日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2008.11.30 Sun
東葛飾郡・紅葉狩サイクリング
晴天である。

今日は、東葛人さんの主催する「ツイン紅葉ポタ」の日。
先日の、同じ東葛人さん(+横山さん)主催の「市川歴史ポタリング」で味をしめた私は、数日前から「もういくつ寝ると」と歌いながら楽しみにしていたのである。

ところで、先ず、「ツイン紅葉ポタ」という、一見難解な名称についての説明が必要であろう。
「ツイン」というのは、この場合「二ヶ所」という意味で、この日は理窓会記念林自然公園(野田市)と大町自然公園(市川市)内の紅葉山の二ヶ所を訪ねて、紅葉狩りをするという意味である。

次に「ポタ」。
「ポタ」というのは、カタカナ語の「ポタリング」の略語であるが、じゃあ、ポタリングとはなんぞやと聞かれれば、まあ、「のんびりとサイクリングを楽しむ」というぐらいの意味であると応えるしかない。
ポタリングという日本語が使われるようになったのは、どうも、1990年代後半からの、現在に至る新たな自転車ブーム以降のようである。

この言葉に最初に出会ったときは、私もあまりよく意味が了解できず、、自転車で「ポタポタ走るからポタリングというのかなあ」などと勝手に推測していたが、さにあらず、どうも、語源は英語らしい。

英語にputterという単語があって、この語は、そもそも「ゆっくり行く」という意味なので、まあ、急がず頑張らずにゆっくりと自転車を走らせるというようなニュアンスから派生したようだが、私の調べた限り、英語にはそういう意味で用いる用例が見つからないので、もしかしたら、和製英語の一つとして、今後新日本語として定着するかもしれない(広辞苑の最新版については未調査)。

白状すれば、私は、このポタリングという新語を、まだ自分ではうまく使うことができないでいる。
だがしかし、1960年代以降日本語として広く定着している「サイクリング」とほぼ同意だと理解して差し支えないと思う。

さて、10時に江戸川と利根運河の交わる公園に集合ということなので、9時前にフジのクロスバイクで出発。

実は、ロードにするかクロス(ロードバイクとマウンテンバイクの中間タイプ)にするか迷ったが、何となく凹凸のあるくねくね道を辿るような気がしたので、フジのクロスバイクで出かけることにした(これについては、予想通りだった)。
そのかわり、走りが軽くなるように、普段の28Cタイヤの付いたホイール(通勤仕様)を23Cの付いたホイールに交換。

水元公園から江戸川土手に上がると、かなり強い北風が吹いている。
予報で知ってはいたが、思っていたよりも手強い風である。
集合地点までの道は至って単純で、江戸川のサイクリングロードを17キロほど北上すればよいのだが、土手上の吹きっつぁらしの向かい風(北風)を押して進むのは普段ならご遠慮願いたい。
しかし、これから東葛人さんをはじめとする皆さんと一緒に走れるという楽しみと思うと、ペダルを漕ぐ足も軽かった(ということにしておこう)。

風は強いが、空気が澄んでいるので、斜め右前方の紺碧の地平線上には、深緑の筑波山の山容がくっきりと刻まれている。フロントギアをミドル(42T)に固定して、時速20キロほどでただひたすら風に抗(あらが)いながら走る。
途中、時間までに着けないかもしれないと思って速度を上げようとするが、なかなか進まない・・・。

IMG_1374.jpg
(筑波山遠望)

10時ジャストぐらいにやっと集合地点に到着。
既に10人余りの仲間たちが集まっていた。
ぜいぜい息をはきながら、「おはようございます・・・、風が強くて、えらく大変でした・・・」と挨拶すると、皆さんの顔から笑顔が咲いた。
ほとんどの人が、同じ思いをしてここにたどり着いたという共感の表れであろうか。

