイクタワー5」という製品を注文した(ただし、注文した時点では、フジクロスを置くはずだったのだが・・・)。


(「ミノウラ バイクタワー5」)

一月ぐらい前には届いていたのだが、組み立てるのが面倒でそのままになっていたのだが、連休中にやっと拵えて、新しいクロスバイクとロードバイクがこの器具によって、室内に収まるの結果となった。

IMG_3275.jpg
(「ミノウラ バイクタワー5」に吊されたロードバイクと、その下に置かれた新クロスバイク)

この「ミノウラ バイクタワー5」は、いわゆる、突っ張り棒式の構造になっていて、そこに、上下2段の自転車用「ハンガー」を備えている。

私は、毎日のように利用するクロスはぶら下げないで床に直置きして、上の段には、ロードバイクをぶら下げて使うことにした(上段ロードの前輪をはずせば、さらにスペースを節約することができよう)。

IMG_3276.jpg
(ハンガーの部分は、こんな構造になっている)

しかしながら、現時点で既に、我が家の自転車密度は限界に来ている。
これ以上増えることになったら、今度は、私が吊されることになりかねないであろう。

走行距離:35キロ(クロスバイク)

自転車    Comment(6)   TrackBack(0)   Top↑

2009.11.03 Tue
豚丼や麦酒あれかし枯山水~新三郷ららぽーと・一茶双樹記念館
夜明け前に起き出して、ベランダに出てみると、身体が縮むような寒さに驚く。
あ~、とうとう来たな、冬の前触れ・・・。

暖かいお粥を食べて、ソファーで、しばし朝寝。
9時過ぎに、久々に、ロードバイクで出かける。

外に出てみると、強い北風が吹いている。
どこに行こうか、しばらく考える。

北風なので、海方面に行くのが楽だけど、あまり気が向かない。
やっぱり、内陸の方に行きたいと思う。

強い向かい風なので、江戸川サイクリングロードは避けて、「二郷半領用水」沿いに北上。

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(このあたりの水路は、こんなに細くなってしまう。春は、桜並木が美しい)

三郷あたりの水路は綺麗に親水公園化されていて、しかも、そこに植わっている樹木がバラエティに富んでいて面白い。
桜並木のところもあれば、木蓮のところ、梅のところ、サクランボのところ、そして、変わったところでは、花梨の並木もある。

IMG_3260.jpg
(花梨の並木道)

先日ここを通りかかったら、どこかのオバサンたちが、梯子をかけて、花梨を収穫していた。

ところが、二郷半領用水も、途中からだんだん殺風景になってきたので、三郷インターの交差点で、江戸川の方へ寄るべく、東方向に延びる大きな道を進むこと(右折)にする。

しばらく走ると眼前に巨大な建築物群が現れた。
何だ、これは?
まるで、荒野のなかに突如として出現した楼閣群のようである。
ビル側面の大きな文字を見て、その新しい建築物群が、最近できたという新三郷の「ららぽーと」(郊外型ショッピングセンター)であることが分かった。

せっかくだから、見学していこうと思って、その広大な敷地の中を駐輪場を求めて走る。

IMG_3264.jpg
(碧空とららぽーと駐輪場と私のロード)

10時過ぎで、まだ開店したばかり。
入口では、駐車場に入るための長い車列ができていた。

私が入った入口付近に、ちょうど自転車屋「サイクルスタジオ・シルバーリング」があったので、先ず、そこを覗くことにする。
ピストのパーツが結構たくさん置いてある。
ギアもチェーンもカラフルで面白いけど、大概がシングルギア用かせいぜいが7~8速用なので、私の自転車には使えない。

自転車屋を後にして、さて次はどこに行こうかと考えるが、店内の「地理」がまったく分からないので、受付のお姉さんにマップをもらう。
それを広げてびっくり。
何と広大なエリアなんだろう。

自分が現在いる位置は認識できるのだが、方角が分からないので、ポケットから方位磁石付キーホルダー(100円ショップ「ダイソー」で購入)を取り出して、方角を確認し、地図と照らし合わせる。
すると、二階に「フードコート」(食堂広場)があることが分かったので、少し早いけど、昼飯でも食べていこうかと思って、エスカレーターを上がる。

ところが、その「フードコート」の開店時間は11時で、まだ30分ほど時間がある。
仕方がないので、もう一度地図を広げて、そこに載っているたくさんの店の中で、私が唯一知っている「ユニクロ」に行って、時間をつぶすことにする。

11時5分前になったので、「フードコート」に戻る。
事前に地図を見て、私の目当ての店は決まっていた。
豚丼のぶたはげ」である。

十数年前のこと、出張で帯広に行かされたとき、名物の「豚丼」を食べるつもりだったのだが、酒を飲み過ぎて食べられなかったという悔恨があったので、是非、今日は、その意趣返しをしようというわけである。

