日々の身辺雑記や考えたことなどを徒然なるままに書き連ねる「断腸亭日録」です。
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断腸亭日録~自転車日記
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2009.11.11 Wed
『Z』のタイプライター
国家事業の「仕分け」作業が公開されて、その様子の一端をテレビで見た。

省庁から上げられてきた予算要求案を、屹然として、テキパキと裁いている蓮舫議員の姿に、ある種の小気味よさを覚えた。
「けんもほろろ」という表現がぴったりである。

以前に、何回か見たことのある、『Z』(1969年/コスタ・カブラス監督/フランス・アルジェリア)という映画のシーンを思い出した。

Z
『Z』

ギリシャと思しき軍事独裁国家が舞台の映画。

民衆の支持を得ている国会議員( イブ・モンタン)が、演説中、公衆の面前で暗殺される。

極右組織と結託している政府要人による陰謀なのだが、ジャン・ルイ・トランティニャン(フランスの俳優では一番好きです)の扮する有能な判事が、実にドライに、実にビジネスライクに事件の真相を暴いていく。

ジャン
(『Z』のジャン・ルイ・トランティニャン・右)

なかでも、複数の大臣や参謀を尋問するシーンが印象的だった。
何か証言すると、即座に新型のタイプライターが激しく叩かれる。
冷厳な客観的記録性を表現した卓抜なシーンである。
「タイプライター」を撮った映像としては、この映画がベストかも知れない。

深刻なテーマの政治映画だけど、全編にラテン的なユーモアが流れている。
いつ見ても気持ちのよい作品である。

因みに、話は逸れるが、映画の中の「馬」の映像は、『アレクサンドル・ネフスキー』(エイゼンシュタイン監督)と『グレイフォックス』(フィリップ・ボーゾス監督)が素晴らしい・・・。

走行距離:6キロ(6速ママチャリ)
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2009.10.14 Wed
旅する「望郷」としての寅さん
【本当の旅人ではない寅さん】

寅さんは、 一年の大半を旅の空で暮らしている。

「これからは寒くなるからよぉ、南の方にでも行ってみるさ・・・」

たとえば、そう言って、京成金町線の柴又駅から、ぷいっと旅立って行く。

そして寅さんは、行った先々の、旅情たっぷりの町並みや風景を旅するだけでなく、時に無謀にも、そこに住む人と、深く関わろうとすることで「物語」が発生するわけだ。

寅さんこそ、筋金入りの旅人のように思う人も多いかもしれない。
私が寅さんシリーズに引かれる理由の一つも、確かに彼のする各地への「旅」が、何とも魅力的だからである。

ところが、よくよく考えてみると、寅さんは、「本当の旅人」ではないのではなかろうかと思えてくるのだ。
これは、寅さんも、同意してくれそうな気がする。

彼は、日本列島のどこを旅してしていようとも、片時も、葛飾柴又を忘れていない。
というより、葛飾柴又を「望郷」するために、旅をしているようなところがある。

旅先で彼が深く関わった人は、結局は、必ず柴又の寅屋にやって来る羽目になる。
寅さんは、行った先々の風土に己を投入できず、むしろ、旅先で知り合った相手を、彼の「柴又」の側に引っ張り込んで同化させてしまうのだ。

旅の空
どうせおいらは
ヤクザな旅人
柴又背負って
ヤドカリ生活

彼の大きなカバンに詰まっているのは、本当は、露店の商品ではなく、彼のこころの中にある「葛飾柴又」なのかもしれない。

柴又駅
(京成金町線「柴又駅」)

【寅さんの帰り方】

寅さんシリーズで、面白いことのひとつは、冒頭の夢のシーンと並んで、彼の「帰り方」がある。
こっぱずかしいのか、店(寅屋)の前を行ったり来たりして、ちょうどやって来た郵便配達人の陰に隠れて入ってきたり、何と、九州からタクシーで店の前まで乗り付けたり・・・。

ただ、なぜか、私が以前から気になっていたのは、寅さんが旅から東京に戻り、柴又に来るまでのルートの方である。

これには不思議に思っている人も多いかもしれないが、寅さんが江戸川の土手の方から帰って来ることがある。
もっと、首をひねったのは、矢切の渡しに乗って柴又入りする寅さん。

矢切の渡し
(矢切の渡し)

