日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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Author:higedancho
断腸亭髭爺です。
自転車関係の日記が多いです。
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2008.06.30 Mon
銀行に行った日
7時起床。
曇り時々晴れ。

本八幡の銀行に用があって出かける(Fuji Absolute3.0)。
水元公園桜土手→江戸川サイクリングロード右岸→市川橋→14号(千葉街道)。
月末で月曜日とあって、待ち時間だけで60分以上もかかった。

私の対応をしてくれた女性行員さん、自転車乗りらしく、自転車のことを盛んに聞いてくる。
ちゃんとした駐輪場がなくて、自転車通勤ができないとこぼしていた。
盗難の危険は常にあるけど、あまり神経質になると、いつになっても乗れませんよ。セカンドバイクを買うのもいいかもしれないと言っておいた。

やっと銀行の用事が済んで、外に出ると、初夏の太陽が照りつけていた。
銀行のような馬の目を抜くような殺伐とした空間から出てきたという解放感も手伝ってこのまま幕張あたりまで足を伸ばしたいとも思ったが、仕事がたまっているので帰ることに。

途中、江戸川河川敷の小岩菖蒲園に寄って、持参した缶コーヒーを飲む。
水元公園の花菖蒲はもうちらほらしか残ってないが、小岩菖蒲園では、まだたくさんの花が咲いていた。

IMG_0713.jpg

(対岸に見えるこんもりとした緑が、国府台)

さて帰るかと、土手のサイクリングロードに上がろうとして、ひどく空腹なのに気がついた。
昼食を食べるのをすっかり忘れていたのだ。

これから帰って作るのも面倒なので弁当でも買って、どこかで食べてから帰ろうと考える。
そのまま江戸川サイクリングロードを走って、葛飾橋で松戸にわたり、松戸のショップ99で300円の弁当を買う。ついでに、1リッターの炭酸水が、なんと104円で売っていたので、夜の酎ハイ用に買い込む。

そのまま近くの戸定歴史公園の坂を上がって着いてみたら、何と休園日。
そうか、月曜だったか!
仕方がないので、入口の駐車場で弁当を食べることにした。

IMG_0714.jpg

(1リッターの炭酸水でかボトルは、ボトルケージに突っ込んである)

空腹の極致だったので、わさわさと弁当を食べる。
やっと落ち着いて、江戸川サイクリングロードを走って帰ってきた。

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本日の走行距離:29キロ[フジクロスバイク(本八幡駅往復)+ママチャリ変速なし(近所買い物)]
今月の積算走行距離:1072キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7415キロ
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2008.06.29 Sun
亦た楽しからずや
8時起床。
雨。

昨夜は深夜0時頃に帰ってきたので、起きてみると8時になっていた。
外は、絵に描いたような雨。

南イタリアツアーで知り合ったSさんたち二人が我が家に遊びに来ることになっていた。
この二人、私よりも10歳以上若いのだが、旅行中から、何故か気が合うような感じがしていたのだ。
どうもうまく説明できないが、何と言うか、一緒にいるだけで、出会えたことの嬉しさがこみ上げてくるような人たち。
う~ん、世間に対して抱いている疑問の波長が妙に合致しているというか、そんな感じかな。
うまく言い表せない。

呑ちゃんが昨日から張り切って、イタリア風な料理を準備。
私は、タンドリー風チキンを拵えたりする。
詳しくは、呑ちゃんのブログを参照のこと。

ワインから泡盛に移行して、男性二人はダウン・・・。

それでも、大変楽しい一夜だった。

雨の中、来てくれてありがとう!
長い付き合いになりような予感。

IMG_0694.jpg

(横浜を走っていた自転車タクシー・本文とは関係ありません)

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本日の走行距離:1キロ[ママチャリ変速なし(近所買い物)]
今月の積算走行距離:1043キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7386キロ
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2008.06.28 Sat
生麦事件を訪ねる
4時半起床。
曇り。
このブログにも書いたことがあるが、私の職場の仲間数名からなる「江戸を歩く会」という同好会がる。
江戸の名残をとどめるような名所旧跡を訪ねては、各所で酒を飲むというただそれだけが目的の他愛ない集まりである。
去年の暮れには、このメンバーで赤穂浪士の討ち入り後の泉岳寺までのルートを歩いてみた。
http://danchotei.blog75.fc2.com/blog-entry-74.html
今日は、幕末の、いわゆる生麦事件の現場および横浜港の歴史を忍ばせる場所を訪ね歩いてみようということになった。

11時に京急生麦駅(神奈川県横浜市鶴見区生麦)に集合ということなのだが、私は例によって自転車(ルイガノTR8)で出かけた。
道順は、実に素直に、6号(水戸街道)→15号(京浜第一)。
途中、きちんと日本橋を渡って東海道に沿って走る。
大事をとって早めに出たのだが、別に何のトラブルもなく、集合時間よりも1時間半も早く生麦駅に到着(所要時間2時間30分)。

所在ないので、15号を数キロ戻ってJR国道駅(鶴見線)に行ってみる。
この駅は、大変に有名らしく、ガイドさん付のグループが何組も来ていた。
駅の名は、まさしく国道(東海道)沿いにあるので、「国道」駅という。

IMG_0666.jpg


駅構内は、レトロなアーケードになっている。

IMG_0668.jpg


IMG_0665.jpg


駅の入口付近で、ガイドさんの声が聞こえたので、私も何喰わぬ顔をして、そのグループに混ざってついていったのだが、ヘルメット姿だったためかうまく溶け込めずに奇異な眼で見られているような気がした。
駅の入口の建物の所に、大戦当時、米軍戦闘機による機銃掃射の弾痕が生々しく残っていた(ガイドさんに言われなければ気づかなかった。ガイドさん、ありがとう!)。

IMG_0667.jpg


駅構内を反対側に抜けると、そこが旧東海道だった。
国道15号とは、ほぼ、平行して走っている。

IMG_0670.jpg


さっそく、この東海道を(大袈裟な言い方だが)「京都方向へ」走ってみることにした。
この街道には、なぜか魚屋が非常に多くて(20軒ぐらいはあったろうか)、わざわざ遠方から魚を買いに来ている人もいたほどである。

IMG_0672.jpg


ほとんど旧街道の縁(よすが)も見当たらない街道をゆっくりと走っていると、突然、「生麦事件発生現場」なるプレートが現れた。

IMG_0674.jpg


何と唐突な!
しかも、このプレートが貼られていたのは、ごく普通の民家の塀で、記念館どころか碑もない(もう少し何とかならないものかなあ・・・)。

ついでに、ここに生麦事件当時の現場の写真があるので、こちらも貼り付けておこう。

0608140013.jpg

(樹の枝の張り方からして、向かって右が南だと推測できるので、江戸方向に向かって撮った写真であろう)

生麦事件。
時は江戸末期の1862年9月。
江戸から京都に向かっていた薩摩藩の大名行列の前に、女性ひとりを含むイギリス人4人が馬で横切った。
以下、事件の詳細は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「生麦事件」の項を引用しておこう。

「・・・薩摩藩士達はイギリス人4人に対し、身振り手振りで下馬し道を譲るように説明したが、イギリス人には意味が通じず、久光の乗る駕籠の近くまで馬を乗り入れてしまう。
 これに怒った奈良原喜左衛門ら一部藩士が斬りかかった。リチャードソンは奈良原に袈裟に斬られて内臓が飛び出るほどの重傷を負った上、逃げる途中で久木村治休にさらに抜き打ちに斬られた。その最期については、現場に遭遇した薩摩藩士海江田信義の証言によると、初太刀を受けて重症を負い逃げていたリチャードソンを追いかけた海江田ら数名の薩摩藩士が、落馬して苦しんでいるリチャードソンの姿を発見し、「もはや助からないであろう」と介錯のつもりで止めをさした、という。のちに、「苦しまない様に介錯をする」という薩摩藩士の心使いが、イギリス側から見れば「苦しんでいる者に手当てをせずに斬り殺した非道な行為」と解釈され、非難されることになった。このように日本とイギリス側の習慣の違いが事件を更に問題化させる事となった・・・」。

何とも後味の悪い事件であるが、結局、これが原因で薩英戦争に発展し、ひいては、幕府の支配力を著しく揺るがせることになる。ある意味では、倒幕運動の引き金になったとも言えよう。

内臓が飛び出るほど深傷を負ったリチャードソン一行は、神奈川に向かって逃げたが、1キロほど走った所でリチャードソンはついに堪えきれずに落馬して動けなくなる。

私も、145年ほど前、リチャードソンが血を流しながら馬で走ったその道を自転車で進んだ。
旧東海道と15号が合流するあたりに、リチャードソンの追悼碑がある。
そこには、ちゃんと石碑が立ち、社も築かれていた。

IMG_0676.jpg


リチャードソンは、この場所で動けなくなり、上記のように、追走してきた薩摩藩士にとどめをさされることになるのだ。
この石碑が建てられた当時の写真も見つかったので、これも貼り付けておこう。

p_03.jpg


こうして、旧街道を自転車で周遊しているうちに、集合時間になったので、生麦駅に向かった。

結局、事前に下見をした私が案内役になって、生麦事件の縁の地を二度も巡るハメになったわけである(一日に二度も行くような場所ではない)。

その後、「江戸を歩く会」は、電車で横浜に出て(私の自転車は生麦駅の駐輪場に停めておいた)、「新聞博物館」や「開港記念館」を訪れたわけだが、疲れてきたので、今日の日記はここまでとしたい。

IMG_0699.jpg


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本日の走行距離:85キロ[ルイガノクロスバイク(京急生麦駅往復)]
今月の積算走行距離:1042キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7385キロ
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2008.06.27 Fri
時代劇と西部劇(『用心棒』を中心に)
7時起床。
晴れ。

黒澤明の『用心棒』(1961年)は、日本の時代劇に新風を吹き込んだ。
たとえば、眠狂四郎シリーズ(1963年~69年)やちょっと遅れてやってきたTVシリーズ「木枯し紋次郎」なども、ある意味では、『用心棒』の流れの中にあるように思える。

際だった特徴は、社会からドロップアウトした剣豪(主人公)と、殺伐とした宿場町。

黒澤の『用心棒』には、50年代のアメリカの西部劇からの影響が色濃い。
いわゆる早撃ちのガンマンや西部の小さな町の雰囲気から、ヒントを得たように思える。

『用心棒』やその続編とも言える『椿三十朗』では、いわゆる伝統的な「チャンバラ」シーンはなく、ある意味で非現実的なほど超人的な技能を持った剣豪が、切れば血が出るようなリアルでドライな殺陣シーンを展開するようになる。
さながら、ジョン・フォードの『荒野の決闘』(1946年)とフレッド・ジンネマンの『真昼の決闘』(1952年)を足して2で割ったようなところかなあ(因みに、『七人の侍』はジョン・フォード的)。