前回のポタリング(初めてこの言葉を自然に使えた!)で、ご一緒した人もいれば、初対面の人もいた。
しかし、皆、自転車を愛することにかけては人後に落ちず、待っている間も、自転車談議に花が咲く。
私も、自転車用GPS装置やブレーキの部品などについて、いろいろと学ぶところがあって、えらく感心した。

IMG_1375.jpg
(自転車談議に夢中なるメンバー達)

そうこうするうちに、総勢17名ほどの「自転車野郎」(何となくユーモラスなので私の好きな表現)が集結した(おっと失礼、女性もいらっしゃいました)。
ロード、マウンテン、クロス、小径車など車種は様々で、皆が皆、個性的な自転車に乗って登場だ。
ほとんどの人は、いわゆる(千葉県北西部の)東葛地区の人だが、かなり遠方からいらした人もいるようである。

今回のサイクリング(=ポタリング)のルートは、とてもここにつまびらかに記すことはできない。
ただ、大まかには、野田市→流山市→柏市→松戸市→市川市と、里山をめぐる細道(道無き道を含む)を辿りながら南下するコースだとは言える。
詳しくは、東葛人さんをはじめとする参加者のブログの書き込みを参照にされたい。
参照:東葛人さんが作成した当日のルート地図

先ず、東葛人さんのご挨拶のあと、各自簡単な自己紹介。
私は、「断腸亭です!」とだけ言ったのみ(あとは必要ないという気持ちだったのだ)。

さて、、いよいよ出発だぁ~!

利根運河
北岸を東進。
途中で、土手を降りて、未舗装の道を下る。
するとそこは、もう別世界!
理窓会記念林自然公園である(東京理科大野田校舎の敷地を公園化)。

IMG_1378.jpg
(理窓会記念林自然公園に到着)

まるで、紅葉の木立が取り囲む、秘匿の聖域のようである。

IMG_1383.jpg

しかも、落ち葉散る木立の真ん中には、神秘的な池が横たわり、水面には鴨が浮かんでる。

IMG_1380.jpg
(実に神秘的な池)

IMG_1377.jpg
(水面に鴨遊ぶ)

静謐。
これまでにも何回も、この利根運河を走ったことがあるけど、ちょっと入ったところに、こんな素晴らしい場所があるとは想像すらしていなかった。
私は、エドガー・ポーの『ランダーの別荘』や『妖精の島』、はたまた、バーネットの『秘密の花園』やらを思い出しながら、連れだって園内を散策したり、写真を撮ったりした。

IMG_1376.jpg
(素晴らしい池の風情は、写真を何枚撮っても足りなかった)

IMG_1382.jpg
(園内を散策)

かなりゆったりとした時間を過ごしたあと、われわれは、次の目的地に向かって出発した。

その後の道筋は、どこをどう進んだのか、私にはとても反芻できるものではない。
東葛人さんに導かれるままに、十数台の自転車は、森の小道を抜け、畑の中を抜けて、うねうねとした道を車列をつくって走行した。農作業中のおばさんは、われわれを見て、びっくりしたような顔をしていたのもおかしかった。

おおたかの森(流山市)の近くの、「砂場」という蕎麦屋で楽しい昼食をとる。
私は、盛り蕎麦としらす丼のセットを頼んだが、迂闊なことに写真を撮るのを忘れてしまった。
それほどまでに、腹ぺこだったのだと思う。

食事の際、たまたま隣りに座った×24さんと話をすることができた。非常に魅力的な×24さんは、これまでにも世界の様々な所を走って来られたという。今回は、個性的な「自作」の自転車(×24さんの上記ブログご参照)に乗っての参加であった。
×24さんとは、解散後の帰り道で一緒になり、お陰様で(決して楽しいとは言えない国464号を)葛飾橋まで楽しく一緒に走ることができた。

