日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2007.01.31 Wed
写真改題
写真改題

呑ちゃんが、以前、断腸亭写真投稿掲示板に投稿してくれた私の子供の頃の写真。
それをこの場で、解説付きで公開致します。
但し、アルバムから携帯のカメラで撮った写真なので、必ずしも写りが良くない。

・三輪車に乗っている写真

0000074.jpg


1歳半ぐらいだろうか。
父が結核で入院がちだったので、母方の祖父母の家で、ほぼ、3歳ぐらいまでここで育てられました。
産まれたのも、この家の庭に面する4畳半の部屋(当時は産婆さんが来たものです)。
背景に映っているのはその家の庭。
隠居した祖父が庭いじりが好きで、たくさんの果樹が植わっていた。
梨・梅・ビワ・葡萄・ミカン・キンカン・アケビ・イチゴ・アスパラ。
池には、鯉や金魚が泳いでいて、鶏も飼っていた。
小学校を卒業するまで、夕方までこの家にいて、夜になると、仕事の帰りに父が車で迎えに来るという生活が続いた。
目をつぶると、家のレイアウトが今でもありありと思い浮かびます。

・直立歩行している写真

0000075M.jpg


3歳ぐらいだろうか。
銚子のはずれにある「七つ池」という用水池か、「白石ダム」という堰池で撮影したものと思われる。
たぶん、望遠を使っている。
写真としては、良いですね。

・学ランを着ている写真

0000076.jpg


中3の修学旅行の列車内。
会津に行ったんだと思うけど、記憶が曖昧。

私に後ろから肩に手をかけている男は、M君でバスケットボール部の主将で、当時、一番親しくつきあっていた友人。
大学までバスケットを続けたのは知ってるけど、今はどうしているか。

向かって右後ろで手をあげているのは、I君で、やはりバスケットボール部員。
代々の政治家一家で、彼も、市会議員になったという噂を聞いたが、定かではない。
ハナ肇に似ていた。

写真は、撮っておくものだというのが、正直な感想。
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2007.01.30 Tue
女性出産装置論の周辺
柳沢厚生労働大臣が、少子化対策に触れて、女は「子供を産む機械」と発言して物議を醸している。
格差増大主義者の小泉くんや、強制教育主義者の安部くんや、女性差別論者の石原くんのあまりにも低脳な発言に普段から慣らされてきたためか、私は、大して驚かなかった。
この手の連中は、そもそも、国民を「私利を肥やす機械」「票をもたらす機械」「搾取すべき機械」ぐらいにしか思っていないので、女性のことを産む機械だと思ってしまうのは、むしろ、予想通りだと感じたからだ。
列車強盗は「手を上げろ」と言うものだし、八百屋は「え~、っらっしゃい!」と言うものだし、夜鳴きラーメンはチャルメラを吹くのと同じぐらい、今回の暴言(失言ではない)は、あぁ~、やっぱりねという感じである。

今回の発言に対し、女性たちはかなり心が傷ついたということは察するに余りある。
また、同大臣が「15~50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」などとほざいていることから分かるように、女性が安心して子供を産める環境作りは、端から推進するつもりはなく、ただ一人一人の女どもよ、頑張って「産め!」と命令しているようなものである。
つまり、今度の件で、政府が、女性・出産・教育という、利権をむさぼれない分野のことは、まったく真剣に考えていないことも、案の定、判明した。
ただ、マスコミ等では、この発言を「時代遅れ」の考え方だという批判(男性の識者にこの発言が多い)も聞こえてくるが、これはどうであろうか。
「古い」から、駄目なのであろうか。

だが、たとえば、ちょっと過去の、明治・大正あたりの小説など読んでいても、女性のことを「産む機械」だという考えを持つ登場人物には、ほとんど出くわさない。
むしろ、貧しいながら、現代よりもずっと子供を大切に思っている社会が感じられる。
毎日のように、親が子を子が親を平気で殺すような今の社会とはずいぶん違う。

