日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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断腸亭髭爺です。
自転車関係の日記が多いです。
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2007.11.30 Fri
ママチャリ小改造
今日も曇天。
寒空からは、雨も落ちてきた。

昼過ぎに、雨が上がってやや明るくなったので、自転車で、三郷公園に出かける。
どんよりとした雲の下、公園には人出も少なく、森も水辺も、ひっそりと休眠しているようである。
071130_1324~01.jpg

水元界隈の里でも、今週あたりは紅葉の真っ盛りかもしれない。
071130_1325~01.jpg

鴨の大群が水辺を歩き回っている。
071130_1314~01.jpg

三郷の大型100円ショップ店まで行って、眼鏡レンチを購入。

店を出ると、雨が落ちてきたので、急いで帰路に着く。
途中、これまた大急ぎで、夕食の食材を買って帰る。

12月に自転車で銚子に行くため、ママチャリを少しく改造することを計画。
改造と言っても、お金をかけずに、少しでも長距離走行に適した自転車にするというだけのこと。
施すべき改造は、以下の2点。
実は、レンチを買いにいったのもそのため。

1.サドルの留め金を逆に取り付けて、位置を3センチほど後に下げる。
2.後の荷台と、荷台下のプラスチックのガードをはずす。

1は、簡単ですぐに完了。これによって、長距離を走行しても多少、疲労が軽減されるはず。
2は、先日、やろうとしたら、家にあるモンキーレンチでは、他の部品に引っかかって、うまく回せないことがわかり、眼鏡レンチ(13/15ミリ・100円)で挑んでみたら、あっさりとボルトははずれてうまくいった。これによって、1100グラム、車体が軽量化したわけだ。近距離移動なら、1キログラムぐらいそう変わるものではないだろうが、100キロ以上を移動するとなれば、その差は大きい。荷台は、必要になったら、また、装着すればよい。

しかし、逆に言えば、軽量化はここまで。
カゴをはずしてしまうと不便だし、スタンドを片側タイプに変えるには、お金がかかる(まあ、500円くらいだけど)。

残された道は、ただひたすら、体力を鍛えるのみ・・・。
自転車

(改造された自転車)
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本日の走行距離:8キロ(三郷公園周回)
今月の積算走行距離:467キロ
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朝食:コーヒー+野菜ジュース+バナナ(家)
昼食:納豆スパゲッティ(家)
夕食:ポークソテー+味噌汁+サラダ等(家)
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メモ;
白鳥和也『素晴らしき自転車の旅』(平凡社新書)読了

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2007.11.29 Thu
お仕事な一日
本日の予報は雨。
よって、自転車通勤は断念(結局、深夜になってパラパラ降っただけだったけど)。

午前中は、会議といくつかの打ち合わせ。
午後は、面接業務。
夕方に、また会議。
夜は、打ち合わせを兼ねた飲み会。
疲れた・・・。

帰りは、うっかり寝過ごして、新松戸まで行ってしまう。

何だか、寒い一日であった。
錦華公園の紅葉

(職場の会議室から見えた錦華公園の紅葉)
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本日の走行距離:2キロ(金町駅往復)
今月の積算走行距離:459キロ
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朝食:コーヒー+野菜ジュース+リンゴ(家)
昼食:会議弁当(職場)
夕食:飲み屋(神保町)
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2007.11.28 Wed
電車か自転車か、それが問題だ!
夜、雨になるかも知れないと見て、自転車は金町駅まで。

そう言えば、6日ぶりに電車に乗る。
何もしていないのに、つまり、こいでもいないのに電車が進むということを、今更ながらに「発見」したような不思議な気分。
座ってゆっくりと本も読めるし、居眠りもできる。
寒くもなければ、事故の心配もない。
なかなか電車もいいもんだなあと思う。

自転車通勤の最大の欠点は、読書ができないこと。
自転車に乗りながら読書をする方法がないものか、電車の乗りながら、かなり真剣に考えてみた。
かろうじて、一つだけ、考えつく。
前で誰かにこいでもらって、自分は後の荷台で読書という方法。
でも、自分でこぐから自転車。

そうだ。
風を受けながら、刻々と変化してゆく世界こそ、読むべき「書物」なのではないか。
自転車に乗る人は、展開する四季の風景という重要な書物が目の前にあるではないか・・・。
そう考えて、我ながら、悦に入る。

ただ、帰りの電車は、満員電車で、電車というのは、つくづく嫌なものだと思う・・・。

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本日の走行距離:2キロ(金町駅往復)
今月の積算走行距離:457キロ
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朝食:コーヒー+柿(家)
昼食:ゴボウ天うどん(金町駅ホーム)
夕食:神戸ラーメン(明大前)
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メモ;
葛飾橋→(松戸)→(松戸二中前左折)6号→(右折)464号→(栗野十字路右折)→(鎌ヶ谷消防署前左折)→(小室右折)16号→(以上、25.7キロ)(八千代橋・新川左折)印旛沼自転車道→長門橋→(右折)356号(利根水郷ライン)→(左折)長豊橋渡る→利根川左岸(利根川サイクリングロード)→(右折)小見川大橋渡る→利根川右岸(大利根サイクリングロード)→356号(利根水郷ライン)→銚子

利根川サイクリングロード
http://www1.plala.or.jp/tone_cr/
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2007.11.27 Tue
長距離自転車旅行(銚子)を計画
今日は、久しぶりの曇天。

ベランダの前にある大きな樹が、黄色に色づいてきた。
この樹は、夏には西日を遮ってくれ、冬は葉がすっかり落ちて、午後からの暖かい日差しを届けてくれるありがたい存在だ。
毎朝、ベランダに出て一服する際に、この樹におはようの挨拶をする。
いつものお礼に一枚、写真を撮る。
大きな樹

午前中、三郷公園を自転車でぐるっと一周。
水場には、いつの間にか、水鳥がずいぶんたくさん飛来していて、冬にスタンバイしている。
三郷公園

12月に、初の長距離自転車旅行(銚子)を計画。
最短ルートは、約110キロ。
でも、国道(14号→296号→126号)を走ると、走りにくくてかえって時間がかかりそうだし、排気ガスを大量に吸い込むことになりかねないので、利根川沿いの「利根水郷ライン」を中心に組み立てると、こちらは大回りになるので、120キロを超えてしまう。
食事休憩等をを入れて、スポーツ自転車なら6時間で走れる距離だが、ママチャリだと、最低、約11時間はかかるだろう。
60キロぐらいなら走る自信があるけど、一日で120キロを走り抜けることができるだろうか?
途中で一泊という手もあるが、たかだか100キロ程度を走るのに一泊するのは、何とも不甲斐ない。
とにかく、エンジン(体力)を鍛えて、準備をするしかない。

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本日の走行距離:38キロ(三郷公園周回+駿河台往復)
今月の積算走行距離:455キロ
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朝食:コーヒー+納豆ご飯(家)
昼食:豆乳コーヒー(職場)
夕食:会議弁当+飲み屋(神保町)
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2007.11.26 Mon
早明戦のラグビーチケット入手
・12月2日(日)の早明戦のラグビーチケット入手。
さっそく、金沢の尚さんに連絡する。

・またしても、銀杏を大量にもらう。
洗って、ベランダに干す。

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本日の走行距離:32キロ(駿河台往復)
今月の積算走行距離:417キロ
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朝食:コーヒー+鍋焼きうどん(家)
昼食:豆乳コーヒー(職場)
夕食:飲み屋(神保町)
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2007.11.25 Sun
里見公園~小さな旅
休日出勤が二日続いたので、心身が解放を求めている。

そこで、自転車による「小さな旅」を思いついた。

基本的には、江戸川土手サイクリングロードを20キロほどをゆったりと回るというもの。
水元公園の桜土手から、江戸川右岸土手に出て、サイクリングロードを市川橋の手前まで走って、京成江戸川駅前のフレンチレストランで昼食。
市川橋を渡って、今度は、江戸川左岸土手のサイクリングロードに乗り、里見公園内をしばし散策。
その後、新葛飾橋を渡って、帰ってくるというコース。

デルタ同盟の掲示板に同行者を募ると、やまびこさんからメールあり。
フレンチレストランで落ち合うことに。

秋晴れの暖かい日和なので、水元公園も、江戸川土手も、河川敷も、たくさんの人が散歩を楽しんでいる。

江戸川土手に出て、江戸川が緑の中を蛇行する雄大な風景を見ると、いつも、心がのびやかになる。
土手道では、最近の健康診断で引っかかったのだろうか、苦しみで顔を歪ませてジョギングしているオジサン。
時速40キロ近くで後から風のようにわれわれを抜き去って行くロードレーサーに乗った自転車ライダー。
犬を連れて、のんびりと散歩をするオバサン。
みんなが、この好天の川筋を通り過ぎていく・・・。

目当てのフレンチレストランに到着。
しか~し、何と、開店していない。
電話をしても、店の中でむなしくベルが鳴るだけで、誰も出ない。

そうこうしているうちに、やまびこさんたちも到着。

結局、スーパーで、おにぎりやビールを買って、里見公園で食べようという「名案」が浮かぶ。
さっそく食料を買い込んで、出発。

市川橋を渡り、市川側の自転車道に出る。
すぐに、市川の関所跡に出会う。
市川関所

江戸時代までは、小岩から市川に渡ると、この関所を抜けなければならなかったわけだ。
関所跡

国府台下の自転車道は、素晴らしい。
左にはすぐ川が広がり、右には緑の崖がそそり立つ。
古来、景勝の地として有名な国府台。
その名残は、確かに今も健在である。
里見紅葉

その後、紅葉の里見公園へ。
園内の木製テーブルで、乾杯。
やっと、昼食にありつけた・・・。
071125_1252~01.jpg

大和政権時代から、この近傍に国府(こくふ)と国分寺が築かれ、当時の関東地方における権力の中心だったところ。
前に(江戸)川を控え、低地に突き出た台地の突端であったため、弥生時代から江戸時代まで、様々な勢力が城や陣地を置いていた。