昼食後、知らない者同士もうち解け合い、不思議な親密感が出来上がっていたように思う。
何とも言えない嬉しさである。

またまた、とても覚えきれない羊腸の小径を分け入って、いつの間にやら、大町自然公園(市川市)に到着。

そうそう、途中に、坂川?の源泉だという泉にも立ち寄った。
水車まであって、何だか不思議な場所だった。

IMG_1385.jpg

さて、大町自然公園
以前に何回か来たことはあるのだが、「もみじ山」に登るのははじめてだった。

東葛人さんによれば、今年の紅葉は今ひとつということだったが、いや、なかなかのもの。
小山全体が静かに燃えているような光景だった。

IMG_1386.jpg

もみじやまから谷に降りてみると、これまた素晴らしい風景がそこに広がっていた。
木々の色づきが水面に映って、我を忘れるような感動を覚える。

IMG_1391.jpg

そうか、東葛と言わず、武蔵野と言わず、昔は、至る所にこんな里山の光景が広がっていたのだろうなあと思うと、何だか、悲しい気持ちになってきた。

IMG_1393.jpg

4時頃、われわれは互いにお礼と挨拶を交わして、それぞれの自転車に乗って、それぞれの家路につくことになった。

IMG_1394.jpg

皆さん、有意義な一日をありがとう!
また、参加させて下さい。

追記:参加者リスト。
東葛人さん、x24さんmacchiさんみっちーさんはんぞうさんIKAWAさん、まつさん、たすけさん横山さん103さんspiritさん、urielさん、ウイルさん、NOBさん、かつさんご夫妻、takezawaさん、百舌さん、ミヤジマさん、おっしーさん、E-ponさん


走行距離:71キロ(フジクロス)
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2008.11.29 Sat
東都・名所巡り
土曜出勤である。

朝起きると、抜けるような晩秋の青空。
せっかくだから、少し早めに出て、都内にある各所の緑地を眺めながら走ってみようと思い立つ。

吾妻橋から伝法院通りを抜けて上野公園へ。
浅草界隈も、上野界隈も、土曜の朝だというのに、かなりの人出である。
人々は、列を作って、博物館や美術館、それに動物園に吸い込まれていく。
上野公園の銀杏の樹の下は、まだ、銀杏の実の匂いがする。

IMG_1362.jpg

上野公園内を南下して、広小路に出る。
そう言えば、この辺りは、上野戦争の激戦地だったなあ。
当時黒門があったはずの所で、約140年前の官軍(西軍)と彰義隊との激突に思いを馳せるが、聞こえてくるのは銃声ではなく、南にのびる中央通りの車のエンジンの轟きのみ。

その中央通りを南下して、靖国通りを右折。
道なりに進めば、やがて、九段の靖国神社に出る。

ここも、朝から観光バスがどんどん到着して人が溢れかえっている。
大村益次郎の銅像の前で、写真を撮る。

IMG_1364.jpg

そう、この大村益次郎こそ、先の上野戦争における官軍の総司令官だった人である。
この銅像は、江戸の鬼門である北東を睨み付けるように立っている。
その北東には、彰義隊の根拠地である寛永寺(上野公園)があり、その先には、官軍にとっては宿敵である、会津をはじめとする奥羽越の諸藩があるということであろう。

現在の東大構内(当時は加賀藩邸)から、英国製の重砲(アームストロング砲)を上野に向けて撃ち込んだというのは、有名な話である。
不忍池界隈の、この権力争奪戦とは何の関係もない茶屋や商店は、大層、迷惑したことであろう。
そのあたりの損害を官軍は、後にちゃんと補償したのだろうか(その後の明治政府の、民衆に対する尊大かつ夜郎自大的な態度からして、多分、補償はしなかったと推測できる)。

さて、九段をあとにして、市ヶ谷を抜け、防衛省前を走り(そう言えば、三島由紀夫が自決したのは38年前の11月25日だった)、新宿御苑でちょっと休憩。
新宿と言えば、江戸四宿の一つであるが、ビル群が土地をなめつくしている今では、どのあたりが内藤新宿だったのか、私には分からない。