柴又駅へのアクセス事情をご存知ない方には、何を言っているのか分からないかもしれないので、簡単に説明しておこう。

まず、地方から戻ってきた寅さんの終着駅は、まあ、上野駅であろう。
その上野駅から京成金町線の柴又駅に行くルートは、普通に考えれば次の二つしかない。

A. 上野駅から京成線(本線)に乗り、高砂(たかさご)駅で京成金町線に乗り換え、一駅で柴又駅

B. 上野駅から常磐線普通(国鉄/JR)に乗り、北千住駅で各駅停車に乗り換え、さらに、金町(かなまち)駅で京成金町線に乗り換えて、一駅で柴又駅

どちらにしようか迷うところだが、最終的に京成金町線に乗るしかない以上、上記二つのルートしか考えられないわけだ。

だから、矢切の渡しに乗って柴又入りするというのは、普通に考えれば、あり得ない選択である。

矢切の渡しを使って帰るためには、上野駅から京成線に乗り、江戸川を渡り、わざわざ千葉県側の国府台(こうのだい)駅(市川市)で降り、そこからまあ、松戸市側の矢切の渡しまで、葱畑の中を40分ほど歩いて・・・ということになってしまうのだ。

ただしかし、矢切の渡しに乗って帰ってくる寅さんという映像は、主題歌が流れながらの映画冒頭のシーンとして、実に「絵になる」わけで、これをば、糾弾するつもりは毛頭ないのだが・・・。

【いずれのルートを選んだか】

ここで、敢えて考えてみたい。
寅さんは、果たして、上記のAとBのルートのいずれを選んだのであろうか?ということを。

「あら、いつもすまないねえ・・・」。

寅さんが地方から帰ってきて、土産を渡されたおばちゃんは、あまりありがたくなさそうに、そんな風に、型どおりの礼を言う。

15センチ×15センチぐらいの小箱のその土産、果たして中身がなんなのかはわからないが、いかにも、上野駅に着いてから、急に思い立って買い求めたという感じの品。

さながら、酔っぱらって午前様になった亭主が、せめてもの罪ほろぼしに、飲屋街の寿司か何かを持って帰り、「おい、これ、みやげだっ!」と言って、その視線を避けながら奥さんに渡すような、そんな土産物。

そうなのだ。
ここでも、寅さんは、「地方」を柴又に持ち帰ることに興味がないのである。

さて、それはともかく、上野に着いた寅さんだが、その後、どんなルートを取って柴又に帰るのか?

繰り返しになるが、再度、二つのルートを記しておこう。

A. 上野駅から京成線(本線)に乗り、高砂(たかさご)駅で京成金町線に乗り換え、一駅で柴又駅

B. 上野駅から常磐線普通(国鉄/JR)に乗り、北千住駅で各駅停車に乗り換え、さらに、金町(かなまち)駅で京成金町線に乗り換えて、一駅で柴又駅

「常人」ならば、大抵の人は、Aのルートを選択するはずである。
乗り換えが一回で済むし、時間的にもやや早いからである(京成上野駅から、運良く「金町行」に巡り会えば乗り換えなし)。

だが、寅さんは、断じて、Bのルートをたどったはずだと、私は確信する!

どうだろう、私はそうなのだが、長旅から戻り、終着駅に着いたときに、なぜか、そこから一気に家に帰る気がしないということはないだろうか?
旅の時間から日常の時間に「切り替える」必要があるような、何となく、一拍置きたい気分になるものだ。

それなら、上野で降りて一杯やっちまえばいいじゃないかと思うかもしれないが、それは違う。

やはり、そういうときは、「今、私は、家に帰っている途上です」という感覚がほしいものだ。

そんなとき、Bルート上にある、常磐線と京成線が接する「金町」は、絶好のポイントであると言わざるを得ない。

金町は、一見、中途半端な街に思えるかもしれないが、見方を変えれば、それは、国鉄駅前的な雰囲気と私鉄駅前的な雰囲気とがうまく合体している場所とも言えるのだ。
乗り換えるために、一端、街に出なければならないというのも、おあつらえむきである(この要素は大きい)。

たとえば、金町駅京成側の最初の小さな踏切を渡ると、水戸街道(6号線)まで、小さな路地が延びているが、そこは、葛飾でも屈指の優良居酒屋が並んでいる一帯である(別名、「モツ焼き街道」)。