ちなみに、幕末の頃、西軍(新政府軍)内部には、この国府台一帯に拠点を置くという案もあったほどである。
つまり、江戸が無血開城されなかった場合、ここに陣地を築いて、江戸川を境に東軍と対峙するという案で、房総の広大な穀倉地帯と利根川水系の水運を頼みに、江戸城を攻略しようというものだったという。
もしこの「江戸戦争」がおこなわれていれば、江東はおろか、江戸全体が火の海になったはずである。
しかし、実際には、江戸は無血開城され、逆に退却する東軍が一時ここに陣を敷くことになた。

凹凸が多いこの公園は、たとえば、水元公園とは大分趣が違う。
数々の戦(いくさ)の舞台となったため、多くの戦士の血を吸い込んだ土地であるからか、その暗い雰囲気と相まって、何となく気味の悪い場所である。
里見家の武将たちが埋葬されたという場所には、「泣き石」なるものがあって、夜になると、無念のすすり泣きの声がするという。
071125_1333~01.jpg

その後、この鬱蒼たる常緑樹に被われた国府台の森から、江戸川河川敷に降りると、急に明るく開けた感じになり、不思議な開放感がある。
やはり、里見公園には、やはり、何か暗い呪縛のようなものがあるように思う。
071125_1217~01.jpg

(里見公園内に移築された北原白秋旧居)
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本日の走行距離:18キロ
今月の積算走行距離:385キロ
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朝食:コーヒー+トースト(家)
昼食:おにぎり+揚げ物類+漬け物等(里見公園)
夕食:金目鯛の煮付+桜海老としらす+温野菜のサラダ(家)
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2007.11.24 Sat
英国パブの楽しみ
昨日より暖かい一日だった。

今日も休日出勤。
杉並の職場に。

帰りに、久々に新宿に出る。
ものすごい人出で、多少、げんなりするも、最近お気に入りの英国パブ風のチェーン店に入る。
よく行くのは、秋葉原店だが、ここのビールがうまい。

「HUB」
http://www.pub-hub.com/

イギリスには、どんな田舎町に行っても、パブがある。
全国で10万軒はあるという。
ロンドンのような都市なら、ワンブロックに一軒はある。
バブが、その地域(区域)の社交の場となっている。

昼は、定食も出すが、夜は飲み屋となり、近隣のおじさんたちや勤め人が集まってくる。
主体は、何と言っても、ビール。
つまみは、基本的にはない。
いや、あっても、注文する人は少ない。
ただひたすらビールを飲むわけだ。

全国どの店も、ほぼ同じ大きさの同じ形状のグラス(1パイント・グラスに取ってが付いてないのもイギリス風)で、カウンターには大抵3本のビールサーバーがあって、これも、全国、判で押したように、「ラーガー」「ビター」「ダーク」の3種類のビールがある。
カウンターで、I'd like a pint of Bitter, please.と宣えば、「ビター」のグラスにビールを注いでくれる。
即金でお金を払い、グラスを持って、カウンターであれ、テーブルであれ、好きな場所でぐびぐび飲むわけだ。

そう、「ラーガー」「ダーク(黒ビール)」は、日本でもお馴染みだが、この英国パブ風のチェーン店「HUB」には、「ビター」が置いてあるのが嬉しい。
以前、日本の各ビール会社が、「ビター」を試験的に製造販売したが、いずれもすぐに消えてしまった。
売れなかったのだろうか。

「ラーガー」「ダーク」が、それぞれ、金色ビール、黒ビールだとすれば、「ビター」は赤ビールである。
その名称(ビター=苦い)にもかかわらず、苦みは少なく、ほんのりと甘い感じの飲み口である。
私は、この「ビター」がお気に入りで、それを飲みたいがために、たまに、この店に入るわけである。
ビター

つまみ類のメニューは、日本独自で、種類も多いし、結構美味しい(ラムの串焼きがうまい)。
また、イギリスの大衆食のチャンピョン、「フィッシュ&チップス(白身魚のフライとポテトフライにワインビネガーをふりかけて食す)」があるのも嬉しい限り。
フィッシュ&チップス

英国風パブの雰囲気が懐かしくなったら、あるいは、味わいたくなったら、ぜひ、お近くの「HUB」に出向いてみてはいかがだろうか。

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本日の走行距離:12キロ(綾瀬駅往復)
今月の積算走行距離:367キロ
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朝食:コーヒー(家)
昼食:鍋焼きうどん(家)
夕食:英国風パブ「HUB」(新宿南口)
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2007.11.23 Fri
休日出勤
7時に自転車(折りたたみ式)で家を出る。
すごく寒い。

それでも今朝は、呑ちゃんの白い毛糸の帽子を被り、綿入りのブレーカーを中に一枚着て、軍手も二枚重ねにしたので、大分楽ではある。

早朝の空気は冴え渡り、新しい朝日がすがすがしい影を路上に落としている。
祝日の朝なので、車も少なく、自転車もほとんど走っておらず、一層に爽快である。

自転車で走っていて、一番怖いのは、実は、自転車である。
自転車は、エンジンの音がしないので、横道から近づいてきても気が付かない。

かなり危ないタイミングであるにもかかわらず、信号を平気で無視する。
3台もの自転車で併走する。
ウォークマンなどを聴きながら運転する。

車道の右側を無灯火で走って来る自転車がぬっと現れ、肝を冷やしたこともある。
暗くて細い夜の江戸川土手サイクリングロードで、対向して走ってくる無灯火の自転車と衝突しそうになったこともある。

街を走っていると、自転車を運転する人のマナーの悪さが目につく。
事故になったら、一巻の終わり。
本当に、気をつけてほしい。

中川大橋の真ん中あたりで自転車を止め、朝日に映える中川流域を臨む。
この橋は、夜渡るときは、何も見えないが、朝の風景が素晴らしい。
中川大橋風景

45分ほどで、桜橋に到着。
身体が暖まって、かなり、汗も出てきたので、毛糸の帽子を脱いで普通の帽子を被る(転倒した時のために、必ず、何らかの帽子は被ることにしている)。
軍手も一枚取る。
ウインドブレーカーのチャックを半ばまで降ろす。
桜橋風景

(桜橋から隅田川下流方向台東区側の風景)

家から約70分で駿河台の職場に到着。

今日は、来年度からの新任を選考するための面接である。
80名の応募者から、書類選考の上、4人に絞ってきたわけだが、その4人全員を一日かけて面接するという業務。
いずれも、(こちらが恥ずかしくなるような)優秀な業績と能力を備えた応募者だが、協議の末、最終的に、断腸の思いで一人を選出。
こういう場合の決め手は、「人柄」である場合が多いが、一回の面接で人柄を見抜けるほど、人間は甘くはない。
われわれの選択が正しかったかどうかは、今後数年の経緯を見るしかない。
それにしても、面接というのは、嫌なものである。

職場の裏手に新しくできた台湾料理屋で、ご苦労様の乾杯。
燗をした紹興酒が臓腑にしみわたる・・・。
ピータン豆腐が妙に美味しかった。

帰り道。
酒に火照った身体に寒風が心地よい。

隅田川沿いで自転車を止め、対岸のアサヒビール本社ビルを眺めながら一服。
傍らでは、暗闇の中で、ホームレスの人たちが、静かに酒盛りを上げていた・・・。
朝日ビール

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本日の走行距離:32キロ(駿河台往復)
今月の積算走行距離:355キロ
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朝食:たぬきそば(神保町「小諸蕎麦」)
昼食:弁当(職場の会議室)
夕食:台湾料理屋(駿河台)
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2007.11.22 Thu
防寒対策
今週あたりから急に冷え込んできた。

自転車通勤にとってつらい季節の到来である(でも、真夏よりは楽かもしれない)。

薄手のウインドブレーカー(蛍光色)、軍手、普通の帽子(結局、ヘルメットは持ち運びが不便なので、出勤の時はほとんど使っていない)の三点セットに頼ってきたが、一昨日あたりから、そろそろ限界を感じてきた。

特に、夜間に橋を渡るときは、身を切るような横殴りの寒風が、まるで全身を貫き通すように寒い。

明日以降の対策。

・軍手を二枚重ねにする。
・シャツを重ね着し、さらに軽便な上着を羽織ったうえから、薄手のウインドブレーカーを着る。
・毛糸の帽子(どっかにあったかなあ?)を被る(なければ、夜間でも安全な明るい色のものを購入する)。

明日は、休日出勤で、朝8時半までに駿河台に行かなければならない。

これから数ヶ月は、寒さとの戦いである。
葛飾橋

(1927年に架け替えられた葛飾橋)
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本日の走行距離:8キロ(松戸駅往復)
今月の積算走行距離:323キロ
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朝食:リンゴ+コーヒー+いなり寿司2個(家&松戸駅「喜多蕎麦」)
昼食:ハンバーグと春巻きの定食(職場の食堂)
夕食:しらす・桜海老丼+味噌汁+ほうれん草とレタスのサラダ(家)
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自転車    Comment(2)   TrackBack(0)   Top↑

2007.11.21 Wed
冬到来の兆し
昨日の綾瀬駐輪場の下見を生かす日が来た。

昨日のルートとはちがって、飯塚橋(中川大橋よりも坂がきついかも)を渡って足立区に入り、大谷田陸橋を直進して抜けて、東綾瀬公園を南進。
東綾瀬公園は、所によっては、美しい林があって、この緑の中を走れるのはありがたい。
071121_1021~01.jpg

無料駐輪場は、もう午前10時半なので、かなり混雑しているが、何とかスペースを見つけて自転車を止める。

自転車を降りて、綾瀬駅まで向かう道すがら、以前によく通った韓国料理店の前を通ったのだが、何と、店の名前が変わっていた。

以前は、「カムジャバウ」という店で、ここの看板料理、カムジャタン(豚背骨とジャガイモ鍋)をもじった店名だった。
ここのカムジャタンと豚足は、絶品なのである。

ところが、新しい店名は「ジャングム」。
もちろん、ジャングムというのは、韓国の人気テレビ時代劇「チャングムの誓い」のチャングムのこと。
なるほど、流行(はやり)に弱いんだな。
まあ、同じ経営者かどうか分からないけど、冬も近いし、近々行ってみようと思ったが、帰りにまたこの店の前を通ると、水曜日だからか、開いていなかった。
071121_1033~01.jpg

余裕をもって出発したので、ガード下の立ち食い蕎麦屋に入る。
綾瀬駅は、ガード下の店が充実している。
お気に入りの立ち飲み屋もあるし、蕎麦屋やラーメン屋も多くて、しかも、朝から営業している店が多いのも、ありがたい特徴だ。

