日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2015.06.14 Sun
6月13~14日「旧中仙道中碓氷峠を越える」
6月13~14日「旧中仙道中碓氷峠を越える」

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週末は、江戸期の中仙道中碓氷峠越え。

信越本線西松井田駅から旧中仙道を歩き始め、横川の宿に一泊。

二日目は、(本当の)碓氷峠越え(現国道の碓氷峠は「嘘」の峠なのである)。
山蛭の襲撃に耐えながら、急峻な山道を歩く。

国道18号線(新中仙道)を自転車で登った時の数倍しんどかったが、「旅」をするに、徒歩に勝るものはないことを確信した。

帰路は、新幹線→高崎線を乗り継いでふらふらになって深夜に帰宅。

ご同行のやまびこさんご夫妻、Bさん、理恵さん、ありがとうございました。

実歩経路地図;
1日目(西松井田~横川)


2日目(横川~碓氷峠~軽井沢)


https://www.facebook.com/atsushi.nagae.9/posts/708556145920476
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2011.12.27 Tue
銚子「犬吠埼・太陽の里」~自転車旅行にうってつけの施設
今年は曜日回りが良くて、22日の木曜日が御用納め。
23日から、目出度く、冬休みとなった。

最近どうも体調が思わしくないお袋を見舞うため、呑ちゃんとさっそく銚子へ行ってきた(久々に鉄道で)。
先ず、京成電鉄で船橋まで出て、船橋のスペイン料理店「タベルナ カディス」で昼食。
750円のランチは、スープとコーヒーまで付いてくる。
美味しくて安いのがすこぶる良い。

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(個性的な「タベルナ カディス」の店内)

船橋からは、総武線快速、成田本線(普通)を乗り継いで銚子へ。
酒々井や佐倉あたりでは、普段は自転車で走っている田舎道を眼で追いかける。
鉄道の方から見ると、また、違った趣であるが、すぐにでも下車して自転車で走りたくなってしまうのは、はたして、自転車乗りの抜きがたき習性か・・・。

銚子駅で下車して、びっくり。
ついに改札が電化されたのである。

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(電化された銚子駅の改札。ピカピカの新品!。幾らぐらいするのかなあ?)

従来のレトロな感じの「人力」改札が好きだった私としてはちょっと残念な気がするが、ここまで踏ん張った銚子駅は偉かった。

お袋は、基本的に客好きなので、予想外に快活で元気。
墓参りや買い物をする。
冬支度として、ホカホカ絨毯を出したり、ストーブの石油を充填する。
電動ママチャリの充電をする・・・。

2泊3日の中日には、去年の秋にオープンしたという「スパ&リゾート犬吠埼 太陽の里」に行ってみる。

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(銚子電鉄に乗って、「スパ&リゾート犬吠埼 太陽の里」へ。犬吠埼駅下車)

これがかなり良い。
温泉浴場からの眺めもよいし、館内には、バーや食堂や仮眠室まで完備。
館内の飲食代が比較的安いのも良い。

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(「スパ&リゾート犬吠埼 太陽の里」の入口。自転車を置く場所もたくさんありそうである)

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(テラスからは太平洋が一望できる)

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(もちろん、犬吠埼も見える)

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(展望室には安楽椅子があってゆったりと過ごせる)

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(畳敷きの休憩所)

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(館内には、「漁師料理・銚子港」もある)

そして、極め付きは、仮眠室たる「リクライニングルーム」。

IMG_0134_20111227060704.jpg
(一泊することもできる「リクライニングルーム」。女性専用室もあり)

安楽椅子各個にテレビ付きで、席数も十分(毛布付)。

ここの入浴(入館)料は、大人1,580円とちと高いが、タオルセットと内着付。
しかも、1,050円を追加して支払えば、翌朝8時まで仮眠室を利用できるのである。
これは、銚子まで自転車で1泊旅行するには打って付けの施設である。
何と、2630円で一泊できてしまうのであるから(マッサージもあり)。
しかも、館内で宴会もできるし・・・。
是非、近い内に利用したいものである。