新宿御苑も、地下鉄の駅からどんどん人が流れてきて、御苑入り口に吸い込まれていく。
入り口の近くにタコ焼き屋の屋台がたっていた。
タコ焼きが大好物の私は、かなり心を揺り動かされたが、ぐっと我慢をして、お茶を啜る。

IMG_1365.jpg

職場まであと少しだ。「西新宿」の交差点で、排気ガスを避けるため甲州街道を右折。
甲州街道の旧道?とおぼしき道に出る。
都庁あたりの街路樹。
このあたりは、夏も非常に気持ちのよい一角である。

IMG_1366.jpg

11時過ぎに、永福の職場に到着。

さて、4時頃に仕事が済んで、若い人たち数人と新宿に繰り出す。
今日はちょうど新宿・花園神社の酉の市(大祭)の日に当たるから、是非見に行こうということである。

給料日後の土曜とお酉様が重なって、新宿の街は、佃煮にできるぐらい人が一杯である。
30代の頃、よく通ったゴールデン街にも行ってみるが、何だか活気がないなあ。

IMG_1367.jpg

それにひきかえ、花園神社の酉の市は、すごい活気である。

IMG_1372.jpg

飾り熊手が売れると、お囃子のような、リズミカルな拍手をするのだが、これがさらに祭りの雰囲気を盛り上げている。

IMG_1371.jpg

われわれは、この後、靖国通り沿いの延々と続く屋台の前を通って、旧しょんべん横町に向かったのであった。

走行距離:59キロ(フジクロス)

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2008.11.26 Wed
六本木の優雅な夕べ
夜、トロンボーン奏者のぐっさんの出演するコンサートがあるので、実に10年以上ぶりに、名にし負う六本木に出かける(自転車で通過したことは何回かあったが)。

私は、出先から一端帰宅して、列車で向かった。
久しぶりの金町駅。
ホームの立ち食い蕎麦屋が、全品20円値上げしていたので、何となく時の流れを感じる。

六本木交差点近くの書店で、呑ちゃんと待ち合わせて、先ずは腹ごしらえ。
墨東あたりから半径5キロ界隈が主な活動域である私には、六本木に知っている店なぞあるはずはなく、デタラメに俳優座から横町に滑り込んでみると、私好みの居酒屋を発見。

その名ぞ、「薩摩藩・美豚(ヴィトン)」。
しかも、店先に「新鮮!豚レバ刺あります」と出ている。
豚のレバ刺が大好物な私は、引き込まれるようにして入店。
客はまだ誰もいなくて、われわれが口開けだ。

IMG_1334.jpg

急かすようにして、レバ刺と豚串焼きセットと瓶ビールで乾杯。
レバ刺もかなりの上物で、しかも量が多くて安い!
せっかく六本木に来たのに、金町にありそうなお店だよね、ここは、などと言いながら、「カシラ」や「ハツ」を頬張る。
ビールを片づけ、ホッピーを平らげ、泡盛にたどり着いたところで時間となり、ライブ会場へ。

IMG_1333.jpg

葛飾郡(こおり)から「おのぼり」してきたわれわれとしては、途中、俳優座やアマンドの前で記念撮影をする。

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(俳優座とわたし)

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(アマンドと呑ちゃん)

ライブ会場は、六本木交差点からほど近い「スイートベイジル」というところ。
エントランスからして実に瀟洒で趣のある造りで感心する。

IMG_1340.jpg

会場に入ると、これまた豪奢な造りで、左右後方にせり上がった桟敷があって、ヨーロッパの芝居小屋のような構造である。

ジントニックとワインを頼んで物珍しげにきょろきょろしているうちに、ライブが始まった。
いやいや、吹奏楽器を主体とした、堂々たるビッグバンドである。

IMG_1351.jpg

ビッグバンドの分厚い音色に鳥肌が立つ。
豪華女性ボーカル陣の歌もあって、内容も多彩であった。

IMG_1353.jpg


今日のライブに誘ってくれたのは、ぐっさん。
半年ほど前、金町駅前の焼肉居酒屋「大力」で、たまたまカウンターの隣りに座っていたのがぐっさんで、以来、何度かお会いしている。
巡り合わせの妙である。