そのうちの一軒、西口改札近くの「越後そば・下町の王様」に入る。
「下町の王様」という立派な木製の看板がでかでかとあたりを睥睨(へいげい)している。
071121_1049~01.jpg

入ってみると、おしゃべり好きな、いかにも下町育ちといったオバサン二人が賑やかにカウンターで立ち働いていた。
「たぬきうどん」(330円)を注文。
金町駅ホームの店より、80円も高いけどなあ。
出てきて納得。
071121_1041~01.jpg

タレは、実に良心的な味で、ワカメまでのっている。
かなりいけるぞ。

仕事が終わっての帰り道。
抜け道を捜そうと冒険したら、案の定、迷う。
やはり、夜道の冒険は、慎むべきである。

帰りの飯塚橋は、自転車が倒れそうなぐらいの強風で、寒いのなんのって。
これでは、ウインドブレーカーの下にもう一枚着なくてはならないかもしれない。

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本日の走行距離:11キロ(綾瀬駅往復)
今月の積算走行距離:315キロ
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朝食:柿+コーヒー(家)
昼食:たぬきうどん(綾瀬「越後そば・下町の王様」)
夕食:白丸ラーメン・バリカタ(「一風堂」明大前店)
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2007.11.20 Tue
「そうだ、綾瀬に行こう!」
火曜日は、基本的に終日会議日。
役職をやらされていた去年の秋までは、最高12時間も会議が数珠繋ぎになったこともあったが、今年度は、せいぜい2つぐらいの会議があるだけだし、議長を務めなければならないものは一つだけなので、「参加することに意義がある」程度で、終了後の宴会のために出かけているようなものである。

しかし、極めて珍しいことに、本日予定されていた会議二つが、何らかの理由で突然中止になってしまったのである(理由は知っていますが、職場の恥なので書きません)。
私としては、会議をやりたくて仕方がなかったのだが、ないのなら仕方がない。

さらに、会議がなければ、職場に行く理由もないではないか。
私としては、職場に行きたくて仕方がなかったのだが、仕事がないのなら仕方がない。

というわけで、休みたくもないのに、図らずも、休日になってしまったのである。

しかし、休日になってしまったことをいつまでもくよくよと悲しんでいるわけにはいかない。
そこで、この秋晴れの「強いられた」休日をいかに有意義に使おうか、鍋焼きうどんを食べながら考える・・・。

「そうだ、綾瀬に行こう!」(告白:JRのコピーをパクリました)

先日、流山の新撰組の屯所に行ったときに知ったのだが、実は、流山に移動する前に一行が陣を置いたのは、綾瀬の旧地名・五兵衛新田(現・足立区綾瀬4丁目)という場所だったのである。
是非、その屯所跡を訪ねてみたい。

だが、綾瀬に行く目的は、実はもう一つあった。

水曜は、毎週、杉並の職場に行かなければならないため、金町駅までの往復(2キロ)しか自転車に乗れない。
そこで、せめて綾瀬駅まで自転車で行って、そこから列車に乗りたい。
そのためには、駐輪場を確保しなければならないので、その事前調査が必要である・・・。

水元から綾瀬に出るには、飯塚橋で中川を渡って、大谷田陸橋を抜けるルートが普通であろうが、下流の中川橋から亀有のアリオの横を抜けて、ほぼ線路沿いに進むルートを選んだ。
特に理由はない。
単なる気分の問題。

快調に飛ばし、あっという間に綾瀬駅に到着(約5キロ)。
地図を頼りに、綾瀬に於ける新撰組の屯所跡を捜す。
これも、簡単に見つかった。

近藤勇らが江戸を逃れて、ここ綾瀬に陣を置いたのは、金子家という旧家で、当時の建物は残っていないが、同じ場所に子孫が豪勢な屋敷を構えて暮らしている。
1868(慶応4)年の3月14日から4月1日までの19日間、新撰組はここに滞在したのだ。
ちょうど、桜の蕾がほころびはじめる時節である。
滞在中、近藤は、火薬の原料である炭を大量に買い付け、弱体化した新撰組を立て直すために、新隊員を募集した。
金子家

綾瀬の屯所跡は、周辺地図を広げると、微妙な場所にあったことがわかる。
綾瀬駅から北西300メートルほどの、綾瀬川に架かる五兵衛新橋(橋名がかろうじて旧地名を残す)の手前にある。
ここから、綾瀬川を渡って2キロほど南西に歩けば、千住宿(もちろん、当時は荒川放水路は存在しなかったので歩いて行けた)。

微妙な位置だというのは、その目と鼻の先にある千住宿で、旧日光街道と旧水戸街道が分岐していたので、状況によって、いずれの街道を北上するかを選べる最終地点に、近藤らは19日間も滞在したことになる。
つまり、私の推測だが、どちらに行くか、近藤以下の新撰組は最後まで、悩んでいたのではないか・・・。
あるいは、勝海舟あたりと頻繁に連絡を取っていたらしいので、にわかに江戸の近傍から離れがたかったという事情もあったのかもしれない。

ところが、西軍(新政府軍)3千が千住に到着するの急報を得て、流山方面に退路を求める。
既に前の日記で書いたように、近藤は、綾瀬を後にした3日後、流山で投降し、その3週間後には板橋で斬首という結末になる・・・。

金子家があるこの一帯には、古い屋敷が残っていて、昔を忍ばせている。
立派な屋敷

新撰組屯所跡を突き止めることができたので、第二の目的である無料駐輪場の確認。
すぐに見つかった。
071120_1301~01.jpg

綾瀬駅の南側に、足立区と葛飾区の区境が通っているのだが、のこぎりの歯のように入り組んでいる。
この無料駐輪場は、足立区の管轄だが、その前にある児童公園は、葛飾区の管轄である。

目的を果たしたので、綾瀬川の土手の道に出て、南に走る。
土手の堤防沿いには、ホームレスの「住宅」が並んでいて、土手の向こう岸には、巨大な小菅拘置所が、山脈のようにそそり立っている。
まるで、リバーサイドプリズンである。
小菅拘置所

そして見上げれば、首都高の小菅ジャンクションが、中空に渦巻いている。
何だか、目眩がしそうな風景である。
小菅ジャンクション

しばらく綾瀬川沿いに自転車を走らすと、「水戸橋」というわびしい橋を発見。
実は、この橋は、紛れもなく、旧水戸街道なのである。
水戸橋

水戸で生まれ育った徳川慶喜も、高速の下の、排気ガスに煤けたこの橋を見たら、大政奉還をしたことを後悔するにちがいない。

さらに綾瀬川沿いに南下すると、右手に荒川が見えてくる。
両手の川に挟まれた道を進むのは、何とも、面白い。

木根川橋を渡って、四ツ木に入り、立石のお気に入りのインド料理店「カラチ」で、遅めの昼食とした。
071120_1411~01.jpg

川筋には、まことに、汲めども尽きない歴史が埋もれているものである。


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本日の走行距離:24キロ
今月の積算走行距離:304キロ
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朝食:鍋焼きうどん+リンゴ(家)
昼食:インドカレー(立石「カラチ」)
夕食:納豆スパゲッティ+味噌汁(家)
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2007.11.19 Mon
道の「体質」
秋晴れである。

昨夜は、旅の疲れが出たのか、早い目に就寝し、たっぷり眠ったので身体も快調である。

今日は、午前中に会議があるので、9時には自転車(折りたたみ式)にまたがって出発。

実は、金曜日に京成線車内に忘れ物をしたので、京成上野駅まで、それを回収しに行かなければならないので、駒形橋の所から浅草通りを通って上野へ。
忘れたリュックを受け取って、忍ばず通りを通って駿河台へ。
このルート、やや大回りだけど、スピードが出せるのでいいかもしれないと思う。

自転車で通勤しても、ほとんど疲れなくなった。
自分にもこんな体力が潜んでいたことに、内心、驚いている。
ただ、疲れなくなったのは、体力だけが原因ではない。
道が分かってきたからだ。

知らない道を走っていると疲れる。
知っている道だと、迷わないのはもちろん、この交差点では、右から車が出てくることがあるとか、この歩道の先は狭くて人が多いので、裏道をしばらく走ってとか、「道の性格」というか、「体質」みたいなものが見えてくる。
これが、走りを楽にするのだ。

しかし、この点はまだまだ訓練が必要なので、暇なときは、いつも地図を広げて、道の体質を会得するように努めている。

帰りの隅田川の風景が素晴らしかった。
隅田川夜景

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本日の走行距離:36キロ(駿河台往復+上野駅寄り道)
今月の積算走行距離:280キロ
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朝食:リンゴ+コーヒー(家)
昼食:天丼(神保町「いもや」)
夕食:鶏水炊き鍋・蟹・銀杏(家)
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自転車    Comment(3)   TrackBack(0)   Top↑

2007.11.18 Sun
越後路2~「トンネルを抜けると晴れだった。」
一泊のバスツアーで越後路に行ってきた。
ずばり、紅葉狩りと温泉がテーマのツアー。

早朝、家を出発し、新宿駅西口のバス乗り場に、8時前に到着。
西口の大通りは、観光バスの一大発着地点とあって、各社のバスがひしめき合うように10数台も連なり、それを待つ人々の数も相当なものである。

出発を前にして、みんながうきうきしている様子である。

われわれのバスは、45人乗りだったのだが、19人しか応募しなかったようで、バスはがらがらで、ゆったり座れる。
かなり年長のように見えるバスガイドさんと、ツアーコンダクターの20代と思しき女性が同乗。

このバスガイドさんが、なかなかの傑物で、物言いは和泉元彌の母親に似ていて、風貌はミヤコ蝶々に似ている感じ(想像しにくいだろうなあ。呑ちゃんが写真撮ってるはずなんだけど)。
愛媛県出身で、この道一筋。
とにかく、マイクを持ったら、講談調、浪花節調、郷土史家調・・・、何でもござれえとばかりに、延々と話し続ける。
普通、ガイドさんは、ビューポイントに近づくと、時々マイクを取って、「右に見えますのは・・・」てな風にやるわけだが、われわれのガイドさんは、ほとんどずっとしゃべり続けているのだ。
最初は、座席が前の方だったため、ちょっとうるさく感じたが、とにかく舌を巻くような博覧強記、何でもかんでも知っていて、合いの手を入れても、絶妙な応えが返ってくる。
脱帽である。
バスガイドとしては、超一流だと言わざるを得ない。