黒澤は、西部劇の影響から新しい時代劇作品を産み出したわけであるが、その黒澤時代劇が、今度は逆に、西部劇に甚大な影響を与えることになる。
こうして産まれたのがイタリア製西部劇、いわゆる「マカロニウェスタン」(スパゲッティウェスタン)である。その記念碑的作品が、黒澤の『用心棒』を翻案した『荒野の用心棒』(1964年/セルジオ・レオーネ監督)だったのである。

米国テレビシリーズ『ローハイド』で好感が持たれていたイーストウッドを起用した『荒野の用心棒』は、かなり正確な『用心棒』の伊国製西部劇版で、比較して見ると大変に面白い。

今日は、それぞれのラストシーンを楽しむことにしよう。
詳しい解説は後日ということに。
焼酎とバーボンを用意して観れば、尚更、良い。

黒澤明の『用心棒』(1961年)ラストシーン。
・三船の包丁の使い方、仲代のリボルバーにご注目。




セルジオ・レオーネ監督『荒野の用心棒』(1964年)ラストシーン。
イーストウッドの着るポンチョと、相手方のウィンチェスターライフルにご注目。



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本日の走行距離:16キロ[フジクロスバイク+ママチャリ変速なし(近所用足し等)]
今月の積算走行距離:957キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7300キロ
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2008.06.26 Thu
タケノコ刺とラッキョ
7時起床
雨。

岐阜のIさんから送っていただいたタケノコ刺と呑ちゃんが漬けたラッキョ。

IMG_0663.jpg


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本日の走行距離:8キロ[ママチャリ変速なし(松戸駅往復等)]
今月の積算走行距離:941キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7284キロ
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2008.06.25 Wed
ダーティハリー登場!
4時起床。
晴れ時々曇り。

1971年の『ダーティハリー』の登場は衝撃的だった。




好青年のカウボーイだったイーストウッド(「ローハイド」)は、




その後、イタリアで「不良化」して荒野の用心棒(マカロニウェスタンのヒーロー)になったと思ったら、




用心棒のまま、ベトナム戦争によって病んだ20世紀のアメリカに帰国して、サンフランシスコ警察の刑事になって、アメリカの悪党を征伐し始めたのである。


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本日の走行距離:36キロ[ルイガノクロスバイク(駿河台往復等)]
今月の積算走行距離:933キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7276キロ
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2008.06.24 Tue
『第三の男』のラストシーン
6時半起床。
晴れ時々曇り。

YouTubeに『にがい米』のビデオクリップがあることを発見してから味をしめて、お気に入りの映画を次々と検索してはそのいくつかのシーンを見て独り悦に入っている。

たとえば、私のベストワンである黒澤の『七人の侍』の中の、菊千代(三船敏郎)が他の六人の侍に対して、百姓の何たるかを熱弁して、渾身の抗議をするシーンなどは非常に好きなので、一生懸命検索してやっと捜しだしてみたものの、何とそれは、スペイン語(?)吹き替え版で、三船が流暢にスペイン語を喋っているので可笑しくて仕方なかった(日本語版を見つけた人、ご一報下さい)。




ところで、今回そんな風に探し出した傑作の中で、やはり唸ってしまったのは、有名な『第三の男』(キャロル・リード監督・1949年・イギリス映画)のラストシーン(因みに、製作年は『にがい米』と同年)。
先ずは、とくとご覧いただきたい。



枯れ葉散る並木道を毅然とした面持ちで歩いてくるのは、イタリア人女優アリダ・ヴァリ。
これまた、シルバーナ・マンガーノと並んで私が好きな女優で、『かくも長き不在』(1961年)、『アポロンの地獄』(1967年)、『暗殺のオペラ』(1970年)といった、こうして書いているだけでも、今すぐにでも見たくてたまらなくなる数々の映画にも出演している。
何というか、ヨーロッパの女性の「気高さ」のようなものを演じさせたら、まさに、このアリダ・ヴァリに尽きると思う。

この作品の舞台は、四ヶ国(米英仏ソ)分割統治下のウィーン。
各国の思惑が入り乱れる光と影の都市で繰り広げられるハリー(オーソン・ウェルズ)を巡る謎。
筋書きは省略するが、死んだ恋人ハリーの埋葬を終えて、街に帰るラストシーンである。

観客も、そしてもちろん車に寄りかかるようにしてアンナ(アリダ・ヴァリ)を待つホリー・マーチンス(ジョゼフ・コットン )も、たとえば、アンナがホリーに抱きついて熱い接吻でもして、「あ~、よかった」という結末になりそうな「期待」を抱きながら彼女が歩いて来るのをじっと見ているわけだ。

しかしそれを見事に裏切って、アリダ・ヴァリは、画面の「こちら側」に去って行くのである。
アンナは、まさに、ホリーを「袖にする」ばかりか、四ヶ国分割統治というまやかしの体制にもNONを突きつけ、しかも、甘いメロドラマを期待する観客の期待をも見事に裏切って、「戦後」という現実の中を独りで歩んでいくことを身をもって示しているのである。

それにしても、すごい傑作である(音楽も最高!)。
最近のハリウッド映画が束になってかかっても、とても敵(かな)うまい。



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本日の走行距離:33キロ[フジクロスバイク(駿河台往復)]
今月の積算走行距離:897キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7240キロ
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2008.06.23 Mon
春象夏記・南イタリア紀行4(物価・水の値段を中心に)
6時半起床。
曇り時々雨。

南イタリア紀行4(物価・水の値段を中心に)

夕べ、30年ぶりぐらいに映画『にがい米』(ジュゼッペ・デ・サンティス監督・1949年)を見た。
今回見直してみると、ずいぶん記憶が間違っていたが、デビューしたてのシルヴァーナ・マンガーノの不思議な艶やかさだけは当時脳裏に焼き付いていた通りであった。


(この作品中のシルヴァーナ・マンガーノのダンスが素晴らしい・ファーストシーンより)

記憶が違っていた点は、実際はイタリア北部の農業地帯の話であるのに勝手に南部を舞台にした作品であると思いこんでいたこと、また、作品のテーマが、てっきり農業労働者の労働争議であると思いこんでいたのだが実際はそうでもなかったことなどである。



詳しい筋書きは、むしろこれから見る人ために書くのを避けるが、この作品の舞台は、田植えの時期になると女性季節労働者が集まってくる北部イタリアの水田地帯である。
この「北部」というのが、実は重要だったのである。


(『にがい米』の田植えシーン・シルヴァーナ・マンガーノの田植え歌あり)

今回の南イタリア旅行でガイドさんから教わったことだが、イタリアでは北部に行くほど米をよく食べ、南部に行くほどよくパスタを食べるということ。
つまりは、簡単に図式化すると、北部は米、南部は麦ということになる。
『にがい米』の舞台が南部だと思いこんでいたいた私は、南イタリアのバス移動中、目をこらして水田を、ひいては、シルヴァーナ・マンガーノの残像を探し求めていたのだが、実際に水田を目撃したのは、本土南部の高速を走っているとき一回きりだった。

確かに、既に書いたとおり、南部では降水量が極端に少なくて、水田を作るほどの水が確保できない。
どう考えても、水田には適していない地域である。
それだけに、この地域では、水が貴重な存在だと言うことになる。

飲食店に入って、「お水下さい」と頼んでタダで出てくる国は、私が体験した限りでは日本と韓国だけだ。
いや、日本では、頼んでもいないのに自動的に水が出てくる。テーブルに着いても、給仕がなかなか来ないと、「水も出てきやしない」と言って怒ったりする。
日韓では、水とお茶は、無料で提供されることになっていて、これは大変に良い伝統ではある。

南イタリアでは、どこでも水は有料である。
店で頼むと、大体、2.5ユーロぐらい(1ユーロはほぼ165円)なので、事情を知らない日本人はぼったくりだと思ってしまうかもしれない(ビールの小瓶は、水と同じぐらいの値段)。
ただ、逆に、ハウスワイン(デキャンタ)は、大抵、水よりも安くて2ユーロ(約330円)ぐらいなので、事情を知らない日本人は、ここは激安食堂かと思ってしまうかもしれない。

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こういう価格設定だと、昼食時でも、いきおい、水にお金を払うぐらいならいっそのことワインを飲もうではないかということになる。お陰で旅行中は、ずいぶん飲みすぎることとなった。

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(レストランの酒棚)

飲みすぎるということで思い出したが、イタリアでは、高速のパーキングエリアにもバール(バー)があって、堂々とビールを飲んでいる運ちゃんがいるのにはびっくりした。また、売店でもビールやワインがずらっと並べられて、悪びれることなく売られていた。

08-05-20_09-29 IMG_0300

(高速パーキング内のバール)

飲食店で水が高いのは仕方がないこととしても、小売店のペットボトル入りの水の値段はどうであろうか。観光地や高速の売店でも、水の値段は安くはない。
大体、500ミリペットで1.5ユーロ(約250円)ぐらいが普通で、かなり高い。

それでは、旅人が行くような場所以外の、普通の娑婆の人間が買いに行くような店では水はいくらぐらいするのだろうか。
われわれは、少数ながら、そういう現地の一般の人が買い物をするスーパーのような店にも入ってみた。
やはり、こういう店は驚くほど安くて、ちょっと安心したばかりか、水だけではなく、パスタ類などをしこたま買い込まされることになった。

因みに、シチリアの、日本流に言えば、「激安ショップ」に行ったときにもらったチラシを見てみよう。

08-05-22_05-58 IMG_0394


残念ながら、水の値段は出ていないが、この店では何と0.25ユーロ(85円)ぐらいだった。
ついでに、その他の品々についても見ておこう。
まず、日本のホームセンターにも売っているような格安マウンテンバイク(3×6=18速)は、「59.9ユーロ」(約9980円)で、その品質は疑わしいものの、かなり安いと言えよう。
扇風機は、「9.99ユーロ」(約1600円)とかなり安いが、日本のホームセンターでも最近はこのぐらいである。
ほかにも、1リッターのジュースが「0.79ユーロ」、パスタ1キロが「0.44ユーロ」など。
総じて言えば、観光地の価格よりも確かにずっと安いけど、物価の高い日本の量販店やホームセンターとほぼ同じぐらいではないか。

実は、ここにイタリア経済の苦悩がある。
私は、自分自身の家計すら手に追えない経済音痴であるが、畏れ多くも、ガイドさんの説明を拝借しながら以下、少しく書き留めておこう。