・・・と結局のところ、自転車旅行の下見をしてきたようなものであった。

お袋も元気を取り戻して、笑顔に陰りもなくなって、持ち前の声の明るさも顕在化。

また、来月には行きたいものである(できれば、自転車で)。

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
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2010.03.09 Tue
台北紀行~その自転車事情など
世界最大の自転車生産国は、驚くべきことに、バイク(スクーター)王国だった。
とにかくオートバイが多い。
幹線道路も、路地も、歩道も、至る所、オートバイだらけ。
イタリアに行ったときも、オートバイの多さに驚いたが、台湾は、そのイタリアの比ではない。
台北の街は、まるで、毎日、暴走族のイベントが繰り広げられているかのように、オートバイが爆走しているのである。

交差点で信号が赤になる。
次々とクルマが停止線に止まるが、ここ台湾では、クルマの停止線の前にオートバイ専用の停止区域があって、オートバイは、止まっているクルマの間を縫うようにして、最前列に溜まり始める。

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(オートバイ専用の停止区域・原付だけど二人乗りは当たり前だもんね~)

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(次第にオートバイが溜まって来る)

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(もうすぐ青になるので、エンジンをふかし始める)

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(さて、レースの始まりだ!)

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(そして、フラッグが振られて一斉にスタート)

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(爆走あるのみ)

とにかく街中のオートバイの数は半端ではない。
東京の街には、夥しい数のママチャリが溢れかえっているが、あれが全部オートバイだと想像すればよい。

そんな中、奮闘する自転車も、少ないながらも奮闘していた。

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(ヘルメットを被って通勤するマウンテンの若者)

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(二段階左折[台湾では車輌は右側通行]をするために停止する自転車)

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(車道の右端をきちんと走るママチャリだが、ご覧のように、オートバイが歩道までも蹂躙しているので車道を走る「しかない」というのが実態)

とにかくこの国のオートバイの幅のきかせ方は壮絶で、歩道を爆走するオートバイを見かけることしばしば。
しかも、その歩道にも、オートバイが溢れかえっている。

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(歩道に止めれれたオートバイ1)

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(歩道に止めれれたオートバイ2)

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(歩道に止めれれたオートバイ3)

(この項続く)


22512
15.53

14924
10.29

8192
5.65

テーマ:自転車 - ジャンル:趣味・実用
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2009.09.16 Wed
養老渓谷紀行2
【雨の養老渓谷下流域を歩き回る】

雨である。
朝のうちは、かなり本降りであったが、昼前には、雨が上がったので、今日は、下流域の「観音橋」から歩いてみることにした。

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(出発点の「観音橋」)

今日の経路は、行き当たりばったりで、道にも迷いながら、結局、養老川を中心に左回りに約15キロほどを歩いた。
観音橋→白鳥橋→宝衛橋→養老渓谷駅(昼食:ラーメン)→渓谷橋→梅が瀬渓谷付近→バンガロー村→塚越→(中瀬遊歩道)弘文洞跡→中瀬キャンプ場→観音橋→宿(「喜代元」)。
途中、雨が降ったりやんだりで、雨宿りをしながらの行程だったが、雨の養老渓谷の風景は、しっとりと静まりかえっているような趣があって、なかなか心地よかった。

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(至る所に彼岸花が咲いていた)

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(大きな栗の実)

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(花梨の樹も、大きな実をつけていた)

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(山道をずんずんと登る)

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(昼なお暗き林道を進むと・・・)

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(宝衛橋に出る・向こうの青い橋が渓谷橋)

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(下を覗き込むと、碧の流れ)

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(先ほど宝衛橋から見上げた渓谷橋)

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(その渓谷橋から、今度は、宝衛橋を見る)

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(路傍の延命地蔵)