ツアーコンダクターのお姉さんは、頑張り屋さんで負けん気タイプのちゃきちゃき娘。
高速のパーキングに止まった際に雑談をしていたら、群馬県出身とのこと。
なるほど、「上州名物、かかあ天下に空っ風」かなと言ったら、にこっと笑って、すんなり頷いた。
071117_1127~01_001_001.jpg

われわれのバスは、関越道を順調に巡行し、関越トンネルを抜け、湯沢を後にして、魚沼、小千谷、長岡を経て北陸道に入り、三条燕インターを降りて、日本海方向に進んで、弥彦(やひこ)に到着。

途中、長岡の街を右手に見ながら、北上したが、このあたりはまさに、北越戦争(戊辰戦争の一つ)の激戦地である。
司馬遼太郎の『峠』を読んで以来、河井継之助に私淑する私は、心の中で、彼の健闘を讃えた。
次回は是非、長岡を中心に北越戦争縁の地を訪ねてみたい。

今回のメインは、弥彦名景三所めぐり。
燃えるような紅葉の庭園と菊祭り真っ盛りの弥彦神社。
そして、それを見下ろすようにそびえ立つ弥彦山の頂からの絶景。
公園

神社

弥彦山からの景色が、何と言っても凄かった!
天候にも恵まれて、山頂からは、遠く佐渡の帯なす島影を臨むことができた。
上から見ると、日本海は限りなく平らかで、その向こうに霞んで見える佐渡の風景は、神話的な雄大さを備えていた。
山頂

宿は、関越を戻って、越後湯沢。
豪華バイキング料理(蟹もあり)は、かなり美味しかったような気がする。

翌朝は、生憎の雨。
紅葉のブナの森(美人林)や見玉不動尊や魚沼産コシヒカリ農家(烏骨鶏の生卵を飲む)などを回り、昼食に、新潟名物へぎ蕎麦を食べ(熱燗も飲んだ)、関越道を帰路につく。
美人林

不動尊

ここで、前項「越後路1」で書いた川端の『雪国』の話にやっとのことでつながってくる。

新潟県内は、朝から不安定な曇天で、所によっては、冷たい雨が落ち出して、傘をさしながら見学しなければならないほど。

ところが、関越トンネル(11キロ)を抜けて、群馬県に入ると、まるで魔法にかけられたかのように、青々と晴れ渡っているではないか。
「トンネルを抜けると晴れだった。」
上州産のツアコンのお姉さんも、心なしか、水を得た魚のように、一段と元気が良くなったような気がする。

上州の沼田では、ハシゴをかけてリンゴ狩りなどをし、後は関越道をまっしぐら。
日曜夕にもかかわらず、高速の渋滞もなく東京駅に到着。

何となく、忙しない旅だったけど、今度は自転車でゆっくり廻ってみたいものである。
酒

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この2日間の走行距離:0キロ
今月の積算走行距離:244キロ
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一日目
朝食:おにぎり(バス車内)
昼食:ラーメン(高速のPA)
夕食:豪華バイキング料理(越後湯沢のホテル)
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二日目
朝食:朝食バイキング料理(越後湯沢のホテル)
昼食:へぎ蕎麦定食(群馬・沼田)
夕食:日本酒・煎餅・メロンパン(バス車内)
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2007.11.17 Sat
越後路1~『雪国』の冒頭
越後路1

道の起源は、獣道(けものみち)だったに違いない。
太古の人々は、獣道を認識し、その道を行きつ戻りつしながら獲物を捕獲する算段に心血を注いだ。
動物の歩いたその道を歩くことで、文字通り、獣道を「踏襲」したのである。

その獣道を徘徊するうちに、川筋の流れが蛇行する川瀬への確かな道を発見したに違いない。
そこは、漁獲への手段に通じる道であり、獲物が水辺を求めてやってくる狩場であったから。

川筋の道を辿って、やがて海への道を見いだしたに違いない。
それは、自分たちの住む土地の終わりであると同時に、新たな土地への始まりである。

新たな土地は、必ず、新たな「島」であった。
地球上のあらゆる土地は、例外なく、島だからだからである。

道は、こうして、そもそもが暮らしの歴史が踏み固めた痕跡であった。
ところが、ある時代から、その暮らしの道を横領し、上から踏みつぶすように、権力の道が走るようになった。

首府と地方都市を結ぶ「街道」である。

五街道。
国道。
トンネル、高速道路、そして鉄道・・・。

「国境(くにざかい)の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。・・・」
言わずと知れた川端の『雪国』の冒頭である。

いつ思い返しても、名文だと思う。
川端が、1930年代に抜けたこのトンネルは、当時、完成したばかりの清水トンネル。
それまでは、迂回する峠越えのルートを走っていたため、上野から新潟まで11時間以上を要した上越線も、この「超近代的」なトンネルの完成によって、大幅に所要時間が短縮されたという。
そういう意味では、近年の青函トンネルや瀬戸大橋にも匹敵する運輸網拡大の記念碑的なトンネルであったわけだ。

谷川岳の真下を貫く清水トンネルの長さは、約10キロ。
蒸気機関車は、トンネル内は徐行運転をしたはずなので、平均時速は30キロ程度だったに違いない。
とすれば、このトンネルを抜けるのに、20分は要したであろう。

汽車に乗ったことのある人なら、分かるだろうが、あれに乗ってトンネルを抜けるのは、乗客にとって難行苦行で、石炭のむせかえるような臭気と煤で、喉は苦しいは、顔は真っ黒になるはで、鉄橋を渡るのは嬉しいが、トンネルは我慢勝負の暗黒空間だったにちがいない。

川端が、「長いトンネルを抜けると雪国であった」と書くとき、「やれやれやっと抜けたよ」と、溜息混じりに深呼吸するようなほっとした心持ちを感じ取ることができる。
しかも、煤と闇の真っ暗なトンネルから抜け出すと、そこは、白一色の雪国。
真っ黒になった顔を、それこそ、雪で雪(すす)ぐような白が冴えて、なおさらに「夜の底が白く」見えるのである。(続く)

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2007.11.16 Fri
船橋紀行~心の旅路
明日から、一緒に越後路の一泊バスツアーに行くので、それに備えて、前日の今日、銚子から母が来ることに。

銚子から水元に来る場合、銚子駅→千葉駅→JR船橋駅(乗り換え)京成船橋駅→高砂駅→京成金町駅というルートが最短距離なのだが、いかんせん、77歳のお袋には、途中の乗り換えがどうも難しいらしく、私が船橋駅まで迎えに行くのが慣わしである。

本人は、「分かる分かる」と言うのだが、京成船橋駅で逆方向の列車に乗って、心ならずも、時期はずれの成田山参りをしてしまう可能性もあれば、高砂で、乗り換えを間違えて、京成押上線に乗って、浅草に行ってしまい、人形焼きの食べ過ぎになってしまう可能性もあれば、北総線に乗って、印西牧の原駅に行ってしまい、ジョイフル本田で買わずもがなの品々をしこたま買いこんでしまう可能性もあるので、「念のため」、「一応」、船橋駅まで迎えに行くというわけである。

こちとら、確かに、京成金町から船橋駅までの列車の旅は、すこぶる快適で、高砂駅で特急に乗れば、あっという間に、着いてしまう。
平日だし、座席も空いているので、ゆったりと座って、トルストイの『戦争と平和』でも開こうものなら、2ページも読み終わらないうちに着いてしまう。
これでは、1000回近くも、船橋に行かないことには、『戦争と平和』は読破できないぐらいである。

そこで、考えた。

船橋まで折りたたみ自転車で行ってみよう。
距離は、遠くはない。
地図で道のりを調べると、約18キロ。
楽勝の道程である。

それと、初の「輪行」体験ができるというもの。
帰りは、お袋と列車で戻ってくることになる。
もちろん、せっかく自転車で迎えに行っても、また、自転車で帰ってきてしまえば、それこそ、文字通り、「子供」の使いになってしまう。
一緒に列車で戻るためには、世に言う「輪行」、すなわち、自転車を折りたたんでそれを輪行袋に収納し電車に積み込むという「行い」をするのである。

市川方面には、何回も自転車で出たことがある。
水元からだと、葛飾大橋を渡って、矢切を江戸川沿いの自転車道(左岸)を進み、国府台下の素晴らしい小径を走らせ、真間川の河口で左折して川沿いの道を中山方面に抜ける。

しかし、今日は、違うルートを取ることに。
水元公園の端から江戸川右岸の自転車道をずっと下流に向けて走り、柴又土手を経由して、市川橋を渡り、千葉街道(14号)をただひたすら船橋まで進むというルートである。
これまで、千葉街道の交通量とそれによる排気ガスを嫌って敬遠していたルートだが、習志野で陸軍の演習をするために、西郷隆盛が歩いた(彼は馬に乗れなかった)道でもあるし、幕末維新の頃、幕府軍の残党が、最初は国府台に陣を敷き、その後、千葉街道沿いに退却し、街道沿いの海神(京成海神駅にその地名あり)で街中を灰燼に帰させしむるような戦闘を演じた、古来由緒ある街道を走ってみたいという気持ちがあったからである。
江戸川右岸

江戸川土手を市川橋まで進み、橋を渡って千葉街道を走り始めるが、案の定、散文的な「排気ガス的車列風景」がしばらく続く。
しばらく走ると、市川の名物、黒松の巨木が所々に見えてきて、何となく、昔の街道筋の縁(よすが)のような風景。
こんな黒松の下を、永井荷風は散策したのだろうか・・・。

黒松がまばらになると、そろそろ本八幡近辺である。
八幡という地名の起こりは、もちろん、街道筋に今も鎮座する「葛飾八幡宮」。
九世紀の創建と言い伝えられる古社で、参道入り口の斜向かいには、有名な「八幡の藪知らず」が江戸時代と同じ雰囲気で座り込んでいる。

時間もたっぷりあるし、せっかくだから、葛飾八幡宮にお参りして行こう。
葛飾という名は、奈良時代以来、ここが葛飾郡(こほり)だったことの名残を留める。
黄金色の銀杏並木が素晴らしい。
葛飾八幡