昔も今も、女性のことを産む機械だという考え方が罷り通るのは、皇室ぐらいなものではなかろうか。
そう言えば、先頃、天皇の息子の嫁が、なかなか子供(とりわけ男児)を産まないのを由々しきことのように言っている連中がいたが、そうした輩は、多かれ少なかれ、女性出産装置主義者ではないだろうか。
あれでは、天皇の息子の嫁がかわいそうで、精神的な病になっても不思議ではない。
子供を産めない女をすぐに捨てて、何人も妻を変えるという、記紀万葉時代からの皇室の伝統(女性出産装置主義)は、男系の血筋が家督を継ぐという利権主義から発生しているもので、封建時代には、日本だけではなく、イギリスあたりにも見られる現象ではある。

ただ、女が産む機械だとすれば、男は産ませる機械に他ならないことも、肝に銘じなければなるまい。

因みに、先に「残業賃金不払い法案」を強力に推進したのも、同厚生労働大臣である。
やはり、国民は「働く機械」に過ぎないという考え方が根底にあるようで、滑稽なほど符丁が合う。

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記
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2007.01.30 Tue
博多紀行
先日、職場の野暮用で、二泊三日で博多に行って参りました。
二年ぶりの博多でした。
そう、デルタ同盟の九州ツアー以来です。
疼くような「郷愁」感・・・。
そして、寛さんにお会いしてきました。
以下、ご報告。

・23日(モツ焼屋・洋食屋台)
最初の夜は、職場の仲間ともつ鍋を軽くやった後、洋食系の屋台として評価の高い、中州の「しずえ」へ。
ブルーシートの天蓋の下でフランス料理を食らいつくというのも、不思議な感覚だ。
マスターは、包丁無宿的な雰囲気の漂う久留米男。
目の前で、フライパンの炎が高々とあがる。
極上のずどんと重いフランスの赤ワインで乾杯した後、お任せのコースを所望。
出るは出るは・・・、玄海海鮮オードブル、アラのソテー、鹿児島牛の刺身、アワビのステーキなどなど。
口中は、連続的に楽園状態を維持しっぱなし。
お薦めだけど、値段もよかぁ~~~。

・24日(能古島の「かもめ」再訪・夜、寛さんに再会)
翌払暁、博多区のホテルで眼を醒ます。
同僚の起床を待って、二年前の二月にみんなで訪れた能古島の「かもめ」へ。
かもめの女将さん、前回と同様、元気溌剌で、博多沖地震の話を面白おかしく話してくれる。
ご主人も、恥ずかしそうに厨房から出てきてご挨拶。
一昨年の二月に葛飾デルタの仲間と来たことがあるという話をしたが、他の客と微妙に勘違いしているようで、話が噛み合わない。
さてさて、先ずは、鯵の南蛮漬けと草フグの刺身。
草フグの刺身を出す店なんて、日本でも珍しかぁ~、です。
こりこりの食感がたまらん。
メバルの煮物、飯蛸の煮付け、カサゴの刺身、そして、薩摩白波の湯割り。
博多湾を見晴らかしながらの昼時の、極上の一時だった。
ふみ

(店に飾られている檀ふみの色紙)
さて、この後、同僚と博多駅で別れ、夕方、寛さんと会うまで時間があったので、マッサージ店(癒し処・健創縁)に入る。
森の中をイメージした店内は、自然の中に身を置いているようで良い!
しかも、店員の爽やかな応対も、これまた、良い!!
店員が、全員、お姉さんのが、さらに、良い!!!
足と身体のマッサージは実に気持ちよく、能古島で飲んだ焼酎も効いてきて、起こされるまですっかり熟睡。

寛さんとは、博多駅博多口の鈴のところで待ち合わせ。
あの懐かしい帽子を被った寛さんが、「愉しき梟」のような風情で佇んでいるではないか。
ああ、何年ぶりだろう!
浅草・柴又以来か!
包み込むような笑顔を髭が囲んでいる・・・。
握手と挨拶もそこそこに、早速、寛さんのお薦めの中洲のお店へ。