蓋し、寅さんは、こんな路地の飲み屋に入り、旅の時間を清算し、京成線の踏切の音を聞きながら、たった一駅先の故郷柴又に戻る心の準備をしたに違いない。

それから、忘れてならないのは、電車賃。
旅から帰ってくる寅さんは、上野までの切符を買うはずだが、当然その切符は「東京電間」(古い言い方ですが)で、常磐線金町駅までカバーしている。
従って、上野駅から京成線に乗る場合よりも、2級酒一杯分ぐらい、柴又に行くには安いのだ(現在の価格だとルートBの方が、130円安い!)。

金町駅。
実は、現在私が住んでいる街であるが、見方によっては、実に懐かしさを感じさせる街である。

金町駅は、旅から戻ってくる寅さんにしてみれば、確かにほんの一駅先に故郷柴又を控える場所ではあるが、同時に常磐線の顔も持っていて、それは、常陸の国へと延びる、新たな旅情への出発点でもあるのだ。

モツ焼き街道
(京成金町駅近くの「モツ焼き街道」)

走行距離:2キロ(ママチャリ)

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2009.05.29 Fri
雨にぬれても
まったき雨の一日だった。

ルイガノクロスで出発。
口笛をふきながら、自転車を漕ぐ。
今日のテーマは、もちろん、雨。

雨にまつわる曲を順繰りに吹いてみる。

♪雨、雨、降れ、降れ、かあさんが・・・
♪長崎は、今日も、雨~だった・・・
♪セプテンバーレイン、レイン、9月の雨は冷たくて・・・(大田裕美)
♪Raindrops keep falling on my head ・・・(「雨にぬれても」)

う~ん、Raindrops keep falling on my head が一番ぴったりくる感じだなあ・・・。

雨の日に自転車に乗るときは、自然、口笛が出てくる。
通り過ぎる人が、そういう私を不審気に見返したりするが、そんなことはお構いなし。
自転車は、歩くより速度が速いので、一時(いっとき)の恥ですむ。
それに、カッパを被っていると、妙な音響効果があって、口笛の音色が自分の頭の周辺で心地よく鳴り響くので痛快なのである。
四方を縦筋の水のスクリーンで守られた私は、いわば私を防御してくれる球体の中で、自転車を漕いでいるかのようだ。

♪Raindrops keep falling on my head・・・。

実は、その先の歌詞は知らない。
というか、口笛なので、歌詞は必要ないのだ。

雨の中、自転車を漕ぎながら吹く口笛のメロディーとしては、卓越してよく合うような気がする。

そう言えば、このバート・バカラックの曲は、映画『明日に向かって撃て』(1969年)の中で、実に効果的な役割を果たしていた。

ポール・ニューマンが、自転車の前にキャサリン・ロスを乗せて、牧場を快走するシーン。
そのバックにこの曲が流れるのだが、音楽と映像があれほど見事に融合したシーンも珍しい。
先ずは、是非、次のシーンをご堪能されたい。



この映画が封切られたのは、1969年。
資本主義国では、世界的に盛り上がったスチューデント・パワーが最高潮に達して、そして、転がり落ちるように挫折に向かった時期に当たる。

この映画はまた、「最後の西部劇」とか、「西部劇を葬(ほおむ)った」作品などと評されるように、従来の、ジョン・フォード的な西部劇からすれば、きわめて異質な作品であった。

この映画には、倒すべきインディアンも、悪漢もいない。
銀行強盗を「生業」とする主人公たちの敵は、もはや、伝統的な保安官(州警察)でもない。
州を跨いで追いかけてくるFBI(連邦警察)であり、国境を越えて追いかけてくる帝国主義的な米国であるのだ。

西部劇の多くの作品は、せいぜいが「郡」や「街」レベルに限定された舞台背景の中で繰り広げられる。
だから、たとえば、OK牧場の決闘(米国の忠臣蔵のようなもの)に、騎兵隊(米軍)が介入すれば、ドラマが壊れてしまう。
ワイアット・アープは、政府に援軍を頼んだりしないどころか、そういう選択肢それ自体が、西部劇ではあり得ない設定なのである。

同じく『真昼の決闘』(1952年)で、孤軍奮闘する保安官(ゲーリー・クーパー)も、状況的にあそこまで追いつめられながらも、近隣の街や郡や連邦政府に助けを求めない。
これが、西部劇的な掟(おきて)であり、禁欲的な作劇設定だったのである。

真昼の決闘
(『真昼の決闘』・私のベスト3の映画です)