約800年前、伊豆に島流しにされた頼朝が、平氏への復讐を果たすべく挙兵する。
しかし、箱根山の麓の河口付近「石橋山の戦い」で惨敗する。
わずか300騎に減った手勢を率いた頼朝は、真鶴から海路、 安房勝山に逃げのび、そのまま東京湾岸を陸路北上し、千葉街道沿いの葛飾八幡宮に参じて戦勝を祈願したという。
その後、千葉街道から江戸川を遡り、現在の柴又付近で渡河。
その足で武蔵国に入った頃には、房総や武蔵の豪族の参集を得て、300騎が何と2万騎に膨れあがっていたというのだから、あな有り難きは八幡様なり(当時の嶋股(柴又)村の村人は、さぞ迷惑だったことであろうが)。
その後は、周知の通り、東海道を進軍して、鎌倉を攻略するのである。

以前は、この葛飾八幡宮の中に、図書館や公民館があったが、今は移転して、ちょっと寂れた感じになっている。
片隅の児童公園では、昔さながらに、子供たちが嬌声を上げていた。

そんな歴史的感傷にしばし浸り、トイレと水分補給をしてから、しばらく京成線沿いに進む。
今度は、自分の歴史への感傷に浸ってみたくて、学生時代の最後の数年間に住んでいた、築40年の木造一軒家の貸家を訪ねてみることにした。

しかし、真間川沿いのその家は、行ってみると、もはや存在せず、新しいアパートが建っていた。
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美しかった真間川の岸辺も、コンクリートの護岸工事が施され、ここに住もうと決めた、あのうっとりするような真間川も、もはや、存在しなかった。
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こうして再び、ざめざめと泣きながら(嘘です)、千葉街道に進路を取り、船橋に到着。

船橋駅前の広場の交番の真ん前で、昼間だというのに、作業服姿のおじさんたちが地べたに座って賑やかに酒盛りをやっている。
仲間に加えてもらいたいという強い欲望が走ったが、今日は我慢。
気炎を上げるおじさんたちの前で、折りたたみ自転車を畳み、輪行袋に収める。
おじさんたちは、不思議そうに、それを見ていた。
何か言われることをむしろ期待していたが、「変な奴」という冷たい視線だけが返ってきた。

船橋駅前で、お袋を迎える。
巨大な黒い袋を見て、それは何かとお袋は尋ねた(当然である)。
071116_1544~01.jpg

「自転車だよ」と応えると、しばらく、無言だった。
また、変なことをやり始めたと思って、それ以上の質問を差し控えたのであろうか。
車中、自転車をなぜ運んでいるかを説明したが、なぜ自転車を列車で運ぶために、わざわざ自転車でやってきたのか、京成金町駅についても、ついに理解してもらえなかったような気がしないでもない・・・。
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本日の走行距離:18キロ(船橋駅までの片道)
今月の積算走行距離:244キロ
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朝食:納豆・味噌汁・卵ご飯(家)
昼食:健康茶(路上)
夕食:すき焼き(家)
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2007.11.15 Thu
秋、深し
秋晴れ。

松戸駅周辺は、探訪の要あり。
街、深し。

常磐線の車窓は、冬景色への衣替えが急速に進む。

竜ヶ崎の宿場跡を、そのうちゆっくり訪ねてみたいと思う。

明日は、船橋まで自転車で行ってみようか。

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本日の走行距離:8キロ(松戸駅までの往復)
今月の積算走行距離:226キロ
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朝食:たぬきうどん(松戸駅「喜多蕎麦」)
昼食:ミックス(焼肉+ハンバーグ)定食(職場の食堂)
夕食:納豆スパゲッティ(家)
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2007.11.14 Wed
御茶ノ水界隈30年
御茶ノ水に通い出してから、思えば、30年にもなる。
さすがに、住んだことはないけれど、この街も、日々通っていると、ずいぶん変わってしまったものだと思う。

私が上京した頃は、いわゆる「学生街」と呼べる最後の時期だったのかもしれない。

当時はまだ、中央大学も健在で、中大の生協では、白菜や豚肉まで売っていて、安いので、放課後に買って帰ったものである。
今は、駐車場になってしまった明大通り沿いの街区にも、小さな飲み屋や喫茶店があったし、その向こうには、小学校もあったが、とっくに廃校となって、これまた、テニスコートや駐車場になっている。
明大裏の(漱石が学んだ)錦華小学校も、生徒数が少なくなって、風前の灯火である。
駿河台や神保町界隈の安い飲み屋は、明大、中大、日大、電機大、専修大の学生たちが肩を寄せ合うようにひしめき合い、お互い、くだらないことで、よく喧嘩にもなった。
また、お互いの学生食堂にもよく食べに行って、どこの学校の食堂が一番安くてうまいという話題は、毎日のように繰り返された。

しかし、中大が、西郊に移転してから、御茶ノ水界隈の激変が始まった。
バブルと再開発の始まりだ。

学生のたまり場になっていた飲み屋や喫茶店は、いつの間にか姿を消し、中大の広大な跡地には、保険会社の高層ビルが建つ。
古本屋街は、個々に地上げの標的になり、歯が抜けるように消えていった。

靖国通りには、なぜか、スキー用品店が建ち並ぶ。
通りにも、学生と同じぐらい、スーツ姿のサラリーマンが歩いている。

とは言え、そうして激変してしまった御茶ノ水界隈で、未だに変わらずにいるものの象徴。
それが、神田川である。

聖橋を渡りながら、そんなことを考えた。
神田川2

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本日の走行距離:2キロ(金町駅往復)
今月の積算走行距離:218キロ
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朝食:スパゲッティミートソース(家)
昼食:コーヒーのみ(職場)
夕食:ポークカレー辛口(C&C 明大前店)
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2007.11.13 Tue
折りたたみ自転車到着
来ました!
折りたたみ自転車。
2週間前に注文していた品。

今朝来ることは分かっていたが、わざと忘れようとしてた。
あんまりにも嬉し過ぎるから・・・。

ブリジストンのスニーカーライト(16インチ・内装3段変速)。



自転車通勤を始めようとするとき、一番問題になるのは、案外、駐輪場の有無。
千代田区のような、住民がいない地域では、自由に自転車を止めておく場所がないことだ。

まあ、駐禁シールを貼られるぐらいのことだが、すこぶる不愉快(二日以上置きっぱなしにすると撤去されることもあり)。
神田(千代田区)界隈は、車やバイクの路上駐車もうるさいが、CO2削減に資するはずの自転車の路上駐輪も厳しく取り締まっている。

そこで、考えた。
小型の折りたたみ自転車があれば、職場の一角に、折りたたんで置いておけるではないか。

届いた巨大な段ボールを開けると、二折りになったシルバーの車体がうずくまっている。
さっそく組み立てて、うきうきしながら外に運ぶ。
持ち上げてみると、さすがに軽い。
普通のママチャリは、18~20キロの重量があるが、この小型折りたたみ車は、約半分の11キロしかないからだ。

公園で試乗してみる。
う~ん、車輪が小さいので、ハンドルの切れが鋭い。
ギアの設定が軽い感じ。
トップに入れても、あまりスピードが出ないような気がするのは、やはり16インチの車輪だからか。

家に戻って、ハンドルやサドルを調整したり、ライトを取り付けたり、畳んだり組み立てたりするする練習をしているうちに、出かける時間になってしまった。
わぁ~、腹が減ったけど、これは食べる時間がないぞ。

いそいそと支度をして新車にまたがって出発。
非常に良い天気なので、すこぶる爽快だ。
抜けるような青空が川面に映って、眩(まぶ)しいぐらいだ。
自転車

職場に着いて、折りたたんだ自転車をエレベータに積んでロビーに運び込んでいると、会議室に向かう同僚の一団と出会う。
口々に、自転車で通勤するなんてエライだとか、ちょっと乗らせてくれだとか言われたので、その場でまた組み立ててあげると、何とそのうちの一人はロビーの通路を走り回りだしてしまった。
すると、守衛さんが飛んできたので、注意されると思ったら、その守衛さんも話の輪に加わって、みんながしばらく自転車の話題でひとしきりのおしゃべり。
ついでに、通りかかった人たちも加わって、一時、かなりの人だかりができてしまう。

お陰で、自転車をロッカー室にしまい込んで会議室に駆け込むと、15分遅刻。
やれやれ。
腹が減った~。

往復してみての感想。

・トップギアはもう少し重い方がいいな
・でも、同じ理由でローギアに入れるとかなりの坂も登れる
・平地ではスピードが出ないが、軽量なので坂が楽
・やや前傾姿勢に座ることになるので、ママチャリよりも腰が疲れる
・ママチャリのサドルのように、内部にスプリングが入ってないので尻が痛い(ママチャリのサドルに交換しようか)
・全体としては、かなりいい感じで嬉しい

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本日の走行距離:36キロ
今月の積算走行距離:216キロ
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朝食:コーヒーのみ(家)
昼食:コーヒーのみ(職場)
夕食:飲み屋(神保町)
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自転車    Comment(7)   TrackBack(0)   Top↑

2007.11.12 Mon
中央線の車窓
今日は、最初に杉並区の職場に寄らなければならないのと、夜、会議と宴会があるので、素晴らしい秋晴れだったのだが、泣く泣く電車通勤に。

杉並から神田に移動するのに、久しぶりに新宿から中央線に乗る(いつもは新宿線)。

中央線からの車窓は、これが案外、素晴らしい。
左には、最初は外堀が続き、やがて神田川のながれるVの字型の峡谷に変わる。
神田川を縁取る急峻な土手の緑は、秋の青空と、街のビルとマッチして、面白い美しさをかもし出している。
鉄道とも、喧嘩をしない風景である。

江戸川の美しさが、自然の川の流れの美しさだとすれば、神田川の美しさは、人工の美しさ。
江戸時代から、武家屋敷街と町人街を分け隔てて流れる神田川は、最初から、街との融合を意図した河川工事が施されたのだろうか・・・。
昌平橋聖堂

広重「昌平橋聖堂神田川」
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本日の走行距離:2キロ(金町駅往復)
今月の積算走行距離:180キロ
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朝食:ゴボウ天うどん(金町駅ホーム)
昼食:ステーキ定食(ペッパーランチ明大前店)
夕食:飲み屋(神保町)
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身辺雑記    Comment(2)   TrackBack(0)   Top↑