イタリアがEUに加盟して、これまでの通貨リラからユーロにかわったのは最近であるが、イタリア、殊にその南部は経済的に脆弱な地域である。そういう状態で経済を統合されると、貧困な地域では物価が跳ね上がってしまう。しかも、これに拍車をかけているのは観光客。
観光地では、既に書いたように何から何まで観光地値段。なので、その周辺からジリジリと物価が上昇して、地元の衣食住に圧迫を与えている。因みに、ガソリンの値段も、日本と同様うなぎ登りで、私が目撃したガソリンスタンドの価格はリッター1.5ユーロだったので、日本より高いことになる。
これは、伝統的に貧しいイタリア南部をさらに貧窮化させることになっているのだが、世界一世界遺産の多い国イタリアでは、どうしても観光に頼る部分が大きい。しかし、そうやって観光に頼れば今度はそれだけ観光客のもたらすインフレが激化するというような悪循環を辿ることにもなる。

さて、映画『にがい米』の女性農場労働者の4週間分の給料は、米40キロであった。
仕事の終わった日、彼女たちは、40キロの米を担いで満員の汽車に乗って故郷に帰る。
何とも不憫な光景だが、この映画が作られた1949年当時の日本人がこの映画を見たら、不憫などと他人事のような感想ではなく、辛い田植え作業に懸命に耐えるイタリアの女性たちに深い共感を覚えるばかりでなく、「やはり、敗戦国はどこも同じなんだ」と思ったに違いない。

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(イタリアで私が吸っていた煙草「ディアナ」、2.5ユーロだった)

連載(既出);
春象夏記・南イタリア紀行1(イタリアの洗濯物)
春象夏記・南イタリア紀行2(イタリアの道)
春象夏記・南イタリア紀行3(イタリアの乗り物)

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本日の走行距離:33キロ[フジクロスバイク(駿河台往復)]
今月の積算走行距離:864キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7207キロ
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2008.06.22 Sun
幻想の散策
8時半起床。
雨時々曇り。

午前中、雨が上がっていたので、水元公園に出かける。
森の中を散歩。
湿気はあるけど、樹木の排出する酸素のお陰か、大変に気持ちがよい。

IMG_0655.jpg


「暗い森の入口」風の所が私は好きで、そんな場所ではじっと佇んで、木々の重なりによって作り出される陰影に目をこらし、風が葉音をたてながら通りすぎていくのに耳をそばだてる。
子どもの頃の興奮のようなものがかすかに蘇ってきて身震いする。

IMG_0656.jpg


森の小径の途中には、春頃区が設置したカラス捕獲小屋がある。
私は、これを見ているのも好きだ。

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暗い森から草地に出ると、菖蒲畑が突然現れる。

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青い広々とした草地に出て、その開放感にほっとする。

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帰り道、私は、若い頃に読んで興奮した、エドガー・ポーの「ランダーの別荘」という作品を思い出していた。

本棚から捜しだして読んでみよう。

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本日の走行距離:4キロ[ママチャリ(公園往復+近所用足しなど)]
今月の積算走行距離:831キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7174キロ
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2008.06.21 Sat
花菖蒲な一日
4時起床。
曇り時々雨。

夕べは早寝をしたので、暗い内に目が覚める。
外を見ると、予報通りの雨。
しかし、日の出頃から雨が上がったので、ママチャリ(内装3段)で水元公園に行ってみる。
今日あたりまで花菖蒲祭なので、野外舞台の仕込みや露天の準備に勤しむ人々多数。
肝心の花菖蒲だが、さすがに盛りを過ぎているものの、周囲の新緑の中、紫や白の花が浮かび上がるように映えている。

IMG_0644.jpg


公園のあちこちを走りながら、梅雨の風景を見て回る。

水路に架かった橋でちょっと一休み。
以前なら、ここで煙草を一服というところだが、煙草が吸えないので、お茶を飲みながら乗ってきた自転車のチェックをする。
ブレーキの具合、チェーンの油の加減、変速機(内装3段)のワイヤーなど。
数日前に点検したばかりなので問題はあるはずがないのだが、見ているだけで楽しいのだ。
何せ、去年の秋以来、自転車での通勤や遠乗りを始めるきっかけになったのがこの自転車なわけだから。

クロスバイクを買ってからあまり出番がなくなってしまったこの自転車だが、こうして眺めたり、触ったりしていると、すごく愛おしく感じる。

IMG_0646.jpg


長距離を走るために、これまで大分いじってきたので、買った時の姿とはやや違う。
改造点を以下に列挙してみよう。

・後部荷台とスカートガードを取り外した(軽量化のため)
・両立スタンドを片足スタンドに換えた(軽量化のため)
・ペダルをマウンテンバイク用のものに換えた(漕ぎやすくするため・やや軽量化)
・ハンドルをストレートタイプに換えた(乗りやすくするためと軽量化のため)
・カゴを大型から中型に換えた(軽量化のため)
・シートポストとサドルを換えた(漕ぎやすくするためと軽量化のため)

IMG_0645.jpg


お陰で随分乗りやすくなって、30キロぐらいならあまり苦にならない。

雨の日の通勤に使うため泥よけを外すわけにはいかないので、さらにいじるとすれば、もう、チェーンガードを外すぐらいしかないが、外せばチェーンが錆びやすくなるし、ズボンの裾が汚れやすくなるので迷っているところ。

そうこうしているうちに、朝食の時間になり、呑ちゃんがポルチーノ茸のパスタを懸命に作ってくれていたので、それを美味しく食べる。

今日は、午後から堀切のびんなん邸「葛飾デルタ同盟」の会合があるので、それに持ち寄るためのビールやワインや料理の準備をして、自転車(ママチャリ内装3段)で出かける。途中、小雨に降られたが何とか無事に到着。

メンバーが揃ったので、先ずは、堀切菖蒲園界隈を散策する。

堀切菖蒲園は、朝に訪ねた水元公園と並んで、葛飾区屈指の花菖蒲の名勝である。
水元公園に較べるとずっと規模が小さいが、一株一株愛でるような観賞ををするのが相応しい菖蒲の花には、こぢんまりとしたここ堀切菖蒲園の方が優れていると言えるかもしれない。

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IMG_0651.jpg


季節柄、紫陽花の花も満開であった。

IMG_0652.jpg


菖蒲園を観た後、堀切2丁目あたりを散策していて、ちょうど極楽寺の前を通りかかかる。
江戸時代の地図にも載っている古い寺だということは知っていたが、ちゃんと見たことがなかったのでみんなで境内に入ってみる。

門前には、有名であると後から知った「いぼとり地蔵」があった。
このお地蔵様に塩を振りかけ、その塩を患部に擦りつけると快癒するのだという。

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境内の墓場には、元禄十四年の墓石(?)も発見。
何と、赤穂浪士の吉良邸討ち入りの前年に彫られた物である。

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かくして、散策に大満足したわれわれは、腹を減らしてびんなん邸に戻り、葛飾デルタ同盟の饗宴を始めたわけである。

さてその宴会の様子であるが、デルタ同盟の掲示板にみんなが書き込んでくれているので、そちらに譲ることにしよう。

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本日の走行距離:18キロ[ママチャリ内装3段(堀切往復+近所用足しなど)]
今月の積算走行距離:827キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7170キロ
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2008.06.20 Fri
葛飾な昼下がり
6時半起床。
曇り。

所用ありて、葛飾区役所に。
6号→立石→奥戸橋→柴又→江戸川サイクリングロード右岸→水元公園桜土手→自宅(約22キロ)。

私のヘルメットを見た区役所窓口の若い女性職員から、「自転車でお越しですか?格好いいですね」と言われてまんざらでもなかった。
今時、こんな敬老精神がある若い人も珍しいのではないか。

帰りに、奥戸の総合スポーツセンター運動公園を散策。
この公園の河畔からの、深くえん曲して流れる中川の眺めは美しい。
その後、以前から気になっていた柴又の「元祖柴又らうめん 三幸」(寅さん記念館の裏手)で遅めの昼食。
半チャンラーメンを食す(800円)。
麺は太めの醤油味。チャーシューが良い。チャーハンも上手。加えて、実直そうな店のご主人。73点!

帰りは、強い南西風に押されて、江戸川サイクリングロードを時速35キロで快走。

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本日の走行距離:26キロ[フジクロス(葛飾区役所往復等)22キロ+ママチャリ変速なし(近所用足し)4キロ]
今月の積算走行距離:809キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7152キロ
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2008.06.19 Thu
ママチャリ内装3段で取手駅へ
6時起床。
曇り時々晴れ。

初心に返って、ママチャリ(内装3段)で出勤。
前夜、シートポスト(鉄製からアルミ製に)とサドル(スポーツタイプに)を換える(約300グラム軽量)。
これだけで、随分漕ぎやすくなった。
竜ヶ崎までは無理そうなので、取手駅まで(いずれも茨城県)。
都合が良いことに、取手駅には無料駐輪所があるのだ。
片道約26キロ(片道約1時間40分を要した)。
水戸街道は、アップダウンが多くて結構訓練になる。
帰りは、ちょっと雨が落ちだしたけど難なく帰還。

夕食後、うっかりしてチョコレートを食べ過ぎたので、ルイガノTR8で、夜の水元公園を走る。
ママチャリを50キロ以上も乗った後でクロスバイクに乗ると、まるで路上を滑空しているように気持ちが良かった。

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本日の走行距離:58キロ[ママチャリ内装3段(取手駅往復)+ルイガノクロス(水元公園ナイトライド)]
今月の積算走行距離:783キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7126キロ
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2008.06.18 Wed
枝豆初物
6時半起床。
曇り時々晴れ。

所用ありて、市川方面に行く。
自宅→水元公園桜土手→江戸川サイクリングロード右岸→14号(市川橋)→市川市役所等→14号(市川橋)→奥戸街道→葛飾区役所→自宅(約27キロ)。

近所の農家が朝やっている野菜販売所で、とれとれの枝豆を入手。
さっそく晩飯時に茹であげて食べる。
幸せ~。

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(グラスは、NZオールブラックスのロゴ入りです)

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本日の走行距離:28キロ[フジクロス(市川近辺往復等)+ママチャリ変速なし(近所用足し)]
今月の積算走行距離:725キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7068キロ
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2008.06.17 Tue
日曜日の日記
6時起床。
晴れ時々曇り。

南イタリア紀行は、ちょっとお休み。

以下、2008.06.15 Sun分の日記をここに書きとめておこう。

午前中、近くの香取神社(水元)に「芽(ち)の輪くぐり」という行いをしにゆく。
「芽の輪くぐり」というのは、「大祓(おおはらえ)」とも言う。
それがいかなるものかということは、フリー百科事典『ウィキペディア』の記述を借りることにしよう。

「大祓(おおはらえ)は、6月と12月の晦日(新暦では6月30日と12月31日)に行われる除災行事である。犯した罪や穢れを除き去るための祓えの行事で、6月の大祓を夏越の祓(なごしのはらえ)、12月の大祓を年越の祓(としこしのはらえ)という。6月の大祓は夏越神事、六月祓とも呼んでいる。なお、「夏越」は「名越」とも標記する。」フリー百科事典『ウィキペディア』の「大祓」の項より。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%A5%93

