日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2015.10.25 Sun
10月25日(日)秋の甲州サイクリング 二日目~ぶどう街道・笹子峠・旧甲州街道
「10月25日(日)秋の甲州サイクリング 二日目~ぶどう街道・笹子峠・旧甲州街道」

われわれが宿泊した笛吹の最低気温は、10度を下回ったようである。
ひんやりとした空気。

7時に定番の朝食。
シャケ、納豆、生卵、海苔、味噌汁など。

身支度(寒いので、防風衣を着こむ)をして、8時に宿を出発。
会計は、日本酒1升瓶、焼酎4合瓶、ビールなど込みで一人1万円(もちろん、2食付)。
安いなあ~。

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宿の前の、みさか道の旧道を下って、県道34号線を走る。
県道34号線は、まさしく「葡萄街道」と呼ぶべきもので、広大なブドウ畑の中を通っている。

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しかも、左手には、雄大な甲府盆地に広がる市街地と、盆地を取り囲む連山の青き峰々を眺めながら走る。

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口笛を吹きながら走っていると、ひときわ大きな葡萄園(直売所)が現れた。
「見晴し園」(山梨県笛吹市一宮町土塚)とある。
ちょっとばかり、甲州名物の葡萄をつまんでみたくなったので、立ち寄ることにした。

女将さんとおぼしき人に、あまりにも率直に「葡萄が食べたい」と告げると、たちまちに2枚の大皿に山のような葡萄が盛られて出てきた。

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喜んでつまみながら、「おいくらですか」と訊ねると、「サービスなので、無料です」とのこと。

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その太っ腹に感動した私は、オリジナル葡萄酒2本、安納芋2袋、ラフランス2個をのんちゃん宛に送ることにした。

さらに、笹子峠を登るのだと告げると、別れ際に、何と高級葡萄を2パックも持たせてくれた。
http://tabelog.com/yamanashi/A1901/A190103/19007280/

ありがたいことである。
この葡萄は、笹子峠登攀中、われわれの豪華すぎる補給食になったのである。

果てしなく続く葡萄畑の中の道を進み、地獄の国道20号線を我慢して走り、ついに、旧道の登り口(駒飼宿)に着いた。

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ここからは、クルマもほとんど通らない旧道の峠道である。
軽いギア(34×28t)でトコトコと登る。
乾いた枯葉を踏む音。
どこからともなく聞こえてくるせせらぎ。
そして、ぜいぜいと自分の呼吸。

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笹子峠(旧甲州街道)は、これまでに3回ばかり登ったことがあるが、いずれも大月側からであった。

とりわけ、最初に登った時の感動は、今も忘れ難い。
http://danchotei.blog75.fc2.com/blog-entry-272.html

甲府側から登るのは、今回が初めてだった。
甲府側からの方が、景色もよく、勾配もやや楽な感じがしたが、私の思い込みだろうか。

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何か所か、眺望が開けた場所で休憩。
その度に、皆で、いただいた葡萄をつまむ。

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笹子峠には、特に何もない。
戦前に作られた小さな隧道(トンネル)があるのみ。
そこで、また、葡萄を食べて、今回の旅の無事に感謝する。

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笹子峠を下って(途中、「矢立の杉」に立ち寄る)、新道(国道20号線)を走る。
何とも不快な近代道路だが、しばらくは、ここを走るほかにない。

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途中、造り酒屋が営業しているドライブインのようなところで軽食。
日本酒の4合瓶を土産に購入。

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ときどき現れる甲州街道の旧道(これがなかなか面白かった)を走り継ぎながら、やっとのことで、14時半ごろ、終点の大月駅に到着。
駅前の食堂で軽い反省会。

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中央本線普通に乗って、御茶ノ水駅まで輪行。

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東京の夜道を走って帰宅。

いつものことながら、楽しい分だけ快い疲労感に包まれながら就寝・・・。

実走経路地図;


この日の走行距離:61キロ、累積獲得標高:約800メートル(VIVALOロード)
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2015.10.24 Sat
10月24日(土)秋の甲州サイクリング 一日目~富士みち(旧道)・河口湖・御坂峠
「10月24日(土)秋の甲州サイクリング 一日目~富士みち(旧道)・河口湖・御坂峠」

かねてより好きだった御坂峠(旧みさか道)と笹子峠(旧甲州街道)を、秋が深まったこの時季に登ってみたい。しかも一泊かけてゆっくりと。

そんなサイクリングを計画すべく、輪友に呼びかけてみたところ、三人が同道してくれることに。

出発の日。
嬉しくて嬉しくて、かなり早起きをしてしまった。

まだ、暗い内に出発して、東京駅まで自走。
7時前の中央線快速に乗る。

高尾駅で乗り換えて、大月駅まで輪行(9時前着)。

快晴。
大月駅に降り立つと、登山客が一杯。
空気はひんやりとしている。

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自転車を組み立てて、いざ、出発。
総勢4名で全員ロード(クロモリ3、アルミ1)。

先ずは、河口湖を目指して、「富士みち」を登る。
富士みちと言えば、現在では、国道139号線のことを指すのが普通であるが、実は、所々、旧道が存在する。
古来、富士講の旅人が通った道である。