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(検地を逃れるための隠田は、さぞかし、こんな感じだったのではないかと思わせる所)

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(途中で、まったく道に迷って、方位磁石だけを手がかりに羊腸の小径を下る)

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(すると、小さな川にぶつかって行き止まり)

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(やっとのことで、バンガロー村にたどり着く)

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(雨も上がって、一安心)

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(・・・と思いきや、また降り出した。雨に煙る中瀬遊歩道)

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(そして、下流域の一番の見所、弘文洞跡)

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(無事、今日の宿に到着)

翌日。
快晴。
徒歩で、宿から養老渓谷駅に向かう。

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(養老渓谷駅舎)

駅舎では、4匹の猫が暮らしていた。
列車が来るまで、呑ちゃん、猫と戯れる。

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(この子猫がかわいかった)

われわれは、小湊鉄道で五井駅まで出て、内房線・総武線・京成線を乗り継いで、葛飾は水元に帰還したのであった。

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走行距離:4キロ(ママチャリ)

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2009.09.15 Tue
養老渓谷紀行1
【去年9月のツーリングでぎっくり腰】

去年の9月、二泊三日の下総と上総を一周するツーリングに行った。
自宅→(利根川経由)銚子泊→(九十九里自転車道経由)大原泊→(養老渓谷経由)自宅。
走行距離:計約340キロの旅だった。
帰路の房総半島横断は、山越えがあったし、とても暑い日だったので、かなり厳しかった。
やっと山越えが終わって、市原の平地に出て、「上総国分寺跡&国分尼寺跡」(国分尼寺の中門と金堂は、当時の建築手法を再現して完全復元されていて、大変にお薦め)を見学したまではよかったが、その後、千葉市内の国道14号の交差点で、発進しようとしたそのとき、腰のあたりに稲妻が走ったかと思うや、ものすごい激痛を感じて、路肩に自転車を止めた。
何と、生まれて初めてのぎっくり腰であった。
ぎっくり腰になると、自転車の乗り降りもままならない。
輪行で帰ることも考えたが、ぎっくり腰の身体で10キロ以上もある自転車を担ぐのは不可能。
おそるおそる自転車に跨って、冷や汗をかきながら、自宅までの30キロをどうにか漕いで帰ってきた。
その後の約1週間は、ほぼ寝たきりの生活が続いたので、この時のツーリングのことは、ブログに書くどころの話ではなかったのであった・・・。

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(復元された「上総国分尼寺」)

【いすみ鉄道に乗る】

そんな思い出のある「養老渓谷」だが、今回は、鉄道で行ってみることにした(夏期休暇中の呑ちゃんと一緒)。

銚子から養老渓谷に行くのは、多少面倒くさい。
銚子(総武本線)→成東(東金線)→東金(外房線)→大原(いすみ線)→上総中野駅。
4つの路線を乗り継いで行かなければならないわけだ。

さて、何回か乗り換えをして、やっと「いすみ(夷隅)線」の外房の始点に辿り着く。
いすみ鉄道も、牧歌的な風景の中を走る路線であることや、赤字線のためその存続が危ぶまれているという点では、銚子電鉄と同様である。
違うのは、銚子電鉄が「電」車であるのに対して、こちらはディーゼルエンジン車輌(バイオディーゼル燃料使用)であるということ。

さっそくいすみ鉄道に乗り込む。

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(いすみ鉄道の大原駅)

一両列車で、車内はがらんとした感じ。

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(がらんとした車輌内)

乗客も少なくて、一番多いときで7人ぐらい。
終点の上総中野駅で下車するときは、われわれを含めて3名だけだった。

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(さっそく昼寝モードに入る呑ちゃん・いっそのこと座席に横になっちゃった方がよかったかも・・・)

いすみ鉄道は、田園地帯や町や村や渓谷や山裾を抜けて走る。
どこもここも、緑があふれかえっている。

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(牧歌的な車窓)