つまり、鳥居に備え付けられた茅(かや)の輪を八の字の回るという行いである。
その後、人形(ひとがた)の紙に氏名と年齢を書き込んで、それを奉納(?)するのだ。

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大宝律令にも書いてある神事だそうで、確かに非常に古風なしきたりのような気がする。
去年の年末にも行ったので、これからは毎回やることになりそう。
宗教は苦手だけど、これは、実際にやってみて面白いので気に入った。

午後からは、一昨年、われわれも参加した合唱団「ビアンカ」の演奏会があるので、築地に出かける。
呑ちゃんは電車で、私は自転車で(水戸街道→三ツ目通り→新大橋通り→築地・距離は約18キロ)。
呑ちゃんと、築地本願寺門前で待ち合わせる。

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(築地本願寺門前にて・呑ちゃん撮影)

爺1 08-06-15_12-28

(築地本願寺門前にて、歩道橋より呑ちゃん撮影)

ちょうど昼時だったので、築地の立ち食いラーメンを食べる。
ラーメンの「大一」。
いつもは「井上」なんだけど、なぜか閉まっていた。
チャーシュー3枚+煮卵付で600円。
うまかったけど、「井上」のが上かな。

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ビアンカのコンサート(浜離宮朝日ホール)は、素晴らしいものだった(途中で不覚にも睡眠行為があったが)。
人間の声というのは、どんな楽器より優れていると思う。

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コンサート終了後、葛飾デルタの仲間たち(+知り合い)と寿司屋で一杯。
談論風発な饗宴で、実に楽しかった。

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本日の走行距離:35キロ[ルイガノクロス(駿河台往復)+ママチャリ変速なし(近所用足し)]
今月の積算走行距離:697キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7040キロ
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2008.06.16 Mon
南イタリア紀行3(イタリアの乗り物)続き
さて、昨日の続き。
もう一度、問題の2枚の写真を出しておこう。
特に、ブレーキケーブル(ワイヤー)とスタンドにご注目。

[写真A]
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[写真B]
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そうです。
解答は;

1.日本の多くの自転車と逆で、ブレーキの右レバーが後輪のブレーキを、左レバーが前輪のブレーキを操作するように取り付けられている。
2.スタンドが、日本の多くの自転車と違って、中央のクランクの付近に付いている(センタースタンド)。

です。

1については、大体、日本のように車両が左側通行の国は、右レバー=前輪、左レバー=後輪なのですが、車両が右側通行の国は逆のケースが多いようである。
どっちのがいいのかについては、諸説あり。
自転車のブレーキは、前輪のが効きが良いので、利き手の右に前輪ブレーキレバーをつなぐのが良いという考え方もあるし、咄嗟の場合は、どうしても右手のが先にブレーキレバーを握るので、前輪がロックされて車体がつんのめって危険なので左に前輪ブレーキレバーをつなぐのが良いとする意見がある。
私は、購入したままの普通の状態だが、人によっては、前後をつなぎかえる人もいる。

2については、日本の自転車のスタンドは、ほとんどが後輪軸近辺に取り付けてあるが、南イタリアの自転車は、スタンドそのものがないか、あるとすれば、すべてセンタースタンドだった。
これも、どちらが良いかは意見の別れるところで、例えば、日本の混み合った駐輪場では、車体後部にスタンドがあった方が良い。
しかし、安定性に関しては、重心に近い中央部にスタンドあった方が良いという意見もある。

以上が、クイズの解答である。

南イタリアの自転車の写真を何枚か載せたけど、いずれの自転車もものすごく太い鎖で、路上の構造物に結わえてある。
つまりは、自転車泥棒が大変に多いことを表しているわけで、これも、映画『自転車泥棒』(1948年)以来の大伝統だと言えなくもない。



連載(既出);
春象夏記・南イタリア紀行1(イタリアの洗濯物)
春象夏記・南イタリア紀行2(イタリアの道)
春象夏記・南イタリア紀行3(イタリアの乗り物)

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本日の走行距離:39キロ[ルイガノクロス(駿河台往復)+ママチャリ変速なし(近所用足し)]
今月の積算走行距離:662キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7005キロ
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2008.06.15 Sun
春象夏記・南イタリア紀行3(イタリアの乗り物)
春象夏記・南イタリア紀行3(イタリアの乗り物)

イタリアの道の話である。

イタリアの道と言えば、同名のタイトルの映画、すなわち、名匠フェデリコ・フェリーニ監督の傑作『道』(1954年・La strada)を思い出すのは自然なことであろう。
日本でも、年配の世代を中心によく知られている作品だと思う。。
『8 1/2』(1963年)あたりの、前衛的な手法を導入し始めて以降の映画よりも、むしろ、捻(ひね)りの少ないネオ・リアリスモ時代の『道』や『青春群像』(1953年)に愛着を感じる人も多いのではないか。

さらに脱線してしまうけど、私は、国別に分ければ、日本映画の次に好きなのはイタリア映画かもしれない。
特にフェリーニの作品、なかでも古代ローマ時代を舞台にしたファンタジー『サテュリコン』(1969年)や自伝的な作品『アマルコルド』(1973年)は大好きだが、どういうわけか、なかなかレンタルビデオ店に置いてないのが残念である。
その他、印象が強かった映画としてはデ・サンティスの『苦い米』(1949年)、ロッセリーニの『無防備都市』(1946年)、ヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』(1969年)、それに鬼才パゾリーニの一連の作品など挙げればきりがない。

フェリーニの『道』は、一種のロードムービーで、旅芸人のザンパノ(アンソニー・クイン)が、途中で拾った口のきけない少女ジェルソミーナを連れて、バイクや車で各地で巡業する話である。最後にその映画を見たのももう随分前のことだけど、ザンパノが巡る道は、何せ1950年代ということもあって、確かそのほとんどが田舎の未舗装路だったように思う。ある時は牧歌的な田園地帯、ある時はうらぶれた廃村のようなところをザンパノのバイクは走り続けていた・・・。
私には、人に見せるべき芸なぞないが、あんな暮らし方ができたらいいなあと思ったものである。



さて、イタリアの道の話に戻ろう。
とは言っても、今回は、イタリアの道そのものよりも、その道の上を走る乗り物の方について旅の記憶をまとめてみたい。

前項で書いたように、イタリアの道はあまり良好とは言えない。
道幅が狭いし、路地は入り組んでいたりするので、走っている車のほとんどが小型の車である。
まあ、日本の軽自動車ぐらいのサイズの車が多い。
一般車の多くは国産(イタリア製)のように見えたが、公共交通機関(バスなど)の車や警察車はドイツ車(ベンツかBMW)が目立った。因みにわれわれが乗っていた大型バスはベンツ製の新型車両だった。

思わず微笑んでしまったのは、昭和30年代に日本の町中を走っていたミゼットのような軽三輪トラックである。
前から見ると、人の顔のように見えて何だかかわいらしい。

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三輪車の次は、二輪車にいってみよう。
『ローマの休日』(1953年)の頃から既に有名なイタリアのスクーター。

スクーター




狭い路地をするすると通り抜けるのにはもってこいのスクーター(バイク)は、南イタリアでもたくさん走っている。
カプリ島などにも、レンタ・スクーターの看板が見えた。
これも『ローマの休日』以来の「伝統」か、二人乗りをしている人が多かった。

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(シチリアの警察の制服は黒だったが、本土では青だったような・・・)

上の写真は、パレルモ(シチリア島の最大都市)の光景だが、ノーヘルメットのバイカーに目をとめることなく楽しそうに談笑しているオートバイ警察隊。
警官隊と言えば、こんな写真も撮った。

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BMWのバイクで颯爽と現れた警官二名。
向かって右は、女性警官である。
二人はこの後、バイクの脇に立って、通りを睥睨していたが、信号無視の車に対してもサングラス越しに睨んでいるだけだった。
女性警官のホルスターに納められていた拳銃は、さすがイタリアで、ベレッタ92(伊ベレッタ社製9ミリ弾の自動拳銃で、10年ほどまえから米軍の正式採用銃となった)であった。

次は、二輪は二輪でも、「原動機無し」の自転車に行ってみよう。
イタリアの道は、敷石が多いせいか、走っている自転車の半分ぐらいは、タイヤが重厚なマウンテンバイク系だった。

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(2,3キロはありそうな頑丈な鎖で結わえ付けられている。24速(3×8)のマウンテンバイク系の自転車)

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(パレルモの子どもたちの自転車。シングルギアだが、タイヤはマウンテンバイク系)

殺人的な交通量にもかかわらず、果敢に車道を自転車で疾走する人もいる。
もちろん、歩道に余裕があれば、歩道をを走っている人もいた。

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ここで、ちょっとクイズ。
以下に、パレルモで撮影した2台の自転車の写真を貼るので、まずご覧いただきたい。
この2枚の写真の自転車だが、実は、日本の自転車と決定的に異なる点が二つある。
さて、それは何であろうか?
すぐに分かる人は、相当自転車に詳しい人かも。

[写真A]
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[写真B]
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まず、概要。
[写真A]は、なんとカゴ付ママチャリである。
欧米には、カゴ付ママチャリがないとまことしやかに言われているが、実際には、こうして少数ながら存在する。
フレームは、スカートでも乗れるようなトップチューブが下に下がっているタイプだし、ランプの位置がちょっと普通と違うけど、ちゃんと前輪ダイナモ式で、これも正しくママチャリ式。

[写真B]は、日本で言えば、まあブリヂストンにあたるメーカー、ビアンキ社のクロスバイクである。
21速(3×7)か24速(3×8)なのかは、そのときは確認したのだが忘れてしまった。
シフター(変速操作器)は、シマノ(本社は大阪府堺市)のグリップ式シフター(「リボシフト」)である。

さて、日本でもどこでも見かけそうな2台だが、共通して、日本の自転車と違うところがある。
どこでしょうか?