以前は、銀行強盗をしても、州の外に逃れれば大丈夫だった主人公の二人は、州を越えて追走してくる一団を発見してびっくりする。
確か、このシーンは、望遠レンズで、蜃気楼が立つような地平線に追っ手の一団を映し出していたように記憶する。
これこそ、19世紀末にその母体が出来上がった国家主義的な警察組織FBIだったのである。
二人は、その後、国境を越えて南米まで逃走するが、そこ南米は、米国が帝国主義国として、最初に触手をのばした地域でもあり、ついに、そこで彼らは追いつめられることになる。

この映画が製作された当時(1969~70年)の若者は、この映画を、自分たちヤンガージェネレイションの挫折と重ね合わせて観たのではないか・・・。

上記のシーンはまた、映画に登場する自転車のシーンとしても、屈指の名場面であると言えよう。
自転車に乗ることの爽快感を余すところなく「描破」し尽くしているということも、強く書き添えておきたい。

閑話休題。

駿河台で業務終了後、打ち上げ~~~ということで、扇橋(江東区)の焼肉屋「肉の田じま」に出向く。

でも、あまり詳しく書くと、何だか自慢しているようになってしまう(それほど美味しかった!)ので、ここでは、写真を一枚掲載するにとどめよう。

IMG_2185.jpg
(松阪牛ロース)

こうして私は、カッパを被り、口笛を吹きながら雨の錦糸町を通り抜けて帰路に着いた。

走行距離:41キロ(ルイガノクロス)

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2009.05.20 Wed
『カサブランカ』異聞~歌い「のめす」力
今日は、忙しいというか、よく走った一日だった。
自宅→杉並区永福の職場→市川→自宅(79キロ)。

2時半に起床。

必要があって、映画『カサブランカ』(1942年)を見直す。
いやぁ~、もう何回も見た作品だが、実に良くできている。
無駄なものが一切なく、付け足すべきものも一切ない!
まさしく、熟練職人の仕事である。

とりわけ、リック(ハンフリー・ボガート)の店で、ドイツ将校とその他の客たちとの、歌の「闘い」のシーンは、映画史に残る傑作だと思う(モンタージュの手法が古典的だが、ここまで教科書通りだとかえって気持ちがよい)。


(歌の「闘い」・『カサブランカ』より)

カサブランカ(仏領モロッコ)のリックの店。
ドイツ将校の一団が店の真ん中に陣取って気炎をあげている。
酒に勢いづき、一同立ち上がって、「ラインの護り」(ドイツの軍歌)を歌い出す。
店の客たちはこれを不快に感じながらも、今や破竹の勢いでヨーロッパを席巻するドイツ第三帝国の将校たちに盾突くことはできない。

その様子を見ていたレジスタンス闘士のラズロ(チェコスロヴァキア人という設定)は、楽団の指揮者のもとに決然と歩み寄り、「ラ・マルセイエーズ」を演奏しろと要求。
バンドリーダーはリックの方を見る。
リックはかすかに頷き、許可を出す。

高らかに「ラ・マルセイエーズ」の前奏が始まる。
それを聞いた店の客たちが、次第に「ラ・マルセイエーズ」を歌い出す。
先ほどまで、ドイツ兵といちゃついていたイボンヌまでもが、眼に涙を浮かべながら、「ラ・マルセイエーズ」に加わる。
そして、「ラ・マルセイエーズ」が次第に「ラインの護り」を圧倒して、ドイツ将校たちはやむなく歌うのをやめる。

この事態に怒ったドイツの将校(ストラッサー少佐)は、リックの店を営業停止にするよう、警察署長のルノーに命じる・・・。

以上のようなシーンであるが、面白いのは、「ラインの護り」に「ラ・マルセイエーズ」が被さったときに、両曲のテンポもコード進行も重なって、ある種、素晴らしい「合唱」になってしまうところ。
実は、「ラ・マルセイエーズ」も元々は、フランス革命時に革命軍から出てきた軍歌にして、2拍子の行進曲なので、両曲が不思議なシンクロを醸し出すのも当然と言えば当然なのである。

深読みになるが、私には、なんだかんだ言ってみたところで、フランスもドイツもその正体は同じで、帝国主義的西欧の列強にすぎないということを描いているような気がしてならない(もちろん、作品の意図はそこにはないが)。

ドイツ第三帝国は、今や、パリも陥落させ、ヴィシーの傀儡政権まで作らせ、さらに仏領モロッコまで侵そうとしている。
それに対する「連合軍」的な視点からの「抵抗」を描いたシーンではあるが、しかしながら、モロッコを支配(植民)しているフランスのことはまったく問題にされていない。