そして、終点の上総中野駅に到着した。
上総中野駅は、いすみ鉄道の終点であると同時に、ここから内房方面に向かう「小湊鉄道」の始点でもある。

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(いすみ鉄道の「上総中野駅」)

【養老渓谷を歩き回る】

予約してあった宿「滝見苑」の送迎車で、まず宿へ向かう。

ちょうど昼時だったので、宿のレストランで昼食(養老牛の鉄板焼きなど)を食べて、さっそくウォーキングに出かける。
今回の養老渓谷の旅では、一泊目は養老渓谷の上流域泊。
二泊目は、下流域泊(養老渓谷マップ参照)。

渓谷地図
(養老渓谷地図・クリック拡大)

上流域の見所は、何と言っても、「栗又の滝」らしい。
その「栗又の滝」を基点にして、「滝めぐりコース(約6キロ)」というハイキングコースが示されていたので、まず、そこを歩いてみることにする。

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(なだらかな岩肌をなめるように落ちる「栗又の滝」)

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(「滝めぐり遊歩道」を歩く)

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(ゆったりと流れる養老川)

川辺の遊歩道が終わったので、激坂を登って県道178号に出る。
雪国ではないので、道の傾斜がやや険しいが、ここを自転車で走ってもさぞかし気持ちがいいだろうなあと思う。

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(県道178号の展望台から、始点の「栗又の滝」を臨む)

【「滝見苑」はよかった】


一泊目に泊まった宿は、「滝見苑」。
上流域では、この宿しかないと言ってよい。
多少値は張るが、居心地の良い旅館だった。

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(「滝見苑」正面)

われわれの泊まった部屋は、ベランダに小さいながらも露天の湯舟があった。

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(ベランダの露天風呂)

そのベランダからの見晴らしも良好である。

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(ベランダからの眺望)

外の県道から、われわれの泊まった部屋を見上げると、こんな感じ。

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(外から見上げる)

食事も良かった。

子持ち鮎の塩焼き・外房の刺身・鹿肉焼き・しし鍋・松茸の釜飯など。

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(夕飯の品書き)

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(いただきま~す)

たくさん歩いて、たくさん食べた一日。
夜も更けて、秋の虫の鳴き声とせせらぎの水音を聞きながら、眠りについたのであった。

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走行距離:0キロ

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2009.05.02 Sat
甲州路の旅2~舌と眼が喜んだ一日・鹿肉と山菜の味
二日目。

山荘で目覚める。

清々しい大気の中、ベランダで朝食。

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今日は、同僚が八ヶ岳周辺を車で案内してくれるという。
親切心から出た言葉だが、同僚から、自転車と併走してもよいがどうするか、と聞かれるが、私は即座に辞退。
八ヶ岳周辺を廻る、と簡単に言っても、またしても、高低差400メートルぐらいのところを行ったり来たりするわけで、私が自転車で随行した日には、他のメンバーに多大な迷惑がかかる。

今日は、自転車はお休み。
おとなしく、車に乗り込んで、案内してもらう。

天候にも恵まれ、至る所で、南には南アルプスの峰々、北には八ヶ岳が、その雄大な姿を見せている。

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(南アルプス)

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(八ヶ岳連峰)

われわれは、八ヶ岳高原ライン沿いの各所を廻った。
車は、漕がなくても進むので、本当に楽だなあl・・・。

吐竜の滝

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(吐竜の滝)

八ヶ岳牧場

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(八ヶ岳牧場・ソフトクリームを食べた)

三分一湧水

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(三分一湧水)

どこに行っても、素晴らしい風景ばかりであったのだが、しかしながら、この日、圧巻だったのは、何と言っても、昼食だった。

昼食は、標高1400メートルにある「仙人小屋」(八ヶ岳高原ライン沿い)という食堂で取った。

主として、鹿肉と山菜を食べさせる食堂なのだが、もちろん、鹿も山菜も「仙人」と称される店のマスターが直々に山で狩猟採集した物である。

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(仙人小屋)