2007.11.11 Sun
伊豆一周の旅
土日を使って一泊で伊豆に行ってきた。

一日目は、沼津から西伊豆を南下して、二日目は、東伊豆を北上したので、伊豆半島を一周したことになる。
道理で道中が長かったわけだ。

伊豆半島は、山と海がせめぎ合う温暖の地。
私のお気に入りの地域のひとつだ。

特に西海岸沿いは、天然の入り江を縁取るように小さな漁港がいくつも点在し、その向こうには、光る駿河湾が広がっている。
また、中央の緑なす山間部の街道を行けば、こんな所にも集落があるのかと思うようなような小さな村と出会ったりする。

約800年前、頼朝が伊豆に「島流し」にされたことは有名だが、鎌倉幕府より前は、伊豆半島はよほど人里離れた僻地だったようだが、しかし、現在なお、その面影がある。

われわれが先ず向かったのは、戸田(へだ)港。
小さな海を抱くような小さな港町。
博多湾の形にそっくりで、言ってみれば、博多湾を100分の1ぐらいのミニチュアにしたようなかわいらしい港である。

高足蟹(たかあしがに)。
駿河湾の深海に棲息する巨大蟹で、甲羅の大きさが約30センチ。
その長い足を広げれば、ゆうに1メートルは超える。
その巨大な足の関節をポキッと折って引っ張ると、中の身が、ずるずると出てくる。
これに蟹味噌をまぶしてむしゃぶりつくわけである。
最後に、大鉢のような甲羅に熱燗を注ぎ、蟹味噌を溶いて胃の腑に流し込む。
絶品である。
戸田高足蟹

地図を見るとわかるが、駿河湾の中心部は異様に深い。
従って、太平洋岸のお馴染みに魚以外に、伊豆半島では、深海の魚介類を出す店が多い。
有名なのは、金目鯛で、今回の旅では、その30センチ級を丸ごと煮付けにしたものを食した。
また、メヒカリという深海魚の一夜干しなぞは、酒の友には、絶好の逸品である。
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伊豆半島の価値を上方に轟かせたのは、北条家と頼朝だが、戦国時代初期、関東一円を押さえて、上方を震え上がらせたのは北条早雲。
しかし、その後、伊豆の名を天下に高からしめたのは、江戸初期に発見された「土肥金山」であろう。
土肥金山2

金山としては、1965年に閉山し、今は、砂金体験や、金山に関する博物館や、坑道に当時の様子を再現した見学コースがある。
博物館には、250キロで時価8億4千万円の金塊の実物が展示されており、プラスチックケースの小さな穴から手を入れて触れられるようになっている。
実際、私も触れてみた。
何か、御利益があるだろうか。
土肥金山

下田港では、サスケノハナ号というペリーの艦船を模した遊覧船に乗った。
071111_1032~01.jpg

ペリーが来航したとき、吉田松陰は、わざわざ長州の萩からこの地へやってきて、小舟でペリーの船に近づき、米国までの密航を依頼するが、断られるという有名な事件があった。
松陰は、その後、幕府に自首して、謹慎の沙汰となる。
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伊豆は、天下の楽天地と見た。
今度は是非、自転車で周遊してみたいと思ったが、アップダウンの多いあの道を通うには、相当な訓練を積んでからじゃないと無理と見た。

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この二日間の走行距離:2キロ(金町駅往復)
今月の積算走行距離:178キロ
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1日目;
朝食:コーヒーのみ(家)
昼食:高足蟹(戸田)
夕食:宿の海鮮料理(松崎)
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2日目;
朝食:宿のバイキング(松崎)
昼食:金目鯛の煮付け定食(下田)
夕食:パン(足柄PA)
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2007.11.09 Fri
葛西城展
夕べ、やまびこさんの「日記」を読んでいたら、「葛飾郷土と天文の博物館」で「関東戦乱・戦国を駆け抜けた葛西城」なる展示をやっているというので、朝飯を食べて、さっそく自転車で出かけた。

水戸街道を上って、青戸4丁目の交差点で右折。
すぐに着いちゃった(5キロ弱)。

さっそく入館(入場料100円)。

葛西城というのは、中世以来の平城(ひらじろ)で、少なくとも、15世紀には、現在の中川沿い(葛飾区青戸)に存在。
秀吉が、関東を制圧するまでは、結構な勢力を張っていたらしい。
今は、城の敷域の大半が、環状7号線の下に埋もれ、その跡地には、申しわけ程度の公園がある(後述)。

詳しくは、以下のサイトを参照のこと。
http://www.asahi-net.or.jp/~ju8t-hnm/Shiro/Kantou/Tokyo/Kasai/index.htm

平日とあり、閑散としている。
お陰で、ゆっくり腰掛けて、見本用の「プログラム」を読破。
買わずに得をしたなあ。

一番の見物は、本丸前の壕から出土した頭蓋骨。
湿地帯だけに、骨が残りやすかったという。
不思議なことに、発見されたのは頭蓋骨だけで、首から下の骨は発見されなかった。
071109_1303~01.jpg

今回の展示に当たって、この頭蓋骨に肉付けを施し、どんな人物だったかを再現しているのだ。
復元してみると、何と意外なことに、女性だったのである。
しかも、明らかに斬首された痕が認められたという。

理由は不明だが、この女性は、何らかの理由で打ち首となり、首だけが壕に投げ捨てられたということになる。
全国的にも珍しい例ではなかろうか。

かなりじっくりと展示を見て回って、外に出た。
博物館の前には、曳舟川親水公園が通っている。
江戸時代には、お狩り場として、将軍がよくこのあたりに来ていたということに因んで、鷹狩りをする人のブロンズ像が立っていた。
071109_1231~01.jpg

まだ日が高いので、立石界隈をうろうろしてから、そうだ、どうせなら、帰りがてら、葛西城跡まで行ってみようと思う。

以前にも2度ほど来たことはあるが、いろいろな展示物を見た後だけに、今日はひとしおうきうきする。

葛西城跡は、青戸陸橋にほど近い環七沿いにある。
博物館の復元地図によると、現在の中川大橋近くまで壕が及んでいたという。
071109_1316~01.jpg

城跡は、環七の地中に眠っているが、道路の両側に、ささやかながら公園が作られている。
しかし、この公園も、環七に分断されて、道路の両側に分かれて存在するという状態。
もちろん、当時を思い出させるものは、地上には、一切残っていない。
071109_1458~01.jpg

しばらく公園を歩き回った後、なんとなくやるせない心持ちで、夕暮れ前の中川大橋を渡って、帰路についた。

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本日の走行距離:16キロ
今月の積算走行距離:176キロ
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朝食:目玉焼き・味噌汁・ぬか漬け(家)
昼食:醤油ラーメン(四ツ木陸橋近く)
夕食:ポークソテー・サラダ・味噌汁・お新香(家)
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2007.11.08 Thu
反省と展望
今日(木曜)の職場は、茨城県竜ヶ崎市。
最短距離をとっても、何と、片道41キロ。
途中の休憩時間などを勘案すると、片道約5時間ほど、かかることになる。
往復10時間(81キロ)を通勤に費やすことは、いくら脳天気な私でも御免こうむりたい。

そこで、いろいろ悩んだあげく、一駅先の松戸駅まで自転車で行って、松戸駅からは電車でということにした。
幸いに、松戸駅西口に無料駐輪場もあるし、松戸駅からだと、電車賃も片道90円分(往復180円:私の吸っている煙草「エコー」の価格)安くなる。

江戸川土手から葛飾橋を渡って松戸へ。

たった4キロなのであっという間に到着(約20分)。
何だか物足りない感じだが、着いてしまったので仕方がない。
無料駐輪場は、まだ、かなり止めるスペースが残っていて一安心。

まさかのことを考慮に入れて、いつもより早く出たので、松戸駅で時間をもてあます。

駅構内の立ち食い蕎麦屋(「喜多蕎麦」)で、天ぷら蕎麦をすする。
松戸

私の好みの濃い味で、天ぷらも、金町駅ホームのそれよりうまいが、値段も30円高い(330円)。

こうしてめでたく、土浦行き普通列車に乗り込んだが、途中、いい気持ちで眠り込む。
起きたら、ちょうど、佐貫駅だった。

一日の仕事を終えて、松戸駅に降りて、伊勢丹の前を通って駐輪場へ。
唖然。
自転車が滅茶苦茶に止めてあって、自転車の海の中を泳ぐようにして自分の自転車にたどり着く。
まったく!
人のことを考えずに、乱雑に自転車を置きっぱなしにする奴は許せんぞー。

さて、ここからは来た道を帰るだけなのだが、帰りはかなり事情が違った。
橋に収斂する道路は、戦争のように車がひしめき、しかも、暗いので道がよく見えない。
側道を走っていると、怒ったように、バイクや車からクラクションを鳴らされる。
橋を渡って、右岸土手のサイクリングロードに出たときにはホッとした。

こうして、一週間が過ぎた。

大体様子がわかったものの、まだまだ、研究の余地あり。

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本日の走行距離:8キロ(松戸駅までの往復)
今月の積算走行距離:160キロ
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朝食:天ぷら蕎麦(松戸駅構内)
昼食:豚ロース生姜焼き定食(職場の食堂)
夕食:タンドリーチキン・オムレツ・サラダ・味噌汁・お新香(家)
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2007.11.07 Wed
微変あり
今日(水曜)の職場は、杉並区永福にある。
水元から最短距離の道のりで、約26キロ。
しかも、夕方には、駿河台にも寄らなくてはならない。
往復で50キロを超えると、さすがにママチャリでは無理だろう。
神田まで自転車で行って、途中から電車に乗るという手も考えられなくもないが、あっさり諦めて、電車で通勤。
電車で通勤すると、ストレスが溜まるのが分かる。

自転車通勤を始めてからの変化。

・無駄な物を食べなくなった(ストレスが減ったせいか)
・通勤それ自体が楽しくなった
・職場に着いてから、労働意欲が高まった
・体重が2キロ減った
・身のこなしが、多少、楽になった
・一段と快眠できるようになった
・電車に乗らないので、読書時間が減った
・道路の見方が変わった
・ラーメンが一段と好きになった