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今回は、自転車にとっては、かなりの「地獄道」である国道を徹底的に回避して、旧道と抜け道だけを選んで走った。
お蔭で、国道は、うどん屋に寄るため200メートルほど走っただけ。

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ある時は、長閑な田園の中を走り、ある時は、高速の側道を走った。
どこもここも、富士山から下ってきたであろう水が用水路を勢いよく流れている。
湧水がこんこんと湧き出ている場所(「長慶薬師霊命水」)もあって、しばしの休憩。
湧水をペットボトルに収める。

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昼飯は、富士吉田名物のうどんを食う。
国道沿いの「くれちうどん」(富士吉田市)。
ゴリゴリの極太麺(手打ち)。
醤油っぽくないタレ。
とても美味しかった。
http://tabelog.com/yamanashi/A1903/A190301/19004114/

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旧道からおひめ坂通りを経て、河口湖へ。
靄(もや)っていて、輪郭はおぼろげながら、笠雲を頂いた富士山を拝むことができた。

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いよいよ御坂峠を目指して「みさか道」を登り始める。
私は、今回で4回目だが、この季節は初めて。

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我慢の国道137号線をしばらく走って、旧道(県道708号)に出る。
いつもは沢の奥から聞こえてくる鶯の鳴き声はなし。

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途中途中で休憩を取りながら登る。
紅葉は、まだ「色づき初め」の段階。
時々、富士の山容が見え隠れ。

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御坂峠には、いつになくたくさんの人がいた。
「天下茶屋」で、甘酒(500円)を啜って、「太宰治文学記念室」を見学する。

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太宰治と御坂峠との縁などについては、過去のブログ等をご参照のこと。
http://danchotei.blog75.fc2.com/blog-entry-663.html
http://6119.teacup.com/danchoimage/bbs/1341

みさか道旧道のくねくね道を下って、新道に出る。
ど迫力の下り走行(ダウンヒル)では、時速60キロ以上になる。

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17時前には宿に到着。
温泉に浸かって、信じられないほど巨大なヤマメのお造りや、名物馬刺しなどを食べる。

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疲れも手伝って、私は知らないうちに就寝。
輪友が、布団に運んでくれた模様(感謝)。

宿:「季節のお宿 ひみね」(山梨県笛吹市御坂町上黒駒)
http://www.jalan.net/yad389446/

実走経路地図;


この日の走行距離:71キロ、累積獲得標高:1110メートル(VIVALOロード)。

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2015.10.14 Wed
10月3日(土)~4日(日)上信サイクリング~善光寺・千曲川・別所温泉・旧中山道・富岡街道
「10月3日(土)~4日(日)上信サイクリング~善光寺・千曲川・別所温泉・旧中山道・富岡街道」

輪友二人と、一泊で、中秋の信州と上州を巡ってきた。

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信州は、今が稲刈りの真っ盛り。
畦道や農家の庭先には、万華鏡のように色とりどりのコスモスが風に揺れている。
山道には、栗、ドングリ、クルミの実が一杯。
不自然なぐらいに真っ赤なリンゴがたわわ・・・。

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*一日目;

東京駅まで自走。
早朝の長野新幹線(7時前東京発・自由席)で長野駅まで輪行。
さすが新幹線は速い。
あっという間に長野駅に到着。
長野駅ホームで立ち食い蕎麦を食す(ウマし)。

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(今回は、新幹線輪行なので、両輪外し)

9時には善光寺に到着。
まだ、人気(ひとけ)の少ない境内。
胎内巡り。
境内の茶屋で甘酒を飲んで、参拝の〆とする。

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(善光寺)

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(善光寺境内で甘酒)

複雑な流域の千曲川。
天然の細流が集まって、老樹のような千曲川を形成している。

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(千曲川)

広大な果樹園。
リンゴ、桃、ブドウ、クルミ、そして、山芋畑。

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(リンゴ園)

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(千曲川CR)

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(千曲川CR)

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(千曲川沿い)

サイクリングロードを探しながらの川下り。
篠ノ井で蕎麦を食す(「安心(あんじん)」という店)。
http://tabelog.com/nagano/A2001/A200101/20003914/

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(蕎麦屋「安心(あんじん)」)

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(天せいろ)

青い山脈を追いかけながら、上田まで走って、憧れの上田電鉄別所線に乗る。
別所温泉駅は、テレビの生番組の撮影中とかでごった返していた。

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(上田駅前・戦争法反対運動)

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(上田電鉄別所線)

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(別所温泉駅)

宿は、「チロル亭」という民宿。
かけ流し温泉。
お花畑のような小鉢料理だった。
http://loco.yahoo.co.jp/place/g-OiRDRzVfojY/

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(民宿「チロル亭」)

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(「チロル亭」の夕飯)

一日目の実走経路地図;

一日目の走行距離:70キロ(獲得標高:約250メートル)

*二日目;

早起きして、別所温泉を散策。
古刹「北向観音」を参拝する。

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(早朝の「北向観音」)

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(「北向観音」で読経をあげるBさん)

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(別所温泉散策)

朝食もお花畑のような小鉢料理。

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(「チロル亭」の朝食)

8時出発(そうそう、今回は全員、クロモリロード)。
肌寒い。

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(同行のBさんとイワさん)