八十歳くらいの、粋なお婆さんが女将のしっとりと古さびた酒処。
突き出しは、綺麗に煮上がった筑前煮(さすがっ!)。
芋焼酎のお湯割りを傾けながら、ごま鯖を突きながら、話題がこんこんと湧きだして留まるところを知らない。
デルタのメンバーとの九州旅行の思い出、藤村の『夜明け前』のことなど・・・。
何せ、昼間から飲み通しなので、かなり酔っぱらっている。
われわれ髭の二人が、最後まで残り、女将さんと話をすることができた。
女将さん、かなりの旅行家で、柴又帝釈天にもいらしたことがあり、大変に「懐かしい」気分のする良い所だと言う。
これを聞いた自分は、我が事のように嬉しくて、しばらく葛飾談議に盛り上がる。
その女将さん、私の耳には、京風な博多弁のように響いた。
人工的な共通語に犯されていない日本語というのが、いかに表現力に富み、優しく、美しいか、久々に実感し、羨ましくもなる。

お店がお仕舞いだということで、もう、12時も回っていたが、当然のように、「もう一軒!」。
これも、寛さんの馴染みの店で、新宿ゴールデン街にありそうなカウンターバーに入る。
ここでも、二人の話は終わらない・・・。
日本語の方言についてさんざん話をしたような・・・、気がする。
寛さんが、フグの白子を頼み、高いだろうなぁと心配した記憶あり。
別れ際に、寛さんが、翌日も「仕事を休んで」あちこちを案内したいと言う。
それは、申し訳ないので・・・、などと言い交わしながら、タクシーに乗った頃には、「では、明日朝10時に博多駅で」という約束をしている・・・。

・25日(寛さんと津屋崎海岸等を散策)
博多区のホテルにて起床。
快晴である。
ホテルの地下の天然温泉大浴場でひとっ風呂。
駅前のビジネスホテルなのに、地下に温泉があるのだ(八百治博多ホテル)。
風呂上がりに缶ビールを買って、きゅ~っと呷るが、昨日は一日中飲み通しだったせいか、五臓六腑が重苦しい。

ホテルをチェックアウト。

博多の駅前は、道がよく整備されていてわかりやすい。
関東でこれに匹敵するのは、東京駅ぐらいか。

博多周辺の地図を見ると、博多という街は、西の背振山地と東の三郡山地の間の谷が海に向かって広がる扇状地に位置する。
逆に、この扇状地を登り、いわば、扇の要に当たる所に太宰府が位置する格好である。
太宰府の背後の、谷が一番狭くなった所を抜けると、そこはもう、九州一の筑後平野が広がっている。
7世紀に大和政権によって、軍事要塞兼行政出張所として築かれた太宰府は、地勢上、明らかに朝鮮半島を睨んだ軍事的施設であったということが分かる。
筑後平野側からの、つまり、背後の固めは弱く、ほぼ、無防備にならざるを得まい。
時代はかなり下るが、13世紀の元寇の際、モンゴル軍は太宰府の手前まで侵出し、日本軍と対峙した。
このときが、外国軍勢からの防衛施設として太宰府がその役割をいくらかなりとも発揮した最初にして最後の例である。

駅に到着。
駅前の地図を仰ぎ見ていると、寛さんが現れた。
お互い、恥ずかしそうに挨拶をする。
前の晩、とことんまで飲んだ相手と翌日会うと、なぜか、何となく恥ずかしいものである。

早速、駅から列車に。
今日の目的地は、近く部分廃線の決定した西鉄宮地岳線の「津屋崎(つやざき)」(博多より海岸線沿い北東に30㎞ほどの港町)である。
(未完)

070124_1402~01

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2007.01.25 Thu
博多紀行
先日、職場の野暮用で、二泊三日で博多に行って参りました。
二年ぶりの博多でした。
そう、デルタ同盟の九州ツアー以来です。
疼くような「郷愁」感・・・。
そして、寛さんにお会いしてきました。
以下、ご報告。