気を持たせて申し訳ないが、解答は、明日分のブログに回すことにしよう。

連載(既出);
春象夏記・南イタリア紀行1(イタリアの洗濯物)
春象夏記・南イタリア紀行2(イタリアの道)

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本日の走行距離:40キロ[ルイガノクロス(築地往復等)]
今月の積算走行距離:623キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6966キロ
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2008.06.14 Sat
春象夏記・南イタリア紀行2(イタリアの道)
春象夏記・南イタリア紀行2(イタリアの道)

1789年のフランス革命の際に、蜂起した市民たちが国軍の砲列に対して、敷石を割って、それをば投石して応戦したことは有名である。
それ以来、例えば、パリ・コミューン(1871年)でも、都市の蜂起では、投石が市民の有力な応戦手段になった。
その欧州はパリ・コミューンの約100年後の、1968年6月(ほぼ明治100年に当たる)には、当時のアジアの最大都市である東京の御茶ノ水でも、学生たちがこの手段(敷石を砕いて作った投石)を用いて機動隊と戦った。
1968年の、いわゆる「カルチェラタン闘争」の模様を中央大学新聞(6月25日号)は以下のように伝えている。
「・・・学生側は竹やりと敷石をこわした投石で応戦したが、(機動隊によって)ジリジリと駿河台下に押された。・・・」。
これがため、学生紛争以後、御茶ノ水界隈では、歩道は敷石ではなくてアスファルトで固められることになったという。

DSC00834.jpg

(駿河台明大通り路上に散乱する投石・左に見える建物は今は無き明治大学記念館1968年頃の写真)

とは言え、現在の御茶ノ水駅西口を出たあたりは、今でも昔ながらの敷石が残っている。
敷石と言っても、30センチ四方の正方形の敷石ではなく、煉瓦ぐらいの大きさの御影石風の敷石である。

イタリアの都市の旧市街地の車道は、今でも、そのほとんどがこの御茶ノ水駅前のような敷石が敷きつめられている。
新市街や幹線道路は、もちろん、アスファルトであるが。

そんな敷石ないしは石畳の車道(下の写真参照)を車で走ると、とにかく乗り心地が悪い。
ゴトゴトと細かい振動が骨に伝わるようで、あれではタイヤの摩耗だって激しいに違いない。

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(ナポリ旧市街の石畳の車道。因みに、ナポリ市内のゴミ収集所はどこもこんな感じ。しかも、奥の路地のように左右びっしりと路駐の列ができている)

それに加えて、この写真のように、路駐が横行し、道の幅と付き方が数百年前と変わっていないので絶えず渋滞を引き起こしている。
路駐の原因は、パーキングの絶望的な不足と、たぶん、自動車を購入する際に日本のような車庫証明を必要としないから、駐車禁止地区にかかわらず野放図に車を路駐させてしまう。一列路駐は当たり前。場所によっては、2列あるいは3列路駐をしていて、中の車が道路に出るのはどう見ても不可能ではないかという事例も目撃した。

石畳と路駐と渋滞と信号無視と歩道に溢れるゴミ。
これが南イタリアの都市(特にナポリ)の悩ましい道路事情である。

従って、徒歩の人間様は、ゴミだらけの歩道をこそこそと歩くしかなく、しかも、青になっても車が止まってくれないので横断歩道もなかなか渡れない(しかも、横断歩道やセンターラインのペイントは殆ど消えかかっている)。

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(最右列の車はすべて路駐車・石畳の車道・そして渋滞。ナポリ)

こんな状況だから、自転車はとても走れたものではなく、南イタリアではほとんど自転車を見かけない。イタリアは、優れた自転車部品や自転車完成車を作ることにかけては世界でも屈指(カンパニョーロ社、コルナゴ社、ビアンキ社など)なのに、この道路事情が一般的な自転車の走行を許さないのである。
もちろん、過酷な登坂コースで有名な世界的なロードバイクレース、「ジロ・デ・イタリア」では、それなりのコース選択がなされているが。

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(アスファルト路と言えども油断はできない。突然、こんな「落とし穴」が現れる。走行中の自転車がはまれば死亡事故にもつながりかねない。パレルモ)

しかし、疋田智『自転車生活の愉しみ』(朝日文庫)のヨーロッパ自転車事情に関するレポートによると、石畳の車道や道幅の狭さは、オランダやドイツの古い都市の旧市街地でも同じであるが、オランダやドイツでは、旧市街地への車の進入を事実上禁止して、歩行者と自転車だけが快適に通行できるような方策が取られているという。南イタリアの都市部の道路状況改善にも、参考になると思われる。

さて、敷石(石畳)路の話に戻ろう。
以上のような劣悪な道路事情を強調してきたが、逆に言えば、古い街路をそのまま残そうとする意志の表れとも考えられる。
実に、この敷石道路は、古代ローマ以来の大伝統なのである。

古代ローマ人は、アルプス以北のガリア(現西ヨーロッパに相当)の地を征服するや、道路と劇場と浴場を拵えた。彼らが模範にした先輩のギリシア人に較べて、特に道路の建設には目を見張るものがあったという。彼らが作った道路というのが、この敷石路だったのである。

そのことは、紀元79年にベスビオ火山の噴火によって壊滅凍結されたポンペイの街路からも十分にうかがえる。とにかく、車道(と言っても馬車が通るのだが)は、ことごとく敷石が敷かれている。因みに、歩道は、江戸時代の街道と同様、土を固めた路面か、例は少なかったがタイル張りである。

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(車道には大きな石の敷石が敷かれている。歩道より20センチ程度低くなっているのは、車道が同時に下水路の役割をはたしていたため。水かさが多いときに道路を渡るための飛び石も見える)

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(写真ではよく分からないが、歩道の所々がタイル敷きになっている)

道路を敷設するということは、即ち、敷石路を作ることであり、これは日本の場合と大違いである。
無論、日本にも敷石路はあったのだが、それは城や神社仏閣などの限られた例だけで、有名な五街道と言えども、その殆どは土を固めた程度の道が多かった。

この理由は案外明白で、日本には馬車がなかったからである。
不思議なことだが、馬はたくさんいても、馬車が日本に現れるのは明治時代以降で、それも、欧米からの輸入である。
しかし、明治以降、馬車が普及し出すと、東京の街にも敷石道路ができはじめた(現在ではアスファルトに作り直されてしまいあまり残っていないが)。

この日本の例からも分かるように、敷石路というのは、「車両」通行のために発達した形式の道路である。
どうして車両が通行するために敷石路が必要かと言えば、それは、轍ができることによる路面の損壊を食い止めることではなかったか。
事実、ポンペイの街路の敷石の上にさえ、くっきりと馬車の轍が刻まれていた。
もし、土の道を頻繁に馬車が往来すれば、あっという間に深々と轍が刻まれてしまい、年がら年中、路面の補修作業をし続けなければならなくなるであろう。

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(多分に観光客向けだが、今でもパレルモの目抜き通りを走る馬車・アスファルト路)

こうして車両専用路として発達してきた石畳の道は、ナポリだけではなく、全ヨーロッパに普及することになったわけである。

しかし、ナポリに限らず、ヨーロッパの古都の旧市街地区は、今でも教会を初めとする歴史遺産的な建築物がひしめき合い、事実上、道路の拡幅工事が不可能な上に、古い教会の前広場がアスファルトでは美観を損ねてしまうだろうから、ある程度の渋滞や路駐(駐車場を作るスペースもない)には、目をつぶらなければならないという現実もあるかもしれない。

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(広場も石畳である)

イタリアのの道については、まだ書きたいことがあるが、次は項目を改めて「自転車」に焦点を当てつつ報告してみたい。

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(教会前広場に止められていた自転車。外装5速で、シフターは昔ながらのダウンチューブ装着式)

連載(既出);
春象夏記・南イタリア紀行1(イタリアの洗濯物)


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本日の走行距離:3キロ[ママチャリ変速なし(近所買い物等)]
今月の積算走行距離:583キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6926キロ
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2008.06.13 Fri
春象夏記・南イタリア紀行1(イタリアの洗濯物)
5時起床。
快晴。

春象夏記・南イタリア紀行1(イタリアの洗濯物)

南イタリアの旅に行って、非常に印象的だったのは洗濯物の干し方。
狭い路地などでは、建物と建物の間に洗濯ヒモを渡して、そこにシャツやらジーパンやらが万国旗よろしく干されている。
そんな光景を写真などで見たことのある人も多いと思う。

今回、それをつぶさに観察して、どういう仕掛けになっているか分かって感心した。
あの洗濯ヒモは、厳密に言うと(いや、厳密に言わなくてもそうなのであるが)、ループ状になっていて、両端に滑車が付いており、ヒモをたぐり寄せたりすることができる構造なのである。
以前から、あの洗濯物ヒモの中央部にシャツなど干すにはどうしたらいいのか不思議に思っていたので、これで長年の謎が解けたわけである。

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(遠景に洗濯物あり)

それにしても、どうして通りを渡すようにしてヒモを張るのか。
その理由は簡単で、狭い路地のアパートには、洗濯物を干すような広いスペースのベランダがないからである。

それでは、十分広いベランダのある家屋ではどうかというと、さすがに洗濯ヒモを道路に渡してあるような家は少ないが、日本と違うのは、必ず洗濯ヒモを使っていて、決して物干し竿を使わないという点である。
物干し竿がない?そんな馬鹿な!と思いつつ、バスの車窓から、そして街を歩くときも、とにかくベランダの洗濯物が気になって仕方なかった。
まあ、だいたい千軒ぐらいの家のベランダや庭先を見たと思うけど、結局、物干し竿は一本も目撃することはできなかったのだ!

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(ベランダに干している例・見えにくいがこれも洗濯ヒモを使っている)

洗濯ヒモは、もちろん、日本にもある。
現に、私が東京に出てきた時に住んでいた4畳半のアパートでは、ビニール製の洗濯ヒモを使っていた。
今でも、100円ショップやホームセンターで売られている。
しかし、私が学生時代洗濯ヒモを使っていたのは、物干し竿よりも安かったし、物干し竿をかける場所がなかったりしたからで、物干し竿を使えるような生活に、当時は憧れていたものである。

イタリア旅行中、一緒に旅をした人たち(もちろん日本人)にも、その疑問をぶつけてみたが、みんな、「そうね、なんでなんだろうね、物干し竿使えばいいのに」と首をかしげるばかり。
思い切って、バスの運ちゃんのロベルト(シチリア出身)にWhy don't you Itarian people hang the washing on some bars?(どうして物干し竿に干さないのか?・この通り言ったかどうかは覚えていない)と聞いてみたが、私の英語が不十分だったのか、あるいは、質問の意味が不明だったのか、肩をすくめるだけだった。

そして、つい最近、その謎の一端が解けたような気がしたのだ。

銚子からの帰り道、佐倉のあたりを走っているとき、非常に立派な竹林が風にそよいでサワサワと涼しげな音を立てていた。
それを見て、そうか、竹だよ、イタリアには竹がないからじゃないかなと閃いた。

実は、イタリア旅行中、イタリアに竹がないことが途中から気になりだしていた。
南イタリアで、一番多い樹は、何と言ってもオリーブ、その後の順番は分からないが、レモン、オレンジ、アーモンド、松、糸杉、棕櫚、イチジク、結構多くてびっくりしたのが外来種のビワ(中国南西部原産)、ゴム(中南米原産?)の樹、そうそう、梅(中国原産)も見つけた。
ところが、南九州ぐらい温暖な地なのに、竹がないのである。