いくつかの峠を越えてから、旧中山道筋の宿場街を追いかける(芦田宿より)。
旧道のうっとりするような風情に身を任すように走る。

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(旧中山道)

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(旧中山道)

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(旧中山道)

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(旧中山道)

佐久平から途中離脱するメンバーを見送って、いよいよ富岡街道(国道254号)へ。
とことん旧道を探して走る(昼はステーキ)。
予想通り、内山峠(信州と上州の国境)は、かなりきつかった。

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(内山峠の登り)

分水嶺を越えた後は、長い長い旧道の下り。
石垣の美しいいくつもの集落。

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(延々と続く下り坂)

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(群馬県側の石垣の美しい集落)

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(途中の風景)

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(途中の風景・荒船山遠景)

ねぎ畑、こんにゃく畑、そして、あちこちに黄金色の稲穂波立つ。

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(下仁田名物・こんにゃく畑)

上州は、下仁田にて、サイクリングは終了。
輪行で帰宅(上信電鉄~高崎線(赤羽)~千代田線(西日暮里)~金町)。

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(下仁田の夕陽)

楽しい分だけ、かなりの疲労・・・。

二日目の実走経路地図;


・この日のBさん(鎌ヶ谷)のブログもご参照;
http://blog.livedoor.jp/kyf01405/archives/46491537.html

二日目の走行距離:88キロ(獲得標高:約1220メートル)

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2015.09.21 Mon
9月5日(土)~6日(日)信州サイクリング(後篇)~旧道の素晴らしさ~県道275号(上生坂信濃松川停車場線)と県道276号線(下生野明科線)
昨日(9月5日)の午後から犀川沿いの道を遡って走っている。

このルートを通る幹線道路としては、国道19号線(西街道)ということになるが、やはり二桁国道だけあって、走っていてもほとんどまったく面白くないので、極力旧道を追いかけている。
残念なことに、ときたま国道と合流していまう区間があるが、そういうときは、目をつぶって、鼻をつまんで我慢して、猛スピードで走るほかはない。

そしてまた、旧道に戻ると、江戸期以前の道祖神やら馬頭観音やらの石碑が現れてホッとするという繰り返し。

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(旧道の石碑)

近代国道の面白くない点は、クルマの交通量が多いことに加えて、道筋が「合理化」されてしまっていること。

対するに、伝統的な道は、等高線に抗(あらが)わないようにゆったりと道をつける。
なので、必然、道は曲がりくねることになる。
この曲がり方が何ともエロティックでよい。
ただ、川の冠水や浸食によって道が損壊することを恐れてか、河岸段丘上に道が回っていることが多く、かえって勾配はきつくなることもしばしばである。

ヤマト政権期、列島侵略を企んだ朝廷は、直線の幹線道を全国に敷こうとした。
ローマ帝国によるアッピア街道も然り(日本では、鎌倉みちや信玄の「棒道」など)。
これまた、軍用道路でもあるので、叛乱地に鎮圧部隊を急行させるためにも、まっすぐな道(=最短距離道)が必要となったのである。

なので、古代の幹線道は、起伏のある地形でも、等高線を無視して、直坂道を築こうとする。
勾配が厳しすぎる場合は、切通しを削り、場合によっては隧道(トンネル)を掘る。
谷の川を渡ると時間がかかるので、谷には立派な橋を築く(アッピア街道の例)。

こういう直線道の設計思想は、ずっと後(近代)になって、鉄道建設の際に「見事に」蘇ることになる。
鉄道は直線道建設の技術を極限まで推し進め、しかもそこに、「馬よりも速い」スピードが加わった。

建設されたばかりの鉄道に乗った体験を非常によく表現しているのは、明治末期に作られた文部省唱歌「汽車」である。

今は山中 今は浜
今は鉄橋渡るぞと
思う間も無く トンネルの
闇を通って広野原(ひろのはら)

遠くに見える村の屋根
近くに見える町の軒(のき)
森や林や田や畑
後(あと)へ後へと飛んで行く

廻り灯籠(どうろう)の画(え)の様に
変わる景色のおもしろさ
見とれてそれと知らぬ間に
早くも過ぎる幾十里

直線道を築くための重要なアイテムたる鉄橋とトンネルが先ず登場する。
これによって、空間(地形)の天然の連続性が断ち切られる。

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(19世紀初頭イングランドの鉄道建設。まっすぐな切通しを開削して、地面が分断されててしまったので、橋を建設している。右の崖上には長閑な旧道が通っている)

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(明治20年代の鉄道建設。大規模な切通しを開削中)

遠くの風景はよく見えても、近くの景色は「飛んで」いってしまう。
路傍に咲く花々や道祖神を見ながらゆっくりと旅をする従来の旅情は破壊されて、絵葉書のような遠景だけを見ようと努めることになる。
そういう遠景ばかりを「鑑賞」している内に、あっという間に目的地についてしまう・・・。

まっすぐな道は、権力の道である。
軍事の道である。

権力の道は、「断固として」まっすぐに築いた道なので、庶民が自分のペースで、自分の行きたいところに行くことを許さないような雰囲気がある。
近代国道を自転車で走っていても、それは、「走っている」のではなくて、「走らされてる」感じがしてならない。
だから、面白くないのだ。