・23日(モツ焼屋・洋食屋台)
最初の夜は、職場の仲間ともつ鍋を軽くやった後、洋食系の屋台として評価の高い、中州の「しずえ」へ。
http://www.walkerplus.com/gourmet/special/yatai/koseiha/2.html
ブルーシートの天蓋の下でフランス料理を食らいつくというのも、不思議な感覚だ。
マスターは、包丁無宿的な雰囲気の漂う久留米男。
目の前で、フライパンの炎が高々とあがる。
極上のずどんと重いフランスの赤ワインで乾杯した後、お任せのコースを所望。
出るは出るは・・・、玄海海鮮オードブル、アラのソテー、鹿児島牛の刺身、アワビのステーキなどなど。
口中は、連続的に楽園状態を維持しっぱなし。
お薦めだけど、値段もよかぁ~~~。

・24日(能古島の「かもめ」再訪・夜、寛さんに再会)
翌払暁、博多区のホテルで眼を醒ます。
同僚の起床を待って、二年前の二月にみんなで訪れた能古島の「かもめ」へ。
http://www.nokofan.net/p_h_02kamome.html
かもめの女将さん、前回と同様、元気溌剌で、博多沖地震の話を面白おかしく話してくれる。
ご主人も、恥ずかしそうに厨房から出てきてご挨拶。
一昨年の二月に葛飾デルタの仲間と来たことがあるという話をしたが、他の客と微妙に勘違いしているようで、話が噛み合わない。
さてさて、先ずは、鯵の南蛮漬けと草フグの刺身。
草フグの刺身を出す店なんて、日本でも珍しかぁ~、です。
こりこりの食感がたまらん。
メバルの煮物、飯蛸の煮付け、カサゴの刺身、そして、薩摩白波の湯割り。
博多湾を見晴らかしながらの昼時の、極上の一時だった。
070124_1402~01.jpg

さて、この後、同僚と博多駅で別れ、夕方、寛さんと会うまで時間があったので、マッサージ店(癒し処・健創縁)に入る。
森の中をイメージした店内は、自然の中に身を置いているようで良い!
しかも、店員の爽やかな応対も、これまた、良い!!
店員が、全員、お姉さんのが、さらに、良い!!!
足と身体のマッサージは実に気持ちよく、能古島で飲んだ焼酎も効いてきて、起こされるまですっかり熟睡。

寛さんとは、博多駅博多口の鈴のところで待ち合わせ。
あの懐かしい帽子を被った寛さんが、「愉しき梟」のような風情で佇んでいるではないか。
ああ、何年ぶりだろう!
浅草・柴又以来か!
包み込むような笑顔を髭が囲んでいる・・・。
握手と挨拶もそこそこに、早速、寛さんのお薦めの中洲のお店へ。

八十歳くらいの、粋なお婆さんが女将のしっとりと古さびた酒処。
突き出しは、綺麗に煮上がった筑前煮(さすがっ!)。
芋焼酎のお湯割りを傾けながら、ごま鯖を突きながら、話題がこんこんと湧きだして留まるところを知らない。
デルタのメンバーとの九州旅行の思い出、藤村の『夜明け前』のことなど・・・。
何せ、昼間から飲み通しなので、かなり酔っぱらっている。
われわれ髭の二人が、最後まで残り、女将さんと話をすることができた。
女将さん、かなりの旅行家で、柴又帝釈天にもいらしたことがあり、大変に「懐かしい」気分のする良い所だと言う。
これを聞いた自分は、我が事のように嬉しくて、しばらく葛飾談議に盛り上がる。
その女将さん、私の耳には、京風な博多弁のように響いた。
人工的な共通語に犯されていない日本語というのが、いかに表現力に富み、優しく、美しいか、久々に実感し、羨ましくもなる。

お店がお仕舞いだということで、もう、12時も回っていたが、当然のように、「もう一軒!」。
これも、寛さんの馴染みの店で、新宿ゴールデン街にありそうなカウンターバーに入る。
ここでも、二人の話は終わらない・・・。
日本語の方言についてさんざん話をしたような・・・、気がする。
寛さんが、フグの白子を頼み、高いだろうなぁと心配した記憶あり。
別れ際に、寛さんが、翌日も「仕事を休んで」あちこちを案内したいと言う。
それは、申し訳ないので・・・、などと言い交わしながら、タクシーに乗った頃には、「では、明日朝10時に博多駅で」という約束をしている・・・。