オリーブ(カプリ島)
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レモン(シチリア)
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アーモンド(シチリア)
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ビワ(ポンペイ)・背後にあるのは赤松
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ゴム(ポンペイ)
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梅(シチリア)
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オレンジ(シチリア)
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竹は、日本列島では、青森ぐらいが北限で、それ以南ならどこにでもある見慣れた存在であるが、南イタリアにはそれがない。
その理由は、ずばり、降水量の少なさだと思う(あるいは、表土の薄さ)。

たぶん、物干し竿には持ってこいの、軽量強靱で加工しやすい竹が簡単に手に入ってこそ、物干し竿文化が成立しうるのだと思う。
もちろん、現在では、竹製ではなく、スチール製の物干し竿が多くなってきているかもしれないけれど、それはあくまでも、竹の代替物として使っているわけで、竹の物干し竿なくしては成立しようもないものだったはずである(因みに、竹はイネ科の植物である)。

物干し竿が成立すればこそ、副産物として、そこに架ける洗濯ばさみの付いた干し器も発達する。
イタリアでは、この洗濯ばさみの付いた干し器も見かけなかった。

以上は、私の推論である。
この推論が正しければ、物干し竿文化は竹文化圏にこそ成立しうることになるが、さあ、果たしてどうだろうか。

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(日本の竹林・茨城県牛久で撮影)

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本日の走行距離:3キロ[ママチャリ変速なし(近所買い物)]
今月の積算走行距離:580キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6923キロ
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2008.06.12 Thu
雨だった
7時起床。
雨後」曇り。

朝から雨だった。

思うところがあって、本日を以て、趣味としての自転車を予想できない期日まで、凍結します。

今後は、電車賃節約に資するための道具としてのみに、自転車の利用を限定することにします。

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本日の走行距離:2キロ[ママチャリ変速なし(金町駅往復)]
今月の積算走行距離:577キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6920キロ
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2008.06.11 Wed
奥の細道の旅(草加編)
5時半起床。
曇り時々晴れ。

今日は休みなので、元気に早起き。

起きると同時に、一昨日行き損なった草加に行こうと決めた。
ざっと地図を見て、江戸川サイクリングロード右岸を遡り、流山橋で一般道に降りて西進というルートでいくことに。
まず、花菖蒲の咲き具合を確かめに水元公園に寄ってみる。
週末に較べると、大分、咲いていて、人もたくさん出ていた。

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流山橋を渡ってしばらくして道を確認しようとすると、何と、地図を持ってくるのを忘れてしまった。
大まかな経路は地図上で確かめてはきたが、どうせ、途中で地図を見ればよいと思っていたので、頭に叩き込んで来なかったのである。

まあ、慌てても仕方がないので、先ずは腹ごしらえということにして、あちこち走り回りながらうまそうな店を物色するが、工場ばかりが並んでいる一帯でなかなか見つからない。
しかし、とある工場の前に、地元と馴染んでる弁当屋を発見。

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「九州弁当・6月中限定・500円」と出ているので即決、それを注文。
注文してから他の品書きなどを眺めて、へぇーずいぶんいろんな弁当があるもんだと感心していると、いきなり、「九州弁当、お待たせ致しました!」の声。
なにせ、まだ、20秒ぐらいしかたってないのでまさか自分の分だとは思っていなかったが、なんと私の弁当がもう出来上がったのだった。
すごく早いなあ!
しかも、カップに入った味噌汁付きである。

味噌汁が付いてきたのは、すご~く嬉しいのだが、リュックに入れられないので、すご~く困った。

急にトーンが変わります。

その後、弁当を食べた小さな公園。

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やっと到着した草加駅。

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旧日光街道・草加宿アラカルト。

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芭蕉は、草加については、次のように記している(草加)。
「もし生きて帰らばと、定めなき頼みの末をかけ、その日やうやう早加(草加)といふ宿にたどり着きにけり。痩骨の肩にかゝれる物先くるしむ」。
文中の「ようよう」は、「春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは・・・」の「ようよう(次第に)」の意味とは違って、「やっとのことで」という意味だろうから、かなり苦労して歩き着いたようだ。しかも、旅に必要な荷物の重さにも苦しんだ様子である。
千住を早朝に出たであろうから、草加までの10キロ弱の行程をおそらく3時間ぐらいかけて歩いたものと想像できるので、まだ、草加到着は昼前であったろう。
無論その日の芭蕉は、草加で一休みしただけで、粕壁(春日部)まで歩き通して一泊したのである。

生きていることを、まさに全身全霊で感ずる、筆舌に尽くせぬほど有意義な一日だった。

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本日の走行距離:51キロ[フジのAbsolute3.0(草加往復)]
今月の積算走行距離:575キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6918キロ
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2008.06.10 Tue
新チェーン装着後の乗り味
7時起床。
晴れ。

さっそく新しいチェーンを付けたフジのAbsolute3.0の試し乗りを兼ねて、通勤に使ってみよう。
洗濯をして、朝食(ヨーグルト・ビワ・Gドリンク)を食べて、出発。

うん、チェーンホイールの回転も、後スプロケットの回転も、確かにやや滑らか且つ軽快になった。
いろんな変速パターン(ギアの組み合わせ)を試しながら走ってみる。
前変速機の調整はばっちりだが、後変速機は、ロー側に変速するときにややもたつくような感覚なので、ワイヤーの張りを若干強めにする。
これでほぼ完璧になった。
これまでは、「カシャッッッ」ぐらいだった変速感覚が「カシャッ」ぐらいになり(小さな「ッ」が二つ分減った感じ)、快適至極の快感一杯。
気持ちよく駿河台まで走るが、暑くてかなり汗をかいた。

やはり、自転車のような駆動機械は、メンテが大切なのだと思った。
面倒だけどね。

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(新しいチェーンを付けてさっぱりして喜んでるAbsolute3.0)

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本日の走行距離:34キロ[フジのAbsolute3.0(駿河台往復)]
今月の積算走行距離:524キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6867キロ
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2008.06.09 Mon
チェーンの交換
7時起床。
雨時々曇り。

予報通り、朝から雨。

しかし、すぐに雨が上がったので、今のうちだと思って、ルイガノTR8で出かける。
昨日は、深川から千住まで走ったので、今日は草加(宿)まで行ってみようと思ったのである。

所用を済ませ、江戸川土手サイクリングロード左岸に出て、松戸のコンビニで弁当を買い込んでさて出発と店を出ると、無情の雨(流山から草加を目指すつもりだった)。
仕方ないのでそのまま引き返し、自宅で弁当を食べた。

たまった仕事に取りかかるが捗らない。

そうだ、フジのAbsolute3.0の変速がややもたついていたことを思い出す。
理由は分かっていた。
ワイヤーの調整ではなく、チェーンが伸びてきているからだ。
まだ3千キロしか走っていないが、少し前からチェーンの伸びを感じていた。
ここはひとつチェーンの交換をしてしまおう。

チェーンはタイヤやチューブに次いで消耗品なので、以前に買っておいた。

フジのAbsolute3.0は、後輪変速が8速(アリビオ)なので、シマノCN-HG50(6・7・8速用)を購入。



また、チェーンを交換するためには、古いチェーンを切って、新しいのを取り付けるための工具として、チェーンカッターが必要なので、それもあらかじめ買っておいた。



まず、チェーンカッターで古いチェーンを切断。
せっかくなので、リアディレーラー(後輪変速機)にパーツクリーナーを吹きかけて掃除。
ものすごい量の砂が油に混じってしたたり落ちた。
ついでにリアスプロケット(後輪ギアセット)も綺麗にした。

石油の香りのする新しいチェーンを装着するも、プーリーに通し忘れて、リアディレーラーのプーリーホルダーを分解する羽目に。
ドジな自分に腹を立てる。
何とか取り付けて、変速調整と注油もした。
なんだかんだで2時間かかって、何とか終了。

両手の平は、油でゴリラの手のようになってしまった。

さて、明日は新しいチェーンを付けたフジのAbsolute3.0の試乗をしてみよう。

*正しいチェーンの張り方については、以下を参照。
http://www.geocities.jp/bikemaking/bike-build/chain/chain.html

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二日間の走行距離:11キロ[ルイガノクロス(水元江戸川周遊)・ママチャリ変速なし(近所買い物)]
今月の積算走行距離:490キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6833キロ
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2008.06.08 Sun
水元菖蒲園+深川異聞(奥の細道をゆく・深川編)
9時起床。
曇り時々晴れ。

二日間、思う存分走ったせいか、煙草を吸いたいという気持ちが少ない。

呑ちゃんが寝ているうちに一汗流そうと、ルイガノLGS-TR8を引っ張り出して、水元公園に繰り出す。
葛飾菖蒲祭の期間中とあり、朝からかなりの人出である。
水元公園の花菖蒲は、去年の同じ時期と較べて、やや遅いようである。
例年より、1週間ほど遅れているような気がする。

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呑ちゃんが目を覚ます頃だと見計らって帰宅。
今度は、「ちゃんと!」ビールとお茶を持参して、二人で水元公園へ。
出店で、焼きトウモロコシ、お稲荷さん、アジアン餃子などを買い込んで、花菖蒲畑の畔に座り込んで乾杯!

お腹もまずまずふくらんだので、園内を散策。
毎年この時期には陶器市も開かれるので、冷やかしに向かう。

そして、毎年陶器市の隣には、仮設テントの飲み屋が並び立つことになっているので、「仕方なく」去年も来た店に入る。
去年も注文した八丈島の焼酎を所望。
つまみは、青トウガラシ味噌のモロキュウ。
じわっとしみわたる焼酎に、ぴりりと辛い味噌。
格別である。

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そうこうするうちに、向こうから、四ツ木のYさんたちがやって来る姿が見えた。
いやはや、偶然にしてはできすぎているが、何故か全然不思議には感じなかった。
サーターアンダーギーを食しながらしばし歓談。

散歩から帰ると、呑ちゃんは昼寝に勤(いそ)しみだした。
3時過ぎで、ちょっと中途半端だったが、夕食前の運動に深川まで走ってみようかと思い立って出発。

そう、夏の「奥の細道」ツーリングに向けて、夏までに、一応、深川から日光までは走っておきたいと思っていたのでちょうどよい。

フジのクロスバイクに飛び乗って、深川へまっしぐらぁ~。

先ずは、芭蕉記念館へ。
芭蕉の木がちゃんと植わっている。
以前に入ったことがあるので、正面と庭だけを見る。

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次は、芭蕉庵近くの萬年橋。

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そして、芭蕉庵にほど近い芭蕉稲荷神社

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芭蕉庵史跡展望庭園の上がり口の隣りの二階建て木造住宅を改装したギャラリーがあった。
入口からのぞき込んでいると、トムクルーズのような風貌をした青年が出てきて、「どうぞ、お入り下さい」と完璧な日本語で話しかけてきた。
その青年も自転車乗りで、二人でしばらく自転車の話に熱中する。
やっぱり、ロードバイクが欲しいという同じ結論に達する。