合理性と効率性を追求する道は、プロセスを楽しむことを拒否している。
その最たる例は、高速道路と新幹線(いずれもトンネルと橋の連続)。
高速道路は、クルマで走っていてもちっとも楽しくない。
ただただ、目的地に着くことばかりを希求して、そのプロセスは忍耐の時間と化する。
近く開通予定のリニア新幹線なぞ、路線の9割がトンネルだという。
こうなると、もはや、早くて便利な移動手段も、旅の破壊行為でしかないであろう。

近代とは何であったか。
一言でいえば、「プロセスの排除」である。
旅も、人生も、料理も、恋愛も、犯罪も、街並みも、どんどん利便性と効率性が追求されて、行為そのものが「合目的的」なものに限定され、そのプロセスを排除するようになった。
列車の旅と言えば、その車中で、「退屈」な時間をスマホいじりで時間潰しをすることとほぼ同義になってゆく。

前置きが長くなった。

さて、二日目。
一晩中、犀川の流れる音聞きながら眠る。

5時半過ぎに起床。
ちょっと肌寒い。
朝食が出るわけでもないので、缶コーヒーを飲んで、そそくさと旅支度をして6時半頃出発。

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(一晩中、玄関で待機していた私の自転車)

今にも泣き出しそうな曇天。
当初は、松本から白樺湖まで登ってそこで宿泊する目論見だったが、甲信地方の天気予報では、午後から雨で、しかも、明日も雨だという。
松本で二泊して好天を待つのもよかろうが、宿泊代ばかりがかさんでしまうので、とにかく、走れるところまで走って、今日中に、一旦、東京に帰ることにする。

しばらくは、国道を走るほかないが、幸いなことに日曜の早朝なので、交通量は少ない。
清々しいのを通り越して、やや寒いので、途中で防風衣を羽織る。

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(国道19号線沿いのダム橋にて)

しばらくは、国道を走る。
湯ノ沢温泉の所で、大日向橋を渡って、旧道(県道275号・上生坂信濃松川停車場線)に入る。
随所にて、犀川の眺望が開ける、実に素晴らしい道である。
この道は、事実上、恐ろしげな生坂トンネル(全長1.2キロ)の迂回路でもある。

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(旧道たる県道275号)

生坂トンネルの出口で再び国道と合流。
しばらく走ると、眼前に地獄のようなトンネル(名称不明・約400メートル)が現れた(地図)。
こんなトンネルを走れば、死ぬかもしれないと思い、側道から細い分岐道に入ってみる。

犀川沿いに廃道のような細道が延びている。
地図には、はっきりと道が出ているぞ。
ところが、車両通行止の標識があって、車止めもある。

やっぱりダメかなと思いながら進んで行くと、江戸期の一里塚跡の説明版あり(写真撮影失敗)。
なるほど、トンネルと並走するこの道こそ、旧道であると確信した。

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(トンネル脇の旧道)

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(トンネル脇の旧道)

草が生い茂っていて、自転車を降りて押さなければならなかったが、かすかに舗装路面が残っていた。
蚊に刺されながら、どうにか通過して、おまけに地獄のトンネルも回避することができたのである。
よかった、よかった(4輪での通行は無理)。

しばらく進むと、また旧道が現れた。
県道276号線(下生野明科線)がそれで、国道の対岸を通っている。
多少起伏が激しいが、犀川を右側に見渡しながら走るこの道は、本当に素晴らしかった。

以下、その写真をご覧いただきたい。

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(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

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(旧道たる県道276号)

この道筋にも、戦国期の城跡がいくつかあった。
思えば、この道は、甲信越を結ぶ経路のひとつなので、川筋の高台に城を築いたのであろう。

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(城跡の説明版)

国道19号線の道路標識は、常に「名古屋まで何キロ」という表示なので、東京方面に向かっているつもりの私には、何だか奇異な感じがする。
しかし、それもそのはず、この国道19号線を、このままずっ~と南下すると、塩尻からは、中山道となって、木曽路を経て名古屋に至るからである。

快適な県道276号線も、明科(あかしな)で途切れて、再び国道と合流する。
交通量の激しい国道を走っていると、いつの間にやら、左手に鉄道が見えてくる。
篠ノ井線である。
もう松本も目と鼻の先であることが分かるが、どうも空模様が怪しくなってきた。

明科から先にも左側に旧道らしきものを目撃して入ってみる。
非常に細い道だが、石碑の存在から、これも旧道であることが分かった。

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(明科付近の旧道)

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(明科付近の旧道)

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(明科付近の旧道)

国道には、もう「松本城」の道路標識が現れ始めたのだが、予報通り、雨が落ちてきた。
時計を見れば、まだ、午前10時半。
未練は残ったものの、松本城には、もう何回も行ったので、このまま松本駅まで走って輪行で帰ることにした。

松本駅に着いた頃には、雨も本降りとなっていた。
駅頭で自転車をばらして、駅前の蕎麦屋に入る。

IMG_5276.jpg
(今回の旅は、冷酒と蕎麦で〆)

例によって、中央本線の普通列車を乗り継いで、両国駅で下車。
雨が降っていたので、簡易合羽を着て、自走で葛飾の自宅に帰ったのだった。


(この日の実走経路地図)

走行距離:58キロ(VIVALOロード)