IMG_1346.jpg
(下手側のバストロンボーン奏者がぐっさん)

ぐっさん、ありがとう。
素晴らしい演奏でした。

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(ぐっさんのバストロンボーン)

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走行距離:27キロ(フジクロス)

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2008.11.25 Tue
クランクころりん事件
私の通勤先は3ヶ所ある。

近い順に書くと(いずれも、葛飾区水元からの距離)、

1.千代田区神田駿河台:片道17キロ
2.杉並区永福:片道27キロ
3.茨城県竜ヶ崎市:片道40キロ

1と2は、必ず、たとえ雨の日でも自転車で通勤する。
3は遠すぎるので、その日の状況によって、松戸駅(片道3.5キロ)、柏駅(片道16キロ)、取手駅(片道26キロ)まで自転車で行って、あとは列車(とバス)で通う。さすがにこの竜ヶ崎の職場まで自転車で通勤すると往復80キロにもなり、疲れて仕事になりそうもないからである(仕事のない日に試走したことはある)。

今日は、最初2に行ってから1に移動するという日で、自宅からの往復距離は約54キロになる。

午前中、2から1に移動した後、1の職場で仕事を済ませて、夕方帰路に着く。
靖国通りを「東神田交差点」で左折して蔵前橋通りに向かう途中、左のペダルに異変を感じた。
何となくグラグラしている感じ。
気のせいだろうと思って、そのまま走り続けるが、そのグラグラがひどくなってきたので、歩道に上がってペダルを確認してみるが、ペダルのねじ込みが緩んでいる様子はない。
もう少し走ってみようかとこぎ出して、国6号に合流する手前の信号でペダルを踏み込んだ瞬間、カランコロンと金属音がしたかと思う間もなく、左足の力が抜けて、足先から左のペダルが消えた。

一瞬、何事が起こったかと思って、ブレーキをかけて取りあえず自転車を止める。
なんと!、左のクランクが無いっ!
数メートル後を見ると、路上に左クランクがペダルごと転がっていた。
そうか、クランクが緩んでいたのだ。

今日、私が乗っていた自転車は、フジのクロスバイクで、クランクとボトルブラケットの形式は、いわゆる「スクエアテーパー」式で、クランクの止めは、8ミリの六角ネジ止めである。

無惨にも路上に転がっている左クランクを大急ぎで回収して、近くを探すと、六角ネジも転がっていた。
自転車を歩道に上げて、クランクをBB(ボトムブラケット)軸に入れて、8ミリの六角ネジで止めようにも、8ミリの六角レンチはさすがに持っていない。
六角レンチセットはいつも携行しているのが、この種のセットに8ミリのレンチはまず付いていない。
仕方がないので、指で六角ネジを無理矢理回して、かろうじて止まるところまで回してみる。

一応、こげる状態になったので、道路を走ってみるが、2,3百メートル走ると、また、だんだん緩んできてグラグラしてくる。
グラグラしだしたら自転車を止めて、六角ネジを指で締めて走るという繰り返しを何回も続けるが、これではいつになったら帰れるか分かったものではない。

道筋に自転車屋を探すが、一向に現れない。
国6号沿いの東向島のあたりで、やっとバイク屋を一軒を見つけたので、その店に飛び込む。

「すみません、左クランクが外れそうなんですが、8ミリの六角、拝借できませんでしょうか?」。

バイク屋のお兄さんは、最初、状況が読み取れなくて不審な顔をしていたが、すぐに了解してくれて、柄の長いプロ用の8ミリ六角レンチを出してきてくれた。

私はすぐさま六角レンチを手にすると、自転車を上から抱きかかえるようにして、クランクのネジを強く締め込んだ。

これで一安心。

レンチをお返ししながら、「お代を払いたいのですが・・・」と言うと、「いや、いいですよ!」と言ってくれた。
感謝!
今度、お礼に差し入れに何かを持ってこようと思いながら、走り出す。