そのギャラリーだが、彼のお母さんが趣味でやっているそうで、是非、見ていってくれとのこと。
そんな話をしている最中、彼の母親がギャラリーから出てきた。
非常に気品のある美しい人で、日本語も流暢である。

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彼女の案内で、藍染めのコレクションを拝見。
江戸末期および明治時代の物が多いようだ。
大変に意気投合して、いつか、水元公園を案内したいと思う。

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再会を約して、ギャラリーをあとにして、清澄通りから墨堤通りを抜けて、千住まで走って、堀切橋を渡って帰ってきた。

途中、横綱神社、勝海舟像、榎本武揚像などを見た。

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(何故、ここに榎本武揚像があるのか、私は知らない)

これをもって、奥の細道(深川編)とする。
千住については、改めて訪れることにしよう。

夜、DVDで、シチリアを舞台にしたイタリア映画『マレーナ』を見る。
いいなぁ~、この映画。
ある意味で、マリア信仰の万華鏡だ。
イタリア人にしか作れない映画かも。



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本日の走行距離:47キロ[ルイガノクロス(朝練)・ママチャリ変速なし(水元公園)・フジクロスバイク(深川)]
今月の積算走行距離:479キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6822キロ
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2008.06.07 Sat
銚子一泊ツーリング(水元~潮来~銚子/銚子~芝山古墳・はにわ博物館~水元)
銚子一泊ツーリング(水元~潮来~銚子/銚子~芝山古墳・はにわ博物館~水元)

6月6日(金)

6時起床。
曇り後晴れ。

7時過ぎに、呑ちゃんに見送られて出発。
ちょっと前まで雨が降っていたので路面が濡れている。
路面が乾くまではゆっくりと走ろうと思っていたのだが、464号に入ったあたりからつい調子に乗って飛ばしてしまう。
おまけに、曲がるべき所を曲がらずに、道を間違え5キロほど無駄な走行を強いられる。
さらに悪いことに、雨が落ちてくる(カッパを着るほどではなかったが)。

木下街道(県道59号市川印西線)を北進して利根川に出る頃には雨もあがって空気も乾いてきた。
一番嫌な市街地を走り抜けてきた後だけに、銚子まで遙かに続く大河を見て嬉しくなる。
利根川右岸のサイクリングロードをひた走る。

長豊橋で利根川を渡り茨城県側へ。
利根川サイクリングロード左岸を走る。
去年の年末、歩道のないこの橋を渡った時にはダンプカーに追い立てられるように渡ったが、今回はクロスバイクなので、多少の余裕があった。

利根川サイクリングロード左岸の風景は、この上なくのんびりとしている。
左手は一面の水田、右手は利根川と、牛が放牧されている河川敷。
かすかな南西の風に押されるようにひたすら東進。

水郷大橋のところで土手を降りる(51号)。
最初は町並みも多少見えるが、しばらく走ると見渡す限りの水田である。
しかも、始終、堆肥の臭いが漂ってくる。
この堆肥の臭い、何かに似ているなあとは思ってはいたが、なかなかその何かを思い出せなかったが、潮来の近くで突然思いついた。
くさやの臭いである(因みに、くさやは私の大好物)。

霞ヶ浦から流れ出る常陸利根川(北利根川)にかかったかわいらしい橋(潮来大橋)を渡ると、いかにも水郷風な造りの料理屋が現れ、そこかしこから砂糖醤油の焦げるいい香り。
そう、鰻屋の臭いである。
水郷の観光地には鰻屋が付きものではあるが、あんまりに判で押したようにやられると、かえってうんざりした気分になる。
鰻は大好物だが、今日は、鰻だけは止めておこうと決意する。

潮来観光の中心地に到着。
舟乗り場と花菖蒲園とそこに架かる太鼓橋。

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何だか「作り込みすぎ」ている感じかなあ。
川下りの船もエンジン仕掛けだし、川が真一文字で、どうも風情を感じない。

不平不満ばかり言っていても始まらないので、先ずは、腹ごしらえ。
観光客が足を向けないような通りを少し走ると、なかなか地元と溶け込んだような弁当屋が一軒。

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(店先に洗濯物が干してあるのが気に入った)

「早いのはなんですか?」
「焼肉弁当です」
「では、それを」

作り込みすぎた観光地性よりも、ぶっきらぼうな地元性のがどれだけ救われることか。

その弁当(550円)をば、菖蒲の花畑の前のベンチで食べた。
空腹なのですごくうまかったが、味もぶっきらぼうだった。

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(サービスのつもりかもしれないが、野菜がないぞー)

常陸利根川沿いに走ってみる。
本利根川よりも流れが緩く、牧歌的な感じである。

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(左ハンドルに結わえ付けてあるのは、空の弁当。ゴミ箱がなかったので、5キロほどこの状態で走り、途中のコンビニのゴミ箱に捨てた)

突然、川沿い土手に「茨城県トライアスロン発祥の地」の石碑が現れてびっくりする。
しかも、「トライアスロンパーク」の石柱も建っている。
どこが「パーク」なのか、その四方を見渡すもそれらしき物はない。
そうなのだ、この石碑が立っている2坪ほどのその一角が「パーク」だったのである。

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向かい風を押して、本利根川に戻り、また単調なサイクリングロードを走り始める。
土手の上を走るロードには何もなく、休憩の時は自転車を立てかける所もないので、こんな風に寝かせるしかないのである。

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小見川大橋で、千葉県側に渡る。
ここからの利根川サイクリングロード右岸も、実に単調である。
サイクリングロードと平行して通る建設中の一般道は、私ひとりしか走っていなかった。
道路のど真ん中に自転車を寝かせて、私も大の字になって青い空を雲が通り過ぎるのをしばらく見ていた。

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川の反対側は、泣きたくなるほどどこまでも広がる一面の水田である。
突然、大声で「わおぉ~」と叫んでみたりする。

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途中、バードウォッチングのサイトで休憩。
葦原の中から、無数の野鳥の鳴き声がしていた。

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こうして、利根川サイクリングロードを最後まで走って、一般道に乗って銚子に到着。
お袋が天ぷらをどっさり拵えて待っていてくれた。
天ぷらと初鰹でビール、言うことなし。

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(謎の鳥居)

6月7日(土)
6時半起床。
晴れ時々曇り。

宝満寺に墓参り。
ついでに、銚子商業高校のあたりを散歩。
このあたりは、子どもの頃、よくカブトムシを捕りにきたところだが、森林が減ってしまい、今では捕れないだろうな。

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(お袋が15年間育ててきたアマリリスが今年も咲きました)

朝食を済ませて、8時頃出発。

昨日の往路は、利根川沿いの低地を走ってきたので、帰路は野山を辿るルートを行くことにする。
ただ、詳しいことは行き当たりばったりに決めることにして、とにかく126号を進み、佐倉あたりを抜けるルートを取るということだけを大まかに決めて走り出す。

126号はかなりきついアップダウンが続くが、最近、だんだん坂が好きになってきた。
適正な歯数に変速して登ったり降りたりするのが、何だか楽しい。

飯岡バイパスに入る手前に、隠れた名所、飯岡刑部岬灯台(地元での通称は「飯岡灯台」)がある。
屏風ヶ浦から九十九里浜までの太平洋の海岸線が一望できる素晴らしいビューポイントで、一度行かれることをお薦めしたい。
ただ、126号から上がっていくその道は、超急峻で、今回は素通りした。
前回銚子に行ったとき(08年3月下旬)にはその激坂に挑戦したが、フロント30T×リア32Tまでギアを落としてやっと登ったものである。
*自転車外装変速の仕組みについては、http://www.geocities.jp/jitensha_tanken/variable_speed.htmlを参照のこと。
そのときの写真(携帯画像)が残っているのでここに掲載しておこう。

080323_0752~02


126号線の飯岡バイパスは、広々とした幹線道路で、ここを走れば早いわけだが、なんだか面白くなくて、名もなき裏道に滑り込んだ。
その後、県71号(銚子旭線)→県104号(八日市場井戸野旭線)と抜けて(この両線は走りやすい)、再度、126号と合流。
しばらく126号を走って(南西進)、県45号(八日市場八街線)に入る。
この県45号(八日市場八街線)は、素晴らしい田園風景の中を、適度なアップダウンをともないながらのびる道で、前回もここを通って大変に気に入ったところ。
ここを走っていると、北総が肥沃な土地を擁する大農業地帯であることがよく分かる。
豊饒を感じさせる堆肥の臭いと豊富な水と豊かな山・・・。
銚子から佐倉方面に抜けるのに重宝な路線である。

県45号の沿線には、また、前回見逃した芝山古墳・はにわ博物館がある。
今日は是非そこに寄っていこうと思う。

県45号から急坂を登り詰めたところにそれはあった。
芝山公園に隣接しているというか、公園内にあると言った方がいいかもしれない。
暑いし、坂を登った後なのでぜいぜいいいながら入館(入館料は200円)。

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このあたり(千葉県山武郡芝山)は非常に古墳がたくさんある一帯なので、こうしたはにわ博物館なる物が成立しうる。
これもやはり、豊かな実りと行き届いた水運の整備によるものであろう。

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はにわ博物館の客は、土曜だというのに、私ひとりだけ。
大阪の知事だったら廃止を訴えるだろうが、文化には、「無駄」が必要である。
悠々とした博物館の有り様を多としたい。

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(はにわなどから推定された古墳時代の男女)

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(古墳時代の働くお父さん)

博物館を見終わったので、途中でコンビニで買い込んでおいたサンドイッチ等を公園で食べる。
かなり広々とした公園だが、隣接する野球場からは人の気配がするものの、ずっと私ひとりだけ。

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(早めの昼食はサンドイッチ・豆乳・ビスケット。だが、結局腹が減って、佐倉でラーメンを食べる羽目に)

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(芝山公園内の江戸中期の復元農家)

その後、佐倉に至る道を間違えてかなり迷走したが、無事、17時頃水元に到着。

シャワーを浴びると、かなり日焼けをしたのか、腕や首がひりひり。
しかも、軽い日射病にかかっていたのか、夜遅くまで喉が渇いて仕方なかった。

(この項、完)
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二日間の走行距離:259キロ[一日目:135キロ・二日目:124キロ・フジクロスバイク]
今月の積算走行距離:432キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6775キロ
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2008.06.06 Fri
潮来経由で銚子に行って参ります
6時起床。
曇り。

おはようございます。
これから銚子に向けて出発します。

煙草が吸えずに貧庵で悶々としているよりは、初夏の青空の下、山河をがむしゃらに走りまわっていた方が心身ともに健全というものである。

今回は、フジのクロスバイクABSOLUTE3.0に乗って行きます。
パンクに強い28ミリの太いタイヤと標準装備の36本組のホイールに換装。
ちょっと暑くなることが予想されるので、水(お茶)は、900ミリペットボトルを携帯(いつもは500ミリ)。
一応、まさかの時のことに備えて、輪行袋と100円ショップの雨具も。
携行食は、ビスケット等(途中、松戸の99ショップで、大好物のお稲荷さんや豆乳コーヒーを買い込む予定)。

パンクに強い28ミリの太いタイヤというのは、定評のあるパナレーサー・ツーキニスト 700x28cのホワイト(なるべく車から目立つため)。
23Cに較べると走りは重いですが、何せ、パンクの心配が少ない分、思い切って走れる(かな)。



ついでに、私の使っている輪行袋はこれ(オーストリッチ ロード220)です。
八王子に行った帰りに一度使っただけですが、たたむと小型で軽量なのが有り難い。
リアエンド保護金具も標準で付いてくる。



本日は、銚子泊です。
だいたい以下のようなルートを辿る予定ですが、途中で気が変わるかも。
また、潮来巡りをしたりするので、130キロぐらいの走行距離になるような気がします。

途中で、呑ちゃんを通じて、画像掲示板あたりに経過報告をするかも。

では、行って参ります!