行ってみると、開店前だというのに、既に英語陣取り式に行列ができていた。

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(開店前から列ができる「豚丼のぶたはげ」)

ほとんどの店が大盛況で、長い列を作っている。
腹が減っているので、殺気立っている。
家族内で、言い争いをしている人を多く見かけた。

「だって、ボク、ラーメンが食べたいんだもん」と幼き少年。
「みんな同じ物にしないと、並ぶのが大変でしょ」とお母さん。
「だって、だって・・・」。
「じゃあ、ラーメンでもいいけど、自分一人で並びなさいよ!」。
「いやだぁ~~~」。

豚丼店の店内からは、香ばしい醤油のかおりが漂ってくる。

IMG_3262.jpg
(付けだれをくぐらせてから、直火で焼いている)

やっと私の順番になって、「4枚のせ」の定食を注文する(北海道産の缶ビールも売っていたが、自転車なのでぐっと我慢)が、その場ですぐに豚丼が渡されるわけではない。
呼び出し用の子機が渡されるだけで、それが鳴るまでテーブルで待機しているわけだ。

私の隣の席に座ったオバサンが愉快だった。
自分の子機が鳴り出すと、そのオバサン、咄嗟にそれを携帯電話のように構えて、「はいっ?はいっ?」と応答しようとしているのだ。
それを見た私は、一生懸命笑いを堪えたが、私の斜め前の席でラーメンを食べていた別のオバサンは、それを見て、可笑しくて、ラーメンが鼻から出そうになるほどむせていた(あのオバサン、もしかして大阪人で、わざとやったのかしら?)。

やっと、私の呼び出し子機が鳴った。
見るからに美味しそうな豚丼を渡されて、うきうきと席に戻る。

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(帯広豚丼・980円)

う~ん、これは確かにウマイ。
焦げた醤油と、ロース肉のプリプリした噛みごたえが食欲をそそる。
ただ、980円は、ちょっと高いような・・・。
適正価格は、せいぜい750円ぐらいだと思う。

また、この味なら、家でも再現できそうな気がした。
タレの感じは、ほぼ、鰻丼のそれを思い出させるもので、市販の焼肉のタレとそばつゆをうまく調合すれば、似たような味になるのではないかと考えた(或いは、焼き鳥のタレを使ってもよいだろう)。
そのタレをくぐらせて、コンロのグリルか、餅網で焼けば、何とかなりそうな・・・。

取りあえず、江戸川に向かう。
流山橋まで行くと、案の定、すごい北風が吹いていて寒い。
橋を渡って東岸(左岸)に出て、そのまま一般道に降りる。

ちょうど道筋に、先日行き損ねた「一茶双樹記念館」が現れたので、見学していくことにする。
「一茶双樹記念館」というのは、19世紀初頭、小林一茶が頻繁に訪れた、秋元双樹(俳号)の屋敷を移築して、一茶にまつわる資料等を展示する記念館のことである

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(「一茶双樹記念館」正面)

幸運なことに、文化の日なので、入館料は無料であった。
中に入ると、見事な江戸時代の住宅が目の前に現れる。

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(一茶の句碑「夕月や流残りのきりぎりす」)

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(母屋)

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(母屋西側)

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(庭は見事な枯山水)

実に静謐で、居心地の爽やかな空間で、俳句の一つも出てきそうな心境になってくる。
心境にはなったが、心に浮かんでくるのは、さっき食べた豚丼のことばかりで、なかなか一茶のようにはいかない。

豚丼や 麦酒あれかし 枯山水

という、欲望丸出しの一句をメモ帳に書き付けてみたが、昔から確信していたことながら、やはり、詩の才能はゼロだな、オレは・・・。

「一茶双樹記念館」で、資料(地図など)をいただいて、一般道をさらに北上する。

以前、東葛人さんが紹介されていた、実に牧歌的な「新川耕地農道」を走って、利根運河に到着。

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(新川耕地付近の道)

利根運河をさらに東に行きたい気持ちもあったが、風が冷たくて寒くなってきたので、江戸川サイクリングロードを下って、帰ることにする。

帰りは、追い風だったので、実に気持ち良く走ることができた。

夕飯は、予定通り、一昨日仕込んでおいた鶏のスープでカレーを拵えた。
滋味豊かな味わいに、冷えた身体もほかほかに温まった。

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(利根運河で休憩)

走行距離:52キロ(ロード+ママチャリ)

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2009.11.02 Mon
「参鶏湯(サムゲタン)」風のスープ
私は、折からの学園祭で休み。
呑ちゃんも風邪で欠勤したので、お粥などを作って家で仕事をしつつ、のんびりとした一日を過ごす。

昨日作った「参鶏湯(サムゲタン)」風のスープをお粥に仕立てるとウマイ。
「参鶏湯(サムゲタン)」風と言っても、かなりいい加減な命名で、朝鮮人参などが入っているわけではないが、このスープ、一度作ってしまうときわめて重宝である。