当たり前だけど、クランクが付いた自転車は実に走りやすかった(無いと走れないけど)。

思えば、一月ほど前、BBハンガーの掃除とのグリースアップをした際に、クランクを外したのだが、その際に締め込みが足りなかったのだと思う。
人里離れた田舎の旅先でこんなことになったら大変である。

日頃のメンテナンスの大切さを身に染みて感じた体験だった。

走行距離:55キロ(フジクロス)

自転車    Comment(2)   TrackBack(0)   Top↑

2008.11.24 Mon
越谷レイクタウンと中村古書画コレクション
職場の仲間で作る江戸を歩く会で、「サロン中村古書画コレクション」を訪れる日である。
私は、寡聞にして、その何たるかをよく把握しないまま、集合場所の武蔵野線「越谷レイクタウン駅」に向かった。

まず、、まるでテレビドラマに架空の駅として出てきそうな名称の「越谷レイクタウン駅」は、私の愛用している『ツーリングマップル2007年版』には載っていなかった。
ネットで調べてみると、つい最近(南越谷駅と吉川駅の間に)できた駅だそうで、いろいろルートを考えた結果、葛西用水沿いの道を北上するルートが、走りやすくかつ近道であることが分かった。

葛西用水
江戸初期に開削され、後に、利根川と荒川を結ぶ全長約100キロにまでなった日本三大農業用水の一つ(葛飾区あたりでは、曳舟川と呼ぶ)。

image62.jpg
(江戸時代の葛西用水の絵)

水元→飯塚橋→大谷田交差点→葛西用水路沿いの道(北進)→武蔵野線にぶつかって線路沿いを東進→越谷レイクタウン駅というルートを辿った(約18キロ)。

用水路沿いには、東西のいずれかに立派な舗装路がついている。
足立区内では、川沿いに遊歩道もついているが、歩行者の迷惑になるので自転車は遠慮すべきだろう。
川の整備は、行政区によって違う。
綺麗に公園化されているところもあれば、一部、どぶ川風になっているところもある。
また、暗渠ではないが、川筋が道筋とやや離れて見失いそうになるようなところもある(実際、帰りの夜道で見失った)が、かなり分かりやすいと言っていいだろう。

参照:「葛西用水 利根川から荒川へ」
http://bistali.web.fc2.com/bistaliall_167.htm

武蔵野線沿いに、越谷レイクタウン駅らしき所がだんだん見えてきて、いざ駅を眼前にして唖然とした。
まるで、砂漠の中に突如ラスベガスの街が出現したかのように、冬枯れた田園のなかにピカピカで豪壮な駅舎と巨大ショッピングモールが現れる。

IMG_1318.jpg
(駅北口の巨大ショッピングモールの入り口・全長約1.2キロ)

しかも、駅正面は見渡すかぎり更地が広がり、ショッピングモールがある北口とは反対の南口には、見事なほど「何も無い」。

IMG_1319.jpg
(「何も無い」南口)

午後1時過ぎに改札口に集合ということだったので、駅前の無料駐輪場に自転車を止める。
既にメンバーが集まっていた。
しばらくすると、「サロン中村古書画コレクション」の主宰者にして、越谷市の旧家・中村家第27代のご当主ご自身が傘を持ってお迎えに来てくれた。

この後、我々は、中村氏の案内で、越谷レイクタウン構想のあらましから始まって、この界隈の地勢や歴史、そして江戸時代の書画の膨大なコレクションについての詳細な説明を受けるのだが、これについては、上記HPをご参照のこと(私にはとても纏める力がない)。