水元から潮来の大まかなルート(約79キロ)

実際は、以下の道を行く予定。
水元公園桜土手→江戸川サイクリングロード右岸→葛飾橋→6号→まてばしい通り→さくら通り→464号→木下街道(県59号・北西進)→利根川サイクリングロード右岸→長豊橋渡り茨城県側へ→利根川サイクリングロード左岸→県101号→潮来大橋→潮来

潮来から銚子の大まかなルート(約36キロ)

実際は、以下の道を行く予定。
潮来→利根川サイクリングロード左岸→小見川大橋渡り千葉県側に→利根川サイクリングロード右岸→356号→銚子

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2008.06.05 Thu
明日から銚子へ
7時起床。
雨時々曇り。

親父の命日と、お袋にイタリアの土産を渡すため、明日から一泊か二泊で銚子に行って参ります。
余裕があれば、途中、花菖蒲が盛りの潮来あたりに寄り道したいと思っておりますが、気が変わるかもしれません。
九十九里浜も走ってみたいし・・・。

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本日の走行距離:8キロ[松戸駅往復+近所の用足し・ママチャリ変速なし]
今月の積算走行距離:173キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6516キロ
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2008.06.04 Wed
自転車文化センターにゆく
8時半起床。
曇り後晴れ。

せっかく天気が良いのに、不覚にも寝坊してしまった。
いそいそと洗濯をして、宅急便の荷物(ユニクロのスポーツウェア)を受け取って、駿河台へ出かける。

職場で用事を済ませるとまだ13時だった。

今日は、かねてより一度は行ってみたかった、北の丸公園内にある「自転車文化センター」(科学技術館内)に足を延ばしてみよう。
この日のために、以前から割引券を財布に忍ばせておいたのだし。

駿河台から北の丸公園(九段)までは、靖国通りを西進し九段坂を登ればよくて、たった5分ぐらいで着いてしまう。

田安門から旧江戸城内に入る。
自転車で江戸城に「入城」するのは初めてである。
武道館を左に見ながら、奥深き城内の緑の杜に入っていく。
新緑の木漏れ日が気持ちよい。

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「自転車文化センター」のある科学技術館前には、修学旅行中だろうか、中学生が集合していた。

割引券を出して入館(100円割引の500円)。
さっそく、2階ににある「自転車文化センター」に上がると、中学生の嬌声が響いている。
あまり、スペースは広くないが、以下の3室からなる。

・実物展示で自転車の歴史を説明する部屋(「自転車広場」)
・資料等が展示閲覧できる部屋(「情報室」)
・自転車の原理を模擬的な装置で体験する部屋(「北の丸サイクル」)

「自転車広場」には、自転車の初期モデルから最新式の物までがずらっと展示してある。
有名な「オーディナリー自転車」から最近のロードバイクやマウンテンバイクまで。

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最初期の木製自転車。
まだペダルもチェーンもなくて、地面を足で蹴って走っていたのだ。
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明治時代頃流行したオーディナリー自転車。
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そして、最新式の自転車。
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変速機系のユニットは、もちろん、シマノの最高峰「デュラエース」(但し、ちょっと前の9速モデル)。
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隣の「北の丸サイクル」の部屋に行ってみると、修学旅行の中学生たちが犇(ひし)めいていた。
可動展示物は、中学生の占領するところとなっており、まさにゲームセンターか花屋敷と化していた。
その光景が可笑しくて、写真を撮っていたら、「どうして写真撮ってるのぉ~?」と聞かれたので、「いやね、とっても楽しそうだからさ」。

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そうこうするうちに、空腹を覚える。
そう言えば、昼飯がまだだった。
そうだ、九段には美味しくて有名なラーメン屋「斑鳩」があることを思い出したが、面倒くさいので科学技術館の地下にあるレストランで醤油ラーメン(500円)を啜った。

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科学技術館の自転車以外の展示室もささっと見学して、外に出ると、眩しいほどの陽光が降り注いでいた。

北の丸公園を出て、内堀を時計回りに走っていく。
平川門の所に出たので、中に入ろうと門の前まで乗り付けると、「自転車は乗り入れ禁止」だという(なぜだっ!)。
仕方がないので、前で写真を撮る。

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さらに堀沿いに進んで、大手側の大広場に出る。
このあたりに来るといつも感じるのだが、戦国時代以来発展してきた築城術が、この江戸城に至って見事に完成しているものだと。

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帰りは、竹橋から白山通り→靖国通り→日光街道→蔵前橋通り→水戸街道を時速30キロ以上で爆走したら、途中で疲れてしまって喉も渇いたので、隅田公園で休憩(だらしない)。

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(隅田川と言問橋)

気持ちよく走れた一日だった。

夕飯は、刺身コンニャクと冷やし中華。

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本日の走行距離:46キロ[江戸城往復・フジクロスバイク+近所買い物ママチャリ変速なし]
今月の積算走行距離:165キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6508キロ
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2008.06.03 Tue
やっぱり疲れる+自転車関係書籍
8時起床。
雨。

ママチャリでの雨天走行は、やっぱり疲れる。

ところで、以前、自転車関係書籍ベスト5の項を書いたとき、最後の一冊だけ保留にしておいたが、その一冊が思い浮かんだので、書き留めておこう。
丹羽隆志著『自転車トラブル解決ブック』(山と渓谷社)。
本書の帯には、「自転車のあらゆるトラブルをこれ1冊で解決!」とある。



いわゆるお題目を書いた本ではなく、完全にテクニカルなトラブルシューティングを写真付きで解説した本である。
半年ほど前、この本を購入した当時は、かなり専門的でマニアックな内容だと感じて、パンクの修理のところ以外は自分とは無縁であると思いこんでいたが、その後、自転車を整備したり、部品を交換したりする際に実地に参照にしているうちに、いつの間にか身近な愛読書になって、ちょっと長めのサイクリングに出かけるときは、まさかの時のために携帯するようにもなった。

本書のサイズは小型。いわゆる新書版で、カバーがビニールなので野外での使用にも耐えるわけである。
マウンテンバイクの例が多いが、ロードバイクやママチャリにも共通した部分も多く、輪行やダイエット効果についても言及され、薄く広い項目もカバーしている。
自分としては、今では、ほぼ本書の内容をマスターできたと思っているが、やったことのない作業の前には必ず読み返すことにしている。
優れたマニュアル本(指南書)というのは、何回読んでも新しい発見があるものである。

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本日の走行距離:35キロ[駿河台往復+近所用足し・ママチャリ内装3段]
今月の積算走行距離:120キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6463キロ
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2008.06.02 Mon
白日夢の中で
8時起床。
曇り。

床屋「QB House」(金町駅前店)に行く。
いわゆる、1000円ヘヤーカットの床屋さんで、2年ぐらい前から利用している。
腕前の善し悪しなぞ、週に一回ぐらいしか鏡を見ない私には分からない。
最初に行ったときにはびっくりした。
散髪の後、掃除機のホースのような物で頭をガーっとぐりぐりして、切った髪を吸い込んでしまう。
今日は、店の機能的なレイアウトにも感心する。
普通の床屋に行けば、4000円ぐらいするだろうか。
かなりお得な感じだが、なんとなく、自分の頭が「工業製品」になったような気がする。

その後、買い物などを済ませ、矢切(千葉県松戸市)方面に出向く。

野菊の墓の文学碑などを見る。

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文学碑を守っていたのは、茶虎の猫だった。

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高台からは、江戸川流域が一望。

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煙草のない生活は、まるで、朦朧たる意識のなかで白日夢を見ているような気分で、知的な活動がほとんどできない。

明日は雨のようである・・・。

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本日の走行距離:30キロ[矢切周遊など・ルイガノクロスバイク]
今月の積算走行距離:85キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6428キロ
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2008.06.01 Sun
禁煙初日
8時起床。
晴れ。

今日から禁煙である。
でも、最後の一箱に一本だけ残っていたので、もったいないので、朝、ベランダでコーヒーを飲みながら吸う。
これが最後である。

久しぶりに天気がよいので、さっそく自転車(フジのクロスバイク)で出かける。
三郷方面を中川沿いに走って、江戸川土手を帰ってくる。
途中、河川敷でラグビーの練習試合をやっている(高校生)。
結構うまいので面白い。
呑ちゃんから、「起きたよー」のメールが来たので帰る。

天気がよいので、水元公園ウォーキング→外食(回転寿司「うおまる」)→ホームセンターというコース。

初夏の水元公園は素晴らしかった。

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(薔薇が咲いた・・・)

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(睡蓮も咲いた)

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(呑ちゃんの笑顔も咲いた)

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(バードサンクチュアリ)

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(なぜか葛飾区消防団の訓練もしていて・・・)

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(こういった機材も用意してあって・・・)

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(女性消防団員の制服も展示してあった)

バジルの苗を買い込んできた呑ちゃん、またしても張り切って「農作業」をする。

私は、じっとしていると煙草が欲しくなるので、またしても自転車で出かける。
反時計回りに葛飾区をほぼ一周。

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(本日三回目の水元公園では、子猫が熱心に乳を飲んでいた)

夕食後、また煙草が吸いたくなったので、自転車で水元公園を一周。

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(本日4回目の、夜の水元公園)

煙草を我慢すると、思考能力が著しく低下するが、自転車に乗ると煙草を回避できることが分かった。
体力もつくし、夏のツーリングに向けた訓練としては、いささか効果的である。

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本日の走行距離:55キロ[水元公園周遊などフジクロスバイク・ルイガノクロスバイク・ママチャリ内装3段]
今月の積算走行距離:55キロ
昨年11月以降の積算走行距離:6398キロ
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