これからの変化も楽しみである。
071101_1232~01.jpg

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本日の走行距離:2キロ(金町駅までの往復)
今月の積算走行距離:152キロ
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朝食:たぬきうどん(金町駅ホーム)
昼食:抜き
夕食:半チャンラーメン(神保町「伊峡」)
http://r.tabelog.com/tokyo/rstdtl/13000626/
夜食:抜き
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2007.11.06 Tue
帰路はスピードがでないぞ
朝は雨が降っていたが、午前中には曇りに転じたので、自転車通勤を決定。

快調に飛ばし、浅草まで50分。
いつものように、吾妻橋の船着き場で、トイレ休憩と水分補給。

秋葉原近辺の雑踏は本当に走りにくい。
歩道は人で一杯。
車道は路駐だらけで危険。
抜け道に挑むが失敗。
小さな地図では対抗できない。

このあたりは、鉄道の高架がたくさん走っていて、それを目標にすれば、だいたい自分の位置関係が分かるはずなんだけど、何せ、総武線・中央線・山手線・丸ノ内線が複雑に交差しているので、ちょっと勘違いすると、逆方向に走りかねない。

早く良い抜け道を見つけないと。

会議を二つやって、飲み屋へ。
「自転車なので」と早めに飲み屋を後にして、帰路を走り出す。

スピードメーターを付けて分かったことだが、帰りは、行きのよりも2割程度スピードが落ちるということ。
理由は、酒を飲んだあとだということはあるにしても、やはり、

・暗いのでスピードが出せない。
・ダイナモが重い。
・大きく言えば、帰りは、下流から上流に向かって走るわけだから緩やかな上り坂である。

というのが、理由であろう。

桜橋を渡るとき、隅田川の風景にうっとりとし、しばし見とれる。
油を流したようなつるつるの川面に、街の明かりが長く尾を引いている。
071106_2109~01.jpg

通勤では、三つの大きな川を渡る。
中川、荒川、隅田川。
それぞれ顔が違うけど、隅田川が一番美しいと感じる。

案の定、腹が減ってきたので、途中、四ツ木陸橋(本田広小路)あたりにある、お気に入りのラーメン屋(疑似トンコツ風)に駆け込む。
ガソリン代わりという口実。
テレビを見ると、「男はつらいよ」がかかっていた。
続きを見たいので、そそくさと食べて店を出て6号を爆走して帰ってきたが、「男はつらいよ」はやっていなかった。
店でかけていたのは、ビデオだったのだ。

そう言えば、店を出るとき、
「続きを見たいので、早く帰るわ」というと、店の親父、何だか不思議そうな顔をしていたなあ。

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本日の走行距離:36キロ
今月の積算走行距離:150キロ
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朝食:納豆スパゲッティ
昼食:抜き
夕食:飲み屋
夜食:ラーメン
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2007.11.05 Mon
流山に近藤勇を訪ねる
いよいよ明日から自転車通勤の予定だったのだが、どうも、明日明後日とも雨もよいで無理かもしれない・・・。

この3週間あまり、30キロ余りを(2時間半ぐらいで)平気の平左で走れる体力をつけるため、訓練を積んできた。
これに関しては、ほぼ、心配がなくなったもんねぇ~。

ルートもチェックし、必要と思われる装備も調えた(小型空気入れ・パンク修理セット・反射テープ・合羽など・以上いずれも100円ショップで購入)。
ついでに、必要と言うほどでもないが、スピードメーター(サイクルコンピュータ・秋葉のヨドバシカメラで約1800円)も装着。
これで、速度や走行距離が、たちどころに分かるというもの。
メーター

最後まで悩んでいたヘルメットも購入。
え~、ママチャリなのにヘルメットなんてという声が聞こえてきそうですが、やはり、一番怖いのは事故。
自転車の事故の場合、ほとんどが、前に飛ばされるというデータもあり、頭部を防護する何らかの被り物は必要と判断。

しか~し、自転車用のヘルメットは、ちょっとデザインが好きくない!
まるで、「宇宙人の脳みそ」を被っているみたいで、どうもねえ・・・。
しかも、目が飛び出るほど高い(安くても8000円ぐらい)。
子供用のヘルメットは、新道交法でその着用が義務づけられたので、量産されて格安なのだが、大人用のものはまだまだ高い。
1万2千円の自転車に乗るのに、8千円のヘルメットを被るのは、どう考えても、不条理である。

そこで、工事防災用ヘルも視野に入れて考えてみた。
安くて品揃えも豊富だが、あれを被って御茶ノ水界隈をうろちょろしていると、過激派と間違えられそうなので躊躇していたが、ケーヨーD2(三郷店)にキャップ型ヘル(軽作業用)があって、呑ちゃんが、「これ、いいんじゃない?」と提案してくれた。

「よ、よいっ!」。
メッシュ製のキャップの内部に、取り外し可能なプラスチック製のヘルメットが仕込まれていて、被ってみると、一見、普通の黒キャップを被っているように見えるでしょ。
しかも、1500円也。
ただ、何回か試用してみて、長所もあれば短所もあることに気づく。
ヘルメット

長所:軽量で風通しもよく、(普通の帽子よりも)涼しい
短所:ストラップが付いていないので、いざ転倒したときに、脱げてしまう恐れがある

まあ、今後、使用しながら考えていこう。

さて、今日は、どこに行ったかと言えば、流山(千葉県北西部)。
目的は、二つ。

・毎週木曜に利用することになりそうな松戸駅の「無料駐輪場」の場所と利用状況の確認。
・流山と言えば、近藤勇。新撰組が屯所としていた場所を訪ねること。

さっそく、勝手知ったる水元公園桜堤を軽快にとばして、江戸川土手に。
水元公園鐘

江戸川の土手(右岸)のサイクリングロードを上流に向かって走り出す。
一面に広がる緑の河川敷とのんびりと流れる江戸川。
かなり高いところを通っているので、まるで滑空しているようで爽快この上ない。
このまま、何時間でも走ってられそうな気分である。
071105_1112~01.jpg

葛飾橋を渡って、松戸へ。
地図に従ってしばらく走ると、松戸市無料駐輪場を発見。
止めるスペースも、大丈夫なようだ。
これで、第一の目的は達成。
江戸川

松戸駅から江戸川土手をめざし、今度は、左岸のサイクリングロードに乗る。
途中、土手を降りて探索したくなるような、うっとりするような中洲があったりしたが、今回はぐっと我慢。
ひたすらに、流山をめざす。

1時間も走っただろうか。
やっと流山橋らしき所に着いた。
流山橋

ただ、橋のどこを見ても、橋名が書かれていないので確証が得られない。
しかも、葛飾区の地図しかもっていなかったので、確認もできない。

ちょうど、ママチャリで向こうからやってきたおじさんを呼び止め、尋ねてみる。

「すみません、この橋はなんという橋ですか?」
「・・・」。
「流山橋ですか?」
「・・・、そこまでは、わからないなあ・・・」。
「じゃあ、ここはまだ松戸市ですか?」。
「そうです・・・」。

なんだ、まだ松戸市かと思いつつも、変だなあ・・・、回りの風景を見るに、その橋は、どう考えても流山橋に違いないと思い始める。
というのは、平行して、武蔵野線としか思えない鉄橋が走っているからだ。
武蔵野線

しばらく、頭の中で概念図を思い浮かべた結果、流山橋だと確信する。

土手を降りて、住所プレートを確認すると、「南流山」だった。
あのおじさん、いい加減なこといいやがって。
松戸市なわけねぇだろよ・・・。

そんな風に心の中で毒づきながら、走っていたわけだが、ここで、他人のことを批判している場合ではないという、失敗をおかしていることに気づいた。
新撰組の屯所跡を訪ねてきたもの、その場所を地図で確認してくるのをうっかり忘れてしまっていたのだ。

朝、新撰組の屯所跡が流山にあるということを知ってから、舞い上がってしまって、そそくさと出かけてしまったのである。
まあ、旧街道筋で、川の側ということぐらいは分かるけど、その情報だけで、この広い流山市を自転車で駆け回るわけにはいかない。

ちょうど、通りかかった児童公園に、幼児を遊ばせている若いお母さんを発見。
さっそく自転車を乗り付けて、尋ねてみる。

「あのぉ~、新撰組の陣屋があった場所は、どの辺ですか?」
「・・・」
「近藤勇がいた場所ですよ、昔・・・」。
「えっ、こっ、近藤さんですか?」。
「そう、幕末維新の時・・・」。
「・・・、ちょっとわかりません、すみません・・・」。
「そうですか、どうもありがとうございました。・・・あっ、そうだ、役所はどこですか?」。
「市役所は遠いですが、近くに出張所ならありますけど・・・」。

助かった!
役所の出張所で地図をもらえるはずである。

こうして、南流山主張所で、市の地図(無料)をもらって、めでたく、近藤勇陣屋跡にたどり着くことができた。

流山街道をちょっと住宅地に入ったところにひっそりと、それはあった。
隣の敷地も、道を挟んだ前も墓地。
昔は、一帯が寺の地所だったのかもしれない。

古い蔵の前に、石碑と説明版が立っている。
説明版には、近藤の略歴と、西軍(新政府軍)に投降した経緯が地図入りで解説されている。
近藤

西軍は、たぶん、松戸の先まではほぼ水戸街道を陸路やってきて、流山の手前で江戸川を渡って進軍してきたものと見られる。
川筋を中心に小さな武力衝突があったらしいが、意外にも、近藤が投降することで休戦状態となり、近藤は板橋に連行され斬首。
逃げ延びた東軍(左幕派軍)は、その後、白河を経て会津まで退却戦を続ける。
周知のように、近藤と流山まで同行した土方歳三は、ついに函館まで転戦することになる。

「近藤さん、日本は滅茶苦茶な国になっちゃったけど、心配すんなよ。あんたのことを、今でもこうして慕ってくる人が大勢いるんだから。まだまだ、日本も、捨てたもんじゃねえ・・・。」

生憎の月曜とあって、閉館ににつき、中には入れなかった。

再び土手のサイクリングロードに出て、流山橋を渡り、行きとは反対の「右岸」を走って帰ってきた。
松戸

新たに装着したスピードメーターによると、32キロ走ったことになる。

あ~した天気にな~れ。

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本日の走行距離:32キロ
今月の積算走行距離:115キロ
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2007.11.04 Sun
公園一周
今日も、うっとりするような快晴。