店内は、山小屋風。

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(山小屋風な店内)

メニューを見れば、この店がいかにユニークな存在かが分かろうというものだ。

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(そのメニュー)

鹿や山菜の他にも、熊、岩魚、山女魚などを素材にした料理の数々を取りそろえている。

とりわけ、山菜の種類は豊富で、カウンターの正面の棚には、山菜が所狭しと並べられている。

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(見よ、この山菜の種類の多さを)

実は、この店、大変気に入って、翌日も訪れたのだが、われわれが注文した物を以下、写真でご紹介しよう。

先ず一押しは、何と言っても、「鹿レアロースト定食」。

鹿
(鹿レアロースト定食)

鹿のフィレ肉をかなりレアに炙ったもので、何というか、度肝を抜かれるような美味さで、舌の上を鹿が走り回る感じである。
よくありがちなのだが、鹿の場合、屠殺してすぐに血抜きがなされていない肉が出回っているので、鹿の肉は臭いと思いこんでいる人が多いけど、実は、4つ足獣の中では、たぶん、子羊と並んで最も美味なる「肉(しし)」なのではないかと思う。
この店の鹿肉の処理は、非の打ち所が無く、まさしく完璧であった。

ところで、鹿(肉)については、4年前の秋に奈良を旅行した折に、鹿について異常とも言える関心を覚えて、連日掲示板に書き散らした文章を、この際、一本にまとめたエントリーを作成したので、興味のある方は、そちらをご参照のこと(「鹿の文化史~もうひとつの食肉文化」)。

二番目にお勧めしたいのは、「山菜定食」。
実に見目麗しい食膳で、8種類の山菜が寿司下駄の上に美しく盛られている。

山菜定食
(山菜定食)

しかも、この店の定食には必ず付いてくるキノコの味噌汁は、これでもかというほど茸類が入っている。
普通なら5椀分ぐらいのキノコの量に、誰しもが驚くに違いない。
山の春の息吹が、そのまま五臓六腑にしみわたるようである。

次なるは、季節物かもしれないが、「鹿肉とイクラの行者ニンニク丼」である。
これには、まったくびっくりさせられた。
まず、鹿肉とイクラという取り合わせは、普通は、「きわもの」だと思うのが当然である。
(ところが何と、私のしたことが、写真を取り忘れた)。

しかし、鹿刺はいわゆる「ヅケ」になっていて、しかも、イクラも鮭のそれではなく山女魚のイクラで、両者を見事に結びつけているのが、表面にたっぷりふられた行者ニンニクのみじん切り。

この一品は、それぞれの素材の味を知り尽くした人でないと考えつかない傑作である。
完全に脱帽!

もう一品、ご紹介しよう。
それは、「山菜の天ざる」。

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(山菜の天ざる)

まず、この山菜天ぷらの種類の多さとその分量にご注目。
山菜の揚げ方も、完璧で、異なった山菜の香りと食感を楽しむことができる。
ただ、難を言えば、蕎麦と汁が弱いかなぁ・・・。

実は、この日の夕食も、山奥の、とあるレストラン(宮沢賢治の「注文の多い料理店」を彷彿とさせるような店)で食すことになったのだが、こちらは公開不可にて、雰囲気を伝える写真を一枚だけ載せるにとどめたい。

山レストラン
(秘密のレストラン)

二日目了。

走行距離:0キロ

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2008.12.06 Sat
伊豆礼賛
一泊で伊豆の伊東に行ってきた。

今年の3月、伊東の手前の網代まで自転車で行ったときは、自転車を始めて間もなかっただけにすこぶる大変だった。
小田原までは、国6号→国15号→国1号でどうにかたどり着いたものの、早川から伊豆半島に入るや、地獄のように繰り返す激しいアップダウンに苦しんだ。
「口から心臓が飛び出す」という表現が単なる比喩ではないことも、そのときに身に染みて知った。
真鶴道路は、まさに絶景ではあるが、激しい交通量と急傾斜のため、ただひたすら前輪のタイヤを見つめつつこぎ続けるほかはなかった。