「越谷レイクタウン駅」のレイクの名のおこりとなっている調整池。
IMG_1325.jpg

中村邸の入口。
かつてはここに長屋門があった。
IMG_1329.jpg

中村邸の広壮な庭。
IMG_1330.jpg

こうして中村氏の「説明」が終了したのは午後6時だった。
我々はすっかり恐縮して、お礼を申し上げて、お暇すべく玄関を出ると、雨が降りしきっていた。

私は、カッパを着て自転車に乗って、来た道を戻ろうとするが先にも書いたとおり、途中で葛西用水を見失う。
地図を広げたら、びしょぬれで広げるしりからバラバラに破けてしまった。
仕方がないので、八潮駅付近からは方位磁石だけを頼りに、道を辿っていくと、中川にかかる潮止橋にぶつかって一安心。
水元の住宅地を抜けて無事到着。
カッパをきていたので、身体は濡れなかったが、手袋と靴がずぶぬれになった。

越谷レイクタウンという脱歴史的な構造物と、中村邸の書画という濃厚に歴史的なものとを同時体験した不思議な一日だった。

走行距離:40キロ(ルイガノクロス)

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2008.11.23 Sun
東総広域農道を走ってはみたけれど
今日は、銚子から帰る日。

天気予報では、北西の風だという。
こんな日に利根川ルートを取れば、向かい風に死ぬ思いをするに違いない。

仕方がないので陸路ルートで帰ることにした。
いろいろとバリエーションがあるけれども、基本的には国126号→国296号を辿るルートで、距離は短いが、車も多いし坂も多い。
小刻みに田舎の牧歌的な県道を利用すれば多少は快適に走れるが、今回は、以前から気になっていた「東総広域農道」を経由してみることにした。
ということは、その後、私の大嫌いな国296号(成田街道)を走らなければならないのだが。

この手の「農道」は、あちこちにあるが、大抵が田圃を貫くように通っていることが多いので、平坦で走りやすいというのが相場である。

国126号の激坂地帯を抜けて、飯岡に舞い降りる。
九十九里サイクリングロードの方に行きたいが、ここはぐっと我慢して126号を行く。
いつも同じ道ばかり走っていては、成長しないぞ~。

ちょっと迷走したが、「東総広域農道」の入口にたどり着く。
かなり広く舗装状況も良好だが、結局のところ、国296号に直結しているためか、車の数は多い。
加えて、景色も単調。
ただ、126号よりはましかもしれない。

国296号は、いつもうんざりする。
成田方面に向かっているからか、トラックが多いし、三里塚南あたりまでは、ずっとアップダウンが続く。
しかも、今日は、お袋から土産にもらった米3キロ、銚子名産嘉平屋の薩摩揚げ2キロ、温泉卵1キロなどをリュックに満載しているため、腰と尻に負担がかかって、いつもよりずっと辛かった。

296号を完全回避して、しかもなお、遠回りにならない道を開拓しなくては。

復路は、往路の利根川ルートより10キロ以上短いのだが、50キロぐらいよけいに走ったような気分だった。

帰宅して、呑ちゃんと嘉平屋の薩摩揚げで乾杯!

IMG_1317.jpg


走行距離:114キロ(ロード)

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2008.11.22 Sat
銚子半島を走る
朝食を食べて、早速出かける。

銚子半島の南半分は東西に台地が延びている。
標高は大したことはないが、坂を登る練習には実に適している。

銚子半島の台地の道を走ってやろう。

銚子半島の歴史。

銚子半島は、古い時代(中生代)の岩盤がその基層にはある。
小学生の頃には、金槌を持って、よく化石探しに行ったものだ。
今でも、アンモナイトや三角貝の化石が出てくる。

いわゆる「縄文の海進」(約1万年前)の頃、銚子半島は、一時的に独立した島になったようである。
当時は、現在の利根川は「川」ではなく、霞ヶ浦と一体をなす巨大な「湾」の渚(このあたりに「余山貝塚」がある)であったし、現在の九十九里浜は大海に没してその片鱗すら存在しなかった。