西鉄宮地岳線は、うっとりするような海岸線を走る牧歌的な列車。
ぬれ煎餅を売るなどして命脈を保っている銚子電鉄のことなど話していると、やがて、終点の津屋崎駅に着く。
懐かしさがこみ上げてくるような駅舎である。
もうすぐ、途中の「新宮(しんぐう)駅」までを残し、廃線となるわけで、その事実が、まだ現存する今でも、尚更に、懐かしさを増すようである。
http://www.xenos.to/images/oms16a.jpg

駅の改札を抜けると、すぐ海が見える。
浜の近くを通る海岸道路を敢えて後まわしにして、一本陸側を通る古い町並みを歩くことに。

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2007.01.11 Thu
キリタンポ鍋の作り方
キリタンポ鍋の作り方

これからの季節、つくづく美味しい北方秋田の「キリタンポ鍋」の作り方を公開したいと思います(これの研究には、実に5年を要したことを告白します)。
ただし、前文は異常に長いので割愛しました。

「キリタンポ鍋」を作るにあったっては、まず、下に登場する材料と、レンタルビデオ屋さんに行って、映画を一本借りるべし。
また、美味しいキリタンポ鍋を拵えるには、鶏ガラスープをきちんと作ることから始めなければならないことを心がけるべし。

というわけで、まずは、鶏ガラスープの作り方から、伝授致しましょう。
-----------------
・鶏ガラスープ

大鍋に熱湯を沸かし、ドボンと鶏ガラを入れる。ここで煙草に火をつけて、一服し終わったら、鍋をザルにあけちゃう。
もうできたの?
違います。これは、クサミ抜き。
そんなの面倒だ、と言う人は、流しに鶏ガラを安置して、まんべんなく熱湯をかけるだけでもよい。
さて、ここでまた鍋に水(湯ではない)を入れよう。水の量は、鍋底に鶏ガラをゴロンと寝かせたときの、一・五倍ないしは二倍ぐらいがよかろう。そのなかに、鶏ガラ、ネギ一本(モッタイナイと思う人は何本かのネギのアオイところだけを切って入れなさい)、切れ込みを入れた(ウズラの卵大の)ショウガ、潰したニンニク数カケ、それに卵の殻などを入れる(卵の殻にはアクを吸収する働きがあるそうな)。
さらにお好みで、台所にある香味野菜の数々、タマネギ、ニンジンの頭やシッポ、セロリ、パセリの茎など、何でもぶち込むがよい。
また、「美味しいラーメン屋さんの秘伝風スープ」に仕立てたければ、さらに、鶏の頭と足、ノコギリで分割した豚骨、煮干し、コンブ、スルメなどを投入してみるのも面白かろう。ただ、いろいろ入れるときには、何でも少しずつ、つまり、何かだけが突出しないように、「広く薄く」入れることを心がけたい。
そうして、コンロに点火して、沸騰するまでは強火で、そして沸騰したら、ただちに弱火にする。このあとコトコトと煮るわけだが、「終始、弱火で、しかも鍋にフタをしない」というのがコツである。これは必ず守ってほしい。
御苦労様。これで、あとはもう待つだけです。「果報は寝て待て」という気分に存分にひたってもらいたい。あるいは、「動かざること山の如し」という落ち着きを取り戻してもらいたい。
さて、いよいよここで、おもむろにビデオとビールを取り出す。デッキに例の映画ビデオを挿入して再生ボタンを押す。しかるのちに、ビールの栓を抜く(この順序は決して逆であってはならない)。
あとはもう、一杯やりながら、ひたすらじっくりと映画を堪能するだけ。
そして、映画一本を見終わったところで、やおら台所におもむいて、コンロの火を消し、水面に浮かんでいるアクを丁寧にすくう。
言い忘れたが、この場合、映画と言っても、何でもよいというわけではない。普通の長さのものにしてほしい。『ローマの休日』ぐらいか、せいぜい、『インドへの道』程度の長さの作品が望ましい。くれぐれも、『風と共に去りぬ』や『人間の条件・全六部』を借りないようにしてもらいたい。
冷めたら、(布巾を敷いた)ザルにあけるのだが、その際、下に鍋かボールを置くのを忘れずに。でないと、全部流れてしまって、今までの苦労が水の泡になってしまう。
これ、私の経験。
あとは、ゆうべ空にした一升瓶にでも入れて、冷蔵庫に格納しておく。塩と酒少々を加えておけば、日持ちもするというもの。