しかし、今回は電車(電動式汽車)の旅なので、安気な旅。
温泉と美味しい海の幸をを恣(ほしいまま)に堪能できた。

伊東のY館では、溢れんばかりの山海の馳走に舌鼓。

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その庭にも溜息をついた。

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酒池肉林(この語の誤用に注意)の合間には、大地の蜜乳のように地中から湧き出る温泉に浸かる。

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しばし至福の時を過ごす。

伊東を散歩。
散歩しながら、伊豆半島とは何だったのかを考えた。

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関東と関西を隔てる壮大な壁。
そうだろう。
箱根越えに象徴される障壁としての伊豆半島の存在は、日本の歴史のなかで、深い意味合いを帯びている。
頼朝が「島流し」にされた先は、地理学的には「島」ではなかった伊豆半島であった。
地理学的には「島」ではないが、地政学的には、徹頭徹尾、島だったのである。
その島から飛び出して、関八州を歴史の表舞台として前景化させた鎌倉幕府であったが、江戸が列島の中心になるにはさらに500年の歳月を要した。
この500年の醸成を強いたのも、また、伊豆半島ではなかったか。

変な循環論になった。

伊豆半島を思うとき、畿内にとっての紀伊半島を連想する。
都人にとっては、想像を絶する、不可解な自然の世界が、塊になって海に突き出している。
文化の果てにして、憧れの地。

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(伊東湾より初島を望む)

帰りの列車の中から、真鶴の青い海を見ながら、来年こそ、自転車で箱根を越えてやろうと思う。

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(シチリア島の風景を思わせる海岸線)

二日間の走行距離:2キロ(金町駅往復・ママチャリ)

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2008.08.10 Sun
美濃尾張の旅2(木曽路・長良川火祭り)
8月10日(日)

われわれの泊まったロッジ「あかまんま」は、標高約950メートルの所に建っている。
このあたりでは特に高い場所ではないが、それでも関東の筑波山山頂よりも高所であるので、下界よりも6度ぐらいは気温が低く、クーラーのない部屋でも快眠を貪ることができた。

朝食ができるまでの時間、また湖周の森林を散策することにした。
朝の大気は限りなく清涼で、鶯の鳴き声が静かな森に響き渡っている。

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(森の小道を歩く)

途中、木造の眺望台があって、そこからは、中津川(岐阜県)あたりの山野が一望できる。

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(向こうに見える山里の中を旧中山道が通っている)

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(どこかの国の「将軍様」のようなポーズをとって、地形を説明しているのがIさん)

天ぷらにして食べると美味しい「こしあぶら」の樹がいたるところに見つかった。

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(こしあぶら)

そう、今日これから巡るのは旧中山道の木曽路。
それも、私が大変に私淑する藤村の『夜明け前』(1935年刊)の舞台となった馬籠宿妻籠宿である。

ここでどうしても、『夜明け前』の冒頭を引用してみたくなる。
この最初の数行が、木曽路の地理的な特性を完全に描破し尽くしていると思うからだ。

「木曾路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」

「山の中」という古風な表現から始まって、「森林地帯」を「貫く」という近代的な香りのする表現に帰着しているところに、『夜明け前』の時代背景である幕末から維新への変遷が縮図的に凝縮されているようにも読める一節である。

ともあれ、実際に行ってみるとたぶん誰しもが、この「すべて山の中」という表現に頷くことであろう。

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(馬籠宿・こんな斜面のきつい宿場町も珍しいのではないか)

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(馬籠宿からの眺望)