一日目の記録は以下。
http://danchotei.blog75.fc2.com/blog-entry-901.html

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2015.09.15 Tue
9月13日~15日 自転車ゼミ夏合宿
「9月13日~15日 自転車ゼミ夏合宿」

・一日目;大月駅~富士吉田の合宿所

東京駅まで自走。
中央本線大月駅まで輪行。
極力旧道を辿りながら、富士みち(国道139号)を登る。
前方に富士山の威容。
昼はうどん。
15時ごろ、富士吉田の合宿所に到着。

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(うどん屋にて)

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(富士みち旧道)

実走経路地図;

(累積獲得標高:547メートル)

走行距離:42キロ(VIVALOロード)

・二日目;富士吉田⇔河口湖・西湖周回

8時半に合宿所を出発するものの、メカトラブル頻発。
最低限のブレーキと変速調整ぐらいは、自分でできるようにすべきと叱咤激励する。
富士浅間神社参拝(交通安全祈願)後、河口湖と西湖を周回。
富士、見えず。
予定では、山中湖にも行くつもりであったが、無理そうなメンバーがいたので断念。

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(河口湖)

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(西湖)

実走経路地図;

(累積獲得標高:330メートル)

走行距離:47キロ(VIVALOロード)

・三日目;富士吉田~河口湖~御坂峠~甲府

富士吉田の合宿所を8時半に出発。
御坂峠を登る。
学生たち、頑張る。
御坂峠の「天下茶屋」でほうとう鍋を食す。
「太宰治文学記念室」を見る。
甲府駅まで下って、御茶ノ水駅まで輪行。

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(御坂道)

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(天下茶屋)

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(御坂峠)

実走経路地図;

(累積獲得標高:554メートル)

走行距離:68キロ(VIVALOロード)

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2015.09.12 Sat
9月5日(土)~6日(日)信州サイクリング(前篇)~妙高・飯綱高原・坂中峠・善光寺・西街道
妙高高原(新潟県)で二泊三日の(職務上の)合宿後、帰路は自転車で信州を南下してみることにした。

先に、一日目の実走経路地図を示しておこう。


(距離:73キロ、累積獲得標高:1012メートル)

信州(長野県)は、これまでにも何回も自転車で走り回ったことがあるが、その度に何とも広大な地域であることかと感心していたら、全国都道府県では、列島で4番目に面積が広い県であるという(因みに千葉県は28位)。

それだけでなく長野県は、平均標高では堂々日本一の889メートル!(因みに千葉県の平均標高は46メートル)。
何と「平均」標高からして、関東の名峰筑波山の標高(877m)を凌ぐ。
まさしく、業平橋の新電波塔(634m)なぞ、長野県民からすれば、足下に睥睨する対象でしかなかろう。

「そんな山奥に暮らすのは大変でしょうね」と関東の人は言うかもしれない。
しかし、さにあらず。

長野県は、旧石器時代から関東なぞより人口も多く(野尻湖人)、新石器時代(縄文)の遺跡もたくさんあって、同時期の関東に引けを取らないほど人煙豊かな地であった。
とりわけ、ヤマト政権期以来、古代・中世・近世を通じて、関東と関西をつなぐいくつかの幹線道は、事実上、長野をその要衝としていた。

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(約4万年前、旧石器時代人が集住して獲物を捕獲していた野尻湖畔)

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(野尻湖人によって捕獲解体されたナウマン象の骨)

長野の旧名を「信濃(しなの)」という。
古代の信濃国府は、北国街道(現国道18号)沿いの上田あたりにあったらしい。

古代には、「科野(しなの)」と表記することが多かった。
「シナ」とうのは、古代語では、段差のある崖のような地形を表す言葉である。

「科野(しなの)」。
山々が重層的に連なっている光景を思い浮かべる。
まさしく長野県の地形そのものと言える。
長野県内の埴科(はにしな)、更級(さらしな)、蓼科(たてしな)などの地名の「シナ」もこれと同様であろう。

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(典型的な長野県の風景・飯綱高原付近)

妙高の合宿所を、学生たちに見送られて9時半頃出発。

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(妙高の合宿所近くの、廃校になった学校グランド。正面の山は黒姫山)

長閑な山間の集落が連なる県道119号線から県道37号線を経て飯綱高原へ。
トンネルを迂回して、旧道の坂中峠を越える。

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(黒姫駅付近)

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(坂中峠への道)

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(坂中峠への道)

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(坂中峠。眺望なし。小さな祠があるのみ)

山奥で選挙の街宣カーの人員が、アナウンスの練習をしていたのには驚いた。
聞けば、街中で練習すると、選挙違反になってしまうとか。

至るところにリンゴ畑、蕎麦畑、そして稲田。
山道では、胡桃の樹が大きな実をつけていた。
房州の「千枚田」なぞ嘲笑うかのような壮大な棚田(稲刈りはこれから)。

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(リンゴ畑)

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(蕎麦畑)

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(棚田)

11時半頃、長野善光寺に到着。
土曜日なので、参拝客多し。
善光寺には、また来月に来る予定なので、簡単にお参りを済ませる。
善光寺参道では大道芸フェステバルをやっていた。

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(善光寺への道・下に見えるは県道37号線)

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(善光寺への道)

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(長野善光寺)

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(善光寺参道では、大道芸フェステバルをやっていた)