・キリタンポ鍋

まず、肝心のキリタンポだが、最近は都会のスーパーでもかなりよく見かけるから、それを買ってくればよかろう。
なければ、秋田で「ダマッコ」と呼ぶものをこしらえればよろしい。
このダマッコ、形状はキリタンポと違っても、味はまったく同じなのだ。おまけに作るのも至極簡単ときている。
普通に炊いた御飯を鉢に入れ、麺棒か何かの先でつく。お餅で言えば、五分づきぐらいか。まだツブツブが残っている程度でよい。つきあがったら、ツクネ大の団子をいくつも作り、焼きおにぎりの要領で、少し焼き色がつく程度に網であぶれば完成。このあぶる工程は省略してもよい。ただその場合は、あとで汁に入れたときバラバラにならないように、団子の表面が乾いてやや堅くなるまで放置しておこう。
さて、いよいよ、鍋そのものを作ってみよう。
鶏ガラスープを土鍋に取り、醤油、酒(好みによって、みりんも)を入れて、お吸い物よりやや濃いめにしてやや甘めの汁を作る(砂糖は禁物)。
煮立ったら、鶏のモモ肉、(手に入れば)トリモツのキンカンと卵巣を入れ、その後、ササガキゴボウ、白菜、豆腐(焼き乃至は木綿)、ネギ、細かく切った油揚げ、シラタキ、そしてなくてはならぬマイタケを入れ、ナメコを入れ、最後にキリタンポを入れる。
それでもって食べる直前に、「勘弁してくれ」というぐらい大量のセリを入れ、セリが煮え切らないうちに食べる。
ゴボウとマイタケとセリは絶対に省略すべからず(ただ、セリがない季節は涙を飲んでミツバで我慢)。
逆に、上記以外に入れてもよいものは、生シイタケ、エノタケ、シメジ、里芋、春菊、餅などだが、入れないのが小生の好み。
なお、「本格」キリタンポ鍋では、比内鶏(秋田は比内地方の地鶏)のスープと肉が入るのだが、入手困難つき普段は断念せざるをえない。
是非、お試しあれ。

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2007.01.08 Mon
水元公園散歩と明神の湯
起床後、水元公園を散歩。
前日にひきかえ、風穏やか。
前日の強風に、香取神社の銀杏が落ちている。
水場に鴨多し。

朝食:納豆(もずく入り)、肉じゃが、蕪のみそ汁

自転車で、亀有の明神の湯に。

じっくり暖まり、ピリ辛ラーメンを食べ、汗だく。
帰路、ホームセンター島忠に寄って、水彩画セット、干し魚網、スモーカー等を購入。
夕食:きんぴらゴボウ、鶏唐揚げの卵とじ、蕪の塩もみ、蕪のみそ汁、デザートはくず餅。

足踏みをして就寝。

070108_0951~01.jpg

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2007.01.07 Sun
柴又帝釈天初詣
深夜映画(『逆転』など)を見たお陰で、朝寝坊。
朝食:ホワイトソーススパ

自転車で柴又へ。
風強し。
人多し。
娘たちにお守り購入。
お参り後、蕎麦屋しば忠で、海老薩摩揚げ、鴨焼、せいろを食す。
太めの麺、量多し。美味。

帰宅後、高木屋のくず餅食す。やはり美味。

夕食:肉じゃがとお茶漬け。

テレビドラマ『風林火山』と『白虎隊』を見る。
官軍(天皇の軍隊)よる会津の破壊に腹が立つ。
奥州越列藩同盟の敗北に、心から同情。

NHKアーカイブ『下町』(63年昨)に感動。

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