この作品の到達点そのものが、この作品の限界でもある。
イングリッド・バーグマンは、後年、この作品に出演した自らを恥じていたそうだが、私には分かるような気がする。

今日は、自転車を漕ぎながら、一日中、頭の中で「ラ・マルセイエーズ」が鳴っていた。

IMG_2139.jpg
(隅田川堤のフジのクロスバイク・チェーンが伸びてきたんで換えなきゃ)

走行距離:79キロ(フジクロス)

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2008.06.27 Fri
時代劇と西部劇(『用心棒』を中心に)
7時起床。
晴れ。

黒澤明の『用心棒』(1961年)は、日本の時代劇に新風を吹き込んだ。
たとえば、眠狂四郎シリーズ(1963年~69年)やちょっと遅れてやってきたTVシリーズ「木枯し紋次郎」なども、ある意味では、『用心棒』の流れの中にあるように思える。

際だった特徴は、社会からドロップアウトした剣豪(主人公)と、殺伐とした宿場町。

黒澤の『用心棒』には、50年代のアメリカの西部劇からの影響が色濃い。
いわゆる早撃ちのガンマンや西部の小さな町の雰囲気から、ヒントを得たように思える。

『用心棒』やその続編とも言える『椿三十朗』では、いわゆる伝統的な「チャンバラ」シーンはなく、ある意味で非現実的なほど超人的な技能を持った剣豪が、切れば血が出るようなリアルでドライな殺陣シーンを展開するようになる。
さながら、ジョン・フォードの『荒野の決闘』(1946年)とフレッド・ジンネマンの『真昼の決闘』(1952年)を足して2で割ったようなところかなあ(因みに、『七人の侍』はジョン・フォード的)。

黒澤は、西部劇の影響から新しい時代劇作品を産み出したわけであるが、その黒澤時代劇が、今度は逆に、西部劇に甚大な影響を与えることになる。
こうして産まれたのがイタリア製西部劇、いわゆる「マカロニウェスタン」(スパゲッティウェスタン)である。その記念碑的作品が、黒澤の『用心棒』を翻案した『荒野の用心棒』(1964年/セルジオ・レオーネ監督)だったのである。

米国テレビシリーズ『ローハイド』で好感が持たれていたイーストウッドを起用した『荒野の用心棒』は、かなり正確な『用心棒』の伊国製西部劇版で、比較して見ると大変に面白い。

今日は、それぞれのラストシーンを楽しむことにしよう。
詳しい解説は後日ということに。
焼酎とバーボンを用意して観れば、尚更、良い。

黒澤明の『用心棒』(1961年)ラストシーン。
・三船の包丁の使い方、仲代のリボルバーにご注目。




セルジオ・レオーネ監督『荒野の用心棒』(1964年)ラストシーン。
イーストウッドの着るポンチョと、相手方のウィンチェスターライフルにご注目。



--------------
本日の走行距離:16キロ[フジクロスバイク+ママチャリ変速なし(近所用足し等)]
今月の積算走行距離:957キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7300キロ
--------------

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2008.06.25 Wed
ダーティハリー登場!
4時起床。
晴れ時々曇り。

1971年の『ダーティハリー』の登場は衝撃的だった。




好青年のカウボーイだったイーストウッド(「ローハイド」)は、




その後、イタリアで「不良化」して荒野の用心棒(マカロニウェスタンのヒーロー)になったと思ったら、




用心棒のまま、ベトナム戦争によって病んだ20世紀のアメリカに帰国して、サンフランシスコ警察の刑事になって、アメリカの悪党を征伐し始めたのである。


--------------
本日の走行距離:36キロ[ルイガノクロスバイク(駿河台往復等)]
今月の積算走行距離:933キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7276キロ
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2008.06.24 Tue
『第三の男』のラストシーン
6時半起床。
晴れ時々曇り。

YouTubeに『にがい米』のビデオクリップがあることを発見してから味をしめて、お気に入りの映画を次々と検索してはそのいくつかのシーンを見て独り悦に入っている。

たとえば、私のベストワンである黒澤の『七人の侍』の中の、菊千代(三船敏郎)が他の六人の侍に対して、百姓の何たるかを熱弁して、渾身の抗議をするシーンなどは非常に好きなので、一生懸命検索してやっと捜しだしてみたものの、何とそれは、スペイン語(?)吹き替え版で、三船が流暢にスペイン語を喋っているので可笑しくて仕方なかった(日本語版を見つけた人、ご一報下さい)。