ついでに、江戸時代の英泉が描いた馬籠の絵。

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『木曽街道 馬籠驛峠ヨリ遠望之図』

馬籠宿は、ちょっと作り込む過ぎているほどよく整備されている。
石畳も綺麗に敷かれて、江戸時代風な建築様式もよく留めている。
観光地として非常に人気が高いのも頷けるところである。

われわれは馬籠宿のちょうど中心あたりにある藤村記念館にも寄った。
宿場の真ん中あたりにあるのは、島崎家が本陣を取り仕切っていたわけなので、当たり前と言えば当たり前。

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(藤村記念館の門)

作品にも度々出てくる裏の隠居屋敷。

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さすが本陣。
中庭も広々としている。

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陽も高くなって腹も減ってきたので、宿場通り沿いの蕎麦屋に入る。
盛り蕎麦と、名物五平餅を注文。

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そして、次に向かったのは妻籠宿。

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木曽路を満喫したわれわれは、Kさん(Iさんの奥さん)の運転する車で長良川沿いの宿泊地「岐阜グランドホテル」に向かった。
われわれの部屋からは、足下には長良川の典雅な流れ、眼前にはその頂上に岐阜城が鎮座する金華山を望むことができた。

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部屋で小休止してから、今夜長良川河川敷で行われる「手力の火祭り」を見るべく、Iさんの友人のTさんの高級車(ドアが自動開閉)で出かけた。

手力の火祭りというのは、本来は、4月に岐阜市内の「手力雄神社」で行われる火祭りであるが、近年、その観光版が長良川河川敷でも再演されるようになったそうである。

この火祭りの起源は不明だが、既に江戸中期の18世紀には行われていたらしい。
「手力」とは、神社名の「手力雄」神社から来ていることからも分かるように、古事記の、天の岩戸に隠れてしまったアマテラスを引っ張り出したアメノタヂカラオ(天手力雄)に由来するに違いないことから、この火祭りの意味合いは、やはり、他の多くの火祭りと同様、暗い冬から明るい春を呼び出す神事だと考えられる。

既に書いたように、夏に行われる火祭りは、その観光イベント版というわけである。
長良川河川敷はこの祭りを見ようとたくさんの人々がやってきていた。
われわれも、河川敷のコンクリートの階段に陣取って(昼の太陽に照りつけられていたコンクリートはオンドルのように熱かった)、祭りの開始を待った。

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(夕暮れ時、祭りの開始を待つ)

耳をつんざくような花火の轟きとともに、祭りが始まった。
電飾化されたいくつもの御輿が、列をなして河川敷を練り歩き、神灯を掲げる高い竿の廻りを回り始める。
御輿の担ぎ手足下では、機関銃が炸裂しているように、始終、爆竹が破裂し続ける。
そのうち、御輿の上部からも、火が噴き出す(電飾化だけでなく、御輿には火薬が仕込んであるのだ)。

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(練り歩く電飾御輿)

いつしか、練り歩く電飾御輿たちは、ご神灯の竿の付近に集結。

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すると突然、迫撃砲が空気を切り裂くような音がして、神灯をぶら下げてある竿の中央に曳光を引いて花火が着弾し、次々に神灯が点火される。
なるほどと思わせるような仕掛けで、全体としての流れが演劇的で、見ていてとても興奮する。

火祭りのクライマックスは、青年たちが手筒花火を直に手に持って、一斉に炎を噴射させるところである。
長篠の合戦の信長軍の鉄砲隊のように、最前列の者が花火を噴射し、火種が絶えると後ろの列の者が前に出て花火を噴射するという仕掛けである。

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大きな炎の塊が河原を照らし、長良川の川面を照らす。
何だか、夢を見ているような光景だった。

火祭りの興奮に身体も心も火照ったような気分で、われわれは宿に帰り、遅めの夕餉を取ったのであった。


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ロッジ「あかまんま」の犬を散歩させる呑ちゃん

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本日の走行距離:0キロ
今月の積算走行距離:301キロ
昨年11月以降の積算走行距離:9707キロ
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