長野市内を抜けて、犀川の流れに沿って走る国道19号線(西街道)筋に出る。
のどかな旧道がよく残っている。

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(国道19号線の旧道・安茂里)

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(国道19号線の旧道・安茂里)

合宿所で朝飯を食べて以来、何も食べていないのでかなりの空腹なのだが、旧道ばかり走っているせいか、なかなかこれといった店が現れない。
仕方がないので、途中の産直販売所で買っておいたおやきを、犀川にかかる両郡橋の手前で頬張る。

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(補給食のおやき)

その後も、国道19号線の対岸を走る旧道を辿ったので、店は一軒も現れない。
このままではエネルギー切れになってしまうと心配していると、小笠橋を渡ると、旧道は一時的に新道(=国道)と合流。
国道筋のラーメン屋(「八珍」)なる看板が見えたので、大喜びで入店して、特製味噌ラーメンを食べる(ウマかった・長野市篠ノ井山布施)。

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(国道の対岸を走る旧道)

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(「八珍」の味噌ラーメン)

旧道は、クルマが来ないので快適だが、かなり起伏が厳しい。
山間の集落では、ご老人がのんびりと農作業をしている。
中世戦国期の城跡などを訪ねる。

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(旧道の風景)

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(旧道の風景・犀川)

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(戦国期の城跡)

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(その説明版)

所々、犀川の翠色の流れと随走する。

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(犀川)

国道沿いに「ふれあいセンター・さざなみ」(長野県大町市八坂)の看板。
もう17時を回っているので、ここに泊まることにした。
素泊まりで2700円(温泉あり)とは安い。
しかも、18畳敷きの巨大な部屋だった。

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(犀川の畔にある「ふれあいセンター・さざなみ」)

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(18畳の大きな部屋に私ひとり)

洗濯機があったので、3日分の洗濯を済ませ、風呂に入って、食堂で、瓶ビールと豚しょうが焼き定食。

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(共用だが、洗濯機と冷蔵庫完備)

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(風呂から上がって食堂でビール)

宿舎は、元々学校か公民館だったものを改修したもののようである。
120人ぐらいは収容できそうな大きな木造家屋だったが、泊まっているのは私一人だけ。
しかも、夜になるとスタッフも家に帰ってしまうので、広々とした廊下を渡って便所に行く際には、座敷童でも出てきそうでちょっとばかり怖かった。

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(怖かった板廊下)

走行距離 :73キロ(VIVALOロード)

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2015.08.21 Fri
8月19日 麦草峠(メルヘン街道)を越える~蓼科・野辺山・韮崎
「8月19日 麦草峠(メルヘン街道)を越える~蓼科・野辺山・韮崎」

5時半起床。
爽やかな高原の空気。
煙草がウマい。
デッキでコーヒーを飲んでいると、親子連れの鹿三頭が前の森の中を走り過ぎて行った。

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(同僚別荘宅のデッキ)

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(同僚別荘宅のデッキのテーブル)

朝飯として即席ラーメンを食べて、9時に同僚の別荘(蓼科高原)をあとにする(VIVALOロード)。

メルヘン街道(国道299号)をせっせと登る。
予想よりも勾配が厳しくて難渋する。

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(メルヘン街道・国道299号)

ゼイゼイ登る。
登っては休み、休んでは登る。

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(メルヘン街道・国道299号)

涼しいけど苦しい。
苦しいけど気持ちがよい。
草麦峠のやや手前に、輪友Bさんお薦めの、白駒池への登山口があったが、今回は、断腸の思いで諦める。

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(白駒池への登山口)

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(登山口にあった案内板)

実は、信州は、明日から雨なので、どこにも泊まらずに、今日中に東京に帰ることにしたので、あまり時間がないからだ。

どうにか、麦草峠(標高2127メートル)に到着。
まあ、「本物」の峠は、登山道の方にあるのだが。

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(国道沿いにある「偽物」の麦草峠。特にこれといった眺望なし)

麦草峠からはほとんど下りである(北八ヶ岳)。

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(メルヘン街道・あまりに長い下りにブレーキを引く手が疲れて休憩)

以前も訪ねたことがある「レストハウスふるさと」で、メルヘン街道とは別れ告げる。
思えば、メルヘン(メルヒェン)というのはドイツ語で「おとぎ話」という意味なのだが、この街道のいったいどこがおとぎ話的なのか、結局、分からなかった・・・。

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(信州と甲州の追分間近)

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(松原湖方面の案内図)

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(追分の「レストハウスふるさと」。自販機・トイレ・土産物・食堂あり)

以前、死にそうな思いで濃霧の中を登った松原湖への道(県道480号線)を、今日は逆に、韋駄天の如く滑り降りる(このあたりでカメラの電源喪失、以後、よって携帯画像のみ)。

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(県道480号線)

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(県道480号線)

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(県道480号線)

時間短縮と坂回避のため、海尻駅(小海線)から野辺山駅まで輪行することにする。
海尻駅(無人駅)は、駅舎も改札もないとてもかわいらしい駅で、ホームから直接に駅に入る。
なので、自転車に乗ったまま、ホームに入れるというわけで、まことに便利な話である。

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(海尻駅ホーム)

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(海尻駅ホーム)

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(海尻駅ホーム)