弥生時代ぐらいから徐々に海が後退し、当時の浅瀬が陸地になって、千葉県本体とつながった。
こうして新たに陸地になった土地(沖積平野)にたくさんの人が住み始めた。

昨日銚子まで辿ったルートは、いわば、沖積平野ルートで、坂らしい坂はほとんどなくて平べったくて、自転車にとっては快適な道筋であったが、今日は、台地(洪積平野)を走ってやろうと思う。

実家から銚子商業高校(地名は銚子市「台町」)へ上がる坂を登る。
坂の中腹に、親父の眠る宝満寺があるので、墓参りをする。

屏風ヶ浦の上を通る旧有料道路を走ってみる。
この道は、先月銚子で行われたトライアスロン大会のコースでもある。
所々、左手に目映いばかりの太平洋が広がった。
但し、かなりの高低があるので、上り坂の時は、前輪のタイヤばかりを見つめて、ただひたすらはぁーはぁー喘ぐだけ。

IMG_1313.jpg


台地の知らない道をあちこち,廻ってみた。
以前は、森林に覆われていた所も、まるでバリカンで刈り取られたように伐採されて、宅地化されている。
銚子の人口は減少する一方だと言うのに、宅地だけが増えているというのはどういうことだろうか。

適当に坂を登ったり降りたりしているうちに、利根川に出た。
気がついてみると、利根川サイクリングロードの東の終点あたりだった。

広やかな利根川の畔に座って、コンビニで買ってきたおにぎりを頬張る。
心なしか、潮の香りが漂ってきて、おにぎりに風味を添えた。

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走行距離:67キロ(ロード)

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2008.11.21 Fri
8回目の銚子
久々の日記。

所用があって、銚子へ。
自転車で銚子に行くのも、数えてみれば、これで8回目になる。
思えば、去年の暮れに初めて自転車(ママチャリ)で行ったときは、実に苦行難業だったけど、今ではあまり苦にならなくなった(というより、楽しくて仕方がない)。

天気予報によると、ほぼ南西の風なので、利根川ルートを取ることに。
水元公園桜土手→江戸川サイクリングロード(葛飾橋渡る)→松戸市新坂川沿いの道→新松戸・北小金→富士見川→豊四季→大堀川サイクリングロード→手賀沼サイクリングロード(手賀川)→木下付近から利根川サイクリングロードに乗って終点(銚子市宮原)まで→国356号とその旧道を走って銚子着。

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(江戸川サイクリングロードからの富士山)

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(朝の手賀沼)

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(手賀川)

実はこれまで、手賀沼まで辿るルートは、基本的には、馬鹿の一つ覚えのように、地獄の国6号と旧水戸街道を走っていたのだが、流山の東葛人さんのページで紹介されているルートを知ってから、手賀沼まで走るのがずいぶんと楽になった。

先日、その東葛人さんの主宰する「市川歴史ポタリング」に参加して、初めて東葛人さんにお会いすることができた。
実際にお会いした東葛人さんは、予想通り、自転車を媒介に人と人を結びつける独特の魔力を持つ非常に魅力的な人だった。
車の通行量が少なくて、美しい自然が残る小道。
地元の人でなければなかなか見つけられないような、そんなかわいらしい小道と小道を上手につなげて、長距離を結ぶルートを示してくれているのだ。

以下、東葛人さんのHPとブログのURL。
http://park20.wakwak.com/~toukatsu/
http://blog.livedoor.jp/toukatsujin/
是非、ご覧になってみて下さい。

さて、今回銚子までやってきた目的である戸籍謄本を銚子市役所でもらった。
まだ2時だったので、すぐに実家に行くのももったいないと思い、とりあえず、お決まりの犬吠埼をめざすが、異常な空腹感。
そう言えば、昼飯を食うのを忘れていた。
で、お決まりの「一山いけす」で掻き揚げ定食を貪り喰う。

4時頃実家に。
お袋から頼まれて、物置から石油ストーブを出す。

走行距離:136キロ(ロード)

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