ところで、今回そんな風に探し出した傑作の中で、やはり唸ってしまったのは、有名な『第三の男』(キャロル・リード監督・1949年・イギリス映画)のラストシーン(因みに、製作年は『にがい米』と同年)。
先ずは、とくとご覧いただきたい。



枯れ葉散る並木道を毅然とした面持ちで歩いてくるのは、イタリア人女優アリダ・ヴァリ。
これまた、シルバーナ・マンガーノと並んで私が好きな女優で、『かくも長き不在』(1961年)、『アポロンの地獄』(1967年)、『暗殺のオペラ』(1970年)といった、こうして書いているだけでも、今すぐにでも見たくてたまらなくなる数々の映画にも出演している。
何というか、ヨーロッパの女性の「気高さ」のようなものを演じさせたら、まさに、このアリダ・ヴァリに尽きると思う。

この作品の舞台は、四ヶ国(米英仏ソ)分割統治下のウィーン。
各国の思惑が入り乱れる光と影の都市で繰り広げられるハリー(オーソン・ウェルズ)を巡る謎。
筋書きは省略するが、死んだ恋人ハリーの埋葬を終えて、街に帰るラストシーンである。

観客も、そしてもちろん車に寄りかかるようにしてアンナ(アリダ・ヴァリ)を待つホリー・マーチンス(ジョゼフ・コットン )も、たとえば、アンナがホリーに抱きついて熱い接吻でもして、「あ~、よかった」という結末になりそうな「期待」を抱きながら彼女が歩いて来るのをじっと見ているわけだ。

しかしそれを見事に裏切って、アリダ・ヴァリは、画面の「こちら側」に去って行くのである。
アンナは、まさに、ホリーを「袖にする」ばかりか、四ヶ国分割統治というまやかしの体制にもNONを突きつけ、しかも、甘いメロドラマを期待する観客の期待をも見事に裏切って、「戦後」という現実の中を独りで歩んでいくことを身をもって示しているのである。

それにしても、すごい傑作である(音楽も最高!)。
最近のハリウッド映画が束になってかかっても、とても敵(かな)うまい。



--------------
本日の走行距離:33キロ[フジクロスバイク(駿河台往復)]
今月の積算走行距離:897キロ
昨年11月以降の積算走行距離:7240キロ
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2007.02.01 Thu
『壬生義士伝』と『たそがれ清兵衛』
先日、『壬生義士伝』と『たそがれ清兵衛』について、福岡の海辺を走る列車内で、寛さんと話をしたばかりだったが、折よく、今夜、『壬生義士伝』がテレビで放映された。



『たそがれ清兵衛』は、日本映画としては、『七人の侍』と並んで、私のお気に入りの作品だったが、『壬生義士伝』を見るのは、これが初めて。



いやぁ~、傑作でした!
主役の中井貴一の血反吐をはくような迫真の演技はお見事(たぶん、中井の最高作だろう)。
殺陣(たて)も、方言(南部弁)も、(関東者の耳には)素晴らしかった。
新撰組三番隊長の斉藤一に扮する佐藤浩市も、実に、よかった!
二本差しで京の街を歩く佐藤浩市の姿は、惚れ惚れするほどかっこいい(『荒野の決闘』のヘンリー・フォンダを思い出させる)。

しかし、メロドラマをやや過剰に煽りすぎているのと、脇役の描き方が、お座なりに流れた分、『たそがれ清兵衛』の方に軍配が上がるように思う。

それはそれとして、『壬生義士伝』と『たそがれ清兵衛』。
原作や監督や配役は、異なるが、時代設定と、それぞれの主人公が奥州(東北地方)の出身であることが共通している。
前者は南部藩で、後者は鶴岡藩(作品では海坂藩という架空名)。
しかも、いずれの藩も、戊辰戦争の際には、官軍(天皇の軍隊)と戦うことになる幕末の「逆賊」藩である。

そして、現代のわれわれの胸を打つのは、いずれの主人公も、自らの信念に従って生き抜こうとする、気の遠くなるような執念の持ち主だいうこと。
しかも、案外重要なのは、無私である心持ちである。

また、いずれの作品も、奥州人の「中央」(時代により大和・京都・江戸)に対する積年の怨念に通じるような何かを、その「行間」に感じられるような気がしてならない。

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