ホームの花壇には、コスモスの花が風に揺れていた。
時刻表を見ると、次の小淵沢行きまで一時間以上ある。
ホームの真ん中で、ゆっくり堂々と自転車をバラす。
そして、松原湖近くで買ったおにぎり弁当(300円)を頬張って、昼飯とする。

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(海尻駅ホームのコスモス)

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(海尻駅ホームで食べたおにぎり弁当)

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(小海線は、ほとんどの車両がワンマンカーである)

ここ海尻駅までの実走経路地図をあげておこう。

(海尻駅までの経路地図・距離:31キロ、累積獲得標高:620メートル)

汽車(ディーゼル)がのんびりと入線。
ワンマン車両である。
整理券を取って乗り込む。

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(小海線車内)

野辺山駅で下車。
駅頭で自転車を組み立てて再出発。

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とりあえず、中央本線韮崎駅を目指すことにする。

ここ野辺山駅は、日本一標高の高い駅(1,345m)なので、ここからは長い下り基調。
駅からしばらく線路沿いのだらだら坂を登るとJR「最高地点」 (1,375m) がある。
何回も来たことがあるので、今回は写真だけ撮って素通り。

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(最高地点)

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(蕎麦屋「最高地点」)

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(野辺山高原から八ヶ岳を望む)

最高地点からしばらくは、佐久甲州街道(国道141号)の旧道が現存するので、そこを走る。
クルマはほとんどまったく来ない林道風の道。

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(佐久甲州街道の旧道)

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(佐久甲州街道の旧道)

その後、しばらく国道141号線(佐久甲州街道)を走って、私の大好きな県道605号線を下ることにする。
山間の集落をのんびりと巡る古い街道。
一昨年の5月、数人の自転車仲間で清里に来たとき、輪友のテガさん(我孫子)は、今日の私のルートとは逆に、韮崎側から登ったわけだが、さぞかし大変だったと思う。

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(県道605号線)

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(県道605号線)

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(韮崎から八ヶ岳を望む)

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(韮崎の水田地帯)


(野辺山駅から韮崎駅までの経路地図・距離:36キロ、累積獲得標高:170メートル)

16時頃に、やっとのことで韮崎駅に到着。
18時代に、何と千葉行きの特急あずさがあって、それに乗って帰ろうかという誘惑に駆られたが、速い鉄道に乗ってしまうと途端に旅情がしぼんでしまうので、初志貫徹、普通列車を乗り継いで帰ることにする。

17時前の甲府行きに乗り、甲府駅で高尾行きに乗り換え、高尾駅で東京行きに乗り換え、お茶の水駅で下車。

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(夜の隅田川・桜橋)

今日は一日中、甲信地方の山道ばかり走ってので、都心の交通量の多さに改めて驚く。
お茶の水から自走で帰宅(途中、青戸のラーメン屋で夕食)したのであった。

走行距離:83キロ・累積獲得標高:788メートル(VIVALOロード)

・なお、この日に先立つ2日間については、以下をご参照。
http://6119.teacup.com/danchoimage/bbs/1448
http://6119.teacup.com/danchoimage/bbs/1449

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2015.08.13 Thu
8月9日(日)八溝山巡礼サイクリング~棚倉~久慈川~袋田の滝(二日目)
8月9日(日)八溝山巡礼サイクリング~棚倉~久慈川~袋田の滝(二日目)

ゆうべは、一同疲れ果てていたため、部屋での宴会も、各自焼酎1合ぐらいしか飲まないうちに早々と就寝。
窓を開け放して寝たお蔭で、大変に涼しく熟睡することができた(ただ、相部屋になったイワさんは、私の寝言に悩まされたとか)。

というわけで、時間を決めておいたわけでもないのに、4時半には全員起床(老年性早起き症か)。
宿の朝食は7時からなので、どこかに自転車散歩でも行きましょうということになる。

今回は、怪我で参加が叶わなかったJさん(流山)は、ここ棚倉の出身だが、そのJさんご推奨の場所「山本不動尊」(9世紀初頭創建・福島県東白川郡棚倉町大字北山本字小檜沢)に行ってみようということになった。
距離も10キロ弱なので、朝飯前のミニサイクリングにはうってつけである。

棚倉の街を抜け、長閑な田園地帯を走る。
大気も爽やかで、とても気持ちが良い。
自転車で走っていることの幸せを感じる。

山沿いの集落を抜けると渓谷が現れる。
その渓流沿いの道をしばらく行くと、立派な杉並木が参道のようにわれわれを迎えてくれる。
すごい杉並木だなあと見上げているうちに到着。

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(宮川渓流)

社殿が建っている。
何だ、これかと思いきや、遠く渓谷(久慈川支流の宮川渓流)の反対側に長い石段が見えるではないか。
あ~、あれか。
なるほど、これはすごいなあ。

われわれは、自転車を停めて、渓谷を下り、赤い橋を渡って見上げるような長い石段(130段)を這いつくばるように登る。

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(130段の長い石段を登る)

朝から息も絶え絶えになって石段を登り切ると、そこには、まるで、ネアンデルタール人の住居もかくあらんというほどの、巨大な天然の岩屋があって、そこにご本尊が安置されていた。
ここが「奥ノ院」。
清涼な朝の空気の中に浮かび上がるその威容は、まさに「霊場」の名にふさわしい。