水元公園と三郷公園を自転車で一周した。
071104_1022~01.jpg

なかなかよいコースでちょうど10キロ。

途中、「水の郷つくりイベント」で、何と、水元公園~三郷公園の渡し舟が出ていて、のんびり往復。
071104_1052~01_20071105153125.jpg


昨日は長瀞で川下り、今日は小合溜をの渡し舟。
連続2日も舟に乗るのは珍しい。

朝飯:抜き
昼食:うな重(三郷「根本」)
夕食:鍋焼きうどん
071104_1210~01.jpg


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本日の走行距離:10キロ
今月の積算走行距離:83キロ
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2007.11.03 Sat
秩父異聞
秩父には、おいそれと足を踏み入れるわけにはいかない。

そう思ったのは、二十歳代の頃だったと思う。
いわゆる「秩父事件」のことを知ったから。

幕末維新の武装権力争奪戦で勝ちを収めた「新政府」が、当時の日本列島に残存した最後の「自由」の息の根を止めた事件。
それが秩父事件だった。

自由を圧殺しようとする新政府との闘争の中で、秩父の農民たちは、水平(平等)的な人間関係の絆を構築していく。
しかし最後には、信州の山奥にまで追討の手は及び、歴史の夢は潰え去ったのである。

そんな秩父事件の重大性に圧倒されて、おいそれと秩父には行くことができなかった。
しんどくて、恥ずかしくて・・・。

しかし、今日、まったくおちゃらけなことながら、物わかりの良くなった私は、秩父に行ってきた。
しかも、バスツアーで。

楽しかった。
ワンカップ

久しぶりに蒸気機関車に乗った。
たぶん、40年ぶりぐらいだろうか。
機関車

あの、石炭の煤の臭いは、少年時代の様々な記憶を呼び起こす。

銚子駅の機関庫。
積み上げられた石炭。
カーブの時に、黒煙を上げてばく進する機関車。
窓から顔を出してそれを見ようとする子供たち。
目に煤が入り、鼻腔は真っ黒になる。
発進するときの車輪の空回りと、その圧倒的な力・・・。

やっぱり、今度はちゃんと勉強してから秩父に来よう!

決起の前夜、農民たちが連歌をものしたという社や堂宇をひとつひとつ訪ねよう。

長瀞ライン下りをしながら、そんなことを思った。
長瀞


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本日の走行距離:2キロ
今月の積算走行距離:73キロ
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2007.11.02 Fri
墨東迷走記
さて、今日のママチャリサイクリングはどこへ行こうか?
空を見上げれば、曇天。
葛飾区のピンポイント予報は、終日曇り。
http://weather.yahoo.co.jp/weather/jp/13/4410/13122.html

荒川サイクリングロードで、葛西臨海公園まで行ってみるか・・・?。
どうしよう?

いや、まずは腹ごしらえと、納豆ご飯に夕べの(大根と白菜の)味噌汁をぶっかけてかき込む。

そう言えば、昨日走ったルートで、危なっかしいところがあったな。
6号から桜橋(隅田川にかかる人道橋)に抜けるルート。
あそこをおさらいしておかなくては・・・。

路地のくねくね道は、何度も復習しないとなかなか覚えられないものだ。
行きは大丈夫でも、帰りが分からなくなったりするから。

じゃあ、道のおさらいをしてから、荒川に戻って、葛西まで行くことにしよう!
ざっと40キロか。
まあ、何とかなるだろう・・・。

ということで、ペットボトルにお茶を詰めて出発。

葛飾区側の(中川大橋から四ツ木橋間の)6号の歩道は、広くて走りやすい。
たぶん、平均時速25キロぐらいで爆走。

京成線と交差するあたりで、向こうから自転車に乗った制服警察官の二人組がやってくる。
左翼運動をやっていた若い頃、二度ばかり逮捕されてさんざん嫌がらせをされたので、今でも警官の姿を見ると、とっさに身がこわばる。

その二人の警官、談笑しながら、併走してくるので、どちらかが道を譲らなければならない。
因みに、自転車の併走は道交法違反である!
従って、正義は我にあり。
半ば、わざと、二人の間を割り込むように、すれ違った。
へーい、ざまあ見ろ!
「自転車が歩道を走るのは違反だぜ!併走も違反だぜ!」。
歩道を走っている自分のことをすっかり棚に上げて、心の中で叫ぶ!
四ツ木橋

四ツ木橋を渡って、6号を消防署の所で右折。
すぐに向島百花園の前を通るが、そうだ、ちょっと寄り道して行こう!
今日は、通勤じゃないんだし。

実は、向島百花園に入ったことがなかったのだ。
入園料150円を払って中に入る。
そう広くはない。
緑のモザイクの中に潜り込んだような陶酔感を覚える。
百花園

堀切菖蒲園と同じぐらいの規模か。
お婆さんのグループがあずま屋でお弁当を使っている。
小学2年生の子供たちが、課外学習で来ていた。
気に入った。
何というか、一種の迷宮感があって、この庭園の物理的な広さや全体像を忘れさせるような設計になっているような気がした。
なかなか風流な茶室のような建物もあって、貸し出しをしているとのこと。
しかも、持ち込み自由。
そのうちここで、月下の宴などやってみたいものだ。
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index032.html
芭蕉句碑

昨日までの訓練の甲斐あって、するすると桜橋に到着。
まあ、これで大丈夫。
しばし、隅田川の川面を眺める。
桜橋

土手を降りると、有名な向島の「言問団子」。
かわいそうに、今は、首都高の下にひっそりと。
話の種に入店。
うん、さすが老舗の気風あり。
団子を食べる趣味はないし、最近、有名和菓子店の賞味期限偽装問題などもあったので、そのまま帰ろうとするが、そうだ、呑ちゃんに買って帰れば喜ぶに違いないと確信し、一番小さな6個入りを一箱購入。
600円也。
う~ん、でもちっと高いんじゃねえの。タコ焼きに比べて・・・。
事問団子

さて、それでは、荒川に戻ろうと走り出すが、各所で、抜け道になりそうな気配の道を見て、スケベ根性が出てきて、いちいち入ってみる。
案の定、道が分からなくなり、しばらく迷走。

そんなこんなでさすがに腹が減ってきたので、迷走のついでに通りかかった業平の「ねぎラーメン」に入る。
訓練中にて、ビールは我慢。
看板のねぎラーメンは、しっかりした味でなかなかうまい。
75点!
ややこってりしていて、塩気が強い。
ぽっとでのラーメン屋にありがちの外連味(けれんみ)はなく、実質がある味である。
650円也。
う~ん、でもちっと高いんじゃねえの。下町のラーメン屋にしては・・・。
ネギラーメン

自転車に長時間乗っていると、なぜか、ラーメンが食べたくなるものだ。
下町の路地には、うまそうなラーメン屋が多いこともあるかと思うが、きっと、喉が渇いていて、汁物が食べたくなるせいかもしれない。

さて、腹も満たされたし、荒川に戻ろうと、走り出す。
雲行きがちょっとあやしくなってきたぞ。

四ツ木橋から右岸河川敷(墨田側)のサイクリングロードに降りる。
車も走ってないし、信号もない。
すごく気持ちがよい。

しかし、しばらく走っていると、雨が落ちだしてきた。
何と無情な!
仕方がないので、平井大橋を渡って、葛飾区側(左岸)に出る。
左岸のロードは、真上に首都高が通っているので、いわば、屋根付きのロードだからである。
だが、吹き付ける東風のため、雨がしきりに降りかかってくる。
小松川橋の手前まで来たとき、かなり大降りになってきたので、高架の柱の陰で雨宿り。
中川の川面を見つめながら、煙草を吹かす。
荒川2

30分ぐらい待っただろうか。
小降りにはなってきたが、一向に止む気配がなし、土手の吹きさらしは寒いので、今日の葛西臨海公園行きは断念。
帰途に着く。

しかし、皮肉なもので、水元に着く頃には雨はほぼ止んでいた。

帰りに、晩ご飯の具材としてすき焼きの材料を買い込み、図書館に寄って本を借りて帰宅。

地図で確認すると、なんだかんだで、約36キロ走った一日でした。

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本日の走行距離:36キロ
今月の積算走行距離:71キロ
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自転車    Comment(3)   TrackBack(0)   Top↑

2007.11.01 Thu
自転車通勤事始
今日は、学園祭で全学休講。
天気もそこそこよかった(東京東部は、雨もほんのパラパラ)。

しか~し、私は、午前中に自転車に乗って出かけました。
御茶ノ水まで・・・。

昨日で定期券も切れたので、いよいよ来週から、本格的に、駿河台までの自転車通勤を敢行します(荒天と大宴会が予定されている日は除く)!

今日は、そのルートの選定と訓練なのでした。

葛飾区内は、道も分かっているので、お茶の子さいさいですが、問題は、四ツ木橋を渡って、墨田に入ってから。
前回は、水戸街道(6号)をずっと進むという当たり前のルートを取りましたが、歩道が走りにくい、排気ガスが苦しい。
今日は、安全で健康的なルートを求めて、あちこちを走り回りました。

その結果、6号から途中で右に折れて、向島百花園の前を通り、隅田川に出る。
桜橋を渡って(歩行者用の橋は、こととい橋よりタッパが低くてうんと楽だぁ~)、台東区へ。
墨田公園を抜けて吾妻橋の遊覧船の船着き場に出ると、何だか嬉しい。
それから、隅田川沿いの側道を通って、再び6号を直進。
浅草橋駅のところで右折して、しばらく総武線の高架下道路を走る。
秋葉原駅にぶつかったところで左折して、靖国通りに出て、その後抜け道を通って、駿河台に到着。

このルートだと、ちょっと遠回りになるので、片道16キロ。

そう言うわけで、タッチアンドゴーで帰路につき(仕事はないので)、帰って参りました。

あちこち回ったので、35キロは走ったと思います。

このところ、休みの日は、努めて、10キロ以上走っているので、疲れはあまり感じませんでした。
とっても爽快で、夕ご飯が(ビールも)美味しくいただけました。

明日も、訓練のため、遠出をするつもりです。

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本日の走行距離:35キロ
今月の積算走行距離:35キロ
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