作り方というほどのことはない。
大鍋に、丸ごとの鶏、生姜、ニンニク、ニンジン(ぶつ切り)、セロリ、月桂樹の葉、タマネギ(丸ごと)などを放り込んで、ワインと日本酒少々を入れて、水から煮込むだけ(それと胡椒少々を加える)。
私の場合、これに、卵を殻ごと5個ぐらい放り込んでおく(ついでに、美味しいゆで卵ができるし、卵の殻には、あく抜きの効能があるので、一石二鳥なのだ)。
まあ、3時間ぐらい、とろ火で煮込めば、出来上がり。

出来上がったら、鶏がバラバラにならないように取り出して、他の具を深皿に盛りつけてスープをはる。
そこに、ナイフでバラした鶏肉をのせて、いただきま~す。
そうそう、味付けをしてないので、塩や胡椒や七味などをお好みでふりかけながら食べるのである(ここは、「参鶏湯(サムゲタン)風」)。

コツと言えば、煮込む段階で塩などを加えないこと。
塩気を加えると、具のほろほろ感がなくなってしまうのと、他の料理のスープとして転用する際に不便であるからだ。

今日は、これをお粥に仕立てて食べたけど、明日は、カレーにして食べようと思う。

走行距離:4キロ(6速ママチャリ)

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2009.11.01 Sun
新クロスバイク、設定完了~手賀沼へ
昨日に続いて、新クロスバイクの調整を続ける。

サドルの位置は、ほぼ確定したが、やはりハンドルの高さと突き出しに違和感あり。
(昨日書いたように)試しにステムを逆付けしてみたら、案の定、ドンピシャリといった感じ。

これで、ハンドル位置も確定したので、ハンドル周りの装備品を取り付けることに。
ところが、結果としてハンドルを切り詰めすぎてしまい、メーター、ライト、ベルの3点を付けるスペースがなくなってしまった(教訓:フラットハンドルは、510ミリより短くしない方がいいですね)。

ベルなんて、付けなくてもいいじゃないかという声が聞こえてきそうだが、私にとって、ベルは単なるベルではないのだ。
というのも、私は、「コンパスベル」という、方位磁石付ベルを使っていて、この方位磁石がないと、不安で走れない習性なのである。


(方位磁石付ベル・「コンパスベル」・ロードにもこれを付けている)

ツーリングの時は、これがないと埒があかないし、通勤途中で、路地の探索をする際も、大変な威力を発揮する。
極論すれば、走っている方角さえ間違っていなければ、いつかは正しいルートを辿れると言ってもよいぐらいである(尚、法的には、自転車にはベルを装着するのが「義務」であることを一応、指摘しておきます)。

仕方がないので、ライトをステムに取り付けた。
ステムは太いので、標準のマウントだとネジの長さが足りなかったが、タイアップで無理矢理取り付けてみた。
これが結構うまくいった。

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(ハンドルの装備品装着)

何だかえらく込みあったハンドル周りになってしまった。

そうそう、このライト、実は最近購入したもので、なかなか優れものなので、少しくご紹介しておこう。


(「太陽光発電パネル採用高輝度ソーラーパワー3LEDヘッドライト」)

サイズは大きいが、本体は、たった80グラムしかない。
3LEDなので、十分な明るさ。
もちろん、電池は不要なので、長い目で見れば、得でもあるし、CO2排出削減に寄与することもできる。
お薦めです!

さて、設定が完了したので、この新しいクロスバイクにもっと慣れるために、やや長距離を走ってみることにした。

行き先はどこにしようか迷ったが、まあ、手賀沼あたりがよかろうと思って、久しぶりにレーパンとジャージに身を包んで出発。

水元公園桜土手→江戸川サイクリングロード→紙敷(松戸)→大津川沿い→手賀沼(道の駅・しょうなん)。

今更ながらに、自転車という乗り物は、本当に気持ちがよい。
鬱ぎ虫なぞ、30分も走れば、どこかに吹き飛んでしまうというものだ。

自転車で手賀沼に来たのは久しぶり。
「道の駅・しょうなん」の直売所で、いなり寿司(190円)を買って食べる(65点)。

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(新クロスバイク・設定完了・手賀沼にて)

帰りは、大堀川(鮭はまだ来てなかった)経由で江戸川に出るも、すさまじい南風(向かい風)なので、土手下の道を走って、流山橋を渡り、「二郷半領用水」沿いに水元公園に戻る。

最近は、せいぜいママチャリを数キロ乗る程度だったので、60キロ近く走ると、結構疲れる。

水元公園で、体調不良の呑ちゃんと合流して、園内を散策。

IMG_3249.jpg
(われわれを睥睨するかのような、水元公園の水鳥)

夜は、「参鶏湯(サムゲタン)」風の、鶏の煮込みを拵える。

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(入浴中のニワトリさんを盗撮!)

走行距離:61キロ(クロス+6速ママチャリ)

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