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(「奥ノ院」)

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(「奥ノ院」本尊)

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(「奥ノ院」)

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(渓流に架かった橋・大同橋)

宿の朝食の時間に間に合わせるように帰路に着く。
7時からの朝食は、至って定番。
塩鮭、納豆、海苔、卵など。
昨日は不調であまり食べられなかったBさんは、それを取り戻さんとするかのように、3杯もご飯のおかわりを。

8時出発を目途に出かける支度を始める。
朝は涼しいが、暑くなりそうな一日。

棚倉観光の事始めに、宿の裏手にある「宇迦神社」(8世紀創建・現社殿は元禄期・東白川郡棚倉町大字棚倉字風呂ケ沢地内)を参ることにした(徒歩)。
なかなか古さびた雰囲気が漂っていたので、昨日から気になっていたのだ。

ただ、これまた山の上にあるので、長い石段を登ることになる。
時の流れから取り残されたような静謐な空間。
外連味のない社殿。
苔むした石畳。

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(「宇迦神社」の石段)

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(「宇迦神社」の社殿)

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(「宇迦神社」)

「宇迦神社」を参拝したわれわれは、いよいよヘルメットを被って宿を後にする。

先ずは、棚倉藩時代の城跡を訪ねることに。
棚倉藩は幕末時に10万石。
戊辰の内戦では、東軍に与し、奥羽越列藩同盟に参加するも、西軍(板垣軍)に攻められて、城は一日で落城。
よって、城跡はあっても、城そのものはない(緑なす内濠は残っていて、一帯は公園となっている)。

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(平城だった棚倉城のレイアウト)

コンビニで補給飲食物を購入して、いざ、袋田の滝を目指して、久慈川下り。
久慈川サイクリングロードに出る。

まだ涼しい時間帯だし、川沿いを下るわけなので、当然、なだらかな下り勾配なので大変に快適である。
久慈川のせせらぎを聞きながら快走。

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(久慈川サイクリングロード)

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(久慈川サイクリングロードで休憩中)

時間はたっぷりあるので、途中、道の駅「塙」で大休止(この道の駅はなかなか良い)。
ラーメンやトマトやブルーベリーを食べる。

かなり暑くなってきた。
再び自転車に跨って、袋田の滝を目指す。

関岡あたりで、サイクリングロードは終了。
これより先は、一般道を走るしかない。
交通量の多い国道118号をできるだけ避けるようにして、旧道をゆく。

そして、ついに、今日の最終目的地である袋田の滝に到着。
疲れ果てていたわれわれは、滝を見る前に、食堂兼土産物屋に飛び込んで、先ずは休憩。
鮎の塩焼きやコンニャクの味噌田楽などを食べる。

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(休憩をした食堂兼土産物屋。店先で鮎などを焼いていた)

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(子持ち鮎の塩焼き・450円)

一休みして、袋田の滝を見学。
小学生の頃来たきりなので、約半世紀ぶりの再訪である。
まあ、ほとんど覚えてはいないのだが。

入場料を払って、冷っと涼しいトンネルをくぐると、眼前に滝が現れる。
エレベーターで上がって上の方から眺めたり、沢に降りて下の方から見上げたり。
繊細さと大胆さを兼ね備えた見事な滝であると思った。

以下、涼しげな袋田の滝の風景。

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明日は月曜日だし、大分疲れてきたので、予定通り、水郡線の「袋田駅」から輪行で帰ることに。
滝から駅までは、たった3キロほど。

駅に着いてみると、たった今、登り列車が出たばかり。
次の汽車(ディーゼル)まで、何と2時間ほどもある。

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(ログハウス風な袋田駅舎)

ここでわれわれは観念して、自転車をたたんで、駅前の木陰の路上で酒盛りをしながら待つことに。
幸い、駅前に、別嬪の女主人のいる酒屋もあるではないか。
桜の樹の下で、たまに吹き抜ける涼風を楽しみながら、時には寝転んで酒を飲む。
実に豪勢な時間を過ごすことができたのである。

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(真夏の午睡)

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(真夏の午睡)

15時台の汽車に乗り込んで、水郡線→常磐線を乗り継いで松戸駅まで輪行。

夏でなければできない盛りだくさんのサイクリング。
振り返れば、昨日からの出来事や風景が走馬灯のように蘇る。

そして、何よりも、Bさんの、坂東三十三観音めぐりの「結願」をお供できてよかったと思う。
Bさん、ありがとう!

この日の実走経路地図;

(累積獲得標高:約400メートル、距離:67キロ)

・この日のBさんと均ちゃんのブログもご参照。
http://blog.livedoor.jp/kyf01405/archives/45891976.html
http://blog.livedoor.jp/liveokubo/archives/52185843.html

・二日目の反省。
常陸大子の池田橋から久慈川橋までは、やはり、久慈川西岸を走るべきだったと思います。
途中、Bさんからそのようなサジェストがあったのですが、聞く耳を持たない私が悪かった。
でも、どうして、池田橋から国道に戻るようにルートを引いたかと思い起こせば、もしかしたら、国道沿いに買い出しのできる店があるんじゃないかという推測があったから(実際はなかった)。
然るべきルート;


走行距離:72キロ(VIVALOロード)

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